シャドウ大戦介入～錯綜の渦

■リプレイ

●疾風
　ソウルアクセスで降り立った世界はシャドウ同士の戦いで歪んでいた。空気がよどんでいたというのが正しいだろうか。
　激戦地区となっているコルネリウスやオルフェウスの拠点よりやや下がった地域だ。決戦戦力として待機していると思われるタロット兵を撃退するのが、ここにいる灼滅者達の役割。
「ボクらに今できる事全てをしないとね……まずは目の前の敵から潰そうか」
「確かに。私達は私達だけで、役割を全うする必要がありそうだな」
　ロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ（華散し・d36355）が紅い瞳を眇めて呟く傍ら、ルフィア・エリアル（廻り廻る・d23671）は圏外を示す携帯を見遣りため息をついた。ルフィアは可能であれば他のタロット攻撃班の仲間と連絡先を交換し、携帯で連絡を取り合う予定でいた。しかし今回このソウルボードでは使えないとなれば個々の班ごとで動くしかない。
　出来ない事を考えてもしょうがない。立川・春夜（花に清香月に陰・d14564）は軽く笑う。その面立ちに決意を乗せて。
「優貴センセー達の方は担当する皆に任せて、俺らは俺らできっちり叩いてかねえとな」
　タロット兵は主戦力及び遊撃兵として待機しているはずだ。あるいはアガメムノン軍が快進撃を続けている現状を思うと、いっそ暇を持て余している可能性すらあるかもしれない。
「やっぱり戦争って数が多い方が有利だよなぁ。さぁて、噂のタロット兵ちゃんはどーこだ！」
　質量で圧倒するデスギガス軍を思い肩を竦めたサーシャ・ラスヴェート（高校生殺人鬼・d06038）は遠方を見据え目を凝らす。他の灼滅者も各々探索を試みた。目標は敵陣の後方で周囲から孤立している強そうな個体だ。真馳・空（スクリプトキディ・d02117）が声を上げる。
「みつかりました。つまり、索敵の結果攻撃目標であるタロット兵を捕捉した、という意味！」
　指をさしたのは小高い丘。その果てに臨む平原には大群がいるようにも見えるが、その丘には一騎の兵しか見受けられない。
　佇んでいたのは女神を思わせる厳かな風貌のシャドウだ。剣を持っている、それがタロットの武装なのだろう。天秤を思わせる柄と鍔が見受けられることから、『正義』を象徴するタロットの武装に違いない。空の予想は的中した。タロットはトランプの前身でもある――スペードは剣、クラブは棍棒を抽象化したものだと言われているため、そういった武装を持っているのではないかと考えたのだ。
　タロットなら魔術師とかもありえるかもと考えていた春夜の予想とは少しずれてしまったが、その剣には魔力が感じられる。魔術を行使する可能性は十分ありそうだから、的外れというわけではなさそうだ。
「さっさと終わらせて、帰ろうか。不安材料は、早めに摘んでおきたいからね」
　真柴・櫟（シャンパンレインズ・d28302）が一歩踏み出したなら、タロット兵もこちらに気付いたようだ。鷹揚に構えた物腰のまま、天秤の剣を灼滅者達に向ける。　
　柔らかな微笑み灯し、煌・朔眞（秘密の眠り姫・d05509）は殲術道具にそっと指先を伸ばす。
「……この戦いに勝って、好機はこちらにあると思い知らせてあげましょう」
「回復は、任せてください。えと、えと、負け戦と分っていても。……次につなげたい、です……」
　烏丸・海月（くらげのくらげ・d31486）の大きな青色の瞳に決意が宿る。今頃優貴先生やコルネリウス達を撤退させるべく、仲間の灼滅者達が奔走しているはずだ。彼らの献身を無駄にしないためにも、ここで確実にデスギガス軍の戦力を減らさねばなるまい。
