暗殺武闘大会暗殺予選~狂鳥、凶蝶と踊る

    作者:るう

    ●横浜市、郊外の廃屋
    「や……やだあああ!!!」
     若い女の悲鳴が響く。
     辺りを包むのはのしかかるような闇。その中を照らす唯一の光――緻密に描き込まれた魔法陣には、人の形のシルエットができている。

     ここは儀式場。かつては歴史ある屋敷であったこの建物も、今やソロモンの悪魔の実験場と化していた。女を含む数人の男女は、悪魔に選ばれた実験材料だ。
     蝶を思わせるその存在は、今、魔法陣の上の男に気を取られている。女は、闇雲に走り出す。そして、外へと繋がる障子に手をかけようとした瞬間……突然目の前に現れた、カラスを思わせる顔の鳥人間!
    「おやおや、お逃げになりたいのですねえぇ!」
     それは慇懃に一礼をした。もう逃げられない……そう絶望する女の耳元で、けれども彼はこう嗤う。
    「成る程、もっともな事でございましょう! ならば、少々お願いしたい事がございます」
     女の足元に、一振りの短剣が落とされた。
    「あちらに、貴女のご友人方がいらっしゃいます! 今から彼らを起こします! ので! 皆様同士で、ご存分に生き残る方をお決め下さいませえぇぇぇ!!!」
     鳥人間はカカカと狂ったような笑い声を上げ……ご覧なさい我が『卵』、これから、人がいかに守る価値のないものか、その醜さが明らかになるでしょう、と囁くのだった。

    ●武蔵坂学園、教室
    「かつてHKT六六六をプロデュースした『ミスター宍戸』が、今度は六六六人衆とアンブレイカブルを同盟させ、新たな派手な事件を生み出さんとしている!」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)はそう語る。ミスター宍戸は『暗殺武闘大会暗殺予選』の開催を宣言し、日本全国のダークネスに参加を募っているらしい。
    「元々、組織力を持たないダークネスに向けた呼びかけであり、武蔵坂学園もその概要を知る事ができた……というよりも、当初から俺たちに伝わるのを前提としているようだ……! ミスター宍戸……恐ろしい男だ」
     その要綱は、次のようなものだ。

     予選期間である一週間、毎日一人以上の一般人を殺害すること。
     会場は神奈川県横浜市の全域。予選中に市外に出る事は許されない。
     期間中に灼滅された者は失格。事件を嗅ぎつけて現れるだろう灼滅者には注意。

     敵の思惑通りに動くのは癪だが、かといって見過ごすわけにもいかないとヤマトは顔を顰めた。理由は……もちろん人々の命が奪われる事を防がねばならぬという事もあるが、もう一つ。
    「大会の存在を知って集まった者の中には……昨今の戦いで闇堕ちした、元灼滅者の姿もあるようだからだ!」

     かつて水霧・青羽(笑啼伽藍道化・d25156)であったソロモンの悪魔は、この予選で多くの一般人たちを死に追い遣らんと目論んでいる。人々の絶望を魂の奥に眠る青羽に見せる事で、彼を苦しめ、弱らせ、完全にその意志を打ち負かす……そうすれば闇堕ちした黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)との間で結ぼうとした魔術契約も成り、互いに更なる高みを目指す事ができると彼は信じているのだ。
    「場所は、横浜市郊外の、久しく管理されていない屋敷。二人の悪魔は大会への参加にかこつけて、唾棄すべき人体実験に手を染めんとしている!」
     両者は巧みに連携しており、不用意に乗り込めば返り討ちに遭うだけだろう、とヤマトは予測する。人質の一人が逃げようとして、二人の意識がそちらに向いた隙を狙い、こちらも連携して事に当たらねば、人質の若者たちを助ける事も、二人を闇から救う事もできないかもしれない。
    「屋敷の雨戸は閉じているが、幸い、小さな穴などから中の様子は確認できる! 悲鳴を合図に、中の様子を元に雨戸や屋根を破って突入すれば、未来はお前たちに傾くはずだ!」
     その後、上手く両者を引き離すように戦えば、彼らに連携をさせる事なく、戦いを有利に進められるだろう。後は悪魔を弱らせて、二人を取り戻すだけだ。
     だが、もしも今回の機会を逃したならば、二人の灼滅者としての魂は失われてしまうかもしれない、とヤマト。
    「だが、俺は信じている……お前たちの力があれば、必ずや二人を闇から救い出せると!」


