暗殺武闘大会暗殺予選~すべては己の欲のため

    作者:三ノ木咲紀

     横浜市内にあるマンションの一室に、少女が二人ソファに座っていた。
     何がそんなに悲しいのか。涙に暮れる少女の肩をそっと抱いたもう一人の少女――鬼九は、宥めるように少女の髪を撫でた。
    「……もう、大丈夫ですわ。これからは、あなたはわたくしが守って差し上げます」
    「……本当に?」
     悲しみに暮れていた少女は顔を上げると、鬼九の目を覗き込んだ。
     その目を覗き返した鬼九は、うっとりするような笑みで静かに頷く。
     鬼九の笑みに蕩けるような目をした少女は、感涙を浮かべながら鬼九に抱きついた。
    「嬉しい、ありがとうお姉さま!」
    「いい子ね」
     少女の美しい髪を手で梳きながら、鬼九は邪悪な笑みを浮かべた。
     これで、鬼九の眷属――『妹』を手に入れた。
     所詮一般人。灼滅者には及ばないが、そこそこの役には立つだろう。
     ぎゅっと抱きしめてくる少女を抱き締め返しながら、鬼九はかつてりんごが育てた組織と友人を思い浮かべた。
     りんごと変わらない姿で一人一人に声を掛けて、変わらぬ笑顔、変わらぬ声で友達のように接して、そして……。
     甘い夢想は、少女の声にかき消された。
    「きっと、パパやママも……」
     少女が言葉を口にした瞬間、その首が落ちた。
     長く伸びた鬼九の爪が少女の首を掻き切り、蕩ける目をした少女は蕩ける目をした生首と化す。
     この少女の容姿は好みだったが、『妹』としては役立たずだ。
     少女の生首を愛しそうに手にした鬼九は、少女の頬を親指でゆっくりと撫でた。
    「あなたはわたくしの『妹』としては失格。ですから……」
     少女の頬に牙を立てた鬼九は、血に染まった口角を上げた。
    「あなたをわたくしの力にして差し上げますね?」
     微笑んだ鬼九の姿は、りんごと寸分の変化もなく。
     りんごと変わらない顔、りんごと変わらない声をした鬼九は、りんごと変わらない姿のまま少女を存分に喰らった。
     己の欲を満たした鬼九は、顔を上げると窓を開けた。
     遠くには、横浜の市街地の光。
     今はこの横浜から出ることはできないが、じきに旅立ち手勢を増やす。
     かつての友――加賀・琴とルナ・リードが残した残党を拾い上げ、『妹』を増やし、一大勢力を作り上げるのだ。
     そのためには、鬼九自身も強くあらねばならない。
     確実に、かつての仲間を『妹』にするために。
     己の欲のために。すべては己の欲のために。
    「暗殺武闘大会。勝ち残ればきっと、力を手に入れることができますわね。わたくしの目的のために、ミスター宍戸の大会で優勝して差し上げましょう」
     りんごと変わらない笑みを浮かべた鬼九は、足元に転がる躯には目もくれずにその場を立ち去った。


    「ガイオウガ決死戦で闇堕ちしはった、黒岩・りんご(魔王・d13538)はんが見つかったで!」
     くるみは集まった灼滅者達を見渡すと、横浜市街地の地図を張り出した。
    「りんごはん――鬼九は、このマンションの最上階にいはる。自分の眷属――『妹』を増やすために活動してはるみたいや。それに加えて、今は暗殺武闘大会暗殺予選に出てはる」
    「暗殺武闘大会暗殺予選ですか。今話題になっている……」
     軽く手を挙げた葵に、くるみは頷いた。
     同盟を組んだ六六六人衆とアンブレイカブルが、ミスター宍戸のプロデュースで派手な事を始めたようだ。
     日本全国のダークネスに対して、広く参加を呼び掛けている暗殺武闘大会。
     横浜市で行われる暗殺予選では、横浜市から出る事無く1日1人以上の一般人を殺した上で1週間生き延びれば予選突破となる。
    「つまりミスター宍戸は、皆がダークネスを灼滅しに来るのを織り込み済みで、予選をしとるんや」
    「それはまあ、ミスター宍戸らしい。……そして、その暗殺武闘大会暗殺予選にりんごさんが参加されているのですね」
     葵の確認に、くるみは頷いた。
     鬼九は横浜市内で己の眷属を増やしながら、暗殺武闘大会暗殺予選に参加している。
     自分好みの少女を甘い言葉で闇に誘い、身も心も蕩けさせて『妹』に堕としている。
     声を掛ける時は慎重に二人きりの時を狙い、『妹』に堕ちなければ深入りせずに殺して喰らってしまう。
     一大勢力を作り上げるための力を欲して、この暗殺武闘大会暗殺予選に出場したようだ。
    「この機会を逃せば、もうりんごはんを取り戻すことはできひんかも知れん。ミスター宍戸の策略に乗るんは癪やけど、皆でりんごはんを連れ戻したってや!」
     くるみはにかっと笑うと、頭を下げた。


