暗殺武闘大会暗殺予選~黒を白に、悪を無に

    作者:泰月

    ●悪人殺し
     ――横浜市内のとある公園。
     既に陽も落ちて暗くなったその中の木立に、1人の男が潜んでいた。
     刃を手に、気配を殺してすぐ傍の歩道の様子を伺っている。
     やがて男の視線の先に、この季節にしてはやや薄着の少女が、不安げな顔で寒そうに肩を抱えて姿を現した。
    (「獲物が来やがった。今日のノルマは達成だな」)
     今すぐにナイフを投げて殺すのは、容易い。だが、それではダメだと男は考えた。
     目立つ殺人は避けた方が良い。木立の中に引っ張り込んでから、喉を掻っ切る。
    (「さあ、そのままこっちに来い。来い、来い、来い――!」)
     軽薄な笑みを浮かべている男は、気づいていなかった。
     少女が寒そうなのは、少し前にコートを失ったからだ。何かに切り刻まれて。不安そうなのもその為だ。
    (「暗殺者が隙を作る瞬間の1つが、標的を殺す瞬間。あの少女を貴様がいる方向にけしかければ、必ず隙を見せると思ったぞ」)
     そしてそれをやった執事服の赤髪の男が、自分の後方で気配を殺している事に。
    (「1日に1人以上殺すのは、他のダークネスでも構わんのだろう? 殺してやる。どんな手を使っても、この大会中に悪を1人でも多く殺してやる!」)
     執事服の男の掌中に、僅かな音もなく極細の蒼い鋼が現れる。
     所々紅く染まったそれは、ナイフの男が木立から腕を伸ばそうとするより一瞬早く、執事服の男の手から放たれて閃いた。

    ●暗殺者の理由
     ロイド・テスタメント(無へ帰す元暗殺者・d09213)。
     ガイオウガ決死戦で闇堕ちした灼滅者の1人である。
     その行方が判ったと、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)からの知らせを聞いた灼滅者達が教室に集まっていた。
    「横浜で開催されるダークネス達の暗殺舞闘大会。闇堕ちしたロイドさんも、それに参加する事が判ったわ」
     暗殺舞闘大会。
     武神大戦に勝るとも劣らないダークネスによる武闘大会、と言う触れ込みで六六六人衆とアンブレイカブルが始めたものだ。
     プロデュース、ミスター宍戸。
    「日本中のダークネスに向けて公開された……というより、学園に情報が漏れる前提で公開した、と言うべきかしらね」
     横浜市で行われる暗殺予選を突破する条件は、会場である横浜市全域内で1日1人以上の一般人を殺し続け、灼滅者の襲撃から生き延びる、と言うもの。
     期間は一週間。或いは、予選参加者の生存者が20%になるまで。
     つまりミスター宍戸は、灼滅者を大会の障害として設定した訳だ。
    「この大会に今のロイドさんが参加した理由は、『六六六人衆を暗殺』する為よ」
     全ての六六六人衆の暗殺。それが、今のロイドの目的だ。
    「黒を一回りさせれば白に戻るように、悪と言う黒も、無に帰せば白に戻る。それが悪を無くす手段だと信じて、悪人――特に同じ六六六人衆を殺す事に拘っているの」
     とは言え、六六六人衆を見つけるのは六六六人衆となった者と言えど簡単ではない。1人も見つけられないでいた所に、件の暗殺舞闘大会の情報を得たのだろう。
    「1日1人以上殺す相手を、六六六人衆にするつもりみたい」
     今のロイドにとって、まさに千載一遇の機会。逃す手は無い。
     それはこちらにとっても同じ事だ。確実に彼と接触する事が出来る。
    「戦闘スタイルは灼滅者の頃と大きな違いはないわ」
     使う技は、蒼い鋼糸と殺人鬼のもの。尤も、技量は段違いだが。
     そして戦闘技術の他に警戒すべきなのが、性格面。
    「頭脳派で演技派な暗殺者」
     人はただのモノとしか思っていない。必要なら、幾らでも利用する。
     例えば、六六六人衆の隙を作るために、わざと一般人を襲って逃がして、六六六人衆の方にけしかけるとか。
    「けど、それはある程度対処可能よ。七不思議使いを1人、現地に送るわ」
     問題は後者の方。自身の感情も表情も言葉も振舞いも、愛でも友誼でも何でも偽り、語り、演じ、騙るのだ。
    「『灼滅者』を演じる可能性もあるわ」
     今のロイドなら、灼滅者が暗殺の障害だと、暗殺を続ける為に排除が必要な存在だと判断すれば、使える手は何でも使う筈だ。
     見た目は、灼滅者の頃とほとんど変わらない。灼滅者の演技に騙されない為には、戦術的に判断が必要になるだろう。
    「情を捨てて挑め、とは言えないわ。ロイドさんを救う為には、きっと必要だから。……今の彼が最後に無に帰すつもりでいるのは、誰だと思う?」
     その答えは、自分自身。
     仮に全ての六六六人衆の暗殺がなったとして、最後は役目を成し遂げた自分自身をも無に帰す。そうすれば、同じ悲劇に会う者が居なくなると信じている。
    「その同じ悲劇、というのが具体的にどんなものなのかは判らなかったけれど――」
     いずれにせよ、ここで救出しなければ、六六六人衆のロイドが迎える結末は同じだ。
    「『全てを無へ』は、灼滅者のロイドさんも常々言っていたみたいね。でも、自分まで無になる事を望んでいるとは思えないわ」
     灼滅者のロイドは誰にでも優しくする面があった。闇堕ちを選んだのも、明白な仲間の死を否定する為だったのだから。
    「私から言える事は、これで全て。無ではなく、ロイドさんに帰すのを待ってるわ」