    参加者
    翠川・夜(今宵は朝日が登る迄・d25083)
    望月・一夜(漆黒戦記ナイトソウル・d25084)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    御門・那美(高校生神薙使い・d25208)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)
    アリソン・テイラー(アメリカンニンジャソウル・d26946)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ

    ●突入作戦
     建物が揺れる。つんざく轟音。もうもうと上がる古い埃が、魔法陣の放つ輝きを覆う。
     思わず、悲鳴を上げ続ける女から目を離す悪魔。ショータイムの始まりに、鳥人間は瞳に狂喜の光を宿し、おぞましくも水霧・青羽の面影を残す右腕を胸に当てた。
    「ようこそおいでくださいました、灼滅者の皆様! 歓迎いたしますよおぉ!」
     慇懃な一礼と共に発した嘲るような口調には、青羽らしさは見当たらなかった。普段の自分を思い出せとばかりに、翠川・夜(今宵は朝日が登る迄・d25083)が彼を演じてみせる。
    「にゃっほ~い、天井から失礼……ですよ、水霧さん」
     すると、悲嘆し目元を歪める悪魔。芝居がかって右腕を広げ、左の羽を目尻に当てて。
    「もしや皆様、我が卵を再び苦悩と嘆きに満ちた世界に解き放とうと!?」
     道化じみて振る舞う悪魔とは対比的に、空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)から普段のひょうきんさは消えていた。あるのはもう一つの『普段』――感傷を全て捨て去って、何もかもを灼滅へと注ぎ込んだ『機械』。
    「嗚呼、なんという無慈悲!」
     悪魔が叫びを上げた時、嘴を大きく開け広げた悪魔の後方で、新たな騒音が鳴り響いた。
    「ダークネス=スレイヤーのダイナミックエントリーでござるヨ! イヤーッ!!」
     重い雨戸を突き破って現れたうちの一人、アリソン・テイラー(アメリカンニンジャソウル・d26946)が名乗りを上げる。再び、囚われていた女の悲鳴。
     それを耳にした悪魔の興味が、人質に戻ろうとする事だけは、何があっても避けねばならぬ事だった。
    「……まぁったく。戻ってきたら、焼き鳥パーティですからね、青羽様」
     言い残し、『デモンアイズ』へと対峙する百合ヶ丘・リィザを見送りながら、九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)の腕と手甲が膨れ上がる。
    (「黒揚羽さんの方は皆さんにお任せします」)
    (「無論じゃ。お主らこそそちらを頼むのじゃ!」)
     響塚・落葉との間に一度、互い、恐らくはそんな信頼を篭めた視線を交わし。落葉がデモンアイズへと目を戻すと同時、脇目もふらず敵を目指した皆無の腕を……悪魔はカカカと哄笑し、青薔薇の剣で受け流さんとする!
    「私めをデモンアイズから引き離そうと? 成る程、もっともな作戦でございます!」
     紅く光った悪魔の瞳。けれどもその中に映る世界が、次は、SFめいた青い蛍光に埋め尽くされていった。
    「解ってるなら話が早いぜ! 常闇よりの使者、ナイトソウル見参ッ!!」
     ナイトソウル――望月・一夜(漆黒戦記ナイトソウル・d25084)の足裏が、悪魔の顔面を捉えていたのだった。彼の腿と脛とを延長すれば……その先は、つい今しがたまで雨戸が嵌まっていた縁側!
     同時、広がった左の翼を掻い潜り。可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)の十字墓が、縛められた両足を払うのだった。
    「あちらに、七輪を用意してございます。鶏肉様」
     へらへらとした笑みを貼りつけて、悪魔に負けぬ恭しげな一礼で、彼は庭の一角を指す。おお怖い。ひらり体勢を立て直してから、何事もなかったかのように庭へと降り立つ悪魔!
    「嗚呼、なんという悪辣! 我が卵をかくも悪意ある世界に招かんという非道、決して私めが許しませんとも!」
     嘴より呪文が紡がれた。それは、彼を取り囲む灼滅者たちに与える、懲罰にして慈悲。凍えるような悪魔の悪意が、庭ごと七輪の炎を凍てつかせ……。
     けれども、彼らの熱い願いは、どうしてそれごときに敗れよう?