    参加者
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)
    綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)
    二階堂・薫子(揺蕩う純真・d14471)
    天原・京香(銃声を奏でる少女・d24476)
    月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)

    ■リプレイ

     少女を抱き締め返す鬼九の耳に、ガラスが割れる大きな音が響いた。
     ラペリングロープで屋上から一気に降下した天原・京香(銃声を奏でる少女・d24476)は、窓を蹴破ると室内へ強襲した。
     同時に、玄関からドアを破壊する音が響く。
    「りんごさん、見つけた……!」
    「黒岩ちゃんは返してもらうんだよ」
     鍵のかかったドアをサイキックで破り侵入した錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)を先頭に、灼滅者達が鬼九のいる部屋へなだれ込む。
     その姿に、鬼九が少女を人質として更に強く抱き締めようとした。
     その一瞬前、結衣菜が動いた。
     殺してしまうと戻れなくなってしまう。そんな予感に突き動かされた結衣菜は、真っ先に少女の手を引き鬼九から引き離す。
    「わふわふ~♪(みつけた~♪)」
    「こっちににげるの~」
     混乱する少女に駆け寄ったエミーリアとエステルが、少女の服と手を取り室外へ連れ出そうとする。
     その手を、少女は振り払った。
    「嫌! お姉様ぁっ!」
    「いらっしゃい!」
     必死に抵抗する少女の手が鬼九の手に触れる寸前、魂鎮めの風が吹き抜けた。
    「心の傷はゆっくりと……ね?」
     眠る少女を抱きとめたゆいなは、少女にそっと囁いた。
     鬼九から少女を庇うように、扶桑が立ちはだかった。
    「死なせるわけにも、殺させるわけにもいかない、よ!」
    「捕まえる暇なんて与えへん!」
     窓から飛びこんだ月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)のエアシューズが空を切り、少女と鬼九の間に割って入る。
     その隙に室外へ運び出された少女から視線を外した鬼九は、現れた灼滅者達の姿に余裕の笑みを浮かべた。
    「お久しぶりですね、わたくしの妹達」
    「鬼久の妹なんて願い下げだよ!」
     鬼九の言葉を真っ向から否定した墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)に、香祭・悠花(ファルセット・d01386)も頷いた。
    「最初に言っておくと。わたしはりんごさんのゆりともであって、鬼久さんのではないわけで」
    「つれないですね」
     りんごと変わらない顔で寂しそうに視線を落とした鬼九は、悠花に歩み寄ると目を真直ぐ覗き込んだ。
    「わたくしのゆりともには、なってくださらないの?」
    「離れて!」
     手を伸ばし頬を撫でる鬼九へ、綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)はクルセイドソードを突き出した。
     鋭い斬撃を半身で避けた鬼九に、一美は唇を噛みしめた。
    「りんごさん、私が未熟なせいで、こんなことになっちゃって。ごめんなさい」
    「謝ることなんて、何もありませんよ」
     色々きわどいタイプの青いアイドル衣装に身を包んだ一美の姿に、鬼九は一美の後ろへ滑り込むとそのまま抱き締めた。
     大きく開いた胸元へと指を絡ませた鬼九は、一美の耳に蠱惑的に囁く。
    「じきにあなたも、わたくしと同じ場所に堕ちるのですから」
    「はわぅっ……!」
     顔を赤くしながら思わず口癖が出た一美の肩の上を、一陣の風が吹き抜けた。
     問答無用で放った二階堂・薫子(揺蕩う純真・d14471)の回し蹴りが、鬼九めがけて突き進む。
     一美を離して距離を取った鬼九に、薫子は切に叫んだ。
    「りんごさんは、私の大切なお友達ですの!  一緒に笑って、一緒に遊びに行って、色んなことを教えて貰いましたの!」
    「では、一緒にいらっしゃい。あなたにはこれからも、色々なことを教えて差し上げます」
     にっこり微笑み手を差し伸べた鬼九は、室内を見渡した。
     窓もドアもベランダも、灼滅者達が押さえている。
     鬼九は左腕を赤黒く異形肥大化させると、背後の壁に軽く触れた。
     壁の向こうは屋外。鬼九の力をもってすれば、壁を破ることはたやすい。
     鬼神の力を左腕に籠めた時、色射・緋頼(生者を護る者・d01617)は一歩前へ出た。
    「鬼九、ここで勝ったら『妹』になりますよ」
     壁を破ろうとしていた左手が、ぴくりと止まる。
     真剣に見据える緋頼に、鬼九は頷き手を差し出した。
    「喜んで。では、共に参りましょう」
    「ここで勝ったら、です!」
     叫んだ緋頼は、白縫銀手を握り締めると鬼の腕を殴りつけた。
     同時に左腕を取り、強引に抱き寄せる。
     鬼九を壁から引き離し、至近距離で密着した緋頼に、鬼九は目を細めた。


