●あの日
『――あの時「ぼく」らはよく似た商店街にいた。そうだろう? 何をしていたんだっけか』
さらりと透き通るような金色の髪を、風に靡かせながら。とあるアーケードの上に、楽しげにナイフ弄んでいる少女がいた。明かりとりの部分から、人が流れる様を覗いている。
『ああそうだ。「ぼく」が誘ったんだっけ? 売り物のピンバッチのふてぶてしい顔の猫がお前の顔に似ているから買ってやろうか、なんてお前の愛用の帽子に重ねながら笑っていたんだっけ? ほら見ろよ。あの時のぼくたちと同じ様に二人で買い物している子がいる』
歌う様に「あの日」の思い出を語る少女。長い前髪に瞳は隠れてしまっていても、口元彩る笑みは消える事はない。
『……お前はずっと「ぼく」を犠牲に生き伸びた事に罪を感じているんだったな』
浮かべる笑みには蔑み、たくらみ。
『そもそも考えた事はないか? 槌屋・透流の方が実は死人で、ハヤセ自体が亡くしたお前の真似事していたとか、そんな茶番。お前は最初からハヤセの願う幻で、元より存在しない。そう、全部只の夢――』
なんてな。六六六人衆「ハヤセ」は皮肉げに悪夢を語りながら肩を振るわせる。
――死人っていう奴は便利でご都合主義でどこまでも深い業だ。
楽しげにナイフ弄びながら、ハヤセは唇だけで囁いた。
そして。爆発音と共にアーケードの天井が崩落する。
悲鳴、発狂。逃げ遅れ、骨組みに潰される老人。
『あの時の死亡者数は25――まずは一人。そして――』
一つ。二つ。生首が、ころりとインターロッキングの上を転がって。
『お前のナイフじゃ、ここまで飛べないだろう?』
小柄な体を生かした素早い接近戦は、爪先より飛び立つ影の鴉から生まれる速度からなるもの。
三つ。四つ。歩道を彩る秋の花は、等しく赤に染め上げられ。
『けれど。ぼくにはできる』
そして体重の軽さを補うような、跳躍から繰り出される高度からの斬撃。
五、六、七――止まることなく死体が積み上げられてゆく中、とうとう先の二人組の少女の一人へとその刃が。
二十五。
真っ二つになった少女の向こうにいる、がくがくと震える少女は無視したまま。
『あの時の同じく二十六人、最後の死者はお前だ、透流。あの時のやり直し、今度こそお前が死んで、「ぼく」が生き残る。お前の望みだったろ?』
音立てて潰れてゆく元人格の感触。望み通りの死を与え、ようやくくだらないしがらみから漆黒の翼を解放されたハヤセは。
己の存在と、名を勝ち取り――そして証明するために。
『今を活きているのはぼくだ――さて、お前も、死人にくだらない枷を与えられたりするのだろうか』
今にも発狂しそうな少女へ問いかけるだけ問いかけて、くるり、踵を返して飛び立ってゆく――。
そう、これは、放っておけば近い未来起こる出来事――。
●かのリビングデッド
「透流が見つかったよ。ただ、時は一刻を争うんだ」
ばらりと、自身の据わる机の回りに乱雑に広がった資料を広げたまま、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は静かにそう告げた。
「今渡した地図のアーケードで殺戮を行う。死者は25――いや、このままでは透流も……」
「そんなこと……僕も透流さんを助けるお手伝いしますっ」
と、レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)は息巻いて。
「闇堕ちしている透流は、体格・顔つき・声に関しては闇堕ち前のままみたいだね。違うのは全体的に色が抜け落ちた感じで、髪を下し目元を隠していて、愛用していた帽子は――今ここにあるよ」
堕ちた現場から離れた場所であったが。解析の途中で見つけたものをレキに拾ってきてもらったんだと沙汰。それを、駆けつけてくれた灼滅者達に、きっと透流の大事なものだろうからと差しだした。
透流は嘗て巻き込まれた六六六人衆による大量殺人の時に、友達を喪っているらしく、その友であるハヤセの亡霊が、自分の中のダークネスになったのだと思っているらしい。その友人を犠牲に生き延びたことに罪の意識を感じている。
だから、その時のやりなおしをすることによって透流の完全消滅を狙っているハヤセを何とかするには、今を生きている友たちの声が重要だ。
