染まりゆく紅葉に願いを託して

    作者:飛翔優

    ●願い叶わず少女は散った
     住宅街から山へと登った先、切り立った崖の下には、かつてはサナトリウムとして使われていた建物があった。
     足を運んだ有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)は、静かな陽光に照らされ栄える白い壁を見つめながら語り始めた。
    「噂を聞いたんだ。とある少女にまつわる、噂話を」
     ――紅葉に想いを託した少女。
     戦前に建てられ、改築を繰り返しながらも運営されていたサナトリウム。自然あふれる山の中に建てられたそのサナトリウムは、主に終末医療の場として運営されていたという。
     その少女も、治る見込みのない病を抱えそのサナトリウムで療養していた。体が日に日に弱っていくのを感じながら、それでも外で元気に遊び回れる日を夢見ていた。
     けれど、現実は残酷で……ある日を堺に、ベッドから降りることすらままならないほどに悪化した。彼女の世界は病室と、窓の外に見える景色だけとなった。
     巡りゆく季節の中、少女は願いを持つ。窓から見える見事な大樹に対して。
     もうすぐ、私は命の灯火が消えてしまうけれど……願わくばその前に、紅葉を見たい。大樹が紅葉に染まっている光景を見たい……と。
     ……少女の夢は叶わなかった。少女は紅葉の季節の前に、病が悪化し命を落とした。
     無念だっただろう、やりきれない想いを抱いていただろう。
     だからだろう、少女の魂はサナトリウムに残った。紅葉の時期になると目覚め、紅葉を眺めて一日を過ごしているという。
     いつまでも、いつまでも……サナトリウムが閉鎖された、今もなお。
     けれど……決して近付いてはならない。少女は一人では寂しいから、道連れを探している。もしも近付いてしまったなら、一緒にあの世へと連れて行かれてしまうだろう……。
    「……なにぶん古い話、どこからが本当でどこからが作り話なのか、あるいは最初から最後まで創作なのかはわからない。しかし、都市伝説と化してしまったことは事実」
     故に、今からサナトリウム跡に侵入し、かつて少女がいたという病室へと赴く。そして……。
    「いずれにせよ戦うことにはなる。でも、その前に話すことができれば……説得することができれば、少女は一人で逝くことを望み戦いが楽になる……かもしれない」
     また、いざ戦うことに鳴った場合の少女の性質は不明。色々な可能性を考え、挑んでいく必要があるだろう。
     以上で説明は終了と、雄哉は静かな息を吐く。
    「色々な思いがあるだろう。けれど……このサナトリウム跡が危険な状態なのは確かだ。だから……」
     どうか、速やかなる解決を……。


    参加者
    桃宮・白馬(雄猫魔獣剣士・d01391)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    レセフ・リヒテンシュタイン(オカ魔道士・d13834)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)
    松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)

    ■リプレイ

    ●物語の終わりに
     紅葉が地面を埋めていく。いずれは朽ちて命が伸びやかに育つための糧となる。
     大自然の輪廻が保たれている山の中、秋の穏やかな陽光が差し込む崖の下、人の営みの残滓があった。
     錆びついた柵とひび割れた塀に囲われた空間の中、草花が無秩序に繁茂している広い庭。緑の薄い場所を歩いた先、殆どの窓が取り払われた三階建ての建物が厳かに鎮座していた。
     かつて、終末医療を行うサナトリウムとして使用されていたという建物。扉のない玄関から中へと入ったなら、壁紙が剥がれところどころ崩れている壁面が見えてくる。
     床は、歩くたびに頼りない感触を伝えてきた。
     自身もまた朽ちる時を建物の中を歩く中、神凪・陽和(天照・d02848)は瞳を細めていく。
    「私も、将来医者を志す身。終末医療の患者さんとの接し方も学ばなければならないでしょうね」
    「うん。そうだね。医者となれば命を救えず、見送る事もあるわけで……勉強しなければ」
     傍らを神凪・朔夜(月読・d02935)は頷きながら、仲間たちと共に歩いて行く。
     この建物に住まう都市伝説・紅葉に想いを託した少女。物語が示した通り、紅葉の見える病室にいるはずだ。
     灼滅者たちは様々な思いを抱きながら、病室を目指し歩いて行く……。