    ●せせら嗤う悪魔
    『二人に絶対に手を汚させない、誰一人として死なせやしない』
     それはここに来る前の円陣で、一恋・知恵が誓った言葉。彼女がもう一方の悪魔と戦う音を聞きながら、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)はその時に両腕に感じたぬくもりを思い出していた。
     のらりくらりとした動きで嘲笑う悪魔は、たとえ布帯をガイドに使ったとしても、狙いを確実にするには程遠い。それでもあのぬくもりを――知恵、リィザ……円陣を組んだ皆の分はもちろん、学園で待っている仲間たちの分までを思い返せば、『天雲』を握る手にも力が篭もる。
     愛すべきあの日常。他愛もない話に花咲かせたクラブ、互いに愚痴を零しあった放課後。偶の喧嘩ですら失い難いひとときであったのだと、御門・那美(高校生神薙使い・d25208)は信じている。
     清らか風を受け、安堵の寝息を立てた女性をちらと見れば、明鶴・一羽がその体を抱えて運び出すところ。それを黙って見送った後、彼女は仲間たちのために黄色い標識を掲げた。
     ナイトソウルは大きく頷いた。そして十字を大きく掲げ、悪魔に咎を刻み込む。
    「いいか、青羽兄ちゃんには待っている人がいる。お前に付き合わせられてる暇はないんだよ」
     すると、大きなはばたき音を立てて。
    「ええ……ええ! 無論、存じておりますとも!」
     だからこそ休んでいただかねばと悪魔。バサバサと片肺飛行で舞い上がった彼が……誰を殺せばその目論見を成し遂げられるだろうかと思案した……刹那!
    「イヤーッ!」
     その邪悪な視線に自らを曝し、それを人質らから背けるように、アリソンが連続側転とバク転で茂みから茂みへ駆け抜けた。
    「これは! なんと尊き自己犠牲でございましょう!」
     悪魔は喜び拍手する。
     では、お望み通りに貴方の命を、存分に刈り取ってやるといたしましょうか……そう言いたげに歪んだ悪魔の表情を。
    「失せよ道化」
     那美の眼が魔を貫いた。
    「日常という舞台に貴様の役どころはないわ」
    「ですが! どうしても私め、そのようなわけには! 参りませんのでねえぇ!」
     改めてそちらに狙いを定め、指先にて術式を紡ぐ敵。生み出された光の先端が彼女を向くが、けれども那美が視線を逸らす事はない。
    「おお、強情ではございます! が……」
    「……今度は、私たちが彼を守らなければなりませんね」
     今まさに光が放たれようとした瞬間、鬼神の腕が魔を襲った。光の矢を魔法陣ごと握り潰して、悪魔の右手にまで触れたそれは、皆無が青羽へと差し伸べた救いの手。けれども、彼は握り返してはこない。
    「そうですか。随分と強情な悪魔のようですね」
     囁く夜の巫女装束が風になびき、瞳に強い意思が宿った。『ポチ』に、光の痛みに顔を歪めた皆無をフォローさせ、自らは渦巻く風の中、人質の救出にあたる仲間の姿を、再び獲物を物色し始めた悪魔から遮るように仁王立ち。
    「決して、罪は犯させませんですよ」
     その想いに共鳴するように、陽太に魔力を注がれた指輪が、一つの弾丸へと変化した。それを勢い打ち出せば、それは悪魔をも貫く破魔の毒。
    「幸せの青い鳥が、なにを凶兆を運んでるんだよ」
     感情の抑揚を一切抑えた彼は、ただ淡々と標的を狩る。真か嘘かは判らぬが、悪魔が怯えを浮かべるほどに。
    「いやだぁー! 死にたくないぃ!」
     大袈裟に顔を覆った悪魔が、ちらりとその瞳だけを覗かせた。それからけたたましい笑い声を上げた後、にたぁという顔を露にする!
    「ので! 貴方たちを殺してしまいましょうかぁ!」

