暗殺武闘大会暗殺予選~laurel

    作者:菖蒲

     ――羽が千切れる夢を見た。

     古びた臙脂のマントが冬を孕む風に煽られる。伸びた髪を纏めたリボンは僅かに首筋を擽った。
    「――」
     かつり、音を立てた踵の音を掻き消す様に風が吹く。
     点灯し続ける港の明かりさえも遠巻きに小振りな角を三本生やした羅刹は鮮やかな鳥を指先から宙へと放つ。
     ネオンサインは警告のように奇妙な音を立て続ける。その髪のように鮮やかな爪先が飾り立てた杖を撫でた。
    「美しい」
     言葉に孕んだ熱とは裏腹に、その表情は氷の如く動かない。遠巻きに見つめた路地は横浜の熱気や喧騒からは外れていた。

     ――誰かが死んでいる。こんな夜だ。

     倒錯的な『情景』はルールに則って機械的に動くからこそ美しい。理の適わぬ感情論だけの殺人は不快な毒を飲めと強要される様に胸の内を湧き上がらせた。
     家路を急ぐ女の乱れたメイク、纏まらぬ染めたブロンド。
    「美しくない――」
     不快なまでのそれに狙いを定め――――………。
     

    「ミスター宍戸が開催する『暗殺武闘大会』についての情報は聞いてるか?」
     エクスブレインの予知が無くとも掴む事のできたその情報。バベルの鎖があるために一般人には関知されないが情勢という歯車が動き出したことは確かだ。
     表情は固く、悪夢を見ているようだと海島・汐(潮騒・dn0214)は毒吐いた。
    「六六六人衆とアンブレイカブルが同盟を組んだ。ミスター宍戸のプロデュースで横浜は大騒ぎだ」
     全国のダークネスへと呼びかけ、灼滅者の目に触れるのもお構いなしだ。寧ろ、灼滅者の介入まで含めてルールとしているのがミスター宍戸らしいやり方だ。
     横浜市内で1日1人以上の一般人を殺したうえで一週間生き延びることがルールとなっている事も公表されていた。
    「ミスター宍戸にとって、俺たち灼滅者がダークネスを止めに来るのは『予選の障害』扱いなんだと」
     玩具の様に簡単に人が死ぬ。
     ゲームのエネミー扱いされるのは何とも気分が悪い。しかし、そこで見て見ぬ振りはできない。何の瑕疵もないままに殺されるのは道理に合わないではないか。
    「……見捨てられないだろ?」
    「それに、もう一つ……わたし、『見つけた』のよ」
     緊張しきった表情で不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は言う。
    「闇落ちした供助先輩―――この『暗殺武闘大会』に参加しているみたいなの」
     羅刹として刺青羅刹の再興を企てた森田・供助(月桂杖・d03292)は暗黒武闘大会に勝利し力を得ようとしている。
     その情報を関知したことは、その情報の関知が早かったのは不幸中の幸いだったのだろう。
    「供助先輩は偏執的な蒐集癖で、うつくしいものを集めようとしてるの。
     ルールに則って別の種同士が動いているのは『うつくしい』。
     けれど、ルールを乱すのは『うつくしくない』。退屈はうつくしくないから、こうしてゲームに興じるのね」
     真鶴曰く、彼はミスター宍戸のゲームに興味を抱き、力を得るがために調査を兼ねて参加しているようだった。
    「力を掠めとれるなら一番。それが無理でも一時的な共闘で情報を得れるならそれでいいの」
     この大会は人の命を奪うものだ。供助の思惑が何であれど、そこに伴うリスクは大きい。
     羅刹は幼い頃にその体を使ったことがある。二度目の『表面』では、躰を返す道理もなく、己の思惑通りに事を進めようとすることだろう――たとえ、人を殺すこととなっても、だ。
    「人を殺すのは悪いことなの」
     それは、常人の考える倫理なのだろうが。
    「仲間として、迎えに行かなくちゃいけないの」
     人を殺め、本当の鬼にならないように。それは、自分勝手な願いかもしれない。
    「誰にも気づかれないように人を殺して、灼滅者の目を欺いている『暗殺』……それは供助先輩だって同じ」
     大会に参加するダークネス達をより多く灼滅しなくてならない。
     それと同じように、まだ『戻れる』彼を灼滅(あや)める前に救出してほしい。
    「おねがい、みんなで帰ってきて」


    参加者
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)
    春日・瑠音(彩音翅・d11971)
    月屋・優京(戯僻事・d15388)
    黒谷・才葉(ナイトグロウ・d15742)

