シャドウ大戦介入～シャドウ・ギャンビット

■リプレイ

　コルネリウス軍の敗北は避けられず、歓喜のデスギガスの軍勢を率いるアガメムノンの勝利に終わる――それがあらかじめ知らされていたシャドウ大戦の顛末のはずだった。
　しかし、知っているとは言えその凄惨な戦場の現実を目の前にしていると湊元・ひかる（コワレモノ・d22533）の両脚は竦み上がる。一方、大鷹・メロ（メロウビート・d21564）は相棒のフラムに強気な笑顔を向けていた。
「センセイの命はあたし達にかかってるから。撤退支援、最後まで気が抜けないよねっ」
「だめ、繋がらない……」
　連絡用にとハンドフォンを試していたものの、口惜しげにサキが呟く。
　ひかるも耳へ手を当ててみたものの、何も聞こえない。どうやらこのソウルボードの法則においては通信手段を当てにできないようだ。
「だめ、ですか……悪夢の法則が人それぞれなら、使えたり使えなかったりするのも不思議じゃありませんね……」
「携帯自体が通じないようだな」
　リーグレットが舌打ちするのを横目に、碓氷・炯（白羽衣・d11168）も無線機器を試してみるがこちらも同じだった。いざとなればミレーヌ達と同じように割り込みヴォイスがある、と科戸・日方（大学生自転車乗り・d00353） は前向きに考えることにする。
「ま、どのみちこの３チームで向かうんだし、固まって動けば困ることはねえかな」
「いざとなればわしのスキップジャックへ乗せればええ」
　ライドキャリバーのシートを叩き、アレクサンダー・ガーシュウィン（カツヲライダータタキ・d07392）は不敵に笑った。前方から聞こえてくる剣戟の音が一層高まり、そろそろか、と木嶋・央（此之命為君・d11342）とエリアル・リッグデルム（フラグメント・d11655）も気分を入れ替える。
「どうやら、戦線が崩壊したようです」
「他の班も全員無事だといいな……」
　戦線崩壊を告げた瑠璃の声に表情を曇らせた桜井・夕月（満ちゆく月・d13800）へ、メロが微笑む。
「大丈夫にきまってるよっ」
「よし、行こう、皆！」
　鋭く響く徒の掛け声。リーグレット、および徒らの2チームの後方を守る形で央は走り出した。
　正直、戦うことに対し央はあまり気が進まない。そして個人的な理由だが、コルネリウスにここで死なれてしまうのはもやもやとしたものが残りそうだった。
　見渡す限りのシャドウの群れ、そこを切り裂くように進む2チームの後方で炯はひとつ、踵を鳴らす。足元に落ちる影が群れを散らした鳥のように爆発的な勢いで膨れあがって、側面から襲いかかろうとしていたシャドウを包み込んだ。
　これほどの戦闘をかいくぐらなければならないのだ、帰り道は行きとは全く違うと考えるべきだろう。エリアルはアリアドネの糸を用意してきてはいたが、早々にその件は捨てることにした。
「さすがに、簡単には通してくれませんか……！」
「むしろ簡単に通れたほうが、興醒めすると思わないか？」
　前チームが討ち漏らしたシャドウから一斉に仕掛けられた攻撃を、最後方から戦場を見据えるアレクサンダーや夕月が的確に打ち払っていく。
　防衛線を破られた拠点が長く持ち堪えられるとは思えない。日方は腹の奥からせりあがる焦燥のままに、何やら銅像めいた外観のシャドウを赤く輝く交通標識で殴り倒した。
　あっちだと前方から徒の声が聞こえて、回復に注力していたひかるが顔を上げる。見えたのは、撤退支援チームよりも一足早く突入していた灼滅者の一団。
　そこへ至るまでの間に立つシャドウを一掃し、撤退支援班は無事に優貴とコルネリウスとの合流を果たした。
「先生!!」
　日方が優貴の無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。すぐさま彼女の護衛を行っていたチームから経緯説明があったが、オルフェウスがグレイズモンキーと共に踏み留まるつもりのようだ。
