シャドウ大戦介入～見過ごし難き勝利

■リプレイ

●戦場に向けた想い
　遠くから聞こえてくる怒号。ぼんやりと明るい地平線を蝕むように、散発的に爆ぜる闇。
「しばらくこたつでゆっくりしていた間に、こんな状況になっていたんですね」
　夢代・炬燵（こたつ部員・d13671）が不安げに見遣った先の戦いの光景は、恐ろしげではあるが現実感に乏しく見える。
　もっとも、それも当然の事だろう……ここは、巨大なソウルボードの一角なのだから。
「これでは、ゆったり眠っていられませんね」
　思わず愛用のどてらの襟を握って、悲しげに目を伏せる炬燵。けれども、隣で同じ方向を眺める木島・御凛（ハイメガキャノン・d03917）の口許は対照的に、呆れ返ったように引き攣っていた。
「いろいろ忙しかった挙句に気づいた時にはこんな状況とか、もう、あんまりすぎて笑うしかないわね」
　それでも、と彼女は拳を握る。すると、彼女の想いを見透かしたかのように。
「『タロット兵』……か。ここで少しでも数を減らして、デスギガス勢に痛手を与えなければね」
　自分たちはまさしくそのために来たのだと、春野・透馬（全て謎に包まれた者・d36606）は刀の鞘を持つ手に力を込めた。必ず、勝利を掴むのだ……。
　とはいえ、それが別のダークネスを救う結果になるという事実が、如月・春香（クラッキングレッドムーン・d09535）を複雑な表情にさせている。
「確かに、それでダークネス同士の潰し合いが続くようなら、戦いが楽にはなるのかもしれないけれど……」
　顔を顰めて呟いた刹那。
「Summon Raid」
　ヘイズ・レイヴァース（緋緋色金の小さき竜・d33384）の姿が一度朧になったかと思うと、すぐに獣のような特徴が彼女の全身に顕れた。そして、彼女が手にした九条ネギ型の蝋燭の葱坊主から、炎を爆ぜさせた直後……。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。最近の若者は、礼儀というものが成っておらんわい」
　座り込んでいたローブ姿の老人の声は、その印象から受けるのと比べ、やけに鮮明な響きを帯びていた。

