月下の剣鬼

    作者:天木一

     夜ともなれば風は冷たく、澄んだ空気がくっきりと月を映す。
     ネオンの光りは空の星を隠してしまうが、月の明かりだけは変わらずそこにある。
     そんな月明かりに照らされ、ビルの屋上で一人の男が胡坐をかいていた。死蝋のように生気のない白い肌。閉じていた目が開くと、真紅の輝きが闇夜に光る。まるで死人のように白い着流しを左前にした男はゆらりと幽鬼のように立ち上がった。吹きさらしの強い風に羽織った制服のブレザーが揺れる。ぼろぼろのブレザーは所々赤く染まっていた。
     静かな夜だった。地上の騒ぎも天に近いここまでは届かない。まるで幽世のようにその男の周囲には沈黙が漂う。
     ただぼうっと月を見上げていた着流しの男は担いでいた刀を抜き放つ。月の光を反射し、刀身が怪しく輝いた。まるで月を斬ろうとするように大きく一閃させる。その一振りは無造作で冷たく荒々しい。そこに美しさなどなく、ただただ相手を殺す事だけを追い求めた剣技。修羅に墜ちた者の顔には薄ら笑いが貼り付いていた。
     
    「闇堕ちしてしまった撫桐・娑婆蔵さんの行方を掴んだよ」
     真剣な表情で能登・誠一郎(大学生エクスブレイン・dn0103)が集まった灼滅者を見渡す。
     撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)が六六六人衆に闇堕ちしてから、ずっとその行方を追っていたのだ。
    「都内の廃ビルの屋上を根城にし、同格か格上の相手を襲って腕を上げようとしているみたいだね」
     そんな無茶ばかりをしていれば、いずれ何処かで野垂れ死にする事になるだろう。
    「何処かに行ってしまう前に、みんなの力で娑婆蔵さんを闇墜ちから救って欲しいんだ」
     闇堕ちしてまだ日が浅い。今のうちなら助ける事が可能だ。
    「都内の使われていないビルの屋上を根城にしているみたいなんだ。夜にそこに出向けば会うことが出来るよ。人の居ない場所だから戦うにも都合がいいね」
     屋上はそこそこ広く、邪魔になるものも無い。戦いに集中する事が出来るだろう。
    「どうやら本人は、自分が灼滅者としてダークネスと戦い続けていると勘違いしてるみたいなんだ。だから何か過去を思い出させるような刺激を与えるのが有効かもしれないね」
     友好関係のある人物なら、そういった情報が幾つもあるだろう。
    「声が届けば、ダークネスの力が抑えられて弱体化させる事も可能かもしれない」
     十分に説得して倒せば元に戻せる。色々と試してみる価値は十分にある。
    「作戦にはわたしも同行しよう。戦力は大いに越した事はないだろう。仲間を助けるため、微力ながら全力を尽くすつもりだ」
     必ず助けようと貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が参加を申し出る。
    「今ならまだ助けられる可能性があるよ。戻ってこれなくなる前に、仲間を迎えに行って欲しい。みんなが力を合わせればきっと大丈夫。娑婆蔵さんを連れてみんなが無事に戻るのを待ってるよ」
     誠一郎は目を逸らさずに見送る。仲間を救う為、灼滅者達は急く心を表わすように、足早に現場へと向かうのだった。


    参加者
    神坂・鈴音(魔弾の射手は追い風を受ける・d01042)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    ユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)
    水貝・雁之助(おにぎり大将・d24507)

    ■リプレイ

    ●月夜
     月明かりに照らされた大きなビル屋上。そこには白い着流しを血で染め、座ったまま月を見上げる娑婆蔵の姿があった。
    「まったく、見つかってよかったわ。色々あるけど、まずは助けてから! さぁ、私の魔弾で目を覚まさせてあげるんだからっ」