     鬼九を抱き寄せた緋頼は、背中に走った激痛に思わずうめき声を上げた。
     自由な右手で背中に爪を立て引き裂いた鬼九は、愛おしそうに緋頼を抱き寄せた。
    「この子は二人きりで堕としたいので……」
     鬼九はベランダにチラリと目をやった。
     ベランダ前に立つ白焔に向けて微笑んだ鬼九は、わずかに首を傾げた。
    「そこをどいて、いただけますか?」
    「戻って……、きて下さいお姉様!」
     再び拳を握り締めた緋頼は、鬼九の腹に白縫銀手を突き出した。
     その攻撃を読んでいたかのように避け、ベランダへ向かった鬼九の足元に、援護射撃が奔った。
     G23C&CQCナイフから放たれる弾丸を受けて動きを止めた鬼九に、京香は静かに怒りの目を向けた。
    「りんごさん、私は今かなり怒ってるのよ。友人を、加賀さんを救えなかった私に対して……。その私に更に貴方は私や他の大事な人達だけでなく彼女までも……!」
    「依が残した軍勢は、わたくしが活かします。それならば、依がいた意味も……」
    「ふざけるな!」
     琴の形見の着物を翻して烈火のように怒る京香の耳に、エリノアの冷静な声が響いた。
    「琴、いや依の残党なんて、もう朱雀門に吸収されたか慈眼城にしかいないんじゃないかしら?」
     冷静さを取り戻した京香に安心した薫子は、偽聖剣【姫切】の切っ先を鬼九に向けた。
    「りんごさんにもっとたくさんのこと教えてほしいですの!  大好きなりんごさんと、もっと一緒に遊びたいんですの!」
    「ですから、わたくしが教えて……」
    「私にとっての師匠はりんごさんなんですの。鬼九じゃないのです!」
     灰桜色の大太刀型クルセイドソードの剣身に風を纏わせ、避けようとする鬼九を迷わず捉えて大きく切り裂く。
     鬼九が下がった隙を突き、琴弓は癒しの歌を歌った。
     深い傷を負った緋頼の背中を、歌声が優しく癒していく。
    「自分以外に好意を寄せるのを許さないって、そんなの傲慢なだけなんだよ。黒岩ちゃんは誰かが好きな事をひっくるめて付き合っているんだよ」
     琴弓の言葉に頷いたゆずは、交通標識を振りかぶった。
    「逃走禁止」と書かれた赤い交通標識を振り抜いたゆずは、冷静に鬼九に問い掛けた。
    「姿形はりんごねーさんと一緒でも……ちょい魅力と余裕には欠けるんね、鬼のねーさんっ!」
     ぴくりと眉を動かした鬼九に、ゆずは続けた。
    「こちとら悪戯好きでお茶目で、けど大らかに受け止めてくれたりんごねーさんが大好きなんや。だから帰ってきぃっ……花園の皆、待ってるんよ!」
     ゆずの声に、由希奈のダイダロスベルトが迫った。
     迷いなく真っ直ぐ伸びる帯を腕で防御した鬼九に、由希奈は語り掛けた。
    「あのね、りんごちゃん。花園で本当に色々な事をしたよね。学園祭で迷宮作ったり、部員の親睦を深めるって皆で質問会したり、旅行へ行ったり……その、ゆりゆりな事もしたけど。私は楽しかったし、皆もそうだと思う」
    「それにわたし言いましたよね? どれだけ大規模でも花園はりんごさんの内輪クラブ。まるで1本の木の、年輪が重なっていくかのようなクラブだって」
     WOKシールドを構えた悠花の声に、蔓は大きく頷いた。
    「戻ってきてくれたら花園の皆というか大部分が結構な確率で抱いてだの食べてなど……」
    「貴女の帰りを待ち望んで、泣いている花が沢山いますの、分かっていますでしょう?」
     蔓の声を敢えて遮った雛の声に、紅葉は頷いた。
    「りんごちゃんのいない花園は凄く暗い雰囲気で嫌だから……何より私も寂しくて泣きそうだから」
     紅葉の声に、ミルドレッドは深く頷いた。
    「りんごがいないと、つまんないよ。早く戻っておいでよ。今なら翡翠をプレゼントするから」
    「そんな嘘で反応されたらどうするんですか!? ねぇ!?」
     ミルドレッドに肩を叩かれた翡翠は、全力で否定しながら慌てて鬼九を見た。
    「まだ、話していないこと、たくさん、です。知らないこと、たくさん、あるから……」
    「りんごさん、『妹』さんのところへ帰りましょう」
     チェーロと翠の呼びかけに、悠花はWOKシールドを鬼九に向けて叩き付けた。
    「花園の中心にいるのは、りんごさん、貴女しかいないんですよ? そこんとこわかってます?」
     よろけた鬼九に、一美のクルセイドソードが迫った。
     非物質化した剣が鬼九を袈裟懸けに切り裂き、息を詰まらせた鬼九に一美は手を差し伸べた。
    「さぁ、りんごさんの『花園』へみんなで帰りましょう!」
     差し出された一美の手に、鬼九は肩を震わせて笑った。


