炎獄の楔~赤熱の大亀

    作者:叶エイジャ

    「みんな、垓王牙大戦お疲れ様だよ!」
     天野川・カノン(高校生エクスブレイン・dn0180)は灼滅者たちをねぎらった。
    「勝利にはならなかったけど、ソロモンとご当地怪人たちは退けることができたし、ガイオウガ自体も深手を負っているよ。まだまだチャンスはあると思う!」
     そのガイオウガは現在、傷の回復をするため日本各地の地脈からガイオウガの力を集めようとしているようだ。
    「日本中の力を統合すれば、たぶんだけど、全盛期の力を取り戻すんじゃないかな?」
     この事態を防ぐため、日本各地の地脈を守るイフリートの灼滅をすることになったのだと、カノンは言った。
    「イフリートといってもガイオウガの力の化身……強力なイフリートだよ。周囲にも多数のイフリートが守護についているみたい」
     そのまま戦えば、勝利も危ういだろう。
    「でもね、周囲のイフリートたちに関しては、垓王牙大戦で救出に成功した『協調するガイオウガの意志』の力で無力化できるみたい。化身であるイフリートには影響が及ばないから、戦闘で撃破しなきゃいけないんだけど」
     また、守護イフリートの無力化を行うにはイフリートの戦意を刺激しないようにする必要があるため、少数精鋭で戦いを挑むことになる。
    「強力なイフリートは一体だけど、かなり危険だよ。闇堕ちをしなければ勝てない可能性だってあるから、気をつけて」

     戦場は、地下にある空洞になる。広い場所で、かなり蒸し暑いが、戦闘での崩落は心配ない。
    「敵の情報だけど、すごく大きな亀……かな? 象より大きいくらいと思う。体表は岩みたいに硬いよ。ファイアブラッドに近い能力を持っているけど、単純に威力と耐久力が高くなってるから、その分注意が必要になるよ」
     ポジションはディフェンダーだ。
     勝つにしても厳しい長期戦になるだろう。
    「今回の敵は、無傷での勝利は難しいと思う。でも、皆の勝利と無事を祈っているから!」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    ミカ・ルポネン(暖冬の雷光・d14951)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)

    ■リプレイ

     地図で示された場所に向かえば、鬱蒼とした森の中を、申し訳程度に舗装された道路が通っている場所だった。
     ガードレールの向こうには小さな岩山があって、昼だというのに薄暗い闇を抱え込んでいた。
     その岩山の壁に、木々に隠れるようにして洞穴が口を開いていたのである。
     入り口こそ低いが、中は思っていた以上に広い。大人が立っても頭がぶつからない程度の高さで、幅も狭くなかった。灼滅者たちが中に入って歩いて行くと、それがどんどん広がっていく。
     空気が暖かいのは、風が入らないせい――からではなかった。
     奥から放出されるのは、イフリートたちの存在を示す熱気。それも王であるガイオウガの化身のもつ、強いサイキックエナジーを伴ったものだ。
    「地脈の守護だけあって、尋常ではないな」
     離れていてもわかる『力』だけで、肌がチリチリと焦げそうだ。白石・作楽(櫻帰葬・d21566)はいつでも得物が抜けるよう、臨戦態勢にあった。
    「この前の戦いでもかなりの強さだったし、これ以上のパワーアップは止めたいところだね」
     未来のために、なんとしてでも勝つ――口調は気負いのない軽めなものだが、ミカ・ルポネン(暖冬の雷光・d14951)の瞳には強い意志がある。
     未来を掴むために勝利を目指す……それは学園に来てからの年月で、芽生えて得た強さでもあった。
    「あの時ガイオウガを砕ききれば……って思うのは馬鹿な仮定、か」
     月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)が苦笑めいた呟きを漏らす。
     宿敵の打倒を目前に、退かねばならなかった末の今だ。普段は割とお気楽な彼女でも、気を引き締めねばならぬ状況でもある。
     それでも、持ち前の明るさには翳りはない。
    「まー今できることを全力でするっきゃないって事だね」
    「ガイオウガの中に強調の意志を生み出せたし、十五万人の避難も無事に達成できた」
     彩瑠・さくらえ(弦月桜・d02131)はそれを、未来を信じて諦めなかったからこその奇跡だと信じている。
    「だから今回も、信じてできることをしよう」
    「……着いたみたい」
     夜伽・夜音(トギカセ・d22134)は、声の響き具合が一気に変化したことに気づいた。
     洞窟がはるかに広大になり、感じる熱量も跳ね上がる。
     巨大な空間の奥に、圧倒的な熱源が複数体たたずんでいる。
     イフリートたちだ。
     その中でもひときわ大きく、周りのイフリートたちに囲まれているのが、ガイオウガの化身だ。
     姿はリクガメのそれに近いが、その規模はアフリカゾウよりもふた周りは大きかった。
    「光源はもう、大丈夫みたいだな」
     ダークネスたちの体表で燃え盛る炎が、内部を照らしあげている。北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)はライトのスイッチを切りつつ、後方からついて来ていた猫型イフリートたちに向き直った。
    「周りの奴らは任せた……ありがとな」
     四体のイフリート――協調するガイオウガの意志である彼らは、返事こそしないが無言で進み出てくれた。
     闖入者に反応した護衛イフリートたちは、現れた四体に明らかに動揺したようだった。言葉など交わしたようには見えずとも、なんらかの意思疎通があったのだろう。促されるままに巨大なイフリートの周りから遠ざかる。
     灼滅者の前に道が開けた。
    「さっさと勝って、帰るっすよ」
     飴を口の中で転がしながら、牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)が歩き出す。
     気怠げな様子は普段通り。
    「無駄な戦いをする気は無いんでね」
     やるからにはいつも通り、倒して帰る――彼女にとってはそれだけだ。
    『――!』
     歩み出てくる灼滅者たちに、ガイオウガの化身が咆哮をあげる。
    「さて、参りましょう」
     周囲に光輪を滞空させ、煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が解体ナイフを手にした。
    「この作戦に、ピリオドを打ちます!」