「たぶん、灼滅者には言葉で揺さぶりをかけてくると思う。実は助けようとしている透流の方が死んでいて、ここにいるのは透流のフリした死んだはずの友だったのかもとか、幻想を見ていたのはお前らもそうかもしれないと」
そうだと思っていたのは偽物なら、ここに来る意味はないよね、と。
「でも、透流さんは透流さんですよね? ずっとこの学園で一緒にいたのは、私たちの知る透流さんは、間違いなく槌屋・透流さんなんですよね?」
不安そうなレキへ、沙汰は強く頷く。
「そうだよ。だから、培った縁や、絆を強くアピールしてやってほしい。そうやって透流を呼び覚ましてほしいんだ。ハヤセの皮肉や揺さぶりに、透流も俺達も負けないようにね」
接触に関してだが、できる限り一人の犠牲者も出さないよう立ちまわりたいところだ。
アーケードが爆破される前にバベルの鎖を掻い潜る方法はある。夕方四時に、沙汰が指定した個所からアーケードの上へ登るはしごを利用すればいい。
一般人に騒がれては意味がない為、旅人の外套か闇纏いを使用してはしごをそっと上がるなど、まず一般人に見つからずに登る必要があるので、その辺りは充分注意して欲しい。勿論最初に人払いしたら大変なことになる。
「じゃあ、僕が殺界形成などを用意して、皆さんがアーケードに上がったあと避難指示をしますねっ」
「うん。そうしてくれると助かるよ。で、其処のアーケードの上は戦っても問題ないけど、ハヤセがこちらの隙を見て下に降り、人々の虐殺に回りだす可能性もあるから気を付けて」
わりとアーケードの端に近い場所にいる。避難が完了していない場合に降りられると一般人が危険だ。そして、灼滅者との戦いに興味が失せてきたら逃げ出す可能性もあるのだとか。声掛けや程良い引きつけるような行動もあると尚よい。
「なんとか助けだしてあげたい。けれど、それが無理ならば灼滅せざるをえない」
彼女はダークネスであり、目的を成そうとしている。迷っていては致命的隙を作ってしまうかもしれないから。
これが最後のチャンス。
どうか全員で帰ってこれるように、と。
参加者 | |
---|---|
羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) |
聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654) |
芥川・真琴(焔と共に眠るもの・d03339) |
柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232) |
阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132) |
諫早・伊織(灯包む狐影・d13509) |
饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385) |
有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751) |
●罪の所在
ぼんやりとまどろみを引き摺る様な瞳でアーケードの天井を見上げる、そんなふうに芥川・真琴(焔と共に眠るもの・d03339)が危なっかしい様子で人の流れを逆らおうとも。この世界とは一歩ずれた場所にいるかのように、今闇を纏って。
鉄製の冷たい感触と、心に引き摺っている消失の感覚を振り払うかの如く。音をたてないようにしながらも大胆に登りゆく有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)の表情は、切迫を思わせる色を浮かべている。
(「――必ず助ける。必ず、だ!」)
先輩であった人を灼滅しなければならなかった辛さは、未だ楔の様に雄哉の胸に食い込んでいた。
それは永遠に抜ける事はないだろう――同じ痛みを抱きながら耀は、そんな現実だけは二度と起こすまいという想いに強く駆られている雄哉の背に、今は祈るだけだ。
