破綻者は『救う』ために

    作者:君島世界

     真昼に波音騒ぐ、ある断崖の下でのことである。
    「ああ、迷い子がまた一人。愛も救いもないこの世に追われ、また一人……」
     一体のダークネスが、死したばかりの死体のそばに降り立った。純白のシスター服に、水晶の羽をきらきらと折り畳み、首元に下げた十字架を手に包んで、彼は祈る。
    「おいで、愛しい子……私が愛して、『救って』あげましょう」
     水晶化したその手を透いて、光が溢れ出でる――。

    「――愛しい子よ。愛しい子らよ」
     あるじ。あるじよ。栄えある主よ。
     ダークネスを称える声は、彼に付いてまわる4体のアンデッドのもの。
    「この崖にまた、この世にはまだ、沢山の迷い子たちが、救いを求めて死を選ぶ者たちが現れ続けています。
     さあ、愛しましょう、『救い』ましょう。それが私の在り方なのですから」
     あるじの愛に栄光あれ。あるじの救いに祝福あれ。
     アンデッドは言う。死してなお、高度な知性や精神性を保った彼らは、そうすることで主の歓心を買い、寵愛を受けようと、競うように賞賛の声を上げる。
    「……さて、新たに私の愛し子となられましたからには、ここでささやかながら歓迎式を執り行いましょう。
     どうぞ私の近くにお寄り下さい。そう……そう。
     では、目を閉じて」
     あるじさま。ああ……ああ。
     己の『救った』アンデッドを、彼は心の底から愛した。
     アンデッドの半端に開いた傷口から零れる血に、純白のドレスの裾が、重ねて汚されていくのを、まるで気にもしないほどに。
     
    「福井県の東尋坊で、4体のアンデッドを連れたノーライフキングが出現する、という事件が発生しますの。その正体は、おそらく闇堕ちした武蔵坂学園の学生、ゲイル・ライトウィンド(現世からの救済者・d05576)さんであったダークネス、なのですわ。
     ……ようやくです。ようやく、居場所を掴みましたのよ、皆様」
     鷹取・仁鴉(高校生エクスブレイン・dn0144)が告げる。
    「このノーライフキングが現れますのは、日中、観光客さんや商店の従業員さんが、通常であれば多くいらっしゃる時間帯になりますの。どうやら理由なく一般人へ攻撃を加えるタイプではないようなのですが、眷属のアンデッドは全く違いますわ。主を守ろうとして、むしろ率先して戦闘行動を行いますし、ノーライフキング自身も、それをあえて止めることはないでしょう。
     皆様は、戦場となる東尋坊タワー内で待機していただければ、自然とノーライフキングに接触できますわ。そこにいる限りは、敵ダークネスの予知から外れることができますの。見晴らしの良い場所ですし、タワーの展望台を利用するのも一つの手かもしれませんね。
     なお、私たちがこの作戦を実行しなかった場合、ノーライフキングの眷属と一般人との間で戦闘になり、それにノーライフキングが介入した結果、一般人は全滅してしまいますの。まず、そのような最悪の事態は回避していただいて……おそらくそれ以上に難しいのが、元のゲイル・ライトウィンドさんに戻すこと、ですわ」
     
     ノーライフキングは、自らの『愛』を邪魔する存在である灼滅者に対して、決して良い感情を持っていない。ただ、『救う』べき相手だとは考えているようで、つまりこちらにとどめを刺すことを最優先に動く。殺しにかかってくるということだ。
     戦闘となれば、アンデッド4体はディフェンダーとして、ノーライフキングはクラッシャーとして動く。アンデッドは主を守り、ノーライフキングは『追撃』するサイキックでこちらを弱らせ、『フィニッシュ』効果でとどめを刺しに来る。一発でこちらが即死することはまずないが、灼滅者の死は、状態で耐えているゲイル・ライトウィンドに重大な影響を及ぼしかねない。十分に注意が必要だ。
     また、ノーライフキングをただKOするだけでは、そのまま灼滅してしまう。元の人間に戻したいのならば、ゲイル自身にあらゆる手段で語り掛ける必要がある。言葉での説得はもちろんのこと、サイキックを用いない肉体的な接触も極めて効果的だろう。
     