    ●あの日の思い出
    「それはようございます」
     塩、胡椒、焼き鳥のタレ……鳥の悪魔をおちょくるように、それらが恣欠の服の下から落ちてきた。
    「もしや、焼き灼滅者をお楽しみになられますか? 水霧様。それも、実に結構ではございます。が……」
     バラバラと地に転がるそれらの間でステップを踏んで、不意に、砲が鳥を撃つ。
    「それだけではやはり食材の種類が足りぬというもの。貴鳥もその中に列せられれば、人はさぞかし感涙に咽ぶでしょう」
    「そうそう。他人の幸せを邪魔する悪魔より、鶏ガラの方がよっぽどみんなを笑顔にするんじゃないかな?」
     悪魔のペースに巻き込まれる事なく、逆に巻き込んでやろう。そんな事を企みながら樹斉も口を出す。一族伝来の指輪も用いて、右に左に敵を翻弄してやる。
     けれども悪魔の邪智深さといえば、灼滅者の挑発をも利用するほど。
    「嗚呼! 私め、友垣の願いに心洗われてございます! ついては、私めもちっぽけな命など投げうって、我が卵ともどもこの通り……」
     自らの首に剣を当ててみせた悪魔の表情が、してやったりといびつに歪んだ。それが罠であるのは明らかなれど、する侭にさせる事など許されぬ!
    「ソージュ殿をティアーさせるようなローゼキは許さないでござるヨ!」
     主、アリソンの感情が昂ぶった。呼応し、一目散に鳥人間の元へと駆けていった忠犬『サスケ』が……青い刀身の餌食となって、真っ赤な鮮血を土の上に落とす。
    「カ、カ、カ……カカカカカカカ! 我が卵を道連れに私めが死を選ぶ? ご安心を! そのような事は、断じて! ございませんのでえぇ!!」
     手段を選ばぬ卑劣な策だ。そう、那美は顔を顰めるのだった。
    「それはよかったわ」
     そんな言葉を吐き捨てて、アリソンの組み上げた布鎧の裏で身を震わせるサスケに、癒しの矢の狙いをつけながら。那美の眼差しはいっそう鋭く変化する。
    「だって……解ってるでしょう? あたしは友達を無事に連れ戻しに来たんだもの。道連れはしないというなら好都合……あんたを引きずってでも連れて帰るからね!」
    「一昨年の演劇じゃ僕が連れ帰ってもらったけど、今度は僕が君を連れ帰る番だ」
     その時の青羽の役こそ幸せの青い鳥で、陽太はアリスの役だった。あの時は何故女装する羽目にとは思ったけれど……その思い出が彼を繋ぎ止めるかすがいになるのなら、随分と安い代償だ。
     帰ろう、と伸ばした陽太の手には、悪魔を断罪する十字架があった。彼は、その罪の内から甦るだろうか?
    「『幸せ運ぶ蒼い鳥、きらきらコウモリ羽は黒……』 ダークネス相手にペラ回しても張り合いないね」
     あの時演じた気狂い帽子屋の格好で、つまらなさそうに吐く東・啓太郎。それに三月ウサギとのお茶会は、やっぱり彼がやらなくちゃ。
    「その通りだ、青羽兄ちゃん」
     ナイトソウルの空中キックが、道化の面から涙のように垂れる鎖を容赦なく捉える。
    「三月ウサギを自由な空へと運ぶのは、幸せの青い鳥でなくちゃいけないんだ……。月は貴様の悪事を見逃さないぞ、ダークネス!」
    「お許しをー! 私め、まだすべき事が沢山あるのでございますぅ!」
     悪魔は鎖をじゃらじゃらと鳴らし、じたばたともがいてみせた。そんな狂鳥に跨って、皆無は二度、三度手甲で殴りつける!
    「すべき事? 魔術の研鑽なら戻ってからなさい。貴方の献身のお蔭で得たガイオウガの知識が、今なら学園にはあるのです。それとも……彼女の元に、帰りたくないのですか?」
    「ほーら、怪しげな儀式なんてやめて早く戻ってくるように!」
     叱咤する夜の手許からは、導くような光が飛び出していた。それから……優しく語りかけるように。
    「柘榴さんだってそろそろ戻ってくるはずです。こんなところに残る意味もなくなるんですから、強情なんて張る必要ないですよ」
    「こんな鳥頭に好き放題言われて悔しくないの!? 舞さんだって怒るよ! コレはちょっと絞めて焼き鳥にするから、水霧さんはさっさと目を覚ましなさい!!」
     さらに神之遊・水海の激励を受けた時……突如悪魔は、急に苦しんで悶え始めた。何事かと警戒を怠らぬ灼滅者たちの目の前で……それは、奇妙な変貌を遂げる!

