●暗殺予選
――横浜市繁華街
賑わいを見せる繁華街。
その中でも人通りの少ない夜の裏通りを一人の少女が徘徊している。
黒いチューブトップの上に上着でホットパンツというラフな格好の少女が1人で歩いていれば、当然目立つ。
「お姉ちゃん、こんな時間に1人でこんな所は危ないよ~?」
何処か優しげな笑みを浮かべた青年が問う。
少女は、そんな青年を見て、困った様に顔を俯けた。
――その胸の裡にこの先にある愉悦を思い浮かべながら。
「家出して来たんだけど、泊まる場所が無くってちょっと困っている所なのよ」
「それじゃあ、俺の所に泊めてやるよ」
「本当に?! アンタ、最高だわ!」
喜色満面な少女を連れて、男が古ぼけた安アパートへと少女を連れていく。
――それから、暫くして。
少女が、ペロリ、と舌なめずりを一つしながら、その部屋を後にする。
――そのアパートの中で頭から足までを押し花の様に磨り潰された男が、浴槽漬けになっている様を思い出し、クスクスと愉快そうに笑いながら。
●暗殺武闘大会暗殺予選参加者 『潰殺鬼』
「愛華、六六六人衆とアンブレイカブルが同盟を結んでいることは知っているね?」
「あっ、うん。そういう話があったのは知っているけれど、それがどうかしたの、ゆ~君?」
死神の正位置のタロットを見つめて溜息を一つつき、顔を上げた北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)の問いに、首を傾げつつも頷く南条・愛華(お気楽ダンピール・dn0242)。
「彼等がミスター宍戸のプロデュースで横浜市で派手なことを始めた様なんだ」
「具体的には?」
問いかける愛華に首肯する優希斗。
「日本全国のダークネスに対して、暗殺武闘大会暗殺予選と呼ばれる戦いへの参加を呼び掛けているらしい」
この話は、武蔵坂学園でも裏が取れている。
いや、そもそもこの件に関して、灼滅者達が知っても構わないどころか、灼滅者達の介入も含めてルール化しているらしい。
「この暗殺予選では、横浜市から出る事無く1日1人以上の一般人を殺した上で1週間生き延びれば、予選突破となるようなんだ」
「……つまり私達がダークネスの殺人を止めに来ることを、予選の障害として設定しているってことだよね?」
愛華の問いかけにそうだ、と頷く優希斗。
「まあ、武蔵坂学園としては、ダークネスに一般人が殺されるのは見過ごせない。だから、皆には横浜市に向かって、このダークネス達を灼滅して欲しいんだけれど……」
言葉を濁す優希斗に、険しい表情になる愛華。
「ゆ~君、もしかして……」
「ああ。この予選の参加者の中に、ガイオウガとの決死戦で闇堕ちして血路を開いてくれた夕霧さん……今はデモノイドロード化しているから、潰殺鬼と呼ぶけれど……彼女が参加することが分かったんだ。だから、皆には夕霧さんのことを救出……最悪灼滅して欲しい。……その時の罪は、俺も一緒に背負うから」
淡々とした優希斗の言葉に、愛華とその場に集いし灼滅者達は其々の表情を浮かべて、返事を返した。
●『潰殺鬼』
「夕霧さん……『潰殺鬼』は、横浜市にある中華繁華街に現れるみたいだ。ただ、具体的に何処か、までははっきり分からなくて申し訳ないが」
とは言え、何処かのアパートで青年が惨殺される未来は見えている。
探索が上手くいけば彼が殺される前に潰殺鬼と接触出来る筈だと優希斗。
「更に潰殺鬼は夕霧さんのことをさっさと消したい、と考えているらしい。だから、出来る限り惨たらしい方法で殺人を犯し、夕霧さんの心を蝕む。本当は、夕霧さんが家族を大切にしていたから、家族連れを優先したいようなんだけれど、それはこの予選を勝ち抜くまでは我慢する、という方針らしい。最も、この予選を勝ち抜くまで潰殺鬼が生き残っていたら、夕霧さんの心は消え、後には潰殺鬼しか残らないと思うけれど」