　このままでは彼女の撤退支援に向かったチームも取り残されかねず、そうなれば被害は免れない。夕月の脳裏へガイオウガ決死戦の記憶が蘇り、悪寒が全身を撫であげた。
　右翼と左翼の面々はオルフェウス撤退の援護へ向かう意志を示している。
「さて、どうしようか。あちらは行く気満々のようだし、僕等だけが反対する理由もないけど」
「今すぐ撤退、というほどでもないが、かと言って悠長に悩んでいる暇はないな」
　エリアルの声にアレクサンダーは一瞬優貴とスキップジャックを見やるが、すぐに視線を前へ戻した。相棒に乗せて戦場を突破させるよりも、灼滅者に護衛されているほうが安全だろう。
「日方、最初に到着した皆と、優貴先生の護衛、任せたよ！」　
「りょーかい。お前がいてくれて心強い」
　徒の言葉に日方はしっかりと首肯し、一行はオルフェウスを目指して再び走り出した。
　アガメムノンがオルフェウスとコルネリウスを狙っている以上、急いだほうがよいだろう。拠点の防衛は崩れており、いつアガメムノンが直接乗り込んでくるかもわからない。
「コルネリウスが撤退に応じたとなれば考え直すかも知れん」　
「そう、うまく行くでしょうか……」
　厳しい表情のアレクサンダーに、ひかるが眉根を寄せる。
「そこを何としてでも通すのがわしらの任務じゃ」
　決然としたアレクサンダーの呟きに、返す言葉もない。ひかるはただ黙って、すぐ前を行く日方とエリアルの背中を追うことに専念する。
　やがて前方でオルフェウスの名を呼ぶ声があがり、あの特徴的なフォルムのグレイズモンキーとその傍らに立つオルフェウスの姿が見えてきた。すぐに撤退するよう促しても、やはり事前に説明された通りグレイズモンキーとオルフェウスはこちらの説得にすぐには応じようとしない。
「この戦いで倒れた全てのシャドウの罪と共に、私も、この戦場に倒れよう。それが、私の『贖罪』となるだろう」
　そんなオルフェウスの言葉へグレイズモンキーの鳴き声が重なる。オルフェウスの意志が固いとみるや、琥太郎（d01463）が声を張り上げた。
「『贖罪』を果たす機会はまだあるッスよ。オルフェウスちゃん」
　周囲の剣戟の音にも負けぬ声音。
「なに？」
　コルネリウスが撤退に応じ、優貴のソウルボードへ常駐するという琥太郎の説明は彼女にとって予想外であったらしい。
　このままでは武蔵坂の撤退もままならず、コルネリウスの命運をも絶つことに繋がりかねない。央としては彼女にまだ聞きたいことが残っている。もちろんここでそれを問うような真似はしないが。
「優貴先生はプレスター・ジョンの城と繋がっているんだ。護衛なしでここから出ることはできないし、出るとするならコルネリウスが要る」
「俺達と一緒に撤退してさえくれれば、優貴先生は死ななくて済むんだ。お前が世話になったコルネリウスもな。『贖罪』はその後でも遅くないだろ？」
　央の後をひきとった日方の言葉にも熱が入る。何が正しくて何が間違ってるかなんて、正直今でも日方には分からない。でも周囲の人間を助けることに理由なんていらない。
　力が足りないのはいつだって悔しい。でもだからと言って指をくわえて見ているだけ、それだけは、絶対に自分に許すわけにはいかなかった。
　ここでオルフェウスは共に撤退し、優貴のためにもコルネリウスと共に力を尽くしてほしいこと。そしてデスギガスが今一度攻めてきても今度は武蔵坂が助力すること。
　そんなサナとサキの説得を後押しするように、件の中心人物である優貴が口を開いた。その視線はオルフェウスの暗紫色の瞳へ注がれている。
「オルフェウス。どうか、私達と一緒に来て頂けませんか？　お願いします」
「……良かろう」
