炎獄の楔~灼罪の火車は赫々と

    作者:夕狩こあら

    「……兄貴……っ、姉御……!」
     其は正に悲壮淋漓――死線を潜り抜けた灼滅者の雄姿を丸眼鏡に映した日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、大きな瞳に涙を溜めつつ、然しそれをぐっと堪えて敬礼に迎えた。
    「お勤めご苦労様でしたッス!」
     先ずはその無事が確認できて良かった――と背筋を伸ばしたノビルは、極限まで希望を捨てず闘い抜いた彼等を心から労った。
    「垓王牙大戦は結果として敗北に終わったとはいえ、兄貴と姉御が決死の覚悟で闘ったお蔭で、ガイオウガも深く傷つき回復に専念しているみたいッス」
     地面に沈み込むガイオウガの巨体。
     その魁偉が負うた傷は決して浅くはなかったと、目に焼き付いた光景が甦る。
    「ガイオウガは、日本各地の地脈からガイオウガの力を集めて回復しようとしてるッス。日本中のガイオウガの力が、復活したガイオウガの元に統合してしまえば、ガイオウガは最盛期の力を取り戻してしまうッス」
     最盛期の力――。
     想像を巡らせるより早く、対策を望む炯眼に頷き、ノビルは言を続ける。
    「この脅威を防ぐ為、兄貴と姉御には、日本各地の地脈を守るガイオウガの力の化身……強力なイフリートの灼滅をお願いしたいんす」
     炎獣の灼滅は、これまで何度か願い出た事のあるノビルであるが、今回の策戦には特殊な事項があると説明を加えた。
    「強力なイフリートの周囲には、多数のイフリートが守備を固めている筈ッス。このイフリート達は、垓王牙大戦で救出に成功した『協調するガイオウガの意志』の力で戦闘の意志を無くした為、無力化が可能なんす」
     然しこの意志の力も、強力なイフリートには影響を及ぼせない為、難敵は灼滅者の手で撃破する必要があるのだ。
     また、戦闘の意志を抑える為には、イフリートの戦意を刺激しないように少数精鋭で戦いを挑まなくてはならず、かなり危険な任務となる。
    「場合によっては、闇堕ちをしなければ届かないかもしれなくて……」
     そこまで言って首を振ったノビルは、
    「できれば、無事に勝利して帰って欲しいッス!」
     いつにない語調の固さから、深刻である事は容易に窺い知れた。
     
    「自分が灼滅をお願いする強力なイフリートは、額に鈎状の1本角を生やした馬型の『ヒクシオン』っす」
     戦闘時のポジションはキャスター。
     ファイアブラッドに類する炎の技を操り、また己が誇りである角をクルセイドソードの如く使ってくるだろう。
    「最も得意とするのは、その身ごと回転させて突進する火焔車……列で炎のダメージを喰らうんで、布陣にも気を付けて欲しいッス」
     ノビルがヒクシオンの攻略を強く語るのは、戦場までの誘導を協調の意志を持つイフリートが行ってくれるからだ。
    「協調の意志を持つイフリートは、取り巻きのイフリートの無力化をすべく力を尽くしてくれるので、兄貴と姉御は戦闘に専念できるッス」
     協調するガイオウガの意志とは、『ガイオウガの尾』を制圧した結果、切り離したガイオウガの一部だったものだ。学園に撤退後、ここから多くのイフリートが現れ、灼滅者に協力してくれている。
    「そう、か……」
     ならば、と拳を固めた灼滅者が決意するは、唯一つ。
    「今回の敵は、無傷での勝利は難しい強敵とはいえ、この死闘を制さない事には、復活したガイオウガを止める事は不可能ッス……」
     優れた戦術と覚悟が要る、と凛然を研ぎ澄ませたノビルは再び背筋を伸ばし、
    「自分は、兄貴と姉御の勝利と……無事を信じてるッス!」
     ビシリと敬礼を捧げ、そして、祈った。


    参加者
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    東郷・時生(天稟不動・d10592)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    興守・理利(竟の暁薙・d23317)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)

