光のどけき泡沫の

    作者:ねこあじ

     拳ひとつ。
     振るえば、ひとつの思い出が、ひとりが、例えれば数多の泡がひとつまたひとつと消えていく。
     最後まで心に在ったのは、桃花色の鮮やかな――。

    ●とある町の武人
     秋は山の紅葉、春は町の桜並木と、穏やかに四季の流れを感じる町。
     青年は慣れ始めた道を辿り、修行場の一つである秋の匂い深まる史跡公園の入り口で、やはり顔なじみとなりつつある老管理人に声をかけられた。
    「おや、こんにちは。今日も来たのかい」
    「こんにちは」
     どこか無機質な表情を変えることなく、青年が応じた。
     公園の老管理人は今日も落ち葉を掃き集めている。
     一度、青年が風の強い日に絶え間なく落ちてくる葉に見かねて手を貸した時から、老管理人は何かと彼に声をかけるようになった。
    「今日は近くの小学校から、生徒たちがスケッチに来ているよ。気を付けるんだよ」
     毎日、鍛錬に訪れていることを知っている者の言葉だった。青年は頷いた。
    「分かった。教えてくれて、ありがとう」

     ある日、町にふらりと訪れた青年のことを知る者は少ない。
     しかし顔なじみとなった者もいる。
    「っと、やっぱししょーいた!」
     史跡公園の茂みから飛び出してきた少年二人を見、青年は格闘術の構えを解いた。
     先日から青年を窺っていた少年二人は、二日前から彼に話しかけ、そして真似をしている。
    「師匠……その呼び方はちょっと、な」
     青色の目を細める青年の視界には、スケッチブックと絵具を持ち、駆け寄ってくる少年二人。視線を遠くへ向ければ、課外授業中の小学生の姿がちらほらと見えた。
     そのなかで集まっている子供がいる。
     青年の見る方向に気付いた少年が、「あ」と声を上げた。
    「あいつら……! また!」
     そう言って再び駆けだした少年二人の先には、虐め、虐められている子供。
     弱者と強者。単純で、正しい、明確な、力の差。
     だが虐める側の行動に目を止めた青年は、集団へと歩を進めた。


     ガイオウガの『化身』との戦いは熾烈なものであった。
     一歩、より深く踏みこめば、満身創痍となる灼滅者。死の近い世界。それを覆すため闇に身を委ねた者。
    「木元さんを見つけました。幸いながら、今はまだ誰も傷つけていないようです」
     闇堕ちした木元・明莉(楽天日和・d14267)を発見した。
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が教室に集まった灼滅者たちに言う。
     のどかな空気を持つ町に明莉はいるようだ。
     アンブレイカブルとなった彼は、人々とささやかながら交流を持ち、修行に適した場所に目を付けて、鍛錬の日々を過ごしている。
     その様子は、一時期灼滅者たちが赴いた武人の町のアンブレイカブルを思わせた。
    「とはいえ、彼もアンブレイカブル。力が全てと考える武人です。一見、何事もなく過ごしてはいますが、油断はしないでください。一つ、事件が起こりそうです」
     課外授業を行っていた小学生たちの虐めの現場が発端となる。
     虐めっ子が、対象となる子を突き飛ばし怪我をさせた。
    「力が全てと考える彼は、そういう現場を見ても虐める方を正義と受け取ります。ですが、」
     そのあとに続いた虐めっ子の不真面目な態度に、嫌悪感を抱いたらしい彼は虐めっ子たちを殺してしまう。
     さらに、
    「弱い者は生きていても仕方が無い」
     と、虐められている子も殺してしまう。
    「まずはこの凶行を未然に防いでほしいのです」
     姫子が示したのは史跡公園。
     闇落ちした明莉の接触に適した時は、現れる少年二人と彼が接触した直後だ。
    「公園内で少年二人と会う前に接触することもできますが、灼滅者という強者を察した彼は、高い確率で先手を打ち、襲撃してきます」
     敢えて襲撃を受ける道もある。
     ただし、相手はアンブレイカブルだ。
     確実に殺す戦術を組み、戦闘センスは良い。
     闇堕ちした明莉の攻撃手段は鋼鉄拳、抗雷撃、森羅万象断、戦神降臨、シャウト、そして霊障波に似たサイキック。
    「どうか、真摯な態度で戦いを挑んでください」
     最近の情勢故に。明莉は己の一連の行動を「情に流された」と、感情自体を強く否定しているようだ。
    「真摯な態度、言葉、それら一つ一つを重ねれば、きっと木元さん自身に届くはずです」
     そう言って姫子は集まる灼滅者たちを見て、深く頷いた。
    「そして、木元さんを連れて、皆さん無事に戻ってきてくださいね」


