全自動温泉へようこそ

     夜の大学の構内に、神御名・詩音(神降ろしの音色・d32515)達の靴音が響く。
     もうすぐ学園祭。あちこちに各サークルの立て看板やポスターを見る事ができる。
     今はその準備期間という事もあり、この時間まで準備に勤しむ学生の姿もちらほら見える。
     詩音が案内したのは、サークルの部室がある棟だった。
    「ここに今は使われていない部室があって、夜遅くに前を通りがかると、開いた扉から無数の手が伸びてくる……そんな噂があるんです」
     階段を昇りながら、詩音が説明する。
    「その手は、こちらの服を剥ぎ取って、それから……」
     一拍置いた後、
    「……温泉に引きずり込んでしまうんだそうです」
     元々その部室を使っていたのは、温泉同好会だった。温泉へ飽くなき執着心が、同好会が解散した今も部室に残り、都市伝説となったのだろうか。
    「なんだか、よこしまなものを感じるのは私だけでしょうか」
     大丈夫、多分みんな思ってる。
     この都市伝説、『全自動温泉の怪』の本体は、移動可能な小さな温泉。水中から伸縮自在の腕を何本も伸ばす事ができ、その脱がせテクは鮮やかそのもの。まるでイリュージョン。
     なお、温泉は底無しらしく、一度引きずり込まれれば二度と這い上がってくる事はできないという。そこはちゃんと怖い。
    「都市伝説を確認し次第、脱がされて引きずり込まれる前に反撃してしまいましょう。得体の知らない相手に脱がされるなんていやですから」
     『全自動温泉の怪』は、【捕縛】や【服破り】の効果を持ったサイキックを扱う。
     他にも熱い湯をぶっかけてくるらしいが、普通の温泉と違ってろくな効能があるとは思えない。となると、【炎】あたりのバッドステータスも念頭に置いておくべきか。
    「温泉に入るにしても、服を脱がせるにしても、情緒というものがなくてはいけません。無粋な都市伝説は灼滅してしまうに限ります」
     やがて詩音の行く手に、件の温泉同好会の部室が見えてきたのだった。


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    秋風・紅葉(女子大生は大人の魅力・d03937)
    黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)
    刑部・みさき(蒼星の夜凪を揺蕩うマーメイド・d20440)
    水無月・カティア(仮初のハーフムーン・d30825)
    神御名・詩音(神降ろしの音色・d32515)

    ■リプレイ

    ●その温泉、底なし、効能なし
    『だいじょうぶですか?』
     刑部・みさき(蒼星の夜凪を揺蕩うマーメイド・d20440)のホワイトボードに書かれた言葉を見た皆は、一様に複雑な表情になった。
     ここのところみさきは、黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)から変な都市伝説の依頼に呼ばれては、毎回アレな目に遭っている。確認したくなるのもうなずける。
    「えと、こういう依頼に縁があるの、多分私のせいではないと……思いたいんですけど……」
     いちごはそう弁解するものの、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)も、警戒するような視線を注いでいる。ラッキースケベの神様は、今回も降臨なさるのであろうか……?
    「っていうか、詩音さん何見つけてるんですか……? 確かに温泉は服脱ぎますし、手ぬぐいもお湯につけちゃいけないのはわかりますけど、何か違いますよね? ね?」
    「底なし温泉だとくつろげないので、遠慮不要ですね。灼滅しましょう」
     水無月・カティア(仮初のハーフムーン・d30825)の指摘というかツッコミを、神御名・詩音(神降ろしの音色・d32515)がスルーした。さらっと。
     ともあれ。
     件の部室を目指し、大学構内を進む一行。廊下の左右に置かれた雑多なアイテムが、学祭前独特の雰囲気を醸し出している。この先に、温泉の怪異が待っているとはとても思えない。
    「脱がせテクが鮮やかって辺りは、温泉好きっていうより、もうよこしま以外の何物でもないよね」
     遠い目をするのは、制服の下に水着(学校指定)という万全の態勢で挑む墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)。
    「確かにそうだよね。学校の部室に温泉って、響きだけは素敵な感じだけど。不健全な都市伝説は懲らしめてやるんだから!」
     そう意気込む秋風・紅葉(女子大生は大人の魅力・d03937)の足元で、サモエド霊犬のマカロも一吠えした。
     一応、服の中の水着を確認する緋頼。経験則からして、『そっち方面のとらぶる』に関しての敵は都市伝説だけではない。備えをし過ぎるという事はないはずだ……。
    「濡れるかもしれないから水着を着ていくというのは分かるけど、服を脱がされても平気なように水着を着るっていうのは、気概が足りてないわね」
     すると、水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)が、自信ありげに言った。そのココロは、
    「何かされる前にやってしまえば、問題ないのよ」
     ……殺る気だ。
     そして皆が足を止めたのは、『温泉同好会』という手書きの紙が貼られた一室。紙はすっかりくたびれ、変色している。人の出入りがなくなって久しいようだ。
     そう、誰もいるはずがないのだ……。