    ●演者の悲喜
    「済まない……」
     その声が誰のものかは、灼滅者たちには明らかだった。
     右腕から次第に全身へ、人である場所が広がってゆく。黒い羽毛と黄の嘴が、まるで吸収されるかのように消え失せる。
    「ミズギリ殿……でござるカ?」
     恐る恐る問いかけてみたアリソンに、蒼い髪を一つに束ねた紅眼の青年は、ゆっくりと深く頷いた。それは、どこからどう見ても、在りし日の青羽そのもののように思える。
    「おや? では、焼き鳥パーティーは中止にせねばなりませんか。水霧様」
     恣欠は軽薄な笑いを消さずにそう訊いた。そうらしい、残念だ……同意するように青年は微笑む。
    「……でもさ」
     その時樹斉が首を傾げた。
    「普段のセンパイに戻ったんだよね? だったら『ブラン』はどうしたの?」
     ぴくりと動いた狐の耳が、青年の歯軋りをも聞き取らんと動く。
     そればかりか陽太からの魔法弾が、違わず『青羽』へと突き刺さる。
    「青羽くんにしては強すぎるだろう。僕たちが『バベルの鎖』の命中率予測すら使いこなせないとでも思ったか、悪魔」
    「本っ当に水霧さんだって言うのなら、ロープでぐるぐる巻きにして、あの手この手で本当に元に戻ったかどうか確かめさせて貰っても構わないですよね? ほ、本当に戻ってたら後で謝りますから!」
     太いロープを両手で構え、ぽち、やっちゃって下さいと霊犬に声をかけて迫る夜。
     しばしの沈黙を経た後に……青年は、観念したような顔でこう洩らした。
    「確かに……俺はまだ悪魔のままだ。完全には灼滅者に戻れずに、こうして一時的に悪魔を抑えておくのが精一杯だ」
     だから、殺せ。
     悪魔もろとも、この水霧・青羽を殺せ。
     そんな、儚げな声を響かせ懇願した時……。
    「では、そうさせて貰いましょうか?」
     容赦なく殴りつけるのを再開する皆無! そこには一切の躊躇いも、手加減しようという意思すらもない!
    「カァーーーーッ!? 貴方たちは、いたいけな友の頼みに涙すらせぬと!」
     こりゃかなわん。一瞬にして鳥人間の姿を取り戻し、堪らず悪魔は逃げ出した。ほうぼうの体で灼滅者たちに見せた背中に、ナイトソウルが墓標を埋め込んでやる!
    「残念だったな、三流役者! そういった悲劇は好みじゃなくてね! お前が何と言おうとも……俺はヒーローとして……いや友達として、必ず青羽兄ちゃんを助けるんだ!」
     そこに一般人の救出を終えてきた西園寺・めりるが、こんな言葉をつけ加える。
    「なんだかわたしの知っている青羽さんじゃなかったですよー! 本物の青羽さーん! 早く戻ってくるですよー!」
    「ですが! まだ私め、この通り! 愉しい舞台を降りる気などございませんのでぇ!」
     悪魔が死の風を撒き散らす。同時、もう一つの風を渦巻かせる那美。
