●戦さ場にて
天気のよい昼さがり。
高層ビルの屋上に佇む少女が、誰へともなく呟いた。
「困ったね」
風にダークカラーのドレスがはためく。大胆に開いた胸元と、左側で大きく開いたスカート。長い髪がゆるやかに舞い、彼女は不満そうに地上へ視線を投げた。
「わかっているよ。ボクだってつまらないんだ」
生かしておけばダークネスか灼滅者になって戻ってくるかもしれないものを、殺すなど期待の芽を摘むようなものではないか。
「やるしかないかなあ」
途端、腕に絡まる鎖がぎちりと音をたて、両腕がつかんばかりに絞めあげた。
苦笑してなだめるように口を開く。
「だからさ。嗅覚でチェックなら、半殺しでやめてバレるか試してみようよ」
ダメならその時考えればいい。その上位の六六六人衆を相手取るのも面白そうだ。
両手を縛める鎖が緩んで、彼女は笑みをこぼした。
灼滅者は必ずやってくる。『理央』を取り戻しに来るなら、今度は取引をしてみよう。
「よし。あなたの良心が咎めなさそうなのを、適当に1人見繕おうか」
自由になった腕をあげ、肩を回してほぐすと軽い足取りで屋上を蹴り、無堂・理央は地上へと落下していった。
●打ち交わすは拳
学園内は落ち着かない空気になっていた。教室に入ってきた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)が教卓にファイルを置き、一礼する。
「六六六人衆とアンブレイカブルによる『暗殺武闘大会』の予選行われることが明らかになったのだが」
「だが?」
問い返す宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)に、玄乃は眼鏡のブリッジを押し上げて応えた。
「これにガイオウガ決死戦にて闇堕ちした、無堂先輩が参加する」
無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)は今はアンブレイカブルだ。武神大戦以来久々に開催される武闘大会とあっては当然だろう。
「じゃあ救出作戦だな」
「ああ。まず、暗殺武闘大会の予選について説明する」
予選の会場は横浜市全域。予選期間中に横浜市を出ることは許されない。
予選通過の条件は、1日1人以上の人間を殺していること。
そして灼滅者が人を殺したダークネスを灼滅しに来るので、一週間生き延びること。
話を聞いて、教室内でざわめきが起こった。
「大会はミスター宍戸がプロデュースしており、参加者を灼滅者の介入で篩いにかけ、強い者だけ残すつもりだ」
一週間の間に参加者の八割が灼滅されたら予選は終了となる。
大会の情報は公開されていて、エクスブレインの予知すら必要ない。ダークネスは学園の戦力を利用するつもりなのだ。思惑に乗るのは考えものだが、介入しなければ横浜市民が虐殺されるのを傍観することになる。
「さて、無堂先輩だが。どこぞでアンブレイカブルを絞めあげて横浜へ来たが、予選通過規定を聞いて承服しかねている」
殺すなどもったいない。
生命を惜しむのはアンブレイカブルにたまに見られる考え方だ。
そこで素行の宜しくない若者を半殺しの目に遭わせ、チェック役の六六六人衆に殺していないことがばれるかどうか試しに出る。
「それ、危ないよな?」
「非常に危険だ」
ラズヴァンの問いに玄乃が頷いた。
理央は前回同様ストリートファイターとエアシューズのサイキックで戦うが、強くなったせいか、まとう濃密な闘気でバトルオーラのサイキックも使う。
「彼女はタカトとベヘリタスの関係を聞いてから、無堂先輩の魂と協力すればより強い力を発揮できるのではないかと考えている」
ダークネスの腕が縛められていないのは、灼滅者の理央が行動に同意しているからだ。