     オオオォォォォオオン……!
     灼滅者たちを前にして、化身が再び重く吼えた。洞窟を震わす響きが消えるよりも早く、イフリートの巨体が動き出す。
     リクガメという見た目、そしてその大きさからは想像できないほどに素早い。
     伸びてきた頭部が鉄槌のごとく急襲する。
    「まずは、確実に当てていくよ」
     灼滅者とて、相手が一筋縄でいかないことは重々承知だ。
     ミカは先んじて、化身の足へと縛霊手から霊網を投げ放つ。巻き付いたそれはすぐさま引きちぎられるが、相手の初動を遅らせるには十分だった。
    「ルミ!」
     ミカの命にに霊犬は一声鳴いて応じ、化身の頭に飛びついて前衛への攻撃を逸らす。
    「キミを倒して、その先に繋いでみせるよ」
    「Are you ready?」
     力を解放したさくらえと葉月が、左右から挟み込むように接近する。エアシューズの性能を引き出すと、振り上げた足に重力を宿して甲羅に叩き込む。
     返ってくるのは、鉄の柱を蹴りつけたような感触だ。
    「さすが亀だけあって固いな」
     葉月はさらに甲羅を蹴りつけた。彼を追って、熱線が化身の口から放たれる。宙で回転するようにしてそれを回避する葉月にしかし、収束した炎は一気に迫ってきた。
    「よそ見厳禁っすよ」
     麻耶がイフリートの頭上まで跳んで、踵を打ちおろした。熱線が途切れ、揺れた頭に麻耶はさらに蹴りを放つ。
    「畳み掛けるぞ」
     作楽が影をうごめかせ、苛烈な桜吹雪となった影業をイフリートの巨大な首に巻きつかせる。そこへ蒴眞が解体ナイフで斬りつけ、夜音がその上からスターゲイザーを加える。さらに重ねて、玲がスターゲイザーで踏みつけた。
     連撃に化身の首が中ほどで激しく曲がり、頭部が地面に激突する。
     バウンドした頭は、そして何事もなかったように元の高さで静止した。
    「……首の方も岩のように固いんだけど」
     玲が呆れをにじませた声で後退する。足が彼女の立っていた場所を踏み潰し、硬い地面を陥没させていった。
     大亀はさらに、目前に炎色に輝く魔法陣を顕現させた。一瞬で白くなったそれが、直後には指向性をもった爆発を引き起こす。
     爆発の華が咲き誇り、炎の奔流が容赦無く前衛を襲った。
    「っ!」
     攻撃の要であるさくらえと葉月を守るように、ミカとルミ、作楽のビハインド・琥界が、玲のライドキャリバー・メカサシミが防御態勢を取る。
     同時に朔眞がリングスラッシャーを投射。光輪の盾が展開し、熱波と衝撃波の減衰をはかる。
     しかし、それすらも突き破って炎が襲いかかった。後退した前衛たちに麻耶、そして朔眞のウイングキャットであるヨタロウ、リアがヒールサイキックを施すが、そのすべてを癒し切ることはできない。
     そして前衛を追って、炎の向こうから巨体が疾風と化した。大質量が灼滅者たちに突進してくる。
     散開すると、化身は洞窟の壁に大きくめり込んでようやく止まった。
    「……あれの直撃は避けたいところっすね」
     憎悪の眼差しを向けてくる化身に、麻耶がぼやいた。
    「ところで、なんでかメチャクチャ怒ってる感じっす」
    「この場所を守護してるのだから、当然ではないのか?」
     作楽が、茨と月の装飾が施された偃月刀を手に、そう返す。だが言われてみれば、肌で感じられるほどの悪意である。
    「推測ですが、先日の戦いが影響してるかもしれませんね」
     普段は華のように柔らかな朔眞の声は、敵からのプレッシャーに硬いものとなっていた。
    「地脈を通して力を集めているのなら、逆に化身にも、地脈を通じて今のガイオウガの意志が影響しているのかと思います」
     灼滅者との戦いが、より攻撃的意志を増大させているのかもしれなかった。
    「……あれは『悪』じゃない。けれど『敵』だ。僕の意志の為の」
     夜音がクロスグレイブを取り出した。集中的に相手の動きを鈍らせる戦法をとってはいるが、それでも堅い防御は、なまなかなサイキックを弾くだろう。
     より命中率の高い、重い一撃が必要だ。
    「でも、負けられないって、思うから」
     絶対に負けられない。
     そして、諦めない。
     その強い意志が、想いが、小柄な彼女の身体から蝶を思わせる形状のエナジーを迸らせた。
     化身の亀が再び突進してくる。
     同時に、今度はその周囲に火球を生み出し、灼滅者の逃げ場を潰すように乱れ撃ってきた。


