写し奪う鏡の殺意

    作者:六堂ぱるな

    ●写し取る者
     光差し込む壁際、夕焼け空の映る窓。音楽に興じる背中が見える部屋――。
     幾つもの『扉』を抜けた先、暗く閉ざされた闇の中に近づけば近づくほど。血が凍るような緊張感を掻き立てる、濃厚な死の気配が漂ってきた。
     うっかり眠りを破ることがないよう、ほんの一瞬鏡と同化して、とって返す。
     再び迷路のような幾つもの『扉』を駆け抜け、拠点へ通じる出口へ飛び出した。出かける前と変わらない風景に、安堵の息をつく。
     落ち着いて自分の力を確認してみて、彼女は会心の笑みをもらした。
     活動ままならない六六六人衆のハンドレッドナンバー。何処とも知れぬ処で眠りについている彼の力を、一部とはいえ手にしたのだ。
     ハンドレッドナンバーの蘇生がままならぬのなら、姿すら切り貼りで構わないのなら、「写し取って」しまえばいい。
     ――とはいえ。
    「……さすがに遥か上の序列の力というべきかな。馴染むのに時間がかかりそうだね」
     ベヘリタスの秘宝を六六六人衆たちが得ているのなら、力を収集していくうちに接触があるだろう。もちろんその時力を奪いにくるかもしれないし、その前に武蔵坂学園の灼滅者が現れることも考えられる。
    「備えあれば憂いなし、というからね。僕の目的が達成されるまで、キミたちにはしばらくつきあって貰うよ」
     酷薄な笑みを浮かべる合瀬・鏡花から少しでも離れようと、同じ部屋の端に身を寄せ合う人々が不安げに顔を見合わせていた。

    ●虚構の奥へ
     ガイオウガの化身との戦いは、十全の備えで挑んだ灼滅者たちも苦戦を免れなかった。
     熾烈を極めた戦いを制した彼らの中で、傷つく仲間を少しでも減らそうと闇に身を明け渡した者が出た。
    「その合瀬・鏡花を発見した。幸いにして、まだ誰も手にかけていない」
     彼女の失踪以来、全能計算域のすべてを捜索に傾けた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)が資料を手に説明を始めた。
     六六六人衆となった合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)には、自身を鏡として相手の能力を「写し取る」殺人技芸がある。鏡のある場所に封じられたハンドレッドナンバーがいるかもしれない、という賭けに勝ち、事実写し取ったわけだ。
    「それ、六六六人衆の序列高いやつらが接触してくるんじゃ……」
     顔色を変えた宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)に頷いて、玄乃は教室に集まった灼滅者に説明を続けた。
    「彼女がハンドレッドナンバーの力を完全に我がものとする前に、彼女を止めて貰いたい」
     力を安定的に使えないうちは鏡花は逃走を選ぶ。一般人を盾にもするし、それも無理なら自身の力だけで灼滅者と相対するだろう。
    「長野県の山中にある山小屋が彼女に占拠され、居合わせた登山客十二人が囚われている。灼滅者が踏み込めば盾にも使われるから、救助と避難誘導が必要だ」
    「よし、一般人は俺が担当しよう」
     ラズヴァンが請け負った。山小屋は簡素で大部屋と炊事場、トイレしかない。窓か扉を破って避難させ、巻き込まれないよう距離をとって護衛しなくては危険だ。

