炎獄の楔~荒さぶ焔

    「みんな、お疲れ様」
     幼さの残る顔に笑みはなく、真摯な表情で衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は集まった灼滅者たちをねぎらった。
    「残念な結果だと思う人もいるかもしれない。でも、みんなが最後まで頑張ってくれたからガイオウガを追いつめることができた。本当に、ありがとう」
     まっすぐに見つめて言い、ゆっくりと頭を下げる。
     それから顔を上げ、
    「みんなの決死の奮闘のおかげでガイオウガは深く傷ついて、回復に専念しているようなんだ」
     告げた言葉に灼滅者たちは互いに視線を交わした。
     ガイオウガは、回復のために日本各地の地脈からガイオウガの力を集めようとしている。
     もし日本中のガイオウガの力が復活したガイオウガの元に統合してしまえば、ガイオウガは最盛期の力を取り戻してしまう。
     それだけは避けなければならない、とエクスブレインは首を振った。
    「この事態を防ぐために、日本各地の地脈を守るガイオウガの力の化身……強力なイフリートの灼滅をお願いしたいんだ」
     強力なイフリートの周囲には多数のイフリートが守備を固めているようだが、このイフリートたちは垓王牙大戦で救出に成功した『協調するガイオウガの意志』の力で戦闘の意志をなくして、無力化することが可能になっている。
     協力してくれるのは猫型大型獣のイフリート数体で、友好的ではあるが会話はしない。
    「でも、この意志の力も強力なイフリートには影響を及ぼせないから、強力なイフリートは灼滅者の手で撃破する必要がある。それに、戦闘の意志を抑えるためには、イフリートの戦意を刺激しないように少数精鋭で戦いを挑む必要があって……かなり危険な任務だ」
     夜明け前色の瞳を軽く伏せ、小さく息を吐く。
     これが俺の仕事、と口の中で呟き、
    「場合によっては、闇堕ちをしなければ届かないかもしれないけど……みんなが無事に帰ってくるのを信じているよ」
     再び顔を上げて灼滅者たちに頷いて見せた。
     戦闘が行われる場所は地下の地脈周辺で、その場所への誘導や竜脈への移動については、協調の意志を持つイフリートが行ってくれる。
    「協調の意志を持つイフリートは、取り巻きのイフリートの無力化をするために力を尽くしてくれる。だからみんなは、全力で強力なイフリートを相手に戦えばいい」
     戦場は地下の空洞での戦いになるが、充分に広さがあり戦闘に支障はなく、崩落などの危険もない。
     ただ戦い、勝つことだけを考えればそれでいい。
     はらりと資料をめくり、エクスブレインは灼滅者たちへと差し出した。
    「イフリートの外見はすごく巨大な獣で、首の回りに炎をたてがみみたいにまとってる。炎の獅子、だね。鋭い爪の攻撃には毒があり、その咆哮は周囲にいる者を麻痺させる。それから、まとう炎の勢いを強めて傷を癒し攻撃力を高めるみたい」
     やはり、ただのイフリートではないということか。
     入念に準備をし、万全の体制で挑まなくてはなるまい。
    「今回の敵は、無傷での勝利は難しい強敵なのは間違いないんだ。でも、この敵に打ち勝たないと、復活したガイオウガを止めることは不可能になる。だから、」
     何かを言いかけ、しかし一度口を閉じ、それから再び口を開く。
    「……信じてる」
     ひとりひとりの顔を見て言い、いってらっしゃい、と送り出した。


    参加者
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(デイライトサンバースト・d08003)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)

    ■リプレイ


     響くは強く地を蹴る足音。
     流れてくる熱が進むごとにじらりと頬をあぶり、灼滅者たちの焦燥を表すかのようだ。
     彼らを先導するイフリートたちが足を止める。
     広大な地下の空洞、ゆらり揺れる陽炎の向こう、迎え撃つは同じくイフリートの群れ。
     灼滅者と共に在り彼らと協調するガイオウガの意志により、戦うそぶりを見せようとはしない。
     だが今は戦闘する意志はなくとも決して友好的な態度を取ることはないだろう。そして強調するガイオウガの意志が失われれば、その猛る牙を灼滅者たちへと向けるのは間違いない。
     ぞ。……づっ。
     空気が──否、空間が震える。
    「あれは……」
     声をこぼしたのは誰だったか。
     陽炎を踏み払って姿を現したのは巨大な炎獣。
     見上げるほどの巨躯はしなやかな獣のそれで、首の回りにまとう炎はたてがみの如く。
     ぎらと灼滅者たちを睨むその瞳が雄弁に語る敵意。
