暗殺武闘大会暗殺予選~強者の拳

    作者:来野

     夜の横浜。遠くに大観覧車のイルミネーションが輝いている。次々に色を変えるLEDの光は、まるで虹かシャボン玉だ。
    「明るくなったものだ」
     海辺を見下ろす高台で、今、一人の老医師が呟いた。背後には小ぢんまりとした古い医院。曲がりかけた背を叩き、さて、近所の自宅へ帰ろうかと足を踏み出したその時のことである。
     目の前の脇道から大柄な少年が現れた。
    「うんっ?」
     少年。そう判断した老人は、一般人としては落ち着いていた方かもしれない。
     しかし、目の前の『少年』の背には炎の翼が赤々と燃え上がっており、長い金髪の間に一対の角と思しきものを戴いている。踵の向こうに見えるものは尾に違いない。
     彼は果たして人間なのか。
     老医師の驚愕は当然だが、少年の方もそこに人がいるとは思っていなかったのだろう。赤く滾る双眸を瞬いた。
    「医者、か?」
     消毒薬の匂いを嗅ぎ分けて呟く。鉤爪の並ぶ指を握り締めた。
     その拳は人間にとってはまるで巌だ。振り上げて下ろせば、目の前の老人などひとたまりもないだろう。
     五本の指が、ぎちりと音を立てる。これは運命の采配か。暗殺武闘大会へと進むには一日に一人以上、人間を殺さなければならないのだ。
    (「強いヤツの気分ひとつで、弱いヤツの運命は変わる」)
     彼の名は、ヴァラク。半竜の印象を持つアンブレイカブルである。
     そして、闇堕ちする前の名をバスタンド・ヴァラクロードといった。
     今、明らかに強者であるダークネスの拳は、しかし、まだ持ち上げられてはいない。
     自分はなぜ、ここをさまよっていたのか。暗殺武闘大会に興味を向けた理由は何であったか。強すぎる力は無関係な者を巻き込みはしないか。
     ひどく重たい荷物を提げているかのような彼の様子を見て、老医師は顔を上げた。
    「そうだよ」
     頷き、事実を答える。
    「私は、医者だ」
     
     ガイオウガ決死戦で闇堕ちしたバスタンド・ヴァラクロードの行方が分かった。
     石切・峻(大学生エクスブレイン・dn0153)が携えて来た報は教室に束の間の安堵をもたらした、が。
    「横浜市の小さな医院の前だ。一人の老医師にヴァラクと名乗るアンブレイカブルが襲い掛かろうとしている。恐らく彼に違いない」
     横浜。その言葉に教室の空気が揺れる。
    「そう。ちょうど横浜市内では暗殺武闘大会暗殺予選が行われている最中だ。予選の情報は広く公開されていて、ヴァラクもこれに興味を持ったと思われる」
     固い面持ちで頷いた峻は、マーカーを手に取った。ホワイトボードに記し始めるのは暗殺予選の内容である。
     予選会場は横浜市全域。
     参加するダークネスは1日1人以上の人間を殺さなくてはならず、横浜市内から外に出てはならない。
     1日1人以上の人間を殺していなければ失格となる。期間中に横浜市の外に出た場合も失格である。
     勝利条件は灼滅者によって80%の予選参加者が灼滅された場合、その時点で生き延びていること。灼滅者によって灼滅された人数が規定に達しなかった場合でも1週間生き残れば予選通過となる。
    「ミスター宍戸の考えることだけに、えぐいな。そこで君たちにはバスタンド君の救出をお願いしたい」
     そう告げて峻はマーカーを置いた。考えがちに口を開く。
    「彼は元々無差別な暴力を厭う傾向を持っていたようだ。灼滅を過剰防衛と捉えて気を遣っていた節もある。弟さんに累が及んだことがあったようだ。暗殺武闘大会に興味を持ったのは、人類を害さずに生き延びて堕ちきることができるかもしれないとの考えに端を発するらしい。けれど、蓋を開けてみればこの予選を通過するには1日1人の人間殺害が必要だった」
     仮に灼滅を免れたとしても、出場資格を手に入れるには日数分の人間を殺さないとならない。
    「この事実を前にした彼の気持ちを推し量るのは難しい。ヴァラクと名乗るアンブレイカブル自体は殺害と闇堕ち誘発を厭わないという。そして運の悪いことに彼が出会ってしまった人間は、偶然にも医者だ」
     教室内に漂う疑問の色を前に峻は説明を続ける。
    「バスタンド君には、お母さんを医者に助けて貰えなかったという経験があるらしい。医師を嫌っている。同じ生業の人間が目の前にいるのは本来の彼の心にとってはストレスになってしまうのではないかな」
     複雑な心中を決め付けることはできないが。
     一度落とした眼差しを上げて、峻は教室内へと向き直る。
    「今回助け出すことができなければ、完全にダークネスと化して次の機会は訪れないかもしれない。何とかして救出して欲しいが、万が一の時は灼滅も止むを得ない。どうか、気をつけて。皆で帰って来て欲しい」
     お願いしますと深く頭を下げて、峻は口を噤んだ。