　視線を交わし頷き合って、ソウルボードの世界を走り出す。

●怒涛
　疾走。
　一足飛びに駆けてきたのはタロット兵だ。剣に闇の衣を纏わせ、一閃。
「リオ！」
　朔眞を庇い前に出たウイングキャットが袈裟懸けに斬りつけられる。傷が深い上にトラウマまで付与されたとあって、リオの足取りがふらり乱れた。その深手に息を呑み、けれど視線は逸らしはしない。
「あの、回復します……！」
　即座に海月が紡いだのはしなやかに伸びる癒しの帯。鎧を模り包んだなら、受けた傷と制約が和らいでいく。その力を元に、リオはロードゼンヘンドへリングの光を注ぐ。破魔の力が満ちていく。
　敵の迷いのない動きに戦慄を覚えたのは本当の事、しかしだからといって怯む気など毛頭ない。ルフィアはきつく前を見据える。
「臆するものか！」
　狙った獲物は逃さない。射出された帯は鋭く、タロット兵の肩口を深く貫く。手応えを学習したなら次も確実に穿つだろう。確実に捕らえて、何度でも攻撃を食らわせようか。
「痛みの水面へ、沈んでください」
「沈めるなら重みを足してみようか」
　先程の意趣返しとばかりに朔眞がタロット兵へと肉薄する。槍に螺旋の捻りを加え、体重を乗せたなら一気に突いた。更に力を加えて身を翻せば、その合間を埋めるように櫟が跳躍し距離を詰める。巨大十字架型碑文を振りかざすは朔眞が生んだ傷口。圧倒的質量で突き崩せば些か敵の足取りも鈍るだろうか。ビハインドのイツツバが立て続けに霊撃を振り落とす。
　灼滅者達の流れるような連携は続く。春夜が踵から流星を敵の胸元へ墜落させれば、その傍らで空が両手に霊光を集める。一思いに放出させれば、タロット兵の鳩尾を強く穿った。
　ロードゼンヘンドが帯を幾重にも織り成し己の護りを固める最中、タロット兵が不穏な空気を湛えていた。眼を眇める。口をついたのは予感めいた宣告。
「――来るよ」
「構えろ！！」
　黄色標識を掲げ、制約への耐性を前衛陣に広げていたサーシャが叫ぶ。タロット兵が狙ったのは先の攻撃で最も重い一打を担うと見抜かれたルフィアだ。春夜がぎりぎりで滑り込んで攻撃を肩代わりする。剣が鋭い弧を描き、鮮血を散らした。思った以上に削られる体力にたまらず顔を顰めた。常の明るい表情が苦しげに歪む。
「ぐっ……！」
　剣伝えに生命エネルギーを奪ったタロット兵の傷が埋まる。正位置では均衡の意も持つタロット武装を備えたこの敵は、攻守にバランスの取れた技を駆使しているように思えた。恐らくポジションはキャスターだろうとロードゼンヘンドは判断する。
　威風堂々たる佇まいは己の力に自負を持っているせいなのだろう。天秤の剣から発せられる攻撃力は著しい。
　空のビハインドがこれ以上の追撃は許さないと立ち塞がる。やられっ放しにはなるまいと、ルフィアと朔眞が殲術道具を構える。
　素早くタロット兵を撃破する余裕はなさそうだ。周囲のシャドウの軍勢が援軍に来てしまえば窮地に追い込まれる。それより先に一手でも早く、タロット兵を倒さなければ。
　灼滅者の胸裏に、一滴の困惑が染み渡る。
　気づいてしまった。『早く』倒すために、何が出来るかを仲間内で共有出来ていない事実に。
　春夜は肩を抑えながら思考を巡らせる。無理に速攻しようとは思っていなかったが、逆に言えば援軍が来る前にタロット兵を破るための具体的な策は練られていただろうか。どちらかと言えば守りに長けた布陣で臨んだ灼滅者達は、押し切るまでの力に欠けている。
「本当に、無策で軽く勝てる相手じゃなさそうだ」
　苦い何かを噛みしめて、櫟は真剣な眼差しを敵へと向ける。
　援軍を警戒していた人間は櫟を始め複数人いた。しかし、果たして迅速に倒す事を心がけていた者はいただろうか。
「……ながびいてしまうでしょうか」
