断絶の枷は亡者達と踊る

    作者:唯代あざの

     見知らぬ倉庫の暗がりで。
     どうしてこんなことになったのだろう、と考える。
     ただの趣味。ただの廃墟探索。ショッピングモール跡に仲間四人で訪れて、写真を撮り、日暮れ前には帰るはずだった。それなのに、
     ――写り込んだアレはなんだった?
     ここはどうしようもなく闇が濃い。
     誰も声を発していないのに、誰も動いていないのに。
     耳障りな呻きが消えず、扉を引っ掻く音が止まず。
     逃げ込んだCD店舗の商品倉庫跡。この扉の向こうにいるのは――。

    「死者に襲われる生者。このままだと廃墟に蠢く屍の数が増えてしまう」
     夕日に染まった教室で、
    「揃ってくれたみたいだね。じゃあ、僕の未来予測――その説明、始めてしまおうか」
     高校生エクスブレインの少年は、淡々と灼滅者達を出迎えていた。
    「動く亡骸と言えば、そう――ノーライフキング絡みの話さ。このダークネスが死者を眷属として使役するのは既知の話だろう? 眷属として高い適正を持った人間を殺して連れ去る……なんて話も聞いたことがあるはずだ」
     幾つかの資料を広げ、彼は同意を待ってから進める。
    「今回の未来予測は、そうした事態とは少し違うんだ。まあ、やるべきことに大した差はないけれどね」
     それは廃墟と化していたショッピングモール跡。廃墟探索と称してマニアが訪れることもあるその場所で。動く死体に囲まれ、逃げ出せなくなった大学生の四人組を救うだけのこと。
    「簡単だよ、君達には力があるのだから」
     モールの見取り図を広げ、三階まで吹き抜けのメインストリートに指を置く。既に書き込まれたルートを追えば、行き着くのは三階のCDショップ跡。
    「向かうのは夜になる。当然建物内は暗いから明かりは必須。物音や光に気付いて死者が襲ってくるだろうけど、これは好都合だから蹴散らしてやればいい」
     その多くは屍犬。それよりは数を減じて屍人。
    「十か二十か――あるいはもっと。とにかく数が多いんだ。でも襲撃は散発的。加えて言えば、個体としても脆弱な部類だね。油断しなければ消耗は随分と抑えられるはず。だから可能な限り、ここで傷を負うような事態は避けたほうがいい。どうしてかって?」
     視線を見取り図に落したまま、机を小さく指で何度か叩き、
    「――それはあとで話そうか。順番に行こう」
     彼はCDショップ跡を指し直す。
     そこには、突如現れた脅威から逃げ損ねた大学生達が隠れている。店舗跡のバックヤードに逃げ込んだものの、屍人の恐怖に動けなくなっているのだという。
    「このバックヤード前にも扉を破ろうとする三体の屍人がいるけど、まあ、君達の敵じゃないね。問題は大学生達のほうさ。随分と正気を失っている。気を静めさせるか、無理やり連れ出すか――手法は任せるよ。とにかく、彼らを外の駐車場まで連れ出してやって欲しい」
     襲い来る死者を退けながら、大学生達を守りながらの道。
    「分担は決めたほうが無難だね。彼らは恐慌をきたして、唐突に走り出したりもするだろうから。しっかりと対策しないと、――簡単に死ぬよ」
     はぁ、と嘆息。
    「廃墟遊びの代償としては少し高く付きすぎる。だから、まあ、守ってやって欲しい」
     駐車場まで至れば、あとは各自勝手に逃げ切れるのだと少年は言う。
    「さて、問題はそこからさ」
     淡々としていた声音に、少しの変化。少年は微かに眉根を寄せた。
    「厄介なことに、君達に気付いた屍王の眷属がここで現れる。それまでに蹴散らすであろう屍とは比べものにならない相手、と言えば多少の緊張を誘えるだろうか。だから消耗は極力抑えたほうが良い、と言ったのさ」
     その眷属は全身に血塗れの包帯を巻いた少女。腕に足に、ちぎれた鎖の揺れる枷を嵌め、折れそうな華奢な手は巨大な鎌を弄ぶ。死蝋のような肌に生気は亡く。だが、長い黒髪は戦いの中で狂々と踊るだろう。
    「名は『血百合』と書いてチユリ。屍王を主と仰ぐ様は狂気の域だ。これだけの眷属が出てくるということは、今回の屍達が迷宮から放逐されたという線は薄い。なにか目的があったのだろうね」
     ――屍王が力を蓄える為の儀式、あるいはそれに準じるなにか。
    「僕達はそれを邪魔したことになるわけだ。となれば、彼女の気持ちにも察しが付く。簡単には逃がしてくれないだろうね」
     時間が経てば、ショッピングモール内から残った屍たちが現れる。更なる劣勢に立たされることになるのは間違いない。
    「けれど、耐え凌げば大丈夫さ。まあ、彼女の理性的な判断が下されるというべきかな。君達を殺そうとするあまり、主の大切な手駒を減らしすぎたことに気付くわけだね」
     彼女はそうなれば退く。
    「断言するけれど、それまで生き残れば」
     それは当然、
    「――君達の勝ち」
     エクスブレインの少年は語り始めてから初めて、その口端を緩めた。


