黒き儀式の水晶城

    作者:魂蛙

    ●ヒイラギ
     黒水晶の床に儀式陣が浮かび上がる。儀式陣は2重3重に、連鎖的に儀式の間全体へと広がっていく。儀式陣から溢れる力の余波が、マーメイドラインのスカートを翻した。
     純白のドレス、左腕と一体化した黒水晶の手甲、そして刀を腰に佩いたそのダークネス、ヒイラギは儀式陣の中央に拘束されたまま寝かされた男を見下ろしていた。儀式の間、ひいては彼女の居城そのものを形成する水晶には、その視線は殊更に冷たく映る。
     ヒイラギは結晶の欠片を生成、その尖った先端を自らの右手の甲に突き立てた。まだ見た目には人の形を残しているその手から、しかし人のそれとは異質の冷めた血が流れ出し、儀式陣が明滅し始める。
     と、儀式陣の中に倒れた男が苦しみ始めた。まるで空気を求めるように喘ぎながらもがき苦しみ、やがてその動きは緩慢になっていき、程なくして全く動かなくなる。
     ヒイラギは事切れた哀れな男には目もくれず、己の右手を見つめ続けていた。その傷口は初めからなかったかのように完全に塞がっており、そして儀式陣の明滅に共振するように左腕の手甲が震えている。
    「上々ね」
     ヒイラギはその結果に満足し、薄らと笑みを浮かべた。それから、今気付いたとでも言うように男の骸に目をやり、手をかざす。
     と、男の死体がのっそりと起き上がった。哀れな眷属、アンデッドと化した男は部屋の隅に控えていた別のアンデッド2体の隣に並ぶ。かつては浮浪者だったのか、どのアンデッドも死体としては真新しいがあまり綺麗な身なりはしていない。
    「お前達は……」
     ヒイラギはアンデッド達に新たな手勢となる死体を集めるよう命令し掛けて、
    「いえ、我(わたくし)が命じるまで待機していなさい」
     思い直した。
     時間の経過から考えれば、武蔵坂学園とガイオウガの決戦は既に決着が付いているだろう。ガイオウガが完全に復活すれば全国規模の災害が発生する筈だが、その予兆すらない。武蔵坂学園が勝利し、灼滅者達も健在だと考えるべきだ。
     配下にするアンデッドにはわざわざ行方不明になっても騒ぎになりにくい者を選び、数も最小限に絞ったのだ。迂闊に騒ぎを起こして気取られる切掛けを作りたくはない。少なくとも、儀式の準備が完全に整うまでは。
     バベルの鎖を過信せず、人間も灼滅者も遥か格下の存在であると見做しながらも、決して侮らない。ヒイラギはそういうダークネスであった。
     ヒイラギは腰の刀を見下ろし、まるで妹を愛でるように優しく撫でた。しかし、その刃は未だヒイラギには抜くこと能わない。
     ヒイラギを拒んでいるかのようなその刀の銘は怨京鬼。柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)の護り刀である。
    「もう少しよ……。だから、貴女はそこで見ていなさい」


    ●再び彼の地へ
    「みんな聞いて! 以前のイフリート……ガイオウガの化身との戦いで闇堕ちした柊・玲奈ちゃんの行方が分かったの!」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は興奮した様子で、教室に集まった灼滅者達に告げる。
    「まだ、今なら玲奈ちゃんを救い出せる望みもあるんだ。闇堕ちしたノーライフキング……ヒイラギと戦うよう、みんなにお願いするよ!」


