求む力ぞあてどなく

    作者:六堂ぱるな

    ●渇きにさまよう
     夜の闇の中で、ちかりと光がはじけ飛ぶ。
     同時ににぶい音が続いて、そのたびに悲痛な声がもれていた。
    「やめっ、やめてくれ……もう、し、死ぬっ!」
     男の着崩したシャツもデニムも斬り刻まれ、身体には数えきれない傷がつけられている。流れ出る血は少ないが、その分苦痛が延々と続いていた。
     ふと、男を苛む手が止まった。
    「痛い? ねえ、怖い? 怖いのよね?」
     女が綺麗な顔を寄せて問いかける。その時、彼女の頭に五本の角があるのが見えた。黒い服には無数の返り血がついている。
     声が出なくなった。
     どうやっても助からない。この女は、人間じゃ、ない。

     その絶望の顔を見た途端、彼女は興が醒めるのを感じた。
     興味を失くして手を放すと大鎌についた血を振り飛ばして歩きだす。
     求めているのはこんなつまらないものじゃない。
     ……でも、じゃあどうしたら?
     喉ではなく、魂が、渇いて渇いてしょうがない。
    「この渇きを潤してくれる存在はいないのかしら」
     ふらり、ふらり。
     月のない夜空を見上げ、彼女は漂うように闇の中へと消えていった。

    ●潤すものは血と力
     シャドウ大戦への介入で慌ただしさを増す学園内。再び招集をかけたのは埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)だった。闇堕ち者の予知を得たからだ。
     九条・茜(夢幻泡影・d01834)。
     ガイオウガ決死戦に参加し、火山コブの砲撃から仲間を守るべく闇堕ちした一人である。
     資料を配りながら状況説明が始まった。
    「彼女は現在、別府市市街地をさすらっている。羅刹としての破壊衝動に従って、誰彼かまわず喧嘩を売って歩いているようだな」
     羅刹の力で相手を痛めつけ、相手の顔が恐怖に歪むのを楽しんで――放りだす。
    「じゃあ幸い、人を殺してはいないんだな?」
     宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)の問いに頷いて、玄乃は資料をぺらぺらとめくった。
    「死に至るほどの怪我をした者もいない。彼女は力を存分に奮い、絶えることなき戦いで破壊衝動を存分に発揮することを望んでいる」
     だが一般人が彼女を満足させられるわけがない。だから相手が力尽き、恐怖すらできなくなると興味を失う。
     しかしこれは救出には有利な状況だ。彼女の血と暴力への渇きを満足させ、疲弊させることで、本来の茜に呼びかけて取り戻せるだろう。
    「羅刹相手に真正面から戦うなど楽ではない。しかしどうか、成し遂げて貰いたい。でなくては彼女を取り戻す機会が失われてしまう」
     ここで見失えば、次はいつになるかわからない。その時まで茜の精神がもつとは限らないのだ。そう、玄乃は告げた。
     
     茜は5本の角が生えた以外は、ほとんど以前と変わりない。真ん中と両サイドの角が大きくて間の2本は小さい黒曜石の角は、羅刹の典型ともいえる。
     ジャケットにビスチェとホットパンツ、ニーハイブーツまで全て黒だが、よく見れば無数の返り血を浴びていることがわかるだろう。
     羅刹らしく神薙使いのサイキックと、手にした大鎌を自在に操って攻撃してくる。もちろん、前へ出て攻撃手として。
    「接触タイミングだが、彼女が別府駅前近くの裏路地にいる頃合いを推奨する」
     放っておけば裏路地で男に薄着を冷やかされ、半殺しの目に遭わせる。男を追い払って代わりに声をかけるなり喧嘩を売るなりすれば、喜んで灼滅者を相手どるはずだ。
     傷ついて倒れた灼滅者に対しても、少しでも長く楽しむためにとどめは刺しにこない。
     裏路地は少し暗いので照明を用意し、人が近づかないようにすれば安心だろう。
    「結構ハードな戦いになりそうだな。俺は人払いとか、回復の手伝いをしよう」
    「そうだな、先輩は出来ることをよろしく頼む」
     ラズヴァンに首肯してみせて、玄乃は一行へ向き直った。
    「身を挺して仲間を守った彼女を取り戻さずして前に進めるはずもない。どうかくれぐれも彼女を取り戻し、諸兄ら全員揃って戻ってきてくれ」
     説明を終え、無事を祈って深く一礼した。


