シャドウ大戦介入～紫電、燦爛と。

■リプレイ

●
　――疾走る直走る。
　狂熱と殺気が烈風と渦巻く軍庭を、灼滅者は駿馬の如く翔けていた。
「フフフフフッ圧倒的じゃあないか……こらどう頑張っても巻き返しは無理やろなぁ」
「ナノ～」
　茫漠たる天蓋に衝き上がる剣戟と喊声は、ジュラル・ニート（光の中から現れた短期決戦の鬼・d02576）の嗤笑を呑み込み、その駆足を地響きに揺らす。
　騒擾の中で彼の皮肉を拾った二神・雪紗（ノークエスチョンズビフォー・d01780）は冷然と、
「さて、趨勢の決した戦ではあるが、何処までいけるものか」
　光の如く過ぎ去る惨状を優れた思考回路に流し込みつつ、覆らぬ戦局に楔を打ち込む機を探っていた。
　その彼等の事前準備は周到。
　突入前、タロット兵の撃破に向かうチームと連携の確認をした一同は、各々が用意した通信手段が機能しない事を既に共有している。
　携帯電話は過去に使用できた場面もあったが、それはソウルボードの主が悪夢の中の法則の一つとして通話を許していたからなのだが、今回は勝手が違うようで、
「完全包囲した側として、外部と通じる手段の一切を断つってのは当然か」
　終ぞ回復せぬハンドフォンに、徹底殲滅を誓うアガメムノンの意志を認めた一・葉（デッドロック・d02409）は、だからこそ連中が武蔵坂の武力介入に気付く前に急襲せんと、影すら殺して疾駆する。
　彼に続くニコ・ベルクシュタイン（不撓の譜・d03078）は、時を知り標と使える太陽の無いソウルボードにあっても、進退を見失わぬよう戒心を巡らせつつ、
「あとは割り込みヴォイスが頼りだが、この戎馬倥偬にあって届く範囲は限られよう」
　助勢を呼ぶにも、支援の声を拾うも囂然が邪魔をする――想定した以上の難戦を強いられると覚悟した。
　但し。
　敢えて劣勢に踏み入った彼等が怖じる事はない。
「狙う敵は単騎。援軍が来る前に倒してしまえば条件は同じかと」
「連携や共闘が出来ない代わり、向こうにもそうさせないという事だな」
　元より個体を確実に囲繞して撃破する策戦である。
　莫原・想々（幽遠おにごっこ・d23600）は血に浸した様な赫眼を、日下部・優奈（フロストレヴェナント・d36320）は瑞々しき青の透徹に敵軍を映し、
「うふっ♪　たっくさんコロすには囲い込みと早期決着が良いよねえ」
　ハレルヤ・シオン（ハルジオン・d23517）は硝子玉を嵌めた様な金瞳を弧月の如く細めると、敵の前線を抜けた先――大将軍の発令を待つ精鋭を捉えた。
　高い戦闘力を誇るタロット武装兵。
　彼等が進撃すれば、コルネリウスやオルフェウスら名だたる有力敵とて危うい。
　蓋し『病院』という出自を同じくする三者には、幾許の感情も過ろうが――。
　今は、唯。
「さてと、少しでも数を減らさないとっすね」
「えぇ」
「そうだな」
　今は。
　機先を制するアプリコーゼ・トルテ（三下わんこ純情派・d00684）に呼吸を合わせるのみ。
　わんこの耳と尾は凛然を示してピョコリと、一陣の風を連れ立って奇襲を仕掛ける。
「ムムッ！　こいつ等ァ武蔵坂のォ……！」
　束ねられた八条の光芒は、紫電の如く燦爛と。
　危急に弾かれる爪先を強かに射抜いた。