     六六六人衆の鏡花は殺人鬼と同じサイキックの他、割れた鏡やガラスを意のままに操ってウロボロスブレイドのように使う。無論、威力は灼滅者の時とは比較にならない。
    「最も警戒すべきはその意志と冷静さだ。取引の必要もない灼滅者が現れれば鏡やガラスから逃げるので、注意して臨んで貰いたい」
     彼女は武蔵坂学園の灼滅者を侮っていない。目的達成までは逃走も迷わないほど、ハンドレッドナンバーを目指す意志は強い。
     幸い、山小屋の窓は登山客の逃走防止に板が打ちつけられ、鏡花自身逃走に使えるほどの隙間もない。出入りに使っている姿見を破壊すれば、室内からすぐ逃走は出来ないだろう。
    「今回救出できなければ、ハンドレッドナンバーの力を得た六六六人衆を野に放つこととなる。彼女の力を削ぎ落とし、声をかけて引き戻してくれ」
     気をつけなくてはならないのは、灼滅者である鏡花もダークネスの状態を本来の姿と認識している点だ。ただ「帰ってこい」と訴えただけでは無駄になる。
     灼滅者である鏡花の思想に沿い、まだ封印としての役目は終わっていない、と思わせられなければ、彼女を救えなくなってしまうだろう。

     必要なことをなるべく表情を動かさず伝え終わった玄乃だったが、一拍おいて堪えかねたように長い溜息をついた。
    「彼女は私のクラスメイトだ。このようなことになって、共に迎えに行けないのが口惜しいが……諸兄らに全てを委ねる」
     不安を振り切るように言い切ると深く一礼する。
    「どうか彼女を連れて、皆で戻ってきて欲しい」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)

    ■リプレイ

    ●鏡像との対面
     冷え込んだ空気の中、山小屋は完全に包囲されていた。
     素早く扉の横の壁にとりついた高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)は、翼猫のリンフォースを伴い反対側に陣取った神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)と目を見交わした。鏡花はクラブの仲間。登山客と彼女、どちらも救って初めて成功だ。
     二人の視線に頷きを返し、久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)が相棒のイカスミちゃんと共に備える。仲間とタイミングを合わせ、一息に扉を押し破った。
     魂の片割れである霊犬の絆と共に踏み込んだ黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が見たのは、わずかに目を瞠った合瀬・鏡花だった。
     サイドテールが右側になっているだけで、容姿にはほとんど変わりがない。
     幸い鏡花と登山客の間は5メートル。救助を邪魔されないよう、葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)は竦む登山客の前に立ち塞がった。雛菊が手近な登山客の手を引いて外へ連れ出しながら声をあげる。
    「皆、転ばないように急いで出るんよ!」
    「外へ出るんだ!」
     宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)も急きたて、同時に外ではサポートにきた片倉・純也が窓ガラスを割り始めた。細かく砕く音がする。他にも居るのか、「救助に来ました。こちらへ」と登山客を誘導するのが聞こえた。
     冷静さを取り戻して向き直る鏡花に、楠木・朱音(繋ぐ鎖・d15137)が相対する。
    「地球一番のお節介、武蔵坂学園灼滅者。銀河最速で推参……ってな」
     にまりと笑って告げた彼の背から『Totenbuch』が疾った。ここで逃しはしない。
     光と闇の祈りと加護をヒエログリフで連ねた聖布が姿見を直撃し打ち砕いた。眉を逆立てる鏡花に、間髪いれず神凪・燐(伊邪那美・d06868)が間合いを詰めてくる。
     迎撃は容易いが、隙を突かれるのを嫌って鏡花は後退った。踏み切りの一瞬で炎を吹き上げた燐の蹴撃が、鏡花ではなくその奥、姿見を更に粉々に砕けさせる。
     砕かれた鏡へちらりと視線を送って、鏡花はふうとため息をついた。
     どうやら通路に使える欠片はなさそうだ。警戒していたつもりだが、バベルの鎖をかいくぐられては打つ手がない。
    「……本当に厄介ですね、キミたちは」
    「久しぶりっすね、鏡花。それとも別の呼び方がいいっすか?」
     にこりと笑ってギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が前へ出る。堕ちたと聞いてからの日々は一日千秋、手掛かりが掴めないのではないかと思うと気が気でなかった。必ず連れ帰ると誓ってきた。
    「殲具解放」
     封印解除と同時に、ギィの手に自身と同じほどの刀身をもつ無敵斬艦刀が現れる。
     半歩退いた鏡花の身体を、鈴が鳴るような音をたててガラスの破片が取り巻いた。姿見の欠片がその群れに加わる。鏡を扱う六六六人衆、それも今はハンドレッドナンバーの力を映しとっているという、危険な存在。
    「確かに僕は鏡花ですけれど、キミの言う『鏡花』ではないでしょうね」

