シャドウ大戦介入～切り開く未来の選択

■リプレイ

●戦況分析と判断
　ソウルボードの中では戦いが繰り広げられている。そこここから剣戟の音や鼓舞する声、逆に悲鳴のようなものも聞こえている。
　この班は戦闘に出ている灼滅者の撤退支援を方針として掲げ、いつでも駆けつけられるように待機していた。
「やはりハンドフォンの使用はできないようです」
　ティノ・アークライン（一葉ディティクティブ・d00904）が耳元に当てた手を下ろして告げる。ソウルボードという不安定な場では携帯電話自体が使えたり使えなかったりする。同じく灼滅者達を助けに行く班があれば連絡が取れればと思ったのだが、携帯が使えなれけばもちろんハンドフォンも使えないのだ。ハンドフォン同士では通話することができないゆえに、相手が携帯電話を所持していてかつ、それが通じる状況でなくては使えない。
「……では、もしもの時は、割り込みヴォイスを、使いますね……」
「そうですね、そうしましょう」
　この班はハンドフォンが使用できなかったときのために割り込みヴォイスを用意していた。担当の神宮時・蒼（大地に咲く旋律・d03337）と黒曜・伶（趣味に生きる・d00367）が自分たちの役目を再確認する。
「撤退支援……皆さんで学園へ帰る為にも、頑張りましょう……誰一人……見捨てはしません！」
「うん、めろも式部と一緒に頑張るの」
　自分達に仲間の命と、彼等の帰還を待つ人達の笑顔が懸かっている事を思い、緊張しつつも全力で頑張ろうと決意した姫条・セカイ（黎明の響き・d03014）。歌枕・めろ（迦陵頻伽・d03254）は同意を示し、傍らで浮かぶウイングキャットの式部がにゃ、と返事をしてみせた。
「シャドウボードの重要性が知れた今、そう容易く一強となられても困りますわね。何より、守れる者は守りたいものです」
　ティノも二人に頷いてみせる。そんな3人とは別の方向を見据えながら、霧月・詩音（凍月・d13352）が息をついた。
（「……相手がダークネスとはいえ、思い入れがある方々が少なくはないようですから、そういった方々が戦場で野垂れ死なないよう、手を貸しましょう」）
　ダークネスを直接助けるのではなく、ダークネスを助けようとしている灼滅者を助ける、それならば詩音に異を唱えるつもりはない。戦場を見渡し、戦っている一団がどの部隊で、どのように退路を築くのか、彼女はそれを判断し、ルートを念入りに記憶しようとしていた。
　他の撤退支援班は殆どすでに戦場にて動いている。だがこの班ともう一班だけは、まだ状況を見極めているはずだ。
「タロット兵と戦っている奴らはどの班もかなり上手く戦っているようだな。救援は必要なさそうだ」
「問題は他のところへ向かった班の撤退支援ですね」
　戦況を見渡せる位置に立ち、分かる範囲で集めた現在の戦力分布を仲間たちと共有する新沢・冬舞（夢綴・d12822）の声に、双眼鏡で戦場を看視していた川原・咲夜（吊されるべき占い師・d04950）が応えた。その後も、全員で看視を続けながら、刻一刻と変化していく戦場の状況の共有を怠らない。
「あっ！」
　双眼鏡を使っていた咲夜が一番初めに「それ」に気がついた。続く他の者達も、動きが大きくなったことで「それ」に気づく。
「コルネリウス軍が撤退を開始したようですね」
　告げて、詩音はコルネリウス軍がとろうとしている撤退ルートの予測を始める。
「なんとか退路を切り開いたようですね……でも」
「不安定だな。川原、詳しく見えるか？」
　不安げに呟いたセカイの言葉を冬舞が引き継ぐ。頷いた咲夜はそのまま双眼鏡を覗き続けた。その先では、コルネリウスの救助に向かった班が奮闘しているのが見える。
（「未来を切り開くのはコルネリウスか？　オルフェウスか？　違う。デスギガスは言ってなかったか？　何を先にやつけるべきか。タロット？　違う」）
　双眼鏡を覗きながら、咲夜の心中で巡る思い。
（「切り開く、切り札。私達が守るべきジョーカー。灼滅者。この切り札は一つたりとも奪わせはしない！」）
「コルネリウス軍の退路を守っている班が押されています！　このままでは危険だと判断します！」
　双眼鏡を下ろした咲夜の言葉に全員が頷く。彼ほど詳細には見えていなかったが、撤退を始めたコルネリウス軍を守る動きが崩れそうなのを察知したからだ。
「さて、死なせる者を出さぬように行きましょう」
「こちらのルートから行きましょう」
　伶とルートを示す詩音を先頭に、一同は戦場を駆け出した。

