戦餓鬼は勝負に飢えて

    作者:泰月

    ●一対多の勝負
     ドゴォォォォンッ!
     とあるヤクザの屋敷の門が、派手な音を立てて破壊された。
    「な、なんじゃぁ!?」
    「せ、正門が壊れ――んん?」
     物音に集まってきた組員達は、揃いも揃って目を丸くした。
     まず、壊された門を見て。
     そしてその残骸を踏み越えて進んでくる、傷だらけの青年の姿に。
     着ている服はボロボロ。治りきっていない傷もある。立っているのが不思議なくらいだが、足取りは実に確りしていた。
    「な、なんだ、このガキは……」
    「餓鬼は餓鬼でも、戦餓鬼だ。勝負しろ! 俺と勝負しろぉ!」
    「勝負だぁ? 何言って――」
    「勝負しろ! 門壊した相手と勝負もしない、腰抜け揃いじゃないだろ!」
     青年の挑発に、組員達の顔が怒りで赤くなる。
    「舐めたクチききやがって……!」
    「どこの鉄砲玉か知らねぇが、ただで済むと思うな! やっちまえ!」
     一斉に響く発砲音。だが、青年は銃口を向けられると同時に、その中に自ら突っ込む形で、地を蹴って飛び出していた。
     幾つかの銃弾に当たりながら、青年はヤクザ達の銃を叩き落とし、その全てを踏み潰して壊していく。
    「流れ弾で死なれちゃ困るんだよ。俺がしたいのは勝負だからな」
    「な、こ……クソがぁ!」
     木刀やドスが、幾つも青年に向けられる。青年は笑みを浮かべて、再びその中に自ら躍り出る形で飛び出して――。

    「これだけ騒いでも人間だけ――ハズレだったか。けど、いい勝負だったぜ」
     全員をただ殴り倒した青年は、倒れた人々を踏まないように飛び越え、悠々と屋敷を後にするのだった。

    ●勝負を求めて
    「見つかったって?」
    「ええ、間違いないわ。ヤクザの屋敷を襲撃してたのが判ったわ」
     上泉・摩利矢(大学生神薙使い・dn0161)の問いに、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)が他の灼滅者達の顔も見回して答える。
     教室には、ガイオウガの力の化身が一つ、朱炎狼との戦いで闇堕ちした森沢・心太の行方が判ったとの知らせを受けた灼滅者達の姿もあった。
    「今の彼――『戦餓鬼』は、勝負の相手を求めて放浪しているわ。傷を癒す時間すら取らずにね」
     イフリート戦で負った傷痕を残したまま、その上から、切り傷に打撲に弾痕と、新たな傷を幾つも負っている。
     とは言え、新しい傷はいずれもかすり傷ではある。今までのところ、戦餓鬼の勝負の相手は全て人間だったからだ。
     別に人間のみを狙っていると言うわけではない。
     見つからないのだ。ダークネスが。
     戦餓鬼が知り得たダークネスの情報は、心太の記憶から得たもの。
     つまり、イフリート以外のダークネスの情勢の詳細は判らず、と言うわけだ。
    「ヤクザ相手……もしかして、昔の私がいた組ようなものを探してか?」
    「それもあるみたいよ」
     摩利矢の言葉を、柊子は首肯する。
     学園がこれまで経験したダークネス事件の中に、カタギではない人間の中にダークネスが紛れていたり、関わっていた例もある。
     勝負への欲求を満たしつつ、ダークネスを探す。
     2つの目的を兼ねた標的として、カタギではない人間相手になっているのだろう。
    「戦餓鬼は武器は使わないわ。戦闘は全て、素手」
     ストリートファイターの使うサイキックに近いが、鋼の拳は気を組み合わせることで遠距離まで届く拳撃となっている。
     他にも風を斬る技に、自己暗示で体を賦活させるものもある。
    「ん? ヒール系も使うのか」
    「戦いの中なら、使うわよ。これまで人間相手の勝負では、戦餓鬼はこれらの技は一度も使っていないのよ」
     戦餓鬼がしたいのは、勝負であって、殺戮や虐殺ではない。
     人間相手の勝負は、全て力を抑えている。1人の死者も出していない。堕ちたら本気で戦えるかもしれないと思ってだ。
     翻せば、これまで一度も本気の勝負を出来ていないと言う事。
    「だから、こちらが何人でも、灼滅者との勝負から逃げない筈よ。次に狙う組は判ったから、先回りして待ち伏せて、勝負を挑めるわ」
     すぐ近くに、広い河原がある。そこに場所を変えるのも、素直に受け入れるだろう。
     罠を警戒しないわけではない。あっても粉砕して殴る気なのだ。
     それほどに、戦餓鬼の勝負の欲求は強いと言う事だ。

