ずっと待っているから

    作者:篁みゆ

    ●待ち続けるのは
     とある町の片隅、ゴミ捨て場と指定されている場所には、曜日ごとに様々な種類のゴミが出され、そして回収されていく。時折、その曜日のものでないゴミが出されるなんてトラブルもあるようだけれど。
    「来てくれてありがとうございます」
     そう告げてゆっくりと頭を下げたのは、天束・織姫(星空幻想・d20049)だ。
    「私が調べた結果、都市伝説を発見することができました。ぼろぼろのうさぎのぬいぐるみの都市伝説です」
     織姫が言うには、この近くのゴミ捨て場に、ゴミが回収された昼下がり以降にある条件を満たした人物が通りかかると、ゴミのないゴミ捨て場にくたりとしたぼろぼろのうさぎのぬいぐるみが出現するという。
    「ある程度大きくなった子どもに、『もうそんなもの卒業しなさい』『汚いから捨てなさい』などと告げて、子どもが大切にしていたおもちゃやぬいぐるみなどを捨ててしまう親がいるようです。もちろん、そうでない親もたくさんいることは知っていますが」
     この都市伝説は、捨てられてしまってもなお、主人を待ち続けているのだという。
    「都市伝説は小学校3年生以下の少女、または背中ほどまでの長い髪を持つ女性が通りかかると、ゴミ捨て場に姿を現します……といっても、その時点では何をするでもないのですが」
     条件を満たす者がぬいぐるみに気づかず、あるいは気づいても無視して通り過ぎてしまうと、動き出して背後から襲うのだ。
     反対にそのぬいぐるみに気がついて足を止め、ぬいぐるみに語りかけたり手にとったりすると「ドウシテ捨てたの?」と襲い掛かってくるという。
    「ぬいぐるみの出現条件から考えると、小学校3年生以下の少女の場合は捨てられた直後、それ以上の年齢の女性の場合は、捨てた少女が成長した姿だと思っているのかもしれません……あくまで私の推測ですが」
     囮を立てて都市伝説を出現させるのがいいだろうと織姫は告げる。
    「現在確認している都市伝説の攻撃方法は、噛みつきと引っ掻きです」
     ただしこの都市伝説は一般人には脅威ではあるが、灼滅者たちにとっては軽く倒せる敵のようだ。よほどのことがない限り、苦戦することはないだろう。
    「あとこれは提案なのですが、任務後にこの近くにあるお店に寄ってみませんか?」
     織姫が言うには、そこは汚れたり壊れたて捨てられそうになった人形やぬいぐるみ、フィギュアなどを洗濯や消毒などで綺麗にしてリペアするお店らしい。完全に元には戻らないものは、アレンジされて上手にリメイクされるようだ。そして、彼らは新たな主人を待っているという。
     ぬいぐるみなどの他にも、直せる範囲でいろいろなおもちゃを直してあらたな引き取り手を待っているらしい。
    「新しいものも心躍りますが、古いものを大事に使うのも素敵なことだと思うのです」
     そこで言葉を切り、織姫は目を伏せる。
    「もしも、都市伝説の持つ悲しみを癒やしてあげることができれば、戦わずに済ますことができるかもしれないと思うのですが……」
     考えるように告げて、織姫はよろしくお願いしますと頭を下げた。


    参加者
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    天束・織姫(星空幻想・d20049)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)
    新堂・柚葉(深緑の魔法つかい・d33727)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)
    禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)
     

