
それは、夜。とある道で「ちち」の話をすると現れるという。
「きゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴をあげてへたり込む若い女性が視線を向ける先には、道路標識にしがみつき身体を揺らすぽっちゃり系のオッサン。着ているTシャツには「ちち」と書かれた文字が躍っていた。
「まぁ、たいていこんなオチだよな」
何やらブツブツ呟いていたエクスブレインの少女は腕を組んだままため息をついた。
「あ、都市伝説が現れたんだ」
都市伝説とは、一般人の恐怖や畏怖がサイキックエナジーとミックスされて誕生する暴走体。バベルの鎖を有しており、灼滅者でなければ対処できない厄介な相手なのだ。
「今のところの被害は、女性が数名精神的なダメージを負ったことと道路標識が数本曲げられたことぐらいかな」
被害からすれば、あまり大きなものではないかもしれない。
「けど、放置する訳にもいかんだろ、あんな都市伝説」
見た目はどう考えても変質者。それは、ご町内の景観を乱す悪でもある。だからこそ、退治する必要があるのだ。
「で、都市伝説との接触法だが、出現すると言う噂のある道を夜六時以降に歩きつつ『ちち』の話をすりゃいい」
話題に出すのは「牛乳」のことでも「父親」のことでも「胸」のことでも良い。それを「ちち」と称すなら。
「話題に出せば、都市伝説は目につくところの道路標識や電柱、街路樹にぶら下がって揺れてる筈なんでな」
基本、この都市伝説は攻撃されなければぶら下がって揺れているだけだが、倒そうと攻撃すればさすがに反撃してくる。
「尚、攻撃手段はご当地ヒーローのサイキックに似たものになる」
光るバーコード頭からビームを打ったり、ぶら下がった体勢からキックを放ったり、どっこいしょと地面に降りるや駆け寄って対象をつかむと地面に叩きつけたり。
「討伐に赴くなら時間帯は午後の九時を推奨しとくな」
その時間帯ならば通行人もなく、ビジュアル的に酷い都市伝説と戦っている姿は目撃されないだろうとのこと。
「ま、酷い相手だが放置しとくのもあれだしな」
討伐頼んだぜ、と続ける少女の豊かな胸が組んだ腕に押し上げられて変形してるのはある意味ツッコミ待ちか、それともおびき出す為の話題をさりげなく提供してるのか。
「じゃあな、気をつけていけよ」
送り出す少女の胸が揺れることは、最後までなかった。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 龍宮・神奈(闘天緑龍・d00101) |
![]() 峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705) |
![]() ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068) |
![]() 彩城・月白(雪月白花・d04512) |
![]() 渡橋・縁(遠神恵賜・d04576) |
![]() 御崎・美甘(瑠璃の天雷拳士・d06235) |
痣峰・詩歌(中学生シャドウハンター・d06476) |
![]() アシリア・カナート(小学生魔法使い・d08892) |
●ちちものがたり
「父の日って何を送るのが相場なんだろうな……母の日はカーネーションだが」
歩行者用の信号が青になって、口を開いたのは、峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)だった。
「ぷ、プレゼント……ネクタイとかは多分困らないよ」
これには、渡橋・縁(遠神恵賜・d04576)が応じ。
「なるほどな。って言っても来年の父の日は随分先だな。じゃあ、次」
灼滅者達を除けば誰もいないアスファルトの上、ポツポツと街灯が灯る道を歩きつつ、一人一人が「ちち」に関する話しをして次の者に回す。
「まるで百物語ですわね」
アシリア・カナート(小学生魔法使い・d08892)が指摘したように一人一人が順に怪談を披露してゆく百物語という遊びと確かに似通った点はある。
「ま、あっちは百話終わった後に何か起きるで、こっちは話に反応してオヤジが出てくる」
