悪意の投資顧問

    作者:るう

    ●某大学、古いサークル棟の一角
     社会人には及ばずとはえ、高校生までと比べると自由になる金が桁違いになる大学時代。ある者はその金をさらに殖やそうとして、あるいは市場経済に利用される側ではなく利用する側に回ろうとして、投資サークルの門を叩く。
    「けれど、それに目をつけたデモノイドロードがいたようだね」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)の調べによれば、ロードはかつては凄腕を振るった証券マン。が……数々の成功と破滅を目の当たりにしている中でデモノイド寄生体に取り憑かれた彼は、自らの能力を他者の破滅のため用いるようになったようだ。
    「ロードが被害者に勧める取引は、プロの目から見ても利益の出そうなものばかり。ただ、ロードの目はさらに先を見抜いていて……全て、途中で大損に変化するんだ」
     破産、失踪、あるいは自殺。そんな敗者たちの不幸を啜るため、ロードは学生の一人を信用させて、今度、この大学の投資サークルにやって来る。彼を迎え撃ち、灼滅しなければ、次にロードの餌食になるのは若き才能だ。

    「この狭いサークル棟の廊下か部室で戦えば、逃がさず灼滅するのは簡単だろうね。ただ、犠牲も出さないのは難しいかもしれないな」
     何故ならロードは、常に紹介者の学生と共にいる。ロードは自分の化けの皮が剥がれたと知れば、躊躇なく彼を人質にするだろう、とクレンドは推測している。
     これを防ぐには、何人かが囮役としてサークルに入る事だ。そして、ロードと部員らの面会に同席する……失敗した際のリスクは大きいが、囮役以外が部室に飛び込むと同時、囮役が皆をロードの手から守るのだ。
     常にメンバーを募集している彼らの中に入るのは難しい事ではないし、サークルとロードは初対面なので、灼滅者たちの存在に気づかれる事もない。
    「もちろん、学生らを救うよりよい方法があるのなら、試してみてもいいかもしれない」
     滾る怒りを抑えつけ、クレンドは口許に微笑を浮かべた。誰の犠牲も出さずにロードを灼滅できるなら、どんな方法を使ったとしても解決なのだ。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    成田・樹彦(禍詠唄い・d21241)
    黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    蔵座・国臣(病院育ち・d31009)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)

    ■リプレイ

    ●見えざる悪意
    「お忙しい中いらして下さり、ありがとうございます」
    「こちらこそ、皆さんのお役に立てるなら光栄です。初めまして、高橋です」
     がたがたと安いパイプ椅子を鳴らして立ち上がる音がした直後に交わされたのは、そんな何の変哲もない挨拶だった。
     悪意を、微塵も出す事はない……それゆえ際立つ邪悪さに、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の中のデモノイドロードへの怒りは、自ずと赤く燃え上がる。金が欲しいから強盗する、といった短絡的な犯行の方が、どれほど可愛らしい事か。
     もっとも、ロードの魂胆がひねくれすぎていた事は、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)に言わせればむしろ幸いであったであろう。
    (「大層な力を持ってるはずが、随分と悪事が小せぇ野郎だ」)
     高橋がそれを望むなら、世界に混沌をもたらしすらできたかもしれぬ。だから、奴が小物であるうちに……敵が隙を見せようものならば、必ず仕留めてみせるのだ。

    ●デモノイドロードの株式講座(1)
    「ここしばらく、株価指数は上昇基調ですね。今が買い時という事で良いのでしょうか?」
     パソコンを見ながら尋ねたクレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)に、けれども高橋は曖昧な笑みを浮かべてみせた。
    「では……ここは逆張りを考える時、と?」
    「いえ、それも判りません」
     食い下がるクレンドを宥めるように高橋は続ける。
    「ほら、よく『最近の若者は』なんて論調がありますけれど、皆さん一人ひとりを見れば全員違うわけじゃないですか。株だって同じです……個々の会社を詳しく知る事で、指数だけじゃ見えてこない買い銘柄が見えてくるわけですね。試しに、幾つかの会社の決算報告書を見てみましょうか……」

