シャドウ大戦介入~選ぶ道

    作者:鏑木凛

     攻撃開始の号令が響いた。
     敷き詰められた色のうち、一段と濃い辺縁が波打つ。
     圧倒的な広さを誇るその色は、迎え討とうとする中心部の色をみるみる呑み込んでいく。見るからに相撃となる戦いではなかった。
     無数の雑兵を抱える、デスギガス配下の大将軍アガメムノン。
     オルフェウスを迎え入れたコルネリウスの軍勢は、少数精鋭。
     数だけが取り柄と言える雑兵が、コルネリウスの陣営を追い詰めているのだ。
     雑兵の後方では、アガメムノンから『タロットの武器』を与えられた兵士の群れが、それぞれ独特な武器を構えながら機会を待ちわびている。
     タロットの武器を所持する兵士――タロット兵は個性的な戦い方をするため、軍勢に混じることはない。しかし戦闘力の高さから、敵陣を掻き乱し、或いは有力な敵を討つなど作戦の一翼を担う。
     抜かりない布陣は、コルネリウスとオルフェウスの軍を完全に包囲している。デスギガス自らが戦場へ出るまでもない状況だ。
    「コルネリウスとオルフェウスの2人は、この戦場で必ず討ち取るのです!」
     次なる号令が大将軍から発せられた。
     四大シャドウの存亡をかけたシャドウ大戦は、ついに最終局面を迎える。

     レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)は、正にその戦場にいた。
     このままでは負ける――それは可能性ではなく、約束された未来になりつつある。
     コルネリウスとの会談を行った灼滅者たちが帰還してから、既にひと月が経過している。援軍がきていないということは、武蔵坂は「シャドウ大戦に介入しない」決断を下したのかもしれない。脳裏を過ぎる考えを掻き消すかのように、レイは力を揮い続けた。
     コルネリウス陣営の中心で、鳴きやまない戦の音を受け止めながら、コルネリウスがひとりの女性へ話しかける。
    「すみませんが、あなたを逃がす余裕は、どうやら無いようです」
     話しかけた相手は、戦う術を持たない優貴先生だ。
     劣勢の空気が伝わってきたのか、優貴先生は迷わず首を縦に振る。
    「覚悟はできています。いざとなれば、私は……」
     優貴先生の言葉に、強い覚悟が籠もる。
     彼女が生きていれば、シャドウ大戦に勝利したデスギガス軍が、武蔵坂学園に直接攻め入ることが叶ってしまう。だから。
    「……死んで、武蔵坂を守りましょう」
     学園の一員として、何より生徒を守るべき教師として、それは許せないこと。
     優貴先生の面持ちに、コルネリウスもまた、静かに頷いた。
     
     投票の結果、サイキック・リベレイターを照射する対象にシャドウが選ばれた。
    「サイキック・リベレイターを使用したから、シャドウ側の状況が察知できたよ」
     狩谷・睦(高校生エクスブレイン・dn0106)は静かに口を開く。
     すでに『歓喜のデスギガス』の軍勢が、『慈愛のコルネリウス』の勢力を包囲し、殲滅するため攻撃を始めている。残りの戦力を寄せ集めたコルネリウス側だが、圧倒的優位に立つデスギガスの軍勢に取り囲まれていた。
    「このまま放っておいたらどうなるかは、想像に難くないと思うんだ」
     シャドウ大戦の行く末を見守るまでもなく、デスギガスの完全勝利で終わる。
     生まれた歪は大きく、今となっては勝敗を覆すこともほぼ不可能だ。
     しかし次なる戦いに備えて、此度の戦へ身を投じ、シャドウの戦力を削ることはできる。そのための『シャドウ大戦介入』だ。
    「やれることは、いろいろあるね。だからこそ迷うかもしれない」
     睦は難しげに眉をひそめた。
     タロットの武器を持つシャドウを撃破し、軍勢に大打撃を与える。
     もしくは、前線で負傷し撤退してくるシャドウを狙い撃ち、確実に数を減らす。
     また、中心で戦うコルネリウスの軍勢を支援することも可能だろう。
     いずれも危険であることに変わりはないが、行動によって、その危険度にも大きな違いが出てくる。
    「……優貴先生のこと、助けてほしいと思う部分も、もちろんあるよ」
     睦は最後に、学園のいち教師の名前を口にする。
    「ただ情勢がそれを難しくしているのは、僕にもわかる。だから……」
     灼滅者ひとりひとりの顔を確認して、睦は微笑んだ。柔らかく、いつものように。
    「みんなが決めたこと、やるべきことを、お願いするね」
     きみたちなら大丈夫だと、信頼と誇りを胸に、エクスブレインの少女は、戦地へ赴く灼滅者たちを見送った。


