銀鱗の刀

    作者:中川沙智

    ●東の果てにて
     秋風の冷たさが厳しい北海道本島の最東端、北海道根室市。
     最高気温は10度半ば、最低気温はそろそろ1桁に突入するだろう。
     端的に言うと、寒い。
    「くっそー……知床からこっちまで足伸ばしたの失敗だったかな」
     急激に冷え込んだ昨今の気候に身を震わせ、薄っぺらいジャケットの前を合わせた青年が呟いた。
     隣には似た身なりの青年がもうひとり。根室駅前で観光ガイドを開き視線を巡らせる。
    「だよなぁ。もう紅葉とかあるかと思ったら全然そんなことないし。つか閑散としてるし。美味いものっていっても、北海道らしいものはともかく根室っぽいものってなさそうだしな」

    「そんなことはない!!」

     突如として澄み渡る男性の声。青年たちは目を瞬かせる。
     つい声の主を探し振り返ると同時に、眉間にしわを寄せ口元を歪ませる。
     更に端的に言うと、変質者を見つけた時の顔だ。
     男性の声は少なくとも青年たちより年上、三十路に届くかどうかというところ。容貌は整っている。整った鼻梁、なだらかな頬。背も高く細身で、背筋を伸ばし姿勢もいい。
     が。
     肩ほどまで伸ばした銀髪を、白魚のような指先でさらり掻き上げてみせたのだ。
     見る限り顔立ちはどう考えても日本人。だがしかし、髪は地毛のような、気がする。
     服は体のラインにぴったりと添う銀色ライダースーツ。派手だ。
     顔を隠しているつもりなのか、目だけを覆うタイプのマスクをくいっと指で押し上げた。
     しかもそのマスク。
     庶民の味方、秋の味覚の魚。
     さんまではないか。
    「自己紹介がまだだったな。私はさんまをこよなく愛し、ゆくゆくはさんまで世界を制する者、『サンマン。』!!」
    「えっそれ最後の『。』までが名前なのか」
    「勿論だ!!」
     律儀にツッコミを入れた片方の青年に、ビシッと向けたのはひと振りの刀。
     これまた刀身が綺麗に青みがかった銀色、ついでにさんまを模している。確かに漢字で書けば『秋刀魚』だが、ある意味とても安直過ぎる。
    「確かに祭が盛んな9月には及ばないが、さんまの美味しさを感じるにはまだ遅くない!」
     さんまのかたな(仮)を振り翳し、誇らしげに言い放つ『サンマン。』……という男。
    「何より! 水揚げ量全国一のさんま漁もクライマックス!! 刺身で食ってよし七輪で焼いてよし。煮ても揚げても美味しく、尚且つリーナズブル!」
    「いやでも俺別にさんま食わないし」
     漫画にして描き表すなら背景に雷が迸るあの感じ。
    「ふざけるな! なぜ根室に来てさんまを食べない!?」
    「いや……さんまなら目黒とかのが有名じゃね? それに俺、そもそも魚苦手なんだよな。特に生魚とか全然駄目で」
     あー俺もそうかも、と頷きあう青年たち。
     徐々にスルー体制に入っているためか、彼らはサンマン。が肩を震わせていることに気づかなかった。
     せめてジンギスカンなら記念になるけどなーと青年が言ったところで、サンマン。が激昂した。
    「何を馬鹿なことを言っているんだ貴様ら!! 北海道に、しかも根室に来て魚が駄目だと? 生魚が食えないと? トロより極上の脂身を持つとも言えるさんまへの耐え難い侮辱だ!!」
     サンマン。は形のいい唇を引き結び、さんまのかたな(仮)を一気に振り抜く。
     青年たちは自らの目を疑った。

