炎獄の楔~炎棘姫グリューエン

    作者:志稲愛海

    「垓王牙大戦の戦い、みんな本当にお疲れ様。結果的には、あと一歩、届かなかったけど……みんなが頑張ってくれたおかげで、ガイオウガも深手を負って、今は回復に専念している状況みたいだよ」
     飛鳥井・遥河(高校生エクスブレイン・dn0040)は改めて、ありがとーと集まった皆へと深く頭を下げた後。顔を上げると、真剣な表情で続けた。

    「それで、そのガイオウガなんだけどさ……回復の為に、日本各地の地脈から力を集めようとしているみたいで。もし日本中のガイオウガの力が、復活したガイオウガの元に統合してしまったら、ガイオウガは最盛期の力を取り戻してしまうよ。だからこの事態を防ぐために、みんなには、日本各地の地脈を守るガイオウガの力の化身……強力なイフリートの灼滅をお願いしたいんだ」
     ガイオウガが最盛期の力を取り戻すことを許すわけにはいかない。そのためには、日本各地の地脈を守る強力なイフリートを倒し、ガイオウガとの統合を阻止しなければならないというのだ。
    「強力なイフリートの周囲にはね、多数のイフリートが守備を固めているようなんだけど。垓王牙大戦で救出に成功した『協調するガイオウガの意志』の力で、このイフリート達の戦闘の意志を無くして、無力化する事が可能になっているんだ。でもね、この意志の力も、強力なイフリートにまでは影響を及ぼせなくて……そんな強力なイフリートは、撃破しなきゃならない。でも周囲の多数のイフリートの戦闘の意志を抑えるためには、その戦意を刺激しないように、少数精鋭で戦いを挑む必要があるんだ。だから……これはかなり、危険な任務になると思う」
     場合によっては、闇堕ちしなきゃ届かないかもしれない――。
     遥河はそう言って、一瞬表情を硬くするも。でも、みんな無事に勝利して帰ってきてねと、モーヴの瞳を細める。
     協調するガイオウガの意志。これは垓王牙大戦で、灼滅者の手により切り離されたガイオウガの一部であったものだ。その尾から多数のイフリートが現れ、今回、灼滅者に協力してくれるという。
    「今回強力してくれる『協調するガイオウガの意志』は、友好的な猫ちゃん型の大型獣のイフリートなんだけど、個性が乏しくてどうやら会話とかはできないみたいだね」
     そして、灼滅者達が今回倒すべき、強力なイフリートとの戦闘について。
    「今回戦闘が行われる場所はね、地下の地脈周辺だよ。そこへの誘導や竜脈への移動は、協調の意志を持つ猫ちゃんイフリートたちが協力してくれるから、戦場までの移動に関しては、みんなは特に作戦とか立てなくても大丈夫。そして協調の意志を持つイフリートたちが取り巻きのイフリートの無力化をすべく力を尽くしてくれるから、みんなは全力で強力なイフリートと戦えるよ」
     戦場は、マグマの鼓動を感じるような、地下の空洞。だが戦闘の際、溶岩などの火山活動への警戒や対策は不要で、地下空洞の崩落の危険性なども特にないようだ。
    「それで、今回みんなに倒してもらいたい強力なイフリートなんだけど。『炎棘姫グリューエン』……まるで茨のような鋭い棘がある尾を持つ、竜のような見目のイフリートだよ」
     土気色を帯びた鈍く深い緑の尾には、茨の如き無数の鋭い棘。そしてその茨に咲く薔薇のように赤い、燃え盛る真紅の瞳と炎。そんな竜の如き獣は気高いドレスを纏うかのように、激しい炎を生み出すのだという。
    「戦闘になると、イフリートの能力を使ってくるほかに、炎棘姫って呼ばれてるだけあって、グリューエンは棘のついた茨のような尻尾や生み出した炎の棘を使った攻撃を仕掛けてくるよ」
     強力なイフリートの能力を駆使してくることは勿論のこと。茨の鞭のようにしなる尾から繰り出される攻撃は、その棘によって、届く範囲の者達の傷口をより広げて。力漲る咆哮とともに撃ち出される炎の棘は、遠くにいる者達の元まで無数に容赦なく降り注ぐという。
     闇堕ちをしなければ勝てないかもしれないほどに強力な、イフリートとの戦い。
     十分に作戦や対策を練り、覚悟を決めて、皆が一丸となって臨んで欲しい。
     