    ■リプレイ

    ●寂しく待つ時間は
     昼を過ぎて日差しが暖かくなる反面、冷たい風が集った灼滅者達の肌を撫でていった。その冷たさが都市伝説の持つ寂しさや悲しみのようにも思える。都市伝説のぬいぐるみは、寂しさと悲しさで凍え気味なのかもしれない。
    (「捨てられた悲しみは、人もヌイグルミも同じだということなのしょう」)
     何かに納得するように心のなかで呟いたアリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)は、同じく心のなかでかぶりを振る。
    (「ですが、傷つけていい理由にはなりません」)
     閉じた左目、片眼鏡をつけた右目。ジト目の彼女は思いを表情には乗せず、百物語を発動させる。
    「助けた亀……お聞きください」
     語りを聞きながら、ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)はある光景を脳裏に浮かべていた。
    (「ボロボロのウサぐるみ、かぁ……なんだか、誰かさんに似てる、かも」)
     はふ、と思わず息が漏れる。何故かウサミミメイド服が流行っていたクラブ。老若男女問わずウサミミだった。だから、ボロボロのうさぎのぬいぐるみが……闇堕ちした友達に見えて仕方なくて。
    「私では少し年上すぎるでしょうか……囮は他の方にお任せしますね」
    「あたい、髪短いからね。ウサが出てくるまで、待ってる!」
     禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)の言葉にミカエラはハッと我に返り、いつもの明るい様子を作り出す。でもそれは、少しさみしそうにも見えた。
    「それではフラグメントさん、参りましょうか」
     囮となるべく天束・織姫(星空幻想・d20049)がアリスに声をかける。頷くアリス。そしてゴミ捨て場へと向かうふたりを見守る仲間たち。
     並んで歩くふたりはまるで姉妹のようにも見える。都市伝説には一体どのようにみえるのだろうか。
    「あ……」
     アリスが抑揚のない声を上げる。ほぼ同時に織姫もそれに気がついた。うさぎの、ぬいぐるみ。
     薄汚れて元の色がわからない部分も多くて、所々破れて中から綿がはみ出していて。寄りかかってすらも座ることができないほど、くったりと弱ったそれは、そんなになるまで大事にされた証拠。織姫はゆっくりとうさぎの前でしゃがみ込み、両手で優しくうさぎを抱え上げた。
     ――ドウシテ捨てたの?
     織姫が言葉を紡ぐより早く、泣きそうな声で問うて、うさぎは織姫の腕へと噛み付いた。

