●夜の屋台で
誰もいないはずの、夜。
静かな商店街を通りかかると、暗いアーケードの入り口際に、小さな屋台がいる事がある。仄かな明かりに誘われて近づくと、かぐわしい醤油の香りが漂ってくる。優しそうな店主が、可愛らしい小粒のアラレを差し出して「ご試食どうぞ」と勧めてくるのだ。まだ暖かいそれを口に入れると、これがまた、とんでもなく美味しい。もう一つ、と口に入れ、もう一つ、あと一つ。いつの間にか自分の意思では手が止まらなくなって――。
「ふと気がつくと朝で、腹は満腹を通り越して身動きも取れない……という噂を耳にした」
アーケードの前に立つ神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)の視線が、背後へちらりと向けられた。
「この話を追ってゆくうちに、もう一つ、妙な噂にたどり着いた」
真夜中にアラレ屋が出ると噂のアーケード。その場所に、身なりのよい不思議な老女を時折見かけるのだという。
「どこかの女将かと思えるような落ち着いた出で立ち、手には和綴じの手帳と淡い色の日傘を持ち、何故か昼間でも顔立ちがハッキリとは分からない……」
おそらく、と煉が言葉を続けた。この老女は、アラレ屋の都市伝説を作ろうとしているタタリガミだろう。
「一体何の目的かは知らない。だが少なくとも、アラレ屋にあった人間の被害が最近エスカレートしている。最初はただ腹一杯程度だった。それが先日は、胃が裂ける寸前、さらには口中にもアラレを詰め込んだ人が、意識の無い状態で発見されている。このままだと、不味い事態になるのもそう遠くないだろう」
厳しい目つきになった煉だったが、気を取り直すように顔を上げ、灼滅者達へと視線を向けた。
「今分かっているのは、タタリガミが影業らしきサイキックを使うという事ぐらいか。あとは、七不思議使いと同等の技を使う事も想定しておいていいだろう。アラレ屋の方はよくわからないが、アラレを使った攻撃をしてくるのは間違いないだろう」
夜の商店街は人気が無く、時折あるとすればそれは、アラレ屋に吸い寄せられた人だ。またアラレ屋の出るという入り口際はすこし開けた広場となっているため場所に困る事は無い。付近は常夜灯が少ないせいで薄暗いが、アラレ屋がいる間はほんのりと明るいはずだ。
「さて、問題はアラレ屋と老女の出現タイミングだな」
おそらく、アラレ屋と戦っている間は、タタリガミは現れない。灼滅者がいると知ったタタリガミは、その場から逃げて、ほとぼりが冷めるまで身を潜める事を選ぶだろう。ならばタタリガミを引きずり出すには?
「アラレ屋が目的を達成、つまり人をアラレ責めにした直後には、その都市伝説を吸収するために出てくるとは思うが……」
誰か通りすがりにアラレ攻めにされるのを待つのも良いし、危険を覚悟でこちらから囮になりにゆく手もある。
「アラレを食べ続けてしまう間はどうも夢見心地になっている、らしい。あー、そうだな、強い衝撃でも与えれば目が覚めるかもな」
煉が肩をすくめた。
「さて、両方を相手取るか、それとも片方だけにするか」
少なくとも、どちらか一方が欠ければ、今回の噂も沈静化するだろう。
「上手く立ち回れば、十分倒せる相手だ。油断は禁物だが、な」
タタリガミか、都市伝説か、あるいは両方か。……どこからか、アラレの良い香りがただよってくる、ような気がした。
参加者 | |
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黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816) |
古室・智以子(花笑う・d01029) |
神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756) |
ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
鮫嶋・成海(マノ・d25970) |
黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809) |
楯無・聖羅(天罰執行人・d33961) |
●
夜の商店街、人気もなくシンと静かで暗いアーケード入り口のほど近くに、アラレ屋の灯りがぼうっと浮かぶ。いつからそこに居たのか、いつの間に現れたのか、誰にもわからない。おでんの屋台に似ているが、よく見ると少し趣が違う。ほんのりと漂ってくるのは、甘辛い、香ばしい匂い。誘われるように、近づく人影があった。