    参加者
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    秋夜・クレハ(回忌月蝕・d03755)
    川西・楽多(ウォッチドッグ・d03773)
    エミリオ・カリベ(星空と本の魔法使い・d04722)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    真風・佳奈美(愛に踊る風・d26601)
    沢渡・千歌(世紀末救世歌手・d37314)

    ■リプレイ

    ●星なき空
     街の明かりに追いやられたように星の光がかぼそくかすむ。
     灼滅者たちが路地に集うのは、市街の誰の目にも留まらなかった。
    「あのガイオウガ決死戦に参加してた先輩らしいっすね! めっちゃ勇敢な人じゃないっすか! すげー!」
     腰にランタンをくくりつけながら目を輝かせているのは沢渡・千歌(世紀末救世歌手・d37314)だ。ふわふわと舞うナノ山さんもテンション高めにくるりと一回転。
    「あの戦い、最後の手段を使ってくれた人達のおかげで成功したんですよね。だから、今度はあたし達が恩返しをする番です!」
     自身深い傷を負った、あの同じ戦場で戦った仲間だと思うと、真風・佳奈美(愛に踊る風・d26601)も思わず固めた小さな拳に力が入る。
     決死戦には参加できなかったが、身を挺して仲間を守った彼女に尊敬の念を持っている点ではエミリオ・カリベ(星空と本の魔法使い・d04722)も同じだ。
    「茜先輩を救出する手伝いを少しでも出来たらって思うよ」
    「はい、このランタンを使って」
    「やはり説得するのに、相手の姿が見えないのはダメですからねぇ……」
     仲間の分のランタンも用意して配る秋夜・クレハ(回忌月蝕・d03755)を、サポートにきた紅羽・流希が手伝っていた。街灯の壊れた路地は、ビルからもれる明かりだけでは不十分だ。あちこちにランタンを配置しながら、川西・楽多(ウォッチドッグ・d03773)が宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)に話しかける。
    「人払いと回復、お願いしますね。頼りにしてます」
    「全力を尽くすぜ。人払いを始めとくな」
    「……そろそろ時間ね」
     クレハの言葉が合図だったようにビル裏口の扉が開いた。千歌とエミリオの小5コンビを見て明らかに侮った顔になった男が口を開くより早く、滑り寄ったクレハが囁く。
    「消えなさい」
     押し殺した声と同時に前髪がばさりと落ちて、男の表情が凍りついた。頬に刃を当てられた彼の手から煙草が落ちる。
    「これ以上進むと命の保障は出来ねぇぞ。分かんないなら殴って分からせてやろうかゴルァ!!」
     迫力充分に神凪・朔夜(月読・d02935)が怒鳴りつけた。気の毒だとは思うが、今すぐ立ち去らせなくては危ない。ダメ押しに神凪・燐(伊邪那美・d06868)が穏やかに告げた。
    「今すぐ後ろを向いて去り、二度とここへ近づかないことです。いいですね?」
     口調こそ静かだが、反論を許さない強い威圧感が尋常ではない。
     男は張子の虎ばりに頭を上下させると、怯えきった目で三人を見ながら後じさった。扉をあけると脱兎のごとく逃げ去る。
     ビルの壁にもたれていた赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)がゆっくりと身を起こした。傍らに寄り添う月代が、彼の視線を追うように顔を向ける。
    「時間通りのお出ましだ」
     煌々と光を放つ灼滅者のランタンの明かりの中、彼女は悠然と立っていた。
     黒一色の着衣に無数の血痕。白い肌にも点々と返り血を浴び、見たことがない残忍な笑みを浮かべる彼女を目にして、流希が唇を噛んだ。
     羅刹――九条・茜の裡より出しもの。

