炎獄の楔~猛進せしケモノ

    作者:若葉椰子

    ●戦いは、次なる戦いへの布石である
    「みんな、お疲れ様!
     結果に納得いかない人もいると思うけど、みんなの頑張りでガイオウガは大打撃を受けて逃げる事になったんだから、そこまで追い詰める事が出来たのは誇ってもいいと思うんだ!」
     惜敗となった戦いが終わり、名木沢・観夜(小学生エクスブレイン・dn0143)が灼滅者達を労い、あるいは鼓舞しながら状況を説明していく。
    「今、殲滅の意思を持ったガイオウガは地面の深い深いところでゆっくり休んでるみたいなんだ。
     それで失った力を取り戻すため、それからもっと強くなるために、日本中から自分の力を集めようとしてるんだって」
     彼女が言うには、痛手を負ったガイオウガはこの休息中に更なる力を得るため、日本各地の地脈に存在するガイオウガの力の化身を取り込もうという動きがあるらしい。
     ならば相手が取り込んでしまう前に、その力の化身を灼滅し、少しでも力を削いでおこうというのが今回の作戦のようだ。
    「力の化身だっていう強いイフリートの周りには、沢山の配下を置いて防衛してるみたいだけど大丈夫!
     こっちにも『協調』する事を選んでくれたガイオウガの意思が来てくれて、今回の作戦にも一緒に行って露払いしてくれるんだって!」
     そう、強大な存在であるガイオウガも統一された意思で動いているわけではない。
     先の戦いで救出された協調の意思は幾多のイフリートとなり、言葉こそ交わせないものの心強い同胞となってくれるだろう。
    「この子達には目的地手前までの案内と、そこを守ってるイフリート達をやっつけるようお願いしてあるから、みんなはそこらへんを気にする事なく全力でガイオウガの力の化身と戦えるみたい!」
     本番までの戦術を練らなくて済み、灼滅者の戦力をまるまる温存したまま目標と戦えるのはありがたい限りだが、裏を返せばそうでもしないと勝ち目の薄い敵だという事だろう。
     油断の出来ない状況に、場の緊張感も高まる。
     
    「それで、今回戦うのはイノシシみたいな形をした化身なんだ」
     すなわち、完全なるパワータイプ。相手に向かって一直線に突き進み破壊の轍を残す、分かりやすくも危険な敵だ。
     ガイオウガの力の化身というだけあって普段相対する敵よりも数段格上の相手であり、単純な突破力のみで言うなら敵方にかなり分がある。
     力押しで対抗するだけでは、遠からず当たり負けてしまうだろう。
     ある程度の広さがあるドーム状の地下空間が戦場となっており、敵がトップスピードのまま壁に激突しても崩落などの危険がないのは幸いであるが、灼滅者が壁に叩きつけられた場合のダメージはあまり想像したくない。
     それ以外にも、こちらの防御ごと貫く牙を使ったかち上げや、一度見定めた対象を執拗に追いかけて踏みつけるなど、注意を払わなければならない攻撃は枚挙に暇がない。
     
    「正直、すごくすっごく強い相手で、僕も見送るのが不安で仕方ないんだけど……ここで止めちゃ、いけないんだよね。
     頑張って、みんなで帰ってきてね」
     おそらく、脱落者なしでの勝利はとても難しいものになるだろう。
     それを敢えて口に出さず、震える手で握手してから、観夜は灼滅者達を見送った。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)
    一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    柴・観月(星惑い・d12748)
    石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)
    ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)