    ●学生の巣
    「大学というものは、実に自由に溢れるものだね」
     廊下の向こうから歩いてくるジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)の表情は憂いを帯びて、この半ば廃墟のような建物と驚くほどに調和する。
     その姿を一目見て、彼が学生たちの気ままさに骨を折ったであろう事は、黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)にも容易に想像できた。建物の周囲に今いる者が戦いに巻き込まれぬよう、一度はそれとなく追い払ったとしても、別の者たちがすぐに現れる。辺りに無造作に放置された資材の類を退けておくのが、ジュリアンにできた精一杯という処か。
     そんな想像ができたというのも、人の多さに辟易させられたのは白雛も同じであったからだった。好き放題行き交う学生たちは、まるで珍獣でもみるかのように、白雛に好奇の視線を投げかけている……もっともそうなった原因は、紅緋の言葉を借りれば「自分や白雛が大学生に混じるには無理がある」という事にあるのだが。
     まあ、快適でないのは間違いなかったが、白雛は特に気にしなかった。手元には大学生協で特売していたお菓子もあるし、こうなった原因たるダークネスも扉の先にいる。
     全てが報われる事になる時は、そう遠くないだろう。
     闇を身に纏った成田・樹彦(禍詠唄い・d21241)だけは、誰の注目も受けずに部室を注視している。その中からは高橋によるご高説が、ひっきりなしに洩れ聞こえてくるのだった。

    ●デモノイドロードの株式講座(2)
    「なるほど……貸借対照表から適切な株価は判るが、内訳は意図的に操作できるから精査するのが大切……と」
     きっちりとスーツを着込み、しきりに復唱しながら手帳にメモを取る蔵座・国臣(病院育ち・d31009)がけれども少し顔をしかめた事に、高橋は目敏く気づいて訊いた。
    「どうかしました? あまり乗り気でなさそうですが」
    「いや……利益のためにそこまでするのかと思ってしまう自分は、まだ青いのかなぁと思いまして」
     それから金さえあるなら自分は中小企業の技術開発や資源開発を応援したいと国臣が洩らすと、高橋は人の良さそうな笑顔を向けて訂正するのだった。
    「逆ですよ。君のそういう『応援したい』という気持ち……それが株の本来です。買って応援し、時には株主総会に出席して会社をいい方に導き、その結果として株価が上がったら、それを今度は気前よく売る。
     潰れかけの会社を安く買って立て直して高く売る、いわゆるハゲタカファンドだってそれと同じです。人員整理された人には気の毒ですが、取引先も安心するし、残された社員の待遇も改善する……今君たちが立っているのは、そんな社会貢献の入口なんですよ。そっちの君もそうは思いませんか?」
     そんな風に急に水を向けられたので、平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)は思わず咳き込みそうになった。
    「さあね? 皆がそんな聞こえのいい文句のために投資してるわけじゃない事は、あんた自身がよく解ってるんじゃないか?」
     上から目線で返してはみたものの、正直、軍事は詳しくとも政治経済の方はさっぱりだ。腕を組んでふんぞり返れども……持ち前の誠実そうな顔つきが、彼が話を大して解ってない事を、何よりもよく物語っている。
     ……けれども。
    「ええ……正解です」
     高橋は悪びれる事なくそう返した。
    「とはいえ単に金儲けだけしたいなら、最近は自動売買ソフトでも十分です。でも……もっと大局的な視野で考えるからこそ、わざわざ皆さん自身が手間暇をかけるに値するというものじゃないですか。そういう価値ある投資を求めて、皆さんはこの部にいるのでしょう?」
     にわかに部員たちがざわついたのが、部屋の外からでもありありと判った。思わず息を呑んだクレンドがやおら立ち上がり、パソコンを抱えて高橋の隣に移動する。
    「なら、先ほど高橋さんが市場から過小評価されている例として仰った、この銘柄はどうでしょうか……俺たちが買って、市場の誤りを示すのです」
     デモノイドロードも画面を注視する。同じく立ち上がり覗き込んだ国臣がクレンドとは逆側に割り込んでゆき、その隙に和守は密かに窓辺へと寄ってゆく。
     そして……運命の扉は開かれた!