    参加者
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    山田・菜々(家出娘・d12340)
    清水・式(愛を止めないで・d13169)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    フォン・メイロン(のじゃロリ・d17636)
    ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)

    ■リプレイ


     ヒュンッ。
     小さな風を斬る音は、少女の耳に届いていたか。
    「ひっ」
     次の瞬間、着ていたコートだけが突如バラバラに切り裂かれて足元に散らばり、少女の口から上擦った悲鳴が漏れる。
     そこに後ろから、カツン、カツンと靴音が響いて来れば、少女は怯えた様子で夜の公園の中へと駆け出していった。
     その背中を追う形で歩く足音の主の前に、10人近い人影が飛び出した。
    「やっと見つけました……」
     突然取り囲まれて流石に驚いた顔を見せる執事服の男を睨んで、龍統・光明(千変万化の九頭龍神・d07159)が告げる。
    「…………龍統さん。こんな時間にこんな所で、どうしました?」
    「俺の名前がすぐに出て来なかったか? 六六六人衆」
     僅かな間を置いて、そう口を開いた赤髪の男――ロイドが闇堕ちした姿の者に、光明は険しい視線を浴びせて告げる。
    「貴方が闇堕ちしている事はすでに掴んでます。何故、今更、自分を偽るのですか?」
    「成程。俺の性格も、ある程度は見破られているか」
     続けて、壱越・双調(倭建命・d14063)が嘘だと告げると『ロイド』はあっさりと演技をやめて肩を竦めた。
    「俺の目的も掴んでいるな? 手を組む気はないか? 宍戸と組んでこんな下らない大会を始める六六六人衆の暗殺、お前達の利益にも――」
    「お断りじゃ」
     続くロイドの言葉を、フォン・メイロン(のじゃロリ・d17636)が遮った。
    「わしゃ難しいことは判らぬ。が、一般人を犠牲にしてまで目的を達成しようとするのは止める。そんでもってロイドに戻って来て貰いたいだけじゃ」
    「それに、目的を達した後どうするつもりなのか、知ってるんだよ。放っておいたら最後に自分を――なんて、放っておけないよ」
     フォンに続けて、ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)が言い返す。
    「ならば目的を達したら、この体は返してやろう」
     それを聞いた『ロイド』は、事も無げにそう言ってきた。
    「返すって……どうするつもりなのです?」
    「全てが終わったら、此方から連絡する。そして、倒されてやろう」
     訝しむ視線を向ける黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)の問いにも、『ロイド』は迷わず返す。だが、灼滅者達にとって、とても頷ける話ではなかった。
     仮に全て本心だとして、それはいつになる?
    「それなら、俺の邪魔をする理由もないだろう? さあ、道を開けろ。今ならまだ、仕掛けた餌に追いつけ――」
    「ないっすよ」
     『ロイド』の言葉を、今度は山田・菜々(家出娘・d12340)が遮った。
    「あの女の子なら、こっちが保護してる筈っす。狙ってたダークネスも、今頃は逃げてるっす。今夜はもう、計画通りにはならないっすよ」
     菜々の言葉を、『ロイド』は表情を変えずに聞いている。
    「貴方の提案を受ける理由はない。ロイドさんは僕達にとって必要な存在だ!」
     神凪・朔夜(月読・d02935)が言い放ち、右腕を変化させながら跳びかかる。
     だが、突き出した鬼の拳は――『ロイド』の眼前で、ピタリと止まった。いつの間に張り巡らせていたのか。蒼い鋼の糸が鬼の拳に絡みついて止めている。
    「なら、仕方ない」
     表情を全く変えずに『ロイド』が右腕を少し動かす。
    「くっ!」
     朔夜が変異を解いて腕を引くのがもう少し遅ければ、右腕を数箇所斬られる程度ではすまなかったかもしれない。
    「俺達は最初から、そのつもりだ。斬り刻め、九頭竜」
     その声を背中に聞いたのと同時に、死角に回り込んだ光明が振るった7尺3寸の長刀が『ロイド』の足を斬り裂いた。


