炎獄の楔~追撃の嚆矢

    作者:六堂ぱるな

    ●炎の堤に穴を穿て
     表情の変化に乏しい埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)ではあるが、この日はいつにもまして硬い表情で灼滅者たちに頭を垂れた。
    「あの状況下で死力を尽くしてくれた諸兄らに感謝する。ましてガイオウガを回復に専念せざるを得ない状況へ追い込んだ奮戦に、心より敬服する」
     だが、事態はそれでは終わらない。
     ガイオウガは地下深くで日本各地の地脈から力を集めようとしている。それを許せば、ガイオウガは最盛期の力を取り戻してしまう。
    「慰労の暇もなく、すまない。この事態を避けるため、日本各地の地脈を守るガイオウガの化身を倒さなくてはならない。今回はこの極めて強力なイフリートの灼滅作戦だ」

     ガイオウガの化身たるイフリートは多数のイフリートたちに守護されている。しかしこの護衛イフリートたちは、垓王牙大戦で救出したガイオウガの尾、『灼滅者と協調するガイオウガの意思』で無力化できるという。
     玄乃が教室の引き戸を開けると、のそりと四体のイフリートが入ってきた。丸く小さな耳の間から生えた一対の黒い角を除けば、豹によく似ている。
    「ガイオウガの化身のところまでは彼らが案内してくれる」
     人語は喋れないイフリートたちがぐるぐると喉を鳴らした。
    「護衛イフリートたちはともかく、ガイオウガの化身であるイフリートにまで影響は及ぼせない。よって諸兄らの手で撃破して貰いたい」
     ガイオウガの化身であるイフリートは、地脈周辺の大きな地下空洞にいる。
    「諸兄らの撃破対象はヴォロス。巨大な熊型のイフリートだ」
     黒い炎をあげる毛皮をまとったヒグマ。前脚による殴打、何故かある長い尾で衝撃波を放って自由を奪うなど、怪獣の相手と変わりない。
     この機を逃しこの敵を討たずにガイオウガを止めるのは不可能だ。戦力を投入できればいいのだが、護衛のイフリートたちの戦意を刺激しない為にも少数精鋭での戦闘が望ましい。
    「覚悟をもって臨んで貰わねばならない。何の犠牲もなく終わりはせんだろう」
     万一の時は死力を尽くして探し出すと告げる、玄乃の声が掠れた。
    「杞憂で終わることを心から祈っている。どうか無事の帰還と、勝利を」


    参加者
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)
    楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)
    木津・実季(狩狼・d31826)

    ■リプレイ

    ●矢は放たれた
     長い長い洞窟をひたすらに下って、一行が辿り着いた地底。
     そこは天井の岩盤までどうやっても届きそうにない、空間の中央に腰を据えた巨大な炎獣・ヴォロスが立ち上がってもまだ十分に余裕がある空間だった。ヴォロスの周りにはたくさんのイフリートがひしめきあっている。
     サイドテールにした長い髪を揺らしながら、合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)がいかにも困ったといった風に腕を組んだ。
    「こいつに負けたら次はどうなるか考えたくもないね。次は協調派イフリートでも護衛を止められなくなるかもしれない。それ以前に被害がどうなるか……」
     故に、絶対に負けられない。
    「私達がどうなろうと勝ちしか認められない戦いになるよ」
    「わっ、ヒグマですか! 可愛いですねぇ……」
     思わず木津・実季(狩狼・d31826)が仰ぎ見たのは、その姿が北海道に生息する動物によく似ていたからだ。のんびりして見えるが、既に腹は据わっている。
    「今回死ぬ気は全くこれっぽっちもないので皆で頑張っちゃいましょう!」
     護衛だという彼らの前に、四頭の協調派イフリートが躍り出た。
     その途端、警戒の唸りをあげていたイフリートたちが緊張を解いた。戸惑ったようにきょとりとし、やがてゆっくりと腰を下ろす。異常に気付いたヴォロスが咆哮した。地底そのものがびりびりと震動する。
    「変身!」
     相棒のイカスミちゃんを伴う久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)の姿が、封印解除で鮮やかな紫を纏った。細い肢体を紫と白の滑らかな輝きが装甲となり、海を思わせる青いパーツと丸い黄金のアクセントが配される。翻る白いスカートにも青いラインが走って、流線形の装甲が頭部を覆うと、ご当地ヒーロー『シーアクオン』が顕現した。
    「……エンジュくんのためにも……絶対負けるわけにはいかんからね」
    「望外の可能性の芽を、摘ませはしない」
     びきりと音をたてて割れた右手から溢れたデモノイド寄生体に刀を呑みこませながら、ひと息とおかず片倉・純也(ソウク・d16862)が首肯する。
     灼滅者と協調する意思をもつガイオウガの可能性は、今地に潜り、傷を癒し反撃の機会を窺う本来のガイオウガを滅して初めて形となるのだ。
    「学園の皆、ここにいる皆だったり、シラミネ達だったり、それがあるからここに繋がってるんだ。だから負けねえ!」
     焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)の強い意志が、彼の姓を冠する緋色のジャケットで覆いつくせない炎気となって身を覆っていた。
     新たなガイオウガの可能性――それがこちらの都合であることは百も承知だ。だから若桜・和弥(山桜花・d31076)は己の目の前で両拳を打ち合わせた。暴力でことを解決する、その意味を忘れないための儀式。
    「それでも、譲れない理由があるからさ。今日はこれで勝手を通すよ」
    「ええっと、意識不明になったヒトはできる限り遠くへ放り投げるんだよネ?」
    「一手使うのは惜しいけど、とどめを刺されたら元も子もないからな」
     カラフルなステッカーサインの『non stop』を構えて首を傾げる堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)に、楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)が頷いて応じた。彼もこれほど危険性の高い作戦は初めてのことだ。
     勿論、危険なのは灼滅者に限った話ではない。『協調派各位の同行に感謝する』と告げられた協調派のイフリートたちは理解できなかったようだが、戦いの行方によっては彼らも無事ではすまないだろう。
    「キミ達も必ず生きて戻るんだよ」
     意思を違えるたくさんのイフリートたちを抑える協調派の頭を撫でて声をかけ、朱那はヴォロスの前へと進み出た。