    「最後に1つ、気になる事があるわ」
     粗方の説明を終えた柊子は、最後にそう切り出した。
    「心太さんの魂がまだ残っているのは間違いないわ。でも、戦餓鬼に対して抵抗している様子が見られないのよ」
     諦めた――心太をよく知る者が、それはすぐに否定する。
     ならば機を待っている? ――そうだとして、いつまで持つ?
    「あまり長くはないわ。今回救えず取り逃がすような事があれば、次は完全なアンブレイカブルになってしまっていると思う」
     戦餓鬼は特に心太を消そうとはしていないようだが、限界はある。
     それに、戦餓鬼も勝てる勝負しかしないわけではない。
     ガイオウガの様に最初から勝ち目がない相手は避けたようだが、ダークネス相手の勝負に負ければ、それは命を落とす事に繋がる。
     いずれにせよ、次はないという事。
    「私から言える事は、これで全部よ。後は、皆で帰ってくるのを待ってるわ」


    参加者
    黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    水心子・真夜(剣の舞姫・d03711)
    永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)
    葛葉・司(天微星の戦姫・d18132)
    荒覇・竜鬼(一介の剣客・d29121)

    ■リプレイ

    ●再会
     秋風に、混ざる血の匂い。
     その匂いの主は、血に塗れた姿で狂楽的な笑顔を浮かべていた。
    「――ハハッ。此処でか! 此処にいたか、灼滅者!」
     目指していた場所の前で目指していたものとは違う、それ以上の獲物を見つけた戦餓鬼は声を弾ませる。
    「あんたら3人だけか? 思ったより少ないが――勝負だ。俺と勝負しろ。どうせそっちもそのつも」
    「ここより、良い場所があるからそこで、どう?」
     戦餓鬼の言葉を遮って、刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)がそう提案する。
    「あっちに広い河原がある。そこで勝負しようぜ」
    「着いて来い。灼滅者が、本当の勝負をしてやるよ」
    「判った。早く行こうぜ」
     風真・和弥(風牙・d03497)と永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)の言葉に、戦餓鬼はろくに迷いもせずに頷いて、3人を急かす様に早足で歩き出した。
     当初狙っていた、そこの屋敷のヤクザ連中はもう眼中にないようだ。
     尤も、万が一が起きぬよう、屋敷の中の大半は、上泉・摩利矢(大学生神薙使い・dn0161)の風で端から眠らされていたが。
     そして――。

