暗殺武闘大会暗殺予選~銀礫

    作者:那珂川未来

    ●赫降ち(カカヤキクタチ)
     安寧の闇すら飲み込む光の樹海、此処は横浜。一際輝く星が奔る。
     しかしその高度からいっても、真なる箒星ではない。立ち並ぶ無機質な梢を、静謐纏いしなやかに渡るそれは獣であった。
     端麗と雄々しさを備えた面、例えるならそれは、狼。
     ふわりと靡く美しい白銀の毛並みの先は、純粋な白き焔となりて星屑のような煌めきを生み。落ちれば大地に活力さえ与えそうなほど、神々しく耀いている。
     焔棚引く尾の根元、萌え出づる草木は凛々しき佇まいであるにもかかわらず、女性的なたおやかさすら見てとれ――ある意味異質とも神秘とも、禍々しさを孕んだ荘厳な佇まいであった。
     その、白銀の狼は、静かに都会を臨む場所へと降り立つ。
     まもなく、残酷な遊戯を主催するミスター宍戸が高らかに開幕の宣言を行うだろう。
     珍獣奇獣探しが十八番、と豪語し、ハルファスと共に竜種を目覚めさせたと思しきミスター宍戸。
     人であるかは些事だが糸口として見極めるため、密やかに。
     五感研ぎ澄まし、その真の野望を探り、暗躍を阻止するべく機を狙い続けていた。
     だが、HKT六六六を実質上統治していた能力、六六六人衆とアンブレイカブルを結託させた手腕、その中枢へと食い込むには十分。誇り高き幻獣たる白銀の狼も、流石に手を出すことすらままならず。
     ――闇ハ耀カシク。
     ――生命ヲ育ムモノ。
     音もなく荒ぶ美しい銀の焔を、その吐息と共に大気へ溶かしながら。
     ――歪メル者ヲ赦サジ。
     理を徒に脅かし、幻獣を愚弄し、闇を歪める報いを受けてもらうため。安寧の闇と天の焔より大地に降(くた)ち、その喉元を狙うべく。
     白銀の獣は、敢えてその遊戯に乗るのだ。
     
    ●混沌の暗殺武闘大会
    「色々忙しい時勢だけれど、集まってくれて有難う。同盟を組んだと懸念されていた、六六六人衆とアンブレイカブルが、ミスター宍戸のプロデュースで派手な事を始めてしまうらしい」
     机の上に腰掛ける仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は、いつもに増して難しい顔をしていた。集まりに応じたレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)も、自然と引き締まる。
     勿論ミスター宍戸がハリキッテ事を起こすとなれば、碌な事じゃないのは誰もがわかっている事だが――。
    「ミスター宍戸は日本全国のダークネスに対して、暗殺武闘大会暗殺予選への参加を呼びかけているらしいんだ。かなり大々的に、しかもオープンな情報だったものだから、学園でも容易に確認する事が出来きたよ」
     まずは、横浜市で暗殺予選とやらを行うらしい。沙汰曰く、その予選ルールがまたとんでもないものらしいのだ。
     横浜市から出る事無く1日1人以上の一般人を殺した上で1週間灼滅されず生き延びれば予選突破。監視は無いが、高位の六六六人衆のチェックで誤魔化しはきかないらしいので、予選でかなりふるいにかける気らしい。
    「ミスター宍戸は、灼滅者がダークネスの凶行を止めに来る事を、予選の障害として設定している。灼滅者の邪魔まで含めてルール化しているのが、ミスター宍戸らしい碌でもなさを表わしているよね」
     相手の狙い通り動くのは癪であるが、だからといって、ダークネスに殺される一般市民を見捨てるわけにはいかない。
    「それで横浜に向かって欲しい訳なんだけど……ただ皆には、ダークネスはダークネスでも……」
     沙汰の様子から、レキは察した。闇堕ちした灼滅者が相手なのだと。
    「皆に担当してもらうのは、嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)ちゃんの内から出でたイフリート。自ら名乗る名はないようで、敢えて呼ぶなら天狼」
    「その天狼さんも人を?」
     レキの言葉に、沙汰は首を捻り、
