炎獄の楔~塵灰

    作者:西灰三

    「……みんな、垓王牙大戦お疲れ様」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)はそう開口一番に言った。けれどその彼女のねぎらいの言葉は、明るくはない。
    「戦いは負けちゃったけれど、みんなの必死の攻撃でガイオウガも大きな傷を負って回復に専念してるみたいなんだ」
     彼女の言葉の持つ空気が明るくないのはただ敗北した、というだけではない。
    「ガイオウガは回復のために日本各地の地脈からガイオウガの力を集めようとしてる。もしこの力が復活したガイオウガのもとに届いたら最盛期の力を取り戻しちゃうんだ」
     炎の幻獣のその最も猛るモノが蘇ったら果たしてどうなるのか。
    「そうなる前に、みんなには日本各地の地脈を守っているガイオウガの力の化身……強力なイフリートの灼滅をお願いしたいんだ」
     それが簡単ではないことを、彼女の表情が物語っている。
    「このイフリートの周りには護衛の沢山のイフリートが居るけれど、こっちはみんなが助けてくれた『協調するガイオウガの意志』で戦う意思をなくすことができるんだ。けれど、そうでないみんなに倒してもらう方には通じない」
     そしてガイオウガの力の化身とは、周りのそうでないイフリートを刺激しないため少数精鋭で戦わなければならない。
    「はっきり言うよ。とても危険なんだ。大怪我をするかもしれない、闇堕ちしないといけないかもしれない、……死んじゃうかもしれない」
     語る彼女の瞳が揺らぐ。
    「無事にとはいかないかもしれない。……でも、帰ってきて」
     クロエは静かに視線を資料に落とす。
    「戦いの場所は地下の地脈近く。その場所への案内や竜脈への移動は、協調の意思をもったイフリート達がしてくれるよ。4体くらいのトラ型のイフリート、無口だけどみんなに友好的だね。周りの普通のイフリートはこの子達が無力化してくれるよ」
     だから、みんなは。と彼女は灼滅者達を見つめた。
    「ーー戦って。他のことは任せて」
     全力で戦わなければ、勝てない。と彼女は言う。
    「敵は肉食恐竜型のーーアロサウルスーーっぽい姿のイフリート。噛み付いて、体当りしてきて、炎の尾で薙ぎ払ってくる。攻撃自体はシンプルだよ。ただ、どうしようもなく、強いんだ」
     これ以上に伝えられることが無いのだろう。エクスブレインは唇を噛む。
    「……みんな、お願い。勝って戻ってきて」


    参加者
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    八守・美星(メルティブルー・d17372)
    羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)

    ■リプレイ

    ●溢れるは炎
     岩に穿たれた荒れた洞。無造作に口を開き凹凸の激しい道を灼滅者達は行く。世界の始まりが高熱から生まれたというのなら、この穴はその入口にふさわしい。その道を虎型のイフリート達が指し示す。
    「うにゅ、ありがとね」
     羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)の言葉に彼らは少しだけ耳を立てて止まり、直ぐにまた歩き出す。
    「……ここにいるんですね」
     先導をするイフリート達の後をついていきながら立花・環(グリーンティアーズ・d34526)は声を低くして呟く。四方を囲む岩の壁からは強い熱を感じる。通常の生物であれば近づくことさえ出来ない場所だ。彼女の頬に汗が滲む。
    「いかにも、というところね」
     八守・美星(メルティブルー・d17372)が徐ろに壁を触ればぼろぼろと崩れていく。中からは赤い溶岩が僅かに漏れ出して瘡蓋のように固まっていく。奥に進めば進むほどに流れ出してくる熱さは強くなっていく。
    「相手も見えていないはずなのにこの力か」
     この場所に及んで薄く笑うのは御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)。この最奥に居る敵はそうそう出会える相手ではない。この地がそれを物語っている。
    「楽しそうね」
    「ああ。不服か?」
    「そうでもないわ」
     むしろ私も愉しみなの、と海堂・月子(ディープブラッド・d06929)は述べた。それでもその表情に緊張感が浮かんでいるのは相手が相手故であるからだろう。
    「分かりやすい強敵やからな、腕が鳴るんのもよう分かる」
     銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)は薄ら笑いを浮かべている。彼もこの戦いに対して期待するものがあるのだろう。だがそれは死の隣側でもある。
    「………」
     言葉少なに進む灼滅者達の中で一際に黙しているのは椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)。周りから受ける熱量を受ければ受けるほどに、彼の昔の記憶が蘇ってくる。……あれを他の誰かにも味あわせるわけにはいかない。
    「……見えてきました」
     色射・緋頼(生者を護る者・d01617)の声に武流ははっと意識を引き戻す、曲道の奥には多数のイフリートと、そして脚だけが除く今回の相手。遠目からでもその巨体と膂力が伺える。
    「行こう」
     誰からともなく言葉が溢れる。そして灼滅者達は死地に至る。