     所々紅く染まった蒼い糸が夜風を裂き、灼滅者達を切り刻む糸の結界となる。
    「させないのじゃ!」
     それをフォンと、ロベリアのビハインド・アルルカンが体で阻んで食い止める。
    「――これで糸が全てだと思ったか?」
     双調が三日月の描かれた純白の符を掴むが、符が放たれるより早く『ロイド』の袖から別の糸が伸びていた。
    「何本だろうと、止めます」
     高速で双調に迫っていた糸は、飛び出した空凛を容赦なく斬り裂く。
    「まだ、大丈夫です」
    「判りました。無理はしないで下さいね」
     空凛が紅く染まった絹帯の上から、新たに光る絹帯を巻きつけるのを見て、双調は護りの力を持つ符をフォンに飛ばした。
     ヒュオンッ。
     そこに、糸とは違うモノが風を切る音が鳴り響く。
     彗星の様に飛来した矢が、『ロイド』の肩を射抜いた。更に飛んできたベンチは、『ロイド』の目の前でバラバラに解体される。
    「ごめんなさい、遅れました」
    「本当に遅いっすよ――って、どうしたっすか、その顔?」
     別行動していた清水・式(愛を止めないで・d13169)の方を振り向いた菜々は、その頬が赤くなっているのに気づいて目を丸くした。
    「そんな気はなかったんですが、驚かせてしまって。でも、無傷で保護しましたよ」
     苦笑を浮かべて答える式の言葉は、『ロイド』の六六六人衆を暗殺プランの崩壊が決定的になった事を意味していた。
    「余計な事を。これで、他の標的を探さなければ失格か」
    「計画通りでもダメだったと思うよ?」
     それでも表情を変えない『ロイド』に、ロベリアが指摘する。
    「他の六六六人衆殺しても、一般人を殺してないと失格じゃないかな。私達を障害扱いするわ、随分と悪趣味な事を考えるよね」
     そこまで言ったロベリアの足元から、茨のような形の影が『ロイド』に伸びる。
    (「……少々、暗殺に気が逸りすぎたか。今のがブラフの可能性もあるが……この機会、失格などで失うわけにはいかん」)
     胸中で反芻した『ロイド』は、そう結論付ける。
     次の瞬間、その手足に絡みついた影の茨が切り落とされた。
    「そうなると――ますますお前達に用はない」
    「此方も、お前には用はない!」
     包囲の隙を探すように視線を巡らせる『ロイド』の様子に、光明が地を蹴った。
     ヒュッ――!
     いつの間に這わせていたのか。地面に備られていた鋼の糸が、跳ね上がる。
    「っ――俺の知ってる貴方は人との繋がりを大事にし、自らの信念に真っ直ぐな人だ。探していたのは人の命を利用する様なお前じゃない、さっさと引っ込んでろ!!」
     足を切られても光明は止まらず、龍気を纏った二つの刃を左右同時に抜き放つ。
    「使えるモノを使って何が悪い? 悪を無に帰す為の、必要悪だ」
    「六六六人衆を憎む気持ち、わかるとは言わないけど、それに飲まれて同じ存在になるのは悲しいことっす。連れて帰るっすよ」
     淡々と言って間合いを離そうとする『ロイド』に、菜々が標識を構えて言い放つ。
    「同じなものか。俺は、全ての悪を無に帰す為にやっている」
     菜々の赤く輝く標識の一撃を、『ロイド』は縦横に組み合わせ壁の様にした鋼糸で受け止めて、押し戻す。
    「初めは白くても黒く染まるモンもある。そのたんびに、また無からやり直させるのかのう?」
     入れ替わるように飛び込んだフォンが、そう問いながら炎の様に揺らめく気を纏わせた拳を連続で叩き込む。
    「っ、やり直せる悪人など……いるものか。だから、無に帰すのだ」
    「そんな事は――」
    「させません」
     そう言い切った『ロイド』に、朔夜の罪穢を祓うとされる五色帯と、空凛の光り輝く絹帯が同時に突き刺さった。
    「ぐっ……こんなっ」
     2つの帯に撃たれた『ロイド』が、灼滅者達の目の前でゆっくりと倒れていった。


