シャドウ大戦介入～プレイス ユア ベット

■リプレイ

●終焉開幕
　姫君のおわす軍の陥落。
　まるで、砂糖菓子でこさえた繊細で精巧な創りのお城に子供が無造作に棒きれを突き刺したかのような無残の中へ――征け、征け！
「随分掛かったようだけど、ようやくのようね」
　異界の星々と既に心つなぎし杉本・沙紀（闇を貫く幾千の星・d00600）の瞳が、弓のように引き絞られる。
　肌を通過して行く空気が明らかに、変わった。
　この度護りきると誓いを向けし『彼女』が下ってくるのだ。
　シャドウの軍勢へなだれ込む仲間の頭上を印をつけるように奔るは沙紀の口づけを受けた無数の矢たち。浮かべたダイヤを串刺され苦悶に震えるシャドウが喚き声あげて消失、影が晴れた後方に立つは霞代・弥由姫（忌下憧月・d13152）である。
「左です！」
　指輪を翳した所作のままで弥由姫は鋭く声を響かせる。
　――撤退路を作る。
　具体的に語るとすれば第二に斃れない事、では第一は？　撤退対象に攻撃を届かせない、事。
　この度の戦いの軸をそう置いた風雅・晶（陰陽交叉・d00066）は、弥由姫の声に従い躊躇いなく身を投げ出した。
「……抜かせませんよ、絶対に」
　肩口をドス黒に喰わせながらもなお静寧なる晶の脇、風真・和弥（風牙・d03497）が走り出る。
　可憐な姫君へ射出された想念、人の心から汲上げたのだとしたら懸想やもしれぬ、が、ダイヤの走狗にそのようなモノあるはずもなし。
　では、今想念の射手を斬り伏せる自分は？　コルネリウスを助けたい……のか？
（「まあ窮地の美少女を助けるとか、恩を高く売付けるとでも思えば良いか……」）
　和弥が苦笑するほぼ同時、姫君へ掛かる声には蹴打と血と痛みが混ざり合う。
　細かな紅飛沫がアーチ型に舞う下を心づくしたる飾り気ない布で覆われし姫君が引く様は、悲劇的物語の終幕部分を思わせた。
　だが、
（「ここから、です」）
　ひとりでも多くを生かす自分たちの戦いの幕は上がったばかり。羽柴・陽桜（ねがいうた・d01490）は晶へと薄紅絡む腕を伸べる。
「お礼を言うよ！　コルネリウスさんは絶対に生還させてみせる」
　そう引いていく透流らを信頼の笑みで見送り踊り出たる舞姫は白弦・詠（ラメント・d04567）
　聖歌詠唱。
　目映い光の中で望み諦めし娘は手繰る、戦場を引くコルネリウスにはどれ程の苦渋がたゆたうのか。
　どれ程望みを殺して敗走に身を浸すのか、と。
　されど。
（「コルネリウス……此処で貴女を亡くすわけには、いかないの」）
　光に圧され引き攣る影の首元、一筋の紫燐光が記される。声なき悲鳴の影に真っ直ぐ立ち、糸を絡めた指を翳すは忍長・玉緒（しのぶる衝動・d02774）
　死なせたくない、生きてもらう……声が飛び交う中、胸の鍵を握りしめ遠くなった『ダークネス』を見据える瞳。唇は何かを殺すように一文字に結ばれた。
「そっち、おねがい」
　だがすぐに、まるで耳元で囁くようなエメラル・フェプラス（エクスペンダブルズ・d32136）の淡い声、同じくコルネリウスの征く先へ踏み切った晶の後を追った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
　小さなナイフを瞼の上に掲げたエメラルの声は果たしてコルネリウスに届いたか。
「勝ちとか負けとか、そういうのじゃないよね」
　……撤退を渋り続けた姫君へ、届いたか。
　けれどエメラルにとってはどちらでもいい。ただこの場所に自分がいて、受け入れてくれた誰かと誰かと沢山を護り切れればそれでいいのだ。
　そんな少女の願いを受けた霧の恩恵は、方々で血肉を切らせる仲間達へと拡散していく。