    参加者
    不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)
    漣波・煉(平穏よ汝に在れ・d00991)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    ハイナ・アルバストル(実害の・d09743)
    亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)

    ■リプレイ


     空気を伝い奔る音。蠢く無数の影。
     戦場から距離があるにも拘らず、噎せ返るほど争いの匂いに満ちていた。血や肉のものではない。酷く張り詰めた戦場の匂いだ。
     スン、と鼻を鳴らした亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)は、ちょっと離れすぎてるね、と傍らに寄り添うライドキャリバーのヘペレに話し掛ける。
     周りには、オルフェウスの撤退支援を目的とする灼滅者が集まっていた。班の数は全部で4つ。待機する彼らは、戦況を見極めようと各々試みている。
     ソウルボードの広大さの中、渡橋・縁(神芝居・d04576)は揺れる瞳を瞼で覆った。
     ――救えるものは、救いましょう。
     指の腹でそっと指輪をなぞり、祈りを終えたかのように開いた眼で、未来を見据える。
     はっきりとした声が届いたのは、そのときだった。
    「オルフェウスはおそらく拠点内にいる」
     別の班にいる槌屋・康也からの割り込みヴォイスだ。聴覚を意識せずとも聞こえてくる、コルネリウス軍の戦況の悪さ。
     一瞬、伝達されていた情報が止まる。戦場の一角に穴が空いた――コルネリウス側の防衛線が崩壊したのだ。今だ、と槌屋・康也の合図が耳朶を打つ。
    「この期に乗じて、オルフェウスの元へ駆けつけるぞ!」
     一斉に灼滅者が動き出した。
     先鋒部隊に別の部隊が続き、ハイナ・アルバストル(実害の・d09743)も武器を握り締め、地を蹴った。オルフェウスはあの中にいる。疼く胸を押さえもせず、格闘で敵を押しのけていく。
     悪しきを滅する裁きの光が、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)から放たれる。
     そして雑兵を薙ぐ光が消えるより先に、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が、巨大化させた腕で行く手を阻む兵士を殴り飛ばした。
     ――ボクも紫鬼も、因縁絶えるは見過せぬよ。
     謡が睫毛を伏せる。
     続いて、陣形の脇を固める位置に立つ不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)が、焔を得物へ這わせた。
    「俺たちがダークネスを助ける日が来るとはね……」
     肩を竦めつつ仕掛けた一撃は、影の兵士を赤々と包み込む。彼の言葉に応じるかのように、かぶりを振ったのは霊犬の迦楼羅だ。咥えた刀で斬りかかり、数を確実に減らす。
     一助になればと、そこで縁が展開したのは大きな法陣。前衛へ宿らせた天魔は、道を切り拓くための支えとなる。
     不意に、高らかな駆動音が鳴る。敵陣へ突進するヘペレのものだ。音が鳴りやまぬうちに、まりもは、ぷきゅっと靴音を残して跳ねた。煌めく飛び蹴りで兵士を転ばせ、その隙に進む。
     仲間たちの後方を走る漣波・煉(平穏よ汝に在れ・d00991)の拳に、霊力が込められた。三白眼で睨み付けた相手へと殴りかかり、霊力の網を放出して捕らえる。動きが鈍くなった相手は置き去りのまま、次の標的へ照準を定めた。
     同じく後衛に位置する奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)は、色濃い影を武器に灯し、影である敵に刻み込む。合わせてビハインドの揺籃も霊撃で影を打った。
     ハイナと謡が先鋒班に倣って道中の邪魔になる存在を払い、壁となって立つ祐一やまりもが、討ち漏れ流れてきた敵を押し退けつつ、仲間を魔の手から庇う。痛みを顧みない前衛を、縁と紅葉、そして後方の烏芥と煉が支援する。
     布陣も行動も、見事に連携が成されていた。
     同じ志を共にする他の班と揃えた足並みは、まもなくして、埋もれるほどの雑兵を掻き分け進んだ先に目標を捕捉した。
     居る。見間違うはずが無い。この距離ならば声も届く。
     そう判断したハイナが、大きく息を吸い込む。
    「合流するぞ!」
     端的な叫び声は、混戦の中でも届けるべき相手を違わずに響いた。
     声に気付き視線を投げたオルフェウスが、目を丸くする。
    「灼滅者……!? 何故……」
     口を衝いて出た言葉は、何よりも明確に彼女の気持ちを物語っていた。
     しかし彼女の戸惑いなどよそに、真っ先に着いた班の少年がオルフェウスへ話し掛ける。その間も、静々と烏芥の意識はオルフェウスへ向く。
     すぐ眼の前にいる。それを脳が理解しただけで、只でさえ雪のような肌が、凍てつくように色を失くす。けれど相手が置かれているのは負け戦。胸がすく気にもなれず、満ちていく虚しさを掻き消す術も持たないまま、烏芥は佇むオルフェウスへ呼びかけた。
     退いて下さい、と。
     だがオルフェウスは黙したまま、首肯する気配も無く。
    「……人の声に、耳を寄せて頂けませんか? 未だ、貴方には帰る処が在る」
     丁寧に綴られる烏芥の説得にも、少女は揺るがない。
     ひらりと片手を挙げたハイナが、久しぶりだね、と続けて挨拶する。
     以前、少女の呼びかけに手を伸ばした青年。それまで自責の念の塊となって生きていた彼は、身も心も暗闇へ沈ませ、仲間に救われたことで、見出せたものがある。
    「あの時は、いい悪夢をありがとう」
     縁(えにし)は巡る。だからハイナは此処に立っているのかもしれないと、彼の背を縁がじっと見守り続けた。
    「ボクと紫鬼を覚えているかい、贖罪の」
     謡もまた、浅からぬ因縁を感じているひとりだ。
    「ボク達は貴女の撤退担うよ。死なれては困る」
     それでもオルフェウスの意志は固い。
     意地を張るのはよせ、一緒に行こう、と別の班も話を連ねるが、最後まで首が縦に振られることはなかった。
    「この戦いで倒れた全てのシャドウの罪と共に、私も、この戦場に倒れよう。それが、私の『贖罪』となるだろう」
    「フェン、フェン!」
     オルフェウスに同調したのか、グレイズモンキーも鳴く。
     想定外の出来事に時間を取られ、どうしたものかと皆で顔を見合わせた、そのとき。
    「優貴先生!」
    「先生!」
     慌ただしい足音が幾つも聞こえた直後、嬉しい叫声が其処彼処であがる。
     輪の中には見慣れた教師の姿――優貴先生の撤退支援を担う班が、合流を果たしたのだ。