    「うーん……俺の見た限りでは、人を好んで殺すような幻獣ではないよ。むしろミスター宍戸の暗躍を止めるために、敢えて参加した節がある。暗殺武闘大会の情報を得る必要があるので、予選を突破するつもりだよ。たぶん、一日一殺をするにしても。天狼の理念から外れる者、強化されていないソロモンの悪魔の信者とかを狙っていくように思える。竜種にハルファスも絡んでいたしね。一般人を殺せというルールに、善人だけとかそういうのはないからね……だから救出する際の説得は、灼滅者にイコと、宍戸の事は任せようと天狼に思わせる説得力が必要になってくる」
    「といいますと……?」
    「天狼はイコちゃんを愛し仔として見ていて敵意はない。灼滅者にも一目を置いている。志を同じとみて情報提供や共闘も辞さない構え。だから、普通にイコちゃんを叩き起こして救出するぞって向かっていっても、天狼は、道を共にした黒牙らを引き合いにして、人の身より秀でる自分じゃ駄目なのか問うてくるし。普通に帰っておいでっていう説得じゃ、天狼と意見が合わなくて戦闘になり、下手すればイコちゃんごと天狼を灼滅、なんてことも」
    「え!? それは絶対に嫌です!」
    「勿論そうだよ。ただ、暗躍阻止という大義があるぶん、戦闘になるなら全力で向かってくるだろうし、相応の説得力と強さを示さなければならないから、そのバランスが悪いといけない」
     説得できても、負ければ任せられない、となってしまう。
     相手がこちらを尊重しているし、予選突破したならば、共闘も情報提供もしてくれる――好意的だからこそ、難しい相手。
    「仮に。仮にだよ? 皆が、天狼の大義を尊重し、じゃあ情報や共闘を申し込んだとしてもいいけれど……天狼も知的ではあっても宍戸も一癖も二癖もあるうえ、中枢に食い込んでも場合によっては向こうの手にかかる可能性もある。だから慎重に判断しないといけない」
     今、イコはイフリートと化している。
     今はイコの残滓が残っているけれど、長い時を天狼に託せば、いずれは消えてしまうのは避けられない。
    「なんとか、救出して貰いたい。でも、それができない場合は。皆の理念から外れるような行動をするようであれば――」
     その時は。
     沙汰はその先の言葉を敢えて避け、ただ。
    「無事に戻ってきてね」


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    月之瀬・華月(天謡・d00586)
    九井・円蔵(墨の叢・d02629)
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)

    ■リプレイ

    ●不二の青星
     曲がり譲る山吹色渡れば、不意に闇が晴れたかのように瞳へ飛び込んだ輝き。
     瞬くそれを見たなら、火星の名の炎獣に堕ち、今度は青星の中で眠る成り行きに、白石・翌檜(持たざる者・d18573)はイコらしさを感じつつ。ただ仄か滲む決意の色にいつも以上に清亮を表わし、手短に発見を皆に示した。
     嗚呼今は、枝葉で出来た天球の隙間より瞬く光は都会の冷たい瞬き、星さえ見えないというのに――目の前に対峙せし獣より零れる数多の煌めきは、例えるなら星雲。けれど凝縮された炎を纏うそれは、青星の名にふさわしい。
     負の感情は一切なく、自然の雄々しさ、荒々しさ、優しさそのままで。
    (「イコはどこにいてもイコだな――」)
    (「――闇に堕ちても貴女は優しくて綺麗なままなのね」)
     美しく伸びるその梢の輝きに見惚れつつ。けれどその在りように丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)は、彼女らしさにどこかしら感じて安心を抱き、秋津・千穂(カリン・d02870)はしずり花をぎゅっと抱きしめる。
    「はじめまして、天狼さん」
     お話があって参りました、と月之瀬・華月(天謡・d00586)は淑やかに挨拶をしたなら。大会ルールを逆手に、武蔵坂と接触できる確信があった天狼も敬意を示すなり本題に切り込んでくる。
    『闇ヲ疎ミ、或イハ闇ト共ニ歩ム者達ヨ。聞コエタデアロウ。理ヲ脅カシ、歪メシ者ノ、暗殺武闘大会ナルモノノ開幕ヲ告ゲタ聲ヲ』