つまりこの予選こそが、夕霧を救う最初で最後のチャンスとなる。
優希斗からの説明を一通り聞いたところで、愛華がふと思いついたような表情になる。
「夕霧さんが家族を大事にしていたということは、もしかして潰殺鬼は……」
愛華の呟きに、小さく首肯する優希斗。
「うん。夕霧さんと親しい人達が自分の前に姿を見せれば、喜んでその人達を狙うだろうね。……誰かが倒れるまでならまだしも、夕霧さんの親しい人が1人でも殺されれば恐らく夕霧さんは絶望し、救えなくなる」
ただ、それは逆に言えば潰殺鬼は、彼女に親しい人が戦場で直接夕霧に声を掛けてくることを恐れているということでもある。
つまり、潰殺鬼をKOまで追い込むまでに夕霧の意識に強く呼び掛け続ければ彼女が戻って来る可能性は高いだろう。
「分かったよ、ゆ~君!」
頷く愛華に、小さく息をつき、愛華とこの場に集まった灼滅者達を見る優希斗。
「……皆、どうか気を付けて」
祈るような彼の呟きに見送られ、灼滅者達は静かにその場を後にした。
参加者 | |
---|---|
神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914) |
霧島・朝霧(雲散霧消のデストロイヤー・d19269) |
霧島・天霧(五里霧中のデストロイヤー・d19271) |
霧島・狭霧(疑雲猜霧のデストロイヤー・d19272) |
七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155) |
東・啓太郎(夕焼けの帰り道・d25104) |
儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120) |
斥谷・巧太(マリモのあんちゃん・d25390) |
●探索
「こんな人、見かけませんでしたか?」
「いやぁ、俺は見てないなぁ」
儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)のラブフェロモンを使った問いかけに、男が首を横に振った。
「ありがとうね。もしその子を見かけたら、絶対に近づいちゃ駄目よ」
空振りね、と小さくため息をつきながら神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)に釘を刺された青年は、蘭に促されその場を後にする。
「回って来たけど、『業』は匂わなかったわ」
「ゆ、夕姉……は、早く見つけなきゃ……」
ぐるりと周囲を金剛に乗って回っていた霧島・朝霧(雲散霧消のデストロイヤー・d19269)が、その背にぴったりとくっついて離れない霧島・狭霧(疑雲猜霧のデストロイヤー・d19272)を安心させるように微笑む。
「大丈夫、私がついているわ、夕ちゃんを迎えに行きましょう」
「あっ……朝姉……」
本当のことを言えば、朝霧自身も気が気ではない。
でも、それで狭霧を不安にさせるわけにはいかないから。
それは、姉としての矜持だろう。
「行きましょう、皆さん」
「そうね。いつまでも女の子に夜の一人歩きなんてさせられないわ」
蘭の促しに明日等達が頷き、蘭達は聞き込みの為に繁華街の中に消えていく。
●追跡
「皆無ちゃーん、そっちはどうよ?」
「そうですね、今人気がなくて一時的に身を潜められそうな廃ビルの辺りを回っていますが、特に気配は感じられません。恐らく、皆さんが探している人気の少ない裏通りの方が見つかる可能性は高いでしょう」