「こんな所に屋台とは珍しいな……ふむ、なかなか良い香りだが……何の屋台なんだ?」
短い暖簾の内側から、店主の声がする。
「やあ、いらっしゃい。うちは美味しいアラレ屋だよ。
屋台の中は、ちょうどおでんのタネが並ぶのと同じように、様々なアラレの入った木枠が並べてあった。きつね色の醤油アラレ、緑色の青のりアラレ、黒っぽいのは胡麻アラレだろうか。雛アラレのような色鮮やかな品もあった。四角いもの、丸いもの、小粒だったり細長かったり、さっくりと柔らかそうなものや、いかにも硬そうなものもある。店主の前には片手鍋によく似た、煎り器がいくつか置いてあった。一つを持ち上げ、手慣れた風にカラカラと揺らした後、網の蓋を開けて小皿にいくつかのせた。それを差し出しながら店主が微笑む。
「ちょうど出来立てだよ。さあ、よかったら、おひとついかがかな?」
誘われた獲物を怯えさせないための優しい穏やかな声は、聞くものを安心させ油断を誘う。ただし、今日暖簾をくぐったのは、ただの獲物ではない。
「ああ、もらおうか」
屋台の灯りの元、赤い瞳を不思議な色に揺らめかせ、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)が応えて言った。
●
アラレ屋台のある商店街、のほど近く。都市伝説の姿がよく見える位置に灼滅者達は居た。
「ああっ! 煉さんが面白い……もとい、大変なことになっちゃってるの!」
「ちいこ、あんまり身を乗り出すと危ないですよ」
苦笑しながら黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)が言う。さりげなく庇うように手を出して押しとどめる。その手を柵のように掴んで、智慧の影から屋台のある方をのぞき込む古室・智以子(花笑う・d01029)の白い頬が、アラレ屋の明かりで柔らかい薄橙に染まる。智以子の肩口からのぞき込むように山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)が、さらに黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)までも似たようなポーズで顔を出す。
「アラレを売っている屋台なんて、あるんだ……。アラレって、スーパーやデパートで売ってるものかと思ってた」
興味津々で屋台を眺める透流たちの元にも、甘辛い仄かな香りがただよってくる。心くすぐる誘惑の香りだ。壁に背を預けたジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は、なんとなく味を思い浮かべる。サクサクの食感と米粉の控えめな甘み、そしてアクセントの塩味……。
「揚げたてのアラレ……手を出したが最後、あの止まらなさは魔性ですね」
ジンザの言葉通り、視線の先にいる囮役は、魔性のアラレに魅入られたかのように次々と口に放り込みはじめる。まさに迫真の演技……なのか。あるいは術中にはまっているのか……。息をひそめた鮫嶋・成海(マノ・d25970)の表情は次第に険しくなってゆく。その心を代弁するかのように、透流が不安げな声で小さく呟いた。
「神代さん……大丈夫かな?」
「ほんとうに菓子に心を奪われてはシャレにならんな」
長身の少女、楯無・聖羅(天罰執行人・d33961)が、いつでも飛び出せる体勢になる。
「心配なの……でも、ここはグッとこらえて、待つの」
智以子が囁いた、そのとき。
夜闇が揺らめくような気配と共に、静かな足音が聞こえた。
●
迷い込んできただけの一般人のようにも見える、一見無害で小柄な人影。しかしアラレ屋台の灯りに照らされた姿は和装に傘、そして手には帳面らしきもの。間違いなく、タタリガミだ。老婦人は静かにアラレ屋へと近づき、おもむろに、手にした傘を店主へと突き刺そうとした。
瞬間、二者の間にビームが走った。
「……!」
聖羅が手にしたバスターライフル『アクセラレーターAM500』の銃口から放たれた光が、都市伝説と老婦人を大きく引き離す。続けて、透流の抗雷撃がタタリガミに強烈な一撃を浴びせ、成海のライドキャリバー 「春海」の機銃掃射が逃走経路を塞ぐ。続けざまの攻撃に虚を突かれたダークネス達、その一瞬にできた隙を逃さず、ジンザが怪力無双で煉を安全圏まで投げ、危なげなく智慧が受け止める。