    「なんだ、随分元気そうだな」
     優貴先生を支援する班を眺めて、煉が口角を僅かに吊り上げる。
     体力的な問題だけではない。胸を張って口を開く優貴先生班から齎された情報は、オルフェウスの説得に有力なものだった。
     彼らによると、今は共に撤退し、優貴先生のソウルボードに常駐してもらうこと。
     そして、デスギガス襲来時に灼滅者がすぐ救援に駆けつけることで、コルネリウスと話は纏まったらしい。
     話の最中、ここまで先導してくれた班が動き出し、もう1班が続く様子を祐一たちは捉えた。ひと足先に退路の確保に向かったのだ。
    「オルフェウス。どうか、私達と一緒に来て頂けませんか? お願いします」
     最後の一押しは、優貴先生の口から零れた。
    「……良かろう。そこまで言うのなら、私もお前達について行こう」
     頑なだった心が撤退を受け入れたことに、縁を始め仲間たちは胸を撫でおろす。
     同時に、何事か話し掛けたグレイズモンキーに、オルフェウスが頷く。
    「わかった、お前の罪は、全て私が引き継ごう」
     どうやらグレイズモンキーは、此処に留まる決心をしたようだ。
     紅葉は思わず、もふもふ、とか細く呟いてグレイズモンキーを見遣り、それからすぐに振り向いた。
    「道は紅葉たちみんなで作るから、ついてきて」
    「……それと優貴先生のこと、お願いします」
     紅葉と烏芥がオルフェウスへ願いを託す。
     ハイナと並んで陣形の先頭を走る謡は、後ろに居る仲間たちを見回した。優貴先生の無事を知ったときとは違い、全員の顔つきが強張っている。恐怖からくるものではない。『撤退支援』において、ここからが正念場だと理解している表情だ。
     駆動音を奏でるヘペレを、まりもが優しく撫でた。
    「行こう、へペレ」
     世界を守りに。