    参加者
    橘・散里(夏ノ君・d01560)
    結城・星空(トイソルジャー・d02244)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    四条・識(シャドウスキル・d06580)
    往羽・眞(筋力至上主義・d08233)

    ■リプレイ

    ●屍
     一閃。
     上下に両断された屍人は、腐った臓物を撒き散らしながら床に転がった。
    「襲撃は散発的……、負ける道理はありませんね。ですが――」
     再度、桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)が居合いの一刀。
    「急ぎましょうか」
     跳ね襲い来た屍犬を背骨ごと断ち斬り、彼女は仲間へと向き直る。
     暗く冷たく精彩の枯れたショッピングモールにて。手持ちの明かりを頼りに灼滅者達は進んで行く。照らされるのは、剥がれた内装、散乱する廃棄物。
    「なんだか都市伝説にでも出てきそうな所だなぁ」
     満ちた空気に眉をひそめ、結城・星空(トイソルジャー・d02244)が暗がりを見る。
    「外はともかく、中は真っ暗か。識は用意が良いな。これがなかったら――」
     字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)は手に持つ懐中電灯を四条・識(シャドウスキル・d06580)に見せ、
    「奇襲を許していたかもしれない」
     白いキャスケット帽をかぶり直した。視線は少し落し気味。借り物の電灯を握り直し、顔を上げ、道先のエスカレーターを見る。
    「数を用意したのは正解だったな」
    「ありがとう、識。オレもすっかり忘れていたよ。あとで必ず返すからな?」
     神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)の律儀な台詞に識は苦笑した。
    「いいって。それより――」
    「あらあら」
     止まり動かないエスカレーターの先。二階通路を見て、鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)が艶然と笑う。
    「お客様がこんなにたくさん」
     蠢く屍達は光に気付き、
    「廃墟になる前に来てくれたら、お店の人達も喜んだでしょうに」
     殺到。
     撒き散らされるのは歪な鈍い音。その連続。屍達はエスカレーターを転がり落ちてくる。
    「ですけど、あまりお金を持ってそうには見えませんわね。冷やかしかしら?」
     知性を失い、衣服も破れ、意味を成さない呻きを零して屍は起き上がり、
    「てぇやあ――っ!」
     直後、完膚なきまでに叩き潰された。
     折れ、ひしゃげ、ひび割れた床の上で蠕動。沈黙する。
     重壊の一撃を振るったのは往羽・眞(筋力至上主義・d08233)。次の標的へと斬撃を叩き込もうとする顔は涼しいまま。剛風を起こす膂力の前では、屍達の命運も決まっている。
    「プランA、お願い!」
     攻勢に出る状況であるのを見て取り、橘・散里(夏ノ君・d01560)も己が霊犬 『荷葉』に攻撃を指示した。自身は護符としての力を宿した華札を手に、手傷を負う仲間へ癒しと防護を飛ばしていく。
     星空の拳による連打が屍犬を打ち据え、影の刀で煉が同様に屍犬を斬り裂いた。持参した懐中電灯で敵を照らしながら、妖冷弾を放って援護するのは幽魅。屍人の胸板には氷柱が突き刺さり、その腕を、霊犬 『荷葉』が咥えた斬魔刀で斬り飛ばす。
    「じゃ、ま、だぁー!」
     群がる屍達。それを眞は豪快に殲術道具で押し返した。
     振るうのはまさに鉄塊で。響くのは轟音。屍人を一刀の下に斬り伏せ、
    「よーしっ!」
     身の丈はありそうな得物を担ぎ直す。
     望のバスターライフルによる銃撃が奥の一体を灼く中で、
    「っと、悪くはないが」
     屍人が識へと飛び掛かる。その爪で浅く腕を裂かれながらも、身を低くすると、着地を狙って足を払った。続けて、倒れた敵を殴り付け、魔力を流し込む。
     ――フォースブレイク。
    「この程度の相手なら、もっと押し切れた……か?」
     内部から弾ける屍人から距離を取り、戦況に眉根を寄せた。
     心霊手術を施さねば消せない傷が、小さく、だが確かに灼滅者達を蝕んでゆく。
     屍を退けた静寂に訪れるのは、肌を撫でる、冷たい空気。