    参加者
    皇・銀静(陰月・d03673)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)
    日向・樹(はなまるぴっぴがもらえない・d16890)
    小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)
    辻・蓮菜(ニャアデスハピネス・d18703)
    蔵座・国臣(病院育ち・d31009)
    禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)

    ■リプレイ

    ●力の行方
     夜闇に炎が揺れる。
     強く握り締められた強者の拳が微かに震えた。自らを医者だと答えた老人が白いものの混じる眉根を動かす。
     次の瞬間、医院の周囲で生垣が揺れた。
    「その拳待った! 正気に戻ったらヘコむっすよ!」
     飛び出したのは辻・蓮菜(ニャアデスハピネス・d18703)だった。迷いのない声で制止をかける。そして――
    「会いたかったっすよー!」
     全力で抱きついた。
     動きを見失ったアンブレイカブルが言葉をも失う。その一瞬を逃さずに暗がりから動き出したのは、他の灼滅者たち。
     生垣のざわめきは長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)のサウンドシャッターが閉じ込めてくれている。万が一の場合でも周辺住民の夜の静寂は守られることだろう。
    「なぜ、だ?!」
     連れ戻される。そう判断したヴァラクは、即座に腕を払う。
    「力を抑えて生きなきゃいけねえのがおかしいだろ」
     軽々と吹っ飛ばされた蓮菜が地に転がるが、めきっという不穏な音を立てて拳が食い込んだのは脇の椿の古木だった。
     思いの外重量感のある影が中途でへし折れ、ゆっくりと斜めに傾いで行く。腰の曲がった医師は目を瞠るばかりで動けない。
    「……!」
     それを片手で受け止めて真下を潜り抜けたのは蔵座・国臣(病院育ち・d31009)だった。医師の上に落ちかかろうとする枝を寸前で押し退け、真っ赤な花を浴びながら逆の腕を差し伸べる。
    「友人、なんだ。少し派手に喧嘩するので、避難してくれないか」
     あまりのことに言葉を失った老医師は、当惑げに周囲を見渡す。
     次々に若い影が現れるが、悪意のある暴力は振るわれない。椿を巻き添えにしてしまった炎の翼の少年は、何を思ったものかそれ以上の動きを失っている。
     蓮菜が土埃をまとって立ち上がり、ヴァラクを指し示す。
    「大丈夫っすよ先生。このお兄ちゃんのことは任せてね!」
     その姿を見て、医師は戸惑いを飲み込んだ。少年少女たちの方が自分よりも力強い。悟って静かに頷く。
    「ありがとう。そうするのが良さそうだね」
     礼の言葉を残し、庇う位置に入った小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)の背に従った。日向・樹(はなまるぴっぴがもらえない・d16890)が建物の脇の空間へ誘うと避難誘導が始まる。
     それを見て、ヴァラクは医院へと背を向けた。保護された一般人に固執するよりも、まずは血路を開く。そんな冷静な判断が動きから見て取れる。
     その眼前に禰宜・汐音(小学生エクソシスト・d37029)と皇・銀静(陰月・d03673)が並んだ。
    「初めまして。禰宜・汐音と申します」
    「こんばんは、良い夜ですね。武を以て挑むにはね」
     口々に挨拶を済ますと極力医院と距離を取るように退き始めた。巻き添えの出る方向に向かわせては望まない悲劇が起きる。
     ヴァラクは滾る瞳で周囲を見回した。
    「否定はしないぜ」
     答えはするが動きは慎重だ。灼滅者の思惑に乗っては地の利を取れない。身を低く構えて尾でバランスを取る。腰の炎獣色のマフラーが夜風を孕み、音も無く翻った。
    「これが……アンブレイカブル……」
     少女が薄く身を震わせると、銀静が頷く。
    「汐音……覚えておきなさい。これからの相手は今までとは違う。助けられなければ失う相手であり……武の極致の一角、そして……ガイオウガ大戦で闇墜ちし戦端を切り開いた勇者です。ここで救えねば……命を失うでしょう」
    「……はい。だから……助けるのでしょう?」
     それらの言にヴァラクは微かに口許を動かし、裏手へと抜けられそうな細い空間へと視線を向けた。民家のある方角だ。
     見た目以上にタイトな状況を前に、クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)は短く息を落とす。ミスター宍戸のほくそ笑みが見えるようだ。
    (「全く……ヒトの嫌がるコトばっかりやるオッサンやな。ただ、今せなあかんコトはひとつや!」)
     バベルブレイカーを構えたクリミネルの横を、退避活動を終えた国臣がライドキャリバー「鉄征」で追い越す。目指すのは門の外。
    「……っ?!」
     ぎりぎりの距離ですり抜ける騎乗をヴァラクが避けようとした。そのほんの一瞬にクリミネルが突っ込む。
    「行こか!」
     炸裂する尖烈のドグマスパイク。土埃が舞った時には、もつれ合う影は火の粉と落花の向こうに吹っ飛んでいる。降り注ぐのは赤い色。
     医院の門は振り返らねば窺えない。既に、背後だ。

