シャドウ大戦介入～影の奔流

■リプレイ

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　戦闘音がどこまでも響いている。
　『全ての存在が幸福である世界を作る』ことを目的とするシャドウ、『慈愛のコルネリウス』。
　そのコルネリウスに保護され、現実世界で眠り続ける優貴先生。
　シャドウの尖兵を駆逐しつつ進軍する灼滅者たちは、目指す二人を思う。
「酷いものだな」
　平穏なはずのソウルボードが、どこもかしこもシャドウだらけだ。氷室・侑紀（ファシキュリン・d23485）が眉をひそめる。身に纏わせた麗しい白蛇が鎌首をもたげ、どこぞの戦場で手傷を負ったらしい一匹を引き裂いた。
「考え事は危ないぜ？　なあ蛇女」
　けろりとした顔で侑紀の背を守り、嘯くのはヴォルペ・コーダ（宝物庫の番犬・d22289）。サングラスの奥の瞳はここに来てから何かを期待する熱を孕んでいた。
「覚えてるだろう、あの約束を」
「そっちこそ忘れるな。尾っぽ」
　軽口を交わし合いながら、先鋒の灼滅者たちが切り開いた道を突き進む。
（「まぁ、やるだけやってみるさ」）
　最短距離が分かれば、手っ取り早く済むのに。牧瀬・麻耶（月下無為・d21627）は気怠げな表情で視線を巡らせた。纏うダイダロスベルトが展開し、行く手の影を続けざま貫く。
「徹やん、なんか気になるんか？」
　斑目・立夏（双頭の烏・d01190）は、前方を駆ける藤谷・徹也（大学生殺人機械・d01892）の様子に気づく。傷を負ったわけではなさそうだが、何かを確認する様子が見て取れた。
「全ての通信機器が沈黙している。他班と連絡は取れないだろう」
「なんやて、そりゃあかんわ！」
　立夏は殊更大げさに驚いてみせるが、徹也が視線を動かせば茶色の瞳は普段と変わらず笑っている。
「ソウルボードが全部同じ条件とはいかないようだ。デスギガスの干渉があるのかも知れない」
　明鏡・止水（高校生シャドウハンター・d07017）が言葉を継いだ。
　乱戦となっている戦場を縫うように駆ける、目的を共にする灼滅者の班が同じ方向へ駆けているのが見える。このぶんならはぐれないだろう。誰かが傷を負わせたシャドウとすれ違いざまに、重いハンマーの一撃を食らわせた。
「誰か、いるわ。敵……違う、あれは」
　敵がまばらになった空間で、後方から癒しを与えていた漣・静佳（黒水晶・d10904）が示す先に、一人のシャドウがいた。闇堕ちで姿を消した学園の灼滅者、レイ・アステネスだ。ここが拠点に近いのだろうか。
　レイは配下のシャドウをデスギガス軍に放ち指揮するも、劣勢が目に見えてきたのだろう。何事か叫んでいるが、構っている余裕は無い。
「急いでいるの。お相手できなくて御免なさい」
　黒髪をなびかせ、桜之・京（花雅・d02355）は微笑み、ひらりと手を振った。空っぽの命に鮮やかな紅が宿るなら、あのように堕ちたって構わないけれど。この先に心躍る何かがあるかも知れない。
　例えばあの――慈愛の姫。
　少女の姿をした彼女が『慈愛』と呼ばれることに興味がある。側に佇むのは現実世界で眠り続けている教師、プレスター・ジョンの国の扉となっている大津・優貴。
　灼滅者たちは二人の無事に安堵しつつ、周囲を窺った。
　戦闘音は周囲に響き渡り、学園の灼滅者とシャドウの戦いの激しさを肌で感じる。一刻も早く二人を逃がさなければ、この場も長くは保たない。デスギガスの兵が間近に迫っている。
　この戦い、コルネリウスに勝ち目はないのだ。
　優貴が悲しげに目を細めた。その様子をコルネリウスが感情の見えない瞳で見ていた。

