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その日は、湿った空気が漂っている日であった。
秋の乾いた風が吹き抜けても、尚、抜け切らない夏の余韻が熱に魘されたかの如く、倦怠感を催した。それが、残暑の所為か、不安定な気候の所為であるのかは分からないが、大分での戦火の余韻であることには違いがない。
「お疲れ様なの。怪我はない?」
薄手のブランケットを手にしたエクスブレインは花瞼に薄っすらと隈を乗せ不安げに灼滅者達を見回す。
幸福論者は俄かに喧騒を帯び始めた周辺を確認し、大戦が終了したばかりだというのに休息を十分に与えられない事を謝罪した。
「緊急の連絡になってごめんなさい。垓王牙大戦……『ガイオウガ』との闘い、お疲れ様なの――無事で、よかった」
先の戦いは惜敗であった。あと一歩届けば、と誰しもが願ったことだろう。敗北と銘打てば後味も悪いが『ガイオウガ』自身に深手を負わせられた事は何も悪いことばかりではなかったということだ。
まどろっこしい夏を払うように不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は頭を振り、『緊急連絡』を記載したメモへと視線を落とす。
「――ガイオウガが、日本各地の地脈から『力』を集めようとしているの」
速やかに対応しなくてはいけない重要な事件なのだと彼女は言う。
今までもガイオウガへの対応で彼の力を削ることは多くあった。その事件の延長線上だ、手負いの獣が万全な体勢を整える事を阻止するのだ。
日本各地の地脈を護るガイオウガの力の化身――強力なイフリートの灼滅を行うことが求められる。
「つよいのよ」
彼女は言う。
「とっても、つよいの」
――誰かがその身を闇に投げなければならないかもしれない。
真鶴は声を震わせた。幸福な未来のために必要な行為であっても、誰かが犠牲となる可能性が『チラつく』のだと。
もう一歩、届かなかった『最善』に挑むが為に。
それを前座と呼ぶには余りにも過酷な試練だ。ガイオウガが求める化身――強力な炎獣は牙を研ぎ澄まし地脈に佇んでいる。
「でも、悪いことばかりじゃないのよ。みんなの戦果で、尾に集まっていた優しい気持ちが、協調の気持ちが味方をしてくれるの」
これまでの戦果だ。灼滅者達がこれまで積み重ねたひとつひとつは決して無駄ではない。
暴虐の獣を取り囲んだ配下たる炎獣を無力化すべく力を尽くしてくれる有志として『彼ら』は行動してくれるのだ。無事に灼滅者を地脈へと導き、強力な炎獣と戦うべき舞台を整える。
「……みんなは、まっすぐに『イフリート』に向かってほしいの」
その、強力な獣へ。血潮の如き焔を身にまとった黒き巨躯の暴虐の塊へと。鋭い牙を剥き襲い掛かるそれは獲物の喉元へと喰らい付くことだろう。決して油断ならない相手だ。
「うん、みんな、まっすぐに――」
そういうのは簡単だ。言うだけならば誰だってできる。
ごめんね、ここで待っているだけで。ごめんね、でも、待たせてね。
「まっすぐに、彼へ向かって、倒してほしいの。
……無傷じゃ済まないかもしれないの。何かあるかもしれないの」
胸騒ぎがする。酷く焦燥感に駆られる――少女はそれでも、言わねばならないのだ。
送り出す立場として、予知をした立場として、必ずしも言うべきは。
「『大丈夫』。みんななら、大丈夫なの。だから、ここで待ってるのよ」
どうか、どうか――ご無事で。
参加者 | |
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宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830) |
望月・心桜(桜舞・d02434) |
城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563) |
東雲・悠(龍魂天志・d10024) |
狼幻・隼人(紅超特急・d11438) |
廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834) |
ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517) |
穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442) |
●
酷い、耳鳴りがする。
脳天を揺るがすような――まるで、雷鳴の如き獣の叫び声。
それは、熱量とすれば人間の受け止めきれるものでないのだろう。それは、絶望とすれば人間が惧れるものなのだろう。
抗うことは得意だと狼幻・隼人(紅超特急・d11438)の口端には隠し切れない笑みが浮かんでいる。焔の色にもよく似た赤いバンダナが柔らかに揺れ、手にした断罪輪が暗澹の中、鈍い色を返す。
「燃えとるなァ。準備も覚悟も完了済みや――俺とお前のどちらが大きいやろな?」
くつくつと咽喉の底から漏れ出た笑みは彼の勝気な性質を感じさせる。まるで飼い慣らされた猫のように喉を鳴らした『協調のイフリート』は隼人の言葉に同意するように尻尾をぴんと立てる。その毛先までもが緊張を奔らせる――『ここ』はそういう場所なのだ。
「死ぬ気は?」
「微塵たりとも! 全員生還に決まっておるのじゃ。のぅ、ここあ?」
柔和な笑みは影もなく。武者震いを見せる宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)は妙な高揚感に襲われる。死者の妄執にも似た衝動がその心を突き動かした。余りに硬い岩肌は少年と青年の狭間に立った彼には余りにも不似合で。
『死』という言葉に口許を緩ませる冬人へとぎこちなく笑った望月・心桜(桜舞・d02434)は冬人に甘える仕草を見せたここあを見つめ息を吐き出す。いってらっしゃいと背を押してくれた人がいた、無事戻ると誓いあった桜が胸元で揺れる。
(「奇跡の子だとわらわを呼ぶなら、今ほどに『奇跡』に焦がれることもなかろう? 勝つのじゃ……」)
圧倒的な存在だと、心桜は呟く。それは隼人にも冬人にも良く分かっていた。圧倒的だからこそ、惧れ、圧倒的だからこそ『好ましい』――ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)は掌になじむ鏃を撫でつける。
「アハ、」
光差さぬ場所でも尚も美しい翡翠。爛々と踊った地上の月色は醜くも歓喜に歪められる。彼は『満足』させてくれるはずなのだ。エクスブレインが『強い』と称した相手が、燃え滾る様に胸を打つ。
くるる、と猫の様に上擦る声を上げた協調の意志にハレルヤは視線を溢し首を振る。彼女の脳裏に過った『一等星』。夜に輝く闇色は何を想い死んだのか。ハレルヤには理解のできぬそれはどうしようもなく胸をざわめかした。
「ボクができるのは、キミをいっぱいいっぱい燃やして潰してグシャグシャにして――負(ころ)すだけだよネェ?」
「ああ、俺は撤退はしないぜ。この血潮は燃料、この肉体はエンジン、命尽きるまで奔り、贖罪の元、貪ってやる」
それが、穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)の戦い方。それが自殺志願者のマナー。敵に向き合う白雪の膝が僅かに震えを見せる。一度、二度とがくりと折れかけたそれは臆病な心根を擽るからか。
「ハッ――負けてやるかよ。行くぜ? クトゥヴァ!」
生ける炎の名を関し顕現した相棒と共に白雪は走り出す。眼前で唸りを上げた焔獣は獲物の存在に口許を歪め立ち上がった。
その姿が大地に漲る力の象徴だと知りながら、己の身の内に燃え滾る炎が同じ色をしていると知りながら彼女は前進してゆく。
「禍って炎の色と似ているのかしら」
柔らかに瞬きを一つ、城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)の掌が柔らかな黒曜の杖をなぞる。深みを感じさせる声音に僅かながらの緊張を含ませた彼女は朗々と歌い上げる様に「いきましょうか」と告げた。
沈黙を許すことなく、咲き誇った梔子。幻想の色に染め上げられて、その身から力が杖へと伝わる感覚にスッと心が軽くなる。
――ここは『敵地』なのだ。
「……先で待ってるガイオウガに届く為にも、ここでアイツを倒す!」
「ええ、勿論。私たちは『倒さなくては』ならないの」
とん、と岩肌を撫でる様に爪先を動かす千波耶の視線が前衛を追いかける。序で、東雲・悠(龍魂天志・d10024)の影が伸び上がり強大な焔獣を目指し進んだ。
「協調の意志までいるんだ。こっちに勝機は十分だろ!」