     恋人の姿に安堵した神坂・鈴音(魔弾の射手は追い風を受ける・d01042)が気合を入れ、眼の中に五芒星の魔法陣が浮かせながら屋上に出る。仲間達も続き屋上に展開した。
     そんな灼滅者達を撫で斬り娑婆蔵はじろりと値踏みし、戦うに足る相手と判断したのか、鞘に収まった刀を担いでゆらりと立ち上がった。その真紅の目には射殺すような殺意が籠もる。
    「時遡十二氏征夷東春家序列肆位四月一日伊呂波が問おう、キミは誰?」
     四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が名乗りを上げて問いかけるが、相手の返事は無い。
    「あ゛? もう一遍大きな声で言ってみな!」
     ドスの効かせ詰問しながら踏み込み刀を抜き打つ。そして一連の動作のように刃を鞘に納めながら間合いを離した。着流しに切れ目ができ、浅い傷から血が流れる。
    「八ツ裂きにしてやりまさァ」
     無表情に娑婆蔵は一足で間合いを詰め荒々しく刀を抜き放つ。
    「禊のお時間です。始めましょう、娑婆蔵さん」
     自らが闇堕ちから助けられた時の事を思い出しながら、割り込んだイブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)が赤薔薇のステッキブーケを振るい、同時に反対側からビハインドのヴァレリウスが仕掛ける。だが娑婆蔵は両方の攻撃を刀で弾き、その勢いのまま反対の手に持つ鞘で叩き伏せた。
    「ハロー、娑婆ちゃん。君は今は何ですか?」
     そんな問いかけをして猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)は護符を放ち、娑婆蔵を五芒星の結界に閉じ込める。
    「無理し過ぎだよ本当に、僕は友達や仲間を喪うのはもう御免なんだからね? あんな思いしたくないし皆にさせたくないんだから」
     二度とあんな思いは御免だと、白虎姿となった水貝・雁之助(おにぎり大将・d24507)は背に炎の翼を生やし仲間を包み込む。
    「必ず助けてみせる」
     貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)は矢をイブに向け、治療と共に超感覚を与える。
    「やれやれ、まったく。手の焼ける後輩ですこと」
     肩をすくめた祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は、帯を矢のように飛ばし太腿を射抜いた。
    「禊の時間……と言うには、随分ハチャメチャになりそうだなぁ」
     ユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)はビル内に待機したサポート組を思い、首を振って気を取り直すと蒼い炎の軌跡を残しながらローラーダッシュして回し蹴りを胴に叩き込む。
    「『仁侠』とは仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいる人を見ると放っておけず、彼らを助ける為に体を張る自己犠牲的精神を指す語」
     ダークネスの力を高めながらヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が腕を剣に変えて斬りつける。
    「無作為の殺戮を行う今の彼とはまるで真逆の言葉、嘗て同じ場所に所属し、彼の昔を知る仲間であるからこそ、もう一度、あの頃と同じ、任侠道を貫く姿を見せてくれ」
     その言葉にも相手は無言。ただ殺意だけが刃と共に放たれる。ヴァイスは剣の腕で受け止めるが、刃が半ばまで食い込み血が流れる。

    ●想い
    「来年のクリスマスも一緒にいたいっていってくれたでしょ」
     昨年の聖夜の約束を口にしながら、鈴音はシューズの吸気口から風を流して加速すると、飛び蹴りを浴びせた。仰け反りながらも娑婆蔵はその足を切断しようと刀を振るう。