    ■リプレイ


     ――近い。
     灼滅者が協調の意志を持つイフリートの往く先に剣難なる邪を感じ得たのは、常闇に沈む筈の奥部が赫々たる光熱を溢れさせる――その異様な景を視たからでなく、己が内に鎮めた闇が疼らんだ所為であろう。
     其は戦慄か恍惚か。
     自身さえ解らぬ情動を抑えて燃ゆる尾に従った8人は、洞内とは思えぬ燦然の中から、数多の炎塊が飛び掛る――赤き海嘯を前に、凄然と言ちた。
    「こいつらを頼む」
     鳴きも肯きもせず爪先を弾くは猫型のイフリート。
     嚮導役の彼等は取り巻きの炎獣を無力化する劔となり楔となり、5つの燎火が灼熱の狂濤に身を躍らせると同時、烈風を潜った灼滅者が陣を布かんとする。
     その時。
    「刮目スベシすれいやー!」
    「ッ、ッッ!」
     奇襲――!
     右翼より突如襲い掛かる飛輪に楯を展開する間もなく、一同は灼けつく岩壁に叩き付けられた。
    「下等ナ虫ケラトテ巣ニ踏ミ入ル敵ニ噛ミツクモノ、我ガ貴様ラヲ徒ニ待ツト思フテカ」
     炎を逆立てる一角獣、『ヒクシオン』が激痛に痛罵を被せる。
     灼滅者が邪を気取った様に、邪もまた彼等の闇に触れていたか――巣を突かれると判って堂々迎える獣は居まい。
     人語を操る叡智を得ながら、野性猛々しい邪は角を振り上げ、
    「我ガ守護セシ竜脈ヲ穢シタ罪……如何ニ贖フ」
     獲物を喰らうに最も小さきを狙うもまた獣の智恵か、赫灼たる屹立は花の如き可憐目掛けて空を裂いた。
    「須ク死スベシ!」
    「おことわりするのですっ!」
    「ナノッ!」
     但し。
     この小さき花――北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)も精鋭の一人で、決意した楯の一枚とは知らぬか、クリスロッテよりハートの癒しを受け取って輝く身は、十字碑を掲げて見事切先を往なす。
     軌道が反れた須臾の刻には残る2枚が守壁を為し、
    「布陣の瞬間を襲う知性と、群で小さな者を狙う獣性……どちらも厄介だな」
    「見た目に騙されるあたり、付け入る隙はあるかしら」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)は紅き楯【不死贄】を手に、東郷・時生(天稟不動・d10592)は己が銘【天稟不動】を纏って雄渾と、その背より後には一切を許さぬ気概で我が身を堅牢に固める。
     不撓の楯を前に眦を吊上げる炎塊には、万事・錠(ハートロッカー・d01615)と館・美咲(四神纏身・d01118)が好戦的に笑み、
    「狩られる覚悟はキメて来た。その炎、狩らせて貰うぜ」
    「くくっ、狩人とは手強い獲物ほど滾るものぞ」
     格上の武を前に精彩を放つは天稟の戦闘狂か、片や天翔ける飛翼となって翡光の五線譜【Notenschrift】を、片や大地を滑る颯となって光刃を放てば、愛らしいオデコがプリズムの如く光……否、天地一体の挟撃が魁偉に迫る。
     並の相手なら射線の交わりに腹を割いた会心の一撃であったろうが、力強い後脚の蹴り出しに軌跡を逃れる――その俊敏は、スナイパーとて易く捕えられるものではない。
     優れた回避を硝子を隔てた瞳に映した一・葉(デッドロック・d02409)は淡然と、
    「こいよ、馬ヤロー。テメーの鼻面を引き回してやらあ」
    「我ガ焔ノ四半モ生キヌ小童メ、我ヲ馬と愚弄スルカ」
    「あれ違った?」
     己が役儀は狙うより狙いを定めさせぬ立ち回りと、神速を以て撹乱する。
     其は正に絶影――あみぐるみ【so cute!】の残像すら見せぬ凄絶も、この緊迫にあって「メスだったらごめん」と断りを入れる余裕は手放さず。
    「強敵に挑む時でも皆が頼もしい」
     その彼より一瞥を受け取った興守・理利(竟の暁薙・d23317)も足止めが有効と見るか、天馬の敏捷を殺ぐべく闇刃を疾らせた。
     今は芯を捉えられずとも――と尾を追う飛燕はヒクシオンの矜持を逆撫で、
    「我ガ軋轢ニ躙ラレ、たるたろすヘト堕チルガイイ!」
    「あー、いま溜めてるっすね。前脚が蹴り出るっす」
     にゃるほど、と火焔車の予備動作を認めた黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)は、敵の灼眼が睨む先を読み、直ぐさま楯陣に染み付く炎を聖風に払ってやる。
    「前衛に来るっす」
     語調も雰囲気も気怠げながら、フードに隠れた金瞳は犀利に回復を使い分け、
    「解ッタ処デ耐ヘフル躯デハナカロウ!」
     決して驕傲ではない猛撃が守盾を灼き滅ぼす危機を凌いだ。
    「ホウ、斃レヌカ」
     プリューヌの霊障波に距離を取ったヒクシオンは、己が転輪を二度も喰ろうて立つ勇壮を高みより見下ろすと、
    「誇レ。ソシテ死セヨ」
     鉤状の角を振り下ろし、楯の一枚を貫いた。