    ●痛みと悲しみと
     サウンドシャッターを展開した新堂・柚葉(深緑の魔法つかい・d33727)を始めとし、近くで待機していた仲間たちが駆けつけてくる。
     ――ワタシはモット一緒にいたかったのに!
     噛まれた痛みで緩んだ織姫の手から華麗に抜け出したうさぎが再び織姫を狙う。だがその間に割って入ったのは、皇・銀静(陰月・d03673)だった。
    「っ……」
     銀静は腕で受けたうさぎの噛みつきに、ごく小さな呻きを上げた。だがそれは痛いからというよりも、その一撃からうさぎの抱えている痛みを深く感じ取ろうとしているようだった。
     つ――銀静の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
    「どうして……そんなことを嘆く心を持ったんですか」
     それは問いへの問い。
    「どうして……痛いと思うようになってしまったんですか。そうでなければきっとそんなにつらくなかったのに……」
     嘆くように紡がれるその言葉からは、心持たぬままならば苦しまずに済んだのに――そんな労りの心が感じられる。もはや変えられぬ過去を嘆くようなその銀静の後ろで、汐音は彼が必要以上に痛みに苦しんでいるように見えて、胸を痛めていた。そっと自分の胸に手を当てる。すると、不思議と浮かんできた考えがあった。
    「……私にとってはこういうぬいぐるみは憧れでした。だから、たぶん、ですけど」
     言葉を切り、汐音は銀静と距離を取ったうさぎを見つめる。
    「元の持ち主と過ごした時間が素晴らしかったから、嘆く心や痛みを持ってしまったのではないでしょうか」
    「……汐音」
     彼女の言葉に銀静は流した涙をそのままに、うさぎを見つめた。うさぎは可愛い表情に似合わぬ殺気を宿している。それは楽しかった時間の裏返しなのかもしれない。
    「こんちわーっ! どうしたのかな、こんなトコに一人で。仲間やお友達は、どうしたの?」
    「よければなぜここにいるのか、教えてもらえませんか?」
     できれば戦わずに済ませたい――それは灼滅者達の総意。明るく語りかけたミカエラと柚葉に、うさぎは警戒をとかぬまま答える。
     ――ズットあの子と他の友だちと一緒にイタノニ、イタカッタのに、新しくキタ子犬が私を傷ツケタ!
     うさぎはその時を思い出したのか、怒りとも恐怖ともつかぬ様子で身体を震わせている。
     ――ママは『古いし、寿命ね』ッテ言った! 傷がイタクテたまらない私をあの子も見捨てた!
     怒りに任せて前衛を引っ掻くうさぎ。攻撃されたことで武装姿になったが、灼滅者達は攻撃はしない。仲間の傷を柚葉が癒やすだけだ。
    「そっかー。でもね、その子はキミの知らないところでママに怒ったと思うな。きっと、キミのこと探してると思う。いつ戻ってくるかな~って、ずーっと待っててくれるよ。だって、あたいもそうだもん!」
     明るいミカエラの言葉の裏、浮かぶのは闇堕ちしてしまった友達の姿。うさぎにかける言葉は、友達への思いとほぼ同じ。
    「知らないうちに、勝手にいなくなって、もう! って思ってるよ。きっと。キミとおんなじくらい、悲しんでる。別れても、離れても、友達だもん!」
     ひっかかれてもてへへと笑って受け止めるミカエラ。黒いボタンの瞳で、うさぎは彼女をじっと見つめた。
    「小さい頃に大事にしてきたけど、大きくなった時にはぼろぼろになっていたり卒業しないといけないような物ってありましたね」
     ぽつり、思い出したように口に出したのはフリル・インレアン(小学生人狼・d32564)だ。
    「私も日本に来ることになった時にたくさんの物を捨ててきました。新しい持ち主の方を見つけてあげられればよかったという後悔もあります」
     イギリスから日本に来る時に持ってくることができなかったものはたくさんある。やむを得ず処分してしまったが、今このうさぎを前にして浮かぶのは、後悔。
    「だから、あなたを新しい家族のもとに届けてあげたいです」
     ――コンナぼろぼろの私に新しい家族なんて……。
     フリルの言葉にしゅんと頭を垂れたうさぎ。
    「捨てられた訳ではなく、大人になった持ち主を見送ったと思うことはできませんか?」
     ――……、……。
     続けて掛けられたアリスの言葉に、うさぎは小さく震える。柚葉がそっと、助け舟を出した。
    「もちろん、あなたは持ち主と離れたくなかったでしょう。持ち主の子も、同じであったと私は思います。それでも離れてしまった……そんなあなたの心残りや望みを聞かせてもらえませんか? 私たちにできることならお手伝いさせてください」
     その申し出に、うさぎは小さく顔を上げて、考えるようにこてんと首を傾げる。そして絞り出される言葉は――。
     ――あの子のホントウの心が知りたい。ママと同じで私を捨てたかったのか、そうでなかったのか……。
     ああ、だからこのうさぎはここで待ち続けていたのだろう。答えを、知りたくて。
    「ある日突然、ぬいぐるみが居なくなったら私だって寂しいわ。あなたがいのこうしているのだって、少女に大切にされていたからだもの」
     先程噛みつかれたにも関わらず、織姫は一歩一歩うさぎへと近づく。
    「ぬいぐるみだって一緒に過ごしていれば大切な友達――ううん、家族同然だもの。一人ぼっちで寂しかったのね、今度は是非、私達と友達になりましょう」
     躊躇いなく伸ばされた手は、うさぎを優しく抱き上げ、そして織姫は優しく胸にいだいた。
    「あなたのこと探したのよ」
     ――……!!
     びくんっ……うさぎが驚いたように身体を震わせ、そして、織姫の言葉を噛みしめるように彼女の腕の中、寄り添う。そのボタンの瞳に露のような涙が浮かんでいるのを、灼滅者達は確かに見た。
    「捨ててきてしまったものたちのことを思い出させてくれてありがとうございます。今からでも、お詫びを言いたいと思います」
     織姫の腕の中のうさぎを覗き込み、フリルが告げる。できることならば傷の修復とクリーニングをしてあげたかったが、『持ち主を待つ、捨てられてぼろぼろになったうさぎのぬいぐるみ』という都市伝説故に、傷を治すことはできないようだ。けれどもフリルの優しい気持ちは伝わっただろう。うさぎの輪郭が、光の粒子のようなものに包まれていく。
    「うさぎさん、一緒にきませんか?」
     消えてしまう前に、とアリスがうさぎへと声をかける。織姫は抱いていたうさぎを抱き直し、アリスとうさぎが対面する形にしてあげた。
     ――コンナ私と一緒に?
    「この場所から、新しい出会いの物語を語りましょう」
     ――嬉しい。もう、ひとりじゃないのね。
     うさぎが織姫の腕からアリスの腕の中へと移ろうとする。その際中にうさぎの姿はアリスの中へと吸い込まれるように消えていった。