    ●具現化する殺意
     利がなければ逃亡するのなら、足止めを。統弥が口を開いた。
    「取引をしたい。ハンドレッドナンバーの在処や力を知りたい。交換条件は、僕達がガイオウガから得たサイキックハーツの情報だ」
     鏡花は瞬きをした。サイキックハーツについてなど、一体いつ掴んだ話なのか。
    「そんな情報を持っているのですか」
    「序列を上げたいなら貴重な情報も欲しいでしょ?」
     明日等の言葉を鏡花は否定しなかった。それほどに序列を上げることに拘っている。
     避難中の登山客たちはまだそう遠くへは行けていないだろう。統弥はもう一押しした。
    「話を聞かないのは勿体無いと思うよ。少なくとも僕は知った時にすごく驚いた。ダークネスの中でも知っている者はごく僅かな筈だよ」
     灼滅者たちの悠然たる態度を見るに、本当に情報はあるのだろう。それを聞き出してからでもいいかと、鏡花は判断した。二人もの仲間を欠いた灼滅者なら蹴散らせる。
    「生憎ですが、ハンドレッドナンバーがどこにいるかは知りませんよ。僕は鏡を操る力をもって、『鏡のある場所に封じられた』ハンドレッドナンバーを見つけただけのこと――さあ、情報とやらを話して貰いましょう」
     勿論、灼滅者とてまともな取引になるとは思っていない。統弥がおもむろに無敵斬艦刀を抜き放ち、明日等が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
    「それは君が灼滅者に戻ってからだ。それなら何の問題も無い」
    「本気でハンドレッドナンバーを目指すというのなら、逃げずに私達と戦うことね」
    「小賢しいですね!」
     次の瞬間、山小屋の中にどす黒い殺気が充満した。

     山客を避難させに行った朱音と雛菊は、ラズヴァンと神鳳・勇弥に後を任せてすぐ戻ってきた。山小屋の外にあるという姿見を破壊しなくてはならない。
     と、二人の前に純也が飛び出してきた。鏡花が堕ちることになった戦いで共闘した三人が顔を合わせる。
    「先達楠木、久瀬。鏡は発見し破壊した。山小屋の窓も武器に使われぬよう処置済みだ」
    「うわぁ、ありがとう、すごく助かったんよ!」
     勇弥と手分けして割ったガラスや鏡を、デモノイド寄生体の強酸で腐食させたという純也に雛菊が声を弾ませた。
     闇堕ちとはすなわち、状況に絶望し、自らを諦めさせたということ。そうなるに至った一端は同じチームで戦った己にあると純也は思っている。
    「落ち度の軽減機会を頂こう。被害を出させはしない」
    「急ごう。まだ取り戻せるさ!」
     三人はまっすぐ山小屋へ向かった。近づくにつれて地響きと、激しい音が聞こえてくる。
     飛びこめば、既に戦いは激しい様相を呈していた。
    「灼滅者は少なからずダークネスという側面を持ちます。貴女の言う封印の器としての人格も、ダークネスとしての人格も、等しく『貴女』である事には変わりありません」
     攻撃に徹する統弥をふわふわのポメラニアン霊犬の絆に守らせ、空凛がギィに癒しの力を込めた霊力を撃ち放つ。山小屋の中は無数の鏡の暴威を受けて無惨にささくれていた。
    「鏡花ちゃん、お待たせしたんよ! 変身!」
     雛菊の封印解除で鮮烈な光が迸る。
     鮮やかな白と紫のコントラストが滑らかに形を得て華奢な体を鎧い、広がる白いスカートにも青いラインが入った。頭部を覆う流線形の装甲と、腰部の装甲に黄金のアクセントが宿ると、ご当地ヒーロー『シーアクオン』へと変じていた。
     面倒そうに鏡花が振り返る。
    「あの子の役目はもう終わりでしょう?」
    「それがどうした。お前さんが勝手に自分を終わらせていても、周りの者は誰一人として『灼滅者の』お前さんを、終わらせてなどいないぜ」
     いなした朱音が光と闇の祈りと加護をもたらす聖布を再び疾らせる。かろうじて命中した手ごたえに戦慄しながら鏡の鞭をかわす朱音の背後から、チェーンソー剣を構えた燐が一気に踏み込んで斬りつけた。
    「私達に勝てないようでは上位のハンドレッドナンバーは名乗れませんよ。まず、私達を殺してからですね」
    「私達と戦えば、本当の自分を見つけられるのではないかしら」
     明日等が構えた妖の槍の穂先から、魂まで蝕むような氷の弾を撃ち放つ。
    「では、そうしましょうか!」
     今の鏡花は六六六人衆。容赦のない攻撃が、かつての仲間に向けて放たれる。