    ●地揺るがす激突
     垓王牙大戦の時も熊型のイフリートはいたようだが、ヴォロスもその亜種なのか。しかし長い尾や四肢は、竜種のような鱗に覆われていた。まとう炎があかあかと空間を照らす。
    「ココで化身を倒して初めて、次へ踏み出せる」
     絶対に、退きはしない。朱那の呟きと同時、灼滅者は散開した。
     護衛たちが動かないことに苛立ったようにヴォロスがもういちど咆哮する。尻尾がひゅんとうねって洞窟の床を打ちすえると、地震のような衝撃波が灼滅者を襲った。
     力任せの攻撃は予想の範囲内だが、速い。勇真の相棒であるエイティエイト、雛菊の魂の片割れであるイカスミがまともに食らった。避けきれなかった和弥の前には朱那が飛び込み庇いきる。
     回りこんだ純也がヴォロスの体を駆け上がり、十分に体重を乗せた踵落としを前脚に叩きこんだ。反対側からは勇真が、破邪の光を宿した斬撃をしたたか浴びせる。エンジンを噴かすエイティエイトと並んだ朱那の手で、警戒色を灯した『non stop』が前衛たちに癒しをもたらした。
     桜の花びらが舞うようなオーラをまとった和弥の手刀が、ヴォロスの後脚を深く抉る。 素早く間合いを取ったものの、攻撃が躱されそうだったことに腹の底がひやりとした。
     死者の冥福と神への賛嘆をヒエログリフで連ねた聖布『Totenbuch』、朱音の操る意思ある帯がヴォロスを裂かんとする。その瞬間、尾が叩きのめし相殺した。驚いたが命中精度は上がったことに安堵して、朱音がそっと息をつく。
     死角から頸筋を狙った鏡花の斬撃は驚くべき反射神経でかわされた。相棒のモラルに朱那の傷と痺れを癒させながら距離をとる。
     なるほど、ガイオウガの化身の一体というのはあながち誇大でもないらしい。
     ヴォロスに気配を悟らせぬよう、実季は放った白い炎で後衛たちを覆った。たれ耳を揺らして躍りかかったイカスミのぱんちは避けられたが、同時に仕掛けた雛菊の飛び蹴りが後脚の腱を直撃する。
     焦れたような唸りをもらしたヴォロスが咆哮した。耳を聾さんばかりのそれは後衛へ範囲を絞って放たれ、朱音を庇ったエイティエイトと雛菊の前に立ち塞がった朱那、避けきれなかったモラルの攻撃に支障をきたすが、まだ軽微。
     足止めを幾重にもかけて攻撃が当たり易く、という狙い通りに戦いは展開した、が。
     ヴォロスの体を覆う炎が弾となり、エイティエイトに殺到する。轟音が空間を揺るがして、炎が晴れた時にはキャリバーの姿は消え去っていた。戦闘開始三分で、一機陥落。
    「獣風情ト侮ッタカ?」
     明瞭な言葉が牙の間から押し出される。
     嘲るような声は、わずかに脚を引きずり始めている割には尊大だった。
    「安心セヨ、縛メズトモドコヘモ行カヌ。貴様ラガ力尽キルマデハナ!」
     何の犠牲もなく終わりはしないだろう。
     予知の言葉は現実のものとなり始める。