ダークネスとしてはより強い者と戦うため、灼滅者としてはより多くの暗殺武闘大会の情報を学園へ伝えるために。
「そこで今は自分を見逃し、泳がせて暗殺武闘大会の情報を得ないかという交渉を持ちかけてきたり、逃走するなども考えられる」
交渉をするかは灼滅者に任されるが、理央の魂にとって危険なのは間違いない。
アンブレイカブルが求める『強者』には、武蔵坂学園の灼滅者たちも入っている。交渉が決裂し、逃げられないとなれば、彼女は喜んで全力を尽くした戦いに臨むだろう。
身体の主導権について執着はない。勝者に帰結すべきものであり、破れたなら再び灼滅者として修業を積むつもりでいる。
だから彼女との交渉に応じるつもりがないのなら、全力で彼女を打ち負かすしかない。
「無堂先輩は前回の闇堕ちから、十分時間が経っているとは言い難い。いつまで先輩の魂がもつかは未知数だ。どうか救出して、皆で無事帰還して貰いたい」
説明を終えた玄乃は一礼すると、灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450) |
神凪・陽和(天照・d02848) |
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
森沢・心太(二代目天魁星・d10363) |
八重垣・倭(蒼炎纏フ撲天鵰・d11721) |
片倉・光影(風刃義侠・d11798) |
富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057) |
神崎・朱実(中学生神薙使い・d37377) |
●戦いへの誘い
強大な気配を感じて、片倉・光影(風刃義侠・d11798)は安堵の息をもらした。
ダークネスの大会に利用されるのは腹が立つが、目につくようにふるまっていた甲斐があったようだ。物騒げな印象にまとめた格好の自分を標的が尾けてくるのをガラスで確認して、薄暗い路地へ足を向ける。
奥まった路地の突き当りは再開発の用地らしき空き地だ。
初の依頼参加の緊張で震えていた神崎・朱実(中学生神薙使い・d37377)が息をのんだのは、光影がエスコートしてきたように悠然と無堂・理央がきたからだった。
彼女が空き地に入るのを見届けて、カードの封印を解いた光影が相棒たる神風を顕現させ、人払いの殺気を放ち始める。
腕を組み、仁王立ちで待ち受けていた八重垣・倭(蒼炎纏フ撲天鵰・d11721)がわずかに目を細め、森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が微笑んで手をあげた。
「やあ、物理で説得しに来ましたよ」
「こんにちは、理央ちゃん……と、その同居人さん、かな」
前に進み出ながらの稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)の言葉に、腕に鎖をまとわりつかせた理央が頷く。
「キミたちのことだから来ると思っていたよ」
やはりわかっていて乗ってくれたのだ。朗らかですらある返答に安堵しつつ、朱実も殺気を放ってダメ押しの人払いを始めた。それを遮るように『理央』が声をあげる。
「提案があるんだけど。ボクを見逃して、このまま大会に参加させてくれないかな?」
自分は暗殺武闘大会で強敵と戦うことを、『理央』は大会の情報収集を欲している。これから情報が入るとなれば、灼滅者にとってもメリットはあるはずだ。
しかし、きっぱりと神凪・燐(伊邪那美・d06868)が返答した。
「お断りします。連れ帰るつもりですので」
「強く殴ってでも、連れ帰ります」
神凪・陽和(天照・d02848)の決意も固く、おずおずと朱実が口を添える。