     痛みが激しく、建物を影で支えているはずの鉄骨すら見える三階。埃を軽く払いながら進んだ灼滅者たちは山林側、真ん中の部屋に誰かがいるような気配を感じ取った。
     都市伝説たる少女だろうと断定し、各々が思いを抱いたまま動き出す。
     最初に部屋の中へと入ったのは、桃宮・白馬(雄猫魔獣剣士・d01391)。
     白馬は板が腐り役目を果たさなくなった棚を、脚が朽ちたか床に接しているベッドを、カーテンのない窓を視界に収めながら、未だ形を残している最奥のベッドに意識を集中させた。
     風が吹くたびになびく、白髪交じりの黒い髪。白いワンピースの裾や袖から覗かせている手足は細く、全体的に儚げで……そっと抑えながら外を眺める横顔は、幼い少女とは思えぬほどの憂いに満ちていた。
     ――……しかし……この病院の医者とかは今何をしてるのかね……。こんな幼い少女の霊を残して。
     ふと浮かんできた想いを心の奥底に閉じ込めて、白馬は少女に歩み寄る。
     足音を聞いたか振り向いてくる少女へと、優しい笑顔を送っていく。
    「こんにちは。珍しいね、こんなところに人がいるなんて」
    「ふふっ、こんにちは。あなたも珍しいと思いますよ、こんなところに来るなんて」
     口元に手を当てながら、少女は笑う。
     光を宿した瞳を、白馬へと向けていく。
    「あなたはどうしてここに?」
    「……僕かい? ……そうだね。やや風変わりな旅好き、……かな」
     小さく肩をすくめたなら、少女はより一層瞳を輝かせた。
    「それなら、旅のお話を聞かせてくれませんか? 私、ずっと病院で暮らしてるから、外のこととかあまりしらなくて……」
    「……」
     一拍の間を置き、白馬は頷いた。
     少女の視界を邪魔しないよう窓の端へと移動し、縁に腰掛けながら語りはじめていく。
    「そうだね、まずは……」
     白馬は語る、旅の話を。
     合間、合間に、灼滅者としての戦いを織り交ぜながら。
    「いやあ、僕もまだまだ弱いんだけどね……。でも、旅好きとしては見ぬふりできないんだ」
    「ううん、そんなことないです。すごいですよ。私なんて……困った人を助けようと思っても、私がその困った人の側で……」
     少女は瞳を細め、俯いた。
     影の落ちた横顔を見つめながら、白馬は考える。
     最初に、この後の話をしておくべきか。それとも、全員が交流を果たしてから告げるべきか。
     答えが出る前に、新たな風が吹き抜けた。
     気配を感じたらしい白馬の視線を受けながら、陽和と朔夜が少女へと歩み寄っていく。
     顔を上げ振り向いてきた少女に、陽和はニッコリと微笑んだ。
    「こんにちは。貴女に会いにきたんだよ。何して遊ぼうか?」
     紅葉の栞を差し出しながら、絵本を取り出していく。
     少女はしばしの間、絵本を見つめた後……瞳を伏せて視線をそらした。
    「ごめんなさい。体があまり強くなくて……ベッドからはあまり動けないんです」
    「だったら、一緒に絵本を読もうか」
     明るい調子で、朔夜が陽和の持つ絵本を指し示す。
     瞳を伏せたまま、少女は頷いた。
     二人は白馬とうなずき合いながら、少女のそばへと歩み寄る。陽和が少女の左隣に腰掛け、朔夜が少女を……。
    「……っと、その前に」
     朔夜は荷物から、お古のコートを取り出していく。
    「風が結構冷たいみたいなので、これを……」
    「あ……ありがとうございます」
     頭を下げ、コートを受け取り羽織る少女。
     改めて朔夜が少女を支えていくさまを見守った後、陽和は絵本を朗読し始める。
    「これにはね、綺麗な秋の山が書いてあるんだよ。例えば……」
     紡がれゆく物語は、様々な紅葉を書き表したもの。時折窓の外を見るよう促して、現の紅葉を楽しんでいく。
     誘われたかのように、赤と黄色の葉が窓の外から入り込んできて……。

