●
街灯のみの暗い夜道を走る人影があった。
二十歳ほどの若者。身ごなしは野性獣のように俊敏であった。時折拳を繰り出しているところからみてボクサーであろう。
と――。
突如、若者は足をとめた。街灯の陰から人影がゆらりと現れたからだ。
ただものではない。そう若者に感じさせる凄絶の殺気が影からは放たれていた。
無意識的に若者はかまえた。刹那である。影が消えた。
「……馬鹿な」
影が背後に現出したことを悟って若者は呻いた。動体視力の優れた若者の目をもってしても影の動きを捉えることはできなかったからだ。そして――。
ぼうと光がわいた。それは影のくわえた煙草の火であった。
その光に浮かび上がったのは平凡な中年男の顔。それが、若者がこの世で最後に見たものであった。
●
「同盟を組んだ六六六人衆とアンブレイカブルが、ミスター宍戸のプロデュースで派手な事を始めたようです」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は口を開いた。
「日本全国のダークネスに対して、暗殺武闘大会暗殺予選への参加を呼びかけているらしく、その情報は、学園でも確認する事が出来ました。灼滅者が情報を見ても構わない……どころか、灼滅者の邪魔まで含めてルール化しているのがミスター宍戸なのでしょう」
横浜市で行われる暗殺予選では、横浜市から出る事無く一日一人以上の一般人を殺した上で一週間生き延びれば予選突破となるようだ。つまり、ミスター宍戸は灼滅者がダークネスの凶行を止めに来る事を予選の障害として設定しているのだった。
「だからといって、ダークネスに殺される一般市民を見捨てるわけにはいきません」
姫子の声に怒りの響きが滲んだ。
「灼滅者が一般人を守ろうとする事さえも利用するなんて……許せません。横浜市に向かい、ダークネスを灼滅するようにお願いします」
参加者 | |
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ルーパス・ヒラリエス(塔の者・d02159) |
太治・陽己(薄暮を行く・d09343) |
撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859) |
蔵守・華乃(レッドアイ・d22909) |
琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803) |
辻凪・示天(彼方の深淵・d31404) |
フリル・インレアン(小学生人狼・d32564) |
エリーザ・バートリー(切断解体私が大絶叫・d35973) |
●
横浜。
さすがに街路を行き交う人の数は多い。
その人並みをじっと見下ろす者がいた。
ビルの屋上。一人の若者の姿があった。
金髪に精悍な風貌。瞳には孤独の光。どこか狼を思わせる若者であった。
名はルーパス・ヒラリエス(塔の者・d02159)。灼滅者である。
ルーパスは一人の男に視線をとめた。
針のような視線。狙撃手や暗殺者特有の視線だ。彼は命中率の計算を行っているのだが――。
「……だめか」
首を振ってルーパスは立ち上がった。
命中率の計算を行えるのは戦場においてである。ビルの上から見下ろす、また雑踏を遠くから見るなどしての使用には向いていない。
頭痛薬を口に放り込むと、ルーパスは屋上を後にした。
夜。
闇に吹く風は冷たい。
場所は公園であった。街灯はひとつきりで、辺りは暗い。
その薄暗がりに、四つの影が溶けている。
影は四人の男女であった。まだ若い。
一人は二十歳ほどの若者であった。寡黙そうで、鋭い目つきである。
名は太治・陽己(薄暮を行く・d09343)。 凄惨な殺人現場を目撃し、殺人鬼として目覚めた灼滅者であった。
もう一人も男。年齢は十六歳ほどか。が、若年にしてはいやに落ち着いた物腰をもっていた。おそらくは幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)。北関東を根城とする撫桐組の嫡男であった。
三人めは女である。
年齢は十三歳ほど。楚々とした風情をもつ美少女である。深窓の令嬢という言葉がぴったりであるが、紅色の瞳に宿る光は躍動的であった。名を蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)という。