     そこまで説明を終え、灼滅者達をぐるりと見回した遥河は。
    「今回の敵は正直、無傷での勝利は難しい強敵なのは、間違いないよ」
     はっきりとそう言い放ちつつも、そんな危険な戦場に皆を赴かせることに、複雑な表情を宿すが。
    「でもね、この敵に打ち勝たないと、復活したガイオウガを止める事は不可能になっちゃうから……みんなの勝利と無事を、オレは信じてる」
     だから―ーくれぐれも気を付けて、いってらっしゃい、と。
     しっかりと顔を上げ、信頼している灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)
    四津辺・捨六(泥舟・d05578)
    雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)
    アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)
    汐崎・和泉(碧嵐・d09685)
    戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)

    ■リプレイ

    ●紅蓮の脈動
     漆黒の地下空洞に走る色は、脈動する煉獄の赤。
     灼熱のマグマが、地脈のいたるところで蠢いている。
    「そろそろ季節は涼しく移り変わるところですが……とても熱いですね」
     表情こそ普段と変わらぬように見えるが。ウェア・スクリーン(神景・d12666)は閉じたままの瞳を周囲へと向け、思う。
    (「放置すれば美しい景色も何もかも焦土と化しそうな……。それは許せません……」)
     現に、先の戦争の影響で、別府周辺は大量の溶岩が溢れ出る地獄の如き様相と成り果ててしまった。
     このままではウェアの懸念通り、九州や日本全土……いや、地球上の美しい景色が焼け落ちてしまうかもしれない。
    (「また一般の者達を避難させるような事はあってはならない」)
     アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)も別府の様相を思い返しつつ、ふと仲間と共に足を止めて。鋭い光宿す視線を、この地下空洞の熱さの元凶へと投げた。
     地脈を守るガイオウガの力の化身、『炎棘姫グリューエン』。
     そして周囲には、守備を固めんと集まった多数のイフリートの姿が。
     だが今、周囲のイフリート達は『協調するガイオウガの意志』の力によって無力化されている。
     アレクサンダーは、協調するガイオウガの意志達の導きに感謝をしながらも。黒潮を上る鰹の如きスキップジャックに跨り、倒すべき敵を見遣る。
     ここで「殲滅の意思」を鎮めさせてもらおう――と。
     炎棘姫グリューエンがいるのは、灼滅者達から距離を置いた位置。
     しかしその真っ赤な瞳には、殺気と敵意の色が鮮明に燃え上がっていて。
    「……!!」
     瞬間、的確に狙い撃たれた炎の棘が、灼滅者達の頭上から容赦なく降り注ぐ。
     強烈な炎の棘。その威力は、複数を対象とした攻撃にもかかわらず強烈だ。
    「嘗てない強敵か」
     戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)は敵の炎の凄まじさにそう呟くも。
     武装瞬纏――解放し纏っている紺青の闘気を一層、業火の色に負けじと漲らせて。
     白銀の毛並みを靡かせ駆ける風雪を伴い、最前線へと出つつも展開する。
    「さて、腕試しだ」
     颯爽と掲げたシールドを広げ、仲間の護りを固める、『我流・紅鏡地大』を。
     そして、赤は赤でも、全てを焼き尽くす紅蓮ではなく。
    (「炎棘姫グリューエン、地脈を守るガイオウガの化身……。強大な敵、だろうとも。わたしは信じている」)
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の瞳に満ちる深紅は、希望と信頼と叡智の探求の色。
    「協調の意志のイフリートに、七葉ちゃんらみんなとの絆の力が勝るという事を。それを証明しに行くよ!」
     勢いよく地を蹴った瞬間、噴出した帯が炎棘姫を貫かんと戦場を舞えば。その帯が刹那、二重となる。
    「逃がさない、よ」
     炎棘姫へと見舞う帯を重ねたのは、結衣奈と呼吸を合わせ動いた、新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)。そんな主に続き、ふわふわの尻尾を揺らして猫魔法を撃ち出すノエル。
     そして攻撃手として前へと出たウェアが全力で放った飛び蹴りが、輝く星のように戦場を流れ、炸裂すれば。
     あいにくオレは負けず嫌いでな、きっとてこずるぜ――と。
     翠の業火燃ゆるその双眸で、しっかりと宿敵を捉えた汐崎・和泉(碧嵐・d09685)も。
    「……行こう、ハル」
     斬魔刀振るう相棒とともに、炎の茨へと恐れず飛び込んで。ちょっと小粋で恰好良いその靴で大きく地を蹴ると、流星の煌きと重力を宿した蹴りを炎棘姫へ見舞う。
     さらに、同時に動いたアレクサンダーの飛び蹴りも間髪入れず繰り出され、轟音とともにスキップジャックの機銃掃射が敵を撃ち抜いた。
     敗戦を喫した、垓王牙大戦。
     いや……四津辺・捨六(泥舟・d05578)にとっては、違う。
    「生憎と俺は負けたつもりもないし負ける気もないんだ」
     だからこれはリベンジじゃない、と。
     猛るラムドレッドの機銃掃射が響く中、輝く十字架から捨六が放つのは「業」を凍結する光の砲弾。
    「これは、あの日から続く『延長戦』だ」
     まだ勝負は終わっていない。負けていない。
     そしてそれは勿論、捨六だけの思いではなく。
    「ここで必ず倒してみせる」
     絶対に負けるものですか、と。
     クールを装う表情の下に、絶対に倒すという意気込みを宿しながら。
     まるで纏うゴスロリドレスのレースを揺らすように、雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)の放った帯が、炎棘姫目掛け飛んでいく。
     終わっていない、負けていない。負けられない戦いに、勝つために。