「はは、協調されてまで負けちゃ顔合わせもできないよね。――当てれば壊せる、が得意みたいだけど」
肚の奥から笑み溢す様に偽善を浮かべて廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834)は焔獣の前へと躍り出る。巨大な二つの瞳が仄暗い水底を思わせた。ぐらりと心の奥底まで飲み込まれてしまいそうな敵意と戦意がその身を粟立たせる。
「生憎、僕らも得意なんですよ」
人一人も飲み込んでしまいそうな巨大な口は『人食い狼』の名に相応しい。唾液に濡れて光る牙を受け止めた隼人は配置についた仲間たちを振り仰ぎ負けじと歯を見せ笑った。
「力比べと行かせて貰おか!」
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焔獣の周囲を固めるイフリート達は協調の意志と互角の戦いを繰り広げる。血潮の色をした焔が周囲に飛び散り、同族とは思えないほどの争いを繰り広げた。
ちら、と視線を向ければ協調の意志であれど、敵であれど白雪にとっては『宿敵』であった――準備は万全に整えた。
強大な敵から放たれる一つ一つの攻撃でも白雪にとっては生きている証明に他ならなかった。
「ハッ――長期戦になることはとっくの昔に知ってるぜ? 一撃で返り討ちになんてヤワな真似、するわけないだろ?」
クトゥヴァを呼ぶ声は僅かに上擦る。イフリートと灼滅者による猛攻は始まりを告げ、苦戦を強いられるのに十分な時間が経っていた。
かちり、と冬人の中で思考が固まる。前線を護る任を負った隼人と白雪。そして、二人の相棒。
前線で攻撃役を一人で担うこととなった杏理や、後方で攻撃を当てるべく集中する千波耶と悠を支援するには自分とハレルヤが必要不可欠だ。壁を担った二人を癒す心桜とここあの表情にも渋さが浮かび始める。
(「流石に本気って訳か……一撃が重たい、なッ!」)
舌打ちを漏らし、白雪が前線へと走る。己の血潮が模る剣の切っ先が焔獣の左目を切り裂いた。溢れ出る焔をその身全てに受け止めて、彼女は憎悪を滾らせる鎖を打ち鳴らす。
「人生のロスタイムは何が起こるかわからないわね?」
歌声を止めることなく咲き誇る梔子が岩肌を撫でる。シフォンケーキの如き柔らかな髪を靡かせ千波耶は歌う様に地面を奔る。靴のローラーが擦れ飛び散る火花さえも彼女の奏でる音楽へと姿を変える。
その『音楽』に誘われる様に身を逸らした心桜は癒しを送る。あらかた丸とクトゥヴァが後衛を生かせるために庇い手として奔り回った結果は見えている――消えてしまうのだろうか、と。心桜の胸へと冷たいものが伝った。
(「サーヴァントが倒れた後、わらわ達に勝機は……?」)
弱気ではいけないと心桜が汗を拭う。不安げに見上げたここあに大丈夫と言い聞かせたのは己の為のようで。
「やっぱ強ェ――でも、気力だけはこっちが勝ってるんでな!」
歯を剥きだし唸る様に悠は影を伸ばす。槍の穂先が宙を切り裂き、焔獣の身を貫いた。
「ここで絶対に倒してやる、竜の牙は折れないんでな!」
遥かな空に憧れた。『はるか』はその果てを見据える様に諦めないと唇を噛みしめる。僅かに緩んだ指先に力を込めて踏み込む靴裏が妙に疼いた。
焔獣が纏った確かな戦意、それを打ち払うことができるのは自分と千波耶なのだと意志は確かに統一されていた。多種多様の攻撃を持ち得る焔獣に『チャンス』は与えてはならないと槍を打ち鳴らしぐるりとその体を反転させる。
「そちらばかりじゃないのよ」
力強く、しかし、色香さえ感じさせた歌声に翻弄される様に焔獣が唸りを上げる。駄々をこねる様に首を振り、それを受け止める白雪の背骨が音たてる。
「ッ」
「祓い賜え――! わらわは、一人たりとも失いたくないのじゃ……!」
振り絞った声に小さく瞬くハレルヤは首傾ぐ。
それは美しい戦士の『協力』だ。意志の力は何もにも代え難い。誰かが誰かを想う気持ちは胸の中にぽかりと空いた穴にはまるピースなのだろうかと彼女は金の瞳を丸くする。
「アハ、」
この殺意が――それには変わらないだろうか。
手癖の様に鏃が撓る。弓が幾重も重なり合って刺さり焔獣の狂気が増した。狂気を比べれば彼女とて退けは取らない。だからこそ、『いとおしい』のだ。
「ネェ、もっともっともっと、楽しもうよ?」
その刹那まで。死すら感じさせるほどの敵意を以て――!
