早朝。ベランダ側の窓の外から鴉の鳴き声がきこえてくる。
横浜市の住宅街、アパートの一室。
白衣に麻木色の袴、神主の姿をした男が立っていた。闇に堕ちた石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)。
騰蛇は玄関のドアを見ていた。
「さて、そろそろ一日のノルマをこなしに行こうか」
独り言。
「灼滅者は私を探しに来るかな? 所詮この身は腐敗毒。こんな屑に拘っても、むしろ損をするだけだと思うけどね」
独り言を続ける騰蛇の口は笑みの形を作っている。が、その笑みは、貼り付けたような非人間的な印象。
騰蛇は己の手に視線を移す。指開きの黒手袋をつけた手は、一振りの日本刀を握っている。
「……大会が終われば、動こうか。彼女を縛る全てを無くすために。彼女を無理やり祀り上げ、利用し続けたその大本を無くすために」
騰蛇の体から、殺気と瘴気が溢れた。
そして騰蛇は玄関へ歩きだし、戸を開く。――暗殺を行うために。
教室。姫子は灼滅者に真剣な面持ちを向けた。
「ガイオウガ決死戦で闇堕ちした、石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)さんの居場所が判明しました。
彼は今、横浜で行われている『暗殺武闘大会予選』に参加している模様です。
『暗殺武闘大会予選』は同盟中の六六六人衆とアンブレイカブルが、ミスター宍戸のプロデュースによって行っている大会の予選。
全国のダークネスに参加が呼びかけられているようで、学園でも情報を確認できました。
横浜市の予選では、横浜市から出ずに一日一人以上の一般人を殺害したうえで、やってくる灼滅者を撃退するなどして一か月生き延びろ、というのがルールのようです。
ミスター宍戸は灼滅者がダークネスの凶行を止めに来ることを、予選の障害として設定しているのです。
この忌々しい予選に、騰蛇さんも参加しています。
騰蛇さんが一般人を殺し続けるのを見すごすわけにはいきません。
お願いします。横浜市に行き、騰蛇さんの救出……もしくは灼滅を」
姫子は彼に接触する方法を、説明する。
「騰蛇さんは住宅街のアパートの一階の一室に潜伏してますが、朝四時ごろ暗殺を行うため、アパートの外に出ます。接触方法は二つ。
一つは、騰蛇さんが室内にいて扉をあける少し前に、こちらから部屋に押し入るか。このとき、鍵は開いています。
もう一つは、アパート周辺で待ち構え、騰蛇さんが外に出てきた所で、接触するか」
アパート室内は敵とサポートの者も含め灼滅者全員が入れるが、広くはなく戦いづらいかもしれない。が、敵を逃がしにくい。
外は十分な広さがあり、戦いやすい。だが室内より敵にとって逃げやすい。
どちらを選ぶかは灼滅者次第。
「接触後は、騰蛇さんと戦わなねばなりません」
騰蛇の外見は、闇堕ち前と変わらず、21歳の青年の姿をしている。
話しかければ、柔らかい物腰と穏やかな表情で対応する。
「でも、今の騰蛇さんは六六六人衆。内心は憎悪と殺意に満ちているようです。油断しないでください」
戦闘では、騰蛇は殺人鬼の三つの技の他、日本刀による居合切り、毒のような瘴気を肌から近列に噴く気迫の技を使う。
ポジションはディフェンダー。
「騰蛇さんは殺気に満ちていますが、一方で、冷静で計算高い理性を持ちます。状況が不利と見れば、即座に逃げようとしますので、逃がさないよう注意が必要でしょう。
また説得で彼の心を刺激できれば、彼の戦闘力を弱められます。
けれど説得に重きを置くあまり、戦闘がおろそかになれば、騰蛇さんはそこをつきます。その点はご注意を。
また彼が大会優勝後に何をするつもりかはっきりしませんが、どうやら身近な人のことに拘っているようですので、身近な人からの説得はより有効かもしれません」
姫子の説明が一段落したところで、灼滅者の一人、地央坂・もんめ(大学生ストリートファイター・dn0030)が手を挙げた。
「今回、騰蛇を助けられなけば……完全に闇堕ちしてしまうんだな?」
姫子は頷く。
「今回助けられなければおそらく、もう助けられなくなります。だから、救出が無理なら灼滅せざるをえません。でも!」
姫子はわずかに声を大きくした。
「ガイオウガ決戦では『怖いな』と口にしつつ、それでも闇に堕ちてまで皆の道を開いた騰蛇さん。彼を失うのは学園にとって損失ですし、なにより悲しいこと。
だから、どうか、騰蛇さんの救出を!」
参加者 | |
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仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917) |