     化身の攻撃精度も相当なものだった。
     散らばって狙いを定めないように立ち回っても、立て続けに爆発する火球がその動きを着実に阻んでいく。
     ――それでも、少しずつ削っていくしかない。
     爆風にあおられながらも、ミカは妖の槍を手に跳んだ。亀の死角である頭上から、氷の弾丸を脚部へと撃ち放つ。
     狙うは継続的ダメージだ。
    「それじゃ、重ね撃ちいってみよーか!」
    「合わせるっすよ」
     足に突き立った氷柱を目がけて、玲と麻耶が次の妖冷弾を撃ち、氷の規模を拡大させる。スナイパーならではの命中精度だ。
     そして集中攻撃は、化身の防御を着実に貫き、蝕んでいく。
    「もう一撃……!」
     作楽が更なる妖冷弾を放ちかけ――迫る轟音に目を見開いた。
     化身の燃え盛る尾が、作楽に向けて振られていた。
     避けられない。
     そう悟った作楽は、防御よりも攻撃に専念した。氷柱の弾丸が亀の足を撃ち抜き、すでに氷漬けになっていたその足のバランスを崩す。
     化身が苦しげな声を漏らした。
     だが、尾の攻撃は止まらない。作楽に大木の如き質量が叩きつけられる――寸前。
    「琥界!」
     身を挺して庇ったビハインドが代わりに吹き飛ばされ、大ダメージを受けていた。回復する間もなく、爆発した火炎に呑みこまれて消えてしまう。
     そして、今度は炎の奔流が、後衛を狙って噴き広がる。
    「回復が……」
     激しい炎にさらされる朔眞がほぞを噛む。ディフェンダーの援護を加えても、カバーできるものではなかった。
    「だったら、攻撃は最大の防御!」
     炎に蝕まれながらも、玲が煉獄となった一帯から化身へと走る。向けられた敵の視線と大きく開いた口から攻撃動作を予測し、スピードを落とさぬまま熱線の初撃をかいくぐる。
    「邪魔!」
     そして化身の頭の下まで来ると、玲は地を蹴った。イフリートの炎とは違う、彼女自身の炎がエアシューズから噴き上がり、下方から化身の頭を蹴りあげる。
    「もう一つ、お見舞い……!」
     頭上からは夜音が十字架を振り落とした。鈍い響きに化身の巨体が揺れる。炎による攻撃がその一瞬、緩んだ。
     チャンスに向かったのが、さくらえと葉月だった。
    「今のは効いてたみたいだな」
     葉月の目の前で、化身は伸ばしていた頭部を甲羅の中へと引っ込めていく。リクガメの姿をしているにしては器用……そして厄介な状態だ。
    「だったら、甲羅の上から頭を狙うよ」
     さくらえが火炎を飛び越え、甲羅に着地した。真下に頭部があると思しき場所へ、閃光の拳を何度も叩きつける。
    「一点集中突破、いくぜ!」
     葉月も呼応して、閃光百裂拳を同じ場所に打ちおろした。二人分の打撃が巌のような甲羅にひびを入れ、表面を削っていく。
     オオオォォォオオオオ!
     甲羅の中から化身が吼えた。全身から吹き荒れた炎が葉月とさくらえに襲いかかる。
     苛烈な攻撃は彼らの生命力を瞬く間に奪っていくが……魂は決して屈しなかった。
     ――立っていられるうちは、限界まで諦めない!
     葉月の拳がさらに速度を増した。相手が守勢に回っている今がチャンスなのだ。さくらえも負けじと、追撃を叩き入れていく。震動が伝わってきたのか化身が頭を引っ込めたまま暴れ出した。
    「彩瑠さん、葉月くん!」
     声かけに二人が跳び離れた。入れ替わるようにしてミカが、縛霊撃の巨腕を見舞った。
     ズン!!
     鳴動に亀が膝を折り、巨体が崩れ落ちた。