     語られゆく物語の邪魔をせぬように、けれど世界を飾ることができるように、ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)は刻むギターの音色を。
     穏やかなる歌声を乗せながら。
    「……」
     それは、少女のための鎮魂歌。
     病と力の限り戦った少女に対する、労いの歌。
     想いが、少女に届いたかはわからない。
     けれど、表情はどこか穏やかな者へと変わっていた。
     病院中を彼の音色が満たす中、陽和たちが絵本を読み終えたタイミングを見計らい、皇・銀静(陰月・d03673)が禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)を連れて病室内へと足を踏み入れる。
     小首を傾げ振り向いた少女を、銀静は優しく見つめていく。
    「こんにちは」
    「……こんにちは」
     汐音も挨拶の言葉を投げかけたなら、少女は楽しそうな笑顔を輝かせた。
    「こんにちは。今日はお客さんがいっぱいですね」
    「そうみたいですね」
     弾んだ声を聞きながら、汐音は少女の近くへと移動する。
    「お隣宜しいですか♪」
    「もちろん!」
     元気な返事を受け取って、右隣へと腰掛けた。
     一方、銀静は窓の外を、散りゆく紅葉を見つめていく。
    「美しい光景は食を楽しみながら見るというのが風流といいますね。君もどうですか? 時に食は胃袋だけではなく心を満たす時もあります」
    「……」
     寂しげに、少女は首を横に振った。
    「ごめんなさい。食事は決められたものしか食べられないんです。何が悪く影響するかわからないから、って」
     寂しげに俯いていく少女の顔を、汐音が覗き込んでいく。
    「だったら、一緒に眺めましょう。窓から見える、紅葉を」
    「……はい」
     薄く微笑み、顔を上げていく少女。
     瞳に映るのは、夕焼けをそのまま写し取ったかのように鮮やかな赤、黄色にオレンジ。風が吹くたびに散りゆきて、水色の世界に新たな彩りを与えていく。
     しばしの間、言葉なく見つめた後……汐音が、ぽつりと呟いた。
    「病室から見る光景は私もずっと見て来たもの。それでも少しずつ替わっていく光景は綺麗、でした」
    「この紅葉は……ええ、少しだけ心が落ち付きますね」
     銀静が、口元を緩めながら目を細める。
     少女は微笑み、頷いた。
    「はい、とても面白いです。季節が巡るたび、姿を変えていく。空も、木も……」
     春が来れば生命が芽吹き、夏になれば緑に萌える。秋が訪れれば紅葉に染まり、冬を迎えたなら白で覆い尽くされていく……。
     風の音が、木々のざわめきが聞こえる静寂が、病室を満たしはじめていく。
     もしもここが廃墟でないのなら、少女が都市伝説でないのなら、面会時間終了まで過ごしていそうな……そんな優しい雰囲気が漂っていて……。
     けれど、それではダメだから。
     きっちりと送ってあげなくてはいけないから、松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)が病室の中へと足を踏み入れる。
     新たな来訪者の到来に弾んだ調子で振り向く少女を見つめながら、優しく微笑みかけていく。
    「こんにちは、私も隣、いいかしら」
    「うん!」
     愛莉は陽和に頭を下げ、少しだけずれてもらい少女の隣に腰掛けた。
     同じ紅葉を眺めながら、心のなかで拳を握り落ち着いた調子で切り出していく。
    「紅葉……きれいね。この紅葉を、見たかったのよね」
    「……うん」
     悟ったのだろう。少女が寂しげに頷いた。
     愛莉は振り向き、震える肩に手を伸ばす。
     微笑みを浮かべたまま、その小さな体を抱きしめた。
    「ひとりで寂しかったよね、苦しかったよね。よく、がんばったね」
    「……」
     頷く代わりなのだろう。少女が愛莉を抱き返す。
     少しだけ力を強め、愛莉はささやき続けていく。
    「紅葉を見られて、満足した?」
    「……うん」
    「なら、もう……終わらせましょう」
     震える声を聞きながら、少女から体を離し向き合った。
     涙で濡らした瞳を見つめながら、真っ直ぐに言葉を投げかけていく。
    「道連れを作ったら、みんな悲しむから……ね」
    「……うん。でも……」
     少女が愛莉を振りほどき、部屋の端へと移動する。
     壁に背をつけるとともに力がほとばしり、灼滅者たちを押しのけ始めた。
     それは拒絶か。
     否。
     少女は苦しげに胸を抑えていた、唇を噛み締めていた。
     恐らく、力がコントロールできないだけ。少女の物語が、穏やかな幕引きを許さぬだけ。
     変化を感じ取ったジュリアンは演奏を止め、病室へとやってきた。
    「理不尽ともいえる病と果敢に戦った生命が此処にあると聞いた。加勢は叶わなかったけれど。それでも弔いたくて」
     可能な限り力を押さえ込もうとしている少女に語りかけながら、スレイヤーカードを取り出していく。
    「穢れも、罪も共に」
     仲間たちと共に武装し、少女を見つめていく。
     全ては、安らかなる眠りをもたらすために……。