    「ああ。随分と派手に振れ回っていたからな」
     早々に接触出来た幸運は同じこと。最大の好機とするために、科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)もまずは対する敬意を崩さずに。
     光を吸いこみそうな金色の髪を持ちながらも、消音と隠密を信条とする様に樹木の一つに馴染みながら背を預けていたジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は、玻璃を照らす白銀焔を見つめながら思う。
    (「イコさんってーと、芯の一本通った感じが魅力的なのですが――」)
     故に一人で背負込んでしまいそうな危うさも気付いていた。その結果を間近にして、らしいといえば、らしいと思う。
    『我、理ヲ歪メル者ヲ赦サジ。汝達ヨ、志、同ジトミル』
     天狼は大会突破によって得る情報と宍戸を討つ為の機を探り、その後の連携や追い込むため共闘事項、歩み寄りにも応じる姿勢、端的に申し出てくる。
     ジンザと同じように夜の色に馴染む乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)が思うに、この企み砕く共闘相手がいるのは心強い限りなのだが。
    「けれどそうじゃないんですよね」
     静かに独りごちる聖太。忍者故に中枢に忍びこむ意義に理解はあるが、今回は理屈じゃないモノがあるわけで。
    「一人で抱え込み過ぎなんですよ……」
     頷くジンザは、軽く眼鏡の位置を正した。
    「天狼さんとの共闘で、宍戸の企みを挫く――いやぁそはそれで素敵ですよねぇ」
     星の見えぬ天を仰ぐ九井・円蔵(墨の叢・d02629)の顔付きはいつも通り。夢の国のお寝坊さんをお迎えするのだから、必要なのは気負いではなく。
    「けれど、それは出来ませんねぇ」
     凛と在る天狼の顔を親愛の視線向けるものの。けれどその瞳は、もっと大事なものを火影の向こうに見て。
    「武闘会に潜入し内部から情報を流す、それは大いに助かる。けど、その作戦は嶌森の犠牲が前提だ。アンタにとってはそういう意識じゃないのかも知れんが――けれど俺達には死んだに等しい。それを許容できない」
    「だから悪いが君には予選落ちして貰わなきゃならない。イコさんと一緒に、ミスター宍戸の野望を挫く為にもね」
     天狼との感覚にずれを認識してもらうよう、翌檜は人間側としての受け取り方を伝え。理屈ではない何か、それを強く訴える様に、聖太は彼女の名にアクセントを付けた。
    『汝ラハクロキバト轡ヲ並ベ、輪廻ト生命ノ理ヲ歪メシ者ヲ屠ッタト聞ク。白銀ノ一族ハ汝ラヲ護ル為、我ニ後ヲ託シタトイウノニ、人ノ身ヨリ秀デル我デハ否トイウ』
     それがイコの意志であったはずなのに、その意志を曲げようとしているのは灼滅者ではないか、そう言わんげに。天狼の顔付き変わらずとも、理不尽と感じているようだ。
    「そりゃあ、能力が強いのは天狼だ。でも、それが全てってわけじゃない。絆や縁を紡ぎ、想いを繋いでく、そんな力が強いんだ。クロキバが大切に胸に抱いていったのも絆だ」
     日方は天狼を認める素直な気持ちを表わしつつも、はっきりと告げる。アンタが思ってるよかイコは「強さ」を持っている、と。
    「イコにあって天狼に無いもの。それは絆と俺たち仲間だ。クロキバとも絆があったからこそ成し得たと言ってもいい」
     蓮二にとって、いや全員にとって。クロキバは出会った時からクロキバだった。けれど天狼はイコでしかない。
    「単体では抜けちまう穴も仲間が居りゃ気付く事が出来る。フォローし合え成功率も上がる」
    「個々の力はあんたよりずっと劣るが、そこに嶌森もいなきゃ困るんだ」
    「彼女はあなたとは違う方法を知ってるの。イコさんだからこそできることもたくさんあるわ」
    「力の有る無しで彼女を必要としてるんやない。彼女が彼女やから、こうして皆様迎えに来はったんでしょう」
     イコが紡いだ絆をありありと見せつける様に。紋次郎が、円理が、実際甲乙つけがたかろう戦略を説くのに連携を推すのも、千花がその方法の例えを上げるのも、やはり其処にイコがいてほしいと言う想いからなるのだと希沙が訴えれば。