●隠者トマス
「なるほど……あなたがタロット兵ですか！」
　ものぐさメイド、ルーナ・カランテ（ペルディテンポ・d26061）が投げつけた霊犬を、老人は避けようとしすらせぬ。代わりに手の中のカンテラを掲げると……カッと輝いた光を浴びせられ、哀れな『モップ』は悲鳴を上げて地に転がった。
「如何にも。デスギガス様に仕えるタロット兵が一人、『隠者トマス』とは儂の事よ」
　立ち上がる老人の緩慢さとは裏腹に、その周囲には張り詰めた空気が渦巻くかの如く。纏う瘴気を前にせば、今しがたイズの燃やしたローブの先も、猛牛を燐寸で焼くに同じ。
「これまた手強そうなお爺さんが出て来たんだおっ」
　もがくモップをダイダロスベルトの先に引っ掛けて回収しつつ、くりくりとした目でじっと観察を続けるマリナ・ガーラント（兵器少女・d11401）には、けれども隠さぬ警戒の色があった。それを眺めて隠者トマスは、満足そうにこう独りごちる。
「……ふむ。無謀な愚か者どもかと思うたが、彼我の実力差くらいは判断できるようじゃのう。この戦い、儂のような老いぼれの出る幕はないかもしれぬと案じておったが……良い機会じゃ、若人どもに標というものを示してやろうぞ！」
「お生憎様！」
　ギィン、という鈍い音と共に、青白い流星が飛び散った。老人の掲げた捻じくれた杖と、富士川・見桜（響き渡る声・d31550）の『リトル・ブルー・スター』の衝突だ。
「私たちは皆、自分たちを信じて精一杯をやってるのよ。上から目線で導かれる謂れなんてない！」
「言いおるわい」
　短い競り合いの後に離れる二人。退いた量は見桜の方が深い……が、前のめりな意気込みはその直前に、トマスへ深からずとも浅からぬ傷を与えている。
「その闘志、益々ここで果てさせるには惜しいのう！」
「そういうのは……せめて私たちを瀕死に追い遣った後で言うものね！」
　見桜が離れた瞬間には既に、御凛の周囲に浮かんだ帯が、蛇のように鎌首をもたげて狙いを定め終えていた。瞬く間に穴だらけになる老人のローブ……けれど。
「どうにも手応えがないんだおっ？」
　マリナが首を傾げる通り、トマスの動きはのらりくらりとしていながらも、最小限の動きだけでこちらの攻撃を躱しているように見える。
　……だとしても。
「でも、少しずつは当て続けてるおっ。お姉ちゃん達の執念なんだおっ」
　目を輝かせ、それに続けと鼓舞せんばかりにルーナにモップを投げ返すマリナ。愛犬の顔を片手で鷲掴んで受け止めた駄メイドは、悪巧みでもしていそうな顔を作って、老人の秘密を暴くのだった。
「『隠者』のタロットのカンテラは、『導き』とかそういう意味合いでしたねー。つまり、その動きの正体は……」
「明察じゃ」
　隠者トマスの眼光が、不意に鋭く変化する。
「アガメムノン殿より賜りしこのカンテラは、そなたらの思惑を全て照らし出してくれる。だというに、手の内を暴かれてなお儂に攻撃を届けたそなたらの気迫、実に見事……しかしはて、それもどこまで続くかな？」
「もし、このままでは続かないのだとしても、続くようにしてしまえばいいのですよね」
　ならば、と炬燵の中の闇が蠢き、その力を高めんとした。
「闇を闇にて打ち払わんとするのなら、その代償は安くないと知るのがよかろう」
　囁く老人。
「御託なんて結構だわ」
　春香の指先から光がほとばしる。善を助け、闇を打ち砕くその光条とともに、『千秋』が駆け、老人に迫る！
「大いに迷いなされ、お若いの」
　その時老人の姿がぐにゃりと歪み、人ならざる角度で光を避けた。千秋の伸ばした手もその杖にて受け止めて……隠者はこのように付け加える。
「但し、戦場での迷いは禁物じゃ。特に……戦いの意義そのものを迷うなど」
「如月先輩、危ないであります！」
　不意に脇から飛び出したその光線が、トマスの行く手を遮った。そればかりか、緋緋色のブレスを吐き続けるイズの緋緋色竜のぬいぐるみは、手元で小さく角度を変えるだけで、こちらの動きを読む敵にもすぐに追従できる。
「ほう」
　感嘆の声を上げるこのシャドウが強敵である事は、透馬も十分に理解していた。
　だが、同時。
　それが決して届かぬ相手ではない事も、既に何度か証明されている。
（「少しでもデスギガスの戦力を減らすために……」）
　すらりと抜いた刀。その白い刀身をしばし見つめて、自身が考えねばならぬ事以外を排除する。
　そして、駆けた。
　今は、彼自身が刃である。その力で闇を切り裂くために……。
「やる事はただ一つ。行くぞ、シャドウ！」