弾き飛ばされた小さな体を撓らせながら白雪が口許の血を拭う。
その後方からその身を投じるべくタイミングを計る冬人は頬に伝う汗に気づき首を振った。
冷たくなり始めた空気も感じさせない程の熱量に圧倒されるその身が楽しみを感じている違和を彼は『楽しんでいる』。着慣れた衣服は今は重い鉛のようにも感じられたのだ。
焔獣が己を強化することを続けながら攻撃を続けることは脅威となる。
振るわれたソレに目を伏せることなく白雪は『死』を感じ乍ら立ち向かった。
生きる事には喜びなんて―――死の淵から蘇るように少女は手を伸ばす。
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「ッ」
どん、と吹き飛ばされた体に隼人が畜生と小さく漏らす。流石の強敵だと彼は口許で小さく笑みを噛みしめた。
このままでは、と隼人の脳裏によぎるのは最悪のパターン。前線で戦う白雪とて、ふらりと膝を突き肩で息をしている。
傷を癒す心桜により保たれていた戦線も『一撃の重さ』も相俟って少しずつ瓦解を始めていたのだろう。
立ち位置を変更すべく前線へと走る冬人から視線を逸らすべくここあや杏理、悠達が囮を買って出た傷口がじんわりと痛むかのように主張する。
(「攻撃は確かに当たってるわ。けれど――先に、ディフェンダーが持たない……!」)
サーヴァント達が消え、長期戦を狙った戦術の中で焔獣がその身を蝕む脅威から逃れんと果敢に攻め込む様子は敵乍ら千波耶も驚いたことだろう。
徐々に消耗される体力に、前線で杏理への攻撃を食い止める冬人も不安を隠せずにいる。
「……負けるわけには」
攻撃手を担った彼を主軸とし、より命中を高めた布陣。
狂気に濡れた瞳で周囲を見回したハレルヤは「死屍累々っていうのかなァ」と首を傾いだ。へらりと笑ったのは高揚した気持ちを幾許か抑えるためだ。
「でも、ボク達は負けちゃダメなんだよねェ」
「不退転だ。先に待ち構えるのはもっと巨大な敵なんだぜ……?」
汗を拭い、掌から滑りかけた槍を握り直す。しかし、襲い来る牙は無情にも後方で倒れた隼人と白雪に狙いを定めていた。
キン、と鈴の音の様にぶつかり合う音がする。
「ヒノコ、僕が人に優しいって――? それは、どうだろう。これは、僕の『エゴ』だよ」
脳裏にチラついた幼い少年。目の前で失くしたいのち。
楽し気に焔の尻尾を振った炎犬。優しいと笑い掛けてくれた友人。
退屈気に瞬く彼は再度、両の足に力を籠める。しくじったのは自分たちだ。もう一度はあってはならない。
杏理の仕草に気づいたように冬人が膝を付いたまま首を振る。ダメだと漏れた声はひどく掠れていて。
誰よりも闇に身を委ねる事に『不安』を持たぬハレルヤとて攻め込まんと武器をもう一度握りしめる。
「僕らの足はまだ動くんだ。何も、躊躇わないよ」
星形のビーズを連ねたブレスレッドがきらりと輝き、首から下げた鍵がするりと落ちてゆく。凍てつく氷を模した花が音立て咲いて、刹那――
彼は、焔獣へと肉薄した。鋭い爪先にその身を切り裂かれようとも、荊の冠と比べれば痛みを感じぬと彼は笑みを浮かべる。
澄んだ空色の瞳にぞ、とその心の奥底の衝動を擽れ冬人は立ち上がる。もう一度と攻撃を受け止めて、弾ける赤に唇を噛みしめた。
茫と見上げた悠はハッとしたように立ち上がり杏理に続き支援する。これは勝機だ――彼が作り出した勝利の道筋なのだ。
「ここで、見てるだけは嫌なんだよな……」