　優貴の言葉に背を押されるかたちで、オルフェウスがようやく首を縦に振った。
「そこまで言うのなら、私もお前達について行こう」
「フェンフェーン」
　とうとう撤退を了承したオルフェウスへグレイズモンキーが何事かを告げるが、その声へほんのわずか、彼女は逡巡を混じらせたようにひかるには思えた。グレイズモンキーが何を言ったのかはわからないが、間違いなくここが二者にとって今生の別れになるだろう。
「わかった、お前の罪は、全て私が引き継ごう」
　それ以上の言葉は不要なのかもしれない、オルフェウスはグレイズモンキーの傍を離れて優貴の護衛に就く。
「四大シャドウの護衛なんて灼滅者でもなかなかない経験だよ、大津先生。楽しまなきゃ損だね」
「さあ学園まであともう少しっ。早く帰ろうね先生っ」
　ここからアガメムノンの包囲を突破して帰還する、それがただの人間に恐ろしくないわけがない。それとなく優貴の不安を煽らないよう振る舞うエリアルを目にして、メロはいつも通りの声をあげた。
　先程よりも剣戟の音が大きくなってきたような気がする拠点内から、オルフェウス撤退支援班が切り拓く退路での脱出を試みる。
　コルネリウス軍とそこに残るオルフェウス勢力も含めた残存勢力。それ挽きつぶそうと押し寄せるアガメムノン軍のありさまは、もし有象無象という言葉が許されるなら、まさしく言葉通りのそれが押し寄せていたと表現してもいいだろう。
　先導する琥太郎やリーグレット達がオルフェウス撤退支援班のわずかな討ち漏らしを薙ぎたおして進む中、サイキックの余波なり流れ矢などが優貴に届かぬようメロと央は懸命に身体を張っていた。
「遅れるな、もうすぐで突破できる!!」
　後衛で遅れる者がいないか目を光らせるアレクサンダーの声を聞きつつも、ふとエリアルは目の前の光景に小さな違和感を覚える。
　――コルネリウスとオルフェウス討ち取りに意欲を見せていたアガメムノンは、どこへ行ったのだろう……？
「抜けた！」
　央の大きな声で我に返り、エリアルは急いでソウルボードを埋め尽くす大軍勢を見回した。拠点内から退去したと知られれば当然追ってくるだろう、そう考え先行していたオルフェウス撤退支援班に向き直った、その瞬間。
「ひゃっ」
　突如まばゆい黄金の光が輝きわたり、メロが悲鳴をあげた。思わず掲げた腕の下、何が起こったかを知ったメロの双眸が愕然と瞠られる。
　ひかるは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
　怖い、来ないで、近寄らないで。私はただ、先生を助けに来ただけ。
「……あ、あ」
　黄金の光とともに現れた、新たなシャドウの大軍勢。彼等が物量ではるかに凌駕していることは知らされていたが、ここまでとは想像していなかった。指揮を執る金色の巨人とも思えるシャドウは、身の丈７メートルはあるだろうか。
　高らかな哄笑のあと、大将軍アガメムノンの声がその場へ轟く。
「武蔵坂学園がオルフェウスの撤退を支援するとは予想もしなかったぞ！　だが、――」
「……」
　唇を噛み、炯は無造作におろした両手へダイダロスベルトを巻きつかせた。困難な任務になるだろうという覚悟は当然してきたが、なかなかこの金ぴか様は執念深いらしい、と目を細める。
「シャドウ大戦の勝利を確実なものにする為にも、逃がすわけにはいかぬな！」
　号令と共に突撃してくる大軍を前に、炯は前へ出た。
「なるほど真打ち登場ですか。しかしこれまでが前座と言うには少々長すぎますよ」
「どうしましょうか……」
「どうするも何も、決まっています！」
　暴風雨じみた轟音に負けじと声を張り上げ、炯は夕月へ肩越しに振り返る。
「先生が逃げきるまで時間を稼ぐんです、優貴先生はオルフェウスに任せましょう」