    ■リプレイ

    ●人獣接敵
     遠く、後方で衝突音が絶え間なく響いている。
     当初の予定通り、こちらに同行していたイフリート達が周囲の敵勢力と交戦している証であり、通りすがりに概算した戦力差でも両者共にこちらまで来るには相応の時間がかかるだろう。
     正面に見えるは、一気に開けた大空洞。
     そこから時折響く唸り声の主こそが今回の標的だという確信に、灼滅者達の緊張感は否が応にも高まる。
    「いよいよ、ですね」
     若干強張った口調で切り出す小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)の手には、旧き英雄の武器と同じ名を持つ二振りの得物。
     古の巨人を打ち破った伝承のように、幻獣を倒す事は出来るのだろうか。
    「これは、俺達の選択の甘さが生んだ結果だ。
     挽回の目があると言うのなら、今一度人が人の力で運命に抗えるかどうか、試させてもらおうか」
    「どの道、私共には力で解決する他ございません。全身全霊をかけて戦うのみ、でございます」
     ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)が覚悟を新たに意気込めば、石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)も追従して戦意を高めていく。
     ガイオウガの力は強大であるが、勝算の全くない戦いでは決してない。
     運命を掴み取る強い意志があるならば、あるいは。
    「今の内に言っとくけど、万一の事があったら俺の骨は日本海に撒いてくれよ」
    「分かった、じゃあ逆に俺の場合は太平洋で頼む」
     映画のワンシーンのようなジョークは、お互いの信頼があってこそ飛ばせるやり取り。
     柴・観月(星惑い・d12748)とレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)の二人は軽く拳を合わせ、そして前に向き直る。
    「やっこさん相手にゃ半端は通用しねぇだろうが……ま、あいつらなら平気だろ」
     視界の端に顔見知りの姿を捉え、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は誰に言うでもなく呟く。
     戦術の組み立ては既に決まった。ならば、後は野となれ山となれ、である。
    「そんじゃ、借りを返すとしますかね」
    「おう、こっから逆転といきますか!」
     大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)と一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)の声を合図に、灼滅者達は戦いのリングへと登っていく。
     ルールはどちらかが倒れるまでのデスマッチ、相手は人外のケモノ。舞台は既に暖まっている。