    ●その手に残るもの
     灼滅者たちはヴァラクの周囲を取り囲む形で輪を狭め、路上の相手を向かいの空き地へと誘う。そして、突破口を見出せずに踏み出すしかなかったヴァラクの正面へと樹が回った。霊犬「篝枝」を守りの位置へと向かわせ、声を投げかける。
    「最近あまり見かけませんでしたが……お久しぶりですね。大会に出るんでしょう、灼滅者数人程度減らせなくて勝ち抜けるとでも?」
     挑発的な問いかけと共に、前を向いたままで足は後方へ。その傍らで蓮菜が妖の槍を構えて共に後退る。
    「辻ちゃんから殺しても一日一殺はクリアっすよ! たぶん」
     ダークネスを巻き添えの出ない方向へと導こうとしているのだった。
    「ああ、出てやるとも」
     頷きながら脇へと視線を投げるヴァラクは焦らない。包囲の破れ目を探している。逆に一歩退こうとしたが、後ろが無かった。黒く固く丸い鉄鍋に似た何かに背を阻まれる。
     兼弘のGenghis Khanだった。
    「辻の言葉は聞こえるか? 一人で行くのがお前か?」
    「オレは」
     ぐっと眉根を寄せるアンブレイカブルの深奥へと声は届いているのか。それは当人にしかわからぬことだとしても、一つだけ言えることがある。
    「お前は殺しちゃなんねえし、もう誰も殺させない。辻も人々も、そしてお前もだ!」
     火の粉を巻き上げて、兼弘はその身を巡らせる。
     罪業を断ち切る転輪の一撃を、しかし、ヴァラクは良くかわした。かすり傷一つに留めて身を翻したが、ゆえに、空き地へと駆け込むしかない。待ち構える位置には、銀静が居た。
    「楽しもうじゃないですか! 今は武を尽くし挑むのみでしょう!」
     グラインドファイアの炎の蹴りを紅蓮を宿したヴァラクの踵が宙で蹴り返す。ヴォッと音を立てて二つの火柱がぶつかり合い、天へと向けて迸った。
     灼熱に耐えて着地を果たしたヴァラクではあったが、僅かの間を狙うかのように横顔へと迫るものがある。
    「バスタンドさん、迎えに来た。……戻らないと言っても引っ張り上げるぞ」
     里桜の巨腕だった。
     鬼神変の一撃は顎骨こそ逃したが、肩へと落ちた。炎の翼が大きく虚空を打つ。
    「くっ」
     痺れた片腕をだらりと垂らしたヴァラクだったが、逆の腕を瞬時に持ち上げた。突き出す拳は寸止めにも見える。が、咆哮を轟かせて業火が牙を向いた。
     Dragonic Burn myself。身を焦がすほどの覇気が距離を詰めていた里桜へと襲い掛かる。
    「あ、なたの気が済むまで殴ればいい、存分に殺しに来い。だが……」
     煤に汚れた手の甲で痛む横顔を拭い、里桜は瞳を上げる。
    「そう簡単に諦めると思うな」
     肌を焼かれても包囲の距離から引かない。
    「貴方の全てを理解出来るとは言わない。だが、貴方が優しい人である事、必要として、いてほしいと願う人間が此処にいる事は知っている」
     同じクラブに籍を置いたことのある者の言葉はそれだった。
     傷付いた肩を逆の手で押さえ、ヴァラクはゆらりと首を振った。かつての仲間を殴った手を開いてみて物言いたげにし、また、肩へと戻して口を噤む。
     人を傷つけた手に残るものが何か。掌の中には苦しい答えを握っている。
     その間隙を縫い、汐音がレイザースラストを放った。
    「私もっ……色んな人が助けてくれた! そして生きろと命じられた!」
     紫色の瞳が視界に入れるのは医院の影。医術では助けられないと知りながら助けてくれようとした医師の記憶を持つ彼女は、ヴァラクとは別の方角からそれを見る。
    「貴方だってそうでしょう!」
     脇腹を抉られ後ろへとたたらを踏んだヴァラクは、地を見下ろした姿勢のままで血なまぐさい唇を動かす。
    「助けて欲しかったのは……」
     言うも詮無い。呟きは途中で消えた。
     もう一度肩から手を離して顔の前に持っていき、ただ血で汚れたそれを見て握り、開いて、真っ直ぐに突き出す。
     そこから迸るものは彼の中に潜む強固な確信でも静かな諦念でもない。
     何もかもを焼き焦がそうとするかのような、激しい炎の奔流だった。