味方を守るように敵の眼前へ立った白雛が、手にした武器をまっすぐタタリガミに向けた。
「さぁ、断罪の時間ですの!」
高らかに告げると同時に白雛の体から炎が噴き上がった。艶やかな黒のポニーテールを宙にうねらせ、炎に煽られた服の裾がはためく。純白の炎と漆黒の炎が舞い散る羽のように揺らめき、次の瞬間には炎をまとった武器がタタリガミへと叩きつけられた。
「!」
老女の着物の上を、白雛の生み出す黒と白の猛火が嘗めた。鮮烈な炎に照らされていてもその顔はようとして知れず、ただ深い皺の刻まれた青白い口元だけが見える。
「――咲け、冠世墨玉」
智以子の静かな声がする。瞬く間に展開された縛霊手『慰めの黒』から放たれた祭霊光が、煉の体を包んだ。
「これで煉さんの面白……じゃなくて、状態異常が治ればもうけものなの」
「煉、煉! 大丈夫ですか!?」
智慧が肩を叩いて起こそうとするも、反応が薄い。仕方ない、と腹をくくるよりも一瞬早く、成海が動いた。
ドッと重い音が響く。
「女の子なんで顔は避けますよ……さっさと目ェ覚ませっての」
乱暴だが、それ以上に案じる色を含んだ声音で呟く。9割全力で叩き込まれた容赦ない一撃は正確に鳩尾をとらえ、低いうめき声がした。次に目を開いたとき、その赤はハッキリと意思を取り戻していた。
「ぐっ……っぁ、流石は成海、良い一撃だ。すまない、助かったよ……」
「構いませんよ」
肩をすくめた成海が手を差し出した。応えて伸ばした煉の手の平をぐいと握り、引き起こす。危なげなく立ち上がるのを見た智慧が、ちいさく安堵の息を吐いた。
「よかった、大丈夫そうですね」
「ああ、心配かけた」
「まったくです」
成海がどこか素っ気ない口調で相づちをうち、それからいたずらっぽくにやりと笑った。
「お味のほどは如何でした?」
「ふふ、噂通り、危険な味わいだったよ。絶妙な塩加減に軽やかな歯応え、更に出来立てでしか味わう事の出来ない暖かさ」
惜しみない賞賛の言葉を紡ぐ間にも、彼女の片腕がみるみる半獣化してゆく。見据える先には、ダークネス。
「さて、楽しませて貰った分、確りと動かないとな」
●
静かなはずだった真夜中の商店街で、ダークネスと灼滅者達の激しい戦闘が続いていた。
「できたてだよ、どうぞ召し上がれ!」
朗らかな笑顔を崩さないアラレ屋が、手にした煎り器を大きく振り回す。戦場に舞い散る香ばしいアラレ。
「(困りますね、喰らわないようにしなければ。……色んな意味で)」
ジンザが肩をすくめつつ、タタリガミに向かってガンナイフ『B-q.Riot』のトリガーを引く。容赦無い銃弾を浴びせられ、後退しようとした老婦人が思わず足を止める。
「逃げ道にしそうなところは既に調べてある。観念するんだな」
伊達眼鏡の向こう、獰猛な光を帯びたジンザの青眼がタタリガミを見据えた。
「……!」
「逃がさない」
すかさず飛び出した白雛の激しい蹴りを受け、タタリガミの体が燃え上がる。囲まれたとタタリガミが悟ったときには、遅かった。バトルオーラ『王雅雷臨』をその身にまとった透流が、ゆっくりと近づく。
「あなたは進化のために都市伝説さんを食べようとしてる。私たちは、癒しを得るためにダークネスさんや都市伝説さんを灼滅しようとしてる……進化のためだっていっても、私たちと同じ都市伝説さんを獲物にしている時点で、タタリガミさんってあんまり強くないんじゃ?」
老女は応えない。顔の分からないダークネスは、ただ口元だけを歪めた。手にした傘を携え、まっすぐに透流へと向かってくる。
「私の大切なものは、これ以上壊させないって決めたから。あなたたちが私の大切なものを壊す可能性がある以上、私はここであなたたちを叩き潰す」
これまでの人生で得た、大切な思い出や人たちを守るために。透流の思いに応えるかのように、ロケットハンマー『雷神の籠手』のエンジンが高く呻る。タタリガミの攻撃が自らに届くのと全く同時に、透流は強烈な一撃を相手へと叩き込んだ。防御を引き替えにした透流の体から鮮血が飛び――すぐさま柔らかな霊力に包まれ、消えてゆく。智以子の祭霊光だ。傷が癒えたのを確認し、すぐさま智以子は他の仲間へと視線を配る。タタリガミによる厄介なBSは、少しずつ、だが確実に削り取ってゆく。智以子に向かってまっすぐ突っ込んでくる屋台など気にもとめない。なぜなら、その前に立ちはだかった拳が、弾き返すからだ。ダメージを受けた体は、すぐさま光に包まれる。
