ひとひらの手紙

    作者:海乃もずく

     手紙を書きたいと思っているんです、と。
     廊下で顔を合わせた、鈴森・ひなた(高校生殺人鬼・dn0181)が、あなたに切り出した。

     あらたまって手紙を書く機会は、多くない。
     それでも、やはり手書きの味わいはまた違う。
     届けたい言葉は、日頃の感謝や、伝えたい思い。残したいメッセージ。もう届かない言葉……そういうもの。
    「送り先は、家族や、友達や、恩師や、サーヴァント……あとは、例えば、毎日すれ違うだけの人とか、誰宛てでもない手紙でも」
     実際に投函しなくても構わない。自分の気持ちを文字にして、宛名に届けたい人への名前を書く。
    「将来の自分に宛てた手紙や、……過去の自分に宛てての手紙でもいいと思います。何か、書きたいことを書いて、封筒に入れて、封をして……そんなことがしたくて」
     ご一緒にどうですかと、ひなたは言った。
     ……誕生日に、過去を振り返って、未来を見定めて、新たに自分を見つめ直して。

     ――今の気持ちを、誰かへの言葉に、してみませんか。


    ■リプレイ

    ●拝啓 お変わりございませんか
     小さな喫茶店の窓辺は、色づいた紅葉がよく見える。
     手紙日和――という日はないけれど、想いを文字にするには、いい時節。

     真っ白な便箋とにらめっこする羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)の横には、霊犬のあまおと。
     書く事は決めていたのに、けれど、便箋を前に実際にペンを手にしたら、何も書けない。
     改めて思う――心の中に思うものはたくさんあっても、それらをちゃんとした言葉にするのは、とても難しい。
     ペンを持つ陽桜の手が、ぺしぺしと叩かれる。
    「……って、あまおと、人が考え事してるのに何してるんですかっ」
     前足を伸ばすあまおとを、むう、と軽く睨みつける陽桜。ぱたぱたとあまおとは尻尾を振る。
     陽桜は息を吐き、小さく笑んだ。
     便箋へと向き直り、一言。
    『それでも、前に進むのみです』
     霊犬をがしっと捕まえる。あまおとの反応に構わず、その前足に黒のスタンプインクをぺとり。便箋の隅っこに足あとぺたり。
     その一歩が、確かな先を示し出す。

     メニューを真剣に見つめる鈴森・ひなた(高校生殺人鬼・dn0181)を、八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)が声をかける。
    「鈴森は誕生日おめでとさん!」
     ひなたの視線が追っていた先を指し――ケーキでも奢らせてくれい、と篠介は笑う。
    「ありがとうございます、篠介さん。食べたかったんです」
     ひなたへと手を振り返し、篠介自身は窓際の席へ。色づく紅葉がよく見える。
    (「もう紅葉の季節か……」)
     夏が過ぎてから、季節が駆け足に感じる。一瞬一瞬がすり抜けて行くようで、何処か秋は悲しい。
     真白な便箋を前に、しばし考える。
     家族に、友達に、もう会えない人に。届けたい言葉は数あれど、今の気持ちを文字にするなら、唯一人、君に向けて。
    (「君に恥ずかしく無いようにって思っても、カッコつけて書いたところで、たかが知れとるからのう!」)
     等身大の自分を、思うまま、筆の赴くままに。綴る言の葉、燃ゆる紅葉の栞と共に。
    『拝啓 紅葉の鮮やかな季節となりました。君はいかがお過ごしでしょうか……』
     素直な気持ちをしたためて、何時か渡せるその時まで。

     ひらひらと舞い散る、窓辺の紅葉。
     彗星色インクで綴った文字を、羽衣・ひかり(彗彩・d18811)は白い指先でたどる。
     ――愛する両親へ。2人亡き後に贈られたあの命題は、まだ解けません。
     考察ノートは20冊を過ぎたわ。貴方達が願った秘密を知りたくて、数列と戦っています。
     ――夏風に跨った君へ。もう、今年もまた黙って還ったわね。次の夏と一緒に還ってきて。
     ごめんねと無邪気に笑うのでしょうね。君がいないと夏が始まらないから、来年も待っています、ずっと。
    (「最後、は――」)
     心に揺る陽炎に、ひかりは手を止める。心臓の楔が奥へ締め付けられる心地。その影を瞳で追ってしまうから困る。
    (「今にも手に届きそうなこの気持ちを今は知りたくなくて」)
    (「だって知る前のわたしには戻れない気がするから」)
     ――星になる前に、君へ。
     揺らぐ素直な想いを、彗星色インクで最後の便箋へ。真直ぐな言葉で書き落とし、封をする。
     17歳の秋が、終わろうとしている。