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　コルネリウスと優貴、二人と合流できた灼滅者たちは無事を喜び合う。
　最初に口を開いたのは藍色の髪の娘。コルネリウスと優貴と合流するため、もう一班が共に駆けてきていたのだ。
「まずはコルネリウス、先生を守ってくれてありがとう。……だが、この戦いを勝つのは難しいだろう。もう少し早く来ていれば……」
　刻々と変わる戦場をかいくぐって来たものの、戦の大局はもはや変えることはできない。デスギガスはこの戦いに勝つ。コルネリウスも優貴も、このままでは命を失うのだ。
　立夏も迷わない。見殺しになどできるはずもない。
「ここで死ぬんはあんさんも不本意やろ？　ここは一旦一緒に退こ、な？」
　慈愛に充ちた世界を実現させるため、こんな所で命を落としていいはずが無いのだ。
　コルネリウスは静かに答えた。凪いだ瞳に悲壮感は感じられない。淡々と事象を説明するかのように。
「私はここに残ります」
　場の空気が一瞬揺らいだ。コルネリウスは撤退を拒んでいる。　
「姫さんはこの戦いに勝てないんだ。俺たちの仲間が撤退の準備をしている。皆で生きて帰るためには、姫さんの力が必要なんだ」
　止水は更に言葉を重ねた。この後、学園はデスギガスと対峙することとなる。その時にコルネリウスの力があれば、どんなに心強いかと。それに、戦う力の無い優貴も傍らにいるのだ。
　コルネリウスはなおも続ける。
「皆さんのお気持ちは分かりますが、もしソウルボードがデスギガスに掌握されれば、私の計画は実行不可能になります。ですが、私がソウルボードを守る意志を最後まで貫いて死ねば、その意志はソウルボードに宿り、デスギガスに抵抗する事が可能かもしれません」
　はぁ、と麻耶が嘆息した。こんな場面で駄々をこねてどうするのかと。ダークネスの理由に振り回される身にもなってほしい。さっさと終わらせて帰るのが吉、と。
「それなら、先生だけでも逃げられるよう力を貸して欲しいっすよ。デスギガスに連れて行かれると大変っすから」
　コルネリウスが逃げないならば、優貴だけでも連れて帰りたい。ソウルボードの扉という特異な体なのだ。デスギガスにも狙われることとなるだろう。だが。
「私だけ戻る訳にいかないわ。私が学園に戻ってしまうと、プレスタージョンの城を通って、デスギガスの軍勢がソウルボードから直接実体化してしまう」
　優貴もまた首を横に振った。
「そうすれば、学園を彼らに攻撃されてしまうわ。奇襲攻撃で学園が攻略され、その結果サイキックアブソーバーが破壊されたら大変な事になる。私をソウルボード内で匿ってくれる勢力が無い限り、私は生きているべきでは無いのよ」
　言葉を失う愛する生徒たちを見つめ、小さく微笑む。
「……ごめんなさい」
　コルネリウスと優貴、二人の意志はこの戦いが始まってから既に固まっていたのだろう。
　それは違うと、月光の衣装を纏う娘が語気を強くした。
「みんな、コルネリウスも先生も守って戦う覚悟が出来ているっすよ。コルネリウスを犠牲にして先生だけ助けるなんて選択、する為に来たんじゃないっす」
「ソウルボード側での防衛は私達だけでは難しい。この後、先生を守るにも、あなたの力が必要に思えるの」
　藍色の髪の娘もまた、二人を守って戦う意志を示す。
「死んでは、だめ」
　静佳の震える唇が紡いだ声は、剣戟の音にかき消されたが。常は探すことが難しい言葉も、胸にある強い意志が『今言うべき言葉』を迷わせない。
「そんなこと、駄目よ。コルネリウスも、優貴先生も、私たちと全員で学園に帰るの。死んだほうがいい命なんて、あってはいけないわ」
　全員で生きて帰ることが望みだと、静佳は自分でも驚くほどの声を上げた。拳を握りしめ訴える様子は過去に思うことがあるようで、察した京はそっとその肩に手を置いた。
「貴方の生存こそ私の幸せなの。コルネリウス、貴方をここで見捨てたなら、私は夢の中でも不幸のままよ」
　夢の中だけでも幸せなら、それでいいのじゃないのかしら？　京はコルネリウスの示す『幸福』を否定する気にはなれなかった。むしろ共感していると言ってもいい。虚ろを抱えていても、そんな幸福を望む彼女を守り戦いたい。
「『全ての存在が幸福である世界』を作ると言うのであれば、今が倒れるべき時ではない」
　生きていてこそ、未来は開ける。感情論を抜きにして、徹也もまた思いを語る。
　灼滅者たちの思いは一つ。コルネリウスと優貴、二人とも無事に逃がすこと。守って戦うこと。それだけは決して譲れないと口々に訴えた。
　そして、この時にも戦況は動いている。猶予はないのだ。
　コルネリウスは思案するように一度目を閉じた。
　
●
「あなたたちの気持ちはわかりました」
　継いだ言葉。灼滅者の言葉がコルネリウスを動かした。しかし。
「出来ることなら、そうしたく思います。しかし、それは困難でしょう。ここ以外に逃げ場はあるのでしょうか。優貴を武蔵坂から離してしまえば、灼滅者の援軍も望めなくなります」
　強大なシャドウであるコルネリウスが現実世界に存在し続けるためには、それこそ膨大な量のサイキックエナジーが必要になる。エナジーを集め供給し続ける手段は今すぐ実現できるものではなく、特異なソウルボードの扉である優貴をどう守ってゆけばいいのか、守り続けることができるのかも未知数だ。
　一同が思案し押し黙る中、一人の娘が提案する。
「入り口になる先生のソウルボードに、ずっと私らが居るって言うのは無理やろか？」
　妥当な手段とするなら、灼滅者が優貴を守り続けることなのだが。
「デスギガスの軍勢と対峙できる灼滅者とは、少なくとも数百人は必要だろうか。その分、学園の守りも薄くなる。効果的ではあるが、現実的ではないと考える」
　現状を鑑みた徹也が意見した隣で、徹やんの言うとおりや、と立夏も同意する。
　思案顔で口を開いたのは燃えるような赤い髪を一つに結んだ少年だ。
「それに、ボク達が常駐するとなると、先生はずっと眠ったままになってしまいマス」
　これまで数ヶ月にわたり眠り続けた優貴を思えば、現実世界で目を開いてほしいと灼滅者たちは願う。少年は思案顔で言葉を続けた。
「ひとまず先生はともかく、コルネリウスはシャドウなんデスから、現実世界でなくても、逃げ場さえあればどうにかなるんじゃないデスか？　たとえば、ボク達とか……」
　そうか、とそれまで知恵を巡らせていた侑紀が口を開いた。
「そうだな。サイキック・リベレイターの力で、コルネリウスも現実世界で動けるようになる。時間さえ稼げたなら、逃げ場も見つけることができるだろう。それまで灼滅者のソウルボードに匿うのはどうだろうか」
　頭いいなぁ、と侑紀の背から白蛇の頭を撫で笑うヴォルペ。侑紀は不機嫌そうに視線をやるが、止めろとは言わなかった。
「シャドウハンターの立場から言わせてもらうが、灼滅者のソウルボードといえど、コルネリウスの痕跡をたどればデスギガスの討伐部隊はいずれたどり着くと思うよ。そうすればコルネリウス一人では、とても勝てない」
　思案の様子を見ていた赤毛の娘が皆に言った。彼女の知人でもある止水も、同じシャドウハンターとして同意する。いくら灼滅者のソウルボードといえど、敗北すればそこからデスギガス達は学園に攻め込んで来る危険性がある。安易な行動は、学園の危機を呼び込んでしまう事になる。
　優貴の願いとコルネリウスの目的、灼滅者の意志、全てを解決する策があればいいのだが。
　話し合いは最適解を見つけられず、行き詰まる。
　タイムリミットが迫ってきていることは、肌で感じていた。