     まりんはそこで1つ呼吸を落ち着けてから、改めて説明を始める。
    「ヒイラギがいるのは、阿佐ヶ谷。かつてみんなが蒼の王コルベインと戦った、あの水晶城のあった場所だよ」
     ノーライフキングと灼滅者達にとっては因縁深く、それでいて身を隠すのにも適した盲点、と言えるかもしれない。
    「ヒイラギは水晶城跡地の地下空洞に新たに自分の城を築いたんだ。その目的はノーライフキングとしてより高みを目指すこと。その自己改造の儀式の為の城なんだ」
     最終的には、コルベインの復活を目論んでいるようだ。どうやら、コルベインから王の権能を奪った簒奪者達への怒りが強いらしい。またコルベインを倒し、そして玲奈を取り戻しにくる灼滅者達に対しても同様だろう。
    「儀式の内容は、ヒイラギが傷つく度に周囲の生命力を集めて、その体を強化改造する。ヒイラギが傷つけば傷つく程強くなるって言う儀式なんだよ。儀式の範囲は結構広くて、地上の人々もその効果範囲に入っているみたいだね」
     儀式が進行するにつれ、ヒイラギの体は左腕と一体化した手甲から黒水晶と化していく。
    「儀式の準備は既に完了してる。儀式の影響下で戦う事になるから注意してね」
     おそらく、灼滅者達と戦う事を考慮に入れた儀式なのだろう。ヒイラギの慎重かつ周到な性格の一端が窺える。
    「城のある地下空洞へは不死王戦争のとき同様、メトロの線路内から侵入できるよ。地下への入口や城内にも配下等の妨害はないから、ヒイラギの居る儀式の間まで一直線に行けると思うよ」
     一般人には入口を意識すらできないようにヒイラギの力が働いているが、灼滅者には関係ない。城もかつての水晶城に比べて一回り小さく、構造も然程複雑ではないので、迷わずヒイラギの元へ行けるだろう。
    「儀式の間だけじゃなく城内のあちこちに儀式陣が見えるけど、これを壊すのはあまり効果がないみたい。ヒイラギと戦う事に集中した方が良さそうだね」
     儀式陣は予備系統を含め幾重にも構築されており、多少破壊した程度では進行を遅らせる事さえできない。言わば、城自体が儀式陣だ。儀式を止めるには城そのものを全て破壊し尽さねばならず、現実的とは言えない。
    「玲奈ちゃんを闇堕ちから救い出す為には、戦闘中に呼び掛けや説得をする必要があるよ。ただ、さっきも言ったように儀式の影響があるから、戦えば戦う程ヒイラギは強くなる。あまり説得だけに時間をかけてもられないよ。逆に言えば、説得が上手く行けばある程度は強化を抑えられるかもしれないね」
     説得の成否に関わらずKOする事は必須だ。そもそも相手は個々の戦闘力で灼滅者を上回るダークネスであり、説得が進むまで攻撃を放棄する、というのは得策ではない。
     長期戦は不利だが、説得にはある程度の時間は要する。両立するには、終盤に一気に畳み掛けるような戦術が必要か。当然、ヒイラギの儀式による強化にも対策は必要だろう。
    「説得については……身近な人の言葉は届き易いだろうけど、それだけってわけでもないと思うんだ。玲奈ちゃんに『学園に帰ってくる』って意志はきっとある筈だし、やっぱり迎えに行くみんなの心からの想いをぶつければ、きっと届くと思うんだ」
     闇堕ち前後の経緯も、多少の参考にはなるかもしれない。
    「ヒイラギのポジションはキャスター。使用サイキックはエクソシストの3種に加えてクルセイドソードのクルセイドスラッシュ、マテリアルロッドのフォースブレイクに相当する性能を持つ5種のサイキックを使うよ。守りに寄った戦法で攻撃を耐えて、儀式の効果で自分を強化してから一気に攻めてくるのが、ヒイラギの基本的な戦い方かな」
     灼滅者達の戦い方次第では、ポジション変更等もしてくる可能性がある。
     灼滅者が相手でも全く油断はしない相手だけに、こちらも相応の覚悟で挑まねばならないだろう。リスキーだが、何らかの奇策を用いてその慎重さを突けば多少の時間を稼ぐこともできるかもしれない。


    「この機会を逃したら、玲奈ちゃんを救出するのはもう難しくなるかもしれない」
     それ以上後ろ向きな事は言うまい、とまりんはぐっと拳を握り直した。
    「玲奈ちゃんの頑張りもあったからこそ、ガイオウガを灼滅に繋がったんだもんね。ここで玲奈ちゃんを連れ帰って完全勝利! って、みんなならできるって信じてるよ!」


    参加者
    夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    貴夏・葉月(紫縁は原初と終末と月華のイヴ・d34472)

