シャドウ大戦介入~夢見のレジステンツァ

    作者:西宮チヒロ

    ●violenza
    「全軍攻撃を開始しなさい。コルネリウスとオルフェウスのふたりは、この戦場で必ず討ち取るのです!」
     歓喜のデスギガス配下たる大将軍アガメムノンの号令は、まさに鬨の声であった。呼応するように動き出した大軍勢が、地鳴りとともに忽ち慈愛のコルネリウス軍を襲う。

     四大シャドウの存亡を賭けたシャドウ大戦――その最終局面。
     アガメムノンの軍勢に、敗走した贖罪のオルフェウスを迎え入れたコルネリウスの軍勢も、遂ぞ完全に包囲された。
     デスギガス当人が出るまでもない、圧倒的な戦況。コルネリウス軍の少数精鋭も、多数の雑兵たちに今まさに追い詰められんとしている。
    (「このままでは、この戦いは負ける。武蔵坂、来ないつもりですか?」)
     防戦一方のコルネリウス陣営で、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)が焦燥の色を濃くした。
     先のコルネリウスとの会談から既に1ヶ月。現時点で援軍が来ていないとなると、武蔵坂学園はこの戦には介入しないのかもしれない。それでもレイは、一縷の希望を胸に抱く。
    「すみませんが、あなたを逃がす余裕は、どうやら無いようです」
     戦場を見つめながら、コルネリウスが言った。
     たとえ雑兵たちを退けても、その後方には、アガメムノンから『タロットの武器』を与えられたタロット兵たちがいる。独特な武器を持って個性的な戦い方をする彼らは、その高い戦闘力によって戦場を荒し、有力的を討ち取らんと突入の機を窺っている。
    「覚悟はできています。いざとなれば、私は死んで、武蔵坂を守りましょう」
     自分が生きていれば、この戦に勝利したデスギガス軍が武蔵坂学園に直接攻め入ることができてしまう。生徒を護るべき教師として、それだけは許してはならない。覚悟を灯した瞳を向ける優貴に、コルネリウスも静かに頷く。
     その様子を陣営の隅で見ていたシャドウの娘が、音もなく地を蹴った。襤褸布のような白いワンピースの裾を靡かせながら、蝶のように軽やかに、戦場の只中へと舞い降りる。
     大勢と組みするのは性に合わない。
     手駒になって動くのは好きじゃない。
     ――それでも。
    『……折角、夢を見てたのに』
     耳障りな雑音と騒音にひとときの安寧を壊されたエト・ケテラは、静かな怒りを湛えた金の双眸を敵兵へと巡らせる。
     ここを護らねば、その夢すらも叶わない。だから。
    『邪魔するなら、容赦しない』
     冷ややかに言いながら、けれど心中で微笑する。
     ねえ、あんたたちは可笑しいって笑う?
     ここで命を落とすかもしれない。
     それでも、あんたたちに逢えるかもしれないと思うと、愉しみで仕様がないのよ。
     
    ●pericoloso
    「投票結果を受けて、サイキック・リベレイターをシャドウに使った結果……あちらの状況が解りました」
     放課後の音楽室に集った灼滅者たちを見渡すと、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)は時間を惜しむように口火を切った。
     圧倒的優位に立つデスギガスの軍勢が、残る軍勢を寄せ集めたコルネリウス側の軍勢を包囲、襲撃し始めたことを詳らかに説明する。
    「このままだと、デスギガス軍の完全勝利は確実……私たちが介入しても、闘いそのものの勝敗を覆すことはほぼ不可能だと思います。……でも」
     今ではなく、次にあるであろう闘いのため。できるだけ多くのデスギガス軍勢を討ち、その戦力を減らすことはできる。
     そのためにどうか力を貸して欲しい。そうエクスブレインの娘が頭を下げる。
    「加勢は勿論、負傷兵の襲撃とか撤退支援とか……やれることはまだあると思うんです。優貴先生も救出したいところですが……あっ」
     何かを思い出した様子のエクスブレインが、微かに口許を綻ばせる。
    「あの白いシャドウ……エトも、戦場にいるみたいですよ」
     おおよそ、寝ていたところを起こされて不機嫌、といったところだろうか。珍しいですよね、と波打つミルクティ色の髪を揺らして苦笑するも、娘はすぐに真摯な眼差しに切り替えた。
    「敵は多数のうえ、まだ余力を残しています。……危険な戦場なのは確かです。それでも……信じています」
     皆揃って、無事に戻ってくると。