透流の闇堕ちを目の当たりにした柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)も、かなり精神的に堪えていたに違いない。自身の闇がいつでも起動を狙っているかのような予感を覚えるようになったのは、あれ以来近くなった距離のせいもあるのだろう。
(「だがな、そこまで弱っちゃいねぇよ」)
脳裏に過る、前よりも近くなった闇の中の赤い照準に強がり見せて。
「初っ端から垂直梯子で体力測定たぁ、ったく世話の焼ける押し掛け弟子だぜ……」
いつものように軽口叩いたのは、連れて帰るという只管前向きな思考と余計な力みを逃がす様に。
そこに気付いたかどうか、定かではない。ただ、聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)はいつも通りの不敵な口ぶりで、
「ああ、とっとと戻して、(何か)食って帰るぞ」
途中で抜けたら代金払わせるからな、と意地悪そうな口元の笑み。そして生来の破壊的思想が強かろうとも、誰も喪わずに済んだ透流の覚悟に対する敬意を凛凛虎は忘れていない。
「その為には、きちんと透流さんを助け出しませんと」
呟きながら、上りきった阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)は物影になりそうな変電機にすぐさま張り付いたなら。
雄哉のリュックの中から周囲の気配を探る様にして耳をそばだてていた諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)も広々とした風を感じ。
(「先、回りこませてもらいますわ」)
ふんわりと降り立つなり送る視線。頷く羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は梯子から見下ろして、待ちあわせの体で待機しているレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)へと合図送ったなら。任せてと、レキは合図返して。
康也は、仲間たちの影がほんのりとFRPの天板を移動してゆくのを見ながら。
「……幻想だなんだって、俺にはよくわかんねー」
康也自身過去の事は覚えていない故に。けれど透流の抱える痛みと似た様なものがあったとしたら、きっと同じ苦しみを抱えるのだろうと思う。
ただ今度は、透流自身がその苦しみの象徴とならぬよう。今は絆に賭けるだけだ。
距離へと詰めながら、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)は手に在る透流の帽子をぎゅっと握った。
お花見の出来事が脳裏によみがえってくる。楽しい思い出だ。六人で射的したのも誰かさんのオサイフの中身が的屋に消えた事も――。
死んだ人間を助ける事は出来ない。
そして死者の言葉を聞くのも、結局は生きている人間の幻想だけでしか紡がれることはない。だからこそと、樹斉は思う。
「透流さん、助けにきましたわ!」
桜花が胸を反らしながら高らかに口火を切ったなら。
「お久しぶり、やろかね。槌屋の兄さんの闇堕ちん時ぶりやろか」
まるで雲や霞の様に、音もなく人の姿で回りこんだ伊織。
いつか来るとは予感していただのだろう。振り返るハヤセは冷静だった。囲もうとするその意図に気付いているのだろうが、どうにもしない。下で爆竹の音や人の声が聞こえていても、だ。
ただ今は、名前というものに執着のある彼女は知りたいのだ。
奪うべき名前(モノ)の在処を。
●名
「どうも、不死身の暴君という。今後お見知りおきを」
わざと大仰な仕草で凛凛虎が尊大な笑みを向けたなら。
『随分と偉そうな二つ名だな』
唇に浮かべるのは尖鋭な月の如く。
『名前を、聞かせろよ』
「でしたら力づくで聞いてはいかが? 私達を倒せたら、名前を全部くれてやりますわ!」
挑発気味に桜花は言う。下の避難にとばっちり行かぬよう引き付ける意味でもある。
『死人に口なしと言うだろう?』
殺しては聞くモノも聞けないと、浮かぶ酷薄な笑みには、武力駆使して簡単に口を割りそうな方法は二つあるがどっちにしようか、そう言いたげな。