    「ゲイルさんは、あの戦いでこれ以上ない活躍をして下さいました。だからこそ、何としてでも救出していただきたいのですが……」
     仁鴉の表情が陰る。その焦燥に震える様を不憫に思ったか、同席する柿崎・泰若(紅景の微笑・dn0056)が立ち上がりかけるが、仁鴉はそれをそっと制して続ける。
    「……そうすることが、もし無理なのでしたら、灼滅せざるを得ませんわ。皆様の前に現れますのは、ゲイルさんではなくダークネスなのですから、ちょっとした油断や躊躇が、こちらにとって致命的な隙となるかもしれません。
     そして……プレッシャーをかけてしまうようで心苦しいのですが、これが最初で最後の機会だと考えてくださいませ。今回の作戦で救出できなければ、ゲイルさんは完全に闇堕ちしてしまい、元の人間に戻すことはできなくなってしまいますわ。
     ですから、どうか。『皆様』が無事に帰ってこられますよう……約束してくださいませ、ね?」


    参加者
    鴻上・巧(氷焔相剋のフェネクス・d02823)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    穂照・海(キミを嗤いに来た・d03981)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    茨木・一正(鬼成る人の形・d33875)

    ■リプレイ

    ●慈愛と嘯く
     ――そのノーライフキングは、おだやかに微笑んでいた。
    「おや。ごきげんよう皆さん、お引き取りを。この『愛し子』らが怯えます」
     足音のない、浮いたようなノーライフキングの足取りに、供のゾンビがついてまわる。東尋坊タワー内、昭和の空気を色濃く残すそこに、一斉に死の気配がとりついていった。
    「ゲイルさんを返しなさい、ノーライフキング!」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)が鋭い気勢で言葉を放つ。
    「どんなときでも自分らしく飄々と、でもポーズでなくちゃんと相手に向き合っていたゲイルさんが、貴方なんかに負ける筈ありません!」
    「ふむ……」
     女の、首に索条痕を付けたゾンビが牙をむくのを、ノーライフキングが抱き締めて止める。と。
    「ぶっは! アハハハハハ! 滑稽だよゲイルくん、あのキミがそのザマとはね!」
     我慢ならぬと言わんばかりに、穂照・海(キミを嗤いに来た・d03981)が腹を抱えて笑い出した。
    「大体なんなのさそのダークネスは! シスター服う? 天使の羽え? アハハハ、逆に違和感が凄いよ!」
    「……海さん。僕も言いたいことが」
     呵々大笑を続ける海を制し、鴻上・巧(氷焔相剋のフェネクス・d02823)が前に出る。
     ノーライフキングは、表情を崩さない。巧は息を吸って。
    「ゲイル・ライトウィンド!」
     叫んだ。
    「負けっぱなしは趣味じゃないんでしょう。だったら、そんな名無しに好き勝手させていいのですか?
     ――とっとと目を覚ませよ、疾風の君!」
    「なるほど」
     警戒態勢を取るゾンビたちを侍らせながら、ノーライフキングが答えた。
    「合点がいきました。ゲイル・ライトウィンドとは、この器の名前なのですね。
     しかしそれは、私ではありません。私は――」
    「貴方の事は聞いていませんわ!」
     と、安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)がノーライフキングの言葉を遮る。
    「ゲイルさん。あなたは、普段はふざけていようと、周囲に目を向け気を配ることができる……そう言う人だったはずです。
     ノーライフキングのような下劣な存在などクソ喰らえですわ! さあ、さっさと帰りましょう!」
     そう、あの場所へ。花子の宣言に、茨木・一正(鬼成る人の形・d33875)が続く。
    「……覚えてない、と思うけどさ。
     クラブに入部して暫くの頃にさ、僕が花火でバカやってたら、ゲイルさんも腹マイトで一緒になって。
     その勢いがあったからこそ、あのクラブに馴染めたんだと思う。恩人なんだよ……アンタはさ」
    「ゲイルさんに伝えるべきことがあります」
     ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)の静かな言葉。
    「ゲイルさん。貴方は勇敢だった。らしくないくらいに。
     それに報いるためにも、貴方が夢見ている安穏とした生活のためにも、ここで連れ戻します。
     聞こえるかい? こんなにも多くの、貴方の帰還を望む人たちの声が――」
     そう。26人の灼滅者たちが、ここにいる。
     目的はただ一つ。ゲイル・ライトウィンドを救うこと。
    「ようやく……か。女の子を待たせ過ぎだ、この大バカ者め」
     その中心に、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)の姿があった。
     拳を固く握りしめ、堂々とに、ノーライフキングの瞳を見据える。
    「とにかく一度ぶん殴って、何が何でもキミを連れ帰る! それからのことはそれからだよ!」
     千尋が力強く宣言すると、柿崎・泰若(紅景の微笑・dn0056)はいたずらっぽく笑う。
    「うふふ、こういう時の女の子って強いんだから。期待しなさいな、ゲイルさん?」
    「まあ、やりすぎには注意だよ。その点俺も、細心の注意を払うけれど……」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)が、WOKシールド『不死贄』を構える。その胸に去来するは、後悔と、恐怖――。
    「……もう、繰り返させはしないさ。『プリューヌ』、手伝ってくれ」
     ん、と。
     クレンドのビハインド、プリューヌは、手元の人形を肯かせて応えた。