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　胴着姿の青年が、コルネリウスを正面から見据える。
「先生が俺達を護りたいように、俺達も先生を護りたい。そのために貴女に死なれるわけにはいかない」
　プレスター・ジョンの国への扉である大津・優貴。運命を正面から受け入れ、死をもって生徒たちを守ると決めているとしても、学園の灼滅者にとっては大切な教師なのだ。慕う者も多く、守るために力を尽くす覚悟がある。
「こうしてはどうだろう。まず、コルネリウスには優貴先生のソウルボードに常駐してもらう事にする。今後先生は学園内にとどまり、何かあれば灼滅者がすぐにソウルボードに駆けつけられるように警戒する」
　優貴のソウルボードにコルネリウスが常駐していれば、たとえデスギガスが大軍を率いて侵攻してこようとも、学園の灼滅者が駆けつけるまで時間稼ぎができるのではないかと言うのだ。
　灼滅者が常駐するのではなく、ソウルボードを住処とするシャドウ・コルネリウスだけが常駐するのであれば、優貴は眠りから覚めることができるだろう。
　提案に優貴が頷いた。
「……そうね。恒久的な解決策としては問題があるけれど、サイキックリベレイターを使用した事で、数ヶ月以内にデスギガスとの決戦が行われるという状況なら、充分に対応できるかもしれないわ」
　話は決まった。ならば、速やかに行動に移すのみ。
「話、まとまったっすか。さくっと退いちゃいましょー」
　長居する場所ではないと言う麻耶の足下で、ウイングキャットのヨタロウがみゃあと鳴いた。
「どうやら、戦線の一角が崩れ始めたようです。おそらく、エトの所に向かった仲間の方だと思います。撤退を急いだ方がよさそうですよ」
　黒髪の少年が周囲を見渡し促した。
　この場所もじきにデスギガスの軍に蹂躙される。その前に退路を守る仲間と合流し、コルネリウスと優貴を逃がす。灼滅者たちは手に手に殲術道具を解放し、二手に分かれた。