    「イコ先輩と、皆、集まタら……天狼さン以上、強くなれル、の! だかラ、心配無用ヨ。可愛、子にハ、旅させル、ネ!!」
    「勿論、道は険しく厳しい。泣くことも傷付くこともあるだろう。でも、それも一緒に分かち合いたいと思う人なんだ」
    「強いあなたに力を貸して貰えることはとても頼もしく心強くも思う。でもそれ以上に、一緒に知恵を絞って足掻いて、道を拓きたいと思うんだ」
     話ベタな夜深も一生懸命身振りを入れて。見えぬ先に待ちうける困難も、やはり友と乗り越える事が大きいのだと律と郁は伝え。
    「かけがえのない友達だから、戻ってきて欲しいと思うんです。僕が見ていたのは、笑顔のイコさんだから」
    「だからイコを、暗殺武闘大会を、ここにいる皆に託して下さいです」
     詠一郎とユークレースは、理屈ではないその純粋な思いを強く言葉にして。
     天狼はじっとこちらを見つめ、言葉一つも漏らさないまま。余計な口を挟まないことが、余分な言い訳のない本当に伝えたいことを聞く手段だと思っているのだろう。故に何を考えているのか掴めぬ怖さがある。
    「皆の言う絆や縁、仲間を想う力は強い――」
     それを突き破るようにして、言葉を続ける成海。
    「森を、星を、人を……すべてを愛する彼女が培ってきた何にも変えられない力……それにきっと、あの子自身も貴女を想って闘っているわ」
    「絆っていうこの擽ったい気持ちは、とんでもない力になるんだ」
     きっと、あなたの想像を超えてみせる、と小太郎。
    「天狼さん。イコちゃんが戦いに挑む時に、何時も言っていたのは、誰も欠けない事。それは私たちも同じなの」
    「君の力は認めるさ。だけどほら――彼女の為に、これだけの人数が命を賭けているんだぜ。俺達には、嶌森イコという存在が必要だし、彼女もまた、俺達との縁を必要としている筈なんだ」
     千穂と聖太は、その為に身を堕としたイコの想いを受け取った天狼側の決心が邪ではないからこそ、心苦しい何かを感じながらも。
    「だから、その大義ってやつ、イコと俺たちに預けてくれないか? イコが繋いだ縁、愛情、希望、全部があって初めて力を発揮する。天狼もイコを見てきたなら分かるだろ?」
    「天狼、もう少しアタシらとイコを信じてくれないか?」
     未だ無言のまま、こちらを見定めるかのような目を向けるのみの天狼の胸に響かせる様に、蓮二と周は真摯に。
    「これと同じです」
     千穂はイコがエナジーを編み込んでくれたつづり花広げ。この美しい模様のように、今に至るまで紡がれた絆の糸は――。
    「何時か又、お話を……想い出を綴ろうって――それの果たされないままに、彼女を失いたくない。ううん……その約束を果たしたなら、又次の約束を、そうやって、ずっと未来へと糸を紡ぎ続けて行きたいの」
     そう語る華月の、イコとの約束、共に時を歩んだからこそできた思い出の糸にも繋がっているのだと。
    「天狼さん。其処に映る世界はイコさんの想いで溢れているです。その想いはすごく強い力になるですよ」
     勿論糸は、誕生日の時に貰った猫の手作り写真集をめくりながら語りかけるなこたにも。
    「星屑でも、欠片でも、半端者の灼滅者であれど……集まれば、此の様に耀きは益します」
     唯の青星にも負けない天の川のように――烏芥がそう例えるなら、華月もう一歩前へと進み出、
    「これが、貴方の愛し仔が、貴方の力を借りてでも護ろうとした愛しい世界、大切な人々。自らの存在すら賭けてしまう程に大切にして護ろうとしたものなの――」
     感情や理屈ではない想いが、果たして理論的な天狼に通じるのか――大地の響きや風の声、梢の嘶きがやけに耳に届くような、悠久の時の長さを感じ始めた時。
    『愛、絆、確カニ美シキモノ。シカシ、真ナルモノ伴ワズナラバ、無力ニ等シキ』
     真であるか試してみよ。そう言わんげに、天狼が白銀焔に破壊の熱を伴わせたなら。円蔵はひょいと片目を吊り上げヒヒヒと笑う。
     心外、と言いたげに。