    ●愛も救いも
     ――そのノーライフキングは、おだやかに微笑んでいる。
    「お話は以上でしょうか?
     なら、私はここを去りましょう。できれば遠くを眺めたかったのですが――」
    「そうはいきません! ここにいてもらいますよ!」
     去ろうとするノーライフキングを、久遠・赤兎が制止する。それを敵対行動と判断したゾンビが彼女に襲い掛かり、なし崩し的に戦闘になった。
     人ならざる叫び、爪牙のもたらす破壊。これらを、周囲の一般人に被害が出ないように抑え込むのもまた、彼ら灼滅者の使命だ。
    「一般人がどうなろうと、私は知ったことではありませんが――」
    「言いっこなしよ。それに、死人がでちゃマズいかも、なんでしょ?」
    「それは、ええ、まあ」
     貴夏・葉月と稲垣・晴香が奔走する中、ぐずる酔っ払いを白金・ジュンが『王者の風』で説得する。
    「いいですか? 逃・げ・て・く・だ・さ・い・ね!?」
    「足腰立たないようであれば、自分が担ぎます! さあ!」
     それを西原・榮太郎が『怪力無双』で楽々と運んで行った。鴻上・朱香も同じように、親とはぐれて泣く子供を抱き上げて駆ける、が。
    「ゾンビ……! こっ、この子は渡しませんわよ! ぜったい!」
     覚悟を決めて突っ切ろうとしたところで、巧の除霊結界が発動した。ゾンビとノーライフキングと、その全てを網羅すべく、『修羅拳撃甲桜牙』の出力を上げる。
    「名もなきものよ。返してもらいますよ……!」
     ぎちぎちと結界線が軋む。辛うじてそれを抜け、手近な一般人の家族へ襲い掛かろうとするゾンビを、今度はグラン・スターライトが体当たりで弾き飛ばした。
    「大丈夫ですか? 落ち着いて、向こうへ逃げてください」
    「……はい……1列に並んで……戻るのは駄目よ……」
     と、『ラブフェロモン』発動中の高原・清音が複数の男性を外へ連れ出している。同様の手段で、打って変わって女性を案内するのは、神凪・朔夜だ。
    「ほら、こっちだよ! タワーの外に出たら、一目散に逃げるんだ!」
    「――っと、今の子で最後か!? 2階を見てくるから、誰か封鎖準備を頼む!」
     紅月・チアキはエレベーターに駆け込むと、大急ぎでボタンを連打する。応えて神楽・三成が炎を手に宿し、『殺界形成』を発動した。
    「逃げろ逃げろ、近づくなよォ! 殺されちまうぞ一般人共! ヒャッハー!」
     そうして一般人を避難させている間も、ダークネスとの戦いは繰り広げられている。と、ジュリアンの爪弾くソニックビートが、近づくゾンビを弾き飛ばした。
    「『穢れも、罪も共に』。まずは眷属から落としますが、柿崎さんは予定通りに」
     一撃で倒すには至らない。ジュリアンは努めて冷静に、戦況の分析を行う。
    「了解了解。ディフェンダーの人――そうね、あなたに決めたわ」
     泰若がラビリンスアーマーを海に付与する。間髪入れずに、一正がイエローサインを高く掲げた。
     黄色標識の表示は『ゾンビ注意』。灼滅者たちの体に、状態異常耐性の力が宿っていく。
    「ゲイルさん! あなたにはまだ、僕たちの声が届いていないのですか!?」
    「…………」
     ノーライフキングは答えず、やはりおだやかに微笑んでいる。その面の下に、何を思うか――。
    「――参りますわ! このクィーン☆フラワーチャイルド2世の名に賭けて!」
     花子がデッドブラスターを放つのに合わせて、ビハインドの『セバスちゃん』も、馬マスクから顔を晒して攻撃する。2人の息の合ったコンビネーションに、1体のゾンビがついに倒された。
     瞬間。
     灼滅者たちの周囲に、白い羽が漂っている。
    「哀れ。愛を知らぬ悲しき戦士よ」
    「ッ! 構えろ、来るぞ!」
     クレンドが急ぎ防御サイキックを放とうとするが、先手を取ったのはノーライフキングである。透明な、水晶を思わせる美しい羽が全て、内部より爆発的に槍状突起を突き出した。
     灼滅者の鮮血が華のように散る。が、その傷もクレンドのワイドガードが瞬く間に治していく。
    「ゲイル……!」
    「あなた方は、なぜそうも拒むのでしょう? この『現世からの救済者』の愛と救いを。さあ――」
    「わははは、まだそんなことを言ってるのかいゲイルくん! 僕を狂わせる気か、狂わせる気なんだな!?」
     対して、半ば狂ったように嗤うのは、やはり海だ。その体からはヴァンパイアミストが漏れ出して、仲間たちに染み込んでいく。
    「戯言を言うな――!」
     力を得た千尋が、鏖殺領域を解放した。空間を渡っていく殺意とは別に、少女は胸の内を叫び続けた。
    「キミの本当の“愛”を受けるのはボクだけで良い! そしてもっと愛されるべきはゲイル、キミだ!」
     合わせて、翡翠の剣閃が光のように走る。ことごとく崩れ落ち、灼滅されていくゾンビ。
    「現世からの救済ですって? 今のあなたがやってることは、言葉やポーズだけで救っているように見せかけてるだけです!
     ゲイルさんなら、そんな薄っぺらな、恥ずかしいことはしない筈です!」
     供をするゾンビどもは、灼滅と同時に塵へと分解されていく。その内の一人が、かろうじてノーライフキングの足元へたどり着いた。
    「ある……じ、を」
     絞るような呻きは、しかし無風の空間にほどけて消える。最期の表情は、おそらくは死んだ直後に硬直したまま、苦悶に満ちたものであったと見えた。