    ●人獣激闘
    「オォォォォォ…………!!」
     この個体は、会話するだけの知性を持ち合わせてはいない。
     しかしながら、己の力を示すため、そして愚かなる挑戦者を威圧するための咆哮を上げる事は出来る。
     ゴング代わりのひと鳴きが終わった時、最初に主導権を握ったのは敵方だった。
    「っ!? 流石にハードだね、こりゃ」
     岩盤を蹴り上げて瞬時に加速し、驚きの俊足で向かった先は月吼の位置。
     その姿を認めた時から油断なく観察していた月吼でもその初動を捉えるのは難しく、試しに軽くサイドステップを踏んでみれば、その動きに追従すらしてきたのだ。
     見極めた上で、回避は紙一重。僅かでも反応が遅れれば、横に逸れた進路から斜め後ろの壁へ容赦なく叩きつけられていただろう。
    「あんま動くと手前ぇで壁に当たんぞ、左に戻んな」
    「おっとマジか、すまねえ」
     不意に、回避行動に専念していた月吼へ惡人から声がかかる。
     ゆっくり追い詰めていくはずが、相手の動きに翻弄されて不利な場所へと誘導されていたのだ。
     まだ力量差を埋めきれていない序盤、些細な油断からでも畳み掛けられる恐れは充分にある。
     もとより壁との位置関係を気にしていた他の灼滅者達も、改めて気を引き締める。
    「なるほど。その動き、相手にとって不足はないね」
     攻撃後の隙を狙い射出されたロストのダイダロスベルトが、イフリートの後ろ脚をかすめる。
     勢いを殺さず攻撃後も走り続けて距離を取るイフリートに命中させるのは困難だが、複雑な機動が取れない事を加味して着弾位置を学習させていけば、確実に削っていく事が出来るはずだ。
    「さながら闘牛のようでございますね。私に闘牛士役が務まるか、いささか不安ではございますが」
     常にある程度以上の距離を取り、イフリートが他の灼滅者を狙って突撃する瞬間に合わせて横腹へ攻撃を加えていく鸞。
     次々と射出されるリングは通り過ぎるタイミングを逃したり、あるいは体毛に焼かれて消滅しているが、いくらか撃てば有効打を与えられそうな手応えを掴んでいた。
    「! 速度と方向を微調整微調整いたしましたね、攻撃の切り替え時にございます」
     相手がリングの軌道を読んできた事を察知し、鸞は即座に雷の魔術を起動。
     着弾までの時間と予備動作の違いでイフリートの読みを外し、見事に命中を果たす。
     まるで気にした風もなく動きを止める気配すらないイフリートだが、この小さな積み重ねが突破口を開くと信じて灼滅者達は戦い続ける。
     しかし、攻撃を続けているのは灼滅者だけではない。
    「流石にこれは、受けるしか……っ!」
     羽虫を振り払うようなイフリートからの攻撃も激しさを増し、灼滅者達がかわしきれずに負傷していく。
     執拗な攻め手に回避し続けるのは困難と悟ったレインは、せめて被害を減らそうと真正面から受け止める事は避け衝撃を外へ流す事に専念する。
     しかし相手は曲がりなりにもガイオウガの力を持つ者。流しきれなかった衝撃が無視出来ないダメージとしてレインを襲った。
    「海まで行くのも面倒なんだから、出来るだけ倒れないでいてくれると助かるんだけどな」
    「ああ、違いない。もう少し踏みとどまっておかないと、な」
     言っている事は皮肉げに、だが声のトーンは心から心配そうに。
     負傷に反応した観月は、周囲の状況からレインが殊更大きなダメージを受けていると判断し患部へ帯を巻きつけていく。
     攻撃を受ける前より、更に強固に。運悪く直撃を受けたとしても立っていられるように。
     まだまだ、お互いこんなところで倒れるわけにはいかないのだ。
    「よし、当たってちっとでも動きが鈍りゃこっちのモンだ」
     反撃、というよりもレインとイフリートが衝突しているタイミングを好機と見て、すかさず惡人から伸びた影がイフリートを包むように展開。
     咆哮すらかき消すその影は、数瞬後にイフリートが内側から飛び出すまで苦痛を与え続けた。
    「捉えるのが難しく、当てても傷は深くない……攻撃は勿論、防御面でも厄介ですね、これは」
     イフリートから視線を逸らさず、常にその動きを目で追いながら回り込むように動く優雨。
     ものは試しとばかりにイフリートの進路へ広げた網状の影は一寸のためらいもなくちぎられたが、それならば正攻法で
    「ですが、突き崩せない壁はありません。雨がいつか石を貫くように」
     相対速度が緩んだタイミング、あるいは横を通り過ぎた一瞬を逃さず、無駄な動きを省いたが故により集中し鋭くなった斬撃を加えていく。
     影より放たれた刃は燃え盛る体毛を切り裂き、そこが次の攻撃へ繋がるウィークポイントとなるのだ。
    「オォォォォォォォォ……!」
     未だ大きな変化は見られないが、こちらの動きはやはりイフリートにとって面白くないらしい。
     いらだちを表現しているかのように一層鋭くなった獣の眼光が、智巳を射抜きながら彼我の距離を即座に詰める。
    「っと、こっちに来たか、良いぜ、そのままだ――!」
     怯む事なく、真正面から相対して防御態勢を取る智巳。
     そして衝突した瞬間、彼の身体は作り物めいた動きで大げさに吹っ飛んでいった。
    「っつつ……よし、何とかしのげたな。ふっ飛ばしたら追撃を考えないパワータイプで助かったぜ」
     衝突のタイミングを合わせて自らも後ろへ跳び、衝撃を逃がす防御方法だ。
     壁際に追い詰められていたり着地に失敗すれば痛手を負う事になる博打ではあったが、流れには見事乗れたようだ。
     予め竜因子の力で守りを固めていたのも大きい。
    「無理しないで……とは強く言えないけど、それでも派手に飛んでるのを見て、心中穏やかじゃいられないよね」