    「鈴森先輩、相談にのっていただけますか?」
     声をかけたのは、有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)。
    「ええ。私で役に立てるなら」
     出身が同じという雄哉を記憶の中でたぐりながら、ひなたは隣に腰掛ける。
    「死んだ家族への想いを整理するのに、手紙を書きたいんです。でも、楽しい思い出が全然思い出せなくて……だから、何を書いていいのかわからなくて」
     辛いことも、故郷や『病院』での出来事も思いだせるのに。
     垣間見える想いに、ひなたは言葉を失う。返す言葉を探すまで、しばらく沈黙があった。
    「これは、雄哉さんが書く手紙ですから、いいも何もなくて。何を書いても、いいんです」
    「そうですか……今の気持ちだけでもいいんですね」
     何か腑に落ちる部分があったのか、とまっていた筆が進み始める。
    「アドバイス、ありがとうございました、鈴森先輩」
    「いいえ。……その手紙、どうされるんですか?」
    「今から暖炉で燃やしてきます。出しても読む人はいないから」
     雄哉が手紙に書いた、家族への想いは、ただ1行。
     ――『また会えるなら、会いたい』――

    ●ひとこと、ひと文字、心を込めて
     注文は揃いのミルクティー。
     向かい合わせ座った椿森・郁(カメリア・d00466)と大條・修太郎(一切合切は・d06271)。机の上にペンや便箋が並ぶ。
    「紙の手紙ってのはほとんど書く機会がないんだよなあ、メールするからさ」
     修太郎が選んだのは、ポストカードサイズの、柄の少ない便箋。
    「女の子はメモみたいなのやりとりしてるのを見た事あるけど、椿森さんもそういうのやった事あるの?」
    「女の子同士のメモはねー、なんか苦手だった! 色々たたみ方独特なのあったよ。折り方よくわからなくて、上手く広げられないの」
     お喋りしながらペンを走らせ、郁は時々顔を上げ、修太郎をそっと見る。
    (「目を伏せると、まつげ結構長いよねー」)
     髪の毛が陽に透ける感じとか、文字を書く仕草とか。目の前の彼の、ぜんぶ好きなところ。
     書くことはいろいろあるけれど、末尾の言葉は一つ。――「いつもありがとう」。
     んー、と修太郎は悩み中。誰かに宛てるとしたら、目の前の彼女一択だけど。
    (「相手を前にして書くのって難しい……!」)
     デフォルメされたねこの絵に、吹き出しを添える。そして、「You mean so much to me.」。
     ――貴方は私にとってとても大事な存在だ。
     意味は書かず、英文だけ。
     手紙は封をして、目の前のひとへ。
    「帰ってから見てね!」
    「僕のも、帰ってから読んで」
     お互いに、何を書いたかは秘密。

     ……5年たってから、この想いを開きましょう。
    「お手紙改まって書く機会って無いから、新鮮だね」
    「普段、会話はたくさんしていますけど、手紙となると久しぶりですし……ちょっと恥ずかしいですね」
     新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)と、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)は、互いへの手紙を書いている。
     隣にいるのは『今』の七葉であり、紅詩だけど、手紙の宛先は『5年後』の七葉へ、紅詩へ。
    『5年後の大切な人へ。私は今も貴方の傍にいますか? 未来は見えにくいものだけど、私は一緒にあなたと歩んでいきたいです。
     健やかなる時も。病める時も。喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も。私はきっと貴方と共にいます』
    『世界で一番大好きな大切な貴女へ。今二人の関係はどうなっているでしょうか? 恋人?婚約者?夫婦?それとも父母でしょうか? それでも互いの隣にいる事は変わりませんね。
     5年前も今現在も将来もずっと私は貴女を愛しています。どんな時でも私は七葉の隣に居ますからね』
    「タイムカプセルみたいだね」
    「二人だけのタイムカプセルですね」
     紅詩が手渡す青い封筒を、にっこりと笑んだ七葉が受け取る。

     リュータ・ラットリー(おひさまわんこ・d22196)に触発されて、サンディ・グローブス(みならいサンタクロース・d11661)も手紙をしたためることにした。
     まだ物心もつかぬ弟へ、サンディの大好きなものと、その素敵さを教える手紙。
    「サンディは弟かー。やっぱ、家族は大事だもんな!」
     喫茶店のメニューをばんばん頼むリュータは、食べつ飲みつ、真っ白い便箋に向き合う。
    「俺は、とーちゃんとかーちゃんに書くんだぞ!! 日本語と英語、両方で書くんだっ」
     その辺で買ったような無地の便箋へ、つたないながらも、精一杯のひらがなと、カタカナで。漢字はまだまだ。
    「あ、リュータさん、そこはこう書くんですヨ!」
     ちょっぴりお姉さん気分のサンディに教えてもらい、悪戦苦闘しながらも楽しくて。
    「いつか帰ったときに渡すんだ!」
     今のリュータは迷子の身、実家の住所はわからない。それでも。
    「お手紙で大事なのハ、いちばん届けたい想いがこもってるかどうかでス!」
     サンディの主張は、サンタを目指す身ゆえもあってのもの。
     両親への手紙の次に、リュータはこっそり2枚目を。書き出しは感謝の言葉。喜んでもらえるといいな、と思う。
    「サンディは、何て書いてるんだ?」
    「な、内緒でス。リュータさんには見せられませン!」
     覗かれまいと、慌てて手紙を隠すサンディ。これは、弟以外にはけして読み上げないもの。
     何しろ綴った『大好きなもの』には、すぐ傍の彼が含まれてるのだから。