    「……ここは……私は……?」
     再び『ロイド』が起き上がるまで、数十秒も掛からなかった。
    「そうか……私は戻って来れたんですね。ありがとうございます」
    「ロイドさん? 戻れたのですか?」
     安堵したような顔を見せる『ロイド』に、朔夜は距離を保ったまま声をかける。
     心にもない事を言えば、言葉に違和感が出る筈。それを見逃さないように――空凛も双調も、同じ考えで『ロイド』の様子に注視する。
    「まだです! まだ違う!」
     だが、『ロイド』が口を開くより早く、光明が険しい声を上げて地を蹴った。
    「閃刃流……刹那!」
     問答無用で振り下ろされた大太刀から伸びる光の刃が、空を切る。
    「くっ。いきなり何を――っ!?」
     上空に跳びあがって避けた『ロイド』に、式が鬼の拳を叩き付ける。
    「攻撃するつもりで見れば判る。貴様はまだ、ダークネスだ」
     着地した『ロイド』に、光明が告げる。
     刃を向けた時、灼滅者とダークネスとで、バベルの鎖から得られる命中予想が同じ筈がないのだ。
     灼滅者が犬や猫に変身しても敵に見破られた事があったのと、同じ事だ。
     どれだけ演技が巧みでも、バベルの鎖は偽れない。
    「……やれやれ。一度見破られた演技はするまい――そう思わせれば、少しは騙せるかと思ったが」
    「その一度目、僕は見てないからね。見てたとしても、闇堕ちしてるって情報だけで、十二分に理由になるよね」
     嘆息する『ロイド』に、式が言い放つ。
     『ロイド』も、バベルの鎖は騙せない事は判っていたのだ。
     だからこそ、出会い頭にも灼滅者の振りをした。見破られた演技を、この短時間で2度も使わないだろうと思わせる為に。
    「スレイヤーカードを出せるか、聞くまでもなかったっすね」
     そう言って飛び出した菜々の煌きを纏った重たい蹴りを、『ロイド』は大きく跳躍して避ける。今回は必要がなかったが、それも悪い手ではなかっただろう。
    「ちょいと痛いが、目の覚めるツボを圧してやろうかの」
    「マッサージなら不要だ」
     追って跳躍したフォンの鋼の様に鍛えた拳を、『ロイド』は鋼糸を編み込んだ壁で受け止め、その反動で更に高く跳び上がる。
    「――騙されていれば、これ以上痛い目に合わずに済んだものを」
     そうポツリと呟いた『ロイド』の両手から、高速で糸の束が放たれる。
     雨の様に降り注ぐ糸が、灼滅者達を頭上から撃ち抜いていく。
    「させません」
     その一部を身を以って遮った空凛に、霊犬・絆が魂を癒す視線を向け、双調が護りの力を持つ純白の符を飛ばす。
    「ちっ。しぶと――っ!?」
     ロベリアが放ったオーラの砲弾と、朔夜が渦巻かせた風から放った風刃が、『ロイド』が着地するのを待たずに襲いかかった。