　折しもオルフェウスが足止めに残ろうとしていたが、セレスティと徒の申し出に考えを変えたようだ。ここは炯の言う通り時間を稼ぐのが得策と考え、夕月は急いで優貴を送り出す。
　たとえこの戦争がどうなっても何とかする、その決意が夕月にある。優貴に生きてほしくて、自分達は危険を承知でここまで来たのだ。
　央が叱りつけるように相棒へ叫ぶ。勝ち気な咆哮がそれに応えた。
「ヒール最優先だ、ましゅまろ、解ってるな！」
「来ます！」
　ティンを前へ出し、夕月は流れるように長剣を構える。そうして、敗北だけは許されない三分間が始まった。
　足止めに残った３チームの総力を振り絞ってアガメムノン軍を迎え撃つ。やや前方に布陣した２チームの後方を守ることでオルフェウス達の後顧の憂いを除くことにアレクサンダーは集中するが、何せ相手にした数が数だった。
　一方的な暴力じみた総攻撃を耐え抜こうとする彼等を援護するも、16人では防ぎきれないシャドウが多数、殺到してくる。一秒一秒がひどく長く、重いようにひかるには感じられた。中衛の霊犬にも回復を命じているがまるで追いつかない。
　蹂躙、という単語が一瞬メロの脳裏にちらつく。
「それでもっ……ここは、退けないよね……っ!!」
　前衛で防衛線を張るティンとフラムが続けて力尽きるが、それに落胆した瞬間、メロも膝をつきそうだ。砂が指からこぼれるように命を削られるのを自覚する、そんな体験は灼滅者とてまずないだろう。
「もう少しだ、耐えるぜ！」
　日方とエリアルが霊犬の穴を埋める形で前へ出た。ここまでが限界と判断したのか、満身創痍の２チームがこちらへ向かってくる。その背後へ追いすがるシャドウの群れへ日方と共に無心に攻撃を叩き込んで、エリアルは身を返そうとした。
　しかしセレスティの姿が戦場に見える。一人きりで。殿だろうか、いや、でも。
「全員撤退だ、急げ！」
　アレクサンダーが怒鳴るのが背中で聞こえた。いやまさか、あの物量を一人で。その意味を理解し瞠る青の瞳の先、セレスティの姿が別の誰かへと変化する。無理だ、と自身でも知らぬうちにひどい血の匂いをたてていた唇が動いた。
　セレスティ一人きりでは無理だ。わかっている。しかしそれでは優貴を学園へ帰還させられない。今エリアルが選ぶべき選択は。
「だめだ!!　こっちに、――」
　日方が事態の急変を知り目の色を変える。しかしエリアルは振り向かなかった。
「先生も酷な運命の元にあるよね」
　ここにはいない誰かに、誰にともなく囁いた声。
　視界の端から端までを埋め尽くす、見渡すかぎりのシャドウの群れ。それを泰然とながめエリアルは口元だけで笑った。ゆるく結わえた青藍の髪が反転するように紅梅色へ染まる。
　撤退するメンバーとは真逆、闇堕ちしたセレスティを追うようにアガメムノン軍へ向かって歩を踏み出した背中はもはや、エリアルのそれではなかった。
　だからこそ、今は振り返ってはならず立ち止まってもいけない。夕月はただ走り続ける。先生を連れて学園へ戻らなければいけない、そのために私達は来たのだと身を切られるような思いで自分へ言い聞かせた。
　チーム単位を越えて全員が任務成功のために必要な事を考え、そこへ的確に戦力を集中した。ゆえに任務は達成した。けれど、でも。
　オルフェウスの元へたどり着き、背後から聞こえる剣戟の音へ炯は振り返る。ソウルボードのただ中へ取り残された二体のダークネスを、その目へ焼きつけるために。

作者：佐伯都	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：エリアル・リッグデルム（フラグメント・d11655）
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
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