    ●互いを求めて
     息が詰まるほどの殺気の中、佳奈美が戦場の音を辺りから切り離す。
     仲間を守るために堕ちた茜に対して燐は敬意を持たずにいられなかった。一家を背負うものとして彼女の決断、その勇気に思うところもある。
    「貴女が渇きを満たせる程の闘争を望むならば、全力でお相手しましょう。朔夜、準備はいい?」
    「絶対助ける。一緒に頑張ろう、燐姉」
     ひと呼吸もおかず朔夜が応じる。彼女の戦いぶりに敬服した一方、神薙使いとして己の在り方を見直す機会にもなったのだ。
     上から下まで茜の全身を眺めたクレハが、落ち着いた口調で一言告げる。
    「似合わないわね」
     瞬時にアスファルトを蹴った彼女は茜の背後へ回りこんだ。
    「茜さん、迎えに来たわ」
     足の腱狙いの斬撃が血の華を咲かせる。同時に羅刹も体をひねりざま、鬼のものと化した腕を揮っていた。クレハの頸筋を狙った爪が肩を引き裂く。
     跳び退くクレハを羅刹が追った瞬間、燐の胡蝶による挟撃と朔夜の繰り出す五色幣帛が迎え撃った。漆黒の蝶の群れと五色の布で左右から穿たれた羅刹に、佳奈美が寄生体の形作る砲台を向ける。迸る死の火線を浴びた羅刹が押し戻された。
    (「さて……面識の無い人間は、面識のある人間に路を作ることに専念するか」)
     白いドレスを翻した月代と碧が肉迫する。大鎌をかいくぐり、放たれた寄生体の酸と霊撃がじわりと羅刹の肉を蝕んだ。
    「flechas de curacio`n」
     エミリオが呟いて矢を放つ。神経を研ぎ澄ます加護のついた矢はクレハの背に届き、裂けた肉を癒した。続いてラズヴァンの生みだす霧が狙撃手に更なる力を湧きあがらせる。
    「何をしにきたの?」
     今さらのように羅刹が笑った。
     ありったけの力で高速回転する杭を彼女に打ち込み、楽多が告げる。
    「普通の人相手は退屈だったでしょう。僕達が気の済むまで相手をしますよ。そしてその後に茜さんを返してもらいます」
    「気が済むまで? 大歓迎よ。でも誰を返すの?」
    「九条茜先輩っすよ! 勿論!」
     今日が初対面なお人っすけど、と口の中でだけ続けて、千歌は不敵な笑みを浮かべた。巨大な法陣を展開すると仲間に敵を穿つ加護をかける。
    「同じ武蔵坂学園の仲間っす! 絶対に助け出して、皆と一緒に帰るっすよ!」
    「こんな形で再会するとはな。とりあえず、戻ってきてもらうぞ」
     流希が愛刀の堀川国広を抜き放った。白刃がざっくりと羅刹の足を切り裂き、血を撒いてバックステップした羅刹にナノ山さんがしゃぼん玉を吹きつける。
    「それは私の渇きが癒えたらの話よ!」
     大鎌が空気を裂く音をたて、血に染まった咎が黒い波動となって灼滅者に襲いかかった。クレハを庇って立ちはだかった碧の身体が裂かれるが、反撃は月代の衝撃波ですませて彼は自身の傷をダイダロスベルトで癒した。
     鷹の模様の入った銀の機銃を構えた朔夜が雨のような弾丸を、真紅の薔薇が絡みつく黒い十字架を掲げた燐が砲撃を。完璧に呼吸を合わせた攻撃から逃げようともせず、羅刹が血を撒いて笑う。
     無敵斬艦刀の薙ぎ払いを大鎌の柄で受けた羅刹を渾身の力で押し返し、クレハは断ち割らんばかりの上段からの切り下ろしを食らわせた。
     ――行ったきり帰らないなんて、待つ身は悲しいじゃない。
     けれど泣いて待つ柄でもないの。だから。
    「手加減不要でやりましょう。茜さんは返して貰うわよ!」