    参加者
    喚島・銘子(空繰車と鋏の狭間・d00652)
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    萩沢・和奏(夢の地図・d03706)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)
    師走崎・徒(流星ランナー・d25006)

    ■リプレイ


     弱者と強者。単純で、分かりやすい、明確な、力の差。
     子供たちの行動に目にした青年は、歩を進めるもすぐにそれを止めた。
    「やぁねぇ、空気が怖いわよ」
     さらりと。子供と青年の間に割り入った喚島・銘子(空繰車と鋏の狭間・d00652)は穏やかな表情を見せ、子供たちのところへ向かう。
    「久し振り、暗」
     殺界形成が施されるなか、声をかける琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)。
    「この絵、覚えているかな? ボクが桜の木の下であなたを描いたものだよ」
     かつて在ったビハインドの姿を模写したもの、公園で皆と満開の桜を愛でた時の――。
    「明莉先輩、こんなところにいたのか。綺麗な公園だな」
     咬山・千尋(夜を征く者・d07814)が普段通り、そのままに話しかける。
    「暗、だよね? あたいたちのコト、わかる?」
    「お迎えにきましたヨ」
     ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)と、その後ろでヒョッと手を挙げる萩沢・和奏(夢の地図・d03706)の声。
    「武蔵坂学園の灼滅者だな」
     驚いた様子もなく青年は言った。何をしにきたのか知っている、という風に。
     どこか通じ合うような視線に、ミカエラは頷いた。
    「あたいたちには、あかりんが必要だから。返してね!」
     声も姿も灼滅者の知る明莉のものだったが、無機質な気配故にやはり別の存在なのだと、灼滅者たちは思う。
     アンブレイカブルと少年たちをつなぐ最短距離。警戒し、立ち塞がるような位置をとった師走崎・徒(流星ランナー・d25006)の後ろでは、
    「自分で立てるかしら?」
     突き飛ばされた子供は傍らに腰を落とした銘子を見、涙目のままコクリと頷いた。
    「そう、偉いわ」
     弱い者も声や気持ちを向けられれば、強くなるための第一歩を踏み出せる――そんな想いをこめ、銘子は子供に確りと頷いてみせた。
     立ち上がる子供に、文月・直哉(d06712)が声をかける。
    「悔しいなら、悲しいなら、その気持ちも大事にするといい。気持ちの強さは、未来を変える力になるから。自分の可能性を自分で否定なんかするなよ」
     青年のもとから助けに駆けてきた子供が、虐められていた子供の手を引いた。
    「大丈夫、お前の周りには、見ていてくれる仲間もいるんだからな」
     と、直哉。その時、
    「皆、こっちに集合してください」
     と声をあげる虚中・真名(d08325)。他の灼滅者たちも近くにいる生徒、先生に声をかけ、誘導していく。
     生徒の手を引きながら促す夜久・葵(d19473)は、一瞬だけ「ししょー」を振り返った少年たちと手を引かれ怪我した子に優しく微笑みかけた。