●
　数に限りある戦力を分散する事なく、適切な場所に適確な人員を配した武蔵坂の戦術、その統率力は賢哲や老獪に勝る。
　特に、彼等を含めて十三班、実に全体の半数にも迫る人数が集まったタロット兵攻撃チームの活躍は目覚ましく、後の憂慮となる難敵を攻略せんとした皆々は、劣勢でありながら大きく情勢を動かした。
　こと彼等に於いては、八人が方針を一つに絞った事も剴切で、そこから導き出した戦陣も頗る敵を苦しめた。
「武蔵坂のォ小童どもめェ！　下知を賜る迄の肩慣しに蹴散らしてくれるゥ！」
　緒戦は、丸い大楯を構えた歪なる魁偉。
　余程腕に自信があるのか、周囲から孤立していた処を囲まれた訳だが、灼滅者に優位を譲って尚も不敵な笑みは失わず、仲間を呼ぶ気配もない。
「楯に刻まれたROTA（輪）の四文字の間に神聖四文字。成程、貴様は」
「クフフ、『運命の輪』に轢き殺してやるゥ」
　振り下ろした光刃を円楯と角逐させた優奈が文字を読み解けば、それと同時、前衛に耐性を敷いたジュラルが口角を持ち上げて一言、
「これは縁起のいいタロット野郎と戦えたものだね軍師殿」
「ナノナノッ」
　彼が子房は羽扇を翻してハートを紡ぎつつ、その正位置が示す『幸運の到来』に頷く。
「否ァ、好機は我が軍にあると言う事ォ！　貴様等には絶望の負け戦よォ！」
　予想を的中させた二人が逸早く動けば、感情の絆を繋いだ四人は時を移さず、敵が動作する前にダメージを押し込む。
「最初から全力で負け戦だが、ただで負けてはやれねぇよなあ」
「ただの負け戦に終わらせるつもり、ありません」
　声が重なるほど同時なら、繰り出る攻撃も同じとは妙々。
　葉は右より【XVIII】を、想々は左より【†i my me .†】を、破邪の光が敵躯を交点に十字を描けば、タロット兵は構えた守楯ごと衝撃に弾かれる。
「むゥぐゥおおををォ！」
「狡猾いよお、ボクにもいっぱい頂戴ねえ♪」
　痛撃を絞る声も耳に心地よいか、背後に回り込んだハレルヤはよろめく躯体を神速の斬撃に迎え、ブヨブヨとした闇黒を刻む感触に法悦の表情。
　強敵の悲鳴は極上の馳走と、戦闘狂がへらり嗤って反撃を逃れれば、
「後の有利の為の一助とならん事を」
「――ッ！」
　その跳躍に代わって身を滑らせたニコが「いざ」と呼吸を整えたのも一瞬、激痛だけを土産に置いて疾風と翔け抜けた。
「オ嗚嗚ヲヲヲヲォォォヲッ！！」
　屠られたのは大楯か――否。節足型の右腕諸共、ぼとり地に堕ち。
「ッッ、小癪なァ！　運命は既にデスギガス様の手中にあるものをォ！」
「運命、か」
　憤怒したタロット兵は、残る左腕を肥大化して殴りつけるも、その攻撃を予測していた演算装置――雪紗にトラウマは届かない。
「その運命、計算し直した方が良い」
「ッ！」
　今、刻々と変わりつつある運命を。
　アタッチメント『スカーレッドサージ』が拳撃を止めた刹那、アプリコーゼは身ごと鋭槍と化して闇塊に肉薄し、
「これで一体目っすね」
　可憐な魔法少女が振る杖は爆熱と轟音に闇を切り裂く。
「グフゥオオヲヲヲッ！　運命には抗えぬぞ灼滅者ァ……！」
　猛る憎悪が少女の華奢を捻らんとするも、その闇黒は脇腹を血に染めただけ。
　彼等は今際の声を絞る敵に一瞥すらくれず、次の標的を探した――。