    ●鏡の向こうへ
    「少し、歩みを止めて周りを良く見て下さい。あなたを求めてきた人たちを」
     『Cielo del arco iris』の一揃えから様々な空にかかる虹を描いた護符を飛ばし、空凛は前線を支えながら語りかけた。絆が消し飛ばされてからは、癒し手の妃那すら庇いきれなくなってきている。
     それでもダイダロスベルトを操り狙いを補正しながら戦う燐によって、鏡花の動きは徐々に制限されつつあった。ダメージも機動力も鈍る鏡花に、朱音が『白鋼棍光刃十字槍』を構えて突っ込んだ。神気で形成された穂先が、螺旋を描く刺突を食らわせる。
    「同行者をより傷ませまいとの先の開封であったなら、蓋の消失は問題だな。封印は未だ有用、各位の傷みをより早く止めるのは其方の役目だ、先達合瀬」
     毒を封じた薬瓶にたとえた純也の話を、鏡花は首を傾げて一蹴した。
    「人の意識など所詮仮初め。こだわることですか?」
    「例え仮初めの人格でも、その鏡花ちゃんを慕って皆が集まったんよ。わたしも……あの時の笑顔と守られた事は忘れん」
     誰が堕ちても不思議はないほどの死闘だった。小さな体に紫の鎧をまとったイカスミちゃんがタイヤ形の衝撃波を、息を合わせて雛菊がライフルを構えて撃ち放つ。
     よろけた隙に踏み込んだ統弥が『フレイムクラウン』を振りかぶった。漆黒の刀身には黄金の王冠。均整のとれた身体からは考えられない圧倒的な斬撃が、深い傷を刻みつける。
     咄嗟に跳び退る鏡花にギィが掴みかかった。
    「鏡花はよく言ってたっすよね。自分は内の闇を封じるための仮初の人格だって」
     攻撃を受けながらも、鏡花は冷静に隙を窺っていた。
     扉、窓、脱出の突破口を探す様子に気づかないギィではない。
    「ここで一つ例え話っす。鏡花を水袋、ダークネスを中身の水として。水袋に入れる水は容量が同じ限り変わらない。でも、水が入る水袋は、一つ一つ形が違うっす」
     背後に真紅の逆十字が現れた。オーラが形作る十字架が輝きを増すと、目を灼く光を放って鏡花を撃つ。
    「自分は鏡花の形が好きなんすよ。必要なら、内側の闇も含めて」
     彼女の抱き心地を思い返しながらギィは笑った。必ず連れ帰ると誓う。
    「それはまた、情熱的なことですね」
    「それに、力をなじませるにも今は封印の眠りに就いた方がいいんじゃないっすか?」
     酷薄な笑みを浮かべた鏡花は答えなかった。