    「やはりか。やはりそう来たか!」
     河原に着いた戦餓鬼の笑みが、更に一段と楽しげなものに変わる。
    「久しぶりですな……森沢殿。まさかこんな形で再会することになるとはね」
    「ああ……ああ! その黒ずくめ、こいつの記憶で見た。他にも……こいつの記憶で覚えのある灼滅者が1、2……15人か?」
     荒覇・竜鬼(一介の剣客・d29121)の言葉に頷きながら、戦餓鬼はそこに揃った灼滅者の数を指折り数える。
     正確には灼滅者が16人。
    「ダークネスの最新情報、お教え致しますわよ。勿論、わたくし達に勝てたらの――」
    「要らねえよぉ!」
     その数に逃げる事を考えないよう、葛葉・司(天微星の戦姫・d18132)が告げようとした条件を、戦餓鬼は聞き終わる前に一蹴した。
    「そんなモノなくても、逃げるものか。俺は、こいつの記憶を通して知っている。あんた達が、何度もダークネスを倒してきた事を! 灼滅者が強者だと!」
     溢れだす。
     戦餓鬼の中から、抑えきれない勝負への欲求が。
    「俺と勝負するために、強者が用意した戦いの舞台! そこから逃げる理由があるものかよ! 罠を仕掛けてようが、全部踏み潰して戦ってやる!」
     8人が相対し、他の顔ぶれが周囲に散開するのを嗤って見送りながら、戦餓鬼が声を張り上げる。
    「ありませんよ、そんなもの。此処にしたのは、巻き添えが出るのはお互い不本意でしょうから」
    「まあな。人間は堕ちれば本気で戦える相手になるかもしれないしなぁ」
     軽く嘆息しながら黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)が告げた言葉に対するそれは、実にアンブレイカブル的と言える言葉だった。
    「で、当の心太は元気にしてるか?」
    「こいつは返してやるよ――俺に勝てたらな!」
     念の為にと京介からの問いに対する戦餓鬼の答えは、まだ手遅れではない証。
    (「機を待つ、ですか。私達が来る事を信じて、力を温存しているのでしょうか。それとも、灼滅者十数人を相手取れる状況を楽しもうというのか……」)
     胸中でそう呟いた結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は、ゆっくりを顔を上げ、戦餓鬼を見据えて口を開く。どちらにせよ、やる事は変わらない。
    「いつものように側で優しく笑って欲しい所ですけれど。此処はご希望通り、楽しい勝負になるよう努めましょう」
    「きっと二人の愛の力で解決する……私はそう信じているわ♪」
     槍を向ける静菜の隣で、水心子・真夜(剣の舞姫・d03711)が明るい声を上げた。