探索の手伝いを申し出てくれた九形・皆無の連絡に礼を述べながら、一度携帯電話を切った東・啓太郎(夕焼けの帰り道・d25104)が情報を同班の者たちと共有する。
「もう……夕姉様ったら何処にいるのかしらね……」
霧島・天霧(五里霧中のデストロイヤー・d19271)が呟き、DSKノーズ。
けれども中々『業』の匂いを感じ取れない。
「なぁ、この子のこと、知らないか?」
斥谷・巧太(マリモのあんちゃん・d25390)が近くにいた男に問いかけると、男は知らない、と答えてその場を後にする。
「……?」
ふと、周囲を見回した七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)が裏通りの方の奥へと向かっていく様に見える一組の男女らしき姿を認めて、小さく目を細めた。
「この匂い……」
啓太郎がDSKノーズで僅かに、『業』の匂いを嗅ぎ取った。
巧太を先頭に用心深く一組の男女を尾行する。
そして……奥へと進んでいく内に古ぼけたアパートの傍に辿り着いた。
「うふふ……私から夕姉様を奪おうとする鬼なんて、バラさないとねー」
挑発するような天霧の言葉。
ふと、少女がその言葉に足を止めた。
「おい、どうした?」
隣の青年の不審そうな問いかけ。
「アハハ……! アタシみたいな化け物に何か用かしらぁ?」
愉悦を感じさせる笑みを浮かべた少女の姿に、隣にいた男が何処か怯えた表情を見せる。「ああ? 用があるのはお前じゃねぇよ。夕霧ちゃんだ。さぁ、一緒に帰ろうぜ」
啓太郎が無言で肩の高さまで掲げた拳に、軽く拳を打ち合わせながらの巧太の言葉に、ペロリ、と舌なめずりを一つする潰殺鬼。
「アハハっ! そっか、そっかぁ……アンタ達も化け物ねぇ?」
悠里が素早く携帯で明日等達や、自分達では回り切れないほうを探してくれていた皆無へと連絡を入れている。
「まあ、君はさっさと逃げてね」
啓太郎がそう呟きながら、傍でオドオドしている男にラブフェロモン。
啓太郎に魅了された男は彼の指示に従い、何処へともなく逃げていく。
けれども、潰殺鬼は、それに関心を示さない。
その腕をメイスへと変形させて、これから始まる殺戮への愉悦が抑えきれないのか笑っている。
「此処にいるのは皆、化け物よねぇ。本当は、アンタ達殺すの後にしようかと思ったけど……でも、アンタ達殺す方が早いわよねぇ? ……特に、アンタ」
言葉と同時に、蒼黒く変貌したデモノイドの腕から光線を天霧へと撃ちだす、潰殺鬼。
不意を撃った攻撃にその身を射抜かれ出血しながらも天霧が巨大包丁に戦神を降臨させ、その身を癒しつつ、自らの力を蓄える。
「私は知ってるよ。夕姉様が私達姉妹のこと、どれだけ大事にしてくれるか」
だからこそ、自分たちが囮になりうる。
――夕霧にとって、支えである自分たちが。
「アハハ! ばっかみた~い! 所詮、アンタ達もアタシ達と同じ化け物なのに。な~にが家族よ、白々しい!」
「夕霧ちゃん! 聞こえてるんだろ! 皆、夕霧ちゃんのことが心配でここに来たんだ! もうすぐ、朝霧先輩や、狭霧ちゃん達も来る! そんな奴に負けるな!」
叫びながら巧太が自分達へとワイドガード。
緑色の結界が自分たちの身を包んでいく。
「グルメ。……守ろうな」
挑発をした瞬間に不意を撃たれたがすぐに気を取り直した啓太郎が、隣にいるナノナノ、グルメに呟くと、グルメが啓太郎の頭の上に乗ったまま、彼の頬をぺちぺちと叩いて返事を返す。
それに頷き、啓太郎が前進してマテリアルロッドに蓄えこんだ魔力を暴発させると同時に、グルメが手に持つ槍の先端からシャボン玉を撃ちだし追撃。
それらの攻撃を受け止めながら潰殺鬼が変貌した腕から強酸性の液体を天霧へと撃ちだす。
だが、その攻撃はベスパが代わりに受け止めていた。