●
　三十六計逃げるに如かず。
　故人の智慧を知る葉が言う通り、撤退を念頭に置いた行動は至極正しい。
「弾数が半減したら、全力でケツまくって逃げる」
「了解っす」
　アプリコーゼは、その言に隠れたもう一つの共有認識『それまでは全力でツブす』という意も汲みつつ首肯を添えた。
「援軍によって退路が断たれそうになった時も、だね」
「殿は俺が引き受けよう」
　雪紗に頷くニコが常に退路を確保するのは、その肝要を知るからで、またそれは敵の退路を断つ戦術にも活かされている。
「戦闘中も移動中も、孤立したり分断されない陣形を保ちませんと」
　狂気と血臭に塗れる戦塵にあって想々は冷静を保った儘、索敵に動くジュラルと優奈もまた恐ろしく冴えていた。
「こっちに気付いてなさそな奴を狙って奇襲仕掛けたいやね」
「出来れば交戦中の敵、傷を負っている個体ならベストだ」
　獲物を狙う脚は猫の如く嫋やかに。
　初戦を制した一同は直ぐさま場を離れ、敵に見つからぬよう音を殺しながら、耽々と軍場を駆けた。
　味方との連携に固執せず、近場の敵を標的に想定した事も時を稼いだろう、
「うふっ、いいの見つけたよお♪」
　ハレルヤが玩具を見つけた子供のように声を転がした相手は、成程、次の戦いには持ち越したくない邪気を放っていた。
「オルフェウス殺すオルフェウス殺すオルフェウス殺すオルフェウス殺す……！」
　呪文か呪詛か。
　憎悪と殺気に視野を狭くした敵は剱と天秤を手に言を繰り返し、
「……『運命の輪』（X）の次が『正義』（XI）とは、偶然か必然か」
「じゃあ、この次は『吊るされた男』（XII）だったりして……？」
　予測を的中させたニコが宣戦布告の奇襲を仕掛けると同時、この偶然に「面白いじ」と冷笑を零した想々が、退路を断つべく背襲を合わせる。
「ケヒヒッ、武蔵坂かッ！　貴様等こそオルフェウス抹殺の前哨戦に相応しいッ！」
　狼狽えぬだけの事はあろう。
　虚空より墜下した【Stiefel】の衝撃に舌を舐めずった悪塊は、同時に飛び込んだ灼罪の逆十字を剱の切先に往なして哂う。
　熾烈な連撃を推し量るように天秤は揺れ、
「では、今の攻撃に等しきダメージをッ！」
　腹を膨らませた狂気は、そこから漆黒の魔弾を撃ち出した。
　クラッシャー目掛けて迫る軌跡は二つ――！
「ボクは守りの要として、それを通す訳にはいかない」
「ディフェンダーやんの久しぶりとはいえ、慣れてきたっぽい」
　咄嗟に庇い出た雪紗と葉は、紅血を代償に自陣を守りつつ、その間より躍り出るアプリコーゼのマジックミサイルを見届ける。
「カウンターアタックっす！」
「んをッ！」
　優勢を譲らぬは彼女だけに非ず。
　痛苦に躯を折ったタロット兵が再び仮面を持ち上げた時には、ジュラルと軍師殿が手厚い回復に自軍の堅牢を支えており、
「出撃前から敵に拘泥してる奴には勝てそな気がする」
「ナノナノ～」
「く、ぬ、をを～ッッ」
　ねー、とニッコリ笑みを合わせる仕草は、敵の進退を怒りに釘付けた。
「貴様、オルフェウスと因縁があるのか」
　優奈は敵の気が反れぬよう超重力に圧削して足止めを図り、
「ケヒヒッ！　見た目がタイプだからに決まってる（因みに面識はなし）ッ！」
「……」
　その答えに呆れ返った沈着は、続く返しをハレルヤに任せた。
「アレはキライ。コワす奴は、もーっとキライ！」
「ッ、ッッ！」
　天秤がグラグラと振れたのは、足元に打ち込まれた巨杭の所為。
　易く口にはせぬもの、『病院』の敵だったオルフェウスは我が手で葬りたいか――やたら抹殺と口走る敵を手厳しい痛痒に制す。
「ならば貴様達は奴等に肩入れするのかッ！」
　裁きの剱を突きつけた敵が白光を射て問えば、想々は頬の皮一枚を許して鮮血を滴らせると同時、紅蓮斬を解に差し出し、
「私は灼滅者を悪夢に堕とした彼女の味方じゃない」
　誰かの思い通りになるのが癪に障るだけ――。
　佳声と共に沈んだ冴刃は深々と、叫声を絞らせる間もない。
　同類は続く。
「……『病院』からの因縁だ。散った仲間を思えば胸がすく筈なのだが」
　此度の大戦でその死を聞いたとしても、時を遊ばれた優奈の桎梏が解ける事はなかろう。
　戦況が判然とせぬ今、眼前の敵に専念したのは、若しか彼女達にとって最良の状況だったかもしれない。
「ケヒッ、今更横槍を入れて正義は獲れぬッ！　死せよ灼滅者ッ！」
　正義なる甘美は勝者が手に入れるもの。
　狂気に嗤う仮面が轟然と迫った矢先、アプリコーゼは繊麗なる躯を躍らせ、
「やらせはしないっすよ！」
「我輩とて殺られて堪るかァッ！」
　愛らしい【魔法少女コスチューム】のスカート裾に夥しい血滴が滲む。
　ダークネスの挙止を阻むに等価交換とは残酷だが、振り翳した剱を手折る代わりに激痛を受けた身は、花弁のように虚空を泳ぎ、
「抉じ開けて得たチャンスを無駄にしないよ」
　正に須臾――この瞬間を転機と見極めた雪紗が、灼熱を迸らせて畳み掛けた。
「嗚嗚ヲヲッ！」
　業火に包まれた兇暴が身を捩れば、攻勢に転じたジュラルが闘気の掌打に闇黒を貫き、
「元々正義のない戦いから正義は奪えんやろ」
「どおおッ！」
「お前の『正義』は潰すけどな」
　針に刺された風船が空気を押し出すように、邪悪な黒霧が噴き出た瞬間が敗北の兆となった。
「痩せたな。初対面よりは好印象だ」
　広がった袖を翻し、淡然と言ちるはニコ。
　彼は更に氷の楔を撃ち込んで黒影を刻み、激痛を叫んで蠢く異形を鋭眼に組み敷く。
「畜生ッ、灼滅者がッ！　貴様等が足掻いた処で勝利は変わらぬッ！」
　タールの様に地を這い蹲りながら、尚も灼滅者を天秤に掛けんと『正義』は狂い、
「――もういいから早く死ねよ」
「ッッッ――！！」
　視力補正のない眼鏡を静かに押し上げた葉が、言も言い終えぬ裡に躯を両断すれば、遂に闇黒はドブリ溢れて地を浸す。其は宛ら真黒き血の海。
「沢山、たっくさん、コロさせて♪」
　狂熱を手放さんとする黒闇にハレルヤは歪なる嫣然を添え。
　その黒死斬は死を惜しむように執拗に、間際まで陰惨を味わう。
「二体目もお仕舞い♪」
　縫合痕を残す白皙は。
　黒き血に穢れてなお玲瓏を零した。