●阻むもの
　詩音の探した敵の少ないルートを進んでいるものの、大規模な戦場で敵が全くいない場所など味方陣営の中くらいしかなく。コルネリウス軍勢の方へと向かう灼滅者達を見逃すほど、敵は馬鹿ではない。
「邪魔をしないでくださいませ！」
　刀を手に、情熱的な振り付けの踊りでセカイが4体のシャドウを斬りつける。間髪入れずに展開された冬舞の結界の中で、4体のシャドウは消えていく。
「あなたたちに構っている時間はないのです」
　ティノは攻撃を受け止め、お返しにと、まるで水を扱うかのように影を放つ。その影は化石の恐竜を象ってシャドウを飲み込んでしまった。
　詩音により熱を奪われたシャドウ達を、伶の影と蒼の帯が貫いて消し去る。
「通してください！」
　咲夜の突き出した槍がシャドウを消し去る。相手は雑兵のようだ、受ける傷の深さやこちらの突破速度、そして時間の猶予を考えたら、回復よりも突破に力を注いだほうがいい――そう判断してめろも式部とともに攻撃を繰り出した。

●助けるべきもの
　道中の雑魚シャドウを倒しつつ駆けつけた頃には、退路を保っていた二班は満身創痍の状態だった。
「ずいぶんと、無茶をしているの」
　その班たちが視界に入るようになった頃から、彼らの奮闘は十分確認できていた。ただ、めろの言うとおり、かなりの無茶をしている。
「助けに、来ました……！」
「ボク達が支援します！」
　割り込みヴォイスを使い、蒼と伶が駆けつけたことを知らせる。その声は当然、交戦している敵たちにも届く。新手が現れた、目の前の灼滅者を早く倒してしまおうと奮起する敵との間に、もう一つの灼滅者支援班の者が入っていった。こちらより少し早く到着していたのだろう、そちらは戦闘不能者の運搬に力を入れているようで、数人が戦闘不能者への対応にあたっていた。ということは、班全員が純戦力となっていないことを意味する。
「歌枕、予定を変更しよう。俺達は全員、彼らを守って戦ったほうが良さそうだ」
「わかった、の」
　冬舞の提案に、戦闘不能者の対応に当たることも考えていためろが頷く。改めての指示はいらない。8人は満身創痍の二班を囲むように展開すると決めた。
「戦闘不能者への対応はおまかせして、ボクたちは皆さんを守るように展開して援護します！」
「わかった、守りはそっちに合わせる」
　伶がスムーズに割り込みヴォイスで通達すると、先に着いていた灼滅者支援班のグラジュ・メユパールが了承の意を示してくれた。そちらの班のすでに戦闘に入っている者達に加わるように、こちらの班も敵と守るべき班の間へと入り込む。
「これ以上、好きにはさせません！」
　咲夜が正面の敵に捻りを加えた槍を繰り出す。守る二つの班を無事に撤退させるため、退路を塞ごうとする敵の排除を主として考える咲夜は、攻撃を繰り出す手を止めない。回復や補助は仲間たちがやってくれると信じている、だからこそ、前へ前へと挑んでいける。
「こちらも参ります！」
　先に接敵した咲夜に声をかけ、セカイも後を追う。咲夜が素早く敵の前から退いたところに入れ替わるように入り込んだセカイは、上段から刀を振り下ろした。
「……決着をつけるべき時は今ではないと言っているのです」
　詩音が呟き、温度を奪う地点を選択する。急激に冷やされた３体の敵が、呻き声のようなものを上げた。うち１体が消えていく。
「……、……」
　蒼は狙いを定め、帯を射出する。常以上の精度で放たれたそれは深く深く敵の体を穿ち、そして敵を霧散させる。
「っ……！」
　２体の敵がセカイを狙っている、それに気づいたティノは誰よりも早く動き、敵たちとセカイの間へと入ったその身で攻撃を受け止める。そして流れるように『乙姫』を放ち、うち１体を霧散させた。
「ありがとうございます、アークラインさん」
　セカイからの礼の言葉に頷いて返すティノ。敵の数は少ないとはいえない。できるだけ仲間を護り、傷を負わせないのがティノの役目。
「式部は、行って」
　式部に指示を出しためろは、手にした蝋燭に黒い炎を灯す。その黒煙は冬舞と詩音を包み込み、彼らの力を高めていった。式部は指示通りに敵のもとへ向かい、肉球を振るう。
　冬舞は戦況を注意深く観察しつつ、手にした標識の色を黄色へと変えてまずは後衛の守りを固める。
　逃すまいと、ひとりでも多く倒そうと敵はこちらを狙ってくる。後顧の憂いを減らすためには仕方のないことなのだろう。追い詰めた相手の援軍が来て、それでも攻撃をやめぬのは命令に忠実なだけか、それとも矜持か。
「背を向ければ絶好の的に……ですが仲間は見捨てません！」
　だが矜持ならこちらにもある。それはどうあっても譲れないもの。伶は敵達を見据えて告げ、前衛へと盾を広げて傷を癒やしてゆく。
　敵たちが、自分たちが守ろうとしている撤退班を狙おうとすれば代わりにその身で攻撃を受け止め、またはその攻撃が届く前に敵を倒す。守り抜く、連れ帰ってみせるという強い気持ちが、この班だけでなく支援にあたっているもう一班の灼滅者たちからも感じられた。
　セカイと咲夜が退路を封じさせまいと先陣切って敵を薙ぎ払っていく。その勢いに押されて怯んだところを蒼と詩音が狙う。冬舞は仲間たちが、少しでも長い間耐えられるようにと、優先順位を見極めながらその護りを固くしていくべく動いた。
　伶とティノはできるだけ敵の動きに注視し、流石に敵の数とその標的も多いので全てとまではいかないが、盾となれるだけなる、その精神で動き、数多くの傷を受けた。めろは伶とティノの回復支援をありがたく思いながらも、仲間の傷の深さに注意をはらい、傷の深い順に治療を施していく。刻一刻と変わりゆく戦況の中で、頭のなかで簡易トリアージをし、更にその情報を更新しながら動いた。式部は事前にめろに告げられていた方針とその場その場で発せられる彼女の言葉に、忠実に動く。
「タロット兵は、いないみたい、ね」
「ああ。タロット兵と戦っていた班がかなり戦果をあげていたからな」
　追撃兵にタロット兵がいないのはそういう理由だろう、めろの言葉に前を向いたままで冬舞が答える。そして。
「タロット兵が追撃に来ていれば、救援は間に合わなかったかもしれない」
「……そうですね」
　続けられた言葉に、詩音が静かに同意を示した。
　それは、最後まで戦場に加わらずに戦況の把握を努めていたからこそできる分析だろう。そしてそこから導き出されるのは、戦力の分配がうまくいっていたようだということ。もし統率が取れずにそれぞれの班が好きな動きをしたり、あれもこれもと欲張って目標が分散していたとしたら――灼滅者は助力にならなかったかもしれない。ただ戦場を荒らしに来ただけになる可能性も十分あったということだ。
「……幸い、追っ手のシャドウ、達は、個々の力は、ボク達が、予想していたより、低いようです……」
「このまま戦線を維持できれば、撤退できるはずだ」
　蒼の指摘に冬舞は予測を述べる。横合いから飛んできた漆黒の弾丸も、思ったより深い傷とはならない。しかも仲間たちが、負傷の度合いをしっかり見ていてくれた。
「……次に凍らされたい者は、前へ出なさい」
　凍らされたシャドウたちが砕けて消える。詩音は負傷者ごと自分たちを包囲しようとまだやってくる敵たちに宣告した。

