きつねのよめいり

    作者:篁みゆ

    ●お天気雨の不思議な光景
    「……来てくれて、ありがと」
     ぼそりと集まった灼滅者たちに告げたのは暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)である。
     そこは風流な石畳の道の近く。時刻は昼間、天気は晴れ。
    「都市伝説の発生を、確認した。狐の嫁入り」
     サズヤによれば、都市伝説はお天気雨の時に現れるのだという。お天気雨のことを「狐の嫁入り」と言ったりするが、それになぞらえてか、都市伝説は嫁入り行列の姿をしているという――ただし狐の顔をした、二足歩行の人間の姿をしている。
    「お天気雨の時、その石畳の細道に男女のカップルが入ると、都市伝説が出てくる」
     花嫁がカップルの男性を自分の夫になる者だと思い込むらしく、男性にくっつく上に、花嫁やお供達はカップルの女性を邪魔者とばかりに攻撃してしまうらしい。最後には、男性も嫁取りの日に浮気をしたとして殺されてしまうらしいが――。
    「一般人には脅威。でも俺たちにはあまり強くない相手。囮を立てて呼び出すのが、いい、と思う」
     サズヤはそう告げると、都市伝説は怪談蝋燭のサイキックのような攻撃をしてくると告げた。ただし彼の言うとおり、一般人には脅威なサイキックだが灼滅者たちには弱い相手であるので、花嫁とお供たち全員合わせて弱い都市伝説1体分の戦力と考えていいだろう。
    「あと、終わったら、これ……」
     サズヤが差し出したのは、近くにあるうさぎカフェの一時間無料券だ。
    「狐じゃない、けどもふもふかわいい、と思う」
     興味があれば寄ってみるといいだろう。
    「お天気だけど……雨、降りそう」
     雨が降る前はなんとなく雨のにおいがする。暫く待てばお天気雨が降りそうだった。


    参加者
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    若草・みかん(スィートネーブル・d13977)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)