    ●待ち受けるは巨躯
     イフリート達の集う広場に足を踏みれた時、彼らを出迎えたのは多数のイフリート達の荒い歓迎だった。それぞれに戦闘態勢を取り今にも襲いかからんとするその際に、今まで先導をしていたイフリート達が彼らを制する。
    「ありがとう」
     緋頼は端的に虎型のイフリート達に礼を言う。余裕があれば、もう少し考えると所もあるのだろうが目の前の巨体がそれを許さないらしい。
    「………!」
     いつまで経っても乱入者達を焼き払わない配下達に怒りを感じたのか、アロサウルス型の巨大なイフリートは灼滅者達を睨めつける。
    「こりゃあお怒りのようやね」
    「それはそうでしょう」
     右九兵衛の言葉に美星が答える同時に、巨大イフリートは重音と共に灼滅者達に向く。そして発せられる殺意は尋常なものではない。
    「さあ、殺し合いに」
    「溺れる夜を始めましょう?」
    「来ます!」
     白焔と月子が笑みを浮かべ、環が叫ぶと同時に灼滅者達も散開し陣形を取る。巨大イフリートもまた灼滅者達の敵意に反応して構える。
    「うにゅ!」
     サナが胸元にスペードを浮かべて力を手繰り寄せる。一撃一撃に力を込めねば倒すことすらままならない。
    「やはり簡単に行く相手ではないか!」
     白焔は背後に入ろうとした所を尻尾で追い払われながら言う。目の前の相手はただ攻撃を当てるだけでも相当に困難な相手だ。灼滅者達は相対して初めて敵の強さに舌を巻く。
    「だけどここで倒さないと!」
     武流は果敢に横原を蹴ろうとするものの、その巨体に見合わない俊敏さでいともたやすく避けられる。巨体が故に動きが遅く見えるだけであって全くそんなことはない。だが彼の作ったその動作に合わせて月子が反対の死角から制約の弾丸を命中させる。
    「やっと一発……!」
     だが動きを縛る力を持つ術の一つでこの巨躯が止まるわけはない。イフリートは羽虫達を払うように灼滅者達に向かい炎を纏う尾を横薙ぎに振った。
    「来るわよ! 備えて!」
     それは炎の持つ暴力性をそのままこの世に顕現させたような一撃であった。抗いようもないほどに。