     降り注ぐのは、青空からやってくる――大量の、さんま。
     
     
    ●道東のさんまを知る者来たれ!
    「ぺんぎんってさんまを食べるんでしょうか」
     もしそうだったら可愛いですねぇと微笑みを浮かべる五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の姿に、灼滅者たちは何のために集まったのか忘れかけた。が、すんでのところで思い出す。
     本題に入るよう促され、姫子はこくり頷く。
    「そうでした。私の未来予測で、北海道は根室市にご当地怪人のダークネスが出現したことがわかったんです。皆さんには彼の灼滅をお願いします」
     根室のご当地といえばなんだろう。とぼんやり誰かが考えたところで、思考を先読みしたように姫子が説明を続ける。
    「さんま怪人です。名前は『サンマン。』だそうですよ」
     そうですか。
     説明を聞くことを終了しそうになる。
    「根室は……北海道は開けた土地が多いですから。適当な空き地を探してみてください。そしてさんまの会話を複数名でしてみてください。きっと話に乗ってきますから接触できます」
     もしかして寂しがりなのか。
     そんな台詞を誰かが呑み込む。
     技の説明をしますね、と姫子が言葉を紡ぐ。
    「新鮮なさんまのようにぴんとした、真直ぐな軌跡を描く『さんまキック』。さんまの残像が浮かぶ光線を放つ『さんまビーム』。さんまが水揚げされた様子を彷彿とさせる叩きつけ『さんまダイナミック』。あ、効果はご当地ヒーローの技と同じです」
     姫子は未来予測した内容を書きとめたメモを読みながら、首を捻った。
    「これでもダークネスですし、強いはずなんですけどね」
     でも無性に弱く感じるのはきっと気のせいだろう。
    「それと『さんまストライク』という技があるそうです。効果としては日本刀の月光衝に似ているようですが……まぁ、刀の形がさんまですからでしょうか。衝撃波の代わりに無数にさんまが発射されるんです。あ、結構痛いみたいですよ」
     灼滅者の誰かが想像した。
     遠く目を逸らした。
     想像したくなかった。生っぽいし。
    「皆さんで力を合わせればきっと灼滅出来ます。頑張ってください」
     姫子の朗らかな笑顔が眩しくて痛い。
     大事なことを言い忘れていました、と姫子が手を叩く。
    「あ、北海道に行くならあの有名な動物園にも寄って、ぺんぎんの写真を撮ってきてくださいね」
     誰か姫子に言ってやってほしい。
     それ、依頼の趣旨と違う。


    参加者
    八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)
    結音・由生(夜無き夜・d01606)
    茅野・芳樹(優しさを力に変えて・d03155)
    水無瀬・京佳(あわいを渡る片翼・d06260)
    巴津・飴莉愛(ご当地ヒーロー白鳩ちびーら・d06568)
    秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)
    風魔・こなた(ギャグ忍者ヒーロー・d08526)
    蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)

    ■リプレイ

    ●花咲ガニといえば鉄砲汁!!
     北海道の秋は、短い。
     夏が終わると気温は急転落下。木々が紅葉に染まりきらないうちに雪がちらつき始めるのだ。冬の気配を帯びる風は、実際の気温以上に身を縮ませる。
     そんな北海道で満喫できる秋といえば、『食欲の秋』。
     人気のない広場で灼滅者たちが囲んでいたのは七輪だった。既に火も入り、網も乗せられている。防寒用兼料理用、として結音・由生(夜無き夜・d01606)が用意したものだ。
     自然、話題は七輪の上に乗る食材へと移る。
    「秋と言ったら、やっぱりさんまは欠かせないわね」