「そんなに名前が聞きたいなら一つくらい教えてあげてもいいですよ。あたしは、羽柴陽桜っていいます」
察した陽桜が告げる。自分達に向けられる刃には耐えられるが、一般人を強襲しようという予感があるなら。
「それとも男の名前の方がいいか。自分で言うのもくすぐったいが、透流が師匠と仰いでくれる名だ」
人の命を守りたいと決心する高明なら、そうするのも自然な流れ。
ハヤセは二人の名前を反芻し、笑みを深める。
「断言する。今のあなたが蝶の夢、いずれ目覚めるわるいゆめ――」
真琴はじっと虚ろな色の双眼で見つめながら、しなだれるベルトの先に、あたたかな熱を纏わせ。
「亡霊さんにはしかるべき場所に帰ってもらいましょか」
羽ばたいた黒翼を狩るべく、伊織は深宵と共に舞う。
●標
レキとサズヤが重ねる殺界形成が、広範囲を押さえる様に広がって。
「火事です! 早く逃げて!」
「早くこっちに逃げろー!」
爆竹の音。急きたてるように耀と誠のパニックテレパス。アリスが設置しておいた発煙筒から煙が出れば、瞬く間に危機感が伝染した。
「……こっちから……逃げれる……」
「中通りから避難してください!」
人達の流れが一か所に集中しては大変だからと、アリスと愛莉は東西に伸びる路地に別れて立ち誘導してゆくものの。煙はゆっくり内部に溜まってゆく。風の抜けが悪い故に、煙の危機感と視界の悪さの恐怖感のバランスを処理できずに上手く動けないもいるようだ。康也は声を張りながら、取り残された人がいないかを確認して。
「レキ先輩。オレと七火兄ちゃんで動けない人を支援してくるぜ!」
力仕事なら(七火兄ちゃんに)任せろーと、意気込むイヴと、寡黙に頷きを向けた七火の動きはたおやかながらも、頼もしく。子供の泣き声が耳に届けば、サズヤがすぐに手を差し伸べて。
「……ん、もう大丈夫」
わんわん泣く子供を落ち付かせながら安全圏へと走るサズヤが、肩越しにアーケードを見やれば。
破裂音。パンと上がる火花は、どちらの攻撃によるものだろう――。
愛莉は幼馴染が生き急いだりしないか心配しながら。今は只、目の前に崩れる老婆へと手を差し伸べて。
●証明を
ハヤセの鏖殺領域の波動が空間を埋めてゆく。
鋼鉄のボディを軋み鳴らしながらガゼルの動力唸れば、高明は六角升の構造を以て衝撃の侵入を阻止する様に。
「透流!」
「槌屋ちゃん、聞こえてるー……?」
陽桜から届いた癒しの矢を手に、シールドを振り上げた高明。その声掛けに合わせ、迎えに来たよと告げるように真琴の指先から零れた灯が、前衛に天魔の陣を紡ぐ。
隙間を縫う様にして奔る、伊織の夜重。二匹の狐の残像舞うなら、半獣と化した樹斉が黄金揺らして共に跳ね。
稲光が凛凛虎の拳に宿ったなら奔る輝き。翻るハヤセの影に迫るのは桜花だ。
「弟の康也さんが闇堕ちした時も、あなたは心配して思い詰めてましたわ……。お友達の事を悔やんでるのも、本当はあなたが優しいからですわ」
だから戻ってきてくださいまし、と可憐ながらも重厚な盾を振るい上げれば。雄哉は破魔の加護を巻きつけたダイダロスベルトに宿してもらうなり、
「あの時、決断したのは槌屋先輩自身の意思です。あの時、槌屋先輩に助けられたのは僕たちだった」
穿ちと共に説得の一歩を踏み出して。
『あれを決断? 違うな。自分を放りだしただけ』
説得に横やり入れるハヤセのナイフが、したたかに喉もと狙って。
『ただの臆病者だ。結局はとどめをお前達に押しつけ、そして今も断罪役をぼくに押し付けた』
「それは違いますわよ」
「意識途切れる瞬間まで、灼滅者としての灼滅を目指そうとしたことを笑うな! その決断がなければ、誰かは殺されていたんだ」
庇い出る桜花の美しい甲冑が抉られるものの――真琴にあたたかな加護を頂くなり鋼鉄の一撃を振り抜いて。あの場にいた雄哉だから言える事を執刀の刃に乗せた。
「立ち止まりたくなる事だってあったって思います。でも、あなたは、立ち止まらなかった、苦しくても歩いて、頑張ってきた、それは責任感の強いあなただからできた、とてもすごい事なんです!」
陽桜が薄紅五葉のリングと言葉重ね。補佐する霊犬・あまおとの六文銭。舞い散る銀と花の輝きの中、樹斉の紫紺の楔輝く指先で、一族の祈り纏う弾丸弾いた後、透流の帽子を見せながら、