    参加者
    黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    シグマ・コード(デイドリーム・d18226)
    七篠・零(旅人・d23315)

    ■リプレイ


     すぐ傍らを、幾つかの影が過ぎって行った。
     瞬間、灼滅者たちは理解する。
     ここはソウルボードであり、今しがた駆け抜けていったのはシャドウたちだ。彼らが向かったその先では、絶えず光が爆ぜ、剣戟が響いている。少し離れた場所にいるにも関わらず、肌に触れる空気の震えが、その戦場の苛烈さを物語っていた。
    「一気に行こう」
    「ええ」
     七篠・零(旅人・d23315)に頷きながら、ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)は強く地を蹴った。戦略度外視で突入とは、己の入れ込みようもいささか度が過ぎている。思いながら、口端に笑みが浮かぶ。
     コルネリウス軍は既に敵に包囲されている。ならば、先程傍らを過ぎていき、そして今背を向けて交戦している輩はアガメムノン軍だろう。
     共闘を選んだ班は3つ。総勢24人足らずで挟撃できるとは思えないが、それでも背後から敵を討てる状況は好機に違いない。
     奔りながら各々武装すると、灼滅者たちは敵陣の尾へ一足飛びに喰らいついた。すべてを倒す必要はない。コルネリウス軍の拠点へと繋がる路さえ作れればいい。先陣を切って配下へと突撃する仙道・司(オウルバロン・d00813)に続き、硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)やシグマ・コード(デイドリーム・d18226)たちも敵を仕留めながら、混沌とした戦場の波を渡っていく。
    「あなたたちは……!?」
     まだ何層かある人壁の奥から聞こえた声に、黒瀬・夏樹(錆塗れの手で掴むもの・d00334)は連結剣を横に薙ぎながら顔を向けた。視線の合った声の主、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)――今はミゼンと名乗っている――が防御兵に指示を出すと同時に、灼滅者たちは一気に加速した。群れる敵兵を討ち払い、防御兵が開けた僅かな隙間から拠点の内側へと滑り込む。
    「仲介ありがとう、ミゼンくん」
    『援軍はあなたたちだけですか?』
     その苛立ちの滲む声に気づきながらも、響斗は緩やかな笑みを崩さぬまま短く頷く。大規模な戦争。誰もが気を張り詰めているのが解るからこそ、それを煽らぬように務める。
    「今、仲間の別働隊がタロット兵を撃破してるから、その隙に撤退支援班と一緒に撤退して欲しいんだ」
    『武蔵坂の力があれば、シャドウ大戦に勝利する事が可能だというのに……敗北主義が』
     そう柳眉を寄せたミゼンに探し人がいることを告げると、夕永・緋織(風晶琳・d02007)は仲間とともに再び駆け出した。
     戦力分布や作戦方針をミゼンから教えてもらえれば、より有利に事を進めることができただろう。だが、そこに思い至れぬほど、灼滅者たちの気も急いでいた。
     唯ひとりの姿を探して、拠点の内を疾駆する。コルネリウスやオルフェウスとは違い、彼女は前線にいるのだろう。己の路は己で決める。そう言わんばかりに。
    「――いました……! エト!!」
     影の蝶を纏う白いシャドウを上空から見留めた睦月・恵理(北の魔女・d00531)は、箒に跨がったまま、良く通る声でその名を呼んだ。


