シャドウ大戦介入～選択の天秤

■リプレイ

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　コルネリウス軍の敗北は一目見て、時間の問題だった。
　ソウルボードに入った灼滅者の前には、津波のように押し寄せるアガメムノンの軍勢があり、隙間なくひしめくシャドウたちが徐々に包囲を縮めていく。
　頑強な抵抗を続けるコルネリウス軍も、防衛線の一部が破綻したとたん壊滅が始まっていく。
　その瞬間こそ、撤退支援の起点だった。

「携帯自体が通じないようだな」
　他班の夏目・サキ、湊元・ひかると連絡の打ち合わせをしていたリーグレット・ブランディーバ（ノーブルスカーレット・d07050）が舌打ちする。
「無理だったか。なら割り込みヴォイスでできる範囲の連絡を行うとするか」
　森本・煉夜（斜光の運び手・d02292）が淡々と応じる。ソウルボードという特殊環境下では想定しうる範囲内だ。
「ソウルボード内に、携帯による通話が法則にないってことっすかね」
「おぼろげだけど、連絡は許さないって意志のようなものも感じるよ」
　シャドウハンターである高宮・琥太郎（ロジカライズ・d01463）と夜伽・夜音（トギカセ・d22134）は、アガメムノン陣営から何かを感じたようだった。
「先生の退路確保、はぐれないよう注意しましょうか」
　月雲・彩歌（幸運のめがみさま・d02980）がそう言った時、戦場で大きな動きがあった。
「前線が破綻したわね」
　気だるげに呟くタシュラフェル・メーベルナッハ（白茉莉昇華セリ・d00216）。視線の先ではコルネリウス軍の崩壊が起きていた。
　討ち取られていくシャドウたちの断末魔が聞こえてきたように、シェスティン・オーストレーム（小さなアスクレピオス・d28645）は小さな肩を震わせた。
「戦争……戦争、は、嫌いです」
　せめて少しでも命を拾えるようにと、自らを奮い立たせる。
「頃合いね。行きましょうか」
　セティエ・ミラルヴァ（ブローディア・d33668）が歩を進めだした。
　救出対象は大津優貴。
　その撤退支援を、他班を含めた計24名の灼滅者が担当する。

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　――先生のこと、しっかり助けに行くよ。だから、待ってて。
　8名ずつ3グループに分かれた灼滅者のうち、夜音たちは前方左翼を担う。
「確実にお仕事さん、頑張るの！」
　向かってくるシャドウを、夜音の放った弾丸は漆黒の蝶となって貫く。
「ふふ、4大シャドウの争いに介入できるとはな」
　リーグレットは滅多にない機会に、高ぶる闘志を抑えきれなかった。全身にみなぎる魔力は戦意に呼応して、沸々と溢れてきている。
「さぁ助けに行こう。私がそう決めた以上助からねばならない」
　魔杖ジャルダレオンを持つ手の甲に口づけし、勝利の儀式を行う。赤茶の瞳が前へと向きなおった時には、尖兵たるシャドウたちが迫ってきていた。
「雑兵か。ブランディーバ家の武勲となりたい者から来るがいい！」
　長槍に刻まれた赤い獅子が疾駆し、襲いかかってきたシャドウを突き穿つ。
「タロット兵の担当が、いい仕事してるみたいッスね」
　琥太郎は殺意を放射し、その衝撃に停滞した個体へとダイダロスベルトとウロボロスブレイドを射出する。切り裂かれたシャドウが彼を中心とした半円状に消滅していく。
「優貴チャンへの道を阻むってなら、容赦しないッスよ？」
「相手が精鋭でないなら好都合だわ」
　周囲に溢れかえる敵軍を見ても、タシュラフェルの表情は平静のまま。気だるげな銀の瞳はしかし的確に接近してくる敵を捉え、毒と氷の魔法で敵数を減らす。それでも耐えた個体には彼女の影が素早く伸び、とどめを加えていった。
　そのまま進行優先、邪魔になるシャドウを蹴散らして進んでいく。
「ふむ。デカイのが来たな」
　煉夜は仲間に向かう攻撃を防ぎながら、側方から一回り大きいシャドウが近づいてくるのに気づいた。タロット兵ではないが、手間取ると面倒そうだ。
「セティエ、月雲。先んじてあれを倒しておこう」
「了解です。先行しますよ」
　彩歌が横合いからの敵を十字剣で斬り捨て、走り出す。
「遅れないでよ森本」
　セティエはその後を追いながら、クロスグレイブを敵の群れに向けて突き立てた。開放した全砲門からの光線乱射でシャドウたちを蹴散らす。
「問題ない」
　煉夜が残った敵を黒死斬で斬り捨て、続く。
　その時にはすでに、彩歌が敵シャドウと切り結んでいた。放たれた漆黒の弾丸を、勿忘草色のスカーフを装甲代わりに対抗する。
「回復、は、お任せください」
　威力に押し込まれそうな彩歌に、シェスティンが癒しの矢を放つ。
「ありがとう」
　癒しと覚醒の補助を受けた彩歌が加速し、スカーフにある朧月のエンブレムが虚ろに歪んだ。鶯色の外套をなびかせて彩歌が着地した時には、シャドウは袈裟懸けに斬られている。
「トドメよ」
　セティエが影の刃を放った。シャドウは防御しようとするが、一足先にセティエのウイングキャットの魔法と煉夜のオーラキャノンが炸裂し、中断させる。
「こんなものね」
　影で両断されたシャドウの消滅を確認し、三人は元の位置に戻った。
「傷、治療、します」
　その間に負った傷も、シェスティンが心電図のような波打つ波線が現れる標識を振るうことで塞がっていく。
　右翼と後方で戦う他班の灼滅者たちも奮戦し、一行は戦場を突き進む。
　そして進行方向から、新たな一団が姿を現した。