     退却を始めてそう長くは経っていない。
     しかし突破口を開いてからも、数の暴力とも言える群れを相手にしていたためか、異様に長く感じられて、紅葉は唇を引き結ぶ。それでも俯きはしない。紅葉の薄い唇が、祝福の言葉を風へと換えた。彼女自身の髪をもふわりと弄んだ風は、癒しを含んで前衛を撫でていく。
     流れ込んできた標的へ体勢を整えるように踏み込み、謡は構えた十字架砲から澄み切った弾を放つ。
    「決定打の来ぬ今、戦うなら死を覚悟する事だ」
     紫苑に彩られた砲身が、弾の光を反射し艶めく。雑兵をひとつ消し飛んだ直後、一手与えた謡を巻き込むように、別のシャドウが得物を振りかぶる。
     素早く飛び出した祐一が、持ち得る全ての武器で一太刀を受け止めた。ギリギリ、と摩擦音が耳をつんざく。
    「ヘペレ!」
     咄嗟にまりもが相棒を呼ぶ。すると愛らしい見目からは想像を絶する速度で、ヘペレが雑兵の脇腹へ激突し、祐一から引きはがした。剥がれた敵へ迦楼羅が飛びかかる間に、肺が震えるほど息を詰めた祐一へ、縁が掻き集めた霊力の煌めきを寄せる。
     前方から零れてきた影の兵士を、鞭剣を翳したハイナが、手練の早業で絡めとる。巻き付いた刃を独楽の要領で引き抜き、身を裂かれたシャドウはあっという間に闇へ帰した。
     矢継ぎ早、後衛から煉が帯を舞わせる。狙いを外さず飛ばした帯で、通行の妨げになる敵兵を射貫く。
     重ねて、過ぎる際に仕掛けてきそうな周りの敵へ、烏芥が破邪の斬撃を加え、共に揺籃が波状に霊力を広げる。
     不意に、前の班が道を開けた。優貴先生たちを離脱させる目途がついたのだ。斬り込んでいく位置にいたハイナと謡も、彼女たちの背を視線だけで送る。
     優貴先生に寄り添いながら、オルフェウスの姿がどんどん離れていく。言葉にし難い想いを、烏芥が呑み込む。その顔を、揺籃が覗き込んだ。
     一方で縁は、ひとまずの安心を吐く息に篭めた。
     優貴先生とその支援をする班、そしてオルフェウス。彼女たちが拓かれた道の先へ進むのを、周りの雑兵を払いながら灼滅者たちは見届ける。
     とりあえずの目的は達した。残るは自分たちの撤退だ。可能な限りシャドウの兵力を殺ぐことができれば御の字だ。そのつもりで灼滅者たちは辺りの影を打ち払う。
     だが、事態は急変する。
    「来たぞ!」 
     先陣を踏む部隊から響いた警告。
     戦いの最中にも関わらず、更なる緊迫感が漂うのを誰もが感じた。
     その原因となった存在を、灼滅者たちは捉える。
     他のシャドウとは明らかに異なる外見。『運命の輪』を持った兵士――生残したタロット兵が、悠然とした足取りでやってきたのだ。