そして、四人め。これは十歳にも満たぬ少女であった。
名を琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)というのであるが、どこか大人びて見えた。それは小学制服の上に勿忘草色と白を織り交ぜた着流しをまとっているせいかもしれない。
さらに輝乃には異様なところがあった。顔の右側を面で隠しているのである。
「……どうでございやした?」
娑婆蔵が問うた。すると三人の男女が首を振った。彼らは通行人に紛れて命中率の計算を行っていたのであるが、ダークネスに遭遇することはなかったのである。
「そちらはどうでしたの?」
華乃が問うた。すると娑婆蔵は苦く笑った。
「あっしも同じでござんす。ただ人相風体はわかりやしたぜ」
娑婆蔵がニヤリとした。
断末魔の瞳。驚くべきことに娑婆蔵はサイキックで殺された人の最期を見ることができるのだった。
「ダークネスは中年の男でござんす」
娑婆蔵の背に寒気がはしった。ダークネスの目を思い出したのだ。冷たい爬虫の目であった。
「その男を探せば良いのですわね。まったく、傍迷惑なことですわ
華乃はため息を零した。が、その顔にはどこか嬉しそうな輝きが滲んでいる。それもそのはず、その可憐な外見からは想像もできないが華乃は戦闘狂であった。
薄暗い路地裏。
街灯はあるが、時折明滅している。不気味な静けさがあった。
そこに、ふらりと現れたのは三人の男女である。
一人は泰然自若たる若者であった。頬の線から察するに美形らしい。らしいというのは顔の上半分を仮面で隠しているからで。
辻凪・示天(彼方の深淵・d31404)。灼滅者である。
「ダークネスの思考は読みにくいが……灼滅者の意識が横浜市内側を向いている現状、最終手段としての退路の確保という意味で市の境界付近で活動する可能性が高いはずだ」
示天は周囲を見回した。この辺りは隣の市との境に近い。
「現実問題として横浜市外に撤退されたら追撃はまず無理だ。必ず市内において捕捉しなければ」
淡々とした声音でいった。
「だから、ここなの?」
黒の瞳に眼鏡。三つ編みをひとつのまとめた髪型。優等生にありがちな真面目そうな少女がいった。名はエリーザ・バートリー(切断解体私が大絶叫・d35973)。
「ああ」
示天はうなずいた。
「灼滅者を多少なりとも脅威と考えているのなら目立つ行動は極力避けるはず……理屈では。となると隣接する市との境界付近、人通りの少ない路地などを調べるのが早いだろう」
「わたしも……そう思います」
帽子を目深にかぶった少女がいった。
十二歳ほど。子犬のような可愛らしい少女だ。
フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)。八人めの灼滅者であった。
「さすがにバベルの鎖でも直接見られてしまったら認識を逸らすのは無理だと思います。ですから、こういった人通りのない裏路地で暗殺が行われていると思います」
フリルの真紅の目がきらりと光った。
サイキック発動。娑婆蔵と同じ断末魔の瞳である。
次の瞬間、フリルの目にこの場で殺害された者の最後の姿が映しだされた。
被害者は女である。殺害したのは二人の男であった。まるで組体操をしているかのように一人が倒立し、もう一人が支えている。
その光景を仲間に伝えてからフリルはため息を零した。
「暗殺武闘大会がついに始まってしまったんですね。この横浜に住んでいる無関係の一般の方や私達までも利用して大会を行うなんて許せないです」
「そうね」
うんざりしたようにエリーザは首を振った。
「横浜市全域にダークネスがいるのよね。町の人達にしてみればとんでもない災難だわ。しかも向こうから探して殺しに来るから余計に酷い」
「私達の妨害も予定に入っているのなら、予想以上に参加者さんを脱落させて困らせてあげましょうね」
「そうだな」
示天はこたえた。ひどく冷淡に。
●
三日すぎた。が、変化はない。
と――。
やや離れたところ。エリーザは異変をとらえた。
命中率予測。低い者がいる。
一見、普通の男性だ。三十代後半といったところ。平凡な容姿の持ち主であった。
エリーザの全身から凄絶の殺気が放たれた。
殺界形成。 殺気を放って一般人を遠ざけるというサイキックだ。
が、これがまずかった。一斉に一般人が逃げ出し、その中に男も紛れてしまったのである。