    ■リプレイ


     街角は煌めいて。
     ネオンサインが嘘っぱちの太陽の様に、彼らを照らしている。漣のかおりと、人の行き交う街並みを交互に奔りゆく様に――羽守・藤乃(黄昏草・d03430)は冬風を詰る。
    「ばか」と漏らしたのは彼女の深い藤色の瞳の意志を感じ取った親友、篠村・希沙(暁降・d03465)。肌刺す風は、冬にもなり切れない秋のぬくもりを感じさせて、闇に『堕ちる』という未だどちらでもない自分たちのようで、中途半端と、彼女は呟く。
    「供さん、どこにおるんやろ」
     情報を共有すべく鳴り響く携帯電話は会敵を避けるためにも上手く使用されていた。尤も、『暗殺』だ。灼滅者を障害として扱ったこのルール上では、ダークネス跋扈する街で出会うことはそうもないのかもしれない――しれないが、裏を返せば『鬼』と出会うこともない。
    「かくれんぼなら鬼は逆ね」
     薄氷の瞳を細め、雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)は静かに息をつく。僅かに色付いた空気の色よりも白い指先は目的地となった公園をゆっくりと指さした。
    「―――……いこう」
     憧れ募らせた鬼退治の大丈夫。その勇姿こそは色褪せやしないが、今から行う『鬼退治』は何とも気乗りしないものだ。風に煽られた衣服の裾が煩わしいと月屋・優京(戯僻事・d15388)が吐き出した息もまた、白。

     とん、と固いコンクリートの階段を踏みしめて、鬼を思わす金の瞳を輝かした黒谷・才葉(ナイトグロウ・d15742)は散った落ち葉を踏みしめて、靭やかに闇を迅る。その深い夜であれど、行き先を照らす様にゆっくりとその背を護る陽のいろは彼の心を励ました。
     虹を架けた空に星を飾って『ご機嫌』に走り出す堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は、その込めた願いと裏腹に複雑な表情を緩めないまま、才葉に続く。
     古びた臙脂が風に煽られ、色とりどりの鳥が翼を広げる。その姿が美しいと感じたならば、それは鬼とて本望なのだろう。
     ――彼は、森田 供助はそこに立っていた。額に生えた黒曜の角が異形であることを思わせる。
    「遅れて来たハロウィンだって? コスプレパーティーならちゃんと声をかけてくれよ」
     茶化す様に告げたエルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)は寒さに凍えることもなく――鮪漁船を少し思い出した――常と変わらぬ表情を崩さない。
     ぴくり、と肩を揺らした鬼が振り仰ぐ。警戒したように翼を広げる鳥たちが主を護らんと嘴を突き出した。
    「きれいな鳥さんね」
     ぱちくりと瞬いて、春日・瑠音(彩音翅・d11971)は長い髪を風に揺らす。彼の周囲に飛び交う鳥たちと同じように、その羽で作り上げられた鮮やかな杖は妙な存在感を感じさせる。
     魔術師然とした男は『ダークネス』らしく不遜な表情を浮かべ、凍てつく瞳を僅かに感情に緩めさせた。
    「美しい夜だと思わないかい? まるで―――『宝石』のようじゃないか」