     前衛たちの傷を歌声で癒し続け、妃那は鏡花に声をかけ続けた。
    「鏡花さんが自身のことをどう思っていようと、私達にとっての本物の鏡花さんは六六六人衆ではないんです。鏡花さん、あなたでなければ!」
     それには明日等も同意見だ。意志ある帯で肩へ斬りつけながら不敵に笑ってみせた。
    「お互い逃げているだけじゃ、目的は達成なんてできないわよ」
    「灼滅者など無力だという現実からも、逃げないことですね」
     冷然と告げる鏡花の周りで鏡の欠片が唸りをあげる。荒れ狂う竜巻に呑まれて明日等と雛菊が苦鳴をもらし、イカスミちゃんが消しとんだ。妃那を庇って血を滴らせるギィがいっそ楽しげに笑う。
    「はは、いい切れ味の鏡っすね!」
     写し取ったというハンドレッドナンバーの力からは程遠いが、それでも一撃の重さが違う。鏡花を外に出すまいとはしているが、時間の問題だ。
    「鏡花さん、貴女の気持ちも良く分かります。私も良く似た一族の当主です。ダークネスの人格も、貴女の言う器としての仮初の人格も同じ『貴女』ですね」
     床を滑る『矢車菊』のウィールが炎を噴き上げ、勢いを殺さず燐が躍りかかった。鮮やかな軌跡を描く蹴撃が鏡花の血に染まった衣装ごと身を焼いていく。
    「でもダークネスとして馴染まない力で身を削って歩む貴女よりも、灼滅者としての貴女を迎えに来た人達が来てますよ。仮初の貴女をありのまま受け入れてくれる人達が」
     鏡花の一族のように、燐の一族も外部との交流を断ち、ダークネスとの戦いは秘匿されたものだった。闇堕ちする親族も、生命を落とすものも珍しくない。幾つもの経験が彼女をここに立たせていた。
     反撃に繰り出された鏡の鞭を避けて続ける。
    「皆の手を取る道を選んでみませんか?」
    「まだ貴女は灼滅者として歩んで欲しい。私もダークネスのままだったら、今の幸せはありませんでしたからね。貴女自身が認めてなくても、鏡花さんが灼滅者として、笑顔でいていい、と言う人はここにいますよ」
     瞳によくあう上品な紫色の『六合』を軋ませ一撃を加えながら、空凛が声を振り絞った。愛に悩むあまりに闇堕ちしかけた彼女の言葉は、彼女を救った一人である燐や学園の仲間たち、大切な人を得た経験だからこそ響く。
    「しつこいですよ。それとも、誰か死ななければわからないのでしょうか」
    「命は何かの為に使うものだ、それを使命という。鏡花さんには、ダークネスを封じるという使命がある。もう一度立ち上がるんだ」
     着実に攻撃を捻じこまれ、脚を狙われ、残る盾の加護も懐に飛び込んだ統弥の繰り出す『ムーングロウ』に剥ぎ取られ、鏡花は初めて顔をしかめた。

     自分ではなく、裡へ。灼滅者たちは『封印』たる鏡花へ語りかけている。

    「慕われて必要とされてる時点で、皆やわたし達にとってのかけがえのない友達と言う役目があると思う。その放棄は皆が悲しむんよ……鏡花ちゃん」
     訴えながら雛菊は焼き穴子のオーラを纏った。力強いガイアパワーのみならず空腹を刺激する香ばしい香りを漂わせ、たたらを踏んだ鏡花をとらえてクラッチすると一気に脳天から叩き落とす。
    「少し黙ってくれませんか!」
     跳ね起きた鏡花が雛菊めがけて床を蹴った。咄嗟にギィが割り込んで雛菊を押しやる。
    「さあ、もっと自分を見てくださいな!」
     どれだけ傷つけられようと、一太刀一太刀が鏡花から自分への愛の形だとギィは信じていた。同時に仲間が守れるなら一石二鳥だ。
     と、鏡花が目の前から不意にかき消える。
    「……!」
     熱い感触が斜め後ろから頸を薙いだ。激痛が遅れてやってくる。勢いのまま体当たりを喰らわされ、ギィの身体は窓を塞いだ板をへし折り外へ吹き飛んだ。彼を盾に衝撃をやりすごし、鏡花が一転して起き上がる。