    「天狼さん、ぼかぁねぇ、イコさんに指輪を贈った時に、ただ、愛おしくてぼくの傍らにいて欲しいからと想いを込め、これからの先の道行きもずっとずっと一緒にあり続けると誓ったんですよ」
     円蔵の指先に踊る、墨の叢より伸びる蔓。離れぬよう幾重にも絡まり繋ぐ、絆の証。嗚呼それはあの梢の一つに瞬く円環と結びあう――それを、幻想等と言えようか。
    「武闘大会の阻止は結構ですが、一人きりで制するつもりとか何とも傲慢な話で……それどころか傲慢さでさえ、僕等には劣る」
     成り行きを無言で伺っていたジンザが、B-q.Riotをくるりと手の中に収めたなら。
    「共闘なんてする気はこれっぽっちもないんですよ。試してみろ? 望むところです。元より越えるつもりですから」
     超然と見つめる瞳へ、傲慢を表わす様にわざと見下ろしながら銃口向けて。
     そんな戦意、或は決意。天狼は全員の譲れないものを受け止め。示せと、端的に鬨の声の如く吠えた。

    ●銀漢結べば
     鋭く地を穿ってくる、白銀焔の流星群。数多の輝きを受け止めるのは千穂、霊犬・塩豆と一緒に。白黒うさぎに道を拓く前に倒れられてはいけないからと、Snowy spellの裾を裁きながら炎払う風を巻き起こして。
     天狼はイコでもあるから。円蔵としては、彼女が誰かを傷つけたり、傷つけられたりするのは厭なものだが。今は絆の力を見せる時。
    「黒牙は闘争の果てに獲られる誇りの名。たかだか堕ちた程度のアナタと、一緒にするな」
     ザッと焔雨の中前に出るジンザ。寄らば消える蜃気楼のように。肉薄したかと思えば、クナイにも似た尖鋭な魔弾を射出するなり鮮やかなバックフリップ。
    「本気の力比べと行こうぜ!」
    「――遅れるなよ、スミケイ」
     開いた視界に迫るのは、炎の拳を振り上げる慧樹と、聖太の手裏剣の様に変形した円環だ。
    「ヒヒヒ、一緒に踊りましょう、天狼さん」
     ひらりと身軽な天狼の着地点を狙い、円蔵は眼前陣どり萌む跫を大気に墨を落す様に伸ばしたなら。黒裂く翡翠の嘴の如く鋭く奔る、蓮二の矛先は鮮血焔を散らせるその刹那には。
     レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)よりしかと受け取った矢の速度を、そのまま自身の瞬発力に変え。翌檜が先に隠された森の小路で密やかに開けた山吹の隙間、回りこんでいて――。
     虚を突くなら一回が限度。攻暗躍阻止を大義に掲げるくらいだから、相手は純粋に強い。
     だが、それで充分。
    「俺らひとりひとりの力はアンタに遠く及ばない。だからこそ仲間に頼るんだ」
     俺らがいつまでも愛し仔(ガキ)じゃねえって事、証明してやる――。
     翌檜は仲間の息つく間もない連携と、草葉を影にして回りこみ、彼誰が引く黎明の色を以て、的確に腱を斬る。
     流れるような彼等の初動に天狼が少し目を見張る。そして練り上げた焔の弾丸を脆そうな場所へ容赦なく射出した。
    「彼女が紡いで来た絆を断ち切らぬよう、護ろうとしたものを壊してしまぬよう――だから今、彼女の矜持は私たちが護って、証明するの」
     誰も欠けさせないと、鮮血を浮かせるレキへと、華月の掌から未来を編むが如く広がるアイオライトの薄絹。
    「誰かが欠ける前提の作戦なんて間違ってる。そうしないための力で、そうならないための仲間だろ」
    「心配しなくてもアイツすげえ強えぜ、イコの為にこうやって戦える仲間がいる分、きっとアンタ以上にな!」
     祝の縛霊撃と桜の紅蓮斬が、縁結ぶ糸の様に軌跡を描く。
     容易く断ち切れるか否か、試す様に吹き抜ける一陣の風。次いでは流れるは緋色の星。
    「ヒヒ、お熱いのは厭じゃないですよぉ。でもどっちかっていうとぼかぁ、あまーい方が好みですねぇ!」
     軽口叩きながら強烈な炎爪受け止めるなり、円蔵すれ違いざま奔らせる鋏の刃。心日の手より放たれる力、塩豆のつぶらな瞳がも一つ瞬いたなら。禄太が解き放つ円環の障壁。助けに来たかったはずであろう人の代わりに事をなす為。
     メディックであるくせに天狼の攻撃は決して軽いものではなく、メディックであるから搦め手は通用しない。