    ●灼熱の戦場
     戦場と化した地下空洞でぶつかり合う力と力の戦いは、まさに熾烈。
     イフリート王の力の化身である炎棘姫が生み出す炎は、一撃一撃が強力で。
     狙い澄まされた衝撃に急所を撃ち抜かれれば、一瞬で倒されてしまう危険も孕んでいる。
     だが、厳しい戦いになることは、百も承知。
     真正面からぶつかれば、圧倒的に力負けしてしまうだろう戦いも……対策を十分に練って皆で挑めば、きっと立ち向かえる。
    「こちらの回復は任せろ」
     戦況や戦場全体を常に見極めながら動く久遠が、同じ前衛を担う仲間への回復を請け負えば。
    「惑い迷わせ虚ろの迷宮」
     頷いた七葉が、炎の棘を受けた後衛の仲間を癒す。回復を行きわたらせながらも、過剰にならぬよう心がけて。ノエルも、ニャーッと肉球パンチを放ち、炎の獣の動きを牽制せんと奮闘する。
     そして咆哮とともに噴出したイフリートの強烈な炎をその身に受けるも。
    「アタッカーが倒れたら倒せるものも倒せなく、なるからね……」
     結衣奈は体力の回復と燻る炎を打ち消すべく、自らシャウトする。
     灼滅者が繰り出す攻撃は能力の高い炎棘姫に、弾かれ回避されることも少なくなかったが。
     これまで付与してきた足止めをはじめとする状態異常の効果が、長期戦の様相を呈している今、次第に効いている様子も窺えて。
    「ここでのこのこ帰ったら男が廃る、ってやつだな」
    「今こそその名を示せ、ラムドレッド。螺子一本になっても敵を抑えろ」
     無慈悲に降り注ぐ炎棘の雨にも怯まず、炎は任せろ、と。ハルとともに身を呈し、仲間を護るべく動く和泉。
     ラムドレッドも、限界まで巨大さを追求したその車体を勇ましく震わせ、前へと躍り出て。捨六の声に応えるように、獣の咆哮をも凌駕するほどの重低音を地下空洞に響かせれば。
     回復の要を担う捨六も、帯を噴射し黄色標識を掲げ、状況に応じて手段を見極め癒し、最大限仲間を支えつつ。仲間と息を合わせ、攻撃の隙も狙っていく。
     癒し護り支え合い、相手の強化を無効にすることも怠らず。何とか強力なイフリートの攻撃にも、持ち堪えている戦況。
     そして凶暴な炎獣を討ち倒さんと、灼滅者達は果敢に攻めていく。
    「凍てつく氷柱の弾丸を……」
     一瞬ひやりと感じるのは、この灼滅の戦場には不似合いな、鋭利な氷柱の冷気。ウェアの成した氷の弾丸が炎獣の身体を撃ち抜いて。
     燃え盛る薔薇のような炎を、まるで蹴散らすかのように。
    「炎の薔薇より、黒い薔薇で飾った武器が好きなの」
     摩擦熱で発火した焔を足に纏わせた舞依の一撃が、イフリートへと叩きつけられた。
     目指すのは、誰も死なない結末。
     大切な人を守りたいから。自分のだけでなく、他の誰かの大切な人であっても。
     そんな、戦いにおける基本理念を胸に。舞依は今、仲間とともに全身全霊をかけ、死力を尽くして戦っている。
     激しい炎にその身が焼き尽くされることも、恐れずに。
    「一本釣りダイナミック!」
     スキップジャックの突撃で揺れた敵の尻尾を、ぐっと掴んで。勢い良く獣の巨体を一本背負いし、豪快に地に叩きつけるアレクサンダー。
     だが相手は、ガイオウガの力の化身。ダメージを与えてはいるものの、その炎の勢いは、まだまだ揺るぎない。
     炎の翼を羽ばたかせ傷を癒し、避ける隙間がないほど濃密な炎の棘を降らせて。茨の尾をしならせては、炎の薔薇をより多く咲かせてくる。
     そしてその炎は……時間が経つほど、癒せぬ傷を、灼滅者の身体へと与えていた。
    「気を付けろ、狙われているぞ」
     すかさずしなる尾の攻撃を肩代わりしつつ仲間に声を掛け、久遠は衝撃に耐えるように地を踏みしめて。 
    「風雪、仲間の回復を頼む」
     白銀の相棒に傷を負った者の回復を託し、カゲヨリイズルモノ――自らの影に働きかけ、我流・灰塵曲輪の刃で敵を斬り裂かんと。祈りを秘めた銀の円環光る手とともに、ぐんと影を伸ばす。