     『封印』が頭をもたげつつある。一刻も早くここを逃れ、再び心の淵深く沈めてしまわなくては。我がものとしたハンドレッドナンバーの力で上位序列へ食い込むのだ。
     上へ、もっと上へ。

     駆けだそうとした鏡花は一瞬バランスを崩した。脚を強い力が掴んで放さない。
    「鏡花さん!」
     縛めるは陽光が作る影から現れた漆黒の兎。操る妃那の清楚な笑顔は影をひそめ、瞳には必死の色がありありと浮かぶ。
     いつも持っている兎のぬいぐるみは願かけで置いてきた。
     一緒に帰って、一緒にただいまを言うために。
    「このままだと新しいハンドレッドナンバーが生まれることになります。封印としてそれを放置していいんですか?」
     応えずに渾身の力で影を引きちぎった鏡花の前には、既にギィが立ち塞がっていた。
    「どこにも行かせないっすよ――帰ったら、皆で愛し合いやしょう」
     唸りをあげた『剥守割砕』の斬撃が鏡花を打ち据える。衝撃で脚が止まった瞬間に。
    「そろそろ鏡の世界から戻ってもらうぜ!」
     朱音の手の中で純白の棍が一回転し、両端の金冠が陽光を反射する。逃れられない鏡花の鳩尾を抉るように突いた一撃は、身体が爆ぜるような追い打ちの魔力を流しこんだ。びきりと音をたてて、氷の呪いが身体を這う。
    「さあ、貴方の役目を果たしなさい!」
     傾ぐ鏡花の胸へ迷いなく、真一文字に明日等の槍が疾った。

     槍に貫かれた鏡花の身体から、がくりと力が抜ける。
     倒れる前に血にまみれたギィがなんとか抱きとめた彼女の姿は、再びの左右反転。
     灼滅者に戻っていた。

    ●そして虚像は現実へ
     降り注ぐ陽光に鏡花は眉を寄せた。
     もう指一本動かせないほどくたくただ。
     身体も疲れていたけれど、ダークネスの意識を抑えこむのに精神力を使い果たしていた。瞼をあけるのすら億劫な身体に、誰かが取りすがっている。
    「よかった、鏡花さん……」
     涙声は妃那だった。彼女がいつも抱えている兎のぬいぐるみになったような気分で、それがひどく、『戻ってきた』感じがして安心する。
    「大丈夫っすか、鏡花?」
     ギィの懐かしい声に、鏡花はすぐに答えを返せなかった。
    「気付けが必要そうっすね」
     苦笑したギィのキスが、鏡花の唇に落とされる。自身と仲間の血で汚れた頬を、口調だけはつんとした様子の明日等が優しく拭った。
    「……心配かけてくれたわね」
     無事戻って仲間の暖かさに触れて欲しい、と願っていた空凛の喜びはひとしお。義妹の傍に燐が笑顔で寄り添う。慎ましく背を向けた朱音と雛菊も目を見交わし、安堵の息をついた。堕ちた現場に居合わせた者として、無事の帰還ほど嬉しいことはない。
    「登山客の人たちも無事みたいね」
     明日等の言葉に一行が顔をあげると、彼方に勇弥とラズヴァンの先導で下山していく登山客が見えた。純也が事態終結を伝えに行ったようだ。
    「ああ、晴れましたね」
     天を仰いだ統弥がまぶしそうに目を細めて呟く。
     麓で見た曇天が嘘のように、空は抜けるような青空だった。

     『己』であるには、誰しもきっと誰かと何かで繋がっていて。
     手を伸ばした仲間の絆のもとに、己を取り戻した少女が再び灼滅者として目覚める。
     力と殺意を写し奪った孤独な鏡像を、魂の淵の奥深くへ沈めて。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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