    ●強制ホットスプリング
    (「ホントに、大丈夫だよね……」)
     無理やり自分を納得させるみさき。底なし温泉は、単純に怖い。
     そんな皆の不安というか、自分への疑念を払拭したい。かばうように前に出るいちごの背後に、さりげなく隠れる紅葉。
    (「まあ、私も無理やり脱がされる女の子見るの嫌いじゃないし? 良い感じに他の人を盾にすれば大丈夫かなあ?」)
     紅葉ったら悪い子。
     すると。
     ばたんッ!
     風もないのに、勢いよく扉が開いたかと思うと、中からぬるりと腕が伸びてきた。男女の別などわからないそれを払いのけると、一同は室内に踏み込んだ。
     むわっ。白い湯気と硫黄の匂いに満ちる室内に、由希奈と緋頼はさりげなく視線を走らせた。
     緋頼がサウンドシャッターを使い、詩音が素早く施錠。その間襲われないよう、カティアが注意を払う。部屋の奥にある『それ』に。
    「なんだか不思議な相手ね」
     『風景』とでもいうべき敵を間近にして、鏡花が怪訝な顔つきになる。
    『全自動温泉の怪』は、詩音の話にあった通り、温泉のミニチュアといった趣だった。。
     温泉好きの鏡花としては若干、興味が湧く。しかし鏡花は、魔導槍をスレイヤーカードから取り出すと、
    「いまいち手ごたえがなさそうだけれど。ま、撃ち抜けば問題ないわね」
    「色々とハプニングが起きる前に倒しちゃうよ!」
     黙っていれば、脱がされ、温泉に引きずり込まれるだけ。言うが早いか、由希奈は回し蹴りを繰り出した。温泉を縁取る岩が、砕けて散った。
    「詩音さんを脱がすのは許しませんからね!」
     武器を融合させた片腕を、ありったけの力で叩きつけるカティア。
     皆の盾として、部屋を駆ける詩音。と言っても、カティア以外にあられもない姿を見せるつもりは、毛頭ない。
     無論、『全自動温泉』も黙っていない。湯の中から10を超える腕を生やすと、一斉に襲い掛かったのである。

    ●熱闘! 熱湯?
     湯に入る前に服を脱がしてやろう、という算段か。
     だが、由希奈がダイダロスベルトを壁の突起にひっかけ、引きずり込もうとする手をかわした。先ほど部屋を確認していたのはこのためだ。
     しかし、一本の腕が、由希奈の服の裾をつかんでいた。他の腕も殺到し、バランスを崩す由希奈。
    「って、それ引っ張られたら見えちゃいけない所が見えちゃうから!?」
     運悪くその下に、回復のためにいちごが近づいていたから、さあ大変。
     どすん! 落下した由希奈に押し倒されるいちご。
    「いたた……だ、だいじょう……ぶ? ……って」
     顔を圧迫する2つの膨らみが由希奈の胸だと気づいた途端、いちごの体温が急上昇した。
    「!?!?」
    「きゃぁぁぁっ!? やっぱりこうなっちゃう!?」
     恐れていた事態が現実に。
     皆がおののく中、『全自動温泉』は、詩音をも手にかけようと迫る。
     しゅるり。服を破ることなく次々と脱がしていく様は、まさに超絶技巧。しかも、ちゃんと服は畳んで置いておくというサービスっぷり。
     それはいいが、服を失ったという事は、
    「詩音さーん?!」
     カティアが悲鳴を上げた瞬間、差し込む謎の光!
     思わずチラ見する紅葉。その間、ダイダロスベルトはちゃんと仕事してた。
    「カティアさん、お願いします」
    「くっ、間に合ってください私の理性!!」
     詩音に請われ、カティアがダイダロスベルトでその身を隠すものの、あんまり密着するとよろしくない。何せ詩音の肢体は、実にエロ……もとい魅力的だ。
    「ありがとうございます。それでは」
    「えっ、攻撃し続けるんですか!? ちょっ、そんなに激しく動くと目で見ないと隠し切れな……わーわーわー!!」
     『全自動温泉』をボコり続ける詩音の動きに合わせようと、わたわたするカティア。
    「あれ今何か柔らかいものに触れたような」
    「カティアさんでしたら無問題です」
     そうなのか。
    「ぁぁ~……♪」
     早速被害が拡大する中、みさきの天使の歌声が、皆の癒しだ。
     一方、皆のきわどい姿をちゃっかり堪能する緋頼。
    「これもある意味温泉の醍醐味ですね……眼福眼福」
     だが、呑気な事も言っていられない。鋼糸を操ってアクロバティックに逃れつつ、腕をまとめて縛り上げる。
     仲間の危機を救いたいのは、いちごも同じだ。だが、『全自動温泉』がぶちまけていた熱湯が、その足をすくった。
    「あっ」
     滑った先には、妖冷弾を放った直後の鏡花。
     むにゅん。
     いちごの掌が、柔らかい物体をつかむ。
     ぴきっ。そんな音が室内に響いた気がした。
    「あ、あの……これは……ですね?」
    「せっかく距離を取っていたというのに……良い度胸ね。覚悟はできているかしら?」
     いちごが飛びのいた直後、その空間を鏡花の魔導槍が薙ぐ。
     いちごの前科を加味すれば、容赦の必要は……ない。