巴衛・円(くろがね・d02547) |
櫻井・さなえ(甘党で乙女な符術使い・d04327) |
香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830) |
ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246) |
シャオ・フィルナート(女神の玩具で性別シャオで幼女・d36107) |
穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442) |
三影・紅葉(中学生・d37366) |
●
早朝の横浜市。空の東方は青みを帯び始めている。
櫻井・さなえ(甘党で乙女な符術使い・d04327)はアパートの扉の前に立っていた。拳を痛いほど握りしめ、決意の表情で。
さなえは、玄関側に立つ地央坂・もんめ(大学生ストリートファイター・dn0030)と三人の仲間の顔を見て、アイコンタクトをとる。そして扉を開けた。
一方、ベランダに侵入したルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)はこちら側に来た仲間ともに、耳を澄ませていた。玄関の扉が開く音を確認しワンテンポを置いて、
「いこう。学園は今大忙しだからね。このチャンスを確実に掴もうか」
窓を開け、仲間を連れて中へ。
室内は最低限の家具すらない殺風景な部屋。
扉とベランダから侵入を果たした、さなえとルイセら灼滅者一行は、室内にいる一人の男を取り囲む。
男。穏やかな、けれど作り物じみた笑みを浮かべる男。彼こそが闇に堕ちた石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)。その手には一本の刀。
巴衛・円(くろがね・d02547)は、躊躇せず走り出した。
「よう、しばらく見ない間に、随分酷い面になったもんだな?」
しゃべりながら、加速する。
円は無銘の篭手から障壁を展開させ、走りながら体をひねる。騰蛇へ肩を当て、衝撃で騰蛇の体を揺らす。
が、円の足から血が吹き出した。そこに深い傷ができている。円が攻撃した直後、騰蛇が死角から斬ったのだ。
さなえは天華ノ符から一枚を取り出し、投げる。札は円の体に触れた。札からさなえの力が円に流れ込む。血が止まり傷口が塞がっていく。
騰蛇はさなえに視線を移した。
その騰蛇の背後でルイセがベルトを握りしめる。
ベルトはルイセの意に応じ伸びた。
そして、ルイセのベルトの先端が騰蛇の肩を直撃。槍のように肌に突き刺さる。
灼滅者が次々攻撃する中で、騰蛇は呟く。
「私にはこれからやることがあるというのに……どうしてこんな屑に関わるのか、所詮この身は腐敗毒というのに」
その呟きに対し、三影・紅葉(中学生・d37366)は断じるように言う。
「やることが暗殺だというなら、させないぜ。与えられた選択は二つ。ここで死ぬか、寂滅者として生きるか、だ」
シャオ・フィルナート(女神の玩具で性別シャオで幼女・d36107)も表情を変えず、騰蛇へ答えた。
「どうして、関わるのか、だけど……誰かを救うのに……理由なんて要らない、よね……?」
言葉を聞いたか、騰蛇は紅葉への距離を詰めてくる。
紅葉はとっさに腕を振った。近づいてくる騰蛇の体へ、斬艦刀の刀身を叩きつける。
体をくの字に折り曲げる騰蛇へ、シャオが一歩踏み込む。息を止め、白く光る刃を一閃。
傷口から血を滴らせる騰蛇。
が、彼は痛がらない。苦しまない。怒らない。相変わらず笑んでいる。
笑む彼の体から、殺気が溢れ、シャオや紅葉を襲う。消耗させる。
騰蛇はさらに殺気を振りまこうとしていたが――、
「おっとー、それはさせないよー?」
後衛から仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)が影を相手の足へ延ばす。影から炎を吹き出させ、敵の足を焼く。
炎に焼かれた騰蛇は、しかし、その後の灼滅者の攻撃のいくつかを回避。
そして後衛を狙って鏖殺領域。どす黒い気を後衛へ飛ばす。その状況で、
「さぁ燃え尽きようぜ、クトゥグァ」
穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)は叫んだ。己に活を入れるかのように。
白雪は騎乗しているライドキャリバー・クトゥグァを前進させ、後衛を狙う気のいくらかを己とクトゥグァの体で止める。
そして己の血が付いた狂犬ツァールを振り上げ、ズタズタラッシュ!