     かつり、と鳴らした革靴に鬼はルールに則った美しい障害なのだと認識したように鳥たちと灼滅者へと向き合った。
    「エネミー出現、ってね。残念やけどこのゲーム、ここまでダヨ」
     からからと笑って見せた朱那の掌には汗が滲み始める。緊張にその表情はいつもよりも硬いままだ。極彩色を身に纏い、少女が息を飲んだことに才葉は気づき深く頷く。
    「迎えに来たぜ――『供助』」
     伸ばした指先に、後退するように跳ね上がった『鬼』が放つ極彩色。その攻撃さえも美しく、灼滅者として供助が使用してきたからか十分に『慣れ』を感じさせる戦闘スタイルに鵺白は「『らしい』わね」と呟いた。
     ふわりと赤いドレスが揺れる。鵺白とは対照的な紅色が顔を出して両の手をぐんと伸ばす。鮮やかな花弁が舞い散りながら、母が娘を護る様にと自然に行われる振る舞いに鬼は「ふむ」と小さく頷いた。
    「おや、余所見かい? オレも美しいと思うんだけどな」
     傷つくと、からりと笑ったエルメンガルトの影が躍る。たん、とステップを踏む様に刃に死を帯びさせる。
     ちら、と瞳がうろついてしっかりと認識できたのは鬼が人を殺す前にこの場所へと辿り着けたという一つの安心。
    「鳥が好きなのか……お前も」
     は、としたように顔をあげたのは探索を終え走り寄ってきた小太郎。希沙を支援するように後方で周辺警備に当たった小太郎に彼女は僅かに胸を撫で下ろす。
    「供兄さんなら、お前すら糧にして強くなれる」
    「果たして」
     そうかな、と紳士然とした態度でありながら僅かに挑発を交えた鬼の反応に、感情を荒げるわけもなく小太郎は目を伏せる。立ち替わる様に飛び込んで、歯を見せる才葉は「オレはお前に救われたんだ!」と吼えた。
     その反応に、振るわれた魔力の一撃に才葉は奥歯を噛みしめる。いつもなら、「何言ってんだ」とからりと笑って返してくれたはずのかんばせは、今はどうにも冷たくて。
    「ッ」
     慌てて飛び込む海島・汐(潮騒・dn0214)へと優京が刃を振るい癒しを送る。紅の瞳が僅かに揺らぐ、『羅刹』の男の姿は何とも目に余るものだと歎き憂いて。
    「――貴兄が羅刹として生きるならば何れ武蔵坂が潰しに来る。
     ならば今の内に、身体を返した方が長生き出来よう」
    「供助さんであるならば、仲間と認識できましょう。
     ……今のあなたは灼滅者ではないでしょう? ダークネス、私たちの敵ではないですか」
     ゆったりと、言葉を介するように。肺の奥から漏れかけた悔しさに藤乃が僅かに息を飲む。
     戻ってきてほしい。そう告げることがどれ程に――どれだけ、心を締め付けるのか。
    「集い、連携して、対等に戦えるのは時を重ね育んだ供助さんとの絆の力」
    「わたしらも案外やるでしょ。
     個としての力はあんたに負けても、縁や絆。人には人の強さがあるんよ」
     藤乃の放った一撃に乗せ、踊る様に希沙が飛び出した。消えぬ罪科の鈴なりに暗雲断ち切る刃を乗せて、歯を見せ少女はからりと笑う。まるで、その刃の如く曇りない笑みは己の強さを誇るかのよう。
    「ふじの、きさの想い――拳で伝えてやろ。そんな怖い顔、せんとってよ、供さん」