    ●うつろへ響け
     音が閉ざされていなければさぞかし野次馬が集まったことだろう。血にまみれ、手の延長のように大鎌を操る彼女は高らかに笑っていた。
    「いいわ、すごく楽しい! まだ壊れてしまわないでね!!」
    「こう見えても頑丈さには自信があるんでね。とことん付き合いますよ!」
     拳が炎に包まれ、楽多が渾身の力でがらあきの鳩尾へ叩きこむ。手応えはあるけれど羅刹は楽しげに、楽多の胴を上下に立ち割ろうと大鎌を唸らせた。
    「もう、普段淡々としてるくせに、いざとなったら驚くくらい行動力があるんですから。僕は意気地なしだから、茜さんの様には行動できなかった。でも、そのおかげで今こうして君を助ける事が出来る……っと!」
     のけぞる鼻先をかすめて、大鎌がアスファルトに突き刺さる。法陣を展開していた千歌が喉にひっかかる悲鳴をあげた。
    「バテさせる、って、ひぇーっ大変そう! でも頑張るっすよ!」
     震えながらナノ山さんも頑張っていた。たつまきが羅刹を巻き込み自由を奪う。
     包囲の手薄なところがないか、常に佳奈美は目を配っていた。『黒き憎愛』のウィールがすみれ色の炎を噴き上げ、回り込みながらのハイキックが大鎌を操る肘を蹴りあげる。
    「やるわね!」
     体勢を立て直す羅刹の周りに無数の虚ろの刃が現れる。霙でも降るような音をたてて襲いかかる連撃を受けて、クレハの前に飛びだした月代が耐えきれずかき消えた。佳奈美を庇いきった楽多がぐらりと傾ぐ。
    「……っ。大丈夫ですか?」
    「平気です、ありがとうございます!」
     会釈する佳奈美の横を抜け、納刀した妖刀《黒百合》を碧が踏み込んだ。
    「弐式極――白波――!」
     低い姿勢からの一閃。漆黒の刀身が羅刹に深い傷を刻む。
    「俺達と戦おうと少しはマシな程度で、お前の渇きが潤う事は恐らく無いと思うぞ? その渇きを潤せるのは『彼女』だけだろうからな」
    「どういうこと?」
    「まあ戯言として聞き流してくれて構わないが」
     羅刹から跳びのきながら碧が嘯く。そこへゆらりと黒煙が漂ってきた。前衛たちを包み込んで渦をまく。
    「先輩たち何とか持ち堪えて。ラズヴァン先輩は楽多先輩を!」
    「おう!」
     アンティーク調のキャンドルランタンを掲げたエミリオが、傷を癒し気配を気取られにくくする蝋燭を灯していた。戦いのさなかにあっても一見穏やかな彼は、実のところ焦りを感じている。
     回復手は三人いるが庇い手たちの傷は深刻だ。こちらの足止めや捕縛も重なって大分動きは鈍くなってきているが、押しきれるだろうか。
     その瞬間、斬りこんだクレハの無敵斬艦刀が羅刹のジャケットごと身体を切り裂いた。
    「私の一振りは友の枷を断つためにあるの。決して軽くあしらえるものじゃないわよ」
     戦いの緊張感と助けたいという思いの狭間、ともすれば滾って戦いに溺れそうになるぎりぎりを見極める。この一戦は討ち損じてはならない。
     クレハのまっすぐな瞳としぶいた血で、初めて羅刹が表情を歪める。
     息もつかせぬとばかり、燐が防具ごと羅刹の肌を切り刻んだ。注意が逸れた瞬間、朔夜の放った神の息吹宿る風がざっくりと背を抉る。
    「沢渡千歌、歌うっすよ! 癒すっすよ! うるさくても苦情は受け付けないっすよ!」
     千歌の歌声はエンジェリックというにはかなり難がある。問題はうるさいことではないので誰も気にしなかった。否、あるいは少しは気にしていたかもしれないが、ともかく。
     戦いの中で確かに、流れが変わった。