     瞬間的な隙を見つけては追撃を喰らわせる、瞬息なる時すら埋めるほど神経を研ぎ澄ませるジンザと。冷静に着地点や攻撃ポイントの予測を組み立て、着実にダメージを与えてゆく聖太と。
     逆巻く火炎の波を反らしながら千穂が風を生むならば。前線の攻撃リズムを維持させるよう、縁の下を担う翌檜が針葉樹の様に鋭い刃奔らせれば的確に腱を切っては、大胆に拳で迫る日方へと繋げた。
     それでも、超然と構える天狼に息の乱れ一つない。
    「流石、単身乗り込むつもりだけある」
     純粋な、力と想いの勝負。間合いを維持しながら聖太が独りごちれば。言の葉拾う日方は頷き、
    「だからこそ、絶対負けられねぇ……」
     何者にも変えられない大事なモノ、全てを繋げてゆくためにも。
    「願うんじゃなくて勝ち取ってやる」
     天狼がイコの魂を救ってくれないか、そう願った事もあった。だが――そうじゃないだろうと自分を取り戻し蓮二は、Lotusを纏い炎の池を避ける角度で滑り込み、鼻っ面向けて容赦なく突き出す拳。ゆらぐ獣へと、日方も数多の打撃をあますことなく。
     瞬間的に上昇する熱。カウンターの如く迸った魔弾の追撃が綺麗にはまって、日方は腹を押さえながらずさりと後方に身を滑らせたが。
    「俺の矜持は、諦めない事。絶対ェ」
     イコから貰った銀針水晶の飾りが、鼓舞する様に、祈る様に、星が瞬くように揺れる。
    「嶌森さんと、みんなで帰るの」
     華月が月の先端を鳴らしたような美しい聲を響かせれば。血を払う日方はナイフの柄を握り締め、翌檜の弾丸を援護に影の車輪と共に疾走する。
    『確固タル念イ抱ケド、潰エル事モ世ノ理ナリ』
     どんなに正しく、美しく、素晴らしい矜持あろうとも、潰える時は潰える世の無常。
     それを謳うが如く白銀纏う足が地を鳴らす。
    「皆の手をとって、皆を導くイコさんの強さを知ってるから。だから、天狼さんとの縁をも力にするって信じてる」
     それを受け持つ千穂の鮮血が、晩春の如く散る中でも。あたたかな輝き、魂の片割れより瞬いたなら、
    「嶌森さんには護った世界を見届ける、その権利が在る筈なの」
     そして声届ける様に、華月が柔らかな薄絹をたなびかせ。翌檜は燻銀の弾丸を射出しつつ、
    「誰よりも嶌森を近くで見守ってきたのはアンタだろう。アンタには嶌森が、宍戸とかいうクソ野郎に膝を付くような女に見えんのかよ」
    「彼女はただ護られてるだけのお姫様じゃない、嶌森イコをなめるな!」
     乃亜の鋭い細剣の先端が、天狼の頬に一筋の赤。
     刹那、きらり梢に輝く墨蔓。イコの残滓が覚醒したかのように――。
    「円蔵――!」
     見逃すこと等あろうか。吹き荒ぶ風を押し返す様に、蓮二はカミの風を呼びながら、その道を開くならば。
     天狼の辻風、例え円蔵の脇腹を引き裂こうとも。
    『……白銀ノ一族ガ紡ギシ絆、汝ラノ矜持……見事ナリ』
     そう絶え絶えの声で賞賛する天狼の腹には、既に影の叢による決定的な一打。
    『我ガ愛シ仔、銀礫ヨリ耀カシキコト……我、誇リニ思ウ……』
     眠るように瞼を閉じ始める天狼を、円蔵はその手に抱きとめながら。いつになく優しげな顔で。
    「ありがとうございますねぇ……護ってくださって。でも、もう大丈夫ですよぉ」
     おやすみなさいと、円蔵が囁いたなら。美しき青星は己が持つ光の全てを飛散させて――。
     まるで星が生まれる様に、その光は再び集まり、愛しいいのちのカタチを取り戻してゆく。
    「森でお昼寝なんて、イコさんらしいですがねぇ……」
     稚い寝顔へ、ちょっとお寝坊すぎますよぉと声かければ。墨蔓輝く指先が当り前の様に円蔵の指先を探し出して。
     全てを天狼から託されていたのだろうか、ゆっくりと世界を映した銀礫のような瞳は、万感の思いに潤んでいて。
     たくさんのおかえりなさいの言葉に、綻ぶ顔は感謝を煌めかせた。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 6
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