    「へーいへーいくーみちょーう。灼滅者稼業はチーム戦闘が基本中の基本でしょーが。なーにこんなところでスタンドプレイかましてくれちゃってるのかなー?」
     それをユリアーネが斬らせろという怨念の籠もった刀で弾く。剣戟が続き鋭い振り下ろしが肩を斬る。だが同時に娑婆蔵の刃が胴を薙いでいた。
    「トンカラにでもなってたなら可愛げがあるけど……嘆かわしい」
     一瞬にして間合いを詰めたいろはがすれ違いながら刀で脛を斬り裂いた。
    「クラスでトンカラトンの格好する娑婆蔵君の姿が見れないのは寂しいし、テストで競争相手が減っちゃって張り合いがなくなっちゃうよ。其れにこのままじゃテスト不参加で赤点になっちゃうよ?」
     呼びかけながら雁之助は帯を伸ばしてユリアーネの傷口に巻き付け治療を施す。
    「あー、もしもし、灼滅者のしゃばぞーくんですか? 元気してる?」
     軽い調子で尋ねながら彦麻呂が槍を振るい、間合いから下がった娑婆蔵に氷柱を飛ばして足を凍りつかせた。
    「もう君と出会ってから3年も立つんですね」
     そこへ巨大十字架を押し付けながら仁恵が話しかける。
    「君はもう、にえの事を見損なっているでしょうし、底も見えたのでしょう。そのままで良いです、そりゃにえが君に甘えた結果です。でも、一度は姉御と呼んでくれた君を引き戻さなきゃいけねーんですよ。それはにえの我儘ですよ」
     娑婆蔵が柄で殴って仁恵を押し戻す。だが仁恵は必死に食らいついた。邪魔だと刃が振り上げられる。
    「娑婆さんお久しぶりです。元気そうで何よりです。覚えておりますでしょうか、二年前。闇に堕ちたわたくしに手痛い一撃を下さったこと」
     目の前に立ったイブが仁恵に護符を飛ばしながら話しかける。娑婆蔵は無言で仁恵を蹴り飛ばし斬り掛かってきた。それをイブはステッキで受けるが、腹にヤクザキックを喰らって吹き飛んだ。
    「『強きをくじき弱きを助ける人』と書いて仁侠。ならば私もお前に倣い、お前を救う為にこの道を貫いて見せよう」
     踏み込んだヴァイスが闘気を剣と化し、休む間を与えぬ連撃を浴びせる。
    「踊り手たちよ、吠え猛りなさい!」
     そこへ鈴音がスライディングで懐に入ると、炎を纏った足で顎を狙って突き上げるように蹴り宙に浮かせた。
     口の端から血を流した娑婆蔵は空中で体を捻って斬撃を浴びせる。
    「殴り合い、斬り合いは喧嘩の華ってね!」
     ユリアーネが刀で受けながら、脇腹を蹴り上げる。
    「でも、にえは結局、見える範囲は好くしてーみたいです。それが安寧なんでしょうて」
     仁恵が大きく跳躍し娑婆蔵を地面に蹴り落とした。跳ね転がり刀を突き立てて止まる。
    「鬼哭啾啾たる会心の斬撃で貴方に撫で斬りにされたわたくしは、あの一撃で、あの言葉で貴方のいる学園へ帰ることができました。沢山の愛をありがとうございました。今こそ、この御恩に報いる時」
     イブがステッキを構える。
    「――愛しています、殺させてください」
     鋭い踏み込みと共に放たれた斬撃が袈裟斬りに赤い線を刻む。だがすぐに反撃の一刀が放たれ庇うヴァレリウスが深く斬り裂かれる。
    「自分自身が何処の誰で今は何をしてるのか、頭を叩いてでも思い起こさせるよ」
     死角から飛び込んだいろはが後頭部を蹴りつける。
    「しゃばくん、自分で自分を灼滅者だって言うんならもうこのまま帰れば良くない? ちょっと鏡でも見てみなよ。めっちゃ悪党ヅラしてるよ、キミ」
     そこへ彦麻呂が帯を放ち、頬から耳にかけて深い傷を抉る。
    「クラスの皆が待ってるし何より神坂さんが待ってるから帰ろう?」
    「今ならば戻れるはずだ!」
     雁之助が仲間の足元に法陣を展開して治療と共に天魔の力を宿らせ、イルマも治療を手伝う為に矢を射る。

    ●仲間
    「よござんす」
     真剣な顔に変わった娑婆蔵の姿が分裂する。包帯をぐるぐる巻いた分身が7体。それぞれ違う武器を持ち、本体と共に一斉に襲い掛かって来た。