    ●焼かれるは人
     猛火が質量を伴って後衛の者達を襲う。
    「……!」
     白焔は咄嗟に飛び出して環を突き飛ばす。その一撃は明らかに彼の想定していた以上の力を持っていた。これは殺し合いなどではない、敵によるこちらへの蹂躙だ。
    「白焔っ!?」
     炎に飲まれて吹き飛ばされた彼に緋頼が叫ぶ。彼だけではない、近くにいた月子も右九兵衛も地面にめり込んでいる。
    「油断……じゃ無いわね、これは……!」
    「一瞬死ぬかと思ったわ!」
     2人はよろよろと立ち上がりながら再び武器を構える。彼らが歴戦を潜り抜けてきた者たちでなければ、立ち上がることすらできなかっただろう。
    「複数を相手してこの威力か……!」
     白焔も立ち上がるが、2人よりは傷が浅い。それでも彼の受けた傷は軽くない。
    「今、回復を!」
     守られた環がサイキックによる回復を行うが、全快には至らない。またそれ以上に相手の強烈な一撃が大きな傷となって治療を阻む。
    「これほどの強さ……!」
     美星が影狼を纏わせて放つ死の光は相手に届いたものの痛痒としては足りないらしい。彼らが考え違いをしているとするのなら「そもそも長期戦を許してくれる相手ではない」ということだ。
    「それでも俺達は!」
     いかに強大かつ厳しい戦いであっても灼滅者達の心は未だ折れない。武流が果敢に炎を脚にまとわせて放つが、それ以上の炎を以てイフリートは彼を弾き飛ばす。
    「もう、負けられないの!」
     サナが影を大きな顎に変じさせて相手を噛み砕こうとするが逆に噛み砕かれる。灼滅者達のありとあらゆる攻撃が防がれ、また届いたとしても有効打とは成りえないほど耐久力がある。その上で凄まじい攻撃力を持っている。
    「ゾクゾクするわね」
     月子は目前に迫る危機に対し呟く。これだけの力量差があってなお相手はその力の全てを出し切ってはいない。イフリートはその灼滅者を一口にできそうな大きな口を開き緋頼を真正面に捉える。
    「……っ!」
     反応さえ許さない高速の動き。だが即座に彼女とイフリートの間に美星が割って入る。緋頼は美星が牙に捉えられている隙に銀糸を走らせてイフリートの身体に食い込ませる。
    「……グ」
     僅かに炎獣は呻いて咥えていた美星を乱暴に吐き捨てる。
    「……こん、な、こと、で……!」
     肩で息をしながら彼女はその小さな体を起こす、体についた牙の跡から赤いものが流れ落ちている。今にも倒れてしまいそうな姿だが目から光は消えていない。
    「美星さん、今回復を!」
    「次は、無いわ」
     彼女は弱々しげに環を制する。今美星が立っていることが既に僥倖なのだ。
    「動きは制した! このまま押し切るぞ!」
     白焔は動きを鈍らせたイフリートに向かい走る。だが多少の事で相手の力が損なわれることはなくあっさりと防がれる。それでも先程よりも勝機が見えてきたせいか灼滅者の士気が上がっている。彼らが攻撃を畳み掛ければ、そのうちの少しはイフリートに届き始める。
    「今なら……」
     緋頼が仲間たちの攻撃を背に、自らの役目を変えようと前へ踏み出す。――だがそれは未曾有の強敵に相手に余りにも安易な隙を見せる行為だった。
    「緋頼……っ!」
     彼女の目の前で白焔がイフリートの体当たりで吹き飛ばされていく。勢い良く投げ捨てられた人形のように彼の身体は飛ばされて壁にぶつかって止まる。……そしてそのまま動かない。
    「しっかりするんだ!」
     武流が緋頼に呼びかけることで、彼女の意識が戦場に向く。今は彼の心配をしている状況ではない。
    「まだ負けてない、の!」
     先程まで攻めの勢いであったのが一転守勢の雰囲気になりそうになる、サナはそんな空気を振り払おうとするが灼滅者達も簡単には立ち直れない。そんなことを知ってか知らずかイフリートは再びその尾を振るう。