     木炭の上で火が弾ける様子を眺めていた秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)の呟きに、灼滅者たちがそれぞれ頷いた。
     まずはご当地怪人サンマン。をおびき出すことを先決とし、彼らは口々にさんまを話題に上らせる。
    「秋になったら爺ちゃんと七輪で焼くのが楽しみだったよ」
    「何よりお値段が良心的なのが助かるわ」
     表情を緩ませ想い出を反芻する八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)の隣で、水無瀬・京佳(あわいを渡る片翼・d06260)が現実味に溢れた発言をする。流石は趣味を節約と言うだけのことはある。侮りがたい。
    「そうだね、さんまは好きだよ。竜田揚げに、お造りに、塩焼き」
     指折り数えながらさんま料理を思い浮かべるのは巴津・飴莉愛(ご当地ヒーロー白鳩ちびーら・d06568)だ。 
    「折角遠くまで来たんだから、美味っしいのを食べたいな」
     美味しい、という台詞に力を籠め大きな銀の瞳を輝かせる。
     ちらり。
     視界の隅で銀色の何かが動く。
     灼滅者たちは大体それが何か想像出来ているのだが、敢えて無視――もとい対応を保留しておく。さんま談義に花を咲かせていればもう少しで姿を現すだろう。
     スカジャンを羽織り、茅野・芳樹(優しさを力に変えて・d03155)は観光客然とした姿で興味深げにあたりを見渡す。実際彼の出身は宮崎県だから、観光で来ましたと言っても半ば相違ない。
    「美味しいの、いいねえ。この時期はやっぱりさんまかな~? 塩焼きにするなら大根おろしと醤油は欠かせないかなあ」
     ちらりちらり。
     視界の隅の銀色の何かが、正直ちょっとウザい。
     物陰に潜んでいるつもりなのだろうがバレバレだし、第一何だかとってもさんまの話をしたそうに目を輝かせているのだ。ダークネスとはいえ成人男子と思しき男が様子を伺いながらうずうずしている姿は、ツッコミどころ満載だ。
     ともあれもうひと押し、と蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)が一息溜めたのち、明るく言い放つ。
    「さんまって本当に美味いよな!」
    「ああそうだ美味いのだ!! 少年たちよ、よくぞ崇高なさんま魂を理解してくれた!!」
     猛ダッシュで銀色が近づいてくる。男は両手を広げとてもいい笑顔を浮かべ、バーンと登場してみせた。
     エクスブレインの姫子から聞いた通りの姿。美形と言ってもいい程の容貌だというのに、肩まで伸びた銀髪に銀色ライダースーツ。腰に帯びた日本刀は恐らくさんまのかたな(仮)だろう。
     そしてさんまのマスク。
     サンマン。に間違いなかった。
    (「……聞くのと見るのとじゃ、衝撃具合が違うわね。やっぱり」)
     京佳はつい顔を顰めてしまう。
     さんまは確かに美味しい魚だ。けれどサンマン。の格好を見れば食欲が減退してしまう。それどころかさんまを貶めている気さえするのだから、傍迷惑だと密かにため息を零した。
     風が吹いて枯葉が舞う。サンマン。と対峙して体感温度が下がった気がする。七輪もかたなしだ。
     灼滅者たちもそれぞれで寒さ対策をしているのだが、それとこれとは別問題。風魔・こなた(ギャグ忍者ヒーロー・d08526)などはカイロを大量に準備していたというのに。
     こなたはカイロをもうひとつ懐に忍ばせたのち、お主の言うことはわかるぞとサンマン。に話しかけた。
    「いやぁ、やっぱりさんまはいいでござるな。あの尖った顔、美しい銀の鱗、優美な尻尾。素晴らしいでござる」
    「ふはははは! そうだろう素晴らしいだろう!!」
     得意げにサンマン。はドヤ顔をする。腰に両手を当てて高笑いする勢いだ。
    「でもやっぱり鰹が一番でござるな」
     ふっ、と遠い目をしながらこなたが呟くとサンマン。が硬直した。
    「所詮さんまでござるし」
     何かにひびが入ったような音がした。
     そして何かが切れる音も。