    ●救済の光
     ――そのノーライフキングは、おだやかに微笑み続けている。
    「またひとり、愛し子が天の国へ……。かの魂に愛と、救いがあらんことを」
     胸の前で祈るように手を組んだ。その内側から、まばゆい光が発せられる。
    「かくあれかし」
     その光はサイキックであった。救済の光という名を持ちながら、本質は誰かを殺めるための業。
     迷いなく翡翠へと飛んでいくそれを、クレンドは身代わりになって受けた。
    「クレンドさん!」
    「ぐっ……ああああああ!」
    「さあ、あなたも死になさい。それでこそ人は救われるのですから」
     受けた所で、止めることはできない。全身を苛む激痛に耐えながら、クレンドは言う。
    「俺が死ぬ事なんて、どうでも……良い。
     だがな、ゲイルを……友達を失う事は、比べものにならんぐらい怖いんだよ、俺はっ!」
     クレンドは傍らに急ぎ寄るプリューヌに命じ、ノーライフキングに攻撃させる。ひらりとかわしたその横っ腹を、海のシールドバッシュが痛打した。
    「ノーライフキング……彼はキミに体を渡すことを心底嫌がっていたよ。だがそれはそれとして、僕は一つ、おかしくてたまらない事があるんだ」
    「な、にを――」
    「君の事だ。君の事だよゲイルくん! 今もそんなところでこんなヤツのなすがままにされているなんてね! ウヒハハハハハヘ」
     海が小馬鹿にするようなステップで間合いを離すと、入れ替わりにジュリアンのスターゲイザーが炸裂する。ジュリアンは低空でとんぼを切り、たたらを踏むノーライフキングの方向に手を差し伸べた。
    「オレもそのうちの1人だが。
     貴方を呼び戻す者達がこれだけいる。さあ、手を取って」
     堰を切ったように、言葉が周囲を埋め尽くす――!
    「――ゲイル・ライトウィンド!」
     力強く、正面からにその名を呼ぶのは、神打・イカリだ。
    「アホみたいなこと言い合う友達が減るのは真っ平御免だ!  早く目を覚ませ!」
    「とっとと戻ってこないと、お前のスマホゲームのガチャ勝手に回すからな!」
    「ほれ俺なんかお前居ない間にガチャで激レア引いたぞ羨ましいだろ!」
     無常・拓馬と平・和守は、スマホを見せびらかして気を引こうとする。2人してずっと、大事に保管していたゲイル自身の端末もあった。
    「……ったく、柄にもないことを」
     困ったような、しかし棘のない調子で呟くのは、ライラ・ドットハックだ。
    「……さっさと戻ってきなさい。千尋はもう待ちくたびれてるのよ、ゲイル」
     シャルロッテ・カキザキは一歩引いた立ち位置から、友人の友人として声をかける。
    「千尋の趣味をどうこう言うつもりはないけれど、本当に手間のかかる男ね、あなた。そんなんでも割と貴重な戦力なんだから、早く帰って来なさい」