    ■リプレイ


     黒水晶の回廊を抜けて儀式の間に踏み入る灼滅者達を、ヒイラギは広間の中央で待ち構えていた。
    「お迎えに上がりましたよ」
     貴夏・葉月(紫縁は原初と終末と月華のイヴ・d34472)がスカートを摘んで一礼する。
     面影を微かに残しながらも決定的に異質な冷気を纏った友の姿に、荒谷・耀(一耀・d31795)が声を震わせる。
    「玲奈さん……!」
    「自己紹介が必要だったかしら?」
     ヒイラギはからかうように、しかし言外にはっきりと告げる。自分は柊・玲奈ではない。ノーライフキングのヒイラギなのだ、と。
    「ヒイラギさんには敢えて言うよ」
     前に出たのは夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)だ。
    「助けてくれてありがとう。でも恩は仇で返すけど、ごめんね?」
    「感謝は不要。謝罪すべきは、他にあるのではなくて?」
     不快感を露わにしたヒイラギが身構える。
    「断罪に相応しい舞台は用意したわ。わが王に手を掛けた報いを受けなさい」
    「私は希望を齎す闇の聖女。貴方の願いを叶えましょう」
     葉月の黒メッシュの銀髪が金色に輝く。桜色の偽翼を広げた葉月は薔薇を象る青い炎を灯した蝋燭を召喚、右手親指の金色の指輪に口付けしてから躍り出た。
    「柊さん、貴女は何を望み、何を願うのですか? 手を伸ばしてください、其処に光がある限り」
     ヒイラギが蕾状の結晶を生成する。周囲を舞うそれは花開くように展開、葉月に光線を斉射する。
    「待て、希望せよ」
     葉月が飛び退くその先に、黒水晶の手甲を引き構えたヒイラギが回り込んでいた。
    「……足りませんよ」
     葉月は纏ったダイダロスベルトで突き出す手甲を受ける。
    「手を伸ばせ、希望せよ。伸ばされた手を、掴みに来ました」
     葉月は一気にベルトを開き、その衝撃でヒイラギを弾き飛ばした。
    「助けます……必ず!」
     耀は決意を強烈な殺気に変換して放出する。
    「支援する。仕掛けろ!」
     併せて平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が焼硬鋼の行燈から怪奇煙を展開する。
    「了解っすよ!」
     獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)はヒイラギの迎撃を誘い即バックステップ、自身を囮に漆黒のダイダロスベルト、ベルベットデスティニーを死角から強襲させる。
     直後に斬りかかる白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)の不死者殺しクルースニクを、ヒイラギが手甲で受け止めた。
     手甲が共振し、その腕を侵食するように結晶化させていく。
    「玲奈、迎えに来たぞ。帰るとしようぜ!」
     玲奈の肉体が損なわれ、明日香は生じ掛けた躊躇いを打ち消しながら突き飛ばし、ダイダロスベルトで追撃する。
    「約束を果たしに来たよ、玲奈センパイ」
     煙幕に紛れた士元がヒイラギの背後に回り込んでいた。
    「必ず帰るからって言ってたのはそっちだし、嘘つきにさせられないよね」
     繰り出された殺人注射器にヒイラギは身を捩るも、掠めたその傷口から毒が送り込まれる。
     ステップを刻んで下がるヒイラギを長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)のダイダロスベルトが鋭くうねりながら追走、その腕に巻き付く。
    「ヒイラギ……いや柊。ガイオウガは倒れた。戦いは終わったんだ」
     兼弘はベルトの端を掴んで引き寄せヒイラギに肉迫、鳩尾に肘打ちを捻じ込んだ。
    「お兄さん!」
     声に応えて兼弘が退いた直後、黒鐵・徹(オールライト・d19056)のデモノイド寄生体と融合したクロスグレイブから放つ毒光がヒイラギを直撃した。
     後退したヒイラギの手甲が震え、焼けた肌が修復されていく。
    「……どうすか?」
     毒等の儀式への影響を見極めていた徹に、天摩が尋ねる。徹の返答は、迷いながらのものだった。
    「反応は、しています……けど、進行はそこまで速くなっていないように見えます」