　空が眉根を寄せる。漂う不安は今すぐにはかき消せない。だからせめて、真っ直ぐ戦い続ける事はやめないように。
　焦りが胸中の導火線を、辿る。
　
●夢幻
　決戦兵力というだけあってタロット兵は強力だ。力量に自信があるためか自ら仲間を呼ぼうとはしなかったのは、灼滅者達にとって幸運だっただろう。
　だが、戦力規模に秀でているデスギガス軍側が気づいて、増援として現れる可能性は高い。
　十分。おおよそ十ターンを過ぎてからは、特に櫟は援軍を警戒していた。今のところは気配を感じないが、その事こそが幸運に過ぎない事を理解している。それはルフィアや春夜、サーシャも同様で、合間合間に互いに視線がかち合うのは不穏さをこそ共有しているからだろう。
　メディックであるサーシャや海月、守りに徹する春夜や櫟・サーヴァント達。彼らの後ろ支えがあって、高火力の攻撃を受けても戦線離脱に至る者はいない。だがタロット兵に未だ致命傷を与えているとは言い難い現状に、唇を引き結んだのは誰だったか。
　まさに一進一退。じわりじわりと相手を追い詰めていく、そんな戦局の天秤は少しずつ灼滅者に傾いていく。その勢いを失ってなるものか。
「まったく、油断も隙もありゃしないというのはこの事だね」
　タロット兵のタロット武装を注意深く見つめながら、ロードゼンヘンドは低く呟く。見た目では特にスレイヤーカードとの類似点は判別出来ない。会話も試みれそうにないため、今は刃を交わすしかなさそうだ。
　ロードゼンヘンドが腕を振り下ろせば、魔術によって生じた雷が迸った。閃光と衝撃が走り、敵の背筋を貫いた。
　ぷるり首を横に振る。願うは平穏、望むは幸い。
「あの、……誰も、倒れてほしく、ないです……！」
　海月の指先から吹き抜けるのは清らかな風。仲間に献身的な回復が満ちていく。蝕んだ禍を徐々に溶かすように。
　優しい気持ちすら湛えている治癒が齎されたなら視界も少し明るくなった気がして、ルフィアは不敵に笑みを浮かべて疾駆する。己に重なった命中率を高める力、それを今こそ発揮しようか。
「タロットか。分かっているさ、お前のタロットの本質をな。それは……」
　華麗に口上を述べながらタロット兵の懐に滑り込む。剣の柄の部分の宝玉を押し当て、全身の魔力を叩きつける。何度も何度も、繰り返し削り落とそう。
「――松に鶴だ！！」
「いやそれじゃ花札だよね！？」
　大真面目なルフィアの台詞に思わずツッコミを入れたサーシャ。一瞬目が点になったけれど、ルフィアの適当な発言に朔眞と海月は視線を合わせる。二度瞬いて、小さく笑った。
　頑なになってしまっていた緊張をいい意味で解けたのかもしれない。
　反撃に出るタロット兵の攻撃は櫟が受け止めた。冷静な態度に何より熱い心を据えて。
「折角いい空気がこっちに流れそうなんだ。邪魔しないでくれる？」
　受けた打撃とて、自身を取り巻く闘気を癒しに転じてしまえばまだ戦える。徐々に体力が戻る頃には、サーシャからの回復の鎧が包み込み更に傷を塞いでいく。
「……そうだな。この流れに乗っていきたいとこだ」
　シャドウに特別な思い入れはないが、優貴先生や武蔵坂を含め、今の自分の日常を守りたいと願う。そのためであれば戦闘は厭わない。目を逸らさない。春夜は全身に力を籠め、気力をこそ強く持ち決して諦めたりしない。
　踏み込む。
「一気呵成に、ってな！」
　先程の仕返しと洒落込もうか。春夜は助走をつけ高く跳躍し、狙うはタロット兵の脳天ひとつ。重力をも籠めて斬り落とせば、全身に漲るは戦う力だ。大きく敵の身体が揺らいだから、空はすかさず霊光を練る。飛び切りの一撃を見舞うため腕を振るえば、一際大きく跳ね上がった力がタロット兵を叩きのめす。