    「クレンドさん達と一緒にいるときの貴方の姿を見てると解るわ。仲間を信じてないと、此処まで己自身を曝け出せないって事はね……」
     そう言って微笑む氷上・鈴音が、そして敵であるノーライフキング自身にも言葉を飛ばした。
    「破綻者よ、刮目しろ……! 闇の中にも光は届くんだよ!」
     微笑む不死者の表情に、影が差す。
    「お黙りなさい、灼滅者! 声が、声がいい加減、煩くなってきますから……!」
    「ゲイルさん! もっと話を聞いてください、話をさせてくださいっ!」
     そこに一正のレッドストライクが飛んだ。振るった跡に、目には見えない涙の雫が砕ける。
    「前にも言ったけど、僕はあんたに感謝してるんだ! 僕に構ってくれたり、青臭い話聞いて貰ったりさ……だから!
     戻ってきてよ……っ! こんな場所じゃ、感謝の言葉も言えないよ……」
     次第に涙声になっていく一正の言葉は、――ついに。
    「オオオアアアァァアアアッ!」
     ついに、『ゲイル・ライトウィンド』へと届いた。
    「この世に救いはない、この世に愛はない! だかラ!
     私が……神であるわたシガ! 救い、満タシ、愛シテアゲネバ、ナラナイッ!」
     ざ、と白い翼を開くノーライフキング。それは無差別に、目に入った者全てを殺戮する、破壊である。
    「その技! ゲイルさんの体には、もう誰も傷つけさせません!」
     翡翠が仕掛けた。兎のように縦横無尽に、しかし狙いはダークネスの喉笛として、壁を天井を蹴り飛ばす。
    「はぁあああああっ!」
     すれ違う破壊の羽が、背後で花咲く。翡翠は翻る裾を気にしながらも、まっすぐに無敵斬艦刀を振り下ろした。
    「グ……!」
     ノーライフキングは、他の羽の戦果を確認する。が、ほとんどは防備を万全に固めたディフェンダーによって防がれていた。
    「軽いですね、攻撃も信念も何もかも。お前には誰も殺させないし、お前はもう、誰も殺せない」
     巧のセリフに、ノーライフキングは微笑を取り繕って応対し。
    「何を……」
    「だからそれが軽いと言っている!」
     躊躇も猶予もなく、巧はノータイムで槍を突き出した。射線上を妖冷弾が走り、敵の体を貫通・氷結させる。
    「好機……!」
     花子もまた、妖の槍を携えて駆けあがった。敵の凍った部位を正確に、螺旋槍で打ち貫く!
    「ぐっ……ああああああ!」
    「痛いかもしれませんが、ゲイルさんはどうか、負けないでください!
     ノーライフキングは……そうですね、人格としてはまともに見えるかもしれませんが?」
     ぴし、と、屍王の水晶の体にヒビが走る。花子はその様を一瞥見下して。
    「もちろん不要ですので、では」
     抜いた勢いで、さらに大きなヒビができていった。
     半死半生のダークネスを、千尋がじっと見つめている。