    「囁き集わせる大気たち12万っ! この声を聞くなら、鳳をここへ!」
     鈴音が手を向けると鳳のような魔弾が放たれる。
    「朝に身じろぎし、夜に涙する幾百の抱き手たち……聞こえるかしら、私の声がっ!」
     それを追うように背後の魔法陣から無数の魔弾が放たれ、逃げ場の無い弾幕を張った。だが撃たれながらも突っ切り刃が迫る。
    「私達が救うのは、仁の心を忘れ、己が欲望のままに凶刃を振るう貴様ではない」
     ヴァイスは魔力を込めた杖を振り抜き刃を弾き脇腹を打ち抜いた。だが分身の攻撃は止まらず槍、帯、拳と次々に違う攻撃を叩き込まれた。
    「しゃばぞーの無念仏とは勝手が違うけどこんな太刀筋だね」
     いろはが乱暴に刀を振るい、太刀筋を真似ながら分身を斬り倒す。
    「あの闘い。忘れたとは決して言わせませんよ」
     続けてイブが金平糖のような煌きを靴に纏わせ、軽やかに跳躍して回し蹴りを叩き込む。
    「君の制圧すべきダークネスは、本当は何ですか? 今は、君自身でしょう。テメーの中身をテメーは押さえ込める芯を持ってるでしょうて」
     仁恵の言葉が刃となったように風が吹き抜け斬りつけた。
    「組の面子の血の気の多さ、知ってるでしょ? みーんな、今か今かと相手してもらうの待ってるんだよ」
     ユリアーネが刀を縦横に振るって斬り捨て、分身が消えていく。
    「ぶっちゃけ私、しゃばくんがどういうシチュで堕ちたのかとか確認すらしてないんだけどさぁ。勝手に堕ちられても困るんだよね」
     自分の都合を一方的に語りながら、背後から彦麻呂が槍を突き入れ傷口を凍らせた。
    「しゃばくんは下っ端気質だから色々な約束がありそうだけど、私の子分でもあるんだから、どうせ鉄砲玉やるんなら私の役に立ってから死んでよね」
     娑婆蔵が後ろに刀を振り抜くと、彦麻呂は槍を手離して下がる。
    「ええ加減にせえ! クラスの皆が! お前の組のもんが! 何よりお前の惚れた女が待っちょんじゃぞ!」
     返事のない娑婆蔵に、ブチ切れた雁之助が怒鳴りつけながら蹴り飛ばす。
     娑婆蔵の姿がぶれ、減った分身がまた姿を現し一斉に武器を構えた。
     だがその眼前に組長を助けようと集まった撫桐組事務所の面々が立ち塞がった。
    「さぁ、喧嘩始めようぜ! 組の庭先でやり合った時みたいに豪快に投げ飛ばしてやっからさぁっ!」
     香艶が相手の力を利用して投げ飛ばす。
    「キラーズエイト、ねえ。依頼でこうやって、8人一組で一体の敵に当たる形をそんなふうに呼んでたっけ」
    「すごい人数が集まったものだ。それもこれも君の人柄のなせる技なんだろうね」
     石見鈴莉と偲咲沙花が左右からの攻撃を受け止める。
    「どうした娑婆蔵。随分と腕が錆び付いてるぞ、ガイオウガとの大一番前にトンでへこたれでもしたか」
     挑発するように御神白焔がナイフで攻撃を弾く。
    「やっほー久しぶり! 強くてかしこいイケメン名探偵だよ!」
    「一人一人じゃかなわなくとも、こじ開けるくらいはできるはずだ」
     おどけた調子で絡々・解が真剣な表情で識守理央が攻撃を防ぐ。
    「組員ほっぽって1人プレイとか良い度胸してるよねぇ。ケジメを着けてもらう為にも、組長には帰ってきてもらうぜ!」
     小此木情が仲間を癒し支える。
    「ウチさ、弟分って認めてもらえたあの喧嘩。今でも覚えてるよ」
    「とっとと帰って鈴音殿とイチャつかれよ」
     灰色ウサギが居合抜きで斬り、カンナ・プティブランが殴りつける。
    「俺が堕ちた時、お前に渡した刀を形見にしてくれるなと言ったらしいな……。俺からも言おう。お前に貰った短刀の鞘……形見にしてくれるなよ……?」
    「鈴音おねーさん、が……泣いちゃう、よ………ね……目、さめた………?」
     叢雲宗嗣が短刀を抜き放ち背後から斬りつけ、九条・椿がギターで殴る。
    「縁が繋がって、仲間に迎え入れてくださった……漸く繋がった縁、ここで切れさせたくありませんの!