    「暗、久しぶり……で良いのかね」
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の眼差しは研ぎ澄まされた刃のようだ。
     久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)も、きゅっと結んだ唇、真剣な眼差しで青年を見た。
    「――見ての通り木元を迎えに来た。正々堂々手合わせ願う」
     脇差の、灼滅者たちの戦いを前にした呼気。青年は瞬時に合わせてきた。
    「望むところだ。その「力」、存分に見せてもらおうか」
     そして一拍で上回る。青年体内からの覇気が桜の花弁のような光となり、それを戦闘開始の合図に、杏子は音を遮断させた。


     青年は半身を捻り片腕を後方へ。
     覇気が舞い散るなか、続く地を穿つ一歩に上体の回転負荷を任せ、弾丸が如くの拳で千尋を撃ち抜く。
    「……ッ」
     冬の古木を間に挟みながらも容赦ない一撃を胴に喰らい、息の塊を吐き出す千尋。
     狂気をもたらす「鉄の錆」を侵食させた千尋を彼は狙ってきた。
     ぶれた視界に、仲間の牽制攻撃を掌底打ちの要領でいなす青年の姿。
    「確かに攻撃は正確だ。重さもキレも、灼滅者のときとは段違いだ」
     黒槍に緋色のオーラが宿り穂先が敵を捉え突いた瞬間、身を引く青年。
     ややくの字になった敵胴を和奏の大鎌が追う。
    「強さって確かに力も大事だけど、それだけじゃないと思います。みんなと一緒だから頑張れる事だってありますよね」
     鋭い鎌刃を横薙ぐ和奏が言った。
    「暗さん、あたしたちは簡単に負けないです。あたしたちの「強さ」、しっかり受け取ってくださいネ!」
    「みんながいる分、あたいの方が『強い』。証拠、見せてあげる!」
     真横から飛びこんできたオーラ全開のミカエラが、フルスイングしたロッドで激しい一撃を叩きこむ。
     踏ん張り、衝撃に耐えた青年がミカエラに牽制の拳を叩きこむのだが、その時には既に脇差の刃が迫っていた。
    「こうして集まる俺達もまた木元が培った強さの一部だ」
     花弁のような覇気を抜け、刀が青年を斬り上げる。
    「木元は俺達と共に成長し、暗、お前を超えていく」
     今一度信じて欲しい、と脇差が告げる。暗と呼ばれる彼の青の目が微かに細められた。どこか楽し気に。
    「『みんな』と在る強さか。共にあり鍛え合う――それもいいだろう」
     青年が突然腰を据え、あらゆるものを砕き断つかの如く一撃を前衛に放った。衝撃に煽られ轟風が起こる。
    「けれど、『みんな』が在ることで情もまた、生じ、常に移ろいゆくものなんだろうな」
     青年が向けた言葉は、誰に向けたものだったのか。
     それを問う間もなく、追い上げられるように輝乃が接敵されるも千尋が黒槍を手に割りこみ、青年の一挙手一投足を阻害した。杣とねこさんも動き回り、千尋の動きを助ける。
    「ねぇ部長、あの時言ったよね? 『誰も死なせない、勝利を掴み、生きて戻る』って」
     一拍置いたのち輝乃が言う。
    「今が、生きて戻る時だよ」
    (「行くよ。お父さん、お母さん」)
     輝乃は心の中で呟く。
     両親の慰霊碑から作られたfamilia pupa、ホルンの音色が響き、白い光の砲弾が放たれた。勢いに煽られ人形がふわりと動く。
     アンブレイカブルの行く先を読むように、杏子の前衛へと投げた光輪が分裂し、盾となった。
    「なんで落ち葉拾いに手を貸したの? 手助けが必要な管理人さんは、強者じゃないよね?」
    「…………」
    『彼』を保護する上での、延長線な守り。人の営みを壊したいわけではない。
     例えるなら、白と黒の渦巻きの中心点を杏子は突いた形となる。双方の人格が、混在した点のような。
    「本当は、強くなることは力が全てなんて思ってないんでしょ? だから「強くなれ」って言って、答えも探したんでしょ?
     その答え探し、あたし達にも手伝わせてほしいの」
     杏子は柔らかな緑色の目で、じっと青年を見つめた。
    「正直を言えばね、感情を排したいって分らなくも無いの。真っ直ぐ目的に向かうのは気持ちが良いわ――そして楽だわ」
     そう言う銘子の帯は千尋の体を鎧の如く覆う。
    「でもそれは逃げじゃない? 感情のない滑らかな道を走るより、暑くて面倒な感情の摩擦を伴う道は煩わしくもどかしいのでしょう」
     銘子の言葉。敵懐に入った徒が炎纏う蹴りを放ち、間近の青年の顔を見た。
    (「明莉の強さへの純粋な想いは僕の速さへの拘りと似てる気がする。
     灼滅者になって、もう陸上競技の世界には戻れないけど、コンマ一秒でも速く走りたい気持ちは変わらないから」)
     真摯な銘子の声が続く。
    「でも今ここに居る皆の強さは、それを全力で足掻いて駆けた結果よ。今なら分るでしょ」
    「確かに、強い」
     応じる声。
     灼滅者たちと戦うアンブレイカブルは、攻撃に対応する動きが堅実だ。攻撃を受け止め、力強く拳を打ちこむ。
     弾むような動作は戦いを楽しんでいるようにも見えた。