「無堂先輩は理知的な方なので、冷静に損得を判断されてるのだと思います。でも、仲間のみなさんは、これ以上先輩に危険を冒して欲しくないそうです。天秤にかけるまでもない、ってことみたいですよ?」
「こちらに必要なのは無堂先輩です。最初から交渉の前提が違い過ぎますので、成立は不可能ですよ」
空き地の隅に積まれた資材の影から姿を現した富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)が言い切り、傍らでビハインドの中君が頷く。
「折角楽しく戦える相手が前に居るのに、もったいないと思いませんか?」
心太に問われ、『理央』はぐるりと周りを眺めた。
応援に来た面子も加わり、既に包囲は完成している。実力的に一番の穴たる宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)は癒し手らしく奥にいて、簡単には突破できそうにない。
「こうなる気はしたかな。いいよ。キミたちだって大歓迎だからね」
笑みを浮かべた『理央』の体を濃密な闘気が覆った。
灼滅者も今や強者の一角。
より強くなるためなら喜んで迎え撃つだけだ。
●頂きを目指すものたち
『理央』の腕の鎖は以前のように自由を奪っていないようだ。理央がまだ大会の情報を求めているのか、『理央』の欲求に呑まれかけているのか、判断がつかない。
一歩、二歩と距離を詰め、晴香は彼女に語りかけた。
「理央ちゃんは私の事、あまり覚えていないと思うけど……私は違う。己の拳一つで戦う貴女を知ってからずっと、一度トコトンやりあってみたかったのよ」
上着を脱ぎ捨てた下は、愛用の鮮やかな真紅のリングコスチューム。
「タイマンを希望するわ!」
叩きのめされるのは覚悟の上だ。プロレスラーのタフネスと根性を魅せつけてみせる――その気迫に『理央』が楽しげに応じる。
「いいね、始めようか!」
バトルジャンキーが仕合に応じれば待ったなしだ。急いで良太がこの空き地一帯の音を周辺から断絶させた。
同時に地を蹴った両者がぶつかる。放電音を放ちながら晴香のエルボースマッシュがアッパー気味に『理央』の顎へ、蒼い雷光の尾を引いた『理央』の膝蹴りが晴香の鳩尾へ。
強敵と戦うことに喜びを見出す二人が再び距離をとる。
武人と体育会系しかいないこの場で、誰もがタイマン勝負に水を差すような真似はしなかった。包囲だけは固めて、飲み物を用意してきた心太が仲間に配り始める。
「あ、八重垣先輩、飲みます?」
「おう」
素早く回りこんだ晴香が振り返った『理央』の喉めがけてラリアートを見舞った。まともに食らいながらもほぼゼロ距離から、『理央』が反撃のオーラキャノンを放つ。
「私にも、貴女と同じ存在(ダークネス)がある。だから……強い相手と戦える、その歓びに震えてるのが、わかるのよ」
文字通り紙一重でかわして晴香は距離をとり、鮮やかに高い軌道のドロップキックを喰らわせた。威力減殺の為に自ら跳び退った『理央』が笑う。
「気が合うね。キミとは話が合いそうだ!」
「むう、良い勝負ですね。乱入したくてうずうずします」
見ていた心太が思わずぼやく間に、勢いに逆らわず退いた『理央』が軽い身のこなしで晴香に飛び蹴りを捻じ込んでいた。回復するか――否。瞬きの間も悩まず、晴香は後方へ押し込まれた勢いをばねにクロスチョップで切り返す。
理央とはこれまで何度か一緒に仕事をしてきた。拳撃を主体とする理央の戦い方は、プロレスラーを自任する晴香にとって刺激的だった。
(「彼女にとって私は歳も離れていたし、色々と意識の外の存在だったろうけど……」)
気がついた時には、目の前に炎を噴き上げるウェッジソールが迫っていた。顎を思い切り蹴り抜かれ、意識が吹っ飛びそうになる。
その一瞬を見逃す一行ではなかった。