    ●大学生
     CD店舗内、バックヤードの扉の前に、蠢く屍。数は三。
     懐中電灯の光に浮かび上がる姿は、まだ距離があるというのに、腐臭を感じさせるに足りた。理に背く存在達は、灼滅者達に気付くと呻きを散らして振り返る。
     そこからは一瞬だ。
     飛び込んだ識が拳を振るえば、爆ぜ散るのは屍人の右肩から胸部に掛けて。
     逆肩には星空が走りながら手を置き、跳躍。
    「こいつはよろしくなのだぁ~」
     身体を横にひるがえし、後ろで呻く二体目の屍人へと迫る。着地までに身を捻り、蹴りを以って首をへし折った。
     それでもなお、腕を上げ伸ばしてくる屍人。星空の口元には余裕の笑み。器用に身を屈め、その直後、頭上を貫く一条の光が屍を灼滅させた。
     一仕事終えたとばかりに銃身を肩に預ける望の横で、幽魅が優雅に妖の槍を取り回し笑む。視線の先。最初の一体が氷に貫かれ、倒れゆく。
    「残りは――」
    「手を出すまでもないですわね」
     向かって最奥になる扉前。
     刀を鞘に収める姿は理彩のもの。居合いの一太刀で、屍人の首が落ちている。
    「まだ動けるとは驚きですね」
     言葉とは裏腹に驚きが無い声音。
    「まがりなりにもノーライフキングの眷属――ということかな?」
     影業で作り上げた刀を振るい、煉が首の落ちた屍人を斬り倒す。
    「――っと、ボクの出番は!?」
     振り上げた無敵斬艦刀『カンズ・エスパドン』を構えたまま、眞は眼前の光景にしょんぼり顔を見せた。扉前の三体は、既に仮初めの命を絶たれ、その身を塵と変えている。

    「おい、開けてくれ。アンタらを助けに来た。帰りたいだろ?」
     バックヤードの扉を前に、識が声を掛ける。――が、反応はない。
    「これは信用されてないな。蹴散らす姿でも見せてやれれば良かったんだが……」
    「あの、では私が」
     遠慮しながら名乗り出たのは散里。ESPのラブフェロモンを使い、扉の中の大学生達に屍人を倒したことを伝え、
    「もう大丈夫ですよ、開けていただけますか?」
     優しく語り掛けた。その効果は――、扉が開くという形で、即座に現れる。
    「た、助かるのか!?」「嘘じゃないだろうな!」「死にたくないんだっ」
     屍人を思わせる勢いで、散里へと殺到する大学生四人組。
    「私達が必ず外まで送りますから」
     安心を誘う笑顔で対応する散里。大学生達はそれに縋り、色めき立った。その沸きように識と望が眉をひそめる。そこに在るのが、紙一重の高揚だと見て取って。
    「まだ、平気ですわ。問題は敵が現れた時、でしょうか」
     ESPのテレパスで表層思考を読み取った幽魅の囁きは、灼滅者達の顔を引き締める。
    「みなさん、早速来てるみたいですよ! 迎撃しますねっ!」
     バックヤードから飛び出す眞を星空が追った。
    「こうすれば安心です」
     動揺する大学生の手を取って、散里が指を絡ませ繋ぎ放さない。
    「必ず守るから離れないでくれ!」
     断言する望の声音に、恐慌に陥りかけていた大学生が大人しくなった。それは同時に使用したESPパニックテレパスの効果でもあり、
    「こちらですわ」
     幽魅達と繋いだ手による安心感でもあり、
    「怖がることは無いわ。私達の傍にいる限り、安全だから」
     告げる理彩は煉と視線を合わせ、
    「神代さん」「ああ、これなら敵の処理だな」
     役割を決めて動く灼滅者達は、大学生達を守りながら、廃墟と化したショッピングモール内を駆け下りる。

