炎獄の楔~打つべきは逆転の布石

    作者:泰月

    ●今、出来る事
    「……ガイオウガの上での戦い、お疲れ様」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、集まった灼滅者達の顔をゆっくり見回して言う。
    「垓王牙焔炉には届いたけど、破壊には足りなかった――でも、皆の奮闘で、ガイオウガも深手を負っているわ。まだ打つ手はあるわ」
     事実上の敗北。
     だが地中に消えたガイオウガも今は、回復に専念しているようだ。
    「ガイオウガは回復手段として、日本各地の地脈からガイオウガの力を集めようとしているわ。で、ガイオウガはイフリートの集合体でしょう?」
     なら集めようとしている力もまた、イフリート。
     つまり――灼滅すれば、ガイオウガの回復を阻止する事が出来る!
    「もし日本中のガイオウガの力が集まって統合されてしまえば、ガイオウガは傷を癒して最盛期の力を取り戻してしまうわ」
     ギリギリの瀬戸際まで粘って戦って。倒しきれなかったけれど、そこまで戦ったからこそ、得られた機会。
     活かさない手はない。

    「肝心の地脈の場所だけど、地下になるわ」
     普通なら、そこまで行くのも大変そうな場所だ。
     更にそこにいるのは、ガイオウガの力の化身だけではない。その周囲を多数のイフリートが守備を固めている。
     だが――。
    「ガイオウガの尾から救出に成功した協調派のイフリートが地脈までの案内と、取り巻きも引き受けてくれるわ。『協調するガイオウガの意志』の力で、戦闘の意志を無くさせる事が可能と言う事よ」
     尤も、その意志の力もガイオウガの力の化身には及ばない。周囲のイフリートを刺激して戦闘の意志を抱かせないよう、少数で戦いを挑む必要もある。
    「皆に当たって貰うガイオウガの力の化身は、朱色の炎を纏い、角の生えた長い尾を持つ巨狼型のイフリート……強敵よ」
     或いは、闇堕ちしないと届かないかもしれない。そう、柊子は告げる。
     だがあの時、ガイオウガの尾を切り離していたからこそ、その強敵との戦いに全力を向ける事が出来るのだ。
    「ここで勝たないと、力を取り戻したガイオウガを止める事は不可能になると思われているわ」
     ――もう、負けられない。次こそ、届き切らせる為にも。
    「勝って、無事に帰ってきてね」


    参加者
    朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    鏡・エール(高校生シャドウハンター・d10774)
    シグマ・コード(デイドリーム・d18226)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)