     空からの声に、反射的に仰ぎ見る。
     ふわりと揺れた長い前髪の奥、その大きな金の双眸で一瞬恵理の姿を捉えると、エトは右手前から振り下ろされた刃を躱して後方へと飛んだ。宙を舞う白に気づいた灼滅者たちが瞬時にエトの周りに布陣するも、すぐさま敵兵に取り囲まれる。
     瞬間、無数とも思えるほどの弾丸が頭上に降り注いだ。遠距離からの一斉攻撃。一瞬にして爆風が広がり、巻き上がった戦塵が視界を覆う。
     雑魚は群れると厄介、と心中で舌打ちをしながら、けれど受けたはずの痛みがないことに気づいてエトが顔を上げた。
    「エト!」「エトさん!」「大丈夫ですか?」
    『スレイヤー……』
     その身を挺して攻撃を防いだのだろう。四肢や身体に生々しい傷を負いながらも笑顔を見せる恵理や夏樹、緋織の様子にひとつ息を吐くと、娘は手早く立ち上がった。仲間へと治癒を施すステラに続き、零もエトへ護りの力を与える。
    「久しぶり」と笑みを見せるシグマを、金の双眸がじっと見つめた。
    『……何しに来たの』
    「……えっと、仙道司ですっ、お友達になりに来ました! えっちゃんて呼んでもいいですか!?」
    「司ちゃんの目的それ!? いや、でもそれも大事かー。……えーっと、ひとまず僕たちと一緒に来てくれないかなぁ? 一緒に来てくれるなら美味しい珈琲奢るよ?」
     空気を読めない自覚のある司に、敢えて読まなかった響斗が続く。
     逢ったのは唯一度きり。忘れられていても仕方ないと諦観していた響斗に、エトは『やっぱり』あんたたちは面白いね、と堪えられずに笑み声を零す。
    「初めまして、俺は七篠零。君の名は?」
     人好きする笑顔に、緩い口調。悠長だと言われるかもしれない。けれどそれは、初対面の相手への零なりの作法であった。名は個人を形作るもの。名乗り、名を聞き、彼女の答えた名で呼ぼうと決めていた。そしてこうした他愛のないやり取りこそが、余裕のないときほど心を落ち着けさせるための大事な一呼吸となる。
    『スレイヤーは本当、名を欲しがるね。……わたしは、エト・ケテラ。好きなように呼べばいい』
     ――ねえ?
     そう含んだ視線をステラに、名も無き存在で良かった自分に初めて名をつけた娘に向けて、エトは微笑する。
    「初めまして、私は緋織よ。澪さんを覚えてる?」
    『澪の、知り合い……?』
    「ええ、友達よ。そして貴女も、澪さんの『友達』」
    『ともだち……?』
    「ああ。無茶やるにも一人なんてつれないな」
     襲い来る1体の鳩尾へと黒檀の杖を穿ちながら、シグマが薄く笑みを浮かべた。それを聞きながら、エトは左眼に映った影へと無数の魔法弾をけしかける。
    『あんたたちがいる』
    「それはそうだけど……来ない可能性も」
    『あった?』
    「――ないな」
     当たり前のように言ってくれる。それがどこか可笑しくて、シグマは口端を上げた。
    『……目的は?』
     傍らから不躾に投げかけられた問いを、身を屈めて敵の臑を薙ぎ払った夏樹が拾う。
    「僕たちと一緒に撤退してください」
    『……そう。……やっぱり、負けるの。この闘い』
     そう言ったエトの声音も、その横顔も、言葉ほどの憂いはなかった。恐らくは察していたのだろう。コルネリウス軍が如何に不利であるかを。
    「この戦局はもう覆しがたい……そして学園はコルネリウス軍の撤退支援を選びました。他の味方も今、撤退支援のために動いています」
     昔、救いを求めて手を伸ばすも、誰にも取ってもらえなかった。その記憶があるからこそ、窮地に陥った誰かへと手を伸ばしたい。己の戦う理由なぞ、それで十分。そして今が、そのときだ。
     夏樹の言葉に、エトはすぐに応えはしなかった。砂塵が舞い、怒号と噪音に溢れる荒れた景色を、月のように淡く色づく瞳で唯じっと見つめていた。その横顔に迷いを見て取った零が、口を開く。
    「ここは最後の要となる場所……俺たちが離脱することは、この拠点の陥落を意味すると思う」
     それでも、とステラは願いを口にする。
    「この場では力及ばずとも、捲土重来を期して共に退いて頂きたくお願い申し上げます」
    「今はここを護ることが最善ではありません。布陣を整えるためにえっちゃんが引くことが、素敵な未来を作る新しい希望に繋がりますっ」
     それに、ボクはえっちゃんと、仲良くしたいです!
     そう拳を握り締める司を一瞥すると、エトは再び戦場を真っ正面から見据えた。技の交わった衝撃で生まれた爆風が、頬を薄く裂き、髪を荒々しく靡かせる。
    『……わたしは、気に入らなかった』
     わたしが夢を見ていられる場所を、壊されるのが。
     だから加勢した。わたしの夢を、護るために。
     そう言ったエトは、自分と似ているのかもしれないと響斗は思う。皆を護れるのなら、闇の力を使うのを厭わぬ己と。
    『わたしは、此処しか知らない』
     デスギガスの統べるソウルボードがどうなるのかは解らない。だから、今を、此処を護るしか『夢を見続ける』術はないと思っていた。そう言って口を噤んだ娘の手を、緋織が静かに包んだ。
    「貴女が叶えようと守る夢は、私たちの夢でもあるわ」
    『あんたたちの……?』
    「ええ。エトさんが死んだら澪さんも悲しい……貴女を大切に思う人たちは、この場以外にも沢山居るのよ」
     だから、生きて帰ろう。そう願う緋織に、恵理も深く頷く。懐から取り出したのは、シトラスマンゴーと薔薇の薫る茶葉の袋。ここに来られなかった人から預かってきたのだと、エトの掌に乗せる。
    「大勢待たせてるんですからね、貴女は」
     早くお暇して、皆でお茶しましょう。
     それが唯の茶会への誘いではないことを、そして集った8人が重ねた言葉の意味を、シャドウの娘も十分に解していた。
     だからこそ、笑う。
     戦場のどの音にも掻き消されぬ声で、確りと言う。
    『――あんたたち』
     本当に、物好きだね。