お返しとばかりに機銃を掃射、潰殺鬼をその場に足止めしたところに、悠里がダイダロスベルトを射出、その腕を締め上げると同時に自らの命中精度を上げていく。
「夕霧が大切に思ってる家族達は……お前なんかには潰せないようだぞ?」
「アンタ達だけでぇ? アタシを殺せると思っているわけぇ? アハハ、傑作だわ!」
力任せに帯を振り解いた潰殺鬼の懐に飛び込んだ綾波が口に咥えた刀で斬撃を放つ。
素早く後退することでその攻撃をよけながら、天霧に向けて再び射撃を行う潰殺鬼。
主の危機に、咄嗟に綾波が姿を現し、その攻撃を受け止めるが、衝撃から四股をよろめかせた。
「夕姉様なら、私たちを傷つけたりしない! 私たちを傷つけるような奴に負けるはずがない!」
天霧が綾波の影から飛び出し接近して、巨大包丁を大上段から振り下ろす。
放たれたその一撃に、潰殺鬼が袈裟懸けに斬り裂かれ、それに追随し啓太郎が閃光百裂拳。無数の乱打のスキをついて、グルメがふわふわハートで綾波の傷を癒している。
更に悠里が指輪をきらめかせてペトロカース。
無数の石礫が潰殺鬼の身を打ちのめした。
巧太が、自らの右腕を寄生体と化し、それを覆ったクリスタルアームで霊状の結界を展開。
潰殺鬼の身を締め上げた。
「やっと見つけたんだ、夕霧ちゃんを返せよ!」
激高しながら叫ぶ巧太を嘲笑う潰殺鬼。
「アハハ! アタシの中の化け物にそんな声かけたって無駄よぉ! アンタ達化け物の声が届くわけないじゃない!」
そのまま天霧に攻撃を仕掛けようとした、その時。
「リンフォース!」
斜線に割り込む、リンフォースの姿。
その射撃を受け止めたリンフォースの後ろに立ち、幸い未だ集まって来ていなかった人々を遠ざけるのを確実にするため、殺界形成を展開する明日等。
「仲間殺しの罪を背負うつもりはないわ」
――夕霧さんも、私たち自身も。
不退転の決意も露わにきっと自分を睨みつけてくる明日等の姿に、潰殺鬼が笑みを深める。
「アハッ。化け物が増えた」
その時、突如として現れたライドキャリバーが車体事その体を潰殺鬼に叩きつけた。
「天ちゃん、大丈夫? 無理してない?」
「朝姉様!」
隣に現れた朝霧に喜色を浮かべる天霧。
「ゆ、夕姉……」
姉妹が全員迎えに行くと聞いて、不安になってついてきたはいいが、初めての実践ということもあり、震えながら必死に呼びかけるのは、狭霧。
彼女のナノナノである望月もその不安に煽られているのかプルプルと震えているがグルメが大丈夫、と落ち着かせるように優しく頭を撫でた。
「夕霧さん、諦めないで!」
そう呟きながら守りの態勢から、攻めの態勢へと自らのポジションを切り替えた蘭。
少し遅れたとは言え、想定内の合流時間だ。
こまめに連絡を取り、互いにつかず離れずの距離でなるべく早めに合流できるように準備をしておいた結果だろう。
一気に数の増えた灼滅者達に、潰殺鬼が笑う。
「アハハッ! 化け物がこんなに沢山!」
ただ、その笑いとは裏腹に、さりげなく後ろへと後退する潰殺鬼。
だが、彼女が向かおうとした先には……。
「おっと。逃がすわけにはいきませんね」
同じく連絡を受けた皆無が、南条・愛華(お気楽弾ピール・dn0242)と共に逃げ道を塞いでいる。
潰殺鬼は好戦的な笑みを浮かべた。
●『家族』への想い
「アハッ。準備は万端ってことか。まあ、いいか。どちらにせよ……」
くるりと反転しメイスを地面に叩きつける、潰殺鬼。
大震動が大地を震撼させ、それによって生み出された地割れが朝霧達後衛をまとめて飲み込もうとする。
「ひっ……」
小さな悲鳴を上げて、逃げようとしたが動けなくなってしまった狭霧をグルメが、天霧をリンフォースが、そして朝霧を綾波がそれぞれに庇い、代わりにその地割れに飲み込まれて衝撃を受ける。
「こんなんでやられるかよ、デモノイド!」