     轟音が大地を穿ち、岩の破片を盛大に噴き上げる。
    「まだっすよ!」
     麻耶が警句を放つ。
     あと一歩、しかしまだ敵の体力を削り切れてはいない。
    「今のうちに回復を」
     朔眞がリオと共に治療を始める。
     そこへ、地面から噴き出した炎の奔流が襲いかかった。
     玲のライドキャリバーが朔眞を突き飛ばす形で庇うが、リオと一緒に炎に飲み込まれてしまう。
     オオオオオオォォォォォ!!
     化身の体が立ち上がり、中から赫怒に燃える頭部が再び出てきた。
     激しく傷ついてはいるが、その異様にはいささかの翳りもない。
     甲羅からは炎が噴き上がり、翼のように打ち広がっていく。
     自らを治癒しようとしているのだ。
    「させないよ!」
     夜音がその妨害に動く、体勢を立て直されては、ダメージの蓄積してきている灼滅者側に不利だ。
     解体ナイフで複雑な軌跡の斬撃を刻み付けるが、明らかに先ほどよりも体表が硬くなっていた。つけた傷も炎に覆われ、再生が始まっていく。
     巨体が動き出した。
    「――!」
     夜音と麻耶が跳ね飛ばされる。
    「まずいっすね……」
     咄嗟に動けないそこへ、後衛に向かっての火炎の奔流が押し寄せる。煉獄の如き炎に体力を奪われ、麻耶と朔眞が倒れてしまう。
    「……琥界を傷つけた報いは、受けてもらう」
     作楽は炎の中で倒れかけるが、魂の力で立ち上がり、再び前に出て刃を振るう。
    「まだまだ……!」
     葉月も再度の凌駕で先頭を続行した。
     前衛もまた、ミカが凌駕で耐えている状況だ。ヨタロウが回復を続けているが、回復手の減った今となっては心もとない状況だった。
     再度の火球の爆発に、さくらえを守ったルミが消滅する。
    「最後まで、諦めないよ」
     さくらえは炎に焼かれるのもいとわず、断罪輪を振るい続けた。化身の様子からも、灼滅まであとわずかなのは明白だ。
     一方、撤退の目安にした「灼滅者四名の戦闘不能」にはまだ達していないものの、灼滅者側の損害もかなり際どい。
    「――っ」
     再び頭部を狙って動いた玲を、今度こそ炎の渦が捉えた。地面から螺旋を描くように噴き上がる熱波が、彼女の動きを封じる。
     化身がそこへ、大口を開けた。
    「!」
     熱量に白く染まった光が、玲の目前で爆発的に膨れ上がる。
     熱線が洞窟内を走り、岩壁を削っていった。
    『……ハァ』
     熱線の跡に残るのは、深く穿たれた溝。そしてその上でため息をつくダークネスの姿だった。
    『キミ、ガイオウガノ化身ダカラッテ、調子ニ乗リ過ギダヨ?』
     白い毛並みに、青く神々しい炎を宿したその獣は、化身が次の動作に入る前には地を駆っていた。化身を翻弄する動きで近づくと、その牙で首筋を切り裂いていく。
    『コレデ、終ワリ』
     そして甲羅の一点――さくらえや葉月が打撃を加えていた場所を一撃で踏み抜くと、内部へ己が炎を放出する。
     身体の内側から噴き上がった青い炎に、化身が絶叫をあげた。
     そのまま、燃え尽きていく。
    『ジャアネッ』
     ボーイッシュな声でそう言うと、玲であった新たなイフリートは灼滅者の前から去っていった。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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