    ●血の滲むような彼ら
     ――あのノーライフキングは、もう微笑むことはない。
    「せめて……せめて! 一人だけでも共に連れて! 愛を! 救いをオオオオっ!」
    「偽りの“愛”なんて、いらない!」
     苦し紛れの光線を、千尋は1ステップで回避。2ステップで間合いに入り。
     触れるだけのキスと同時に。
    「ボクららしい血腥い青春だ。……帰ってきてよ、この大バカ者!」
     鋼糸『緋の五線譜』で、ノーライフキングごとゲイルを絞り上げた。

    「――ただいま。ああ、嬉しいものですね、目覚めたら恋人が目の前にいるなんて。でもできれば、この五線譜はそろそろ解いて……むぐ」
     だが千尋の両手は鋼糸を手繰るので塞がっているから、ならゲイルの軽口を止めるための手段は一つだけなわけで、だから千尋はそうした。
    「おかえり。あぁ、暖かい本物のゲイルが帰ってきた……」
     続けて2度3度。向けられる衆目など気にもなるはずもなく、千尋は繰り返す。
    「言ったでしょ、女の子は強いって。……聞こえてたかしら?」
     泰若はあの時と同じいたずらな表情で、2人に声をかけた。ただし頬は赤い。
    「はぁ、ようやく帰ってきましたか……。苦労させられましたよ、本当に」
     と、巧が苦笑交じりに出迎えに行くのを、今度は海が割り込んで。
    「いい加減嗤うのにも疲れた。キミの黒歴史は、帰ったらじっくり……ぶははは! やっぱダメ」
     という風に、友情の名のもと終始大笑いし続ける海に、巧は呆れたと溜息を吐くのであった。
     一正は一正で、涙声はガラガラの涸れ声になるまで絞り切ったらしい。サポートの一人が配る飲み物をぐいっと飲み干して。
    「ごれにで――うん、これにて一件落着っと! お帰りなさいゲイルさん!」
    「よかったです。……けど、後でお仕置き酷いですからね」
     と、翡翠の泣きそうな笑顔がゲイルの側に寄った。
    「ゲイルさんは贅沢者ですわ。誰も彼も、待ちきれずに迎えに来てくれているんですから」
     花子がらしい台詞で事情を纏めるのを、セバスちゃんが恭しく拝聴する。
     クレンドはと言えば、安堵に腰が抜けかけたことを悟られないよう、離れた所で座っていた。プリューヌが手持ちの人形で万歳を繰り返すのを、微笑ましく眺めながら。
     そんな中ジュリアンは、立ち去る途中気づいたように振り返った。
    「おかえりなさい。いつか、また。日常にて」
     軽く会釈を返されるのに満足して、ジュリアンはタワーの扉を開ける。
     ――さわやかな風が、吹き込んできた。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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