    「では、参りましょうか。フラウオンブラ」
     ひとつ微笑んだステラは、眠りを妨げた輩に相応の報いを与えるお手伝いを致します、と柔く指先を回す。途端、魔女の掌から一斉に羽ばたいた影の蝶たちが、一気にひとつの影へ形を変えて敵を頭から喰らってゆく。
    「私達は貴女の守備と強化に回ります。突破口を開いて外の援軍と合流しますよ」
    『援軍?』
    「包囲を破る為に協力してくれる人達も居るんだ。一緒にここを突破しようね。――どう?」
     恵理に続いた零が、仲間へと加護の鎧を生み出しながら問うた。視線の先、ハンドフォンで通話を試みていた夏樹が首を横に振り、緋織が肩を落とす。
    「何度か試してみたけど、撤退支援班の玲那さんに繋がらない……」
    「私のほうも駄目ですね……」
    「アガメムノンが封じているのかもな」
     白髪の間に覗く眸を細めて、シグマが思案する。
     ソウルボードの法則性は、その悪夢の主に委ねられている。今この場でハンドフォンが使えないということは、拠点から外部への連絡手段をアガメムノンが一切赦していないのだろう。
     ならば、手段はひとつ。
     灼滅者たちは互いに見合って、深く頷いた。短く息を吐いて、そして声を重ねる。
    「――強行突破!」