    ■リプレイ

    ●雨の中の花嫁行列
     雨の匂いがする。空の色は明るいから、なんとなく不自然だ。けれどもそれは、時々ある現象の前触れ。
    「きつねのよめいり、すてきなおはなしだもの。みんなしあわせ、じゃなくっちゃ、かなしいわ」
     そう呟いてナノナノのだいだいに「頑張ろう、ね」と告げる若草・みかん(スィートネーブル・d13977)。その横で暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)が「……ん」と頷いて。
    (「……きつねの、よめいり。お天気雨の行列は、誰も傷つけない、優しい話にしたい」)
     心のなかで、強く想う。
    「狐の嫁入りは聞いた事あるけど、実際に見るのは初めてなんだっ!!」
    「そうですね、天気雨は不思議で素敵な風景が見えますし、このような噂が流れるのも頷けますが」
     興奮気味の大鷹・メロ(メロウビート・d21564)の声に、碓氷・炯(白羽衣・d11168)がのんびりと答えて言葉を切り。
    「害があるのならば対処しなければなりませんね」
     害がなければその幻想的な光景を行列が終わるまで見ていたいと思うだろう。だが今回の行列は、ただ幻想的なだけではないのだ。
    「うちの神社はお稲荷さまも祀っているので、都市伝説とはいえ狐さんの顔をぶん殴るのはちょっと気が引けるのですが……人の迷惑になるなら仕方ないなのですよね!」
     日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)が困惑したように告げるが、最終的に行き着くのはやはり害となるならば見過ごせぬという思いだ。
     と、明るい空からぽつり、ぽつりと雫が落ちてきた――先程までの雨の匂いが結実したような雨粒だ。次第に量を増していく雨粒だが、ざあざあというよりもしとしとという表現がふさわしい降り方をしているのが、なんとも適した雰囲気を作り出しているというもの。
    「……」
     都市伝説の出現を待つ間、新沢・冬舞(夢綴・d12822)はフード付きパーカーを羽織って雨粒をしのぐ。傘もいいが、なんとなく濡れたい気分なのだ――。
    「行ってくる」
     告げたのは囮となる御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)だ。同じく囮を務める色射・緋頼(生者を護る者・d01617)とともに一つの傘におさまり、細道へと向かう。
     寄り添い、腕を組んで。一つの傘ゆえ濡れぬためというよりは、見せつけるように。短時間でもデート気分を味わおうとしているのだ。
    「約得だね、白焔」
    「そうだな」
     そっと視線を合わせながら、白焔は緋頼と歩調を合わせて進み行く。ふたりとも周囲への警戒は怠らないが、この甘い時間はしっかりと堪能しておきたい。だが、この時間は長く続かなかった。もちろん、それも分かっていたから仕方がない。
     ひたひたひた……ぴちゃぴちゃぴちゃと小さく雨音を立てて、複数の足音が向かいから近づいてくる。白焔が傘を動かして向かいの光景に視線をやると、近づいてくるのは和服の行列。先頭をゆく男たちが提灯を持ち、後ろを歩く白無垢の花嫁は裾を汚さぬよう花嫁衣装に手を添えている。そんな花嫁を雨から守るように、男が赤い傘を掲げていた。
     と、花嫁が顔を上げた。綿帽子の下から覗くその顔は、狐のおもて。その瞳がまず捉えたのは――白焔だ。
    「――婿様!!」
     走りにくいだろう、それでも傘の下から飛び出して走り来る花嫁。彼女が続けて視界にいれたのは、白焔に寄り添う緋頼だ。
    「婿様、このおなごは……。わたくしの婿様を誘惑するつもりか!」
     顔を歪めた花嫁の手から、緋色の炎が飛ぶ。それを受けた緋頼が動くより早く、白焔が動いた。
    「私が娶るのは緋頼なので」
     言うが早いか白焔の姿が消えた。いや、動きが早く、消えたように見えたのだ。次の瞬間、容赦のない拳の一撃が花嫁を下方から襲っていた。
    「思ったよりも綺麗ですね」
     紡がれた緋頼の言葉は同情や憐憫を含んだものではない。狐のおもてだが顔貌は整っていて、花嫁衣装も美しいと心から思ったのだ。流れた噂次第では普通の花嫁行列になっていた可能性もあるのだと思うと、もったいなく感じる。でも、でもでも。
    「白焔は渡しませんよ!」
     彼だけは、譲れない。緋頼は盾を振るって花嫁を殴りつけた。痛みに嘆く声が耳に痛い。けれども、けれども。
    「花嫁に何を!」
    「かかれ!」
     行列から飛び出してしまった花嫁を追ってきたお供たちが、傘をかなぐり捨てて緋頼を集中的に狙う。だが元より灼滅者たちには格下の相手。彼らの意気込みとは裏腹に、緋頼の傷は浅い。
    「狐さんの姿を借りてご迷惑をかけるなど不届き千万! 神社の巫女としてきっちり成敗なのです!!」
     駆けつけたかなめが『其は旋風を繰りて地を駆ける』を履いた足を振るうと、暴風を伴う蹴撃でお供が数人体勢を崩した。
    「ああ、貴女はどんな赤色を咲かせてくれるのでしょう」
     炯の身体から漏れ出したどす黒い殺気が、花嫁へと向かう。花嫁が恐怖にまみれた声をあげているうちに冬舞は緋頼に帯を纏わせて傷を治すと同時に守備を固めていく。
    「フラム!」
     メロは霊犬のフラムに呼びかけ、タイミングを合わせる。メロの殺気が花嫁を守るお供たちを包むとほぼ同時に、フラムの六文銭がお供たちを消してゆく。
     チラリ、お供の数も減って明らかに劣勢の花嫁を見やるサズヤ。思うところはあるが、今は――。
     サズヤは『『集真藍』』でお供を刻みつけ、確実に数を減らす。
    「こんにちは、おきつねさま」
     花嫁に告げたみかんは、花嫁を守るように立つお供をロッドで叩く。お供が体内に入り込んだ魔力で苦しんでいる間、だいだいは別のお供を狙った。
    「婿様、心変わりされたのか……」
     それは怒りか悲しみか、それとも両方なのか。花嫁の頬を伝うのは、雨雫か涙か。震える手で呼び出した青い炎の幻影が前衛を襲う。
    「……」
     花嫁の問いに花婿と勘違いされている白焔は答える言葉を持たない。彼が花嫁にと決めているのは初めから、都市伝説の彼女ではないのだから。白焔は死角に入り、確実にお供を屠る。合わせるように放たれた緋頼の『Silverblood』が、彼が屠った隣のお供に後を追わせた。
    「おのれ、おのれおのれ……」
     随分といるように見えたお供の数は、もうほとんど消えていた。それでも彼らは花嫁を守るべく、緋頼と、今度は白焔をも狙った。
    「あーたたたた……ほぁた!! 絶招「驟雨」なのですッ!!」
     かなめは『其は万象を廻るものを宿す』を纏った拳で確実にお供を落とす。
    「すごい、行列だったのにね」
     笑顔を崩さぬまま、メロは素早く動く。そして死角からお供を斬った。フラムは緋頼の傷を癒やしていく。続いてみかんが喚んだ雷が最後のお供を消し、だいだいは白焔の傷を癒やした。
    「とどめは任せた」
     冬舞が放った漆黒の弾丸が白無垢の胸のあたりを貫く。
    「ああ……綺麗ですね」
     接敵した炯が納刀状態から抜き放った刀が、白無垢を紅色に染め上げて――花嫁が消えようとしているのが、誰からの目にも明らかだった。その時。
    「その蝋燭は、狐火?」
     崩れ落ちた花嫁にゆっくり近づいたのはサズヤ。
    「雨で消えてしまわぬよう、俺と一緒に、来てくれないだろうか」
     そっと、花嫁を手招きする。
    「花婿には、なれないが、俺は、一緒に居られる」
    「――ありがとう」
     傷だらけの花嫁は、残された力を振り絞ってサズヤに近づく。だが。
    「……吸収、できない」
     恐らくルーツが七不思議使いでないためだろう。この都市伝説を連れていきたい、その気持は強いのだが。
    「……お気持ちだけで、十分でございます」
     花嫁が、微笑んだ。気がつけば、雨が上がっている。花嫁の身体はどんどん透けて、まるで空へと溶けていくようだ。
    「――おやすみなさい」
     花嫁に祝福を、花婿には応援を。冬舞が告げると花嫁は小さく頷いて、そのまま溶けていった。