話しが引き起こすオチには誰が見ても明らかなほどの落差があった。
「で、だ。例のオヤジは一体結局何しに現れてんだろうな。まあ、わかりたくもねーんだけどよ」
思わず心情を口に出してしまってもおかしくないほどの疑問。龍宮・神奈(闘天緑龍・d00101)ならずとも似通ったことを考えた灼滅者はいたかもしれない。
「全然見たくないけど……退治しなきゃよね」
情報による想像だけで視覚的危険物と判断したのか、彩城・月白(雪月白花・d04512)は視線を地面に落とす。
「牛乳を飲むと、背が伸びるという、のは、迷信だそうです……よ?」
「へぇ」
今も尚「ちち」の話は継続中なのだ。何時都市伝説が出てきても不思議はない。
「で、次の話題は」
「……父親よ」
胸に関した話題が出てこないのは、小学生二人に誰かが気をも和したのか、それとも。
「……わたしのお父さんが好き。優しくてかっこいい。あの人以上の男はいない」
まぁ、アシリアがエイティーンで18歳の姿をしているが故に、外見上の小学生は月白だけなのだが。
「俺の親父は厳格だったからな、まあ色々愚痴るとこもあるが、あれはあれで優しいところもあったしなー」
ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)が語る父の話を聞きつつ、神奈は夜空を仰ぎ。
「父親」
アシリアは寂しげな表情で少しだけ視線を逸らして。
「え、えと……次の人は」
帽子で目元を隠すようにした縁が首を巡らせれば。
「あたしの話題は『牛乳』」
御崎・美甘(瑠璃の天雷拳士・d06235)が明かしたそれは、狙い澄ましたかのように胸以外。
「しろ、牛さんのおちちは偉大だと思うの。牛乳もソフトクリームも、とってもとってもおいしいもの」
月白の話題も小学生だけあってお察しの通り。
「だーっ、胸の話はないのかよ、胸の話。オジサン食いつきまくるぜー?」
「…………はぁ」
不満げに神奈が吼えれば、出てきた単語に痣峰・詩歌(中学生シャドウハンター・d06476)がフードで顔を隠したままため息をつく。己の胸に手を当てていることに追求するのは無粋か。
「えぇと、出てこないね?」
ともあれ、なんだかんだ言ってけっこう「ちち」の話はしたはずなのだ。
「確かに、エクスブレインの話が正しいならもう出てきておかしくないはずですわ」
予想される可能性は三つ。
「出現ポイントがもう少し奥とか?」
もしくは、胸の話題をもう少し続けたくて、標識にぶら下がって揺れているオッサンを誰かが見なかったことにしたのか。
「あとは、出現しているのに誰もまだ気づいていないパターンかなぁ……って、ライラちゃん何バスターライフル構えてスコープ覗い」
てるの、と続ける必要は無かった。
「うわ、これは目の毒……」
冷酷な表情で無言のままライラが向ける殲術道具の先を見れば、そこにいたのは。
「そろそろ発育止まってくれないとスポーツブラ新調しないといけないからな」
「あのー、その話もうちょっと詳しく」
気づかず話を続けていた清香へ食いつくオッサンの姿。
(「へ、変態だぁ……でも、なんとかしなきゃいけないんだよ、ね。がんばらなきゃ……」)
(「一体どんな、恐怖と畏怖がサイキックエナジーとミックスされて誕生したのでしょう、この変態的暴走体は……」)
揺れるオッサンもとい紛うことなき変態へ戸惑い、思わず言葉を失う者が居る中。
「揺れる姿は一目で見飽きた。『狩ったり狩られたりしようか』」
「翔力発現!」
我に返った灼滅者達がカードの封印を解く。
「ふぇぇ……なんか変なおじさんだぁ……」
変なおじさんで片づけられるレベルかは分からない、ただ。
「まぁ、とりあえず、灼滅させてしまいましょう、はい」
「えぇと、なんかやるせない気分になるので、おとなしく退治されてください」
アシリアの言葉に一理あると思ったのか、月白はぺこりと頭を下げるのだった。
「あのーさっきのかばべっ、ぶ」
気を取り直した美甘あたりに魔法の矢をぶち込まれてぼとりと標識から落ちたオッサンへ。
●報い
「へばべっ!」
アスファルトの上に落ちたオッサンへ突き刺さったのは、ライラの撃ち出したバスタービームだった。
「うぐっ、な、何を――」