    ■リプレイ


     協調派イフリートに気をとられているイフリート達の誰も、数人の人影が通り抜けていく行くのを気にした風もなかった。
     ――グルルルッ?
     ――ウニャウニャ。
    「ヒイロカミ達を助け出せて良かったな」
     脚は止めずに軽く振り向いて、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が口の端に小さな笑みを浮かべて呟く。
     何と言っているのかは判らないが、協調派達がこの空間にいる大半のイフリートを押さえてくれているのは確かだ。
     その時だった。
    『――ォォォォォンッ!』
     前方から上がった獣の咆哮が、地下空間の空気を震わせる。
     咆哮の主はガイオウガの力の一欠片たる朱色の炎を纏う狼のイフリート――朱炎狼。
     そこに明確な敵意の色が込められているのを、灼滅者達は全員感じ取っていた。
    「さ、て。あちらもその気だ。いつもの得物はないけど気合い入れて死合おうか」
     さりとていつもと変わらぬ口ぶりで言って、鏡・エール(高校生シャドウハンター・d10774)が速度を落とさず標識を掲げる。
     標識の看板から、黄色い光が溢れて広がる。
     それを、後ろから飛び出した2人が追い抜いて駆けて行った。
    「ここでコイツに勝たなきゃ、活路はないか」
     そう呟いてシグマ・コード(デイドリーム・d18226)が2本立て続けに射った癒しの力に輝く矢は、先行した朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)と海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)の背中に白羽を立てる。
    「こりゃぁ見事な狼だな、おい!」
     駆け寄っても堂々と睥睨する巨狼の姿に高揚を敬意を抱いて、眞白が地を蹴ってその巨体の上まで跳び上がる。
    「絶対に勝って平和を取り戻すんだから!」
     ――守りたい人達の為に、力なき人達の為に。
     そんな夏蓮の想いを反映するかのように、光源に照らされ伸びた影の中から、黒くも可憐な花が咲き誇った。
     漆黒の蔦が絡みつき、煌きを纏った重たい蹴りが巨体を穿つ。
    「って、あれ?」
    「当たった――が、これは……?」
     2人が感じた違和感のようなものが固まるより早く、朱炎狼の巨体が消えた。
    『グルァッ』
     そうと錯覚する程の勢いで飛び出した朱炎狼が、炎を纏った牙を足のない人影を突き立て、長い尾の先にある鋭く硬い角で鋼の装甲を打ち砕いた。
    「まだ行けるね、クオリア。轢いて潰せ」
     標識から黄色い光を放ちながら告げる空井・玉(リンクス・d03686)の声に、ライドキャリバー・クオリアがブルンッとギアを上げたエンジン音で応える。
    「ここが正念場、ね」
     刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)は、燃える風穴の空いたビハインド・仮面の刃が空を切るのを一瞥して、そちらではなくエールに八角の光輪を飛ばす。
     燃える傷を癒しても、仮面が次の攻撃にはもう耐えられないのは明白だった。防御に力を傾けさせていなかったら、今の一撃も耐え切れていたかも怪しい。
    「凄まじい強敵ですが、ガイオウガへの通過点。ここで躓く訳にもいきません」
     距離を取ろうとした朱炎狼を追って、森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が槍を手に飛び出す。地を蹴った勢いと螺旋の捻りを加えて槍が、巨体に突き刺さる。
    「思ったより当たってるね……避けるより守りを固めてるのかな」
     その反応を見た玉の呟きに、先制で手応えを得ていた夏蓮と眞白が揃って頷く。
     まず間違いなく、灼滅者を遥かに越える体力を持つ敵が、守りを固めている。
     となれば――持久戦になるか。
    「だとしてもやることは変わらん。動く災厄を鎮めないとな!」
    『ヴォウ!』
     明日香が放った意志持つ帯を、朱炎狼は長い尾をを振り回して打ち払う。
     かと言って易々と当たるつもりもない。燃えるように爛々と光る瞳が、そう物語っているようだった。


    「これはどう?」
     夏蓮が向けた槍の先から、鋭く冷たい氷が放たれ朱炎狼に突き刺さる。
    「こう見事な相手と戦えんのは、猟犬の本懐だな……!」
     凍りついた巨体の一部へ、眞白が煌きを纏った蹴りを叩き込んだ。
     衝撃を重力を受けても止まらない朱炎狼。その側面に回り込んだシグマの指で、結わえた糸が赤く赤く、輝いていた。
     放たれた魔弾は、脳裏にある夜色の布が描いた軌跡を辿って巨体を撃ち抜く。
    『グルルルル……ッ』
    「ま、そう簡単にゃ止まらんよな」
     見ている前で威嚇するように唸りながら熱を吸い込み、制約の魔力の一部も氷も重力も纏めて焼き消す朱炎狼の姿に、シグマが軽く肩を竦める。
     その直後、朱炎狼の口から膨れ上がった炎が一気に放たれた。
     砲弾の様に巨大な炎の塊を、飛び出したエールが受け止める。炎の中から飛び出したエールの視線に、玉が頷いて答える。
    「悪いけど……ジリ貧も、勝機逃がすのもごめんなのよ」
     まだ内なる闇が応えないことにもどかしさを感じつつ、エールは闇の様に黒い帯を、自分に向けず朱炎狼に向けて放った。
     一瞬で伸びた帯が、刃の様に朱炎狼の脚を斬り裂く。
    「皆は、攻撃を」
     玉が短く告げながら黒いリボンを重ねて巻きつけ、エールを焼く炎が消える。
     守りを固めていても朱炎狼の火力は、攻撃を重視した灼滅者のものを超えていた――が、玉1人で支えきれていた。
     癒せる分全てを、とは言えないが、攻撃の手数も重要だ。
     既に、サーヴァント2体は倒れ、消えている。また倒しきれないのは避けねば。
    「申し訳ないけれど、合流は諦めて貰う」
     晶が振り下ろした大鎌から、咎の黒い波が放たれる。
    『バウッ!』
    「そう来るのは予想の内です!」
     それを飛び越えて避けた朱炎狼を、その上を取った心太が煌きを纏った重たい蹴りで叩き落とす。
     ギィンッ!
    「……脚でこの硬さか」
     落下を待たずに跳びあがり、対ヴァンパイア用に鍛え上げられた刃で脚に斬り付けた明日香が、硬い手応えに軽く舌打ちする。
     その巨体ゆえに、当てる場所さえ選ばなければ、朱炎狼に攻撃を当てるのは思っていた程、難しい事ではなかった。
     かと言って、こちらが攻撃を避けられる程、遅くもない。
     故に灼滅者達はその力の差を埋めようと、敵の力を削ぐ様々な効果のあるサイキックを多用し、対する朱炎狼は熱を頻繁に吸ってそれを焼き消し和らげる。
     とは言え、全てが一気に焼き消されるわけではない。
     それに、灼滅者の攻撃が単純な威力だけを見たものであれば、朱炎狼の攻撃は今よりも苛烈になっていたかも知れない。
    「俺達の攻撃じゃ、多少喰らってもってか?」
    (「侵食する妨害の恐ろしさ、見せてやる」)
     続く言葉は胸中で呟いて、シグマの足元から紫黒の影が浮かび上がる。揺らめき形を変えた影は異形の手となって、朱炎狼の足に爪を立てる。
     少し遅れて朱炎狼が伸ばした尾を受け止めた晶を、地中の鉱物を溶かして生じたサイキック毒を被った角が貫いた。
    「っ……信頼を持って、協調の意志を持ってくれたイフリート達の為に……まだ、倒れてられない、のよ」
     飛び掛けた意識を気力で繋いで、晶がクルリと回る八角の光を振るう。朱炎狼の目前で七つに分かれた光は、その体に残る魔力を一段深くへ刻み込んだ。