「お互い様、ってやつですね。無事ですか、ちいこ」
ふ、と笑い、口端で乾いた血を拭いながら智慧が言った。智以子が頷き返したのを視界の端で確認し、智慧は再び跳躍する。
「(だれも、倒れさせないの)」
智以子が心の中で呟く。メディックの存在を背中に感じながら、灼滅者たちは攻撃の手を緩めない。聖羅の手にした妖の槍『黒桜』が凍えるような冷気に包まれ、放たれたつららが屋台を貫く。動きをとめたアラレ屋を足場に、白雛がタタリガミへ躍りかかる。小柄な体に纏った炎が翼のように揺らめき、エアシューズから放たれる強烈な蹴り技がダークネスを燃やし尽くそうと襲いかかった。アラレ飛び交う、ともすれば妙な戦場でも彼らに隙は無かった。
「いくら投げても食べませんよ」
行く手を阻むアラレ屋の攻撃を軽くいなし、成海が戦場を突っ切る。
「ちまちましたのより、パリッと薄焼きの海苔煎餅のが好きなんで」
そう言って、飛びかかる先はアラレ屋――では無く、その向こうにいるタタリガミだ。
「それだけ動けんなら、つく杖もいらねぇだろ」
成海から打ち出された光の刃がタタリガミの傘に深く食い込んだ。淡い色がぐにゃりと歪み、へし折れる。ざわ、と空気が揺れる。不利を悟ったのか、アラレ屋の攻撃が激しくなった。がむしゃらに振り回し始めた煎り器からは、魔法のように溢れたアラレがまき散らされる。だが、飛びかうアラレの隙間をいとも容易く縫うように走り、聖羅が都市伝説へと肉薄した。
「悲しいかな、甘いアラレでは私の心を奪うことはできんぞ?」
聖羅の鋭い眼光は、向かってくるアラレの軌道を見切っていた。その身を掠めさせることすら許さぬまま間合いに入った聖羅は、『黒桜』を構えた。刃が、屋台の明かりを受けてぎらりと光った。
「私の銃弾と刃、そして殺意を腹一杯食わせてやろうか?」
言うが早いか、螺旋のごとく突き出された切っ先が、屋台ごと店主を貫いた。聖羅の一撃をまともにくらったアラレ屋が体勢を立て直す暇を与える灼滅者ではない。智慧のティアーズリッパーが切り裂き、同時に煉が赤い標識を振りかぶる。
タタリガミの、ああ、というため息のような悲鳴が聞こえた、ような気がした。無残にくずれて消えるアラレ屋。老婦人の手の中、深い皺が刻まれた細い指が握りしめられ、既に折れた傘の柄がミシリと鳴る。
灼滅者達の怒濤の攻撃を受け、ついにタタリガミは膝を折った。魔法の矢がまっすぐに自身を狙っている事を知っていても、逃げる事もできない。ジンザの無慈悲な一撃が、タタリガミを貫いた。
●
「終わった、な」
タタリガミの肉体がチリのように宙に溶ける。そのわずかな風に煽られて、聖羅の長い黒髪がさらりと揺れた。二体のダークネスが消え、夜の商店街は元の静けさを取り戻した。これでもう、深夜のアラレ屋について噂話が広がる事は無いだろう。至高の美味しさをもつ魔性のアラレも消えた。
「ん……どんなに美味しいものだったとしても、食べすぎないほうがいいよね。飽きちゃうだろうし、太っちゃう」
透流がしみじみと、けれど万感の思いを込めて言った。
残された戦いの跡は、皆で片付ければすぐに元通りになった。
「もう、壊れてるところは無いですね」
成海が辺りを見回す。ふんわりとただよう醤油の残り香だけが、灼滅者たちの心をくすぐる。
「……ちょっと、お腹が空いたかもなの」
「実はこっそり確保していたんだ」
智以子に応えて、煉が懐からそっとレトロな紙袋を取り出した。驚く一同の中、実は僕も、とジンザが続けた。
「お土産用に、と確保してみましたが、なんとか消えずに残ってくれたようですね」
「一体いつの間に……」
「こう見えて、忍者でしてね」
素直に感心した声を出す智慧へと、ジンザが笑う。
とはいえ、これも都市伝説の残り香のようなものかもしれない。いつまでその存在が残っているかは誰にも分からない。
煉が袋口を開けると、柔らかい香りが一層強くなった。良い香りのアラレに、白雛もつい目を向けてしまう。お嬢様にだって、小学生らしくお菓子が好きな一面があるのだ。
「本当に旨かったからな、折角だし、みんなで食べていかないか?」
そう言って、煉は灼滅者たちに笑いかけた。
作者:さめ子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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