     狡猾は知る。
     戦陣を衝くは布石が変わる瞬間と。
     邪智は知る。
     利を得るには最も弱った者を屠るものと。

    「貴様ラモ中々ノ手練レト見ルガ、我モマタ狩人ナリ」
     血戦を想定し、的確なポジション交代で楯の損耗を抑えた灼滅者であるが、ヒクシオンとて累々と屍を積み上げた老獪。
     邪獣は炎輪と化して守壁を揺るがしつつ、脆きを見出せば一点集中して鋭撃を重ねる――怒涛の進撃に、楯は想定以上に摩りきれた。
    「皆を無事に帰す、それが俺自身にかけた誓いであり護るべきこと……!」
     視界が赤く染まるのは、邪獣の炎か己が血か。
    「あたしがあたしでなくなっても、みなさんを生きて帰すのですっ」
    「身を賭して皆を護る覚悟は、灼滅者となった時からできていたよ」
     幾度の火車に轢かれようとも。
     敵が最も強健な序盤に猛攻を受けた3枚楯は、紅血に滑る武器を痺れる手に握りつつ、攻撃手の一手も無駄にすまいと堅固を敷く。
    「妾が代わろうぞ。力尽きて尚も殪れぬ武蔵坊の如くな」
     1ターンにつき1人が合流あるいは後退する――手堅い戦術は成程優秀であったが、最も体力の少ない者を執拗かつ陰惨に攻める炎獣もまた至極兵法に適っていた。
    「我ガ角ノもずノ速贄ニナレ」
     赫き鬣を躍らせる邪が狙うは、白皙を朱に染めた朋恵。
     その華奢を鉤角に貫かんとしたヒクシオンは、然し、
    「炎ヨ紫電トナリテ一閃ニ必殺セヨ!」
    「させない! 絶対に死なせない!」

     ――我が身は盾、我が心は剣。全ては護る為に!

    「嗚嗚ッッッ」
     己が殺気が、同じく燃ゆる血を巡らせるファイアブラッドの、仲間を想う時生の、命を護りきる覚悟の銃爪を引いたとは皮肉。
    「と……き、お……さん……!」
    「ナノッ!」
     瞬刻違えば朋恵が堕ちていただろう、生死の際。
     優しいハートが振り落つ中、震える瞳に映るは、しとど滴る炎血を鮮麗なる緋に変え、鈎角の穿貫を掌に握り込めて止める――禍々しくも美しい獣。
    『――』
     妙なる哉、妖なる哉。
     その猛き拳は角の先端をゴキリと折り、激痛に前脚を持ち上げた獣の腹を殴打する。
    「雄雄雄雄雄ッッ!」
     此処に炎邪は初めて絶叫し、
    「畳み掛けるぞ」
    「合せます」
     葉と理利が間を置かず黒死斬を重ねれば、躱し難い軌道が逃げる脚を奪った。
    「、ッ……ヲノレ、我ガ誇リヲ!」
     一気に戦力差を詰めたか――然し灼滅者に安堵はない。
    「闇堕ちしてKOされれば死ぬんすよね」
    「あぁ……もう、戻れない」
     其は諸刃の劔だ。
     先にスナイパーに移動したクレンドが牽制に動く間、蓮司は硝子の器に癒しを注ぎ、
    「時生、下がれ!」
     錠は美しき狂獣を守るべく、楯と代わって邪を見据えた。
     ヒクシオンは彼等の翳らぬ凛然を睨め、
    「友ノ堕ツルヲ見テ狼狽ヘズ……渡リ鳥ノ如キすれいやーノ残酷ヨ」
     そう嘶きながら炎の蹄を蹴り出せば、プリューヌの白銀の盾が衝撃を負うと同時、花顔を修羅の如く輝かせた美咲が踵を撃ち落として叫ぶ。
    「その渡り鳥も、堕ちる友を背に飛び続ける覚悟がなくては羽撃かぬ!」
    「グヲヲオォ!」
     誰一人安い覚悟で踏み入れてはいない。
     超重力に魁偉を抑えつつ、鬼気迫る声が反駁を示すと、
    「堕ちる覚悟より、失う覚悟をする方が辛いのだと痛感しました」
    「ク、ヌヲォ!」
     泥梨にあっても塞き敢ふか――理利は光条の束を逆袈裟に疾らせ、火粉と繁吹く炎血を浴びた。
     失う覚悟。
     苛酷な桎梏は蓋し彼等に強靭を与え、
    「撞着ヲ抱ヘル者ノ危フキヨ」
    「……誉め言葉と取っておくぜ」
     血の、炎の雨を破って迫る敵影には、楯と迫り出た錠が光刃を咬ませて角逐する。
     光と熱が赫灼と十字を結び、凄まじい衝撃が波動と衝き抜ければ、軍庭を取り巻くイフリート達が怖じるのも無理はない。本能で強者を知る獣は、二匹の猛獣の闘争を見守るのみ。
     その彼等が息を飲んだのは、次の瞬間。
    「礼は要らねー」
     四脚の獣は躯の反転が遅い――その隙に仕掛けた葉が、背後より飛び込んだ闘気弾が、筋肉の最大質量を誇る大腿を穿ち、反撃に動く後蹴りすら抑えて激痛を馳走した。
    「払うもん払って貰えりゃあな」
    「雄雄ヲヲ雄ォォ!」
     楯が轡を取り、鋒が尻に鞭打つ。
     抜群の連携が敵を御す間には、蓮司が抜かりなく回復を配って戦陣を支え、
    「楯の庇護に主戦力を置いて攻めるのは変わらず、あとは消耗戦っすね」
     畢竟、獣の屠り合い。
     凡そ沈着を崩さぬ儘、痺れ始める指に幽光を紡いだ彼は、この先にある煉獄に嘆息をひとつ、零した。