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　それはコルネリウス軍に合流していた灼滅者だ。
「先に説得できたようね」
　タシュラフェルは、中央で守られる形になって歩く優貴の姿を見て事態を察する。コルネリウスと共に説得に応じてくれたのだろう。
「先生、無事でよかった……！」
　夜音が安堵し、琥太郎が手を振る。優貴が頷き、淡く微笑んだ。
「状況、どうなって、いるの、でしょう？」
　シェスティンの疑問に答えるように、護衛している灼滅者チームから説明がなされる。
「『共闘する形で、コルネリウスが優貴先生のソウルボードに常駐。デスギガスが攻めて来たら、灼滅者が救援に』……その条件で受け入れてくれましたか」
　彩歌がほっとした顔をする。
「これで得られた時間と信頼を、無駄にはできませんね」
「そうね。あとはオルフェウスかしら」
　セティエの言う通り、優貴の安全が確保できたなら、次に行うのは四大シャドウの撤退支援を行う予定になっていた。幸い余力はある。
「オルフェウスはまだ戦うつもりのようだけど、コルネリウスの決定には耳を傾けるはず」
「では急ぐとしよう。アガメムノンに察知されても面倒だ」
　煉夜の言にリーグレットも首肯する。
　灼滅者たちは一路、優貴を守る形でオルフェウスの元へと向かった。