    ●Hard&Gentle
     熱い。きな臭い熱風が落ち葉を舞い上げ、漂う煙に息もつけない。
    「……う」
     最悪の視界の中で鈍色の墓碑の鎖を噛み押さえ、クリミネルが足止めの一撃を打ち込む。その両手は焼け爛れて火脹れがつぶれようとしているが、逃すわけにはいかない。
    「熱いなぁ……痛いなぁ……けどなぁ……その位で止まると思うたか!!」
     ぜ、と掠れた息を吐いて頭を振り上げる。
    「改めて、はじめましてやろな? えーと今はヴァラクやったっけ? ソレと聞いとるか解らんけどヴァラクロードはん!! 目ぇ覚ませやぁ!!!」
     パチパチと炎が爆ぜる音の向こう、アンブレイカブルと化した仲間は身を低めて咳き込み始めている。何かを答えようとして、口に溜まった血を吐き捨てた。
     うっそりと上げた眼差しを、さらに赤い色が遮る。真っ赤な唐傘だった。
    「初志が何であれ、貴方のそれは人を害さねば成せぬ願いです」
     傾けた傘の端から届くのは樹の声だ。彼の霊犬は、目付きの怖さに反して仲間を癒すために奔走している。
    「おそらく今の貴方が出ても後悔しか得られません。やめにして、一緒に帰りましょう」
     振り抜く虚傘・紺紅夜魔吹はヴァラクの動きを鈍らせ、闇への一歩を阻もうと大きく風を切った。
    「ア……ガッ!」
     上がる苦痛の声に、樹は柄を強く握り締める。戦後の処理を名目として決死戦を辞退したことが心に引っかかっていた。目の前にあるものから眼差しを逸らすことができない。
    「何で……っ、オレが、オレで、いちゃいけねえんだ!」
     全身の重たさに身をもがいて、ヴァラクは五指を握り締めた。何とかしたい。次の一歩を。
     思い切り突き出した拳は、間近にいた小さな影へと向かう。目を瞠ったのは蓮菜。逃げるつもりは毛頭ないとしても、受け止めるにはあまりにも強烈な一打のはずだ。
    「鉄征」
     落ち着いた一声が飛ぶ。藍の瞳の前でライドキャリバーが盾となって地に叩き付けられた。
     跳ね起きようとしたヴァラクの膝を止めるのは、国臣のクルセイドソード。ASCALON。その名のクラブがかつて彼らの背にはあった。
    「久しいな、バスタンド。ガイオウガ戦では目標を達成したぞ。帰投時間、というやつだ」
    「帰る、と……思うか!」
     突き出された蹴りは、黒煙を生むほどに熱く重い。それを腹に受けて蹲りながらも、国臣は背を守る位置を退かなかった。盛大に咳き込み身を折るが、剣を地について耐える。
    「聞、こえているな? 今から弱らせる。隙をついて主導権を奪え、その身体はバスタンド、お前のものだろう」
     頑なに呼び続ける名は、バスタンド。ヴァラクではない。
    「覚えているか? 弱きものの盾となれ、だ。その力の振るい先はそっちじゃあないだろう?」
     アンブレイカブルの拳が揺らいだ。行き先を見失って探すかのように。逆の手が必死に握り止めようとするが、微動は止まろうとしない。
     熱風が天へと昇り煙が薄れ始めた時、それまで仲間の治癒に忙しかった兼弘が前へと向かう。
    「さて、リザードヒーロー。お前、このまま一般人殺してどうする気だった? 自分の抑えが利かなかったって言って誤魔化す気か?」
     膝を折った仲間を助け起こし、キャプテンという呼びかけに頷く。火の粉を押し返す夜霧が包囲網を敷いた仲間の痛みを静かに和らげていた。
    「それにだ……分かってるんだろ? 医者を殺したら、弱い奴がもっと死ぬことを」
     ヴァラクは激震する拳を自分の額へと当てる。引き歪んだ顔を見せるわけにはいかない。せいせいと上がる息を必死で噛んだ、が。
    「……大いなる力には責任が伴うんだ」
     静かな、そして力強い一言に鼓膜を打たれた時、嗚咽にも似た咆哮を上げて身を起こした。