     供助、と呼びかけたのは誰だったのか。鬼が逃げぬようにと周囲を固め、捜索にもと尽力した灼滅者達は誰もがその心の中に彼へと伝えたい願いを抱いていた。
     鳥たちが躍る様に舞い、彼らを攻撃しない様にと気遣う灼滅者達は本来の強さを見せることが出来ない。しかし、戦闘の中での連携や思いを大事にするという方針は確かに『鬼』を魅了した。
    「………相変わらず中途半端だね」
     毒づく民子は退屈が詰まらないならお前もと吐き捨てる。清濁も美醜も飲み込んで本当の美しさはその先にあるくせに――上辺で判断して蒐集するのは莫迦げている。
     美しいものがほしいなら、いくらだって。前線で戦う灼滅者の他に、19人の支援者が集合していた。誰もかれもが口にする絆。その言葉に鬼は淡々と返すのみだ。
     心揺るがぬのは供助が『結末』を知っていたからだ。闇に身を委ねれば己の中の鬼が顔を出すのは知らぬはずもないのだから――彼も、もう子供ではない。こうして力を貸してほしいといった以上、感情論では『すまされない』
    「先輩……!」
     地獄の如き業火の中で、鮮やかな焔の棘に囲まれて英太が感じたのは確かな絶望。瑠音はその針雨の中、いのちに差し迫った危機を思い出す。
     あのぶっきらぼうな声は確かに彼だった。こうしている鬼ではなくて――エルメンガルトは「キョンタはガンバリやさんだからなー」と苦笑を浮かべる。
    「鬼もガンバリやさんなのかな。オレはオレと一緒に笑ったりするキョンタが好きだし、戻ってきてほしいって気持ちが一番ツヨいよ」
     へらりと笑った彼の背後で、瑠音は「今度は私が助けるから」と力強く彼へと告げた。
    「そ、こんな感じにさ、トモダチって大事なんだよ。
     ナカマってのも大事だよ。ダークネスの組織と武蔵坂と比べて、成長してるのはどっち? 自分の強さだけじゃなくて、羅刹の衰退を気にしてるなら、組織の力の大切さも分かってるよね」
     エルメンガルトの言葉に鬼がぴくりと肩を動かした。確かな感触にエルメンガルトは小さく頷く。
    「己一人では無力だからこそ、森田供助が己の力で集めた絆はとてもきれいなもの」
    「一人では羅刹だって救えないでしょう? それを憂いて、こうしてここに参加しているのだってそういう理由からではないのですか」
     サズヤの言葉に想々は大きく頷く。憂うだけではなく、こうして力を手に入れるために暗殺武闘会にまで足を運んだ。切迫した状況でなければ障害(しゃくめつしゃ)が存在するこの場所へと訪れることはなかった筈なのだ。
    「――嗚呼」
    「それなら堀瀬たちの声を聴いてほしい。何よりも、美しいとは思わないか?」
     明莉に後押しされたように朱那が声を震わせる。「くーさん」と呼ぶことのできない鬼、人を殺すことをルールに課せられた『鬼』
    「――くーさんの姿で人殺しなんかさせない」
    「ああ、人殺しなんてお前らしくない事、しないでくれよ」
     くい、と帽子の鍔を押さえつけた優京の声に鬼は瞬く。供助の躰であれど、確かに鬼の躰だ。何事かを支持される道理はないのだという様に彼は小さく笑みを溢す。
    「殺してはならないのはお前達の勝手な考えではないか」
    「勝手かもしれないけどさ、トモダチってそーいうもんじゃない?」
     エルメンガルトが自分を指さし「ね」と茶化す様に笑い、殴りつける。魔術師然とした男の体が僅かに揺れ、苛立ちを漏らした様に反撃が飛び込んでくる。
    「友人が闇に落ちた時、手を伸ばし助けるのが人間の道理だ。
     人間が人間らしい行動をするのは美しくないとは言えないだろう」
     淡々と告げた優京は「貴兄との手合わせ久々だな」と僅かに笑んだ。蹴り上げた地面、その硬さに怯むことなく藤乃は厄災を宿す腕を振り上げた。
     鈍い音と主に弾かれた一撃に、身を捻った鵺白が滑り込む。
    「女性に冷たいのも頂けないわね、思い出話でもしない?」
     星見をしたこと、どこかへ共に出かけたこと。その思いでこそが美しいと彼女は口許にゆったりとした笑みを浮かべる。
     その言葉にはっとしたように狭霧は「魚、たくさん食べたじゃないですか」と顔をあげた。ガイオウガが恵んでくれた思い出だってあった――それでも、残された大きな傷跡は今だ消えないままで。
     こうして彼が闇に飲まれたままではその思い出だって掻き消えてしまいそうになるのだから。
    「高校生の思い出ってある意味一生のものになるらしいわ。
     青春って言うでしょう? あなたはそうでもなかったのかしら『供助くん』」
     ふわ、と踊る様に飛び出す鵺白の眼前で奈城が娘を護る様に立ちはだかった。開かれた両腕が受け止めた重い一撃に、慌てた様にすふれと岬がぱたりと翼を動かし続ける。
    「青春? そのどこが美しい」
    「かけがえのない人も、かけがえのない記憶も全部美しいんだよ……!
     鬼さんが鬼さんの基準で動いてるのだってしってる。でもね、供助先輩の手で人を殺すのは絶対に許せない。
     ――――そんな醜穢なの、私の美学に反するよ!」
     ぎゅ、と掌に力を込めた瑠音が声を張り上げた。鬼の放つ攻撃に体を張って――あの日の様に、彼がそうしてくれたように。
    「守ってくれたから! 今度は私が引き下がらない!」
     彼が、自分にそうしてくれたから。ここで引き下がってはこの命が無駄になってしまう気がしてしまうから。
    「力が欲しいなら供さんが持ってる。
     あんたには無い、得られへんものやよ。そこに興は湧かんかな」
     淡々と告げた希沙は、何処か勝ち誇った様に笑みを溢す。絆は縁は彼だけのものなのだと知っているから。
    「八重歯見せて笑ったり、照れて焦った顔とかがもう一回見たいんよ。な、ふじ」
     ほんまにふじには特に厳しい。そうして笑った希沙の声に藤乃は目尻に笑みを湛える。
    「絆とは、これからもっと強くなる力。
     そして供助さんは貴方を超えていくでしょう。証明してみせますわ、貴方を倒して」
     彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。一人にしないでなんて、そんな言葉こわいから。
    「鬼を身に秘めていようとも、どんな供助さんでも。供助さんだから―――私には大切で心配なんです」
     だから、戻ってきてほしいと伸ばした指先に鬼は僅かに息を吐いた。
     吐く息の白さに、感じられた負担は成程、灼滅者の強さなのだと彼は合点がいったようにもう一度杖を握りし直す。
    「―――咎無くも罰受けし紅葉の姫に救い在れ」
     踊る般若面と共に優京は笑み溢す。確かな手応えに、彼は言うのだ。
     灼滅者による破滅はもうすぐ、近づいてきたのだと。