　したたかに打ち据えた敵に、大きな隙を見出したから。空ははたと意を決して声を上げる。
「チャンスです！　つまり、とどめを刺すための千載一遇の好機、という意味！」
　朔眞が柔らかな微笑みに凛とした決意を湛える。オーキッド色の双眸が、細められる。朔眞が何度も繰り返したトラウナックルにより、その姿までは掴めずとも、トラウマを顕現させ苛む事に成功している。
　トラウマの本質こそ見透かす事は出来なくても、ひとつだけ確かな事がある。
「……朔眞があなたの最期のトラウマになりますね」
　しなやかに馳せる。殲術道具を大きく振るい、その鳩尾に深く深く叩きつける。何度も反芻される、膨大な魔力の波。
　ひびが入る。
　手にしていた剣が鍔元から折れ、紫色の煙となって霧散していく。それと同時にタロット兵も粉々にひび割れていく。涼やかな風に乗って、霧散していく。
　その様を誰より近くで見つめていた朔眞は、どこか優しいあたたかさを思わせる微笑みを浮かべていた。
「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
　おやすみなさい。
　夢に落ちる幼子を見守るような柔い眼差しは、どんな景色を映していただろう。

●踏破
　確かな足取りで丘を登れば、更に奥まった地域に大量のシャドウが見受けられた。特に対策をしていなかったから、他のシャドウにも声や戦闘音は聞こえていただろう。援軍として駆けつけられなかったのは恐らく純粋に運が良かったに違いない。
　様子を伺い終え坂を下りたなら、無事に揃った仲間達がいる。仲間に死相は見えない、恐らく自分もそうだろう。その事にサーシャはひどく安堵する。生まれつき他人の『死』が見えるというのは、どうにも気分がざわつくものだ。
　タロット兵は強力な決戦兵力なのだから、一体倒しただけでも大きな功労と言えよう。今後のシャドウとの戦いを有利に運ぶ一助となるはずだ。
　さて、次に頭を揃えて相談する事と言えば。
「……連戦、出来るでしょうか」
「えと、……どう、でしょう……」
　体力的には問題はない。メディックやディフェンダー、他の者も回復手段を持っていたから、サーヴァントを除けば戦闘不能者は出ていなかった。だが朔眞の声には、懸念の色が入り混じる。海月にも不安が過っているようだ。空も結論が出ないのか、首を大きく捻っている。
　無為にこのままソウルボードに留まり続けるのはあまりに危険だ。しかし先程と同じ戦法を取るとしたなら、次はほぼ間違いなく援軍に囲まれてしまうだろう。時間のかかる心霊手術を行うに相応しい場所を見つけるのも、困難に違いない。少なからず傷を負った状態で連戦に挑むには、タロット兵はいささか手強い相手ではなかろうか。
　何より援軍に包囲されてしまうだろうと安易に予測がつくのがネックとなった。櫟が総意を代弁するかのように告げ、春夜も頷く。
「……撤退しよう。この成果をしっかりと掴んで」
「そーだな。迷子になんないようにしようぜ」
　勇気と無謀は異なるもの。ロードゼンヘンドもそれは同意で、ふとソウルボードの空を見遣る。その先に続くのはまさに混戦地帯。ルフィアも同じく遠くを眺めながら、小さく囁いた。
「さてコルネリウス達は助かったかな。それとも……死んだかな？」
　その結果は、まだ見ぬ夢の更に向こう。

　夢のほとりに足跡を刻む。
　いずれ相対する事になるシャドウ達の打倒を、心に抱いて。

作者：中川沙智	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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