●死地にて踊る
　ようこそ、悪夢が主催の漆黒のダンス会場へ。
　嗚呼確かに確かに、上方から眺めおろせば、鴉色のドレス纏いし踊り子が裾咲かせ舞うようにも見えるだろう。だが生憎此処は悪しき想念行き交う悪夢のステージ。耳朶なぞるは弦楽器の荘厳なる和音ではなく、破鐘叩く叫びに肉割れる不快な破砕音。
　コルネリウスへ追いすがり存在抹消せんと目論む一団へ喰らいつくは、姫君の生存確約までは不退転の覚悟を携えし灼滅者達。
　入り乱れる中、撤退路の維持へ徹するのは自チームの８人。そして……常に一歩引き、怜悧の赤で戦況を捉えんとする弥由姫は、連携に優れし８人が足を止め支えてくれるのを把握した、心強い限りだ。
（「手の届く仲間は全員生かして帰す……」）
　赫の牙剥くシャドウ認め、長身美麗の娘は素早くしゃがむと即座に巨大な十字架を突き上げた。
　錐もみ吹き飛ばされたシャドウに掛かる過剰な力は、ブーツの踵が夢幻の土塊を焦がし抉る程の反動として現れている。だが、腕をのべる弥由姫の所作は、あくまで壇上の貴婦人らしく上品で美麗。
　叩きつけられた痛みに身もだえしたシャドウは、漆黒に潰されぬ艶やかな黒糸が散り翻るのを、見た。
　到達した射手の乙女沙紀もまた仲間の孤立をさせじと目を配り確実なる各個撃破を目論むひとり。
　シューティングスターの弦をなぞり、ついと白鳥が羽ばたくような所作で振り上げた指より伸びるは二つの糸。肉の避ける音、塞いだ以上の疵を刻み生き延びる力を強奪する。
（「まさかシャドウの味方をする事になるなんてね……」）
　庇われ引く夢の闇姫を背に浮かぶ心、確かに悪夢の狩人たる魂宿す身には中々複雑な話ではあるが……だからと言って迷いが攻めを曇らせるなんて、沙紀にとっては有り得ぬ話。
『……ッ！』
　一方、無様によろけたシャドウへ「さぁ踊りましょう？」とでも言いたげに差し出されたのは、水底に煌めく真珠の如き醒めるような蒼と繊細なレースに包まれた白魚の指。
　きゅぅ。
　華奢思わせる所作で腕を取り、
　ぶんっ！
　反対側へ叩きつけん勢いで惹きつける。しこたま殴られ糸で広げられた痛みでどうとも出来ぬシャドウと相対するのは艶然と曲げられた詠の碧（あお）直後シャドウは風圧連れた蹴打を喰らい吹き飛ばされる。
　身に纏う重力をデタラメに壊され回避を封じられしシャドウは悔しげに呻く。だが湧き出す想念は鈍らされていない！
「あぶないよ！」
　誰も取りこぼさないと目を凝らしていたエメラルの注意喚起もあり、即座の反撃へ備え腕を掲げた詠。だが紫の影がシャドウに覆い被さったのに力を抜いた。
「助かったわ」
　足を得た人魚姫が歩く度に感じた痛み……この戦いはその連続だと被弾を覚悟していた詠は、水の神駆りシャドウを消滅させたリアナへ頭をたれた。
　弥由姫、沙紀とつなげたフラムが別の場所で作られた波紋と重なり鮮やかな結実招く。それは苛烈なる戦場に立つ者たちの胸へ勇気を灯した。
「うん」
　戦場に灯るあたたかな灯が、エメラルは大好きだと、思った。
「みんな、みんな……まもるよ！」
　護るためなら、どこまでも強くなれるんだから。