     自分達も苦しいけれど……相手ももう、それほど余裕はないはず。
     でもこんな時だからこそ、結衣奈は笑顔を絶やさない。
    「みんな、ファイトだよ!」
     そして仲間を鼓舞しながらも、敵の一挙一動を見逃さず、果敢に攻め続ける。
    「わたしの全力全開で撃ち抜くのみ、だよ!!」
     瞬間、放たれた魔法の矢が、炎の薔薇を散らすように獣の身体を射抜いて。淡く澄んだ桃玻璃に留められた黒髪が、赤き戦場に踊る。
     そんな結衣奈と連携を取り、続いたのは、七葉とウェア。
    「ん、不自由を教えてあげるね」
    「砕け散りなさい……」
     伸ばした長剣の刃で獣を捕え、斬り裂く七葉の胸元で。揺れる赤珊瑚が双の半円を求めるように煌めいて。ノエルの放った魔法が、さらにその赤に輝きを与える。
     そして神秘的な真白の髪と上品な和服の袖を、炎華を縫うかの如く、ふわりと揺蕩わせながら。癒せぬ衝撃の蓄積を感じたウェアが、一刻も早く炎棘姫を滅さんと全力の一撃を叩きこんだ。
    『グア……ガアァァッ!』
     連続で見舞われた灼滅者達の攻撃に思わず声を上げる、炎棘姫グリューエン。
     しかし、まだ炎の獣は倒れない。
    (「言葉はいらない、拳をぶつける。最後まで戦うんだ」)
     共に地を蹴るのは、チョコレート色の毛並みをした頼もしい相棒。
     和泉は淡き翠の炎雷の輝きを纏い、六文銭を撃ち出すハルと戦場を駆けながら、手にした隼の大剣に熱き炎を宿らせて。夏の陽射しの色をした髪をより煌めかせる炎を、宿敵の業火目がけ、叩きつける。
     まだ、決して垓王牙に負けてなどいない。
     だから。
    「垓王牙大戦をここから。勝って。こっちの勝ちで終わらせてやる!」
    「先の戦いの不始末はここでけりをつける」
     自分に襲い来る炎の奔流を請け負ったラムドレッドが消滅する中で。この戦いに勝つために、仲間が倒れぬよう、支え続ける捨六。
     アレクサンダーも極限まで戦い続ける覚悟を、開かれし十字架から放つ光の砲弾に込めて。スキップジャックとともに、敵を正確に狙い撃つ。
     だが……上体を揺らしながらも。それでもまだ、炎棘姫は倒れない。
     そして。
    『ガァッ、グアアアァァッ!!!!』
     怒号の如き獣の咆哮が、地下空洞を震わせた刹那。
    「……!!」
     恐ろしいほど的確に繰り出されたのは、灼滅者達へと降り注ぐ、無数の炎の棘であった。
    「やらせん。その攻撃を通す訳にはいかん」
     咄嗟に久遠が割って入るも……仲間を貫かんと降る、致命的な威力を持つ棘を受け、地に崩れ落ちて。
     同じく仲間を庇い一度は膝をついたが、何とか肉体の限界を魂で奮い立たせる和泉。その隣で、主と共に仲間をその身で護り、消滅するハル。
     さらに。
    「……!」
     再び即座に行動を起こした炎棘姫の体内から激しい炎が噴出されて。結衣奈へと叩きつけられた強烈な一撃が、彼女の意識を完全に刈り取る。
     長期に渡っていた戦いの均衡が、ついに崩れた瞬間。
     ――そして。
     地に崩れ落ちた仲間と、いまだ猛る炎獣。
     イフリートも傷を負っている。付与し続けてきた状態異常も、確実に効いている。
     灼滅者達が立てた作戦は、闇堕ち前提の覚悟が必要だと言われている強敵相手に非常に有効であり、かなり善戦したと言えるだろう。
     けれど、長期戦となった分、癒せぬダメージの蓄積が大きくなっている現状。
     そして戦況が動いた今。このままでは恐らく……目の前の炎棘姫は、倒せない。
     そうふと感じ取った少女の青き瞳に映るのは――過去に心の拠り所を奪ったものと同じ、紅蓮の色で。
     炎で燃やし尽くされた後に待っていたのは、真っ暗な絶望の世界だった。
     でも今は協調云々のことは考えない。ただ、ひたむきで頑固なこの意志を、貫き通すだけ。
    「とにかくこの赤い野蛮な姫を倒す」
     相変わらず無表情ではあったが。
     次の瞬間――闇に身を委ねた舞依の殺気が、大きく膨れ上がった。