     影を纏わせた標識を叩き込むと同時に、角がエールを貫く。
    「先の戦いで届かなかった分を……取り戻さないとね」
     血の気を失いより白くなった顔色で立つエールの様子、前衛の消耗を見て、夏蓮がご当地の力をこめた光を掌から放つ。
    『グルルルル……ッ』
    「そうそう、まだ元気な敵はこっちだよ!」
     怒りの篭った視線に、夏蓮が声を上げる。彼女の立ち位置は敵の攻撃を集める事を求められない方が多いだろうが、敢えて攻撃を誘うのもまた1つの手だ。
     とは言え、一撃の怒りでは精々五分。
     朱炎狼は怒りに流されず、最も消耗している者へと牙に炎を纏わせ跳びかかった。
    「……これ以上の被害は、起こさせない」
     相殺を狙って晶が飛ばした八角の光輪を牙が砕いて、そのまま突き刺さる。
    「少し頼む!」
     ぐらりと倒れる晶をシグマの影が拾い、半ば投げるように後ろへ下げる。
    「見てきた中でも、特にタフな狼だぜ……!」
    「ですが、流石に疲れが見えますね」
     眞白が縛霊手の拳を叩き付け、心太も螺旋を加えた槍を突き入れる。
    『ハッ――ハッ』
     朱炎狼の呼吸が、変わっていた。消耗しているのは確かだ。
    「貫け」
     2人と入れ替わる形で、不死者すら殺すと言われる呪いの槍を手に跳びかかった明日香が、螺旋を加えた槍を体に突き立てる。
    『グルルァッ!』
     朱炎狼の前脚の爪に、炎が移る。それを見た明日香が爪の間合いから離れようと横に飛ぶと同時に、朱炎狼は突如体を捻って大きく尾を振るった。
     その先端の角が、晶が付けていた八角の光輪を砕いて、明日香に突き刺さる。
    「ぐっ……はっ」
    (「……やるか、倒れる前に……?」)
     思わず押さえた傷の深さに、明日香は血塗れの手で逆十字に伸ばしかける。だが、掴む前にその手は止まった。闇は応えず、意識が途切れる。
    「前に行くよ」
     それを見た玉が、迷わず戦い方を変える事を告げる。
     このまま回復に専念し続けても、遠からず支えきれなくなるだろう。前に出て、庇い手に加わる。勝つ為にそれが必要なら、何も躊躇いはない。
     ただ、戦い方を変えるには少し時間が掛かる。
    『グルルッ』
     灼滅者達の回復量が落ちたタイミングで、逆に朱炎狼が熱を吸う。またすぐに動きそうだし夏蓮が与えた怒りも冷めてしまったようだが、ある意味幸いだ。
    『ガァッ!』
     そして放たれる巨大な炎の塊。それが自分以外を狙っている事に気づいたエールは、躊躇わず炎の先に飛び出した。
     衝突し爆ぜた炎の衝撃が、エールの体を吹き飛ばした。
     これで倒れたのは、3人目。
    『ハッ――ハッ――ハッ――』
     朱炎狼の呼吸は更に荒くなっている。体力の半分以上は、消耗しているだろう。
     だが、残りを5人で削りきれるか――。
    「まだ――ううん。倒すまで退かないよ。その為に、ここに来たんだから」
    「そうだね。勝つ。それが全てだ」
     絶対に諦めない。その決意を新たにして影の花を咲かせる夏蓮の言葉に、玉が表情を変えずに頷いて黒いリボンを巻き付ける。
    「いい加減に、止まりやがれ」
     シグマが赤く輝く魔力を放つが、朱炎狼は止まらない。
     炎を纏って振り下ろされた爪を際どい所で避けた心太を、鉱物から抽出された毒を纏った朱炎狼の尾の角が貫く。
    (「一度は離れかけたガイオウガ討伐のチャンス。皆でここまで手繰り寄せたんです。絶対に手放すわけには行きません!」)
     彼は誰よりも、闇堕ちに対して慎重だった。更にこれまでの善戦の結果、ここまでそれに見合う危機にならなかったのだ。
     或いは、灼滅者達が自分達の能力を高める術をより多用していれば、また違う展開になっていたかもしれないが。
     バキッ!
     心太が握り締めた掌で何かが砕けた音が、流れが傾いた事を告げていた。