    ●鮭といえばちゃんちゃん焼き!!
    「貴様ああああ!? 何だその褒めて上げて垂直落下させんとするその態度は!! さんまが他の魚に負けるわけがなかろう!!」
     先程までの友好的な様子と打って変わって、サンマン。はこなたへの敵意を剥き出しにして叫んだ。他の灼滅者たちも臨戦態勢をとりながらさりげなく口を挟む。
    「オレ、青魚好きだから、連絡くれたらさんま食べ放題とかに来たんだけどねえ」
     芳樹はスカジャンを脱いでタンクトップ姿になる。
    「星の輝き! スターグリーン☆ 推参☆」
     腕組みを決めれば芳樹の変身ポーズ。流石のサンマン。もご当地ヒーローの変身シーンは邪魔しない。悪役とヒーローのお約束、かもしれない。
     サンマン。は素直にも顔に喜色を浮かべた。
    「そうか! それは惜しいことをしたな。先月であれば祭でさんまつかみ取りもあってなこれがなかなか盛況で」
    「でもさんまの他にイクラも食べたい! えっと鮭もいいなあ」
     褒めて落とす再び。芳樹の言葉のノリが軽い分勢いよくサンマン。の心を突き抜けた。
    (「いつかまた出会うことになるんだろうなとは、思ってたわよ?」)
     実は紅葉は少し前にも別の地方でさんま怪人と対峙し、灼滅していた。だがこんなにすぐ、違うさんま怪人に会うことになるとは予想してなかったのだ。
    「まぁ……何度来ようとも、やるべき事は変わらないわね」
     ご当地を愛する心こそがパワーの源。だからこそ負けられない。バトルオーラを纏い、紅葉は拳をサンマン。に向けた。
    「ご当地の味覚……荒らす者に、容赦しないわよ」
    「それはこちらの台詞だ! さんまを侮る者はさんまに屈する! 覚えておくがいい!!」
     こうして観光客と変質者、もとい灼滅者とダークネスの戦いが始まった!
    「自慢の名産を共有したいのはわかるけど、それは押し付けるものじゃないさ」
     先手を取り駆け出した朔花のご当地は、北九州の八幡。
    「行き過ぎたご当地愛は止めてやんねーとな!」
     八幡は製鉄の街だ。懐に滑り込み、その鉄の意志を宿しサンマン。の腹を蹴り上げた。同時に紅葉が鮮やかな服の袖を翻し、霊光を拳に集束させ連打の構えを取る。
    「この一撃を……見切れるかしら?」
     見事に炸裂した八幡キックと閃光百裂拳がサンマン。の鳩尾に入る。
    「何ィ!?」
     鈍い音が響き吹っ飛びそうになるが効果上の演出だったようで、サンマン。はどうにか踏みとどまった。奥歯を噛み締めている。
     マスクの奥の目が、光る。
    「くく……やるではないか。これは私も全力で相手をせねばなるまいな!」
     サンマン。の悪役スイッチ入りました。いや失礼ダークネスだった。
    「いや。理由を聞かないで闘うのは、オレの趣味じゃない……まずは、彼の主張を聞いてみようか?」
     攻撃を重ねようとした仲間を手で制し、ライドキャリバーの陸王に騎乗した芳樹が問う。ちなみにこの陸王、グリーンのラメと星が散りばめられていて派手だ。
    「ふ……主張? 理由だと? 愚問だな」
     抜刀したサンマン。は刃を灼滅者たちに向ける。秋の日差しに刀身が冴え冴えと煌いた。
    「私はさんまをこよなく愛し、ゆくゆくはさんまで世界を制する者! その崇高な使命を全うするのみよ! 自己紹介していなかったが私の名は『サンマン。』、そしてこの刀は幾匹ものさんまを三枚おろしにしてきた名刀『歯舞』だ!」
     そうですか。
     まぁいいか、どうにせよ倒すつもりだったし。
    「御託はここまでだ、行くぞ!!」
     さんまのかたな(仮)、もとい名刀『歯舞』に蒼い光が宿る。さんまを模した刀の、目のあたりが妙に澄んだ輝きを放った。新鮮な証拠だ。
     攻撃が自分に向けられたことに気づき、こなたはキリッとサンマン。に向き直る。
    「よし分かった!……話しあおう」
     こなたは小さな身体で精一杯胸を張った!
     しかしサンマン。には効かなかった!
    「食らえ! さんまビーム!!」
     蒼光がさんまの残像に姿を変え、鋭くこなたの身体を撃ち抜いた。若干雑魚っぽい弾かれ方で地に膝をつく。
     危機を察知し声を張り上げたのは飛鳥だ。
    「さんまより美味い魚もいっぱいあるしなー! 秋の味覚って意味でも、果物や茸とかに一歩及んでない感じだよな!」
     恐らくさんまキックを繰り出そうとしたのだろう、片足を上げたままのサンマン。が飛鳥を睨み付ける。
    「及ばぬだと!? 貴様の目は節穴のようだな! 秋の味覚と言えば何より」
    「飛べ、白鳩」
     サンマン。の台詞を遮り、飴莉愛が放ったサイキックエナジーの光輪が白い軌跡を描く。飛鳥に気を取られたサンマン。の肩を大きく抉る。
    「魚は海鳥の餌だ。貴殿もさんまも捕食されるものよ」
     カモメが飛んでいく。ようやくサンマン。も足を下ろした。
    「ふふふ……やるな少年少女。だがそれもこれまでだッッ!!」
     視線を伏せていたサンマン。が低く呟き、名刀『歯舞』を大きく旋回させる。
     海の偉大なる力に満ちた、鋭い一閃が放たれようとしている。