    (「……あいつ、どうしてんスかねぇ」)
     敵か味方か。
     生きてんのか。
     とっくにくたばったのか。
    「……いやいやいや、このヤベー時に何考えてんだか」
     流血を手の甲に拭う蓮司が、嘗て共闘した炎獣の熱を不意に過らせるのは、今の景の所為か。
    「覚悟デ我ハ潰ヘヌ! 狂ヘル焔ヨ、力ヲ見セヨ!」
    『、ッ!』
     決して相容れぬ炎邪ヒクシオンと、その圧倒的狂熱に牙剥く時生。
     赫々と燃ゆる両拳は兇暴に脇を叩き腹を撃ち、その反動に肉が裂け骨が砕けようとも殴打を止めぬは歓喜か狂気か――両者の白熱に戦場は赫々と闇を知らぬ。
    「集中せにゃ、集中」
     切り札となった彼女を回復に支えた彼の傍では、満身創痍の朋恵が片膝を折りつつ黙示の光弾を放ち、
    「あたしを守ってくれた時生さんを、さいごまで守るのです!」
    「ナノナノ!」
     己を省みず仲間を癒し続ける魂の欠片と、炎の劍が意識を貫くその瞬間まで戦い抜いた。
     年上の友等と対等に戦い、対等に愛されるよう――少女の健気は聖歌に綴られて遂に天馬を掣肘し、
    「クッ……小娘ガ!」
     崩れゆく繊麗に止めを刺すべく逆巻いた炎は、美咲が代わりに負うて労った。
    「見事じゃ。その心意気、妾が預る」
     狂熱を、猛撃を浴びる毎に増す覇気は、次の交代はないと知るからこそ溢れ迸る。
     爆風を裂いて飛び込んだ巨杭は敵躯を穿ち、絶叫と共に返る血の灼けつきに、艶然が愈々輝いた。
    「おれは後衛に下がります」
     戦局が動く今こそ持久力を保ちたいと、理利がメディックに移動したタイミングは剴切。
     負傷者を運ぶにも投げるにも一手を使うならば、己が移動と併せるが合理的――然しその冷静は、長羽織【赤蜘蛛の護り】を掛ける配慮も忘れていない。
     機を読み守備を援護した彼の予測は的中し、
    「腹立タシキ壁ヨ、イマ焼キ尽シテヤロウ」
     遂に焦れたか、甲高く嘶いたヒクシオンは鋭利を失わぬ一角を天に突き上げると、光矢の如く駆けて1枚を串刺した。
    「プリューヌ」
     差し出した白銀の盾が、再び天使の人形に変わる瞬間を、視る。
     魂を分ける妹が微笑の裡に霧散する様を聢と見届けたクレンドは、その胸に磔柱が突き刺さる感覚を堪えつつ、身ごと聖剣を疾らせた。
    「俺もこの身を捧げるに躊躇いはない」
     血塗れた誓いの楯は此処に屈強なる血槍と為り、灼罪の閃光が敵の右脇を駆け抜けると、ヒクシオンは炎を噴き出して咆哮した。
    「嗚嗚ヲヲ、ヲノレッ!」
     ――この時。
     致命傷を負った瞬間を逃す筈がない葉と、命の危機に本能で抗う獣性が攻防したのは弾指の間もない。
    「雄雄雄オオヲヲヲヲヲッッッ!!」
     黒影を撃つ冴拳と、炎陽と化して迎撃する邪。
     相殺か――否、禍々しき炎魂は紅炎を迸らせて拳を灼き、静謐の裡に侵略した殺気を業火に飲んで擲つと、
    「あークソ俺のナノぐるみがボロボロじゃねぇか」
     赤い岩壁に叩きつけられた痩躯が飄然と言ちた。
     創痍すら焼かれた彼はナノぐるみ以上のダメージを負って尚も低温なる儘、
    「帰ったら、あいつに直してもらわなきゃなあ」
     それが彼の崩れる時と理解したのは、相棒を措いて他に居るまい。
    「見事ナリ! ソノ命、我ガ焔ニ喰ロウテ讃ヘン!」
     高く跳躍したヒクシオンが止めの一撃を刺さんと疾駆すれば、