    ●一人と独りの差
    「先ずは一番強そうな、あんた達から!」
     左右それぞれの拳に闘気と雷気を纏わせた戦餓鬼が、足元の土を軽く陥没させる程に力強く踏み込んだ。
    「山姫!」
     竜鬼の声で、その片割れである羽根の生えた三毛猫がふわりと舞い、放たれた気拳の衝撃を受け止め遮る。
     そうと見るや、踵を返して飛び出す戦餓鬼。
    「させないわ。私が見たいのは、こう言うのじゃないのよ」
    「なら、吹っ飛べ!」
     戦餓鬼の拳は、立ち塞がった真夜が盾代わりに翳した刀を弾き飛ばし、放たれた雷気がその背中から突き抜ける。
    「それは大事な物ですよ」
     雷気の消えた右腕を、静菜の手が掴む。
     2人を見下ろす高さまで打ち上げられた真夜は、空中で体勢を変えながら静菜に自らの闇の力を注ぎ込んだ。それを見上げて、京介は真夜に癒しの力を込めた矢を放つ。
    「全く、こんなにして。己が強くなった軌跡を忘れるほど、お馬鹿でないでしょう」
     静かに言った静菜は、心太の数珠に赤い花飾りを通して、抑える。
    「っ――何をっ!」
    「あら、気になるなんて、集中力が低いのですね」
     腕を振り払った戦餓鬼の注意が飾りに傾いた隙に、静菜が片腕を変異させ、鬼の拳を叩き込む。
    「私達は垓王牙を灼滅してなお、戦意の衰えない最強の灼滅者。本気で来ないと、大変ですよ?」
    「左様。例のデカブツは倒されました。もう闇に力を求める必要はありません」
     続いた声は、戦餓鬼の背後から。
    「それに、学園有数の実力者である貴方にいなくなられると、梁山泊だけでなく武蔵坂にも影響が及びかねんのですよ。早く戻ってきてくださいな、森沢殿」
     無言で戦う事が多い竜鬼にしては、珍しい口数。
     だが、それで手が狂う事もなく、右のナイフを避けさせて真っ白な刃を持つ左の大太刀で戦餓鬼の足に傷をつける。
    「垓王牙を……どうやったか知らないが、大したもんだ」
     その場から跳び退いた戦餓鬼が、感嘆を露わに灼滅者達に告げる。
    「その言葉は素直に受け取っておくぜ。こいつが、返礼だ!」
     そこに強者への純粋な敬意があるのを感じながら、和弥が掌中で槍を回し、螺旋の捻りを加えて突き出す。
    「全員帰ってこないと作戦は終わらねぇんだろ? だったら、こんなとこで油売ってないで、さっさと帰って来いっての! 待たせてる奴らがいるだろ!」
     槍が届く前に、冴凪・翼が炎の翼を羽ばたかせた。
     炎を纏い回転の勢いを増した槍に対して、戦餓鬼は右手を伸ばしてその刃の根元を掴み取る。そのまま、ミシリと音がするほどに強く強く握り締めて、槍の回転を抑え込む。ついに止まった槍の柄を、赤い雫が伝った。
    「楽しそうだな」
     戦餓鬼にそう言われ、和弥は無意識に僅かな笑みを浮かべていた事に気づく。
    「まあ、こう言う戦いは嫌いじゃない。それに、他人が戦っているのを見ているよりも、自分で戦った方が燃えるってもんさね。戦いの愉しみや勝利も敗北も、自分の意志で全力を出して挑むからこそ得られるもんだ」
     睨みあったまま、和弥は告げる。後半は、戦餓鬼の中にいる心太へか。
    「自分で戦った方が、か! 違いない! だから俺は何処にも誰にも着く気がない。俺の戦いは、俺一人だけのものだ!」
     掴んだ槍ごと戦餓鬼に放り投げられた和弥と入れ替わる形で、晶が前に出る。
    (「まだ、変化が見えない……中でタイミングを計っているのだろうね。ならば、怯む瞬間を作ってみせるよ」)
    「時間差か!」
     晶が振り下ろした大鎌を腕で受け止めた戦餓鬼を、晶のビハインドの仮面が霊障で飛ばした丸太を反対の拳で打ち砕く。
    「思いっきり暴れてくれても良いけど、その後、部長は返して貰うよ」
     嗤う戦餓鬼を眺めながら、八絡・リコがオーラの法陣を辺りの空に広げる。
    「ガチでやりあうのが楽しいのは……確かに楽しいんだけど! うん、やっぱ、部長の方とやりたいね。それにほら、宿星名もらうのも、うやむやなままボク止めてたしさ?」
    「そうだね、リコ。戦うのが楽しい。判らないわけじゃない」
     法陣からの天魔の光を浴びながら、夏樹が振るうは連結剣。
    「でも……僕は仲間と共に戦う方が良いです。こんな形で喪いたくなんかないです。だから、心太部長、独りで戦うことの限界をここで示します」
     天牢星の渾名と同じ名を持つ変幻自在の幾つにも分裂し、襲い掛かる。
    「……そこだ!」
     それを戦餓鬼は、地を這うような突撃で潜り抜けた。
    「いつかの模擬戦でくらった潜りながらの突撃、忘れてませんよ。対策済みです!」
     蛇腹剣のような形になった夏樹の影が、連結剣の軌道を曲げる。
    「っ!」
     足に刃を受けた戦餓鬼を待ち受けるのは、別の影。
    「わたくし、お強い方は好きですけど。心太さんが居なくなるのと引き換えだなんて寂しすぎますわ」
     司が広げ、伸ばした影が戦餓鬼に絡み付いて締め上げていく。
     バヂィンッ!
     だが、戦餓鬼の中に残っていた雷気の余韻が、影を打ち払った。
    「それに、結島さんを置いてどこに行こうというのですか、心太さん? 好きな女の子を一人にしてどこか行ってしまうなんて、ナンセンスですわー」
     影から脱した戦餓鬼の足に力が込もるの見やり、司は特に気にした風もなく告げる。
    「心太にーちゃん! 男なら惚れた女放っておかんと、とっとと戻って来ぃや!」
     それに同調するように、崇田・來鯉が声を張り上げた。
    「どんだけ強うても惚れた女やダチ泣かすような力に意味ある訳ないじゃろが! とっとと戻ってきて心配かけさせた事、静菜ねーちゃんや甲斐ねーちゃん、皆に謝りぃ!」
     方言が戻る熱さとは裏腹に、構えた槍から放たれたのは鋭く冷たい氷。
    「謝らせたいなら――この勝負に勝つんだな!」
     氷を叩き落とせば、そこが凍りかねない。そう考えた戦餓鬼は、額で氷を叩き割った。