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「この戦いで倒れた全てのシャドウの罪と共に、私も、この戦場に倒れよう。それが、私の『贖罪』となるだろう」
　敵の攻勢を凌ぎきって辿り着いたのは、オルフェウスが先に向かっていた灼滅者たちにそんな言葉をかけている時だった。
「フェン、フェン！」
　敵シャドウを牽制するグレイズモンキーの、断固とした声も聞こえてくる。
　どうやら撤退への説得は、難航しているようだった。
「『贖罪』を果たす機会はまだあるっすよ。オルフェウスちゃん」
　頑なな様子を察した琥太郎が割り込みヴォイスも使用し、剣戟の音に負けぬ声でオルフェウスに告げる。
「コルネリウスちゃんは撤退に同意してくれたっす。撤退後は、ここにいる優貴チャンのソウルボードに常駐してくれるっす」
「――なに？」
　オルフェウスは興味を引かれたか、視線を新たに現れた24名に向ける。
「優貴先生はプレスター・ジョンの城と繋がっているんだ。護衛なしでここから出ることはできないし、出るとするならコルネリウスが要る」
「俺達と一緒に撤退してさえくれれば、優貴先生は死ななくて済むんだ。お前が世話になったコルネリウスもな。『贖罪』はその後でも遅くないだろ？」
　他班の木嶋・央の言葉を引き取り、科戸・日方が熱を入れた説得を行う。
（「……さあ、どうなるかしら」）
　タシュラフェルは黙考するオルフェウスの顔を観察する。
　現状、オルフェウスが動かなければ全体の撤退もままならない。それは結局コルネリウスの命運をも絶ちかねず、返答いかんではすべてが瓦解する可能性もあるのだ。
「優貴先生の為にもオルフェウスさんにもサナ達と一緒に逃げてコルネリウスさんと一緒に戦って欲しいの。そうじゃないとサナ達も逃げられないし、サナの中のシャドウさんもそう言っているの」
　羽刈・サナの誠実な言葉。そして最後に夏目・サキが静かな決意を口にする。
「デスギガスが、攻めてきても、私達が、すぐに駆けつける。だからある程度は、大丈夫」
「……」
「オルフェウス。どうか、私達と一緒に来て頂けませんか？　お願いします」
「……良かろう」
　優貴の声に、オルフェウスはついに頷いた。
「そこまで言うのなら、私もお前達について行こう」
「フェンフェーン」
　オルフェウスの言を聞き、グレイズモンキーが声を発する。
「……わかった、お前の罪は、全て私が引き継ごう」
　――残って死ぬ気か。
　煉夜は黒きシャドウを見つめた。かつては八犬士として灼滅者と戦った強敵も、死地を定めたらしい。不思議な外見と言語だったが、その実力と気概を思えばあまりにあっけない別れの言葉にも思えた。
　ただ、今は時間が惜しい。
　オルフェウスが優貴の護衛につく形で、一行はオルフェウス撤退班の切り開いてくれた道をひた走る。
「グレイズモンキーさん、さよなら……」
　毛むくじゃらのシャドウの背に、夜音が呟く。
　その後ろ姿は、押し寄せる敵にあっという間に見えなくなった。