「この帽子、槌屋センパイのでしょ? この帽子と皆と一緒に、色々観て聴いて思い出を作っていったのは槌屋センパイ自身でしょ? 生きてきた時間は他の誰でも過ごせない時間なんだよ」
「後悔も悔しさもたくさんあるんやろな――けどな、いくら過去をやり直したい思っても過去には戻れんよ。変えられん」
矢を番え、遠い何処かを見つめる伊織には、救えなかったあの女性の顔を見ているのだろうか。
「だがこれまで、槌屋が迷い、悔やみ、悩み、それでも選んだこと――それは全て、間違いなく本物」
「変えられるんは未来だけ。それができるんは今を生きるもんだけや」
『活きているのはぼくだ』
言霊を操るサズヤと、伊織の流星のような矢に、漆黒の翼ひとつ撃ち落されても。変えるのは僕と言いたげに、影色の斬撃に赤が散る。
せき止めたのは、高明。衝撃に口から血を流そうとも。Himmelblauで鍔迫り合いながら。
「今を生きているのは他でもない透流だ。だからこそ後悔を抱えてる、生きてるから出来る事だ。それを否定させねえぜ、透流自身にもな!」
『違う。抱えた後悔にケリを付けたいのは透流自身、断罪こそが望むもの』
ハヤセが鼻で笑いながら放つ刃。咄嗟受け止める桜花の装甲が半壊する。
「誰かを助けられない悲しみは、私だって良く分かってますから。……誰にも辛い思いはさせませんわ!」
膝をついても立ち上がる様を面白がるように酷薄な笑みを浮かべるハヤセの指先が、邪光を呼ぶ。
阻止するのはガゼルの金のボディだ。そして、一瞬の虚を突いたように迫る凛凛虎がTyrantを輝かせながら、
「詭弁積み重ねようと俺には関係ない。俺はこの剣と拳で触れてきたものが全て、それが現実だ。あの時仲間を喪わずに済んだのは透流の覚悟、お前の力があったからこそだ!」
そして今まさに起こっている現実が、お前には見えないのかと。凛凛虎の振るう鋼が肉をはねれば。
程良い間合いを得た高明は、真琴から放たれた炎矢の輝きに死点見定め。そして戻る道を照らすが如く。
「透流が友人を亡くして、いつまでも罪を感じているように。いまここで俺達が透流を亡くす瞬間を目の当たりにしたら、今度はその亡霊を背負うのはきっと俺達なんだよ」
闇を裂く光となれ。ハヤセという牢獄を引き裂くティアーズリッパーの一閃。その血を浚う重厚な輝きは樹斉の天雲のもの。
「いつか終わりがあるとしても、こんな絶望しかない終わり方なんて許せるわけないじゃん! 槌屋先輩が今ここで、そんな悲しいループを止めなくちゃ!」
「今だって聞こえているんでしょう? 僕たちは「槌屋先輩と」話したいんだ!」
真一文字に振るう樹斉の一閃。雄哉の強固な拳が其処を退けと言わんばかりに。
地を滑るハヤセ。ギリギリでもかわしにかかるのは流石六六六人衆なのだろう。
「あんたはそれができるはずや。こないにあんたと「今」を生きよう、て望んではる人らがおるんやから」
伊織には支えてくれた人がいた。それは透流にも居るやろと。
だが透流は生きる事に罪を感じていたのだと言わんげにせせら笑うハヤセが、再び大翼を以て命を啄ばもうとした矢先。
多角的に狙ってくる刃、かわしきれずに。飛び上がる間もなく散った鮮血。厚くなった灼滅者の陣形に舌打ちする。
「こんなところで立ち止まる透流先輩じゃないだろ!」
「その存在を賭して私たちを救ってくれたのは、確かにあの場に存在していた槌屋先輩です……ハヤセとか名付けられた、亡霊の皮を被った貴女じゃない」
肩で息をしながら、クラブ仲間のイヴと、共に肩を並べた耀が、先の攻撃を放ったであろう得物を手に。
「前に、俺のこと助けに来てくれたろ。だから今度は俺の番だ」
たくさんの人の力で生還した康也が吠え叫ぶなら。アリスは身の丈以上もある櫻花爛漫を抜いて戦線援護しつつ、
「……忘れないで……薄いつながりでも……あなたを想う子が……ここにいることを……」
「早く戻ってやれよ、柳瀬のアニキもお嬢も心配してるぜ?」
ニカリと笑う誠、率先して身を呈す構え。
「あたしは思います。透流さんが積み重ねてきた頑張りの形は、確かにここにあるって。あなたの頑張りと想いは、あなたを想う人達との縁を結び、確かな絆を作ってるって」