    ●雄弁は銀、健闘は金
    「っらぁ!」
     戦餓鬼が振り下ろした両腕が空を裂き、風の刃を生じる。
    「無銘、お願い」
     真夜の霊犬が1つを遮るが、2つ目を受ける余力はなかった。
    「っ!」
     弓を手に仲間の傷を癒して戦線を支えていた京介を、風の刃が襲う。
    「そ、れで……満足か!」
     ――だが、京介の手から弓が毀れる事はなかった。
    「おい、心太。そんなところにじっとしていて良いとは、まさか思ってねえだろ! 久しぶりに帰ってきてみれば、何を休んでやがるんだ」
     倒れる事無く、河原に声を響かせる。
    「あんたは今ので仕留めるつもりだったんだがな。こいつがそんなに大事か?」
    「そうよ! 『梁山泊』には、私達には、森沢心太が必要なのよ!」
     感嘆と疑問の混ざったような戦餓鬼の言葉に、後ろから南谷・春陽が声を上げる。
    「受け継いだ場所を、皆で守っていくって決めたんでしょ? 当然、"皆"の中にはあなたも入ってるんだから。さっさと帰るわよ、頭領!」
    「どうせ喧嘩するなら、もっと闘り甲斐のある所へ往こうぜ。それと……貴様が静菜の隣に居ないでどうする!? 心太!!」
     春陽に続いて八重垣・倭も、声を荒げて告げる。
     2人はそれぞれ、意思持つ帯を伸ばして傷を塞ぐように巻き付け、シールドを飛ばして守りを固める。少し前に合流した摩利矢も、丹下・小次郎の指示で回った川側から風を招いて吹き渡らせる。
     癒し手が1人では、今頃は戦線が半ば崩れかかっていただろう。周囲の癒し手達からの分厚い支援が、灼滅者達を支えている。
     この状況、戦餓鬼にとっては長く戦える、愉しくてしょうがないものだった。
    「まだ余裕みたいだがな。俺達が百回攻撃しても倒せないとしても、千回、万回の攻撃ならどうだ?」
     言って地を蹴った和弥は、愉しげに嗤う戦餓鬼の横を駆け抜け様に足を斬り付ける。
    「千回、万回か! 長期戦も望むところだ」
     嗤って雷気を纏う戦餓鬼に、竜鬼が無言で間合いを詰めた。
    「はぁっ!」
    「っ!」
     雷気を纏った拳と、摩擦の炎を纏った硬いブーツがぶつかる。幾つもの不死鳥の加護が重なり猛る炎が爆ぜて、雷気を焼き尽くした。
     だが、衝撃はそうは行かない。竜鬼は足を押さえ、戦餓鬼の拳からはどこかが裂けたか血が滴り落ちる。
    「せぃ!」
     そのまま、赤く染まった手で掴みかかろうとした戦餓鬼を、大鎌の柄が止めた。
    「迎えに来たのだから、ちゃんと帰ってきて貰う」
     告げる晶の頭上に、幾つもの刃が現れる。
    「心配して待っている人もいる。私達が、外から彼を叩きのめすから、中からは森沢がやるしかない」
    「そう簡単に、叩きのめされるか!」
     降り注ぐギロチンを、戦餓鬼は拳と蹴りで叩き、砕き、落していく。
    「アンタの備えてる魂、あン時しかと見てたよ。武の高みを目指すアンタの魂は、こんな血生臭くはないはずだぜ!」
     戦えば戦うほど手足に傷を増やす戦餓鬼に、火之迦具・真澄が声を上げる。
    「伸ばした手で触れたモンってのは……傷付けるんじゃなくて、護らなきゃダメだろ!」
     だが、戦餓鬼は耳を貸しはせず、続く灼滅者達の攻撃も、手足が傷つくのも構わずに届く物は端から叩き、砕き、落としていく。
    「全く、いつまで出てこない気ですか」
     筋肉を締めても塞げないような深い傷だけを避ける戦い方を続ける戦餓鬼に、静菜が槍を手放し歩み寄り始める。
    「っ何を……」
     予想外の行為に、戦餓鬼が警戒を露わに拳を固めて振り上げる。
     だが、その衝撃は静菜に届く前に真夜が飛び出して遮った。
    「恋人に手を出そうとして、それを女の子に庇わるの、何度目? もう流石にしんちゃんも黙ってられないわよね♪」
    「黙っ……てろ!」
     戦餓鬼が返したのは、誰にだったのか。
    「好きですよ、しんちゃん」
     顔を寄せられる距離にまで近づいた静菜が、囁き声で告げる。
    「私の愛、受け取ってくれますか? 戻らないと戦餓鬼に恋人の唇奪われますよ?」
    「……っ!」
     致命的な一撃を叩き込むのが容易な距離で、しかし戦餓鬼は動かない――或いは、動けないか。
    「その血糊、川で全て洗い流して頂きましょう」
     膂力と言う名の愛(物理)の形は、鬼の拳。戦餓鬼の体が宙を舞い、川の中まで殴り飛ばされる。
    「げほっ……はっ! ずっと静かだったくせに……! だが、俺はまだ負けてない!」
     自身に暗示をかけながら、川から上がってくる戦餓鬼。
    「どうやら、乾坤一擲の機会を窺っていたのは俺だけじゃなかったみたいだな」
     それを見た和弥が、風の団の紋章を背中に翻し駆け出した。
     駆けた勢いを乗せて、上段に構えた一振りの刀を振り下ろす。風の如き剣閃の衝撃が、戦餓鬼を上空まで吹き飛ばした。
    「もしもの時には頼みます。心太部長、そう言いましたよね」
     それを見上げる夏樹の掌に光る、魔力の輝き。
    「僕も梁山泊の一員、こういう時は……物理的に説得して、引き摺ってでも連れ帰る! それが僕らです!」
     夏樹の放った光が戦餓鬼を撃ち抜き、残る雷気を打ち消した。
    「聞こえてただろ、皆の声! さっさと帰って来て梁山泊の仲間を救いにいけ!」
     京介が今回始めて、戦餓鬼に弓を向ける。放たれた矢が、彗星の様に戦餓鬼を撃ち落とした。
    「心太さんには孤高は似合いませんわ。だって梁山泊でいつも皆で切磋琢磨して強くなってきたじゃありませんか」
     起き上がろうとする戦餓鬼を見下ろす形で見据えながら、司も心太に呼びかける。その腕は、鬼のそれに変化していて。
    「わたくしもその方が好きですわ。さぁ、皆さん待っておいでですのよ。あるべき場所へ、帰りましょう」
     ズドンッ!
     司が振り下ろした鬼の拳の一撃が、戦餓鬼を地面に沈み込ませた。
    「……愉しい勝負だった……ぜ」
     戦餓鬼が告げた直後、纏っていた空気が霧散する。灼滅者達が武器を向けてみると、感じるのはダークネス相手ではなく灼滅者に向けた時のそれだった。