●隠者の導き
　大上段からの振り下ろし。変幻自在なシャドウに対するものとして見れば、その切先には経験不足が見て取れる。
　しかし。
「見事じゃ」
　老人は透馬の刃を避けぬ。いや、避けきれぬ事を既に悟っているのか。ローブに隠れた足を止め、隠者は高々とカンテラを掲げた。
「ふむ……そなたの捨て身の剣術はちと危ういの。そのような戦術の必要がないよう……そうじゃな、儂がそなたの真の力を引き出してやろう」
　その時……ぞくり。どてらを着込んでいても感じる背筋の寒さが炬燵を襲う。
　いっそう輝き始めるカンテラに、暖かいべき光とは真逆の意図が込められていた事は、最早、疑いようがない。
　駆け寄っていては間に合わぬ。突き動かされるようにその影を伸ばす。焼け石に水ではあろうけど――そもそも、届くかどうかすら危ういけれど、一つでも積み重ねておかねば繋がる事はない。
「ここは万能メイドが本気を出さねばならないようですね」
　手の中のモップを放り捨て、紅き手甲に手を通すルーナ。そこから放つ淡き光は、トマスの視界を妨げて広がり、カンテラの激しい光をも覆い。
「しかし、足りぬ」
　ついに放たれる導きの光条。それはたとえ今すぐでこそなかったとしても、近いうちに透馬に闇堕ちか死かを選ばせるもの。
　そんな事を思った時には、見桜は反射的に駆け出していた。いや、もう、二人の許に駆け込みつつあった。
「間に合え……！」
　脚よ、軋まば軋め。肺よ、血を噴かば噴け。痛みも、恐怖も置き去りにして、敵に一矢報いた直後の後輩を突き飛ばし、全身でタロット兵の悪意を受け止める！
「だ……大丈夫でありますか！？」
　思わず飛び出しそうになったイズの肩を、マリナがぐいと引き止めた。
「見桜お姉ちゃんならこの程度、どうって事ないんだおっ？」
「とはいえ……」
　そういう訳にもいかないであります、と抗弁しようとしたイズへ、マリナは見桜へのラビリンスアーマーすら飛ばさずに説く。
「見るんだおっ。見桜お姉ちゃんはまだまだピンピンしてるおっ？　平気な人を心配するより、自分の仕事の方を心配すべきだおっ」
　あえて個々人への感情を排して最善を探る、戦略家としての顔。この年齢以上に幼く見える少女の瞳には、一体、何が映っているのだろうか？
「……そうでありますね」
　改めて敵を見遣るイズ。そこでは既に御凛が咆哮を上げ、まばゆい光線がシャドウ自身の視界を妨げていた隙に、猛然と槍を振るって突き立てていた。
「タロット兵だろうがデスギガスだろうが、あたしが片っ端からぶっ飛ばす！」
　即断即決の直情型。考える前に手が出る行動原理の先は、隠者のカンテラですら見通せない。
「その血の気の多さ、一度アガメムノン殿に引き合わせてみたいわい」
　感心するトマスを作っていた影の一部に、弾けるように穴が開いた。だが……彼の左手の杖の周りには、別の闇が纏わりつき反撃の機会を狙っている。
「ボク達も、今やるべき事に集中するであります」
　イズの両手が丸く輝き、ほのかに辺りに九条ネギアイスの香が広がった。
「そうね。『コルネリウスを助ける』と思うから迷うんだわ」
　春香の眼光にも殺意が宿る。
「今回は『デスギガス勢に打撃を与えるためアレを利用する』、そう思えばいつもと変わらない」
　一瞬、杖と見紛うギターのネックを握り、彼女は無造作に振り上げた。
「もちろん、貴方の『助言』も活用させて貰うわ……せいぜい、人生の師ごっこが過ぎた事を悔いて死になさい」