香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)は白雪が攻撃する間に、騰蛇の背後に回る。戦う時の口調で言う。
「初めましてですけど、でも騰蛇先輩のこと何か放っておけないから、だから全力で行きます」
翔は交通標識を構え、片足を浮かせた。標識をフルスイングし、敵の背へ強烈な打撃を加える。
●
騰蛇には多くの傷ができた。確実にダメージは与えている。が、その一方で騰蛇の機敏な動きと正確な一撃は、灼滅者たちを苦しめる。
今も、居合切りが灼滅者へ放たれた。
その一撃を、紅葉が受け止める。
「俺が防ぐ! ――今のうちに言葉をつきつけてやれ」
弥勒は指で丸をつくり、OKの意志を示す。そして拡声器を持って、
「騰蛇には、学園の戦力的な意味でも、帰ってきてくれないと困るんよねー? あ、その顔は反対? でも、反対は友人代表の方々により却下されましたー」
とまくしたてる。弥勒の声のためか、騰蛇の視線が紅葉から逸れた。
翔が騰蛇へ話しかける。優しい笑顔を浮かべて、
「オレの知ってる先輩も『自分なんか誰も』みたいに言ってたけど、闇堕ちした時、色んな人が心配してた。だから、先輩にもきっと待っててくれる人が居る筈だよ」
円は足音を立て騰蛇へ近づく。そして目の前の相手に怒鳴る
「屑? 毒? それがどうした? お前さんのダチをやめる理由には少々足らんな。戻ってこい、こんなところで油を売ってないで――自分の存在意義のために!」
「静かにしてもらいたい、私には……」
反論しようとする騰蛇の前で、さなえは首を振る。黙ってなどあげないと。
「自分には価値はないから自分より他人の安全。それはきっと正しくて、何より歪で……あなたらしいけれど、そんなこと褒めたくはないわ」
さなえは目に涙をため、
「あなたに護られてばかりの私じゃない。私が、あなたを守るの。世界の全てから、貴方を守ってあげる。……あなたが好きよ、帰ってきて、戻ってきて、へびちゃん!」
最後は叫ぶように。
騰蛇の動きが硬直する。一瞬。だが、確かに。
ルイセは泣くさなえや傷ついた仲間を目で示し、問う
「巴衛さんや櫻井さんと違って、ボクはキミをよく知らない。だから、教えてほしい。キミがやりたかったのは、こんなことなのかい?」
「私は……」
なおも抗弁しようとする彼を、白雪は怒鳴り飛ばす。
「うるせぇ! みんな、おまえに帰ってきてほしいんだよ! 大人しく戻ってこい!」
シャオも藍の瞳で、騰蛇の目を見つめ、こく、大きく頷いた。
絶対彼に戻って貰い、皆のお帰りなさいを聞いてもらう、という強い意志を込めて。
騰蛇は、再び刀の切っ先を灼滅者たちへ向ける。が、その体から発される殺気は、遭遇時よりも弱まっていた。
●
ジュラルはベランダの窓を塞ぐように立ちながら、
「小難しいことはよく解らんけど、私を心配させた罪は重い! 櫻井さんに巴衛の旦那や、眼鏡が割れるくらいぶちかましちゃっておやりなさい!」
時代劇めいた口調で指示。
ジュラルが出入り口の一つを塞ぐことで、他の者はより戦いに専念できる。
もんめが特攻する。「燃えるぜ!」言いながらアッパーカットで相手の顎を狙う。
騰蛇は拳を受けながらも、表情を崩さない。
「どうやら逃げ道まで塞がれているようだね。こんな屑を相手にそこまでの手間をかけるとは。なら――一角を崩そう」
騰蛇は床を蹴って跳躍。円の横に回ると視覚から脇腹に刀を突き立てる。
直撃。本来なら、今まで相手を怒らせ仲間を守り、消耗してきた円の、その円の大幅に体力を奪う筈だったその一撃。
けれど――円は毅然として立っていた。にやりと、笑う。
「効いてないぜ? 威力がさっきよりも落ちてるな――聞こえてるんだな、騰蛇! とっとと『それ』をぶちのめすなり呑み込むなりして、帰ってこい!」
そう告げると、ハンガーをくるくる回転させ――相手の頭部をしたたかに殴る。フォースブレイク!