    「ならば、続行だ!」
     即決で躊躇いを断ち切ったのは兼弘だ。
     徹が迷う位微妙なレベルの影響だ。どちらも五分の博打ならば当初の作戦通りに行った方が幾分かマシだ。
     兼弘はエアシューズに点火、炎を纏った蹴りを繰り出す。ヒイラギは手甲でガードするも、その炎熱までは防げない。
    「悠長な攻め手を選ぶのね」
    「力だけが戦いじゃないんだ」
    「想定内ね。果たして間に合うかしら?」
     ヒイラギの挑発を、兼弘はソバットで一蹴する。
     斬りかかる明日香の刃をヒイラギは身のこなしで捌き、右手から伸ばした結晶で急拵えの刀を形作った。
     そこにライドキャリバーのミドガルドが間に割り込もうと突っ込む。
    「まずは――」
     ヒイラギは体勢を崩す明日香には目もくれず、振り向き様の薙ぎ払いをミドガルドに直撃させた。
    「――邪魔な盾から剥がしていこうかしら」
     ヒイラギは更に踏み込み、ビハインドの菫さんの首を掴んだ。その掌から結晶が溢れ出し、菫さんを飲み込む。
     大輪の花の如き結晶が散華、取り込んだ菫さんごと破砕した。
     ヒイラギが結晶体を振りまくように再展開すると、即座に和守が飛び出した。
     戦闘救急包帯セット改から飛び出した包帯型ダイダロスベルトが幾度も折り返しカーテンを形成、結晶体の光線を遮る。
    「お前にはまだ、次の任務が残っている……友達との約束があるんだろう?」
     それでも全ては止められず、突き抜けた光条が和守の四肢を焼き貫いた。
    「後衛が出てくるのも想定内よ」
    「隙を突かれるのは承知の上だ。そしてそれはお前にも同じことが言える」
     腹を探る睨み合いを突進した徹が中断させ、その間に葉月が和守の元に駆け寄り回復を施す。
     徹はクロスグレイブを全身で振り回し、ヒイラギに圧力を掛けていく。ヒイラギのスウェイに合わせて寄生体が脈動、薙ぎ払う瞬間に成長させるが如くリーチを延長し――、
    「いつまでもおすましなんてさせません!」
     ――ヒイラギを捉えた!
    「ほんと、そんなドレスでお澄ましなんてやだなー」
     吹っ飛びながらも身を翻すヒイラギの着地際を士元が狙う。結晶刀の迎撃を仰け反り躱し、床を軽く蹴り叩く。
    「エアシューズで駆け回り、護法の鶴翼はカタパルト代わりで、鎧炎竜だってブン投げて……――」
     瞬間、足元の影業が噴き上がり2人の間を遮断する。
    「――の方が玲奈センパイだよね?」
     刹那の内に背後に回り込んだ士元の殺人注射がヒイラギを貫いた。
    「同意はしておくわ」
     意外な同意は、ヒイラギの本心か。
    「けど、お転婆も過ぎれば考え物ね」
    「知った風に言わないで!」
     激昂したのは耀だった。
    「玲奈さん!」
     耀はチェーンソー剣の迅雷を轟かせ、半ば滅茶苦茶に振り回しながら玲奈に呼び掛ける。
    「あの日、クラブで約束しましたよね。『また、ここで合おう』って。でも、遅くなるって聞いたから……私、待ってたんですよ?」
     迅雷の刃がヒイラギを捉え、受けた結晶刀を削る。
    「お願いだから、一緒に帰ろう?」
     飛び散る光の粒子は、果たして結晶の欠片だけだったか。
    「前に出過ぎっすよ、荒谷っち!」
     グラインドファイアで割り入るのは天摩だ。
    「出たくなる気持ちはよく分かるっすけど!」
     乱舞する斬撃と炎。
     耀が振り上げる迅雷をヒイラギが躱すも、
     天摩がその軸足に足払いを仕掛け、
     更に天摩がサマーソルトで蹴り上げ、
     耀が逆水平一閃を直撃させた!
     しかし傷は見る間に修復されていく。結晶化の進行は既に肩口を越えつつあった。