巧太が自ら叫ぶことで傷を癒し、怯えながらも狭霧の放ったシールドリングで傷を塞がれた明日等が帯を射出。潰殺鬼の身を締め上げて自らの命中精度を上げている。
「夕霧さん、思い出して! 朝霧さんたちあなたの姉妹や、友達のことを!」
叫ぶ明日等に合わせるように、蘭が自らの血と魔力を織り込んだ帯を射出。
織り込まれた魔力と血が帯にルーン文字を浮かび上がらせて光り輝き、そのまま敵を締め上げている。
「夕霧さん、諦めないで! 一緒に帰って、……何して、遊ぼう?」
(「夕霧さんは、私の友達。だから……」)
蘭の強烈な一撃に体をぎりぎりと締め上げられる潰殺鬼に、悠里が制約の弾丸を撃ちだし、その体の動きを封じている。
「夕霧が大切に思ってる家族は……お前なんかには潰せないようだぞ?」
啓太郎がそれに追随してフォースブレイク。
爆風に吹き飛ばされた潰殺鬼をグルメが竜巻を呼び起こし切り刻んでいる。
「蘭ちゃん、僕や明日等ちゃん達は戦闘の方、全力でやらせてもらうから。夕霧さんへの声掛けは頼んだで」
「夕霧ちゃん。早く戻ってきてくれよ! そうじゃないと、夕霧ちゃんに伝えたいこと、伝えられないだろ! 朝霧先輩や、狭霧ちゃんもこうして迎えに来てくれてんだぞ!」
「ゆ、夕姉。夕姉。くる。早く。早くくる。早く帰って来る。帰ってこないとだめ。帰っていて。帰って。帰って……」
喘ぐように懇願するように。
巧太の言葉を受け、自分の思いを涙ながらに告げる狭霧。
「頑張ったのね、夕ちゃん。大丈夫、今、助けてあげる。誰よりも優しい夕ちゃんに……誰も殺させなんて、貴女の手を汚させなんて、絶対しないわ。今すぐそこから消えなさい、ダークネス。私の妹から、出て行け」
「出て行く? アハッ。出て行けるわけないじゃん! これはアタシ。アンタたちの大好きな夕霧のじゃない。アタシの体なんだから!」
DMWセイバーで袈裟懸けに切りかかる朝霧がじっと見つめながら告げ、放った刃による一撃を、メイスで受け止めながら、潰殺鬼は笑う。
けれど、その動きが先程よりも鈍ってきている。
言葉も勿論だが、姉妹である彼女たち全員が揃って前線に出ていること、それ自体が潰殺鬼の中にいる『夕霧』という意識に強く働きかけているのだろう。
「そこまで大切な者に固執するお前はやっぱりどこまでも人間だと思うぜ?」
自分という存在に固執を続ける潰殺鬼に悠里が問いかけ、更に天霧が影喰らい。
潰殺鬼の一部を食らいつくさせながら、囁きかける。
「やっぱり姉様がいないとダメだよ。私じゃ、姉様の料理はまだ再現できないし、代わりもできないもん」
その血を浴びて、笑みを浮かべながら。
「だから、帰ろう、私たちの家に、さ。4人揃って、ね?」
「皆で一緒に帰ったら、ショッピング? ランチ? 何でもいいよ! やり足りないこと、たくさんあるんだから!」
天霧に合わせるように蘭がそう言い募る。
「アハハ、バカみたい! アタシやアンタ達みたいな化け物が、ショッピング? ランチ? 何言ってんのさぁ? 所詮、アタシ達は化け物。普通の人間とは違うんだよ! そんなこと、楽しめるわけないでしょぉ?」
「そう言う割には、随分と動きが鈍ってきているぜ? 本当はほら、お前にだって伝わっているんだろ?」
家族や仲間との絆を否定し、弄ぼうとする潰殺鬼を、悠里が否定し、逆にそう問いかける。
「帰って……帰って来てよぉ……。やだ、いや、いやだ。やだよぉ……夕姉がいないのはやだよぉ……ぐすっ。……ゆうねぇ……ぐすっ」
しゃくりあげる狭霧の姿は、あまりにも痛々しくて。
内側から走るノイズの様な音に嫌気を覚えながら、潰殺鬼が狭霧へと光線を撃ちだす。