    ●闇色の決着
    「舞依さん!」
     先程までと違い、どこか幼い印象を受ける舞依に、灼滅者達は声を掛けるも。
    『ガ……アアァァッ!!』
     目の前に在るのは、堪らず声を上げる獣と炎の薔薇を容易く切り裂く、ダークネスとなった少女の姿。
     そんな彼女に続き、満身創痍ながらも撤退はせず、灼滅者達も炎棘姫へと攻撃を続ける。
     限界ギリギリまで全身全霊をかけ、死力を尽くして戦うと……そう、決めたから。
     ガイオウガの力の化身である強力なイフリートも、闇堕ちした舞依と灼滅者達を同時に相手できる余裕など、最早ない状態だ。
     だが――その時。
    「……ッ!」
     残る力を振り絞った獣の炎が再び鋭利な棘となり、灼滅者達に降り注いで。
     スキップジャックが消滅したと同時に、アレクサンダーと七葉が致命的な衝撃を受け、地に倒れる。
     舞依が闇堕ちして戦力差が逆転しても、イフリートに攻撃の意思がある限り、残りの灼滅者達が絶体絶命……危険な状態であることには変わりがない。
     そのような状態でさらなる攻撃を受ければ、勿論、無事では済まない。
     そして戦闘不能者が4人。灼滅者達の決めた限界、撤退の目安だ。
     だが戦闘不能者を担ぎ、戦場を離れるまで、炎棘姫が待ってくれるなんて保障は一切ない。
     協調するガイオウガの意志の力に、撤退の協力をしてもらえないかと考えもしたが。周囲のイフリートの無力化に手一杯な彼らの力は、借りられそうもない。
     こうしている間にも、むしろ倒れるその前にひとりでも多くの獲物を狩らんと、炎棘姫は再び炎を生み出そうとしている。
     このままでは、次に繰り出される一撃で、撤退すら不可能な状況に陥るかもしれない。
     でも……仲間達が戦場から無事に撤退できる方法が、ひとつだけある。
     それは。
    「!!」
    「えっ!?」
     刹那、戦場に現れたのは、新たなイフリート――金色の一角獣。
     そう、それは仲間を撤退させるべく闇に身を委ねた、和泉であったのだ。
     闇に堕ちてもなお、護り手であるという誇りからか。弱りかけた炎棘姫へと牙を剥き、炎を滾らせ襲い掛かる、金色翠瞳のイフリート。
     その隙に、捨六とウェアが倒れている仲間を両腕で抱えて。後ろ髪引かれる思いを抱きつつも、素早く戦場を離れる。
     そして、そんな灼滅者達を振り返りもせずに。
    「さよなら、赤い野蛮なお姫さま」
     舞依が繰り出した強烈な漆黒の殺気が。
     その激しい炎ごとガイオウガの力の化身を容赦なく飲み込み、灼滅したのだった。

    作者:志稲愛海 重傷:守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289) 
    死亡:なし
    闇堕ち:雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186) 汐崎・和泉(碧嵐・d09685) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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