    「降りた所に三匹!」
    「あっ! 後ろからも二匹です! フォローよろしくお願いします! 桜庭さんっ」
     三階を抜け、二階から一階に。その途中、エスカレーターにて、挟撃を受ける形になった灼滅者達。だがそこに焦りは生ぜず、星空が先陣を切る。
     手すりに足を掛け、身軽に跳び、落下の勢いを乗せ、足蹴りを屍犬へ。
     吠え鳴く断末魔は、焦燥から喚き始めた大学生達にかき消された。
     敵意を孕んだ呻きに、逃げ場がない状況に、
     ――募るのは恐慌狼狽衝迫動転。
    「大丈夫、信じてください」
     走り出そうとする大学生は、散里の手が繋ぎ止め、
    「わたしく達が付いていますわ」
     ESPを使いこなす幽魅によって、一片の理性を取り戻す。
     識と望も大学生の抑え役を確実にこなす中。
     煉が星空に続いてエスカレーターを降り切り、一階にて交戦開始。屍犬を殴打する。それは影業の生んだ盾によって。敵は埃の積もった床を転がり滑り、そのまま動くこともない。
    「――っ、そこか!」
     散里の霊犬『荷葉』の唸りを聞いて、煉は懐中電灯で柱の陰を照らせば、
    「お一人様、ご案内なのだぁ~」
     蠢くのは一体の屍人。屍犬の残りを片付けた星空が駆け寄り、拳を振るう。左腕の傷口から流れる血が散り、歪線がいくつも床に描かれた。屍人は連撃にたたらを踏み、煉の奔らせた影が飲み込めば、沈黙。
     振り返れば、階上、敵を処理して降り始めた眞と理彩の姿がある。
    「良し、もうすぐ出口だ。駆け抜けるぞ」
     識の言下、吹き抜けの通りに靴音が鳴り響く。
     割れた硝子扉を走り出れば、そこは月下、閑散と広がる駐車場。