さなえは漆黒の瞳を騰蛇の顔へ向けていた。
「中で、あなたも戦ってくれてるのね……なら、私も絶対に……!」
円の治療を手早く済ませ、一分後には合歓を、天井へ向けた。
そして、轟雷で騰蛇の体を狙い撃つ!
雷音がやまぬ間に、翔と弥勒が、左右から騰蛇を挟み込む。
「先輩のおかげでオレの知り合いが助かった。その恩返しとして今度はオレたちが先輩を助けるよ。だから先輩、ちゃんと学園に帰ろうねー!」
「そうだねー。あの決死戦にはオレの知り合いもいたし、騰蛇に助けてもらった人もいると思うよねー。感謝ーだからお返しー」
弥勒が言い終えると同時、翔が腕を刃へ変形させた。腕を前に、強烈な突きを見舞う。
弥勒は交通標識を相手の脛へ振り落とす。痛打し、さらに標識に宿した炎で敵を消耗させる。
「がぁっ」
騰蛇の口から漏れる呻き声。
それでもなお、騰蛇の歪つな笑みは消えず、戦場に騰蛇の殺気が迸る。
紅葉は気を浴び毒を浴びた。毒の影響で顔を青ざめさせつつも、紅葉は敵との距離を詰める。
斬艦刀で敵の日本刀を払いのけ、
「これでどうだ!」
紅蓮撃! 敵を一気に炎上させる。
「ここにこれなかった友人のためにも、最後まで全力を尽くすよ」
すかさず、ルイセが跳躍。相手の頭上で、メロメロ☆ベリーメロンの弦をかき鳴らし、ソニックビート。塊のような音波を敵へ降らせた。
白雪は緑の瞳で騰蛇を睨んでいた。ルイセが動くのに合わせ、白雪はクトゥグァを走らせる。
機銃を撃たせつつ、白雪は猟犬ロイガーに炎をまとわせる。刃で敵を切り、さらに焼く!
騰蛇はその場に両膝をついた。
「いけ、シャオ!」
「うん……――石上さん……目をさます、時、だよ……」
白雪の叫びにシャオが答えた。シャオは腕を一閃させる。放つは、ダークネスの霊魂を切り刻む、クルセイドスラッシュ。
シャオの渾身の一撃が――ダークネスとしての騰蛇の意識を刈った。
騰蛇は仰向けに倒れた。騰蛇の体から闇の力が消えていく。
●
白雪は騰蛇に近づく。
「息はしてる……ちゃんと生きているな。皆の言葉を受け取ってたんだな」
白雪の言葉を聞いて、何人かが安堵の息を吐いた。
ルイセも、
「ピンチヒッターの役割はちゃんと果たせたみたいだね。よかった」
と顔を綻ばせる。
一方、紅葉は騰蛇が無事と聞くと皆に背を向け、ドアへ歩いていく。何も言わずに。
紅葉がどんな顔をしていたのか、他の者達からは見えなかった。静かに歩き去る紅葉
やがて、騰蛇は目を開ける。
上半身を起こし、皆の顔を見つめる彼に、彼を助けた者たちが、声をかける。
弥勒は片手をあげ、気さくな口調で
「騰蛇、おはよー。それから改めてー、決死戦では友人を助けてくれて、ありがとう」
翔も屈託のない笑みを向ける。
「オレからもありがとう。それから、おかえりー!」
さなえはじっと、騰蛇を見つめていた。その目にじわっと浮かぶ涙。
「……っ」
さなえは騰蛇に駆け寄り、彼の両手をぎゅっと握る。もう離したくないというように。
騰蛇はさなえの目を見つめる。握られた手に力を入れる。握り返す。
少しだけ離れた位置で、シャオは二人を見ていた。シャオの口に浮かぶふわりとした微笑み。
(「よかったね」)
唇が小さく動いた。
シャオの見守る前で、円が騰蛇たちへ歩み寄った。騰蛇の背中をどんっと強めに叩く。
「良く帰ってきた」
騰蛇はさなえの手を握ったまま、視線を動かし、皆の顔を見る。
「皆さん、ありがとうございます。それから……
ただいま」
懸命に戦い、声をかけ、自分を取り戻してくれた、仲間たちへ。
作者:雪神あゆた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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