     ただ立つだけで周囲のイフリートたちを退ける強大なイフリートを目の前にしても、灼滅者たちは怯むことはない。
     二重廻しの裾を払い、九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)が倶利伽羅剣を手に炎獣を睨んだ。
    「炎の獅子ですか……相手にとって不足なし。全力で斃させていただくとしましょう!」
     うおうと協調する意志のイフリートたちが呼応し、こんな場ではあったが語りかける。
     では、よろしくお願いしますね。皆で一緒に帰るとしましょう。
     彼の言葉には、威勢の良い吼え声が応えた。
    「勝率演算……結果。やれやれ、これは言わない方がよさそうだ」
     劇でも演じているかのような大仰な仕草で、二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)が芝居がかった皮肉的な溜息をついた。
    「だが同時に。我々に計算など無意味だと、そう信じてもいるのさ」
     かすかに笑みを浮かべ武器を手にする。
     その言葉に身に着けたランタンを邪魔にならないように動かし、暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)は炎獣を見据え目を細める。
     もう、何も奪わせない。その為に今俺が、俺達が出来ること。
    「(今度の相手は、今までのどんな相手とも桁が違う)」
     まとう退魔の闘気を強く鋭く練り上げ、栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)は常なら柔和な表情を浮かべている顔に今は緊張を浮かべていた。
     無心になって、底力もさらってぶつかるだけ。
     前を向いて、ひたすら戦うだけ。倒れるまで。
     ぎりと愛用の弓を持つ手に力を込める彼女に、森田・依子(焔時雨・d02777)がそっと首を振りダークネスをまっすぐに見つめた。
     目を逸らさないということ。
     「決死」は燃え尽きたり刺し違えてもという覚悟とは、違う。
     誰も、意志も。死なせない為に。
     炎に二度焼かれた髪留めに触れ、――大丈夫、ここにいる。確かめた。
    「全員キッチリ守り切る! そんでてめーはシッカリガッツリぶっ飛ばす!」
     負けるわけには、いかねーよな!
     イフリートを前に不敵に笑う槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)に、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)が応と頷き、「Lock'n load」とスレイヤーカードを解放する。
     互いに兄貴分弟分と親しみ、闇に堕ちた時にはその手を掴んだ。
    「これ以上躓くわけにはいかねえよ」
     余裕の笑みを浮かべて拳を触れ合わせる。
     その名と同じ鋭い角持つライドキャリバーのガゼルも、低く唸るような音をさせた。
    「トーチャータイム・ドミネイトソウル」
     解除コードを口にしスレイヤーカードから殲術道具を解放して、アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(デイライトサンバースト・d08003)は、儚く揺れる青い光をそっと祈るように手の中に収める。
    「(協調の意志を持つイフリートたちが、思いを違えたとはいえ同胞を討つ覚悟を決めた)」
     灼滅者が日和れば覚悟に泥を塗る。ならば私たちにできることは?
     行動で示さなければ。


     ──オオオオオオオオオ…………!!
     巨大なイフリートの咆哮が轟き、まとう炎が激しく踊りその巨躯をいっそうに大きく見せる。
     それを戦端に、青の逢魔時が奔った。
     見上げるほどの巨躯へと駆けながら、サズヤは一息に得物を抜き払う。
    「…………ッ」
     呼吸するだけで肺が焼かれそうに熱い空気にあぶられ、怯まず炎獣へと一撃を放った。勢いに煽られ炎が巻く中彼がその手に感じたのは、かすかにかすめた感触。
     ひゅと鋭く息を吐き、傷の刻まれたガンナイフを依子が構えた。
     視線で射殺さんばかりにまっすぐに見据え引鉄を引く。放たれる弾丸は鋭く空気を裂き炎獣へ向かい、ゆらと身を滑らせかわされた。
     間髪入れず皆無が抜き放った利剣から破邪の白光が尾を引き迸る一閃に炎獣は巨腕で受け流し、黒曜の十字碑を構えアルベルティーヌが撃ち込んだ人の願いを祈りとする凍業に、ばっとまとう炎が散る。
     当たった。その事実だけで充分だった。
     自らも続こうと康也は聖剣を手にぐっと力強く地面を蹴ってイフリートの懐へと飛び込むが、ざん! と薙いだのは炎の影。
     距離を取ろうとステップを踏んだその時、
     ──オオオオオオオオオアアアアアアァァァァッ…………!!