    ●帰還、の前に
    「……立てますか?」
    「ちょっとすぐは無理ですね……」
     上から掛かった夏樹の声に、半ば地面に埋まったままの心太が返す。
    「とりあえず掘り起こして、抱き着きたい気分ですわー。これくらい良いでしょう、結島さん? 心太さんはちゃんとお返ししますからね」
    「え、だめよ」
     埋めた一撃の張本人、司の言葉に答えたのは真夜だった。
    「フィナーレは静菜さん、しんちゃん、二人の熱い口づけよね♪」
    「え?」
     唐突にそんなことを言われ、心太が驚きで声を上げる。
    「……」
    「えーと」
     当の静菜は、無言だ。拒否するでもなく、色々な感情が渦巻いてそうな笑顔で見つめられて、心太も答えに窮する。
    「ご両人、続きは船の上でしてくれ」
     そこに、川から近づく船一艘。櫂を手にした小次郎が、接岸させて告げる。
    「ここは石家荘じゃあないが、梁山泊の帰還じゃあ船で帰らにゃ格好つくめえ。ほら、乗った乗った」
    「……んじゃ、戻りますかな」
     促されるままに竜鬼が船に乗り込む。
    「こう言う時は……ごしゅうしょ」
    「待って待って、それ違う」
    「ごゆっくり。風の団にもちゃんと顔出せよ」
     晶と和弥は空気を読んで、国語力が足りない摩利矢も連れて去っていく。
    「きっと……もう大丈夫だろうよ。最初の布、助かったぜ」
     少し離れて様子を見守っていた京介も、茂みの中から離れ行く気配に声をかけ、賑やかになった河原を後にした。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