●老いし者と若き力
　それから、どれだけの戦いを続けただろう？
「……成程」
　いつしか老人のローブは半ば毟り取られて、その内の闇が露になっていた。
「この儂をここまで追い詰めるとは、前線の雑兵どもに爪の垢を煎じて飲ませたいわい」
「当然でしょう？　私は万能メイドなんですから」
　自身は大した事できてない癖に胸を張るルーナ。誰かが攻撃を受けそうになる度に投げ飛ばされて、見事にそれを防いだり、あるいはタイミングが合わずに地面と衝突したりを繰り返して伸びてしまったモップをばっちそうに放り捨てた後、改めて敵と向かい合う。
「まだお掃除続けなくちゃならないんですか？　私としては、もっと早いうちに終わっていたかったんですけどねー」
「安心せい」
　トマスは諭すようにしてから見回した。その視線が……春香の場所でぴたりと止まる。
「確かに儂は、少々遊びすぎたのやもしれぬ。負うた子に教えられるとはまさにこの事よ」
「子？」
　春香の眉がぴくりと動いた。
「私には、ダークネスに子呼ばわりされる筋合いなんてないわ」
　けれど、そんな言葉は期せずして、イズの心に刺さるのだ。
（「本当に、ダークネスは尊敬しうる存在にはなれないのでありましょうか……？」）
　両親を想う。二人が特殊な思想の持ち主だった事を否定はしないが、本当にダークネスと人類は、絶対に相容れぬ者同士であるのだろうか？
　首を振る。彼女はそういう意味で言ったんじゃない。それに、今はそんな事を考えている場合でもない。
　彼女が深呼吸をしたのと同時……時が、再び動き出した。
　御凛の放つ布帯の軌跡は、疲れで鈍るどころかますます鋭さを増し、対するシャドウの動きはといえば、炬燵の影に体を繋ぎ止められて、見えた通りに避けるのもままならない。
「ここは私が抑えておくから、みんなは当てる事だけに集中して！」
　立ち上がれ何回だって、まだ君には夢があると口ずさむ見桜の全身は、さすがのマリナも見過ごせぬほどに血に濡れていた。
「まだ、いけるんだおっ？」
「コルネリウスや先生の方に向かった班は、こんなもんじゃ済まないんだから」
　それは限りなくＮＯに近いＹＥＳ。が、彼女に戦意が残る以上は、マリナには彼女を止められない……だから。代わりに。
「おっ。いざとなったら安心してくれていいんだおっ」
　その時は誰かが補えばいいんだおっ、と開けっぴろげにささめく彼女の言葉の意味は、灼滅者にとっては明らかだろう。
　辺りの様子を確認する炬燵。幸い、トマスは隠者だけあって、雑魚シャドウ達がこちらに気づいてやって来る素振りは見られない。
「どうやら……ここからは余程の事がない限り、誰かが堕ちる必要はないみたいですね」
（「……ならば」）
　透馬は、もう一度刀に自分の顔を映した。俺は、誰かに守られるために戦っているのか？
「俺は大丈夫だ」
　皆に聞こえるように声を出す。見桜か、自分かが倒れねばならぬなら、ギリギリまで耐え続けた者よりも、一気に弾き飛ばされた者の方が治りが早い。
「つまり……二人揃ってやられないように、一人目の段階で止めを刺せばいいのよね？」
　槍を大きく振りかぶり、御凛は最後の一撃の構えを作った。
「もちろん、一人目の前でもいいんだおっ♪」
　横から口を出すマリナ。
「流石に、そうは行かんわい」
　老人のカンテラがまた輝く。
「待ちなさい……」
　見桜が止める暇もなく透馬は駆ける。
　光。
　宙を舞う体。唇が、勝利の予感に綻んで。
「随分と信じてくれちゃうじゃないの……」
　見桜は自ずと同じ形に上がる口角を感じつつ、改めて覚悟を刻み込んだ。
「みんな、死に急ぎすぎなんだおっ？」
　肩を竦めたマリナの前で、春香の光がシャドウを打つ。けれども、闇はまだまだ止まるところを知らず！　でも……。
　御凛も、まだまだ止まらない。振り上げた槍に体重を加え、一気に敵へと振り下ろす！
「これが私の……全力、だー！！」
　隠者の手から、カンテラが落ちる……。

●戦いの行く末は
　思えば、随分と長く戦っていたものだ。遠くを見れば戦闘は新たな局面を迎えたらしく、戦線の一角が崩壊し、デスギガス軍も幾つかの集団に分かれている。
「あの枝の数だけコルネリウス達や先生を救い出せたんですかねー」
　モップをスレイヤーカードに回収しつつルーナ。
「今から次のタロット兵を探すのは、難しそうですね」
　炬燵も見回して呟いた。
　全ては、終わりかけていた。しかし、どう終わるのかは、ここからでは判らない。
　撤退の決断が行なわれる。もう、この場に残る意味はない。
　今、灼滅者たちの為すべき事はただ一つ……ここから無事に脱出して、皆の見た事を報告しあい、次の戦いに備えるのだ。

作者：るう	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。