     楽しそうにひとしきり笑った鬼九は、灼滅者達を改めて見渡した。
    「あなた方は、本当の『りんご』を理解している……」
    「ゆーとくけど! うちは都合のいいりんごねーさん像を押し付けてる訳やないん」
     灼滅者達をかく乱しようとする鬼九の声を遮って、ゆずは鋭い声を上げた。
     同時に飛び上がり、エアシューズを鬼九へと叩き込む。
     鬼九の向かいに立ったゆずは、胸に手を当て訴えた。
    「うちらが集まったんは、ありのままのりんごねーさんが好きだっちゅー……愛やっ!」
     ゆずに呼応するように、彩歌は微笑んだ。
    「桃色だけれど、優しくておおらかなあなただからこそ、みんな楽しいんですよ」
    「ここにいる皆全員、りんごのモノにはなっても、鬼九、貴女のモノにはなりえないのよ」
     タシュラフェルの声に、静音が語り掛けた。
    「本当の黒岩姉さんは皆に分け隔て無く優しいし強い。己の闇に負けずに戻ってきてよ、姉さんっ!!」
     静音の声に、桐香も声を上げた。
    「ちゃっちゃと戻ってこないと、貴女の大好きないちごの人生が見届けられないわよ?」
    「みんなと一緒に『りんごさん』とお話しとか、これからたくさんしていきたいですから……!」
    「あなたの趣味はわかるけど、だからこそ、誰かを不幸にする人じゃない……!」
     樹と早苗の切なる声に、エリカは改めて、りんごの為に集まった灼滅者達を見渡した。
    「周囲に集まる友人も、無理やりではなく自然に、惹きつけられるように集まるものなのです」
    「ダークネスとか灼滅者とか関係ない。お姉様だから取り戻したいし、お姉様だから姉として慕っている。これは譲れない!」
     エアシューズを起動した緋頼は、滑るように駆け出すと鬼九を蹴り抜いた。
     よろけた鬼九に、京香のMF2マークスマンライフルが火を噴いた。
     声にならない京香の想いを乗せた無数の弾丸が、鬼九の鬼の腕に突き刺さる。
    「私が知っているりんごさんは誰でも等しく好きでいてくれる! 私を妹のように扱ってくれるのなら! 最後まで責任とりなさいよ!」
    「鬼久なんかと違って「好き」の形が違っても手を取ってくれるから。一番じゃなくても笑ってくれるから!」
     りんごを奪い、彼女の在り方を歪めた全否定の対象である鬼九に向けて、由希奈は渾身の力で鬼の腕を振り抜いた。
     一歩下がった鬼九に、薫子のダイダロスベルトが迫った。
    「絶対にりんごさんを連れ帰りましょう!」
     決意と共に放たれた鋭く伸びる白い帯が、鬼九を切り裂く。
     防御する鬼九に、悠花はバイオレンスギターを掻き鳴らした。
    「りんごさんであっても『妹』になる気はないですしー。本当に困った時、それからいたずらする時、隣にいるのが悪『友』ってものでしょ?」
     鬼九の精神をかき乱すような音波に乗せ、一美の歌声が響いた。
    (「あれから1ヶ月位経って、私の中から何かがすっぽり抜けた感じで。今、ここに姿を見せてくれたたってことは、私達のりんごさんがきっと皆に会いたいって思って」)
     思いを歌に乗せた一美は、声にならない思いごと鬼九へ――りんごへと響かせた。
    「……良い音と声で鳴きますわね。ますます、『妹』にしたくなりました」
     二人のセッションに目を細める鬼九に、琴弓は袖口から御影様を放った。
     真っ直ぐに伸びる影は、鬼九の腕を絡め取る。
    「 一つの形しか受け入れられない貴女には、絶対手に入れられないよ」
    「どうかしら?」
     鬼九が放つ鋭利な風の前に、霊犬の風花が割って入った。