    「好きなように動いて! 私達が、合わせるからね!」
     夏蓮の影から舞い上がった影の花弁が、刃となり朱炎狼の体を斬り咲いて行く。
    「っ!」
     守るモノが減った朱炎狼の胴体に、雷気を纏った心太の拳が突き刺さった。ダークネスの膂力で振るわれた拳は、巨体にこれまでにない衝撃を与える。
    『ギャオウッ』
     苦悶の呻きを上げながら、朱炎狼が炎を爪に纏わせ脚を振り上げる。
    「そうはさせないよ。勝つのは、こちらだ」
     玉がそれを受け止めつつ、脚に影を絡み付かせた。
    「炎を使うのは、そっちだけじゃねえぜ!」
     そこに、眞白が炎を纏った剣のようなものを叩き込んで行く。
    『グルグァッ!』
     ならばと口の中に炎を貯める朱炎狼。
    「繋ぐために来たんだ。勝負にゃ負けだが、試合には勝たせてもらう!」
     シグマの放った赤い魔弾が撃ち抜いた瞬間、パンッと風船が破裂したような乾いた音がして朱炎狼の口から炎が霧散した。
     何度剥がされても、重ねに重ねた制約の魔力が、遂に朱炎狼を上回る。
    『!?』
    「驚いたかよ? そんな暇は与えないがな!」
     驚愕を隠せない朱炎狼を、シグマが紫黒にゆらめく影で覆い尽くす。
     その中で見たトラウマはなんだったか。
     影から飛び出して来た朱炎狼を、愉悦の笑みを浮かべた心太が待ち構えていた。
     一瞬早く、夏蓮が放った冷たく鋭い氷が朱炎狼の口内に飛び込み、首が内側から凍ったところに摩擦の炎を纏った蹴りが、立て続けに硬く握った拳が叩き込まれる。
    『グガァァッ!』
     大きくのけぞった朱炎狼の首元に、眞白が剣の様に鋭い銃口を突きつける。
    「紫明の光芒に……虚無と消えよッ――射ェッ!」
     眞白が得意とするゼロ距離砲撃で放たれた熾天の光が、朱炎狼を撃ち抜いた。
     額から朱色の炎を上げて、朱炎狼の体がゆっくりと倒れる。
     そして緩々と炎が燃え尽きるように、その体が消えていった。
     それを見届け、心太は無言で出口の方へと駆けて行く。
    (「必ず帰るって約束、俺は果たせるが……」)
     その背中を見送りながら、シグマは胸中で呟いていた。

     地脈を巡る戦いより――灼滅者、7名帰還。

    作者:泰月 重傷:鏡・エール(大学生シャドウハンター・d10774) 
    死亡:なし
    闇堕ち:森沢・心太(二代目天魁星・d10363) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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