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　撤退班の助けが功を奏し、灼滅者たちは追いすがるシャドウたちから優貴たちを守り進む。
「敵が、まばらに、なって、きました……！」
　シェスティンが回復に努める傍ら、周囲の敵の変化に気付く。
　包囲を突破したのだ。
「なんとか振り切れましたか」
　彩歌が息をつく。
　その時だった。
　まばゆい黄金の光が空に出現し、強大な気配があたりに広がっていく。
「ハッハッハ！　武蔵坂学園がオルフェウスの撤退を支援するとは予想もしなかったぞ！　だが、シャドウ大戦の勝利を確実なものにする為にも、逃がすわけにはいかぬな！」
　そこには、大量のシャドウを従えた、７ｍくらいの全身金ぴかの甲冑戦士がそびえ立っていた。
「大将軍アガメムノン！　気付かれてたッスか……！」
　新手に琥太郎が歯噛みした。目前の強敵と背後の優貴の存在が近すぎる。
「ここは私が防ごう」
　オルフェウスがそう言って進み出る。が、タシュラフェルが首を振った。
「相手の狙いはあなたよ。私たちが防いでる間、先生を連れて撤退を続けて」
　他の班からも同様の声。灼滅者たちの決意と、先ほどの自分の言を思いだしたか、オルフェウスは無言でうなずくと優貴とともに進みだした。
　護衛チームが二人を守って続き、再び24名となった灼滅者三チームは言葉を交わしながら動きだす。
　最終防衛ラインたる8名を背後に頼み、残る16名で二つの半円状陣形を組む。その左翼を担った。「みんな死ぬなよ！」と右翼から師走崎・徒の声が聞こえた。
　そこへ、シャドウたちはアガメムノンの指揮で一斉に攻撃してくる。
「一番きついわね……！」
　左側から押し寄せるシャドウたちだけでも、先ほどまでの比でない。加えてこちら側は疲弊が重なっている。ウイングキャットの消滅をはた目で確認しながら、セティエは除霊結界を放った。足止めし損ねた敵を、琥太郎のブレイドサイクロンが細切れに変える。
　だが、消滅するシャドウのあとから新手が現われ、包囲の穴を即座に埋めていく。猛威を振るうもなお減じることの無い敵に、灼滅者たちは円の縮小を強いられた。
「回復、間に合わなく、なってきました」
　エンジェリックボイスを矢継ぎ早に使用するシェスティン。その幼い顔にも濃い疲労の色が出てきた。
「回復を優先して、戦線維持を」
　撃破・突破は絶望的。ならば一秒でも時間を稼ぐしかないと、彩歌はラビリンスアーマーで耐え凌ぐ。
　煉夜が蛇腹剣を盾にし、タシュラフェルがヴァンパイアミストで前衛を覆う。
「みんな、頑張って！」
　夜音も癒しの矢を放つが、いかんせん敵の手数が多すぎる。
　灼滅者の数をはるかに超える攻撃が、体力を一気に危険域まで削ってきていた。
「ちっ」
　前衛で長槍と魔杖を振るうリーグレットにも、ディフェンスを抜けた攻撃が被弾していく。
　ヒールが分散したことで、攻撃に偏重していた彼女の負傷が最も厳しいものとなっていた。
「邪魔だ」
　前の敵を長槍で薙ぎ払い、背後から迫ってきたシャドウを、振り返りざまの魔杖が爆轟の魔術で四散させる。一連の戦闘で補助の術式が充実してはいるが、それでも相手が倒れるのが目に見えて遅くなっている。
　奮闘するリーグレットだったが、ついに漆黒の弾丸の集中攻撃に膝を折ってしまった。とどめを刺そうとするシャドウに、夜音の伽枷奇譚が発動する。
　黒髪黒目の「普通」を夢観た少女が影の枷と遊び、伸び上がった影がシャドウを貫き絶命させる。
「リーグレット！」
　セティエが戦闘不能となった赤い魔術師を抱えて後退した。
「約3分経過……限界ね」
「時間は稼げました。私たちも撤退しましょう」
　タシュラフェルと彩歌の意見が一致する。他班の灼滅者も同様の状況だった。優貴たちの撤退した方角へ戦力を一点集中させ、包囲を突破すべく駆け出す。
　だが、シャドウの追撃は緩まない。背後から追いすがってくる。

「行ってください！　皆さん！」
　そんな声が聞こえた。
　琥太郎が振り返れば、見覚えのある少女――セレスティからエナジーが爆発的に発せられている。同時に感じるのは闇の気配だ。
　そしてもう一人。髪を青から紅梅色へ染め変え、闇堕ちてシャドウの群れへと向かうエリアルの後ろ姿。
　……やがてシャドウの追撃が弱まり、途絶えた。
「振り切ったわね」
　安全圏まで逃れ、嘆息するセティエ。最後の最後で危ないところだった。
「どうやらこちらの主張は全て通せたようですが……無傷とはいきませんでしたか」
「うん……堕ちた人は早く見つけてあげたいね」
　タイミング次第では、闇堕ちしていたのは自分たちだったかもしれない彩歌と夜音。それほどまでに切迫した状況だった。
「さて。今回が、次に勝つための布石になればいいが」
　煉夜はあと一撃で凌駕するか否かの状態。身体をサイキックで癒しながら続ける。
「助けて終わりでは意味がない……いずれにせよ避けられない戦いではあるのだろうが」
「そうね。ま、戦略的意味がなくともその時はその時かしら」
　タシュラフェルも静かに首肯する。
　依然として、シャドウはダイヤ勢力が大優勢。しかも今回はデスギガスが出てすらいない。戦況は厳しいままだ。
「でも、みなさん。ひとまず、先生たちと、お話し、しましょう？」
　シェスティンの示した先で、オルフェウスや優貴が待っているのが見えた。

作者：叶エイジャ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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