「落ちてきたのか、丁度良い。いくぞっ!」
いきなりの不意打ちに対応出来ずにいるところへ吹き出す炎を宿した龍砕斧を振りかぶる清香が迫り。
「やれやれ、……話しの方が良いところだったのによっ」
「ひっ」
神奈も同じ龍砕斧に分類される牙龍を左手に握りながら、都市伝説の元まで一歩で距離を詰めた。
「おら、喰らっとけ!」
龍の骨すら叩き斬る一撃から都市伝説が身をかわせなかったのは、先程撃ち込まれた魔法の光線に威圧されたままの身体が上手く動かなかったのか、それとも。
「がっ」
「っ」
縁が戦闘中にもかかわらず帽子を目深にかぶったのは、無理もないことだろう。
「いやん」
オッサンのシャツが切り裂かれ、切れ目からぽっちゃり的な意味で膨らんだ胸がこぼれたのだから。
「これがいわゆる……うれしくない、ちちゆれ……」
何とも言えない空気の中。
(「頑張って部屋から出てきたのに、こんな変なおじさんが相手なんて……」)
フードに隠れた詩歌の表情をうかがい知ることは出来ない。ただ、形成されつつある漆黒の弾丸は胸の内を顕著に語るかのような禍々しさを漂わせていたけれど。
「参りましたね、胸を押さえたままでは標識にのぼうばっ?!」
「ブラン、一緒にがんばろうね」
「ナノナノ」
月白とナノナノのブラン。地獄的景色を作り出したオッサンが弾丸を撃ち込まれて上げた悲鳴をBGMに、息を合わせた主従はあまり直視したくない敵に目を向ける。
「えーいっ!」
「ナノー」
「うぐ、あばばばっ」
激しく渦巻く風の刃にブランの飛ばしたシャボン玉が舞う。切り裂かれつつ変な踊りを舞わされるオッサンを見る限り、効果は抜群の様で。
「やっぱり変態ですわね」
バベルの鎖を集中させ紅く染まった瞳へ酷い光景を映したアシリアは、波打たせた影を剣と為した。
「この焔で焼き尽くしましょう」
ごぅ、と漏れ出た炎は刃に宿りて――変態を打つ。
「あ、ぐ、ガァァァァ」
切り口から噴き出す炎はオッサンを焼き。
「チャンス、光と闇が両方そなわり……なんでもない、とりあえずこれっ!」
美甘はグローブ状に左手を覆っていた影を触手に変え、都市伝説へ伸ばす。
「あ」
美甘が己の選択の生み出すであろう結果に気づいたのは、触手がオッサンに絡み付き始めた後で。
「うぐっ、あ゛あ゛あああぁ」
「うわぁ」
「ぇ、やだこわい」
視覚的災厄がここに誕生した。「燃えつつ何処かはらりしちゃったオッサンが触手に絡み付かれて悶える図with道路標識」とでも言おうか。
「よっしゃあ、このまま一気にカタを付けてやるぜ!」
「ぎゃあっ」
この事件は、神奈が二度目の龍骨斬りを繰り出したことで更なる悲惨なものへと変貌する。
「くくくくくっ、流石におじさん堪忍袋の緒が切れましたよ」
暴力的ビジュアルで、スタッとアスファルトの上に降りたオッサンは。
「ウオオオオオオッ!」
全力で向かって来たのだ。
「やぁん、こっちこないでー」
「こ、こっちこないでぇ」
思わず狙われていないはずの月白や縁までが怯える迫力で、走ってきた都市伝説は。
「うっ」
「ほあぁぁぁぁっ」
「う、あっ」
がっちりと美甘を捕まえると担ぎ上げて咆吼し、アスファルトへ叩き付ける。
「まだまだ!」
むろん、それで倒されるほど美甘は弱くない。
「御崎おねえさん、これで元気出して?」
すかさずが己の奥底に眠るダークネスの力を流し込んでカバーに回り。
「う、動かないで!」
詩歌が鋼糸をオッサンに巻き付けて動きを鈍らせる。
「うぐっ、う……うぅ」
触手のかわりに今度は鋼糸に巻き付かれたオッサンが身を捩り、ビジュアル的に酷い戦いはまだ終わってくれそうになかった。
●変態
「ふふふ、楽しくなってきたよ!」
美甘の笑顔が微妙に怖いのは気のせいだと思う。笑っているのもダメージを受ければ受けただけ高揚していくタイプであるからだろう。
「御崎おねえさん、大丈夫?」
決して地面に叩き付けられる時に触られたことへの憤りとかどんどん酷くなって行く都市伝説の見た目から現実逃避に走っている何て理由ではたぶんない。
「しっかし、タフすぎるぜ」
何がオッサンをそこまで立たせているのか。
「……許さない」
存在自体を父親への侮辱と受け取っていたライラは都市伝説へ容赦なく攻撃を叩き込んでいた。