    ●もふもふ
     目的のうさぎカフェはちょうど客が途切れたところで、全員で入店することができた。幾つかスタッフから注意事項を聞いた後、それぞれ思い思いに店内へと散る8人。
    「うさぎってかわいいよねっ。狐カフェはさすがにないみたいだけど、あったら楽しそうっ!」
    「お稲荷様を祀った神社なら、あるなのですけど」
     メロとかなめが隣り合って座ってそんな話をしていると、ぴょんっとかなめの膝に飛び乗ってきた子がいた。壁に貼られているうさぎスタッフ紹介を見れば、人懐っこくて膝の上に乗るのが大好きな子らしい。アメリカンファジーロップという種類のその子は、小さくて白黒の長毛、垂れ耳のうさぎだ。
    「小さくてふわふわなのです」
    「可愛いっ! あたしの所にもどの子か来てくれないかなっ?」
     メロがきょろりと視線を動かすと、真っ白な子と視線が合った。
    「おいで~!」
     呼んでみる。犬や猫のように呼んで来てくれるかわからなかったが、その子はゆっくりとメロのそばに来て、ペロペロと手を舐める。
    「可愛い……真っ白な毛並みがモフモフさを引き立てて……あ、落ち着いてもふもふしなきゃ怖がられちゃうかなっ?」
     頭を撫でていた手を引っ込めると、その子はもっと撫でてと言わんばかりに催促してくるので、メロは安心してもふもふと撫でる。どうやらかなめのところに来た子と同じ種類のようで、うさぎの中でも人間の言葉や感情などを敏感に感じ取ると言われているらしい。
    「そういえば、うちの神社に数年間ずっと兎変身してる方がいらっしゃるんですよね。兎生活ってそんなに魅力的なんでしょうか?」
    「数年っ!? すごいねっ」
     かなめとメロはそんなふうに言葉をかわしながら、それぞれなついてくれた子におやつをあげてモフモフを堪能するのだった。

    (「存在は知っていたのですが、一人だと中々来る勇気も無くて……うさぎさんに負担をかけない程度に、存分にもふもふさせて頂きましょう」)
     もふもふを始めとした動物に目がない炯にとってはここは楽園。実はとても楽しみにしていたため、スタッフの説明は真剣に聞いたものの、近くにうさぎがいるということでウズウズしてたまらなかった。
    「どの子にしましょうか……」
     フロアに居るどの子も可愛くて、目移りしてしまう。だが、視界の端に映ったもふっとした毛玉が気になって、視線を戻した。そっと、その子に近づく。耳まである白い長毛に赤い目のその子はイングリッシュアンゴラというらしい。負担にならないようにとそっと手を伸ばしてみれば、思ったより毛が長くてもふもふで。
    「もふ……もふ……」
     うっとりしながらぬいぐるみのようなその子を撫でていると、なんと膝の上に乗ってくれて。
    「あ、折角ですからおやつを……」
     スタッフに頼んでおやつ持ってきてもらうと、膝の上で嬉しそうに食べる毛玉。
    「動物はやはり愛らしく素敵なものですね。時間を忘れてずっとこのままでいそうです……もふ……」
     心から満足した様子の炯とうさぎの前を、一羽のうさぎが駆けていく。「あ、そっちは……邪魔しては……」
     そこまで告げて気づく。こんなかわいいうさぎたちなのだから、あのふたりも邪魔には思わないだろうと。