「そうね、そうだわ……。私たちは『逃げ』ないんですもの」
撤退はしないと決めた。ここで灼滅(ころ)し尽くすのだと教室の片隅での総意なのだ。敗走する事なく向き直る焔獣とて、確かな深手を負っている。
「ッ――勝てる」
声を震わせ冬人が向き直る。先に前線へと飛び込んだ勇敢なる仲間たちの様に、自分自身もあの強大な焔獣と向き合わねばならない。決心は、鈍ることなく冬人は刃をゆっくりと手にする。
「アハ、殺しちゃうの?」
殺人鬼の問いかけは軽やかに。
「勿論。今なら、殺せる」
闇は薄い硝子の向こう側に存在しているのだろう。ハレルヤの様に、冬人の様に。薄硝子の向こうから覗く存在を確かに感じながら焔獣を後退させる。
しかし、否だ。
守り手が一人となった戦場では、一人一人の負担があまりに大きい。
(「死は怖いわ、けれど――」)
闇堕ちは怖いのだと千波耶は息を飲む。苛烈な猛攻に確かに焔獣を死の淵へと追いやった事だろう。
危機迫る中で、一縷の望みとなった彼を癒す心桜はこのままでは相討ちとなるのではないかと不安をその胸に過らせた。
どうして人間に両足が生えていると思う?
杏理は振り仰ぎ仲間達を護るように両手を大きく開く。聖職者の格好をした彼は朗々と歌い上げた。
「――歩くためだよ。なら、止まれるはずがないよね?」
焔の獣がその身を投じる。身を抉った牙を受け止め、体を捻り乍ら投じた一撃に巨大な獣は慟哭を上げる。
深手を負い乍らも止まらず進む彼。後衛しか残らぬ戦場では確かな、苦戦を強いられることとなった。
ここで、止まるわけにはいかない。茫とした瞳のまま、杏理は傷を負った己の体に構うことなく糸の解れかけたブレスレットを見下ろした。
「――それ以上は、だめじゃよ」
すくり、と彼女は立ち上がる。杏理を庇うように両の手を広げて。
忘れちゃいけないことがある――それは、笑顔。柔らかく笑って差し伸べてくれる掌。
「わらわ、協調のイフさんとは縁がないんじゃ。みぃんな話に聞いただけ」
すくりと立ち上がった心桜が振り仰ぐ。倒れた白雪と隼人を護る様に布陣する千波耶が僅かに目を見開いた。
死は、絶望の色にも似ている。恐ろしくて、未知のことで、誰かに『見られたく』ないそんな自分を見せつけるのに。
「ど、して」
「護りたい大好きな人たちが『護る』って言うんじゃよ。袖振り合うも……じゃろ?
わらわにとって、宮瀬先輩も城守先輩も東雲先輩もみんなみんな護りたい人たちなんじゃよ」
それに、と付け加えハレルヤを見た心桜はゆっくりと笑みを溢す。「もう、二度と向こうにいかんで下さいよ」と教室で口にするかのような柔らかさで。
「ちと、先を越されてしもたけど、わらわ、大事な人の事は忘れんよ」
弾けるような焔。二人の力によって圧し負かされる焔の獣。
その姿を悠は確かにその両眼へと移した。妖艶に笑った羅刹の少女。
その日は、かげろいの中で揺れて。
作者:菖蒲 |
重傷:穂村・白雪(自壊の猟犬・d36442) 死亡:なし 闇堕ち:望月・心桜(桜舞・d02434) |
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種類:
公開:2016年10月12日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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