     明らかに速度を増したヒイラギは幽玄なステップで灼滅者を翻弄し、結晶体の迎撃で削っていく。
     徹はその場にしゃがんでクロスグレイブを叩き付けるように構え、結晶体の攻撃は葉月のラビリンスアーマーに防御を任せ砲撃体勢に入る。
    「見ていますか、玲奈。僕らはまだ戦いつづけています。君は無力に蹲っていていいの?」
     徹は弾け飛ぶアーマーにも構わず狙いを定め――、
    「君の魂が抗う力を残しているなら、人生という戦いは、終わっていない!」
     ――ぶっ放す!
     烈光がヒイラギに襲い掛かり、光と毒でその身を焼いた。
     ヒイラギの前に立ちはだかる耀。ヒイラギから向けられる敵意は、耀の苦い記憶を想起させた。
    「もう、私は……同じ部の仲間を、友達を! 失いたくないの!」
     激情に迅雷が唸る。
    「あの時ルナ先輩を引き留められなかったのと同じになるのは、もう嫌なのっ!」
     海将と化し灼滅者と敵対したかつての仲間、ルナ・リード。彼女の灼滅というその結末。
     繰り返すのか。ルナの闇堕ちと灼滅のその現場にいた玲奈を相手に。
    「あんな想い、もう二度としたくないんだからっ!」
    「我とて、もう失うわけにはいかないのよ」
     譲らぬ刃と刃が激突する。
     力負けした耀は刃を弾かれながら、尚も前のめりに。そんな耀と思いを同じくする者達がいた。
    「柊さん、オレ達は同じものを背負ってるっすよね」
     建速守剣を構えた天摩は語り掛ける。
    「同行した仲間の闇堕ちそして灼滅、仲間の死。それは一人じゃ背負いきれない程重い。でもオレ達はちゃんと背負って前向いて歩いて行こうって、あの時有城君と3人で話したじゃないすか。意思を繋いで行こうって」
     手甲のガードを剣撃でカチ上げた天摩は、クロスグレイブのトリニティダークXXの銃口を突きつける。
    「だからあの時彼女がオレ達を守るため堕ちたように君もそうしたんすね」
     体勢を崩しながらも掌をかざすヒイラギを、天摩は真っ直ぐに見つめていた。
    「戻ってくるっすよ。あの時と同じ思いをもうオレ達にさせないで」
     至近からの閃光を頬に掠めさせながら、天摩がトリガーを引いた。
     放たれる漆黒の弾丸がヒイラギを撃ち抜く。
    「オレももうルナさんの二の舞はごめんでな! 今度は何が何でも連れ帰るぞ。玲奈!」
     葉月の闇の契約を受けて加速した明日香は、迎え撃つヒイラギを手数で押し切っていく。
    「大体こんな辺鄙なところに閉じこもっていたら、また一緒に臨海学校とか行けねえだろうが!!」
     反撃を薄皮一枚で躱した明日香の頬に血が滲む。明日香は握り直した刃を大上段に掲げ――、
    「遅刻も許すから帰って来い!」
     ――振り下ろす!
     次いで来る兼弘の拳をガードしたヒイラギが、結晶刀を突き出し兼弘の上腕を貫く。
     が、しかし。
    「帰るぞ、学校へ」
     刃が動かない。流血にも構わず力を込めた兼弘の腕の中で、押す事も引く事も叶わない。
    「聞こえないか? みんなの呼ぶ声が。伝わらないか? みんなの想いが」
     刃を手放すという判断は一瞬遅れた。
    「お前を連れ戻さないと作戦は終わりじゃないんだ。だからこそ、ここに来た」
     兼弘は腕を捻じり上げ足を払い、宙を泳いだヒイラギの体を叩きつけた水晶の床に亀裂を走らせる。
    「水晶になった分、脆くなるもんだ」
     間髪入れず渾身の下段突きが、今度こそ床を粉砕する!
     ヒイラギが発する光は兼弘にたたらを踏ませ、同時にヒイラギを癒した。
    「慎重になり過ぎたな。果たして間に合うのか?」
     飛退くヒイラギに皮肉を叩きつけた和守が徹を伴い追走する。
    「闘志を燃やせ、柊! お前の戦いは、まだ終わっていない!」
     先行した徹がクロスグレイブを突き出す。U字に開いた砲身がヒイラギに喰らいつく様は正しく顎の如く、徹はそのまま豪快な一回転の遠心力でもって直上へヒイラギをブン投げた。
    「良いタイミングだ、後は任せろ!」
     既に和守は跳躍し、徹の直上で位置取りを完了していた。
    「柊はお前のような、お上品な技だけじゃなかったぞ?」
     和守がヒイラギに掴みかかる。
    「思い出せ柊! あの時の戦いの流れを、お前が決定づけた技だ!」
     闇堕ちした際の玲奈のイフリートとの戦いをなぞるように、和守はヒイラギの首を肩に担いで落下、迫る地面目掛けて――、
    「必殺ッ! 90式ダイナミックッ!!!」
     ――叩き付けた!
     強烈な一撃だったが、仕留めきれない。
    「王よ、我は……!」
     ゆらりと立ち上がったヒイラギの結晶化は、もう頬にまで達しようとしていた。
     ヒイラギが腰の怨京鬼に手を掛ける。と、刃を固く封じる鞘を結晶が走った。
    「それを抜かせるわけにも、まして友達を斬らせるわけにもいかないんだよねー」
     士元が重心を落として、ヒイラギの懐へ飛び込む。地面スレスレから見上げるヒイラギの頸動脈と、手甲と腕の繋ぎ目が重なった。
    「例え屍王だとしても滅びた王に過去に未練がましいんじゃない?」
     重ね見たそこ目掛け、士元がクルセイドソードを一閃させた。
    「玲奈センパイには帰る理由も場所も、待ってる人達もいる。未来は返して貰うよ」
     手甲を断つには至らぬも、その斬撃が鞘を侵す結晶を粉砕する。
    「帰るんだよ! 一緒に!」
     明日香は再形成したヒイラギの刃と半ば相討ち気味に、意地の一太刀を浴びせる。
    「玲奈さん……玲奈さん!」
     飛び出した耀は友の名を叫ぶ、それ以上は言葉にならない。
     耀が踏み込むも、体勢を立て直すヒイラギの方が僅かに速い。迅雷を振り上げた耀の手首をヒイラギが掴んだ直後、瞬間的に発生した結晶が耀の肘まで飲み込み、そして爆裂した。
     ヒイラギは手を緩めず、耀の周囲を結晶体で包囲する。
    「例え……!!」
     この身が如何なろうとも。
     耀の全身を昏い覚悟が駆け巡る。
    「1人じゃないっすよ」
     その悲壮な覚悟を結晶体ごと纏めて吹き飛ばしたのは、トリニティダークXXから放たれた弾丸だった。
    「帰りは皆一緒っすよ、荒谷っち!」
     結晶体を撃ち落としヒイラギに追撃を加えた天摩に、耀が頷く。
    「儀式は成功しているのに……何故こうも我と渡り合える!?」
     耀は既にズタズタの腕で、それでも迅雷を振り抜く。
    「……決まっているでしょう」
     よろけるヒイラギを力強く見据えて構えた耀のエアシューズを、雷火が走った。
    「玲奈さんは帰ってくるって――」
     深く息を吸い込み、踏み込む。
    「――約束したんだからっ!!」
     炎逆巻く全身全霊の上段蹴りが炸裂した!!