    ●灼滅市場、前場
    「さぁ……断罪の時間ですの!」
     断罪と救済を表す白黒の大鎌を構え、少女が扉をぶち割り飛び込んでくる! 突然の事に呆然とする学生らの前で、白雛はそれをロードへと向けると同時、光と闇の光線を敵の背にねじ込んだ。
    「一体、何事だ……? うわっ!?」
    「ふざけんなよ……ぎゃっ!?」
     さらに呆然と立ち尽くす学生たちの目の前に、机をひっくり返して具現化した一輪バイクが二台。
    「窓から逃げろ!!」
     反射的に学生らの前に割り込んだ国臣の怒号が部室内に響き、学生たちはよたよたとロードから遠ざかる方へと向かってゆく。
     その遅い足取りを、押し出すように手助けする和守。混乱中の彼らが窓から落ちれば、多少の怪我はあるかもしれぬが、ダークネスに殺されるのと比べれはよっぽどマシだ……実際、高橋はこちらの目的に気づき、既にその腕を青い異形へと変えている!
     が……それはクレンドも同じ事だった。
    「忌まわしき同胞よ、俺は貴様を灼滅しに来た」
     異形を組みつき抑えんと、新たな青が侵食す。飛び散る腐汁が棚に並ぶ本を溶かせども、彼と彼の盾は誰一人、学生らを傷つかせる事はない。
    「なるほど……随分と野蛮なやり口ですね」
     高橋は余裕を崩さず口許を吊り上げた。けれど、廊下に潜む灼滅者たちは、まだまだ室内に雪崩れ込もうとしている途中。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します。Mr.バンカー、そろそろ資金の引き上げ時ですよ」
    「おや、そうですか? 私にはどちらかが破産するまで引かせて貰えないように見えるのですけれど」
     皮肉で返した高橋を、力場の盾を広げて警戒しつつ紅緋。
    「ええ、ご名答。悪事にはちゃんとリスクテイクして貰わねばいけませんからね!」
     同時、彼女の頭上を飛び越えジュリアンが『落ちる』。天井すれすれからの流星の蹴りは、十分な重力加速を乗せる事こそ叶わねど、その急角度の目狙いそのものこそが彼の最大の武器。何故なら敵がその動きに反応すれば……逃げる学生らへの注意が疎かになるのだから。
    「多寡は知れた」
     ジュリアンはそう囁いた。貴方は、もう不要な銘柄だねと。
     振り払う敵。こうした暴力がいかに世界経済に悪影響を与えるか、彼の唇から具体的な事例を交えて語られ灼滅者たちの心を揺さぶろうとするが、どこからか聞こえてきた戦意高揚の歌が、その試みを極めて限定的なものにさせている。
    (「コレはあくまでも無関係な誰かが歌ってるだけ……って事にゃならねぇかな」)
     扉の陰で歌いながらそんな事をふと思ってみた布都乃だったが、いっそう大演説をぶつ敵の出方を見るに、これが灼滅者の仕業である事はバレているようだった。もっとも……だからといって彼にロードの矛先が向かぬよう、『サヤ』が代わりに上手く立ち回ってくれているのだが。
     さらに、もう一つ歌声が。
     布都乃に合わさるように始まった樹彦の歌は、次第に元の歌から離れ、新たに人ならざる旋律を作る。そして……。
    「さあ、ゲリラライブといこうか」
     彼がメロディをサビへと変えた瞬間……高橋の体が急激に膨れ、青い寄生体たちが騒ぎだす!