    ●鍔迫る思惑と破壊の力
     傷を癒す歌声が響く。
     聞くものに立ち上がる力を与える朱音の声は強い意思に支えられていた。
     戦い抜いて勝利を得ることが出来るのかはわからない。
     手を伸ばしても届かないのかもしれない。
    「コッチだよ! 追いつけないのかな?」
     朱那は徹底的にヴォロスの気に障るように動き続けた。仲間を庇い戦線を維持するためであり、攻撃を引き受けるためでもある。
    「チョコマカト!」 
     ヴォロスは挑発に抗わなかった。仲間を庇い続けて傷の嵩んだ彼女を落とすのは当然だ。喉が枯れんばかりの歌声を背に駆けまわる朱那を、遂に爪が捉える。
    「くっ……!」
     炎にまかれた朱那の身体が吹き飛び、精一杯仲間を庇って消え去ったイカスミの代わりに庇い手へ移動した実季が氷の弾を喉もとへ撃ちこむ。
    「皆で帰る為にも今日は本気出しますから!」
    「肉を切らせて龍骨をも折る……この一撃に賭けるんよっ!」
     雛菊の手にした龍砕斧が唸りをあげた。渾身の力をこめた一撃がヴォロスの足の骨を砕き、厚い毛皮を引き裂いていく。
     勇真自身もひどく傷を負っていた。けれど自身に繰り返しかけた盾の加護――決して退かない覚悟は炎をあげる血よりも熱く、彼自身を奮い立たせている。
    「絶対に負けないからな!」
    「先達各位、ダメージは確実に蓄積されている。手を止めるな!」
     勇真の光を宿した斬撃と、純也の鱗をも切り裂く雲耀剣は同時にヴォロスを襲った。
     抗わなかったら、手を伸ばさなかったら、何も得ることはない。
     死が迫るほどの戦いをくぐり抜けた先にしか勝利がないのなら――。
    「尻尾が来るぞ!」
     勇真の声が響いた。鱗に覆われたヴォロスの尾がしなる。蓄積したダメージで純也がふらついた瞬間、それはしたたかに彼を打ちすえた。倒れ伏す純也を必死の顔で雛菊が後ろへ押しやる。

     堅実な作戦をたててあった。ただ、完全に機能する前に庇い手を次々と欠き、結果としてヴォロスの攻撃力や命中精度を下げる術が追いつかなかったのだ。
     だとしても、まだ全ては終わっていない。

    ●欠けども尚
     為すべき事がある。その為に、自ら望んで此処に来た。伴う痛みは覚悟の上だ。
     朱那がかけてくれた盾の加護が今も身を守ってくれている。抉られた腹腔の痛みに耐えて、和弥は『杖』を手首だけで回し、至近距離からの刺突を食らわせて毛皮を蹴った。
     燃える血の糸を引いて距離をとる和弥に代わり、勇真の足元から滑り出た影が絡みつく。
     傾ぎながらも、燃え上がる血を流すヴォロスが牙のずらりと生えた口を開くのが見えた。目標は後列。雛菊の声が警戒を促す。
    「あの暴風みたいなんが来るんよ!」 
     癒しの歌に集中力を割いている朱音の前に、実季が咄嗟に滑り込んだ。範囲から逃れ切れないと悟りつつもバックステップする雛菊を庇い、鏡花が立ちはだかる。
     全身を打ちすえ痺れさせるブレスが放たれた。やっと立っていた二人にとって、致命的な一撃。暴風が吹き荒れた後には実季が倒れ伏していた。
    「ほんと……あんまり可愛くないヒグマ、です、ね……」
     闘志はまだ尽きていない。けれどもう、身体が動かない。
     なんとか身を起こした鏡花は、実季が意識を失うのを見て唇を噛んだ。