    「うおっ!?」
     一際に強い咆哮。
     びりびりと空気を震わせる轟声が灼滅者たちを打ち、脳を揺さぶられる錯覚を起こす。
     まずい。高明が黄色に合わせた交通標識を掲げ癒しと耐性を与える。メディックのポジション効果であるキュアが付与され仲間たちを侵す麻痺を癒し、同じくメディックとして彼を補佐して動く綾奈の招く清浄なる風に吹かれ完全に取り払われた。
     『地を蹂躙する切り株』の名を持つエアシューズのその重厚さと裏腹に雪紗は軽快に跳躍し、そのごつさを表す流星如く蹴撃が炎獣を狙う。
     ぞ、あっ! 炎のたてがみをかすめ巨躯に激しい一撃が叩き込まれた。
     ──ガアアアッ!!
     鬱陶しげに吼える炎獣。
     効果的なダメージを与えたわけではない。その証拠に、まとう炎に翳りはなく、敵意にも翳りはない。
     イフリートが吼えたのは、ただまつわりつく灼滅者たちを煩わしく思ったからに過ぎなかった。
     だが、どれほど強大な敵であっても退くわけにはいかない。
     元より長期戦は覚悟の上だ。そのために入念に相談し準備をしてきた。
     灼滅者たちは呼吸と体勢を整え、得物を構える。
     まだ戦いは始まったばかりだ。

     得物が振るわれ、咆哮が響く。
     1対9と数の有利をもってしても、強大なダークネスを倒すのは容易ではない。
     一撃は重く、バッドステータスに耐性をつけていてもその咆哮による麻痺が必ず回避できるわけではなく、しかもそれは一度に幾重にか襲い掛かる。
     ディフェンダーとして立ち回っていたガゼルが、苛烈な一撃をまともに食らいぐらりと倒れる。
     主はサーヴァントを顧みるが、永遠の消滅ではない。すぐさま意識をイフリートと仲間たちへと向けた。
     片腕を獣のそれと化し、依子が炎獣との距離を詰める。高く獣腕を振り上げ、ざん! と力任せにイフリートを引き裂く。
     足止めを幾重にもかけこちらも狙アップを重ね、当初よりは攻撃が当てられるようになっていた。
     血に濡れた腕を引き離れようとしたその時、イフリートもまたその爪を掲げる。
     ──ゥオオゥ!!
    「森田さん! ……ぐうっ!」
     依子を庇い、ぞぐりと鋭い毒爪をその身で受け止め皆無が苦鳴をあげた。
     身体に深々と刻まれそぶそぶと血が溢れる傷を押さえ、しかし決して敵から目を逸らさない。
     すぐさま高明と綾奈が治癒を行うが万全には回復しないが、ディフェンダーの彼ならでは立っていられる。
    「(一人で護りきらなければ行けない訳でなし)」
     ひとり気負う必要はない。互いに連携を取りあえば。
     だがそれは、見誤っていた。
     メディックの回復量でも、相手が与えてくるダメージをカバーしきれない。
     そして広範囲に与えてくる麻痺は一度に幾重にもかかり、回復を阻害されがちになる。
     結果、じりじりと消耗していくことになった。
     だぐんっ!