    ●星に手をのべ
     加護を引き裂く力が羅刹にはある。だからその腕が鬼のものに二度変じるたび、碧は破邪の光をcobalt meteorに宿した。足をもつれさせる羅刹の背を裂く。
    「漆式極――幻光――!」
     いくつ加護を重ねようと加護を剥ぎ取り、羅刹の奥にいるはずの茜へ語りかけた。
    「俺達が戦うだけじゃ足りない。茜、君も抗わないとダメなんだ。彼女の渇きを潤すためにも、君も戦ってくれ」
    「同じ部活のよしみってのもあるが、その部活のブールジーヌや樹、そのほかの奴らも首を長くしてお前の帰りを待ってるんだ。勿論、俺も、な。だから、戻って来い!」
     防具を切り刻み防御力を奪いながら流希も訴えかける。
     そのたび、羅刹が苛立たしげに頭を振った。
    「あの地獄のような戦況で、自分を闇に明け渡した決断が出来た茜さんは凄いと思う」
     同じ状況で同じ決断が出来るか――今は、まだ、そんな勇気は持てない。
     だから朔夜は同志として、と続けた。
    「僕なんかよりも立派な戦いが出来る茜さんだからこそ、学園に戻ってきて欲しい。茜さんに、日常の生活を取り戻してあげたい。心から、そう思う」
    「聞きたくないわ!」
    「そんな貴女だからこそ、戻ってきて頂きたいのです。皆の為にすべてを捨てる勇気と、皆を思いやる優しさを兼ね備えた稀有なかけがえのない方だから」
     犠牲あってこそ掴めた勝利だったと知っているから、燐もここで諦められない。
     幼いころから一緒に戦う訓練を重ねてきた燐と朔夜は、互いを見ることなくその呼吸を完全に合わせられる。よろける羅刹を燐の放った影が縛りあげ、解放の瞬間に朔夜の異形化した腕が叩きのめした。
    「千歌、そっちの回復はお願いするね……flechas de curacio`n!」
     疲労困憊の楽多を癒す矢を撃ちこみながら、エミリオも精一杯の声をあげる。
     せめて救出の手伝いをしたい。そのためにここへきたから、諦めない。
    「茜先輩、迎えに来たよ。みんなで一緒に武蔵坂学園へ帰ろう?」
    「あの戦い、貴女の様な、勇気のある人が居なかったら、もっとひどい事になっていました。あたしもあの場にいたけど、そんな勇気も出せませんでした」
     佳奈美が声を震わせた。それでも足はとめず、逃走も許さぬように羅刹の足へ鮮やかな蹴撃をくわえる。
    「だから、今度は勇気をもって貴女を助けます。だから、戻ってきてください。そして、帰ってきたら、友達になってくれませんか?」
     羅刹の目を見て、魂の奥で耐えている彼女に伝わるように全力で語り掛ける。
    「九条茜先輩、皆の声が聞こえますか! ほらほらこんな路地裏で喧嘩なんかしてないで、皆と学園に帰るっすよ!」
     歌う合間に千歌が声を振り絞った。多少音が外れようと仲間を想う気持ちにも、傷を癒す力も変わりはしない。
    「ダークネスが誰も殺めていないのは茜さん、君の抵抗もあるんじゃないですか。誰も傷つけたくないから、抗ってるんじゃないですか?」
     叩きつけようとする大鎌をかいくぐり、懐に飛び込んだ楽多が拳を固めた。痛みと疲労で抜けそうになる力を奮い立たせる。息もつかせぬ拳打が羅刹の体に浴びせられた。
    「皆を護るために闇堕ちする勇気のある君です。誰かを傷つけたくはない筈。そんな君なら、受けた覚えのないテストだって乗り越えられる筈です。皆が待ってます……帰って来て下さい、茜さん!」
    「……うる、さい!」
     子供のように羅刹が声をはりあげる。