「そこまで、ここからは僕達もいかせて貰いますよ」
心太が晴香と『理央』の間に立ちはだかった。展開するシールドで晴香を覆い癒す。
攻撃目標を心太へ切り替えようとする『理央』に、燐からは光と闇の祈りと加護をまとうダイダロスベルトが、陽和からは放たれた石化の呪いが撃ちこまれた。
「天コウ三十六星が一、天富星」
カードの封印を解いた倭が飛び出す。裏拳ぎみに蒼い炎揺らぐ障壁を叩きつけ、獰猛な笑みを浮かべてくいくいと手招きしてみせた。
「さて、まだ闘(や)り足りないかもしれんが……そろそろオレ達にも殴らせろ」
「ボクは構わないよ」
押し戻された『理央』が笑う。
「待って、まだ……!」
「これ以上はだめだ、先輩」
飛び出そうとする晴香を受け止めたラズヴァンが、肢体をすぐさまダイダロスベルトで覆った。いくらか傷が癒される。
「実力差がありすぎるので、ここから逆転は無理そうですからね。介入します」
中君が掴みかかると『理央』を大外刈りで投げうち、呼吸を合わせた良太のオーラキャノンが過たず胸を撃つ。
「真風招来!」
体が泳いだ一瞬に、封印を解いた光影からも風の刃が迸った。脇腹をざっくりと切り裂かれて眉を寄せる『理央』の前で、前衛たちを庇うように神風がエンジンを噴かす。
「僕にも助太刀させて下さい!」
先ほどまでとは別人のように表情を引き締めた朱実の放つダイダロスベルトが、『理央』の肩先を抉って戻った。
●友を取り戻すべく
開戦から数分で、争いの場に一般人が巻き込まれないよう、サポートに来た者たちで万全の対策が取られていた。路地は封鎖され殺気で人払いも完了。大会運営側の介入を警戒していた。
「戦闘する状況を整えること。これぞ、数少ない、闘争の王道でもある」
故に、参加メンバーは無事に彼女を連れ帰るだろう。そう丹下・小次郎は確信していた。
信じることが、数少ない、希望への王道であるのだから。
「さて、一人を狙い撃ちして背中を見せれば、その他全員から集中攻撃されますよ。さあ、戦いましょう!」
サポートに来た結島・静菜の言葉通り、八人の灼滅者の他に四人が外周を抑えている。だが『理央』は他者の参戦を喜んでいるようだった。
「大歓迎だよ、多対一の戦法はしっかり練らなきゃならないからね」
いまだ楽しげな『理央』に、陽和が困ったような溜息をついた。
「前の時は戦争で戦術が裏目に出て、今回は決死戦で地獄のような戦況で。理央さんなりに考えて、闇堕ちを選んだと思うのですが……仲間がいることをお忘れですか?」
「前にも言いましたね……『貴方は一人で生きて来たんじゃない、突っ走り過ぎ』です」
もし、家族が無茶をして闇堕ちしてしまったら。
最悪の想像への恐怖が、燐の叱るような口調になって現れていた。
「理央さんは頭が良い方で実行出来る方である事は確かなんですが、梁山泊の仲間の助けもあるのに、また一人で無理しましたね」
「神凪先輩、陽和さん、合わせて!」
心太の号令と同時に三人が動く。陽和の足元から滑り出た影が、鳳凰の姿をとって『理央』のドレスを切り裂いた。燐の構えた十字架の砲門が開いて氷の弾を撃ち込み、心太が展開した障壁で殴りかかる。
「真面目に考えるのは良いが、ちょっとばかし一人で抱え込み過ぎだ! ちったぁオレ達の手足も使えっての!」
大きく展開したシールドで心太の傷を癒し、盾の加護をかけながら倭が怒鳴った。
「先走って大暴れするのはオレ達の領分、それを制御していくのが軍師の仕事じゃないか……これじゃあ逆、だろ?」
「例えば、仲間が囮になるから見逃せと言った時、理央さんは、はいそうですと素直に引くでしょうか? ……違いますよね?」
おとなしげな静菜の芯は強い。跳び退る『理央』を彗星撃ちで仲間から引き離しながら語りかける。倭の傷を祭霊光で癒し、夏樹が声を張り上げた。