    「その程度の演技で騙そうだなんて役者、舞台にいるだけでも不快だわ」
    「狂言回しを聞くのなら、水霧のファントムの方がずっといいね。鳥……? みたいな奴のつまらないものよりさ」
     影龍・死愚魔が思い出したのは、今年の舞台の事だった。青羽の衒学的な台詞回しと比べれば、悪魔のは単に五月蝿いだけ……。
    「カ、カ、カ!」
     悪魔は、またもや大笑いをした。次第に冷気が不気味に蠢き、那美の風を押し戻さんとする……けれど!
    「小手先のムーヴで勝てるほど、ミー達はサンシタではないでござるヨ!」
     それがついに雪崩れ込んできたのは、アリソンの振り回した標識に従い、皆が跳び退いた後! 皆で円陣を組んで高めた絆は、悪魔の奸計をも上回る!
    「舞を残していくとは許されんとよー! ここで大人しく帰ってくるとが身のためばい!」
     屋敷の向こうから二重・牡丹が叫んだ言葉に、悪魔は嫌がるように首を振った。
    「水霧こんにゃろう! なんだかんだで俺、お前の事尊敬してんだかんな! 俺でも戻ってこれたんだからとっとと帰ってこいや!」
     斎倉・かじりに至っては居ても立ってもいられずに、こちらに駆けてくるところ。
    「カーーーッ、カカカカカ! 何たる甘言! おぞましき誘惑! 我が卵はそのような妄言になど耳を貸さないのでございます……」
     ……ざん!
     紙製のはずの剣で道化面を斬りつけて、恣欠ははてと首を傾げた。
    「そのピエロの仮面を剥ぎ取って差し上げましょう。……こう叫ぶのが作法でしたかな? ペルソナ」
     一度よたよたと跳び跳ねた後、ばさりと鳥は片翼を広げる。そして、舞い上がりながら嘲笑う。
    「ざんんん……ねんでぇ! ございます! 実に我が卵は、私めの犯さんとした罪に涙するばかり! たとえ私めが果てたところで、それが意味するのは再会にあらず! 我が卵を、無為に苦しめる牢獄に解き放つ事……」
     さらに、別の角度から……ざん。
     樹斉の投げつけた天雲が、違わず化面ごと悪魔を貫いていた。
    「キミが幾ら卑劣だからって、青羽センパイの本質とは関係ないよね? センパイが気に病む必要はない……そうでしょ、センパイ?」
     樹斉が疑う素振りもなくそう訊くと、憎々しげに顔を歪める悪魔。
    「チッ……あーあ、つっまんねぇ……」
     そんな言葉だけを吐き捨てて、鳥人間の羽毛は枯れ果てる。
     後には、ほのかに口角を上げて眠る青羽の姿だけが残されていた。魔蝶デモンアイズを討ち取った者たちも、こちらの様子を見て手を振っている。
     青羽が眼を覚ます時は、すぐにやって来るだろう……その時、灼滅者たちは改めて、彼に「おかえり」と声を掛けるのだ。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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