    「手前ェ……誰を殺るつもりだ」

     憤怒の片隅に疾走する痛痒――。
     嘗て喪った大切な人が頭を過った瞬間、錠の胸に鍵型の穴が開いた。


     火焔車のダメージを減らすべく、また敵躯を囲繞するに鶴翼を展開すれば、或いは2枚の楯を堕とす事はなかったか。
     いや――唯、今は。
     終始地の利に与った敵を覆すに、戦力を上げなくては届かなかったと――眼前の死闘が物語っている。
    「錠さん」
    「いや……あれは……」
     嗤笑を浮かべて炎を屠るベルセルク――名を『鍵』。
     力なく崩れた葉と、彼の心臓を貫かんとする鈎角の間に滑り込んだ狂気は、胸元の鍵穴に邪を迎えるより速く、その折れた角を鷲掴む。
     内なる魔蠍はここに解き放たれ、
    『よォ』
     その声の凍えるような冷たさは一同の耳から離れない。
     自身とは真逆に赫く燃え立つ時生を連れ立った彼は、炎邪を黒檻に囲って逃走を許さず、またガイオウガとの統合をも拒むか、一切の時を与えず毒を刺した。
     身を裂くような絶叫が洞を揺るがし、嘆きの声が染みる度に2つの影は闇を濃く深く、その身を血に染めて美しく。
     それを『戦闘』と呼べるかは……あまりの陰惨に、最早呼吸さえ危うい。
     軅て焔は強者に淘汰され、

     ――嗚オオオオ雄ヲヲヲヲヲォォッッッ!!!

     今際の声が竜脈をドクンと震わせた後は、黒檻より狂戦士と狂獣が返り血を引き摺って現れた。
    『こいつ頼むわ』
     両肩に担いだ躯を雑に降ろし、クレンドに託す。
     これが錠なら、彼を膝抱えにして運び笑ったろうに、今はその景もない。
     葉を預り請けたクレンドは「あぁ」と吐息して肩に支えると、
    「竜脈の変動が気になる。協調の意志を持つイフリート達と撤退しよう」
    「連中が去れば、無力化したイフリートが再び動き出すかもしれんしの」
     真っ赤に染まる半身を引き摺った美咲は、今しがたの脅威を見届けた獣の騒めきに視線を投げると、その時が迫っていると付け足す。
     殿を務めるか、戦場を見守るか――尚も武器を収めぬ二人の闇黒には、蓮司が最後の回復を丁寧に施し、
    「これは餞じゃないっすよ」
     せめてと触れる温かな光が、夥しく流れる血を止めた。
     頷きを合せた理利は、己が羽織に護った朋恵を抱えて踵を返し、
    「また、会いましょう」
     ――貴方達を信じています。
     約束という絆を結んで、振り返らず、駆けた。

     走れ、疾れ、光の方へ。
     彼等もまた己が影を暴くべく、光を求める筈だから。

     暗い地下空洞から地上を目指した灼滅者は、その覚悟に見合った制勝と犠牲を身に刻み、そう遠くない激動の炎――その燻りを秋風に感じつつ、戦場を後にした。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:一・葉(デッドロック・d02409) 北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917) 
    死亡:なし
    闇堕ち:万事・錠(オーディン・d01615) 東郷・時生(踏歌萌芽・d10592) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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