    「力が全て――否定しねえがなあ。心もなきゃ、ただ抜き身の刃で自分も他人も傷つけるってもんだぜえ」
     支援に回っている神西・煌希(d16768)が青年に言った。
    「あかりは両方持ってるだろ? 力を振りかざさないで解決する方法も知ってる」
     力強い言葉を届ける煌希に続き、俺は、と呟く田之倉・明比(d36290)。
    「俺は、木元先輩のこと、まだ沢山知ってるわけじゃない」
     控えめな声色は、ひたすらに穏やかだ。
    「でも、俺が人に言わせれば些細なことで闇に堕ちたように、言い出せなくて、膨らんじまって、閉じこもっちまうこともあるんじゃないかな」
     言い出せないまま時が過ぎるのは、時に根が深くなる。言葉が言霊となり胸の内にとどまっているのかもしれない。
    「月並みだけれど、飛ぶ前には一度屈むでしょ。その屈んだ状態が少し前のあなたじゃないかしらね」
     銘子がチェーンソー型の動力剣で青年を斬り上げた。
     一度膝を折る形となった青年だが、その体勢は素早く攻撃のものへと移行し雷纏う拳が千尋を撃つ。
    「今の明莉先輩、なんだか「約束」に縛られてるって感じだな」
     出来うる限り槍で受け流し、半身を捻った千尋が衝撃を散らす。
    「大事なモノ、守りたかったモノ、色んな思い出、全部捨てなきゃ強くなれないって、思い込んでない?
     拳に乗ってる気持ちが軽いんだよ、今の先輩に殴られたって全然痛くねえよ!」
     長柄を振るうと同時に槍の妖気が冷気のつららとなって目前の敵胴を穿つ。
    「人間はさ、強くなるためには心の支えが必要なんだよ! 明莉先輩にも、心の支えがあるでしょ?」
    「……ッ」
    「戦争の組連合ではようけ世話になったで! 先輩が顔出してくれたらほっとするねん」
     東当・悟(d00662)の一撃は誠実なもの。
    「ガイオウガ決戦の前夜も一緒に追い込んだやないか。ここに至ったんは先輩が頑張った積み重ね、頑張った証拠やろ!」
     晴れやかな笑顔をみせて言った悟の言葉に、若宮・想希(d01722)が頷く。
    「明莉さんの周りは何となくそんなほっとした空気があって、情を大事にしてるからこそそんな場を作れるんだって俺は思う」
     息を合わせた攻撃とともに想希が言った。
    「そしてそんな明莉さんが好きだから皆頑張って。重傷を負った脇差さんを守って。あなたが守ったものをちゃんと繋いで。皆は帰ってきた」
     エルとともに回復を担うサフィ・パール(d10067)がこくりと頷いた。
    「明莉くんに、助けてもらいました。そのお返し、する番……です。
     ……生きて戻るって、明莉くん、言いました。今度こそ一緒、帰りましょ……ですよ」
     神鳳・勇弥(d02311)もまた加具土と回復支援を行っている。
    「他人の情に敏いのは悪い事かい? 剋すべきは本当に己の情かい?
     君は情を殺すのではなく目の前の困難な状況に拳を向けた――、それが本当の強さじゃないのかい」
    「強さとは何かという皆の言葉、胸に刺さります……木元先輩もそうではありませんか?」
     夜霧を発生させ、皆の正体を虚ろにする興守・理利(d23317)。藤色の目を微かに細めた。
    「つまり図星を突かれているという事です。強さの定義は広く、一括りには出来ないのでしょう」