    ●新しい持ち主を待つところ
    「わぁ、可愛いお店~♪」
     リペア&リメイクのお店は、外観からしてとても可愛らしいものだった。歓声を上げたミカエラが先頭になって入店していく。
     優しそうな女性が一同を出迎えてくれた。入口付近にはサイズも色も種類も様々なぬいぐるみが並べられていて。リボンをカチューシャのように付けたクマのぬいぐるみを抱き上げた織姫は、その触り心地の良さと綺麗さに思わず声を上げた。どこが直されているのか、分からない。そして、どこか懐かしくしっくりくる触り心地なのだ。聞けば傷をリボンで塞いでカチューシャに見せて、更に同じリボンでできたコサージュを付けて、カチューシャを可愛くしてあるのだという。
    「薄汚れたり、劣化しても泣く泣く手放さなくてもいいなんて……リメイクしてもらった人形やぬいぐるみも、なんだか嬉しそうね」
     他にも聞けばなるほどと感心してしまうような方法で手が加えられていて、織姫は『彼ら』の嬉しそうな表情を一つ一つ見て回る。
    「修繕されたぬいぐるみや人形などには、新しいものとは別の味わいがありますね」
     柚葉は途中から織姫の店内巡りに同行して、一つ一つじっくりと見て回っている。
    「どのような時間を過ごしてきたのかについても、いろいろ想像が膨らみます」
     それがいい思い出なのか悲しい思い出なのかはわからないけれど。
    「もし、悲しいものであっても、新しいご主人様との時間がいいものになればいいですね」
     手作りと思わしき可愛いドレスに身を包んだお姫様の人形に語りかけるように告げると、彼女の顔が礼を言うように微笑んで見えた。

     銀静の後ろをついて店内へ入った汐音は、そこにいるたくさんのおもちゃ達が、傷だらけになってそれでも子どもたちと一緒にいたおもちゃ達なのだと実感する。今こうして新しい主人を待っている彼らに、思うところがある。
    (「彼らはきっともっと居たかった。でも……役目を終えて安らいでいるのでしょうか」)
     答えは彼らにしかわからないけれど、想像するのは自由だ。
     と、前を歩いていた銀静が足を止めたので自然、汐音も足を止める。
    「僕は昔はこういうヒーローに憧れていました」
     そこは男児向けのおもちゃが並べられているコーナーで、戦隊モノの人形やフィギュア、ロボットの人形やプラモデルなどが並んでいる。その中でもロボットヒーローを見つめる銀静がとても懐かしそうな顔をしているのを、汐音は見上げていた。
    「格好良くて何よりボロボロになっても不屈の力で立ちあがるのが素敵でした。……ああ、特にこのロボットが好きでしたね」
     銀静が手にしたロボットの人形は、体表面に細かな傷は残っているものの、大きな破損や傷は見当たらず、懐かしさを纏ったその姿は、長い時を経て来たことを感じさせた。
    「銀静兄様、それを買うのですか?」
    「ええ。あと他にも、気になったものも」
     ここに来るまでに彼は何に気を止めたのだろうか。ぬいぐるみコーナーへと戻る彼に汐音はついていって。彼が空いていた片手に抱えたのは、抱き枕になりそうな大きめのぬいぐるみ。騎士の女の子の姿をしたそれは、レジで大きな透明の袋に入れられて口をリボンで綴じられると、汐音へと渡された。
    「えっ……」
    「唯の気まぐれです。君らはそういうのが好きなんでしょう?」
     口ではそう言いつつも銀静は、この騎士が寂しい夜におびえる女の子を守ってくれるようにと願っている。
    「ありがとう銀静兄様……大切に、します」
     思わぬプレゼントに汐音の頬が緩む。汐音はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。

    「あのね、直してもらえるかな? ココに小っちゃな裂け目ができたの、気になってたんだ~」
     ミカエラが示すのは愛用のヒマワリの着ぐるみのポケットの部分。女性は快諾して奥の作業場にいた別の女性を呼んでくれた。
    「え、アップリケ付けてもらえるの? じゃね、メイド服着たウサギさん、貼ってくださいっ♪」
    「ええ、任せてちょうだい」
     アップリケを付けてもらっている間、窓際の椅子に座ったミカエラは青い空を見上げた。どうしても今、思うのは――。
    (「……早く戻ってこないかなぁ~」)
     大切な、友達のこと。

    「あ……そのぬいぐるみ……」
     店内をひと通り見て回ったフリルは足を止める。カウンターの椅子に腰を掛けたアリスの前に置かれているのは、あの都市伝説によく似たうさぎのぬいぐるみだった。
    「さっきぬいぐるみのコーナーでで見つけたんです」
     不思議な偶然だった。都市伝説であるあのうさぎはアリスに吸収されている。けれどもまるでその姿を模したようによく似たぬいぐるみを、見つけたのだった。
    「よく、似てますね」
     アリスの許可を得て隣の椅子に座ったフリルの言葉に、アリスは頷く。
    「はじめましてうさぎさん。わたしはアリス。よろしくお願いしますね」
     まるで自分の中のあのうさぎに語りかけるように、アリスは目の前のぬいぐるみに語りかける。その姿を見たフリルは、きっとあの都市伝説のうさぎはもう寂しくないだろうと、胸をなでおろすのだった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月31日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
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