慌てて灼滅者たちは男を追った。が、その姿を見出すことはできなかった。
五日め。
相変わらずダークネスとの遭遇はない。さすがに灼滅者たち焦りだした。
最後の手段とばかりに六人の灼滅者たちがむかったのは横浜市と隣の市との境界である。そこで彼らはいち早くダークネスを捜索していた示天と合流したのであった。が――。
やはりダークネスは見つけられない。五日めが過ぎ、六日めがすぎた。そして、七日め。
その日も早朝から灼滅者たちはダークネスを探していた。が、見つけられない。時は砂のように流れ落ち――やがて夜。
灼滅者たちが諦めかけた時、異変は起こった。熱風のような殺気が彼らに吹きつけてきたのである。
はじかれたように振り向いた灼滅者たちは見た。闇の中に沈む小さな影を。
それは十三歳ほどの少女であった。猫を思わせる気の強そうな美少女だ。
「見つけましたわ、灼滅者。最後に、あなた達を斃して予選を突破させてもらいます」
少女はニンマリと笑った。
彼女の名は佐渡山純。アンブレイカブルであった。
●
「……ダークネスでござんすね」
娑婆蔵がすうと腰を落とした。
戸惑いは一瞬。すでにこの若者は臨戦態勢に滑り込んでいる。幾多の修羅場をくぐってきたこの若者ならではの臨機応変さであった。
「そうですわ」
純は細い手を掲げた。いつの間にかその手はとてつもない大きさの剣を掴んでいる。
「君」
呼びかけると、するするとルーパスは動いた。純の退路を断つ位置にむかった。
「ここで勝ち抜いたら君たちって強くなったりするの?」
ルーパスは問うた。その動きを目で追いつつ、純がこたえる。
「さあて、ね」
「なら、もうひとつ質問。運営ってどんなやつら? 何、僕達消せば漏らしても平気だろ」
「死ぬあなた達に教えてもしようがないですわ」
「うふふふふ」
華乃が笑った。そのことに気づいた純が目を転じる。
「何が可笑しいのですか」
「あなたと戦うことができるのが楽しくて」
華乃が微笑んだ。すると純もまた微笑んだ。
「どうやらあなたは私と同じタイプのようですわね」
瞬間、華乃と純の間の空間で火花が散ったようだ。
純は巨剣の切っ先を華乃にむけた。
「ならばこそ、天地間ほどもある実力の違いを思い知らせてあげなければなりませんわね」
「助かったぞ、ダークネス」
示天がいった。
「そっちから出てきてくれるとはな」
「このまま骨折り損のくたびれ儲けとなるのではないかと危惧していたところだ」
陽己の目が薄蒼く光った。すでに音は封殺してある。
瞬間、エリーザの身に異変が起こった。黒髪が翻り、紫色へと変わった。黒瞳は緑色に爛と光っている。
その時、エリーザの身体からどす黒い瘴気のごときものが放散された。通常人ならば狂死しかねないほどの濃密な殺気だ。
が、この場合、純はニヤリとした。
「何人も殺しましたが手応えがなくて……。最後にあなた達を殺して予選を突破できるなんて、楽しくてなりませんわ」
●
「今度はお前が死ぬ番だ」
陽己が地を蹴った。肉薄した時、すでに彼の腕には異変が生じている。
ミシリ。筋肉と骨が強靭に、そして巨大化。陽己の腕は異形のそれと変じた。
「おおおおお」
陽己は拳を純に叩きつけた。単純だが、それだけに規格外の破壊力をもつ一撃。誰が想像し得ただろうか。陽己渾身の一撃が空をうとうとは。
「ええいっ」
わずかに身じろぎして陽己の拳を躱すと、純は唐竹に斬り下げた。
「ぬっ」
咄嗟に陽己は腕を交差し、ブロックした。凄まじい衝撃に腕が痺れる。おそらく筋肉はひしゃげ、骨は砕けただろう。衝撃の余波に彼の足元の地が陥没した。
「やりますわね」
純が微笑んだ。彼女は陽己を真っ二つにしたと思ったのだ大宰。
「太治の兄貴」
娑婆蔵が飛び込んだ。クロスグレイブ――巨大十字架型の戦闘用碑文を純めがけて振り下ろす。
純は跳び退った。豪風をまいたクロスグレイブが空しく地を穿つ。
その時だ。エリーザが弓をかまえた。
天星弓。星界の力を秘めた魔弓である。
エリーザは矢を放った。流星と化して翔んだそれは陽己の身に吸い込まれた。
矢には魔力が込められている。分子レベルで陽己の傷が修復された。
同じ時、フリルが純に迫っていた。跳び退った純の足が地に撞くり先に半獣化させた彼女の爪が光の線を描く。
「わたしたちが予選を通せません」
「くっ」
さすがの純も躱せない。足が地に着いた時、フリルの爪が純を切り裂いた。
「まだよ」
輝乃がクロスグレイブをかまえた。砲撃形態。