    ●封をして、宛名を書いて、それから
     日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)が、ひなたへと歩み寄る。
    「鈴森は、どんな事を書いているんだ?」
    「……結局、時候のあいさつと、近況報告で終わりそうです」
     始めは違うことを書くつもりだったんですが、と苦笑を浮かべるひなた。かつての病院宛ての手紙だという。
    「優奈さんも、それ、病院宛てですね?」
    「きっと届かないのだろうが、手紙を投函するとその存在がまだ身近なものに感じられるからな」
     武蔵坂学園で過ごす日々を綴った手紙。学校生活とはこんなに楽しかったのだと、昔お世話になっていた病院の方へ伝えたくて。
    「存在がまだ身近なものに……そうですね。私もそう思います」
     穏やかな表情で、ひなたが頷く。
     たまたま横にいた井之原・雄一(怪物喰いの怪物・d23659)が、何気なく顔をあげて言った。
    「優奈のそれは、二枚とも病院宛て?」
    「……何のことだ、私が出す手紙は一枚だけだ」
     優奈は二枚目を後ろ手に隠す。宛名だけ書いた手紙、これは駄目だ。
     誤魔化すように、優奈は話題を転じる。
    「井之原は、誰に宛てた手紙なんだ?」
    「俺は、せっかくだし両親に宛てようかなって」
    「雄一さんは、ご両親宛てですか。今は、別々に住んでいるんですか?」
    「まぁ、三年前の阿佐ヶ谷で殺されたんだけどさ」
     ひなたへ返す雄一の口調は、さらりと軽い。
    『父さん、母さんへ
     あの事件からすでに三年が経ちました。阿佐ヶ谷も家も直りました。俺は今大学生です。こう書くと頑張ったように聞こえますが、エスカレーター式の学校なので実はあまり頑張ってません。
     一人だと家が広すぎたので半ホームレス状態の同級生に居候を勧めました。おかげで家はにぎやかです。
     俺はまだ元気に生きつづけます。心配しないでは嘘ですが見守っていてください。 雄一』
     書き終えた手紙は封筒へ。雄一は持って帰り、仏壇に供えておくのだと。
     自席に戻る前に、優奈は暖炉へ向かう。
     『お母さんへ』と書かれた手紙が、炎の中へとそっと差し込まれた。

     見たい景色をひたすら書く。
    「純也さんが何を書いたか、お聞きしてもいいですか」
     片倉・純也(ソウク・d16862)へ向けられたひなたの問い。淡々とした物言いで純也は答えた。
    「認識や状況が変わろうと、努める方向を見失わない為の望みの確認に、今機会を使わせてもらった」
     ……先の戦闘で友人が堕ちた、と純也は続ける。
    「感情で動くと、俺は手落ちばかりだからな」
     直近ではなく、単身考え得る最大値と思しきものに絞り、表現を吟味する。
    (「――諦めてはいなかったか、上等だ」)
     普段使いの白便箋。望みの景色を記したそれを、白い封筒へ。臙脂の封蝋に押す蝋印は、学園所属以前から使っている。
    「狙いは書けたか鈴森、なら良かった」
     首肯するひなたに、純也は思い出したように付け加えた。
    「余談だが、タイムカプセルの折に何も仕込まなかった事、今は少し惜しく思う」
    「ああ……そんなことも、ありましたね」
     遙か遠くの、未来へ届けたあの箱へ。続く今はまだ、道の途中。

     ――ひなた、と。
     改めて名を呼ばれるまでもなく。そこに狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)がいることは、ひなたも気づいていた。
    「隣に座っても、良いだろうか」
     何度会っても、彼のこの本質的な生真面目さは変わらない、と思う。
    「これまで手紙を出したことなど、殆どなかったな。出す先がなかった、というのが正しいが……」
    「……はい。私も、そんなところでした」
     書き終えた手紙を横に、コーヒーを注文するひなたの隣で、貢は手紙を書き始める。
    「……文面でくらい、多少は見栄を張っても許されるよな? いや。背伸びを、しておきたいんだ。自分の為にも」
     読む者が読めばすぐ判るようなものでも。少しだけ。
    「――そうだ。もう誰かから受け取ったかもしれないが……誕生日おめでとう、ひなた」
     最後にそう言った貢がひなたに渡したものは、メッセージ付きのバースデーカード。
    「洒落たことは、俺には書けなかったが……。君にまた、幸いあるように」
    「ありがとうございます、貢さん。……大切にします」
     自然と笑みがこぼれる。受け取ったカードを抱きしめるようにして、ひなたは両手で包み込んだ。

     想いを綴った便箋を、封筒に入れて、封をして。
     届く手紙も、届かない手紙も。今の気持ちを、大事に大事にしたいから。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月18日
    難度:簡単
    参加:14人
    結果:成功!
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