     避けきれる攻撃ばかりではない。加えて言うなら皆が守りの工夫を考えているとは言え、既に少なくない打撃を灼滅者達は受けている。
     絶え間なく回復を続けている観月ではあるが、それでも万全とはならない。
     蓄積したダメージが限界を迎える前に、果たしてあの暴虐を止められるか。ここからが正念場だ。
    「出来る限り早く決着をつける……と言いたいところだが、未だにこの勢いを保っているとなると、少し厳しいな」
     イフリートが衝突して減速した瞬間を狙い、ロストの持つ青き魔槍からその色を薄めたかような色合いの氷柱を射出する。
     それだけで削りきれるとは思っていないが、その一撃はずっと継続して敵の生命力を奪い続けていくものだ。
    「さあ、根比べだ。どっちが先に倒れても、悔いはないさ」
     距離を取って再突撃の準備をするイフリートを油断なく見ながら、小さく呟く。
     この膠着が傾いたのは、それから少し経った時である。
     暴れ狂う獣が次に標的としたのは、鸞。
     常に横移動を続けてはいたものの、充分に速度の乗った突進から避け切る事が出来なかった。
     不幸だったのは、その立ち位置。
     飛ばされぬようにと壁を背にしていたのが災いし、高速で突撃する巨体と共に壁面へと打ち付けられたのだ。
    「かは……っ!」
     そのダメージは、まさに一撃必殺。
     他の灼滅者から鸞の姿は見えないが、戦場に響いた重低音を聞く限り、相当なダメージを受けたのは想像に難くない。
    「皆様、今のうちに攻撃を……私程度の損失、さほど問題では、ございませんので……!」
     絞り出すような声は、自分を気にする事なく戦い続けて欲しいという意思。
     イフリートがその場から離脱すると、支えを失った鸞の身体は壁からゆっくりとずり落ち、地に倒れ伏した。
    「今は倒れてるヤツに構ってる暇なんざ無ぇ、あのデカブツに意識を向けろ!」
    「おぅ、みんな覚悟決めてここまで来てんだからな。アレを倒す事に集中しようぜ!」
     惡人と智巳の言葉は非情なようだが、実際問題戦う力が残っていない者に気を使う余裕はない。
     幸いな事に、まだ彼女は死んでいるわけではない。イフリートの様子を見ても、既に倒れている存在に興味はないようだ。
    「ならば、鸞さんの作った好機を活用しなければ勿体無いですよね」
     彼女の言い残した言葉を確認しながら、優雨は地獄の最下層の名を冠した槍を槍を振りかぶる。
     穂先に纏った冷気が徐々に形を成し、それを一振りすれば動きの鈍ったイフリートへ氷の弾丸が飛んでいく。
     そして着弾した氷は、徐々にその巨体を蝕んでいくのだ。
    「ガァァァァァッ!」
    「っと、危ねぇっ!」
     反転を終え、優雨へ牙を突き立てようと加速を始めたイフリートの動きを察知した月吼が、すかさず間に入って身代わりとなる。
     しかし、半ば反射的に庇ったものの自らも度重なる攻撃で満身創痍となっており、イフリートの牙が自らの身体にえぐりこんでくる感触を実感した月吼は、既に自分が戦える状態ではなくなったと悟ったのだ。
    「っち、ここまでか……悪いな、後はお前らで頑張ってくれや」
     せめて戦闘の邪魔にならないようにと、壁側へ倒れ込む月吼。
     敵の討伐を託された灼滅者達だが、依然として厳しい状況は続く。
     氷弾が、影の刃が、意思持つ帯が、間髪入れずにイフリートへと吸い込まれる。
     だが、足りない。
     既にイフリートからは羽虫を叩くような余裕は消え失せ、己を討伐せんとする者達への敵意をむき出しにし、その身を削りながらもなお、立っている。
     灼滅者達も立て直すために全力で傷を癒しているものの、消しきれないダメージは静かに蓄積している。
    「俺もそろそろ……限界、みたいだな。このまま目を覚まさなかったら……その時は観月、頼むぞ」
     幾度となく突撃の衝撃をかわし、いなし、受け流してきたレインにも、とうとう限界が訪れる。
     残った気力を振り絞り、最後のあがきとばかりに突撃の軌道から横へ跳ぶ。
     しかし避けきる事は叶わず、かち上げから逸れたタックルのような姿勢で攻撃を受け、撥ね飛ばされたのだ。
     敵は消耗しているが健在、こちらの守りの要は、傷だらけのサーヴァントと智巳のみ。
     万事休す、である。
    「……しゃあねえな、また【これ】に頼るしか、ねえか」
     宣言と共に、智巳の肉体へ変化が訪れる。
     翼が、尾が、角が現れ、本質的に今相対している敵……イフリートと同質の存在へと、その身を変異させていく。
    「そういう事だからよ。まあ、アレだ、連れ戻しヨロって事で」
     惡人に向かって軽く手を挙げ、そのまま灼滅すべき敵のもとへ駆ける。
     彼にとっては二度目の闇落ち。既に味わった感覚で、今では同種の同胞もいる。恐れる事は、何もない。
     元々天秤が敵側に傾き、こちらの敗色が濃厚だったとは言え、相手方のイフリートも相応に消耗している。
     ならば今、ダークネスの大きな力を手にしたこちらに、負ける道理はない。
    「さあて、そんじゃ大人しく……往生せいやあぁぁぁッ!!」
     トドメとして選択したのは、原始的な力。
     まだ辛うじて人間の形を残している己の腕を高く、高く突き上げ、イフリートの巨体をドームの天井まで飛ばす。それだけの力が、今の彼にはある。
     天井へしたたかにその身体を打ち付け、鈍い音と地響きを伴って地面へ落ちたケモノは、そのまま二度と動く事はなかった。

    作者:若葉椰子 重傷:石神・鸞(仙人掌侍女・d24539) 
    死亡:なし
    闇堕ち:一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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