「……仲間一人を犠牲にしての交渉なんて論外。そう断じてくれる仲間がいることの意味、思い出してもらいます。主に物理的に!」
「犠牲かな? ボクは彼女と共存して強くなりたいし、キミたちはボクから情報が入る。互いに利益はあるよね?」
少しばかり脚を引きずりながら距離をとり、首を傾げる『理央』に良太が応じた。
「ダークネスの本質が悪というのは、目的の為には他を排除するからです。コルネリウスが良い例でしょう」
つまるところ、信用しきれないというところが問題なのだ。
(「宍戸は軍艦島で捕らえておきたかったですね。まあ、あの時はそんな余裕もありませんでしたが……」)
こんな騒ぎを起こされては、良太でなくともぼやきたくなろうというものだ。もっとも、まずは目の前の問題を片付けねばならない。心太も真摯に訴える。
「情報を得るためにというのも分かりますが、今の学園は戦力が足りないんです。無堂さんみたいな実力者なら尚更帰ってきてもらわないと困りますよ!」
「学園には他にも生徒がいるんだよね? 彼らでいいじゃないか」
顔をしかめた『理央』が勢いをつけて回転した。掬いあげるような回し蹴り。
ドレスと優雅な挙措からは信じがたいほどの暴風が生まれ、前衛たちを薙ぎ払わんとする。圧倒的な回し蹴りから良太を庇い、心太が飛び込んだ。
「あなたは必要なんです!」
「貴女じゃない貴女との手合わせで終わりになんて、したくないわ!」」
叫ぶ晴香のタックルを避けきれず『理央』がバランスを崩した。隙を逃さずクラッチし、思い切りよくバックドロップへ持ち込む。後頭部から思い切り叩きつけられた『理央』が苦鳴をあげた。
「くあっ……!」
跳ね起きたところへ神風が最高加速で突っ込み、その一瞬を狙い定めた光影がカミの力を身に降ろす。渦巻く風が鼓膜を痛めるほどの唸りをあげ、風の刃は『理央』の体をざっくりと引き裂いた。
「無堂先輩には、無事に戻ってきて欲しいです」
学園に来たばかりの朱実だが、もう待っている間のように震えてはいなかった。
出来ることを精一杯すると決めた生真面目さが訴えにも現れる。
「闇落ちも二度目だって聞きましたから、なおさら心配ですし。組連合でも頑張っていらっしゃったし、次のシャドウ戦争までには戻ってきてもらわないとです」
牽制の回し蹴りをからくもかわし、エアシューズの加速に身を任せて加速。星が落ちるような重い飛び蹴りを喰らわせた。衝撃で『理央』がたたらを踏む。
『理央』の脚が鈍ってきていることに、灼滅者たちは気づいていた。
燃え上がる炎も、衝撃で身を苛む氷の呪いも、じわじわと体力を奪いつつある。
それでもなお、『理央』の攻撃力は重い。
●意志の奪還
傷の嵩んでいる晴香をめがけ『理央』がスカートを翻して一気に迫った。燃え上がったウェッジソールの踵から庇うべく、タイヤを鳴らして神風が滑りこむ。轟音伴う回し蹴りの直撃を受け、神風は跳ねて消え去った。
「先輩は人を守るために戦っているんですよね。それなら、戻って来ないと駄目ですよ。先輩が居ない事で寂しがっている人も居ますし」
良太の両手の間でオーラが膨れあがる。着地点めがけて放ったオーラの奔流は、狙い過たず標的を打ちのめした。
「人を守るつもりが、別の犠牲を生み出しては意味がありません。ですから戻って来てください、無堂先輩」
「困ったなあ。ボクたちに任せてくれればいいのに」
ぼやく『理央』へまっすぐに向いた、太陽の石である日長石のはめ込まれた金の指輪が輝く。呪力を引き出しながら陽和は『理央』を見た。とりあえず実戦というタイプの自分と違って、理知的で聡明な理央を尊敬している。石化の呪いを秘めた光を撃ちこみ、陽和も声を振り絞った。
「何も、理央さんが自分の力だけで解決しなくたっていいんですよ。もう少し仲間を信じて頂けませんか?」