    ●少女を導く者たち
     迸る力は、少女を苦しませながら灼滅者たちに襲いかかる。時には寂しげな笑みを浮かべさせ、決意を歪ませようとする気配すらあった。
     少女が望んでいないことを知っているから、白馬は歌う朗らかに。
    「♪ そう、あなたは悪くない。だから、今より温かく美しい天界へと行ける」
     仲間たちに傷を残さぬため。
    「♪ 訪れし旅人に害振るいしとき、あなたは本当に物の怪となる、そうならぬように」
     憂いなく、少女を送ることができるように。
     軽やかな音色を聞きながら、ジュリアンもまたギターを弾いていく。
     優しき旋律を、少女に送り届けていく。
     例え少女の力が牙を剥いたとしても、生前の少女に罪などないはずなのだから。
     だからこそ苦しんでいるのだろう少女の体から、ベッドをも吹き飛ばす衝撃波が放たれる。
     すかさず愛莉が矢を放つ。
     思いは白馬と同じ。
     仲間たちに傷を残さぬため。
    「大丈夫、もう少しだから。だから……なのちゃんも、お願い!」
     頷き、ナノナノのなのちゃんも治療に向かっていく。
     万全の状態が保たれていく仲間たちを見つめながら、汐音は手元にオーラを集めながら思いを巡らせていた。
     もしも、自分が灼滅者になっていなかったら、きっと少女と同じようにここにはいなかった。元々体が弱いから。
     だからきっと、少女は自分の可能性でもある。
     だから……と、思いを共にオーラの塊を撃ち出していく。
     力そのものを削り取っていく中、レセフ・リヒテンシュタイン(オカ魔道士・d13834)を起動した。
    「少しでも活動をにぶらせて……」
    「苦しむ時間が少ないように、痛みが一瞬で終わるように」
     僅かに動きが鈍ったと、朔夜が陽和に視線を送った。
     うなずき、陽和は帯を手元に引き寄せる。
    「できるだけ、安らかに……」
     放たれた帯の横に並ぶかのように、朔夜は拳を握り床を蹴る。
     帯が力の隙間へと入り込みこじ開けてくれたから、精一杯の思いを込めて拳を連打した。
    「……」
     七つ目の拳を刻んだ時、風が止んでいる事に気が付き腕を止める。
     真っ直ぐに少女を見つめていく。
    「もうここは君の居る場所では無いんだ。せめて、安らかに……おやすみ」
    「……」
     力を失い倒れていく少女を、拳に宿した雷を霧散させた銀静が抱き留めた。
     瞳の端に涙を溜めながらも微笑んでいる少女を見つめながら、銀静は優しく告げていく。
    「……眠りなさい。次に目覚めた時、きっと君はもっと色々な物を見る事が出来る紅葉だけじゃない。春の桜も、夏の青々とした恵みも、冬の白い世界も、自らの足で踏みしめ旅が出来る。そう、何時かきっと」
    「……うん」
     精一杯の言葉が響いた時、少女は跡形もなく消え去った。
     後に残されたのは灼滅者たちと病室だった場所。再び吹き始めた風が運んでくる、小さな小さな紅葉で……。

     とうの昔に、深い眠りについたサナトリウム跡。
     それでも……と、戦いの余波を受けた調度品をできるだけ元に戻し、あるべき姿を取り戻させた上で白馬は少女がいたベッドを見つめていく。
    「……これは、単にこの少女だけの話ではない。たぶん、誰にでも起こりうることなんだ」
     一輪の花を捧げる中、愛莉もまた花束を供えていく。
     静かに瞳を閉ざしていく。
    「どうか、安らかに眠って……」
     かつていたであろう少女に、冥福を。
     物語に終幕を。
     一通りの想いが語られた後、帰り支度が始まった。
     一足先に整えたジュリアンは、礼儀正しく頭を下げていく。
    「お疲れ様です。いずれ、また。戦場にて」

     ……そして、病室跡には銀静と汐音だけが残された。
     銀静は一晩を過ごすための作業を行いながら、汐音に告げていく。
    「……君は死んだら許さない。残される者の痛み、捨てられる者の苦しみ。あの世に行ってでも引きずり出して教えてやる」
    「……はい、私はけして死にません」
     胸の前で手を組みながら、汐音は深く頷いた。
     瞳に映っていたのは、銀静の横顔。
     どことなく儚げに見えて……。
    「……」
     汐音の視線に気づくことなく、銀静は小さな息を吐き出していく。
     それぞれの思いを抱きながら、穏やかな時を過ごしていく……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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