     有象無象のシャドウたちは、まるでひとつの大きな影のようであった。
     包囲網の一角に狙いを定め、その壁を穿とうとも、忽ち新たな敵で穴が塞がれてしまう。
    「ざんねーん。そうはさせないよー」
     穴を埋めんと現れた新兵に狙いを定め、響斗が構えた大鎌を一気に薙いだ。漆黒の波動は影の群れを瞬く間に襲い、その四肢を一瞬にして切り落とす。
    「梟男爵仙道司、我が名にかけて必ずエトさんをお救いするっ、いざ推して参る!」
     辛い想いを抱えてきたのを識るからこそ、これからは倖せになって欲しい。
     そのために――絶対、彼女を死なせたくない。その一心で喚んだ風が、うねり吼えながら影たちを斬り裂く。
     仲間たちを絶え間なく癒す、ステラの光輪と零の霊力。その光に支えられながら、エトはちいさく口許を綻ばせた。
    『……あんたたちと一緒に闘う日が来るなんてね』
    「あはは」
     つられて微笑みながら、緋織は手早く縛霊手を展開した。瞬時に構築された結界に動きを封じられた影をエトの放った弾丸が貫き屠るも、その空いた場所を埋めるように現れた敵兵に、エトは露骨に溜息を吐いた。
    『……やっぱりわたしが』
    「俺は、自分の命よりもエトが生きる方を望んでここにいる」
     エトを生かす。それ以外の望みはない。
     傍らに並び立ち、敵を睨めつけながら娘の言葉を遮ったシグマに、恵理もくすりと笑みを見せる。
    「自分で相応の量の灼滅道具を用意させておいて、知らない所で『2人で』死ぬなんて許しません」
     それは確かに、この魔女と交わした約束。
    「いいですか。攻撃役の貴女が生きなければ――囲みを破れずに私達も諸共死にます」
     今更引返せませんよ? 言いながら初めて見せたお転婆笑顔に、エトはひとつ瞬くと、観念したかのように息を洩らす。
     状況が転じているのは、外から見ても明らかだろう。故に撤退支援班も気づいているはず。そう信じながら、灼滅者たちは幾重もの影の波を切り開き、渡っていく。
     連撃による爆煙の中、辛うじて灼滅を逃れた影を夏樹は見逃さなかった。エトからすれば、過去居合わせた大勢のうちのひとりかもしれない。それでも、信じてくれた以上、その信頼に応えたい。身を屈めて飛び出すと、夏樹は一呼吸で逃げるその背に追いついた。狙うは一点。構えた獲物で、確実に頸椎を断つ。
     瞬間、凛とした鬨の声が響いた。声の主たるリュシールが召喚した無数の刃が敵を斬り伏してゆく奥から、白雛が叫ぶ。
    「ここは任せて、後ろに下がってくださいませ!」
    「もしかして……」
    「送迎路のご用意が出来たようですね」
     笑顔で仰ぎ見る響斗に、状況を察したステラも唇を綻ばせた。ならばと灯した治癒の光に法子の加護の鎧も重なり、緋織の痛みを和らげてゆく。
    「長居は無用です、さっさと逃げましょ」
    『あんたも、来てたのね』
     夜明色の双眸を緩める采へと、礼の代わりに返すのは微笑。続くウツロギが道化のように両手を広げ、朗々と癒やしの言霊を紡ぎ出す。
    「エトたんや、ここは引かねば夢見れなくなるよ」
    『……そうだね』
     夢は、叶えるために見るものだから。


     気づけば、追ってくる気配は消えていた。灼滅者たちは少しずつ歩幅を緩め、そうして立ち止まる。振り返った先は、まるで決戦があったことが嘘に思えるほど静寂に満ちていた。
     脱力する司と響斗に、お疲れ様と微笑む緋織。漸く深く呼吸のできた夏樹の隣で、零がエトに問いかける。
    「これからどうするの?」
    『……あんたたちがデスギガスを倒してくれるまで、隠れてる』
     コルネリウスたちが逃げ延びたとしても、勢力としては壊滅している現状、そうする他ないだろう。いつか迎えにいける日がくるといい。恵理とステラ、ふたりの魔女はそう願う。
     シグマは学園に誘うことも考えていたが、結局口にしなかった。
     サイキック・リベレイターの効果を学園の総意なしに洩らす行為は憚られたし、例え伝えても、すぐに現実世界に出て来られない以上、ソウルボードに隠れる必要があることには変わりない。
     撤退できていればコルネリウスの庇護下に入ることもできるかもしれないが、今は状況が解らない。仮に撤退できていても、コルネリウスを学園の庇護下に入れる方法は不明のうえ、やはりソウルボードに潜伏せねばならない可能性もある。そもそも、コルネリウスの潜伏場所を独断で漏らすわけにもいかない。
     ――またね、スレイヤー。
     いつもの言葉に『ありがとう』を添えて。
     エトは軽やかに地を蹴ると、ソウルボードの影に消えてゆく。
     そうして娘は再び眠る。
     倖せな夢を、見るために。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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