    ●灼滅市場、後場
    「どうした……お前たちの望む悪徳は、私に任せておけば幾らでも啜れるんだぞ!?」
     デモノイドロードの錯乱を見る限り、樹彦の音楽に当てられた寄生体が暴走を始めたらしい事は、灼滅者たちにとっては容易に想像のつくものだった。暴れ、天井や壁へと無闇にエネルギーを放出する彼がようやくその寄生体を宥め終えた時……既に部屋の中に学生たちの姿はなく。
     冷笑する男。
    「上手く私を出し抜いた……皆さん、そう思ってらっしゃるようですね」
    「ああ。時にはこういう遣り方だって必要なのが『投資』ってものだろう?」
     和守が挑発してみると、高橋はもう一度鼻で笑って見せた。
    「ええ。フェアだから良いというものではありませんね。ただ……」
     再び膨れる寄生体。ギリギリでその手綱を取り直し、輝く砲口を向けた相手は……最初に彼にアンフェアな一撃を加えた少女!
    「させるか!!」
     和守に燃え盛る弾丸を浴びせられながら、それでも毒性の光線を白雛に放つ敵。目立った動きは警戒されるのも、やはり市場の特性に他ならぬ。
     けれども白雛は大鎌を振るい、反動でその身を軽やかに舞わす。遅れて彼女を追い詰めてゆく光はけれども、クレンドの盾にぶつかり動きを止めて。
    「どうした。そんな軟な光では、この自慢の盾は貫けないぞ」
     痩せ我慢であるのは十二分に承知だった。だが、『プリューヌ』が彼を見ている間は、笑みを失う事もない……たとえ、それがどんなにリスクある行為でも!
    「私もダークネスを滅ぼせるなら、その程度の投資リスクは織り込み済みですわ!!」
     白雛の燃え盛る殺意に焼かれた男は、思わず忌々しげに顔を歪めた。赤く染まりゆくロードの視界……その中が、さらに別の赤色に覆われて。
     それは紅緋の憤怒であった。
    「あなた方は、神と富とに兼ね仕えることはできない」
     聖書の一節を引用する。
     富が善に連なる事があるとすれば、それが人々のため使われる時に他なるまい。結果、増えて戻ってくるのが資本主義なれど、それを徒に貯め込む事も、ましてや目の前の男のように、邪悪な目的の餌として使われる事も、決して許される事ではあり得ない!
     拳が男に直撃する。倒れたままの机を砕いて尻餅をついた高橋からは、最早、冷静な投資家の顔は見て取れない。
    「おのれ……こちらが下手に出れば調子に乗りやがって……」
    「貴方の株も、随分と安くなったものだ」
     蔑むようにジュリアンは見下ろした。
     金が何だ? 株がどうした? 命とちっぽけな矜持さえあれば、人は人であり続けられるのに。
     もっとも、それは持てる者だからこそ言える台詞なのかもしれぬ。悪を為さねば自らを保てぬ獣には……ただ、慈悲を向けるだけ。
    「巫山戯るなよ! 善人の皮を被った殺人者どもが!」
     ああ、男の言葉は正しいのかもしれぬ。けれども国臣は躊躇いもせず、槍で敵の体を貫いて、その中の薬液を全き悪へと注ぎ込む。
    「悪をもって悪を征し悪を為す。倒すのに躊躇いが不要というのはやり易いものだ……邪悪なダークネスを打ち滅ぼすのは、獣を斬るよりやり易い」
     ロードは国臣の瞳の中に、憐憫の色があるのを見てとった。現役時代は世界じゅうの投資家と渡り合い、今や自らの知性と新たな青い肉体で人々の生殺与奪すらほしいままにするこの自分が、他人に憐れみを向けられるだと!?
     彼は吼えた。いまだ樹彦の影響で疼き続ける寄生体が望むまま、全てをそれに明け渡し。
     失われる理性、再構築を始める体。だが、それが自らを究極の武器へと変える直前……。
    「……よっと。往生際が悪いのは、プロとしてどうなんだ?」
     一連の騒ぎの結果、ロードにすっかり存在を忘れられていた布都乃が、割れた机の陰に隠れるように近づいて……至近距離から彼の核に自らの拳をめり込ませていたのだった。
    「悪が栄えたためしはねぇって、アンタも聞いたコトあっただろ? ホンモノなら、いつかこうなるコトくらいは予測しておくべきだったな、敏腕顧問の旦那」

    ●若者たちの明日
    「どうでした? 自分がハゲタカファンドに食いちぎられて、世界を幸福に導くための犠牲になった気分は」
     そんな紅緋の問いに答える代わりに、ロードは何かを掴むように伸ばした手から順に、どろどろの液体へと変わっていった。
     最早、彼が誰かを騙す事はない。下らぬ輩が消えつつある事に、樹彦も密かに安堵する。
     死への恐怖に目を見開く高橋に、逆に、騙して悪かったな、とクレンド。
    「俺の本当の自慢はこの盾じゃねぇんだ。そうさ……俺の本当の自慢は、ここに揃ってるこいつら、最強の『矛』の方だ」
     言いすぎですわ、と照れ隠しにおやつタイムの続きを始める白雛。いろんな恨み辛みをこうして果たせたせいか、お菓子は待機中の時より心なしか美味しい。

    「で、学生の方はどうなったんだよ?」
     ずっと隠れてたせいで知らなかった布都乃に驚きながら、和守が事の顛末を説明してやった。
    「蔵座さんとクレンドさんが上手く高橋の邪魔をしてくれたよ。窓から出すところで少々梃子摺ってしまったが、少なくとも大怪我はさせてないはずだ」
    「どちらかというと、この部室の方が大問題だな」
     国臣が冗談めかすと小さな笑いが起こる。いや、実際は笑って済むような状況じゃないので、これから大掃除をする羽目になるのだが。

     そして……それらもしばらくして終わる。
     響くはジュリアンの鎮魂歌。たとえ嗜好は相容れずとも、心の底から邪悪に染まっていようとも、それもまた、一つの死せる魂には変わりない。
    「お疲れ様です。いずれ、また、戦場にて」
     かくして彼らは去ってゆく。邪悪を、一つでも多くこの世から減らすため。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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