リンフォースが代わりにその攻撃を受け止めるが、自分を狙って放たれた攻撃にびくりっ、と反射的に震えがおき、狭霧がバスターライフルを構えて撃とうとする。
だが……引金を引けない。
大切な姉の姿をした彼女を、撃てるはずもない。
代わりに浮かんでくるのは、彼女と共に過ごしたかけがえのない日々のこと。
「朝、おこしてよぉ……。……ぐすっ……。服、着せてよぉ……。帰ったら……おかえりなさい。って言ってよぉ……っ、ぐすっ……。……夜、おやすみなさいって言って、よぉ……っ」
最早、戦うのではなく不安で泣きじゃくることしかできない狭霧を倒すべく潰殺鬼が攻撃を仕掛けようとするが……。
――体が、思う様に動かない。
そこにすかさず、ベスパが体当たりを叩きつけ、金剛が機銃を掃射。
明日等が続けざまに螺穿槍でその身を貫く。
「さっさと戻ってくるのよ! 家出娘!」
「そうだよ、戻ってこい! 夕霧ちゃん!」
素早くその場を離脱する明日等に合わせて、望月のふわふわハートで回復された巧太が徐霊結界を展開し、その身を締め上げ。
「やり足りないこと、たくさんあるだから! 私達、ずっと友達だよ! あなたの居場所は私が絶対に守るから!」
蘭が魔術師の儀礼杖から轟雷を撃ちだしその身を貫き。
「夕姉の……ぐすっ、ごはん……。……ないの……。夕姉が、ぐすっ、ごはんにいないの……。やだよぉ……もう、やだよぉ……。……もう、もう言わないから……ごはん、おいしくない、なんて、言わ……ない……からぁ……」
攻撃こそしないものの、ぼろぼろと涙を零しながら、切々と狭霧が訴えかけ。
「ほら、伝わっているだろ?」
悠里がレイザースラストでその身を締め上げ。
「夕ちゃん。もう大丈夫。お姉ちゃんたちが、夕ちゃんを必ず助けるから……」
朝霧が接近してDCPキャノンでその身を射抜き。
「そろそろだね」
啓太郎がDMWセイバーで横薙ぎにその身を薙ぎ払い。
グルメが槍の先端からシャボン玉を撃ちだし。
「これ以上、アンタに夕霧さんの親しい人たちを傷つけさせないわ」
明日等の言葉に応じるように、リンフォースが猫パンチで殴り掛かり。
綾波が六文銭射撃でその身を撃ち抜いた。
――そして。
「私の夕姉を……返せーーーーっ!」
天霧が叫びながら巨大包丁で唐竹割に斬り裂いた。
その瞬間。
潰殺鬼は、まるで糸の切れた凧のようにその場に頽れた。
●帰還
「うっ……うう……」
「夕ちゃん!」
蘭達からの連撃を受け崩れ落ちた夕霧を咄嗟に蘭が抱き留める。
「夕姉……?」
さっきまで泣きわめいていた狭霧がおずおずと問いかけた。
「私は……あっ……姉さん……? 皆……?」
うっすらと目を開け、じっと見つめてくる夕霧。
彼女が無事救出できたのだと悟り、それまでずっと堪えていたものが抑えきれなくなり、朝霧の目から大量の涙がこぼれ落ちる。
「夕ちゃん……夕ちゃん……!」
「姉さん……」
そのまま泣きじゃくり自分に抱き着いてくる朝霧に困ったような表情を浮かべる夕霧。
天霧もまた、良かったと言う様にその場で涙を流し、蘭が、良かった、と言う様にほっと胸を撫で下ろした。
「これで一緒に帰れるね」
「真面目そうな子ほど、時には大胆になるのかしらね?」
安堵しつつもからかう様に微笑している明日等に、さぁ、と悠里が首を傾げている。
「帰ってから、伝えたいことがあるんだ。だから、また話そう、夕霧ちゃん」
お帰りの意味も込めて差し出された巧太のデモノイド寄生体に覆われた手を、夕霧はそっと握り返した。
――ただいま。
小さく告げられた言葉と共に。
作者:長野聖夜 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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