●
「せいぜい後味悪い勝利ってのを味わいやがれ」
　俺は腹いっぱいだからノーサンキューです、と。
　アプリコーゼを肩に担いで葉が撤退するのは、タロット兵が予想以上に数を減らしていたからだ。
「もう周辺でタロット兵と思われる個体もないしねえ」
「遠くに居たとしても、ここから襲撃に向かうのは現実的でないな」
　ハレルヤと優奈の言う通り、ここが潮時。
　撤退条件を満たしていないとはいえ、経過時間を勘案した彼等は引き際の判断も早く、狂熱が薄らいだ戦塵を静かに、静かに退いていく。
　攻めるも退くも迅速に徹する一同の冷静は、見事と言うほかない。
「この様子じゃ、他班も健闘したんだろう」
「ナノッ！」
　戦闘中に敵の援軍が来なかった事も、今確実に退路を辿れる事も。
　それは多くのチームが多くの難敵を撃破したという証だ。
「敵の主戦力を多く灼滅できたのは、今後の戦いを有利に出来るでしょう」
　通信が遮断された戦場で詳細は掴めぬが、そう言って炯眼を交えるジュラルと想々の読みは正しく、タロット兵撃破の知らせは、当の戦場を後にしてから聞く事になる。
「優貴先生が心配だが、此処で仕事をした俺達が帰らなくては結果も分からない」
　――或いは、有力敵の生死も。
　ニコは撤退支援に向かった仲間を信じつつ、不意に穹を仰ぐ。
　ギリギリで介入した大戦故に、活路を切り開く難しさは重々承知しているが、肌を引っ掻く烈風の弱まりが、彼に一縷の冀望を捨てさせないでいた。
「存分にかき乱させて貰った。今は誇ろう」
　二体目に手を掛け、且つ討ち漏らさなかった功は大きい。
　その手応えを演算に導き出した雪紗は、この後に訪れる局面を思うに尚も戒心を失わぬ儘――戦場を後にした。

　敗色濃厚なる大戦の渦中。
　颯爽と勝利を奪い去った灼滅者達は、その轍に武蔵坂の脅威を示しつつ、深き爪痕に首魁らの歯軋りを呼び込み、後の情勢を大いに揺り動かすのだった。
　

作者：夕狩こあら	重傷：アプリコーゼ・トルテ（三下わんこ純情派・d00684）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。