     シートクッションに並んで腰を掛け、壁に背を預けながらも白焔と緋頼は寄り添っていた。お互いの体温を、身体が触れ合う部分で感じる。
     うさぎは繊細だと聞いたから、大きな音を立てないように、時折紅茶を飲みながらも二人で話す時は小声になるから自然、顔の位置が近づいて。
    「兎も可愛いですよね」
     緋頼がおやつで気を引いたうさぎはミニレッキスという毛並みの美しい種類の、キャスターと呼ばれる茶色系の子だった。おやつを食べ終えるのを待ち、膝の上へと招く。
    「ああ」
     うさぎと戯れる緋頼をもちろん可愛いと思いつつ、彼女が寛げていたら嬉しいと思う白焔。
    「……ん?」
     気がつけば、足元に二羽、うさぎが寄り添っていた。黒い身体で足先だけ白いフレンチロップの子と、ジャージーウーリーというふわふわで小柄な子だ。ねだられたような気がして、そっと手を伸ばして頭を撫でてやる。そんな彼を見た緋頼は。
    (「戦闘時と動物と戯れる白焔は結構違うけれど、どっちも好きで楽しい」)
     そっと携帯のカメラを起動させて、もちろんフラッシュは切って写真を撮る。
    「楽しそうだよね、白焔」
    「緋頼も楽しんで……っと」
     彼女の表情を見てそう返した白焔の膝に突然何かが乗っかった。見ればさっきまで離れたところにいたホトという種類の、真っ白で目の周りだけ黒い子がそこにいた。
    「白焔、兎に好かれているみたいね」
     緋頼が楽しそうに笑った。

     無性に癒やされたいと思うことってあると思う。今、冬舞はまさにそんな心境だった。
    (「ロップスイヤーもいいが、……うん」)
     みんなが構っているうさぎに視線をやり、その種類の多さに驚きつつも座った自分の足元に自ら寄ってきてくれた子に手を伸ばす。灰色のヒマラヤンだ。
    (「首元がもふもふしているのが、なんとはなしに、実によいと思う、うん」)
     撫でてもふもふを堪能しつつも、悩み、思うことはたくさん。
    (「瀞真と話したいな……」)
     ぼんやりと、そんなことを思って。気がつけば撫でる手が止まっていた。手をぺろりとされて気づく。
    「もっと撫でてほしいのか? 来るか?」
     あぐらをかいた膝を軽く示すと、ぴょんと飛び乗ってぽふ、と真ん中に収まる可愛らしさ。冬舞は再びその子を撫でる。
     もしかしたらその子は、冬舞の気持ちが少しでも軽くなるようにと願って寄り添っているのかもしれない。

    「どの子もとっても可愛いのね」
     みかんはサズヤと共に床に座り、うさぎたちを眺める。驚かさないように。そうしているうちにサズヤのそばに寄ってきたのは、首の周りにライオンのようなたてがみのある子。そっと膝に乗せ、スタッフ紹介を見る。
    「ライオンラビット、というのか」
     たてがみが長くて柔らかく、眠くなりそうだ。
    「みかんも、だっこすると良い……ちいさいので、きっと大丈夫」
     サズヤは近くに来たネザーランドドワーフを優しく抱き上げ、みかんの膝へと乗せる。
    「わ、サズさんありがとなのよ。えへへ、もふもふふわふわね」
     優しく頭を撫でると、うさぎも嬉しそうだ。
    「餌も、食べるだろうか……おおー」
     カリカリと食べるライオンラビットに感嘆の声を漏らし、サズヤは「おいしい?」と小首をかしげて問う。その様子があまりにも微笑ましくて、みかんはくすりと微笑んだ。
    「……?」
     その微笑みの意味はわからなかったが。
    (「なんだろう、みかんが楽しそうなので、それでいいか」)
    「……せっかくなので、延長したい。みかんは、どう?」
     ライオンラビットのもふもふに顔を埋めながら問うサズヤに、みかんは表情を明るくして答える。
    「わ、もちろん! 延長に賛成、なのよ」
     もふもふ効果だろうか、それぞれ皆、有意義な時間を過ごすことができたようだった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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