     戦いは続いた。
     鬼九は部員を『妹』へ堕とそうと攻撃を仕掛けるが、強い意思に阻まれ効果はあげられないでいる。
     『妹』を得ようと、りんごの記憶から得た部員の癖や弱点を突く鬼九の攻撃力は高い。
     灼滅者達は幾度も危地に陥るが、多数のサポートの手助けもあり徐々に鬼九を追いつめていった。

     腕を押さえた鬼九の足元が、ゆらりと揺れた。
    「……残念、です」
     鬼九の足元から嵐が巻き起こり、霊的因子を強制停止させる結界を帯びた霊力が吹き荒れた。
     必ず行動を止めるという強力な意思を持った風に、灼滅者達の行動が一瞬止まる。
     その隙を突き、鬼九はベランダへと駆け出した。
     広いベランダの床を蹴り、横浜市街へ飛び出そうとした鬼九の足元に一筋の矢が突き立った。
     隣のマンションで待機していたセカイが放つ、予想外の攻撃に驚いた鬼九の足が一瞬止まる。
     一瞬の隙で十分だった。
    「大人しく戻るか、さもなくば潔く逝って裁かれろ」
     行く手を阻む白焔を突破しようとする鬼九を、皆無が更に押し留めた。
    「皆が貴女に帰ってきて欲しがっているんですよ?」
     皆無の声と共に現れた灼滅者に、鬼九は思わず足を止めた。
     花園の副部長である愛樹は、りんごを叱りつけるように指を差した。
    「花園はそもそも、りんごを慕って集まった人の場所なの。そのあんたがいない中で部長代理とか、できるわけないでしょ?」
    「愛樹はこんな言い方してるけど、愛樹だってりんごいないの寂しいわけだしね。もちろんあたし達もだよ」
     愛樹の肩を叩きながら語り掛けた桜花の姿には構わず、鬼九は逃走を続けようとした。
     だが、足が動かない。心の内から抵抗するりんごの意思に、鬼九は唇を噛んだ。
    「あなたたちは、りんご、りんごと……」
     初めて感情を露わにする鬼九に、いちごが一歩前へ出た。
    「私の自慢の妹は、貴方なんかと違うんです。だから、皆も貴方ではなくりんごの妹を選ぶんですよ」
    「お黙りなさい!」
     雷のように一喝した鬼九は、口元に邪悪な笑みを浮かべた。
    「『花園』も、『妹』も、本質的には同じものです。ならばりんごなどより、わたくしの方が数段うまく……」
    「――黙りなさい」
     りんごを侮辱する鬼九の言葉に、薫子の目の色が変わった。
     目と髪に怒りの紅蓮を浮かべた薫子は、偽聖剣【姫切】を改めて握り直した。
    「私の大切な師匠を侮辱する事だけは許しません」
     構えた灰桜の大太刀に風を纏わせ、鬼九を袈裟懸けに切り裂く。
     大ダメージに息を呑む鬼九に、灼滅者達は畳みかけた。
    「今宵の演目は、囚われの魔王を解放する儀式です! 今日も『わたし達』らしくいきましょーかコセイ!」