    ●血百合
    「……さて、大物のお出ましか」
     識の呟きは冷えた風の吹く夜闇に溶けた。
     遠ざかる大学生達の足音を聞きながら、それぞれが殲術道具の調子を確かめ、予測された未来、屍王の眷属『血百合』の到来を待った。
     秒針が時計をひと回りするだけの時間。短く長く、それでもその時は必ず訪れる。
     首筋を這う、異質な感覚。
     聞こえたのは鎖の音で。
    「殺気が違うなぁ……」
     身構えた星空は闇に立つ少女を見やる。
    『――……が、……主様の……を、……す!!』
     顔にも巻かれた包帯の下、動く唇が、明確な殺意を以って――、
    「痛ぅあ――っ!?」「なっ」「――こんな」「速い……」
     振るわれたのは禍々しい大鎌。動きを見届けられたのは、距離を置いていた半数だけ。襲う黒の衝撃は眞、星空、煉、理彩、荷葉の視界を苦痛に歪ませていた。
    「霧よ……力を与えよ!」
    「怯むわけには――」
     魔力を宿す霧を広げるのは望と理彩。
    「邪魅孵のチカラを見せてやりますよ!」
     苦痛を払うのは魂の強さ。眞が己の強さを誇示して力を高めていく。
     煉は影色の盾を広げ守り、その盾をより深く色濃く固め。星空へは散里のジャッジメントレイによる救いの光。加えて幽魅の清めの風が『咎』を祓い、立て直す。
    「かかってこいよド三流。お前のことを殺してやる」
     魔力を流し込むべく突き出される識の拳。それを、
    『死ぬのはお前達。首を刈り取るよ。主様へ捧げるのだから』
     チユリは鎌の柄でいなし、すれ違い様、体勢の崩れた識の耳元で囁いた。
     その死角から、伸びた手刀は――星空のもの。
    『この程度で主様の邪魔を?』
     だがそれも、チユリは鎖を鳴らした手枷で打ち払う。
    『赦されない』
     反撃。揺れ踊る黒の髪。
     断罪の一撃が、身体の開いた星空を襲った。
     影色の盾が割り砕け、鮮血が舞い、禍々とした刃が命をこそぎ取る。
    「――っが」
     胸から腹に掛けて切り裂かれ、星空は埋没する意識を、
    「……僕は、もっと――、強くならないと……!」
     ――強引に引き上げ、限界を凌駕し、繋ぎ止めた。
    『無駄な足掻きを』
     望の銃撃がチユリの脚を灼き、荷葉の斬魔刀腕を裂くが、意に介さず、
     地を蹴り――、『咎』の波動を降らせ舞う。
     散里、幽魅、識を狙った黒の衝撃。
     秒針が三度時計を回る、
    『罪は消えない贖えない』
     それだけの時間で、
    『だから――、死のう? 私の主様も、きっとそれをお望みだから』
     月下は血に濡れ浸る。
    「ああ、強い。御前は強いよ、血百合。だけどな――」
     迫る煉が影盾で打ち据えに掛かり、
    「――残念だったわね。生憎、勝てなくても負ける訳にはいかないの」
     ようやく姿を現した屍達に対し、理彩が刀を振るった。
     眞が絶対不敗の一撃で屍人を両断し、星空が屍犬を連撃で地に伏せさせる。片前足が斬り飛ばされた屍犬を望の銃撃が灼き貫く中、再度振るわれていた大鎌による『虚』を耐え凌ぐ為に、散里と幽魅と識がそれぞれ己を癒す。
    『早く終わらせて主様に謝らないと。だから死んでお願いだから』
    「荷葉!」
     『咎』の波動から避け切れず、遂に消滅する霊犬。同時、黒波を受け凌ぎながら星空の前に立ったのは、二人分の衝撃を捌く煉だった。眞は傷の深さに膝を折りながらも、己を奮い立たせ、カンズ・エスパドンを支えに立ち上がる。
    「赤き十字で狂い散れ!」
     放たれたのは赤の閃光、望の銃撃。それは確かにチユリを捉え、逆十字の傷を刻み込む。
    『それで終わり?』
     かしゃりと鎖を鳴らし、続いたのは重い風音。
    「理彩っ!」
    「私は、絶対に、諦めない……!」
     望へと届いたはずの『死』の刃を、理彩が刀で受け、支え、逸らしていく。
     だが、避けることは叶わず。大きく肩を切り裂かれるが、――倒れるには至らない。
     灼滅者達が屍を葬り立ち回る中、虚空から生まれ出でるのは無数の刃。チユリが自在に『虚』の刃を放っていた。散里を煉が守るが、倒れる者が出るのは防げない。長く続く『虚』の時間。起き上がれなくなったのは、――眞。
     影の障壁を限界まで展開した煉が、チユリを影盾で狙っていく。
    『ああもう、主様。こいつら小賢しいよ、本当に』
     冷めた目、冷めた声、それは底に在る業腹を隠しているようで。
    「……ちょっと冷静になれよ」
     浴びせられるのは識の声。
    「これ以上は、アンタの損失も相当なもんなんじゃねえか?」
    『損失……? はは……、あははハはハッ!』
     屍達の呻きを背景に、哄笑。喜色な叫びを上げるチユリ。
    『ええ、うん、損失ね。酷い。これじゃ主様に怒られちゃう。だからね、死んで?』
     猛攻を凌ぎ、間隙を狙い、チユリが現れてから屍を十体以上は葬った。
     だが、それでも、――黒の髪は黒の刃と踊り戯れる。
    『お前達の首を主様に持って帰るの』
     屍達に群がられる煉と理彩の横を、黒の波が抜け、――散里と幽魅が崩れ落ちた。
    『主様、もうすぐですよっ。お前も、――死ねっ!!』
     魂を闇へと傾けながら、
     『死』の断罪も、多重の影盾によって減じ、守りに徹した煉は耐え凌ぐ。
    『悪足掻き悪足掻き悪足掻き、死ね死ね死ね、もう死になよっ!』
     捉えられない速度で放たれた『虚』の力。
     首が飛ぶ。
     断頭されたのは――、屍達。
     望によって刻まれた逆十字が、その一瞬、チユリの判断を狂わせていた。
    「面影糸を括り断ち切る剣を熾せ。――影剣立花」
     煉が、吼える。
    「……オレを地に這わせる事が出来るなら、やってみろ、血百合っ!!」
     乱れた黒の髪。断絶の枷が鎖を鳴り響かせた。
     放たれる黒の波。それを煉は寸前で避け、
     屍達の腕を、爪を、牙を、
     赤黒いスペードのスートを浮かばせ耐え凌ぎ、命を繋ぐ。
    『くっ……』
     自らの一撃により、屍の数は更に大きく減じていた。それが躊躇となり、一歩、足を引く。それは事態を理解させるに充分な引き金で。
     彼女は屍達に撤退を促し、煉を睨め付け、
     ――跳ぶ。
     口惜しそうに、倒れ伏した灼滅者を見下ろしながら、
     屍王の眷属『血百合』は、――煉灼滅者達の前から姿を消した。

     血に濡れた駐車場で、片膝を付け、あるいは腰を落し、荒い息を繰り返す。
     チユリの強さに歯噛みし、見仰げば――、夜空、銀の月が在った。
     生きている。
     誰も死んではいない。それは灼滅者達の勝ち得た、確かな勝利。

    作者:唯代あざの 重傷:橘・散里(夏ノ君・d01560) 鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365) 往羽・眞(筋力至上主義・d08233) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月26日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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