それは貴女だからこそできたのだと、陽桜の言に合の手入れる様に、あまおとも吠えながら、六文銭で世界に瞬きを。
真琴はたなびくベルトの先端を陽炎のような熱の障壁を変換しながら、
「人は生まれると誰かから名前を与えられるものでー……逆に言うと名前の無いものは厳密には生きてないんじゃないかって思うんだよねー……」
相変わらず、その瞳はぼんやりと何処かを見つめていたというのに、
「ねえ、名前を求めた名もないあなた。生きてないあなたがどうして、名前のある槌屋ちゃんの代わりになれるの?」
不意に、前髪に隠れているその双眼すら透かして見るかのようにその目を向けて。
「そもそも単純に名前に執着しているだけか? それとも自由が欲しいのか? ――違うだろうな。お前は存在が欲しかったのだ。名も自由も、存在が無ければ無意味だからな」
その足掛かりが名前なんだろうと、確信得た様に言い放つ凛凛虎に、ハヤセは笑み歪ませながら。
『証明を』
自分が其処に在るという、絶対的なものを。勝ち取るため、己が身体に喝を入れる様に光の力を振り下ろしたなら。
『――っ!?』
誰もが目を剥いた。
存在を繋ぐはずの効果が反転し、強烈なダメージとなってハヤセの身に降り注いだのだから。
●ヴィジョン・ドライヴ
ふと気付けば、あの時と同じ場所で。あの時と同じ血の海で、死した友と向かい合う。
けれど顔を見ることなどできるはずもなく。ただ項垂れ。
世界はあの時の様に地獄に包まれているというのに、ここは消音の彼方。何も言わない彼女の沈黙が本当に苦しい。
どれだけ恨めしい顔で見てるだろう――そう思いながら面上げれば。その顔は安堵に見えた。
彼女の指先が動く。
見上げれば、割れた闇に映る蒼は美しく。煉獄から掬いあげる様に落ちてくる仲間の言葉の一つ一つはまる無限の糸のよう。
聞こえたか? と身振りで教えてくれる彼女へ。
――ああ、聞こえた。全部聞こえた。
思い。強さ。絆。全部。そして、今はぼんやりだが自分が彼女のためにすべき事がわかった気がしたから。
「――聞いてくれるか?」
顔を戻せばそこにはもう。
亡霊は、いない。
●反転
何故と問うかの如く、ハヤセの笑みは消え。
自身で撃った光の裁きが反転して返ったのだ。状況を把握できないハヤセの次の一手に、迷いが生まれるのは当然。
その変化を逃すことなど、誰がしようか。すぐさま前傾姿勢の戦法に切り替えた高明は肩掴まんくらいの勢いで攻め入って。
「お前だって俺から教わりたい事あるんだろ、俺の弟子なら根性見せな。お前が俺を師と呼ぶなら、らしい事させろよな」
――俺はまだ、お前が笑った顔を見ていない。
斬撃が弧を描き、雄哉がその手を伸ばす様にして。
「戻って来てください槌屋先輩!」
雄哉も抱えているもの。暗い、辛い、取り戻せない過去――。彼女に掛けられた言葉自分にも重ねるように、雄哉は闇裂けば。
「皆との楽しい思い出、いっぱいありましたわよね。また、作りますわよ」
「だからどうか」
桜花と陽桜の、想いが春の芽吹きの様にハヤセの脇を穿って。
ふわり。その思いの風に、真琴は乗る様にして。
「槌屋ちゃん、もう起きる時間だよー……」
あたたかな息吹を、そっと透流の胸に押し当てれば。
『な――』
もがいても、成す術ももなく。ハヤセは深淵へと滑り落ちてゆくのみ――。
――ゆっくりと開いた瞼。久方ぶりの空は、とても美しい蒼。
「透流?」
いつまでもハヤセと同じ髪色から戻らないその姿に、心配していた灼滅者達だが。
「――ああ」
問い掛けに応える事、前髪から覗く瞳を見て、そこに透流が戻ったことを知る。
「……はい、槌屋ちゃん」
ぽふと愛用の帽子をのせてあげる真琴へ、すまないという言葉もどうしてか震えていて。
たくさんのお帰りの言葉に、透流は照れ臭いのか最初は帽子を深くかぶるふりをして顔を隠していたけれど。
「――ただいま」
涙に濡れても、初めて見た君の笑顔は眩しかった。
作者:那珂川未来 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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