「皆で協力してこその梁山泊です。いつまでも心配かけてないで戻って来なさい!!」
一瞬のうちに死角へ回りこんだ燐の斬撃が『理央』の頸筋を引き裂く。舞う血で視界が翳った一瞬、懐に音もなく、半身に構えた心太が踏み込んでいた。
並べた言葉に嘘はない、冷静な彼女へ届いて欲しい実利を語ってきた。
けれど何より根本にあるのは、仲間を失いたくない、という想い。
「僕は梁山泊が一人でも欠けるのは嫌なんです! 皆も待ってます、絶対に連れて帰りますよ!」
鋼すらうち砕く渾身の拳が鳩尾を抉る。臓腑の潰れる音が響いた。
息を詰まらせたたらを踏む『理央』の耳をうったのは、倭の叫び。
「忘れたのか…? オレ達は梁山泊、仲間が囚われた時は万難を排して救いに往く、そんなどうしようもないお人好しの集まりだ! そして、貴様もその一員だろう!」
その時だった。
ぎしり。
音を立てて、『理央』の両腕を鎖が縛めた。
驚愕した『理央』が内なる理央へ声をあげる。
「馬鹿な……! この大会の情報を得るにはダークネスでなくてはならない。キミだってわかってるはずじゃないか!」
遂に現れた両者の齟齬。その瞬間を無駄にはしない。
疾走する倭のウィールが炎を噴き上げる。腕の自由を奪われ向き直ろうとする『理央』のサイドから、炎をまとった一撃はしたたかこめかみを蹴り抜いた。
「還って来い、無堂理央!!」
勢い余って吹き飛び――『理央』は咄嗟に地に手をついて受け身をとる。
けれど、それが限界だった。
立っていられず、がくりと膝が崩れる。
「……すごいよ、キミたちは。ボクもまだまだ鍛え上げられそうだね……また、会おう」
心底楽しそうに微笑んで。
倒れ伏す彼女の両腕から、幻のように鎖が消えるのを誰もが見た。
●目指す武へ、共に
ようやく頭がはっきりしてきて、理央は額をおさえて唸った。
「大丈夫ですか? みなさん、お待ちかねでしたよ!」
初めて参加した依頼の成功もあってか、笑顔で労わる朱実の声は弾んでいた。一方で、陽和がこわごわと姉を振り返りながら苦笑する。
「お帰りなさい。私も心配しましたけど、燐姉がすごーく心配してたので怒られるかもしれませんよ?」
「言いたいことは言いましたけど、本当に気が気でなかったんですから!」
妹弟たちに恐れられているという燐の本気はなかなかの迫力だが、やっと安堵したのか落ち付いてきたようだった。
「ま、帰ったら策出しにツッコミに活躍してもらう訳だし……とりあえず今はこれ喰ってゆっくり養生しとけ」
倭から渡されたのは普通の中華饅頭。思わず受け取った理央へ心太は笑ってみせた。
「帰ったら是非いつもの調子でお願いしたいものです」
息を弾ませた晴香が治療を受けながら理央に微笑みかける。
「できれば、今度は素の貴女とやってみたいわ……できればリングの上、で」
スタイルの違いはあれど、己の身体一つで戦うことを好む嗜好は共通点があるのかもしれない。なんとなく口元が綻ぶ。
理央が落ち着いてきたのを確認して、治療を終えた倭が立ちあがった。
「運営がちょっかい出してこないうちに撤収しよう。ないとは思うが、念の為だ」
「今のところ大丈夫そうです。急ぎましょう」
良太が頷く。理央とは縁が薄いこともあり、介抱は彼女の知己に任せて周辺を警戒していたのだ。表通りへ出た光影が、油断なく目を配りながら仲間を待っていた。
頂きこそは武を志すものの冠。
けれど血塗られた誉れが相応しからぬ魂もある。
仲間が伸ばした手をとり、一人の灼滅者が今、帰還を果たしたのだった。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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