    ●隠れた効能、露出と疲労
    「おー! 女の私から見てもエロ過ぎる!」
     次々『全自動温泉』の毒牙にかかる仲間達を前に、はしゃぐ紅葉。湯気仕事すんな。
    「って、あれっ……? そういえばいちごさんって男の子じゃ……きゃー!」
     紅葉がその事実に気づいた瞬間、熱湯がお見舞いされた。ポニーテールがびしょ濡れだ。
    「こ、来ないでーっ!」
     なんやかんやで露わになった下乳を、片手で隠す由希奈。もう一方の腕を鬼神化すると、温泉に叩きつけた。
     だが、負けじと魔手は、灼滅者達を狙う。もっと脱がせろ……もとい、温泉を堪能させてやる、と。
    「きゃー!」
     緋頼が服を脱がされるが、下は水着。むしろ敵に見せつける勢いで、反撃のマジックミサイル。
     けれど、本当の悲劇はここから。
     悲鳴を聞きつけ駆け付けたいちごが勢い余って衝突。その拍子につかんだのは……緋頼の水着だった。
    「ご、ごめんなさい」
    「……っ!!」
     声の出ない叫びと共に、緋頼がいちごを投げ飛ばした。鮮やかな技であった。
     壁に叩きつけられたいちごが、殺気を感じ取る。ビハインドのアリカが、霊力を蓄えた手をこちらに向けているような……。
    「いやアリカさん! 敵はあっちですからっ?!」
     カオスな状況の中、みさきが回復の旋律を奏でていると、いちごが視線を露骨に逸らしたのが目に入った。
    『どうしました?』
    「あ、あの見えちゃいました……すいません」
    「……ぇ」
     みさきは、いつの間にか全裸化していた。
    「……っ!?」
     みさきの悲鳴は、声にならず。熱気のせいで、気づくのが遅れたようだ……!
     Eカップの胸こそホワイトボードと腕で隠すものの、それ以外の『見られたら恥ずかしいなあ』と思う部分は……。
    『きがえありませんか?』
     半泣きで、いちごに助けを求めるみさき。女子に頼むべきなのだろうが、みな自分の事で手いっぱいだ。
    「ちょっと! お湯で肌に服が張り付いたまま脱がすなんてエッチ過ぎるって! 下着見えちゃう! この怪人、変な動画見すぎだってば!」
     紅葉もいっぱいいっぱい。しかも暴れた拍子に、足がつるり。
    「わわっ!?」
     とっさにいちごが紅葉を支えようとした手は、またしてもあらぬ場所をつかむ。
     そこに、熱湯が浴びせられれば、服はもう透け透けで……。
     謎の光と白い湯気、大活躍。
    「わー、阿鼻叫喚だー」
     繰り返される惨劇。カティアも棒読み。
    「とりあえずお仕置きです」
     一応諸悪の根源である『全自動温泉』に、詩音のスターゲイザーが突き刺さった。底なしであるはずの水底を貫通した直後、鏡花がミサイルを発射した。ほとばしる魔力で、雷を帯びている。
     鏡花の爆撃を受けた温泉は、音も無く霧散し、ついに消滅したのだった。
    「ふう、終わりましたか……。あの、誰か着替え持ってませんか?」
     紅葉と肌を隠しあいながら、緋頼は思う。これも、皆のハプニングを楽しもうとした罰なのだろうか、と。
     ようやく落ち着いて来たみさきも、帰ったら恋人に慰めてもらおうと心に決める。
    「熱湯で濡れてしまったし、皆も早く着替えた方がいいわ」
     自前の着替えを取り出す鏡花に促され、みんなに着替えを配る詩音。
    「カティアさんには毎回お世話になってて、何かお返しでもしなくちゃと思うのですが」
    「いえ、あの、いつも頂いてますので、ありがとうございます、詩音さん」
     それより早く着替えてほしい、と思うカティアである。
     ようやく着替え終えた一同は、部屋の片隅が淀んでいるのを見つけた。淀みの源は、由希奈だった。
    「うう、またやっちゃった……」
     しかし、皆は慰める。誰かさんに比べれば可愛いものよ、と。
    「誰かさんって私ですよね!? って皆さん、なんで目を逸らすんですかっ!?」
     土下座していたいちごの訴えは、湯気のようにはかなく消えた……かも?

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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