     止まない剣戟に、タロット兵の音色が混じる。
     数の不利は元より謡も承知していた。しかしタロット兵が現れたことで、撤退支援班の戦況は変わる。
     白と呼ぶには儚すぎる指で、謡が鮮やかな黄色が映える得物を構えた。狙うは死の中心点。横から襲い掛かってきた雑兵を消し去り、その凶器を引き抜くと、謡もタロット兵へと意識を移す。
     フルスロットルで調子を整えるヘペレを優しく叩き、まりもも集めた気を自らへ注ぐ。
    「あれっ」
     ぱちんと音がしそうなぐらいに、まりもがまばたきする。急な出来事を目の当たりにして、理解が一瞬遅れた。
     得体のしれない『運命の輪』が、別の班の仲間を、次から次へと轢き倒していた。
     瞬く間に負傷者を生んだタロット兵を狙い澄まし、ハイナは摩擦から火花を生む。
     肩を上下させる仲間の多くは、今までの戦いで疲弊している。それに比べて。
     ――ここへきて手負いじゃないとか。
     タロット兵の勢力を討つ部隊から逃れてきたのなら、体力も削れているだろうと踏んでいた。だが現実は非情だ。
     今し方倒れた怪我人を抱える班が追撃されぬよう、ハイナは他班の仲間に続いてタロット兵を蹴り上げた。
     槍を構える煉の視界に、タロット兵の輪郭が映った。
    「あの妙な輪っか……」
     煉が眉根を寄せて槍を突きたてようとするが、振り回された盾に阻まれてしまう。
     攻める方針を崩さない面々の後ろから、紅葉がタロット兵に挑む前衛陣を祝福で紡いだ風で助ける。
     回復の波を止めてはならないと、祐一も指先に集束させた霊力で、前衛の痛みを拭っていく。
    「何が起こるか分んねーもんだな」
     そう肩を竦めながら。
     タロット兵の掲げた『運命の輪』が高速回転する。仲間を庇うように、霊犬の迦楼羅が勇敢に飛びかかった。だが切れ味の鋭い輪を前に、迦楼羅は弾き飛ばされてしまう。
     同じように薙ぎ払われ、ぐったりした別の班の赤松・あずさへ向けて、紅葉とまりもが治癒の手を重ねた。
    「つらい怪我は、だめ」
    「どーんといこっ!」
     祈るように指輪へ口付けた紅葉と、溌剌としたまりもの声。
     ありがと、と明るく立ち上がったあずさは、ウィンクを投げて戦線へ復帰していった。
     烏芥は振り返った揺籃の名を呼び、誰にも聞こえないほど細やかな声で宥める。そして張り詰めた空気をも断ち切るように、白光の眩さで影を斬り伏せた。
     そこで縁が息を呑む。別の班で戦う備傘・鎗輔の身体が地面に叩きつけられるのを目撃したからだ。焦らず、しかし急いで細い指先に霊力を灯す。灯は命を繋ぐ塊となり、備傘・鎗輔へ染みていく。
     近くにも疲弊した人がいないかと見渡す縁だが、現在に至っても、自班のメンバーは精彩を放っていた。
     ――その分、別の班にも心を配れたから。
     縁はゆっくりと有難みを噛み締める。
     班の位置取り、そして彼女や紅葉を始め、こまめな回復を重視する者がこの班に多かったのは功を奏していた。前後の班へ支援の手を差し伸べる余裕が生まれたことは、逼迫した戦闘において確かな支えとなる。
     離脱しましょう、と別班から丹下・小次郎の声が届いた。
     引き際は誤れない。烏芥も仲間を促した。
    「……彼らに続きましょう」
     頷いた謡が、空を仰ぐ素振りで包帯を放つ。恐怖を喰らう包帯はしなやかに伸び、盾として構えられた輪を叩いた。
     立て続けに十字架を用いた乱暴な格闘術で、まりもがタロット兵の足取りを重くさせた。その隙に、他の班と後退の機を合わせて動く。
     守りの姿勢のままでいた祐一も、仲間と並んで走りながら目を細めて笑う。
    「ここまで来といて、お前ら倒れるなよ? 倒れるとしたら俺が先だからな?」
    「安心しろ。墓は作ってやる」
     ディフェンダーらしく鼓舞した彼へ、敵影を貫く帯の代わりに言葉を投げたのは煉だ。
     は、と祐一が息で笑う。
    「なら、お前の墓標にはさっさと死んだ雑魚って書いてやるからな」
    「二人とも、埋まる場所は自分で用意しておくこと」
    「死ぬの前提にするのやめてください」
     さりげなくハイナまで加わった応酬を、縁が諫める。
     彼らにとっての日常が繰り広げられる中、突然、地が唸り出した。しかも地鳴りは息を継ぐ暇すら与えず、激震へと変わる。
    「……ソウルボードに……亀裂が……」
     呆然と零したのは謡だ。驚きの声に誘われた先、ソウルボードに巨大な裂け目が生じていた。移動を制限するため、コルネリウスが起こしたものだ。
     タロット兵を含めたデスギガスの軍勢と、灼滅者たち。
     二者が譲れなかった想いを。その世界を――深い溝が見事に分断した。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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