　幼い腕を広げ、羽ばたくようにくるり。
　その仕草は、見るモノにここを戦場だと忘れさせる程にあどけなくて微笑ましい。
　でも、
　輪を描き踏んだステップでシャドウのドス黒い想念をギリギリで躱す様は余りに危なげで、一押しで崩れ落ちてしまいそうな脆さと喪失の恐怖をそばに居る者に抱かせる。
「ボクは、みんながだいすきだから」
　ふわりふわり、シュガーピンクの波打つ髪揺らし、紡いだ矢は風に紛れる和弥を的確に見つけ出して疵を癒し内包されし力を紐解いた。
　オンッ――。
　あくまでコルネリウスを打たんとするか、怨との当て字が似合うシャドウの疾走は、和弥のジャケットの裾を巻き込み風圧で切り裂かんとす。
　――風の団の印がそんなチャチな風で破かれてたまるか！
　させじと押さえ身を反転させた和弥の疾風迅雷！　シャドウと併走に持ち込みまずは小ぶりの刃を喉元へ突きつける。
　キッ……。
　手の甲で払いのけがら空きの喉元へさし込むは先程のエメラルの矢で鋭さ増した風の刃。愛刀に血液めいた液体を絡ませ散るシャドウ。だが和弥の瞳は既に落ち延び進むコルネリウスと向いていた。
（「この様子だと、大将が早く引けば被害も減らせたという理屈は通じそうにもなかったんだろうな」）
　そう、ダークネスと人間の価値観や視点は似ていても、全く違うから。
　風の彼へ向けられた拳に掴みかかったのは華奢な影、玉緒だ。
　片手の礼を残し敵陣へ飛び込む和弥へ視線で答え、襲い来る痛みとトラウマを振り払うように血に塗れた鋏を握り込み、刺した。
「――」
　裂傷抱えなおもコルネリウスへ向かう敵への眼差しは煮えたぎる嫌悪のせいで冷え込んでいる。
　……と。
　だが直後、奴は使い手に良く似た闇夜の刀身で頭から刺し貫かれて、いた。続けて介錯、首元に当てられた目映き白がぞぶり、完全に命を止めた。
「……コルネリウスには触れさせませんよ」
　右手に握り込んだ純白。
　左手でゆるく持つ黝。
　陰陽の剣を携えし者らしく、晶はこの介入戦のバランスを気にかけていた。
　何処が欠け、何処が過剰か……自己感情を排し、なにを得るべきか。
　結果辿りついたのが、コルネリウスとオルフェウスの撤退を得る事。更に深掘り、デスギガスの本命であろう２人を逃がすため自分たちが手をまわすのはコルネリウス側の撤退路の死守。
　……死を、覚悟している……のだろうか？
　振り返り様斬りつけたシャドウの腕が心臓を狙い殴り込んでくる。
「くっ……」
　噎せ返る血を吐き出しながら、晶は自分の中に生の執着心がまざまざと蠢いているのに気づかされた。
　……目標を完遂し、生きて帰る。
　彼のねがいをかなえるように、嘔をなくした娘からの優しい風と少女のうつし身たる霊犬の眼差しが疵を癒す。
「ありがとうございます」
「……はいっ」
　微笑み再び戦場へ降った晶から、陽桜は力をもらう。助けられる「ひと」が増える度に、少女の心は渇きから救われる。
　歌声で誰かを助けることはできなくなった。
「くぅん」
　縋るように見上げてくるあまおとに、陽桜は自分は微笑めているだろうかと虚空に問いかける――。