     才葉が『跳』んだ。鮮やかなオーラを身に纏い、黎明照らす陽の如く、彼は一撃を放ちだす。
     決して外しはしないと落ち着いて定めた照準の向こう。多勢の戦闘に疲弊した鬼の姿が見える。
    「なぁ供助、オレの言葉は届いてるかな。
     また一緒に空を見たいんだ。色んなこと、教えて欲しい――一緒に帰ろう、風吹く空の下に!」
     朱那は虹の橋を架ける。くーさんと呼んだ彼の瞳の中へと飛び込む様に。
     暖かい掌に、言葉に、かけがえのない日常に。それが、度し難いほどに壊れやすいものだとしても。
     それが、自分勝手な理由だとしても――それでも。

    「あたしはあたしの世界を守る為、ミンナの笑顔を守る為……。
     失くす訳にはいかないンよ――負けたら大人し言う事聞いて貰うで!」
    「ッ」

     月桂樹は勝利の証。からりと取りこぼした鬼は赤く変化した掌を眺めて、「道理がある」と小さく呟く。
    「お前は言ったな。衰退の道を閉ざすのは武蔵坂だと。……多様性があれば強く慣れるのだと」
    「ああ、キョンタなら、学園に居たほうが強くなることができる」
     ――強者でなければ目的が無しえない。こうして、灼滅者と会敵した時点で敗北は決定しているものだとエルメンガルトは鬼へと告げた。
    「きさたちに頑張る姿見せてくれるって言ってた。けど、それは供さんのことで、鬼のことじゃないの」
     だから、返してほしいと、幾度も幾度も告げられた言葉に後押しされる様に希沙は親友の手をゆっくりと握りしめた。
     彼の言葉は救いとなった。彼の言葉があったからこそ、自分が此処にあるのだという確かな実感。
     藤乃は首振り、同じ言葉を返すのだと胸を張る。
    「戻って来て欲しいのは――兄貴分だからなんてそんな名分も関係無く。ただ、森田供助さんだからだ、と」
     目を丸くした鬼が喉を鳴らして笑い始める。くつくつと、次第に大きくなるその声は冷静な鬼でも、普段の供助でもないように感じられる。
    「ああ、そうか」
     ――絆が、言葉が、誰かが。それだけではこの体を返す気はなかった。
     感情論で『どうにかなる』ものではないのだから。それでも、その思いを押し通せば、いつしかそれが力になる。それが、多様性であり、絆なのだと言われれば納得せざるを得ないではないか!
    「……興が削がれた」
     ぼそりと呟いた鬼の声音に、僅かに藤乃が身を固くする。警戒するように武器を向ける鵺白は僅かな変化に気づいたように瞬いた。
    「返して、くれるのね」
    「此処で朽ちる位ならば『こいつ』が更に力をつけてから譲り受ければいい」
     闇はいつだって隣り合わせだ――鬼と供助だって、表裏一体。いつだってそこに存在しているのだから。
     鵺白は「そうね、なら返してちょうだい」と力強く、声を張った。
    「あなたが納得いく理由ならば、その言葉覆さずに『返して』頂戴」
     力強いその声に、瑠音が大きく頷く。「おねがい」と呟く声の弱さは、不安に押し潰されそうなその心を何とか保つためか。
     武器を拾わぬまま、鬼がゆっくりと目を伏せる。すとん、と崩れる様に座り込んだ彼の雰囲気は和らいでいく。
     僅かに湿った潮の香りが鼻先につく。痛ェと小さく漏らしたその声に、瞬く朱那は目尻に涙を溜めた。
    「供助」
     震える声で名を呼んで、顔をのろのろと上げる彼の瞳をぱちりと合った。黒に染まった髪が朱に戻り、凍て付く瞳が僅かに溶ける。
     黒曜の角は気づいた頃には姿を消して、は、と息をのんだ藤乃の肩を引き寄せた希沙は「だいじょうぶ」と宥める様に背を撫でた。
    「……なんだよ」
     呟かれた声に、瑠奈がスカートを握りしめ、唇を震わせた。
     ありがとう、と精一杯、絞りだした笑顔は何処か、涙に交じりこんだ。
    「供さん―――おかえりなさい!」
     飛び付いた希沙がくん、と藤乃の手を引いた。安堵したように座り込んだ才葉に朱那も胸を撫で下ろす。
    「お腹空いて力出ないヨ、美味しい手作りお菓子を所望する~!」
     わしゃわしゃ、と犬にするように髪を撫でまわす彼女を見つめ優京はゆっくりと眼窩に街並みを見下ろした。
     嗚呼、今日も街角は煌めいて。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
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