輝乃の聖碑文詠唱と同時に十字架の全砲門を開放された。
「懺悔しなさい」
クロスグレイブが光を放った。灼熱の熱線の乱舞。
反射的に純は巨剣をかまえた。幾条もの熱線をはじく。
が、すべてをはじくことは不可能であった。熱線に灼かれ、純が苦悶する。
「……やってくれましたわね」
純はさらに跳び退った。地に着くと同時に巨剣を袈裟に薙ぎおろす。
巻いた風。それは衝撃波となって疾った。さしもの灼滅者たちも躱しきれない。いや――。
衝撃波により周囲の建物が粉砕された。もうたる粉塵の中、しかし佇んでいる影が二つある。
一人は純と同じような巨剣を盾のようにかまえていた。もう一人はエネルギー障壁を展開している。華乃と示天であった。
●
「天地間ほども力の差があるだと」
空を跳び、純の眼前に降り立った示天がいった。ふふふ、と華乃が笑った。
「本当にそうでしょうか?」
刹那、華乃が跳んだ。瞬く間に間合いをつめると、巨剣をたたきつける。
轟。
巨大な刃が噛み合った。純が巨剣で受け止めたのだ。刃の相博つ衝撃が同心円状に広がり、辺りの地を粉砕した。
「さすがは」
華乃が呻いた。
その時、風が吼えた。ドリルのように旋回しつつ、槍が疾ったのだ。
「胸をもらうよ」
妖気をまといつかせた槍を繰り出すルーパスの目が殺気をおびて光った。
「うっ」
跳び退ろうとし、純は呻いた。動けない。華乃の剣が磐石の重しとなって純をおさえていた。
ルーパスの槍が純の脇腹を貫いた。咄嗟に身をひねって致命の一点をはずしたのはさすがである。
「ちいっ」
純の脚がはねあがった。華乃を蹴り飛ばすと同時に剣を薙ぎ上げる。逆袈裟に切り裂かれた華乃の身が吹き飛び、地に叩きつけられた。
「蔵守さん」
エリーザの顔色が変わった。華乃は下半身から斜めに断ち切られ、内蔵を露出させている。瀕死の状態であった。
「死なせはしないわよ」
エリーザが弓をかまえた。矢を放ち、華乃を癒す。が、一矢で完治は無理であった。
「調子にのらないでいだけますか」
そう叫ぶなり純は刃を薙ぎ下ろした。刃のように冷たい疾風が疾り過ぎ、激痛に灼滅者たちが身を折る。彼らが目を上げた時、すでに純はエリーザの胸に刃を突き立てていた。
●
「仲間を傷つけた罪、購っていただきやす」
するすると娑婆蔵が迫った。純の背後。完全な死角である。
振り向きざま、純は刃で横殴りに払った。が、それは空をうった。身を沈めた娑婆蔵の目が凄絶に光る。
刹那、娑婆蔵はクロスグレイブを純にぶち込んだ。さすがの純も躱しきれない。衝撃に純の身が浮き上がり――。
背に炎の尾をひいた脚が叩き込まれた。
流星のような蹴り。輝乃である。
その彼女の肩の上。左肩翼の男の子の人形が浮いている。その人形もまた蹴りの姿勢をとっていた。
人形とともに舞う。それこそが輝乃の武闘術であった。
「ぬうん」
血を噴き、苦悶しつつ、それでもまた純の機動力は失われていなかった。
独楽のように身体を旋転。その勢いを利用し、娑婆蔵と輝乃を切り裂き、はじきとばした。
「もう大人しくしてください」
フリルが聖歌を口ずさんだ。すると彼女がかまえたクロスグレイブの銃口が開き、光粒子によって形作られた砲弾を吐き出した。
「こんなもの」
純が無造作に剣ではじいた。その口から愕然たる呻きがもれたのは一瞬後のことである。
純の身が凍りついていた。業――純の魂そのものが凍りついているのだ。砲弾の仕業であった。
が、たちまち凍結を解くと、純は跳ぼうとした。一旦間合いをとる必要がある。
なんでそれを見逃そうか。颶風のように陽己が襲った。
陽己の拳が疾った。視認できぬほとどの迅さで。
たった一秒。その間に陽己は無数のパンチを純にぶち込んでいる。
が、恐るべきは純だ。その悉くを純は躱してのけている。いや、正確には躱しきれなかった。本来の彼女であればやってのけたかもしれないが、傷ついた今では無理だ。
爆発したような衝撃に純がよろけた。その身を闇が覆った。
影に喰らわれている。そうと知りつつ、しかしもはや逃れる余力を純はもたなかった。
「終わりだ」
ひどく落ち着いた示天の声が闇に流れた。
暗殺の夜。
昏い闇はこうして明けたのだった。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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