     ここに立つ者それぞれが、自身が信じる強さを持っているのだろう。様々な強さがあった。
    「感情のままに動いたって良いじゃないですか。気持ちに嘘ついたら辛いですヨ。
     みんなで一緒に悩んで、楽しんで、それでもっと強くなりましょーよ!」
     ウサミミがぴょこりと動く和奏の腕が半獣化する。
    「心桜ちゃんのお迎え、明莉先輩が行かなくてどーするんですか!?」
     鋭い銀爪を振り下ろし、力任せな女子力で引き裂く和奏。
     こくこくと頷くのは杏子だ。
    「ガイオウガは、倒したよ。部長から情を取ったら何が残るのよ」
     オーラを拳に集束させた杏子の強烈な連打。
    「あたし達を忘れても、こっこ先輩を忘れるのは許さない! さっさと戻って来なさい、ばかっ!」
     杏子の攻撃に続き、代理とばかりにぐーにした鬼腕で殴るのは輝乃だ。
    「ねぇ、暗。部長は……明莉はボクに沢山のものをくれた。楽しい思い出を、大切な事をいっぱいくれた。
     感情もだよ。暗も、明莉の中から見ていたんじゃないの?」
     一人じゃできないことも、皆と一緒なら大きなものに立ち向かえることを……と、輝乃が言う。
     力だけじゃない、強さ。
     ずっと考えてたんだ、と徒の言葉。
    「暗の『強くなれ』って問いかけ。
     それ、明莉だけじゃなく自身にも向けた言葉なんじゃないかな。どれだけ強くなっても埋められなかった寂しさ。
     自分には見つけられなかった答えを、明莉に託したんじゃないかなって」
     なら、と跳躍した徒が更に天高く跳んだ。
    「一緒に行こう! 明莉と一緒に強くなるんだ、暗!!」
     天駆ける勢いで流星の煌き、そして降下の勢いで増す重力をのせた蹴りを放つ徒。
     灼滅者たちの言葉。アンブレイカブルの青年の顔は、緩やかな、どこか安堵した笑みが浮かんでいた。
     煌きの残滓が舞うなか、接敵するのは脇差とミカエラだ。
    「おい木元、甘えてんじゃねーぞ。いつまで暗に守って貰う気だ」
     下段から突き上げる拳が一打、胴にめりこむ。
    「情に流された? 上等じゃないか。迷いも挫折も積み重ねた先に自分の道を見つけ出す――それが生きるって事だろ」
     横から入った拳は、ミカエラのもの。
    「あかりん、いつも、ちょっぴりだけ、背伸びしてたでしょ? 一人で全部抱え込むのは無しね! 一緒に馬鹿やって、一緒に強くなっていこ?
     糸括隊のみんな、誰も欠けずに!」
     ミカエラの拳が上向かせるように下から入り、二打、三打と続け様に放つ。
    「あかりんには、あたいたちみんなを呼んでくる力があるでしょ。それが強さだよ。
     最強じゃ~ん?」
     にぱっと笑顔のミカエラ。
     連打を重ねる二人が大きく腕を引いた。
    「望月を迎えに行かなくていいのかよ、失うばっかで悔しくないのかよ!
     守りたい掴みたい――その気持ちを過去形にするな」
     脇差が声を張る。
    「強くなりたきゃ這い上がれ。心に真っ直ぐ向き合って、自分を乗り越えてみせやがれ!」
     力だけじゃない、心の強さを忘れるな、と。
     刹那、遠心力をきかせた二つの拳が鋭く空を裂き、アンブレイカブルの青年を殴り飛ばすと、桜の花弁のような覇気が舞い散った。
     残滓は泡沫の如く、陽光のなか溶け消えていく。