     灼滅者たちの誰もが予感していた。
     『アレ』が、来る。

    ●さんまはどうやって食べても美味い!!
    「さんまぁぁぁぁストライイイイイクゥゥゥゥ!!!!」
     うわダサくてキモい。
     胸中で京佳が呟いたのも無理はない。サンマン。の形相が人外そのものだ。いや失礼ダークネスだった。
     襲い来る大量のさんまの群れ。しかも、この輝き――確実に、生の状態だ。
    「痛いわ生臭いわ……こんな時どんな顔をすればいいかわからねぇんだ」
     哀愁を湛えた朔花に、誰か笑えばいいんだよって言ってあげて欲しい。
     しかもすかさず二連撃を繰り出され、その範囲は灼滅者たち全体に及んでいた。これ以上重ねられると流石に体力が持たない。
    「待ってたぜ、さんまストライク……! 俺がひとつ残らず美味しく焼いてやる……!」
     一足飛びで飛鳥はサイキックソードに炎を纏わせ、サンマン。に斬りかかった。
    「喰らえっ! いや、むしろ俺が食うっ!!」
     サンマン。の名刀『歯舞』を薙ぎ払い、どうにかさんまストライクを止めることに成功する。どことなく馨しい、さんまの焼ける匂いが漂う気がした。
    「お、恐るべしサンマストライク……!」
     さんまストライクの直撃を受け倒れたこなたは、何かをやり遂げた漢の顔。が、すぐに起き上がる。とはいえ一番傷が深いのもまた事実。
     その姿を見止めた紅葉はサンマン。に向き直り言い放った。
    「正直、さんまより鮭の方がイクラもあってお得な気がするのよね」
    「貴様もか! 貴様も鮭派だというのかッッ!?」
     その隙に天使の如き天上の歌声を響かせたのは京佳だ。優しいメロディはこなたの負った傷を柔らかく包み癒していく。元より皆の回復主体に動くと決めた。誰も倒れないようにするのが役目と心得ている。
     それにしても。
    (「あのさんま、本物かしら? そうだったら食費浮くのだけど」)
     京佳は地面に横たわるさんまに視線を向ける。戦闘中でも家計のチェックは怠らない。
     一方で由生もさりげなく損傷の少ないさんまをそっと隅に除けている。どうやら本物らしい。
     由生はサンマン。に向け、ぽつりと言葉を紡いだ。
    「さんまの美味しさはわかりますがサンマン。さんの名前のセンスはわかりません」
    「何ィ!?」
     聞き捨てならない言葉だと、サンマン。は由生の顔を見据えた。
    「だって、庶民の味方のさんまが3万円もするみたいに聞こえますっ。苦学生に喧嘩売ってます!」
    「何……だと……!!」
     漫画で描き表わすなら1ページ全部を使った衝撃のシーン。
     手にした名刀『歯舞』が音を立てて地面に落ちた。余程ショックだったらしい。
    「そんな馬鹿な! 私はさんまの素晴らしさを全世界に広める者。それがこの名のせいで伝わっていない……だと……!?」
     それにいくらなんでもその格好はちょっと、と京佳が付け足す。耳に入っていたかどうかは別だが。
    「さんまのおいしさを伝える戦いではなく、武器とした時点で敗北は決まっていたのですよ」
     鮮血に似た緋色の霊光を宿し、由生の放った矢が大きくサンマン。の胸を貫く。
     戦況は灼滅者側に大きく傾いた。
     芳樹のライドキャリバー・陸王が突撃し、連携した芳樹自身も田の神さあダイナミックでサンマン。を持ち上げ大爆発を起こす。もはやサンマン。は満身創痍だ。
     静かに瞼を伏せた飴莉愛は胸中で噛み締める。
    (「本当にさんまを愛してるなら、知らない人にこそ伝えなくちゃ。そこで怒るのは一番ダメ。――だから私が、お兄さんを討つ」)
     瞳を開いた時には、土地神としての強い意志が全身に漲る。
    「さらばだ、堕ちたる者よ」
     白い翼を翻すが如き、カモメキックを鋭い足捌きで繰り出す。
     盛大に食らったサンマン。は大空へ飛ばされていく。その表情はどこか清々しい。
    「はははは!! 私がここで倒れても、さんまを愛する者がいる限りさんまで世界を制する者は必ずや出現するであろう!! さらばだ!!」
     サンマン。は文字通りお星様になった。
     流れ星になり海に沈んで、二度と浮かんでこなかった。
      
    ●アイスクリームは冬のストーブの傍で!!
     かくして根室の平和は守られた。
    「来る途中で安いさんま買ってきたんですよ」
     サンマン。さんも誘おうと思ったのに、と由生は肩を落とした。が、手早く七輪の火を焚き直すあたりそつがない。
     さんまストライクで無事だったさんまは少なかったが、折角なので食べましょうという彼女の提案に否という者はいない。
     炭火で焼かれるさんまの香りは食欲をそそる。戦闘後のお楽しみ時間の始まりねとおにぎりを持ち出す紅葉も準備がいい。
     皆で満喫するから、尚更美味しく感じる。何よりの平和の証だ。
    「サンマン。……お前の事は忘れても、根室のさんまの美味さは忘れないぜ!」
     飛鳥は海へ眩しい笑顔を向ける。サンマン。は忘れられること、確定。
    「次は動物園だね。未来予測に逆らうと危険なんだよ」
     ホントは違うって知ってるけど、と言いつつ飴莉愛の提案に歓声が上がる。
    「姫子先輩が言ってた動物園だな! 土産でも買って帰るかね」
    「ぺんぎんの写真でいいんじゃないかしら」
     朔花の言葉に京佳が告げ、すっかり観光気分で盛り上がる灼滅者たち。
    「ぺんぎん撮って帰るでござる」
     こなたはさんまをもぐもぐ食べながらも、カメラもしっかり用意済み。
     ご当地ヒーローの面々が多いため、ガイアチャージもと話題は尽きない。

     灼滅者たちの旅は、まだまだ続く。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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