「……ちゃんと、ついて行ってます、そのまま、進んでください……！」
　割り込みヴォイスを使った蒼の声が、退路を切り開く咲夜とセカイにも届いた。
　冬舞やめろと式部、詩音達が後背から追ってくる敵を防ぎ、始末しているのなら、セカイや咲夜、そして後方から狙い撃ってくれる蒼は退路――こちらが向かう先を切り開く役目。ティノや伶は誰一人この場に置き去りにすることがないよう、その身を盾にしている。全員が、無事にこのソウルボードから脱出した先、未来を切り開くために動いているのだ。
　最前にいるセカイと咲夜は声を掛け合い確実に敵を仕留めて道を切り開いてはいるが、後ろを振り返って仲間たちや護衛対象がついてきているかを確認する暇はない。
「姫条さんの右から来ます！」
　同じく割り込みヴォイスを使った伶の声。ティノが即座に反応してセカイと敵の間に入る。
　振り返る暇はない、だからこうした後方や、周りに注意を払う余裕のあるポジションからの声掛けは助かった。何よりも力強い。前へ、前へ。咲夜とセカイはそれだけを目指せばいい。
　それぞれが、自分にできること、自分の役目をきちんと理解し、そして動けている――ピースがきちんとはまっていくような、不思議な感覚。
　きっとそれは、戦場に集った灼滅者全体にも言えるのだろう。アガメムノンの暗殺こそ実現しなかったが、最適解に近い結果を出せているのではないかと、全体の戦況をギリギリまで見ていたこの班の者達は感じている。
　だいぶ敵の数が減ってきた。それに敵に今まで以上の焦りが感じられる。
「もうすぐです。あと少し頑張りましょう！」
　ティノが近くで戦っている仲間たちに声をかける。
「殿は任せてくれ」
「無理は、駄目よ」
「ああ」
　冬舞の言葉にめろが念を押す。
「……邪魔をするのならば、凍らせるまでです」
　めろが冬舞と同じく他の者の安全が確保できるまで、彼の後方にいるのと同じ気持ちなのだろう。直接の言葉は紡がぬが、敵へと向けられた詩音の言葉が意思を感じさせる。

　程なく追っ手が途絶えた。それとどちらが早いか、護衛してきた仲間たちが安全圏に入ったという伶の声が聞こえてきた。冬舞たちも仲間たちのもとへと駆けつける。

　――撤退完了。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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