     戦闘不能者3名、一人でも多くの仲間を守ろうと、己で定めたデッドライン。顔を上げれば前脚を振り上げるヴォロスの輪郭がぼやけて映る。
    「……こうなれば仕方ないね。私という封印を解くよ」
     鏡花は身の内の闇へと、全てを明け渡した。

     前脚が振り下ろされるより早く、炎を反射して輝く何かがヴォロスの胸を穿ちぬいた。しぶく血が炎を噴きあげる。
    「スレイヤー……イヤ、貴様!」
     割れたガラスが連なったようなウロボロスブレイドをふるい、鏡花は笑みを浮かべていた。まるで鏡像のように、さっきまでの彼女とは左右反対。サイドテールが左から右に変わっている。
    「さあ、続けようか」
     たたらを踏んだ炎獣が退き、その隙に雛菊は実季を引きずって後ろへ放った。一瞬、強く唇を噛んだ朱音が再び歌を歌い始める。何も終わってはいない。今この戦いを終わらせなければ、鏡花が身をなげうったことが無駄になる。
     狙いをつけた鏡花が操る、割れたガラスが連なったような蛇咬斬と皮膚を切り裂く斬撃。
     雛菊の竜骨斬りが更なる深手をよび、勇真の影業を主体とした攻撃と和弥の拳の連撃は炎を噴く血を迸らせる。朱那と実季によって植えつけられた呪いは、仲間の攻撃のたびに炎獣を蝕み生命を削りとっていった。
     遂にはその巨体が震え、地響きをたてて倒れ伏す。
    「我ガ炎、ガイオウガニ至ラズ。潰エルカ……」
     びきり。燃え盛っていたヴォロスの体を氷が覆い尽くした。
     ふっつりと、炎は輝きを失った。

    ●可能性の代償
     取り急ぎ負傷者の治療を済ませると協調派のイフリートたちが寄ってきた。服の裾を噛んで元来た方へ引っ張る。
    「これは……出ようってことだな」
    「そうだね、彼らがいつまでイフリートたちを抑えておけるかわからないし。用が済んだのだしね」
     勇真の呟きに鏡花が同意した。今でこそ倒れたヴォロスや灼滅者を戸惑ったように眺めているが、囲まれれば逃れようがない。負傷者を抱えて、一行はイフリートたちを刺激しないようその場を離れた。
     灼滅者だけなら迷いそうな地下の洞窟を、協調派のイフリートたちが今度も先に立って導いてゆく。かなりの時間がかかったが、彼らは地上へ無事到達した。
     思わず息をつく一行に、鏡花が不意に声をかける。
    「もう君たちだけで戻れるね? 私はここでお暇させてもらうよ」
     地底へ共に入った時と笑顔すらほとんど変わらないのに、彼女の放つ気配はまるで別ものと化していた。それでも仲間を傷つけぬよう、ぎりぎりのところで踏みとどまっているのだろう。
     彼女から朱那を引き受け、雛菊は唇を噛んだ。誰かが堕ちる可能性がある。わかっていたことだが、いざ直面してみると。
    「鏡花ちゃん……守ってくれて、ありがとうな」
     声を詰まらせる雛菊に笑いかけた鏡花の唇から八重歯がのぞいた。ひらりと身を翻す。
    「とにかく学園へ戻ろう」
    「……そうだな。和弥、大丈夫か?」
     朱音の言葉に頷き、実季を背負い直しながら勇真は和弥を気遣った。頭から血をかぶったようなありさまだ。
    「まだもつんではないかなーと。手伝いますね」
    「助かるんよ。でも無理はせんようにね」
     意識の戻らない朱那を、和弥と雛菊で支えて歩き出す。
     朱音が背負っていた純也が意識を取り戻したのはその時だった。仲間の無事を確認するように目が一人一人をとらえて、最後に一人違う方角へ遠ざかる鏡花の背を見やる。
     作戦の間もほとんど感情を表わさなかった純也が吐息と共に歯を食いしばるのを、朱音だけは聞いていた。

     最良ならずともより良い戦果を。
     ガイオウガの化身のひとつ、ヴォロスの灼滅という反撃の始まりは成し遂げられた。
     あとはガイオウガとの決死戦――その一方で、いずこへともなく姿を消した合瀬・鏡花の行方もまた、何としても捉えねばならないものとなったのだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561) 木津・実季(狩狼・d31826) 
    死亡:なし
    闇堕ち:合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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