     組長を助けたいと周防雛が思いをぶつける。
    「既に食材の手配は済んでいる。場所も抑えた、予約の変更は受け付けん」
    「放浪もこれくらいになさって、組に戻って下さいな」
     帰還祝いの準備は済んでいると太治陽己が伝え、帰って炬燵で鍋もしようと九条御調が誘う。
     『組長なのに組にいないとかシンキジク!』と書いた習字をファム・フィーノが見せ、ブアアアアアアアァ! と下着一枚の雛本裕介がほら貝を鳴らして魂に訴えかけた。
    「あのね、しゃばぞくんは前にみんなと一緒に寝れないしあたしを迎えに来てくれたよね。だからね、あたしもみんなと一緒に迎えに来たの」」
     一緒に帰ろうと鴇硲しでが手を差し伸べる。
    「娑婆ちゃん! 娑婆ちゃんが背負わなければならないものは喧嘩じゃないでしょう! この! 撫桐組の看板こそが! 娑婆ちゃんの背負うものでしょう!」
    「皆さん、撫桐さんの帰りを待ってますよ。いつまで待たせる気ですか!」
     ここが戻る場所だと野良わんこが撫桐組看板を叩き付け月姫舞が刀で斬りつける。
    「さて、良い機会ですし久しぶりに喧嘩をしましょう!」
    「組長殿、お忘れか? 拙者たち一人一人は、如何様に強くなろうとも『弱い』」
     上里桃が娑婆蔵から貰ったブブゼラで殴り四方祇暁は寸鉄で穿つ。
    「橘花さん、アレいくで?」
    「いくぞ千鳥合わせろ!」
     荒吹千鳥と戦城橘花が同時に蹴りを放った。
     数々の武器と言葉の連撃に分身が消し飛び、娑婆蔵の顔が不快そうに歪め斬り掛かる。
    「親は子のケツを拭く務めがあるものだが、いつまで『デッドリンガー』に躰を任せているつもりなんだ?」
     黒山明雄が攻撃を受け止めながら話しかける。
    「分かるだろう? さっさと戻ってこい。お前はもう誰かの子分から、誰かの親分に成っているんだ。待ってる奴らに、きっちり仁義を切ってみろよ『娑婆蔵』」
    「これだけの灼滅者を集めて、それらを一手に相手取るほどきみは強くなった」
     瑠璃垣恢が無表情に、だが力強く呼びかける。
    「――けれど、今のきみ相手じゃ心躍らない――誰よりも『撫斬』になりてえのは、あっし自身なんでさァ。きみはかつて俺にこう言ったけど、今の、堕ちたきみが、きみがなりたかった『撫斬』にはとても見えない――だから、戻ってこい」
     娑婆蔵が斬撃で口を止めようとする。
    「君が留守にしてる間に例のゲームクリアしたよ。ネタバレすると○○は裏切って○○○が黒幕だったよ」
     花檻伊織がネタバレしながら剣を交え鋼の音を響かせる。
    「今の君の剣戟はちぃとも響かないんだよね。――見舞い代わりに、君もよく知ってる俺の一閃だけ贈ろう」
     斬撃が交差し互いの腕を傷つけ合った。
     殺す為だけの荒々しい剣に迷いが生まれていた。娑婆蔵がハッと周囲を見渡すと、攻防の間に灼滅者が59人も増えて逃げ道を塞ぐように屋上に配置していた。
    「よござんす、全て撫で斬りにしてやりまさァ」
     全て斬り捨てると娑婆蔵が分身しながら突っ込んでくる。
    「分身なんて厄介だね、でも予知情報のあるこっちの方が有利なんだよ」
     いろはが刀で受け流し、弾き、幾度も傷を受けながらも致命傷を防ぎ凌ぎきる。