    ●焼け残るは闇
     再び後衛に放たれた尾の一撃は、その全てを巻き込む。それでも灼滅者達を沈黙させるにはやや足りない。それは環が折を見て治療していた故だろう、それでも彼らが立っていられるのはやっとの状態だ。
    「こんなものを受けてたなんて……!」
     環が目を見開く。先程は白焔に庇われて受けなかった一撃の威力を身をもって味わう。
    「やらなければやられる、か」
     月子の目に覚悟の光が灯る。彼女はそう呟いてちらりと右九兵衛を見る。
    「右九兵衛君……あなた!?」
    「こーでもせんと勝てへんやろ?」
     月子は目を見開く、既に彼の身体の半身からは水晶が突き出ており、もう半分は腐り始めている。どちらもノーライフキングの持つ特徴だ。徐ろに彼が手を上げて光線を放てば、あのイフリートにいとも簡単に直撃する。
    「どうや?」
    「ごめん、なさい……!」
     美星は歯噛みして彼が闇落ちしたことに対して謝りの言葉を述べる。それは彼女が、いや彼女以外もその覚悟が出来ていたから。既に決断を行った者が居る以上、負けるわけには行かない。
    「……このまま決めましょう……!」
     緋頼が敵だけを見て攻撃を放つ。元よりここに居るものたちは覚悟を決めてきて来たはずだ。倒れた白焔にしても、闇堕ちした右九兵衛にしても。
    「……!」
     歯を食いしばって放った武流の紅い一撃は、イフリートの炎を食っていく。それはこの戦いの中で最も彼の想いの乗った攻撃。「失う」人が出ることを知ったもの。
    「此処は勝たないといけないなの! 垓王牙大戦の失敗を繰り返しちゃいけないの!」
     この戦いには賭けるものが多い。サナは視界の中に映る通常のイフリート達を見る。彼らもまた灼滅者達に託した存在だ。
    「だから!」
     サナは指輪に力を込めて弾丸を放つ、それは背負ったものの重さだけ加速しイフリートの脚を貫く。彼らの捨て身の攻撃に圧されてかイフリートの攻め手も鈍くはなっている。それでもその巨体がうねるたびに、大きく傷がついて行く。
    「後はお願い……」
     大きな傷を受けていた美星が仲間に向けられた攻撃を肩代わりし、倒れた。守り手達は一撃でも多くの攻撃を受け付け自らの背後に居る仲間達を傷だらけに成りながらも守り続ける。そして、決着は訪れる。
    「これで沈みなさい!」
     月子の流星のような一撃が、敵の横腹に突き刺さる。勢いの乗った会心の攻撃、大きく巨体を揺らす。
    「グガアッ!?」
     苦悶の声を上げるイフリート、怒りに染まった瞳で月子を睨み飲み込もうとする。大きな口を開けたその時。
    「これ以上傷つけさせない!」
     環が愛用のバスターライフルを腕に同化させ、そして意思のトリガーを引く。放たれた光はイフリートの口腔を貫く。そしてその巨躯は力を失い、轟音を立てて横に倒れた。

    ●そして生まれるのは
     一瞬灼滅者達は息を呑んだ。強大な敵が本当に倒れたのかと。だが、直ぐ様にその巨体が勢い良く炎を上げつつ消えていくのを見た時、灼滅者達はようやっと勝利を確信した。
    「勝った、の?」
     環がへたり込みようやく声を出す。はっと気付いて倒れた美星の介抱へと向かう。
    「そうみたい、なの」
     サナもふっと息を吐き、少しばかりの弛緩をしたその時。
    「危ないっ!」
     彼女の目の前に武流が飛び込み、その十字に交差した腕から血が炎となって吹き上がっていた。その彼の視線の先にいたのは顔に笑みを貼り付けた右九兵衛――だったものだ。
    「だ、大丈夫なの!?」
    「なんとか。……けど」
     サナは武流の傷を見て叫ぶ。だが彼は右九兵衛から視線を反らしていない。
    「おつかれさん。食後のデザートなんかどうでっしゃろ?」
     口調はまるで変わらない、だがだからこそ狂気が滲んでいる。
    「……お、お前は」
    「武蔵坂が負けるとか、ほんまオモロいモン見れたわ」
     意識を取り戻した白焔が目にしているのは、ダークネスそのものだ。
    「ちゅーわけで全員ここで撃ち殺されてくれや?」
    「……撤退しましょう!」
     緋頼は白焔を背負う灼滅者と残った小イフリート達は狂ったように光線を乱射するダークネスから逃れて来た道を戻る。彼らが駆けていく内に後方からの攻撃はまばらになり、外に出る頃には既に収まっていた。
    「………」
     洞窟から離れ、追って来れない所に灼滅者達がたどり着いた時に溢れていたのは重い空気。
    「……まずは勝利を喜びましょう」
     月子は美星の手当をしながら、そう呟いた。今の彼女にはそれ以外の言葉を言うことができなかった。
     死線を潜り抜けて未だなお戦いは続く。

    作者:西灰三 重傷:御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806) 
    死亡:なし
    闇堕ち:銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632) 
    種類:
    公開:2016年10月12日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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