     暗闇。
     ああ、そうか、目を閉じているからだと、何でもないことを何故か思った明莉は、ぱかりと目を開けた。
     視界には広がる秋の空。
     瞳は銀。
     戻った! と弾んだ声が響く。
    「もー。心配させないでよね~」
     飛びつき、ぎゅっとしたミカエラの声はちょっぴり震えていた。
    「自分の手の届かないところで、大事な人が消えていくのは、凄く怖いんだからね!」
     ぽすっと頭に何かを乗せられ、明莉の体が少し傾いだ。
     また、ぽすん。
    「おかえりなさい!」
     和奏の明るい声と笑み。
     これから忙しくなりますよ! と明莉に告げる。
    「みんなの事、一緒にお迎えにいきましょーよ!」
     わいわいと喜びあう灼滅者の姿から一歩離れ、見守るのは脇差と徒だ。
     同じく見守っているような気がした、先程まで拳を交えた『彼』に、ありがとう、と呟く脇差。
     更なるウサミミを頭にした明莉と目が合った徒は、サムズアップ。と、その時、くいっと杏子に引っ張られる徒。
    「かける先輩にもっ!」
     転ぶように輪の中に入った徒の頭には、ウサミミ。
     にこにこと、ウサミミを手に寄ってくる和奏から更に一歩離れる脇差。
    「凄いことになってるよ」
     千尋が明莉の頭を見て言った。
     らしいと言えばらしい雰囲気のなか、千尋と輝乃がおかえりと告げる。
    「お、重そうだ、ね?」
    「何で落ちないんだ」
     呟く明莉、その頭からそっと目を逸らす輝乃。大変なことになっている。
     シロップの小瓶を渡す杏子。
    「あのね、あたし達の事、もう少し信用して欲しいなの。泣き言もちゃんと、聞くよ?」
     言いたいこと、聞きたいことは沢山ある。皆の言葉を、ニコニコと眺めていたミカエラが、大手毬を手渡した。
    「糸括隊の暫定隊長、返すね!」
     花手毬は明莉のもとへ。
     生徒や先生、管理人とともにいた葵が戻り、言った。
    「大丈夫、貴方の優しさは強さだから。感情は弱さなんかじゃない あなたの強さを支える力」
     仲間たちに沢山の「おかえり」を貰った明莉が頷く。
     その時、ぱんっと銘子が服をはたいた。そしてフリルエプロンを進呈――着せた。
    「しゃんとなさい。ほら、こっこちゃんや、皆を迎えに行くわよ」
     紐を引っ張り背筋が伸びるよう、確りと結ぶ。
    「さあ、帰りましょう」
     凛とした声に「はーい」と元気な声が返ってくる。
     そんな仲間たちに微笑む明莉は、ごめんとありがとうを。
     そしてこの先、皆とともにおかえりの言葉を届けるために。
     歩みを一緒にし、学園への帰路に着くのであった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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