●絶望臨界点
　絶対に保護対象を仲間を――勿論自分たちも生還する！
　血を流す事厭わずの彼らの強靱なる意志は撤退路を護りきり、前半の目的は達成されんとしていた。
　此よりは後半の目的、自らの撤退を達成する刻だ。
　しかしもはや仲間の損傷は限界を超えていると、常に仲間の状態を気遣い手落ちを起こさぬよう留意していた射手と妨害手の娘達は悟っていた。
　肩で息をする詠は、残った力をかき集めて喉を振るわせる――仲間を傷つかせない渇望の嘔に、果たして敵は酔うた。
「そいつは後回しね」
　素早く察知した沙紀は粘つく墨汁の如き軌跡で床を跳ねるシャドウへ向けて跳躍する。
「杉本先輩、続きます」
「お願い！　わたしたちは、帰るのよ」
　気合い、願い、生存本能――握り込んだそれらを籠めて敵のダイヤ冠の直下を殴りつけ、ひねり、ねじ込む。
　拳が灼けつく匂いに鼻を燻らせながらも沙紀は腕を引かずに前のめり。溜まらず後ろへ逃れたシャドウの損傷を冷静に測り、弥由姫は振り上げた十字架を床におろし跪く。
　――プレイス ユア ベット。
　わたくしは賭ける。
　チップを置くわたくしは、まだ、ひと。
「止まりなさい」
　出来うる限り沢山の影を、止める。
　荘厳なる聖歌は沙紀が打った影を消し去り、沙紀と弥由姫へ襲いかからんとしていた二体の動きを引き攣らせた。
　……もう、喰らう訳には、いかないのだ。
　陰と陽の剣で堰き止めた砦を抜けてきた暴虐に、左右の肩から吹きだす鮮血。
「おねがい」
　不良品のボクを、庇わないで。
　そう言いかけたエメラルを察してか、振り返る晶は口元を緩めて首を横に揺らした。
　――まだ、歩き出せる。
　不意にそんな樹の想いが聞こえたような気が、した。
　遠くからの方陣が晶の疵を塞ぐのに、少女は弱気虫を追い出し傷口に癒しの矢を宛がった。
　そのやりとりに和弥はバンダナを握りしめる。清廉なる赤は血で煉獄の赫へ、それだけ蠢く心の隣人へ指が伸びかけている、が。
（「まだだ」）
　刃突き立て影を消し去り自らの命を満たし踏みとどまる。
『人間』でありたい――裏返せば、手放してしまう畏れが願わせる渇望。
　きっと、ある館での他愛ない邂逅はそんな少女を人としてつなぎ止めたアンカーたり得た。その機会をくれた人の命奪いかねぬ魔手を認めた玉緒に迷う理由など、ない。
「……ライラ、先輩」
　両腕広げ盾となった玉緒の華奢な指から、紫苑の糸がはらりはらりと花散るように落ちていく。彼女もまた限界までその身に疵を穿たれていたのだ。
「玉緒さんっ、大丈夫ですか？！」
　駆け寄ってきた陽桜は、背でライラ由来とす影が悪夢の影を討ち取る気配を感じしゃがみ込む。
　回復支援が脳裏横切るも桜の少女にとっての最優先は人の命。だから気が遠くなる程の数の敵祓いこさえた隙間へ運び込み、護る。そんな意志で伸ばされた陽桜の手は弱々しい身のよじりで躱された。
「え……っ」
「置いていって」
　ああ、そう言っている私は……私だ。
　だけど衝動握り潰すように縋り続けた『鍵』へ指が届かないのが悔しい。
　居場所の総意から乖離し続ける自分の矜恃。ここが散り時と玉緒は瞼を下ろす。
　口中に広がる鉄の味は躰への損傷だけではない――噛み殺し続けた嫌悪が千切れ心が吐いた血だ。
「できません」
　だが陽桜もまた自分の気持ちに頑固たる少女であった。
　はしりっ。
　鍵を求め彷徨い捉まえられずに落ちる腕を引き上げて、抱き上げようと腕を背中に回した。
「生きて欲しいです、みんな、みんな」
　零れ落ちた綺麗な言葉。
　自分が後悔したくない身勝手さが下敷きだから、これはきっと醜いモノだ。それでも玉緒はまだ生きている！
　だから、
「この手は離しません」
　後悔したくないから。
「……だめよ」
　抱え上げる陽桜の鼻先掠め震える指が示すは、ローズブラウンの内側へ侵食する拳に鮮血散らしなお毅然と立つ詠の姿。遠目に感じ取ったか「まだ平気よ」と、儚い命を隠し込み手を振る人魚姫。
「彼女、を治し……」
「……ッ！　できません……」
　そう命じる玉緒を置けば蹂躙は確定だ。突きつけられるのは、死だ。
　だが運ぶ一手分回復が遅れる事で詠が斃れる危惧は非常に、正しい。
　――正しいと言わざるを得ぬ程、もはや誰もがあと一押しで意識を飛ばす、そんな絶望臨界点。

「助けに、来ました……！」
「ボク達が支援します！」

　まるで、天啓。
　耳朶震わす援軍の声に、陽桜は泣き顔を破顔にかきかえて、意識を飛ばした玉緒を抱きしめ立ち上がる。
「ありがとう……みんな、みんな、ありがとう！」
　不良品のボクを受け入れてくれた此処の仲間はやっぱり強い。
　盾振り上げ割り込む悠花をきっかけに、護るように飛び込んでくる救援軍。
「助かる。後は任せた」
　エメラルに塞がれた疵に肩押されるように和弥は隣接するシャドウを斬り伏せる。
　斯くして、魂賭けて血道開きし気高き彼らは、誰ひとり欠ける事なく武蔵坂への帰還を果たすのであった――。

作者：一縷野望	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年11月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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