     イフリートの一撃に康也が吹っ飛ばされる。
    「てめ……」
     呻き声をこぼしながら立ち上がろうとするが、力を込めることができず倒れ込んでしまう。
     その隙を狙われぬようアルベルティーヌが前へ出て彼の代わりにディフェンダーを務める。
     攻め手が減るということは、それだけ削る速度が遅くなるということだ。そして遅くなれば、こちらが削られる。
     祈りの盾を広げ護りを固めながらの戦いは決め手に欠け、康也と共に長らく耐え続けていた皆無が倒れ彼と入れ替わりにサズヤがディフェンダーに移った。
     疾駆する雪紗の足元で炎が踊り、ぐっと地面を蹴り込みイフリートへと蹴撃を放つ。いまだ強大なれど敵も消耗しており、激しい蹴りをかわせずに強か打たれた。
    「(きっと、あともう少し)」
     緑の瞳が炎獣を見据える。
     あともう少し、は、自分もだ。
     回復を受けて自身でも回復しているが、追いついていない。あと一撃でも食らえば立ち上がれないだろう。
     このままでは、戦闘不能者が出るばかりで目標を達成することができない。
     無論、撤退して体勢を立て直すなんてことは最初から考えてもいない。
     ──グルルル……
     低く唸るイフリートは、倒れ伏した灼滅者を睨む。
     ごうとまとう炎を一際に強め、とどめを刺そうとしているのは明らかだった。
     決めていた。
     万一誰か闇に手を伸ばさねばならぬ場合、他の誰が選ぶより先に選択を。
    「(誰かの明日、仲間の命、協力してくれた方)」
     私は弱いけれど、弱い分迷う間に失う怖さを知っている。
     護る為。生きる為。牙を懸ける。
     それが、
    「炎を抱く者としての私の覚悟」
     ぞわりと闇が渦巻き、灼滅者の姿を朧に隠す。瞬く間に少女は黒皮の獣と変わり、内に潜めていた熱を炎とまとう。
    「依子さん!」
     その後に続く言葉は何だったか。
     駄目だ、いけない。或いは、
     ──ォォオオオオオオオオ!!
     咆哮。それは巨躯のイフリートのものではなく。
     地を蹴り鋭い爪で炎獣を裂き、反撃をかわしてぐるり下り立つ。
     炎の混じる息を吐きながら、一度『仲間』たちへと顔を巡らせた。
    「っ……みんな!」
     悲鳴にも似たアルベルティーヌの声に灼滅者たちはここが正念場と腹をくくり、戦闘不能者を後方に下げ安全を確保する。
     攻め手は増えた。堕ちた灼滅者はそれだけで強大な戦力となる。
     己に抗う牙持つ者に傷を負っていたイフリートは次第に押され始め、ついには攻めと守りが逆転した。
     それと見て取り、雪紗が仲間たちへと告げ白と黒の双銃を構え引鉄を引く。撃ち出された弾丸はまっすぐに炎獣を貫き、苦しげな唸りを吐く。
     油断なく高明がショートボウに癒しの力を込め、綾奈もこれが最後の癒しと朱をつがえた。
     狙い過たぬようにしっかりと得物を手にアルベルティーヌは地を駆け、サズヤがわずかに遅れて彼女に追随する。
     向かってくる灼滅者をイフリートは巨腕で薙ぎ払おうとするがかなわず、隙と死角を突いての一閃と、ただまっすぐな斬撃との連撃をかわすことができなかった。
     づぁんっ!!
     ──オオオオオオオオオアアアアアアァァァァ…………!!
     断末魔が響く。
     ぐらりとその巨躯は揺らぎ膝を屈する。そして力を入れることなくどうと倒れた。
     一瞬その身体が炎に包まれていっそうに熱を持つ。あまりの熱気に灼滅者たちが顔を手で覆う間に、ばっと炎の花となって散り消えた。
    「……勝った」
     どこか呆然として康也が口にする。
     あまりに戦いに集中していたからか、その顔に今は汗が噴き出していた。
     と。グルル、と威嚇する唸り声が耳に飛び込んでくる。
    「あ……」
     強大なイフリートを取り巻いていたイフリートたちがこちらを見ている。
     協調する意志を持つイフリートたちがこの場から離れれば、すぐにでも灼滅者たちへと襲い掛かってくるに違いない。
     ととっ。と足踏みし、獣の姿で依子は『仲間』たちを促す。
     この場に残るのは危険だ。すぐに撤退しろ、と。
     名残惜しげに彼女を見やる仲間たちに、皆無もまた撤退を促した。
    「今は撤退しましょう」
     『皆で一緒に帰るとしましょう』
     戦う前に自らが口にした言葉を思い返し眉をひそめ。
     いまだ足元のおぼつかない者を支え、灼滅者たちは大空洞を後にする。
     その中に、常盤緑の少女の姿はなかった。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:森田・依子(焔時雨・d02777) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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