    「本体を狙おう」
     イルマが青く輝く剣を掲げて仲間達を癒す。
    「今年のクリスマス、また娑婆蔵のご実家に行くの楽しみにしてるのよ!」
     鈴音が炎を宿した蹴りで本体の剣を弾いた。
    「それに……まだ撫桐・鈴音にしてもらってないんだから!」
    「貴様の貫いた仁侠とは、仁義とはその程度のモノでしかなかったのか? ならば嘗てのお前を良く知る私達が思い出させてやろう、少々荒療治になるがな」
     その隙を突きヴァイスは剣と化した腕で斬り込み追い込んでいく。
    「順番待ちがこんなにもいるんだから、こんなところでくたばって貰ってちゃあ困りますぜ!」
     口調を真似しながらユリアーネが杖をフルスイングで邪魔な分身を吹き飛ばす。
    「皆さんの愛が伝わったでしょうか? では殺されてくれますよね」
     助けたい思いを籠め、駆け抜けるイブがステッキを振り胴を薙いだ。
    「娑婆ちゃんには、言葉よりこっちの方が効果的かもしんねーですね」
     鬼の如く腕を異形化させた仁恵が殴りつける。
    「選びなよ、ここでダークネスとして死ぬか、もうひと花くらい咲かせてみせるか」
     彦麻呂が腕を振ると突風が刃となって一文字に胸を斬りつけた。
    「仮にも任侠者が惚れた女やダチ、手前慕う兄弟分泣かせる様な仁義踏みにじる真似してどうすんじゃ! とっとと目ェ覚ませや!」
     突っ込んだ雁之助が炎を纏った槍で腹を貫く。
    「いい加減、目を覚ましなさい!」
     鈴音の強烈な飛び蹴りが顔面を捉えた。手から刀が零れ落ち、その身に纏う荒々しい殺気が消し飛んだ。

    ●絆
     羽織ったブレザーが脱げ、倒れる娑婆蔵の体を鈴音が抱きとめる。肌色が戻り胸の鼓動が伝わってくる。
    「おかえり、娑婆蔵」
    「……ただいまでござんす」
     鈴音がそっと呼びかけると、疲れきった声で返事があった。
    「あの時のお返し、ちゃんとできましたね」
     イブがヴァレリウスに寄り添いながら微笑んだ。
    「最初っからそうすればいいんだよ」
     やれやれと彦麻呂が力を抜いた。
    「やっぱり今の君が一番らしーですよ」
     やり遂げたと仁恵は満足そうに微かな感情を浮かべた。
    「此れはお代として貰っておくよ?」
     いろはが刀を拾い上げて鞘に納める。
    「今回、散々手間を掛けさせたのだから、手間賃として1週間ほど私達全員に食事を奢って貰おうか」
    「それは良い案だな」
     ヴァイスとイルマが何を食べようかと笑みを交す。
    「めでたしめでたし、だね」
     雁之助が2人を眺めてにっこりと笑った。
    「くーみちょーう、感動の再会のところ悪いんだけど、みんな待ってるよ?」
     ユリアーネが背後に視線を向けると、集まった大勢の仲間達が一発殴らせろとばかりに囲んでいた。
     手荒いお帰りの歓迎を受け、もみくちゃにされながら笑い声が月夜に響いた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 22
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