     『茜』の魂が、胸の裡で精神を揺さぶっていた。
     そんなことよりも、もっともっと味わいたい。
     肉を裂き血が滴る戦いを、諦めない闘争心のぶつかりあいを。

     近づけまいとふるう大鎌はもはや灼滅者を狙えてすらいない。
    「衝動に駆られてまだ忘れてる? 茜さんと私達の思い出はそんなに薄っぺらいものじゃないわよ」
    「思い出なんか……!」
    「独り善がりの力より貴女を想う気持ちが強いと証明するわ」
     大鎌を振り抜いた時には、クレハはビルの壁を蹴って宙に舞っていた。
     死角から閃いた鋏が羅刹の首を裂く。
     幾多の返り血を浴びていた羅刹の体が自身の血で染まった。闘争への欲求に燃えていた瞳がふ、と翳る。
    「こんなに力を尽くして戦ったのは、初めて。……もっと味わいたかった……わ」
     膝が崩れ、力が抜け、華奢な身体が路上に音をたてて倒れ伏した。
     存分に死闘を味わった羅刹が眠りについた瞬間だった。

    ●星戻る夜
     倒れた茜をなんとか起こして、千歌は彼女の頭を確認した。黒曜石の角がない。
     灼滅者に戻ったのだ。
    「よっし、救出成功ー! やったっすね!」
     嬉しそうな声に応じて、ナノ山さんが千歌に寄り添う。
     勝鬨を聞いて、長い安堵の息をついた流希もやっと身体の力を抜いた。
     あちこち破けて大変なことになった茜の着衣を見て、佳奈美はとりあえず荷物からシャツとコートを引っ張りだして羽織らせた。
     武器をしまって駆け寄ったクレハが佳奈美から茜の身体を引き受けて屈む。ぐったりと身を預ける茜の肢体は血の気を失ってひどく白く、痛々しく傷ついて見えた。
     と、瞼が震えてぱちりと開いた。夕陽の色をした大きな瞳は、クレハのよく知る茜のまなざしだ。
    「……お帰りなさい」
     ぎゅっと、万感をこめて抱き締める。横あいから顔を出した楽多が微笑んだ。
    「お帰りなさい。皆待ってますよ。……帰って来てくれて、ありがとうございます」
    「おかえりなさい」
     反対側から顔を出したのは、ちょっと口元を綻ばせたエミリオだった。
    「もう心配ありませんよ。怪我人も今、治してきますからね」
     堕ちている間に人を傷つけたと知ればきっと胸を痛めるだろうから、この場に来る前に羅刹に痛めつけられた人たちを治療しようと決めていた。
    「ラズヴァン先輩、前の人はどこにいるのかな?」
    「通りを挟んであっち側だ。俺も行こう」
     二人が話しあいながら離れていくのを、茜は茫然と見送った。
     堕ちると決めて、出来ることを為してから後のことはよく覚えていない。でも確かに聞こえてきた。懐かしい声や、誰だかわからないけれど強い意志を感じる叫び。
     クレハの背中にそっと手をまわして、掠れた声で応えた。
    「……ただいま……」

    「助け出せてよかった……」
     佳奈美は涙ぐんでいた。縁ある人たちの邪魔をしないように少し離れていたけれど、仲間が戻った喜びは同じだ。
     燐と朔夜も顔を見合わせて笑いあった。過酷な宿命を背負うが故に、二人にとっても失われかけた仲間を取り戻せたこの瞬間は言い尽くせない想いがある。
     ビルの壁に背を預けて一息ついていた碧が息をついた。
    「一安心だな」
    「はい。皆さんで帰りましょうね」
     佳奈美が大きく頷く。

     癒えぬ渇望を抱えてあてもなくさまよう時は、もう終わり。
     尽きぬ闘争を求める魂に充足を与え、彼らは仲間を取り戻したのだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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