    「侮ったつもりはなかったのだけど」
     ヒイラギの体の大部分と化した結晶に、亀裂が走る。
     一様に肩で息をする灼滅者達への、それがヒイラギの――、
    「精々玲奈を守ることね。再び我が戻る、その時まで」
     ――最後の言葉だった。
     砕ける結晶の檻から解放されるように、柊・玲奈は帰還した。
    「玲奈さん!」
     耀が玲奈に駆け寄り抱き起す。その呼吸を確かめて、耀はようやく張りつめていたものが抜けていくのを感じた。
    「燿ちゃん……」
     玲奈が燿の頬にそっと手を添える。
    「こんなにたくさん傷ついて……ごめんね。ありがとう」
    「いいの……いいの、玲奈さん……」
     溢れる涙を拭う玲奈の指先が温かい。燿はそれだけでよかった。
    「玲奈センパイ」
     燿が落ち着くのを待って、士元が玲奈に歩み寄る。傍らには、喜びを抑えきれない様子で笑みを零した徹もいる。
     2人だけではない。天摩も、明日香も、兼弘も、和守も、葉月も、皆がいる。勿論、学園で待っている者も。
     灼滅者達の手が、玲奈に差し伸べられる。
    『おかえりなさい』
    「……うん。ただいま」
     灼滅者達は、ずっと交わしたかった言葉を噛み締めるのだった。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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