「優貴先生。必ず生きて、帰りましょう。私たちに、守らせて下さい」
　静佳が差し出した手。それに手を引かれ、優貴は微笑んで頷く。道を文字通り切り開く灼滅者に続き駆けだした。
「デスギガスは欲張りね。簡単に逃がしてはくれなさそうよ」
　京が鋼糸を展開し、戦闘の気配に頬を染める。流れてきた手負いのシャドウを縦横に引き裂きながら、貴方の『慈愛』を見せて頂戴と、離れていくコルネリウスに視線を遣った。
「俺らの本領発揮ってところだろう？」
　誰一人死なせやしない。ヴォルペがサングラスの奥の瞳に喜色を浮かべ叫べば、その背に呆れたような視線を向けた白蛇纏う友が立つ。
「楽しそうだな、尾っぽ」
　侑紀の決意もまた固く、友に背を預け戦うことに迷いはない。
「元『病院』を舐めるなよ」
　放つ白蛇が掴みかかるシャドウを咬み千切る。
　コルネリウスと優貴を撤退に導けたのは大きな成果だ。あとは退路護衛班と合流すれば、
「ま、なんとかなるでしょ」
　片手にくるりと巨大な十字を掲げ、狙い撃てば行く手の影が千切れ飛ぶ。幸せがどうのこうの、大変だと麻耶はやや苦笑ぎみだ。視線をよぎる猫、ヨタロウが意を得たように回復を飛ばす。
　退路を塞ぐシャドウの壁は分厚いが、反対側から攻撃を受けている気配を見つけた。
「全員で帰るさかい、諦めへんで！」
「俺は、任務を遂行する」
　立夏と徹也が同時に放ったオーラキャノンが、壁をごそりと崩した。
　向こう側から聞こえたのは、声だ。
　――先生！
　――皆、あっちだ！
　退路を守る仲間、学園の灼滅者たちの歓喜の声。止水は帰還後の戦況に思いをつなぐ。帰ったなら、遠くない未来にデスギガスと正面から対峙するのだろうと。

　『生きて帰る』ための戦いが、ここから始まった。

作者：高遠しゅん	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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