    「……何故だ。何故、六六六人衆を守るような真似をする」
    「じゃあ言わせて貰うとですね。六六六人衆全員殺せば世界平和って、バカですか? バカですよね?」
     息を荒げて毒づく『ロイド』に、式が挑発的に言い放って飛び掛かる。
    「あの人達全員殺しても、他にも沢山ダークネスいますよ。本気で世界平和望むなら、戻ってきた方が良いですよ」
     式が振り下ろした鬼の拳が、『ロイド』に叩き込まれた。
    「今の君より、私達の方がずっと強いしね。ダークネスの力より、仲間の力を頼った方が確実なんじゃない?」
     ロベリアも言葉を重ねながら、影の茨をまた『ロイド』に向けて放つ。
    「六六六人衆しか暗殺しない、と言った覚えはない。それに、世界平和も、どうでもいいことだ。全ての悪を無に帰し、自分も無に帰るのみ」
     その後の世界が平和か否かなど、『ロイド』にとって興味のない事であった。
    「自分も帰る、のう。お主も黒だと言うなら、その上から白く塗ったくってやるわい。嫌だと言っても、ベッタベタにしてくれる!」
    「塗る程度で悪は白くならない。だから殺すしかないのだ!」
     頑なに殺す事に拘る『ロイド』の手をフォンが掴んだ。
     そのまま一気に投げ飛ばす――だが、いつの間にか巻き付いていた鋼の糸が、投げ飛ばされると同時にフォンの方も深く斬り裂いた。
    「……っ」
     一度は気力で越えた限界も、二度目はない。フォンの体が崩れ落ちる。
     既にサーヴァント達も力尽き消えている。
     包囲は万全ではなくなっていたが、支援に駆けつけていた神鳳・勇弥の助力もあり、消耗した今の『ロイド』では容易く突破できる様なものでもなかった。
    「自分の過去が原因で、『価値が無いから、消えるのは当然だ』と思ってませんか?」
     身を起こしたロイドに、双調が虹水晶の星飾りが下端に揺れる弓を向ける。
    「私とて過去に罪の無い犬猫を虐殺した、罪を持つ人間です。そんな私でも、愛してくれる人達がいるのですから、貴方が消えていい理由なんてどこにもないんです」
    「愛だの想いだの、そんなものは幾らでも偽れる。同性でも愛してやろうか?」
     放たれた矢の軌道を鋼糸で反らして、『ロイド』が嗤う。
    「口先だけの愛と本当の愛は、違います。それに、貴方が思っている以上に貴方を想う人はいるものです。戻ってきて頂けませんと」
     そう告げて、空凛が上品な紫の縛霊手の拳を叩き込む。
    「っ……本当に、そうか? 無に帰るまでが『灼滅者のロイド』も望んでいるのかもしれんぞ。闇堕ちを選んだのは、他ならぬ奴だ!」
     後ろに跳んで距離を取りながら、『ロイド』はロイドを騙ろうとする。
    「確かに、あの戦いから無事帰れたのは闇落ちしてくれはた仲間のおかげもあるんすよね。それでも、闇落ちしたままは反対っすけど。それを悲しむ人がいるなら、尚更」
     ロイドの言葉と体を、菜々が文字通り一蹴する。煌きと重力を纏った蹴りで。
    「友達が少ない僕でさえ、光明さんや姉さんや兄さんの存在が、どんなに救いになったか。その中にロイドさんもいる。ロイドさんが『無』に帰るなんて、誰も望んでない!」
     言い放った言葉と同じくらい、力強く地を蹴って、朔夜が飛び出す。
     言葉をどれだけ重ねても、平行線のまま。
     だが、戦いはそうではない。
     強烈な回転突撃に吹っ飛ばされた『ロイド』が、着地したもののその場で膝を付く。
    「ロイド先輩……少々痛いですが我慢してください」
     だらんと体の力を抜いて、光明は距離を詰める。
    「此の一刀で終わらせます、総餓流奥義・涅槃寂静……」
     静から動へ。
     脱力した状態から一気に抜刀した刃に斬り裂かれ、『ロイド』の体がゆっくりと仰向けに倒れた。
    「がはっ……けほっ。少々、じゃないですね」
     その声が上がると同時に、灼滅者達が一斉にそれぞれの殲術道具から手を放した。
     バベルの鎖が教えてくれる。
     そこにいるのは、灼滅者、ロイド・テスタメントであると。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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