     バイオレンスギターを構えた悠花は、りんごへの気持ちを乗せた音楽を掻き鳴らした。
     霊犬のコセイが、音楽に合わせて斬魔刀を突き出す。
     悠花が奏でる音楽に乗せて、一美は歌を歌った。
     みんなの想いを乗せた歌が、鬼九の心に深く染み渡る。
    (「さぁ、りんごさんの『花園』へ、みんなで帰りましょう!」)
     月明かりの下、最高の舞台を作り上げてりんごを取り戻すという一美の決意に、ゆずは自分の歌を乗せた。
    (「ねーさんがあかん時、止めるのは妹の役目や。これだけ大勢の妹に心配させてるんや、ちいっとばかし、めっ、とせななっ……!」)
    (「黒岩ちゃん、皆と一緒に帰ろ」)
     琴弓の歌が、りんごへの想いを乗せて響き渡る。
    (「お姉様はわけ隔てなく親しくしてくれるから、みんな色々な形で好きで今の花園がある。そして、助けるために沢山集まってくれた」)
     緋頼が紡ぐ歌声が、五人のセッションに増幅され夜空に響く。
     音楽に包まれ、立ち竦む鬼九に由希奈のスターゲイザーが叩き込まれた。
    「りんごちゃんは大事な友人で、義妹だと思ってる。だから……戻ってきてよっ!」
    「必ず連れ戻すわ!」
     死角に潜り込んだ京香が、G23C&CQCナイフを閃かせて鬼九を大きく切り裂く。
     歌が響く中目を見開いた鬼九は、月に向けて手を伸ばした。
    「わたくしは、りんごからあなたたちを奪い、『妹』を手に入れて、そして……」
     蠱惑的な笑みを浮かべた鬼九は、目を閉じるとその場にくずおれた。


     ゆっくりと目を開けたりんごを、いちごは抱き締めた。
    「バカですね、こんな大勢に心配かけて」
    「……ごめんなさい」
     ひとしきり泣いたいちごは、りんごの手を取るとその場に立たせた。
    「おかえりなさい、りんごさん。しばらくは……みんなのおもちゃかも、だね」
    「やれやれ……あまり手間をかけさせるでないわ」
     笑顔でりんごの手を取った響の隣で、レティシアが嬉し気な様子で声を掛けた。
     笑顔の二人に、りんごは笑顔を返した。
    「ただいま……そして、ありがとう」
    「おかえりなさい、お姉様」
     安堵の笑みを浮かべた緋頼をすり抜けて、ゆずはりんごにぎゅっと抱き付いた。
    「まったく、うちらのねーさんは……本当に心配、かけるんやから。……おかえりなぁ♪」
    「ただいま……ただいま、みなさん」
     りんごは目尻に涙を浮かべながら、集まってくれた大勢の灼滅者達に心から礼を言った。
     灼滅者達の祝福の声を、月は静かに見下ろしていた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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