「……あなたはお父さんを貶めた。存在自体が罪だから、とっとと消えて!」
「そん、おじさんは別におとしめ……ちょっと、ちょ、あ、アーッ」
バスターライフルか放つ魔法の光線へ回避行動をとる様になってからは、両手に集中させたオーラを放出し、追い込んでいるはずだというのに。
「効きましたよ、いまのは……」
「……っ」
倒れても起きあがってくる変態が無表情のままのライラを苛立たせる。
「若いというのは素晴らしいですね。……来なさい、決着としましょう」
言葉と共に放ったのは鋭い光線。
「っ、ごめん。ディフェンダーだったら」
仲間を庇うのが盾なら、今の美甘は敵を切り裂く剣。攻撃に重点を置いた思考では咄嗟に味方を庇うには至らず。
「……っ」
ライラはビームに貫かれた肩を押さえ。
「だから」
「ごがっ」
光線を放った姿勢のままだった都市伝説の身体が一瞬浮き上がるなりアスファルトに叩き付けられた。
「こっちは任せとけ!」
一呼吸おいてオーラを拳に集中させた神奈が飛び出し。
「オラオラオラ、どーしたぁ決着にすんだろうが?!」
「がっ、べっ、ぐっ、ががっ」
猛烈なラッシュが都市伝説の身体を浮かした頃。
「お手伝いしますっ」
「……ありがとう」
縁の招いた優しい風に癒されながら、ライラは駆け出した。
「さて、狩りも……終盤かっ」
「ははは、その様ですねぇっ」
炎を宿した清香の龍砕斧とクロスさせたオッサンの腕がぶつかり、拮抗し。
「見た目の割にはやるな」
「いえいえ、貴女の太刀筋もなかなか」
ニヤリと笑った両者は一拍おいて飛び離れる。
「うぐっ」
飛び離れ、悲鳴を上げたのは都市伝説で、電信柱の横から満身創痍のオッサンを鋼糸で切り裂いたのは詩歌。
「こ、こないで」
「はは、怖がってるようでこれはなかなか……っべ」
怯えた様子の詩歌を見つめ苦笑を浮かべたオッサンは、次の瞬間巨大化した月白の腕に潰されていた。
「ぬああああっ!」
「次は私ですわ」
「った、っと、っと」
巨大化、異形化した腕を持ち上げて出てきた都市伝説は、次に影で出来たアシリアの刃と踊り。
「……これで、塵すら残さず――」
滅ぼすべき対象の元まで辿り着いたライラはオーラを拳に集中させて最後の一歩を踏み切った。
「……っ」
急所に叩き込まれた拳に手応えを感じ。
「うぐっ」
膝をついたオッサンは。
「まさかここまで追い込まれるとは思っ」
「ナノナノー」
「ぐふっ」
「あ」
ブランの放った竜巻に切り裂かれて力尽き、倒れた。
●お疲れさまを貴女に
「……珍しく興奮してしまった。皆、ごめん」
都市伝説が消滅して頭が冷えたのか、ライラが最初にしたことは仲間達への謝罪だった。
「いや、ほら、その……ね」
何というか、流石に今回は仕方がなかった気もする。普通に見た目が酷すぎたのだ。
「なんであんなのが出ちゃうかなぁ……」
精神的疲労でげんなりしつつ美甘は声を絞り出し。
「も、もう危険はなさそう」
「あ、ご苦労様」
変態と対面していたからか、おどおどしつつ周辺の確認を終えた詩歌は今にも消え入りそうな声で伝えると帰り支度を始めた。
「もう夜遅いのよね。早く帰らなくちゃ」
そもそもここに来たのが夜の九時。我に返った月白もくるりと身体の向きを変え、帰路に着きつつ呟く。
「でもでも、お家に帰ったら、ミルクたっぷりのココア飲みたいなぁ」
疲れた時の甘いものはきっと心に安らぎを与えてくれるだろう。そして、明日になれば変なおじさんのことはきっと綺麗さっぱり忘れているに違いない。
(「……後でお父さんの写真を見ないと」)
帰り始めた仲間に続き、ライラは夜道を逆へたどり歩き出す、無表情のまま。こうしてご町内の景観を損ねる変態都市伝説は滅び、討伐劇に幕が下りたのだった。
この道に変質者が出ることはもう無い……と思う。
| 作者:聖山葵 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2012年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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