    ●Assemble
     業火を浴びて、何かが小さく輝く。それそのものが金の火の粉を閉じ込めた炎であるかのようなサンストーン。一つはアンブレイカブルと化した者の耳を、そしてもう一つは小柄な少女の耳を飾っている。
    (「ばすたん、難しいこと色々考えてたもんね。辻ちゃんには思いつかないよーなこと今も考えてるんでしょ?」)
     すぐ目の前で震える拳を見て、イヤーカフの少女、蓮菜は唇を噛む。揺らがぬ拳に装着したものは、御神喚鈴:なぐりぶき。
    「どーしたっすか、辻ちゃんまだ生きてるっすよ。逃げたら辻ちゃんもついていっちゃうぞ!」
     拳と拳が触れそうな位置まで手を伸ばし、そして、思い切り肘を引く。
    「ばすたんにやりたいコトがあるなら応援したい。でも」
     巡る輪の動きを追って、黒髪が翻った。
    「しょんぼりのまま1人にしたくはないんすよ」
     大きく踏み込み、鈴を鳴らす。振り抜く断罪転輪斬が、リンッと高鳴った。
    「ガ……ッ、アアアアッ!!」
     龍鳴の轟きと共にアンブレイカブルが地へと叩き伏せられる。
     大地鳴動す。固い拳は少女の髪を舞い上げたものの寸前で空を切り、落ちたのは冷たい土の上。
    「どうなっても、どこにいっても。辻ちゃんはばすたんのこと大好きだよ」
    「……」
     呼びかけに応えたものは、声ではない。指先の微かな動きだった。殴るためのものではなく、触れるべき何かを探す柔らかな動き。灼滅者のものだ。
     それを見た汐音が銀静にしがみつく。
    「……頑張りましたね、汐音」
     ぽんと頭に手を乗せられて少女は泣き出した。
    「……っぅ……ぇっ……ふぇ……ぇええっ……!」
     銀静はその心忘れまじと諭す。
    「……バスタンドさん、おかえりさない」
     里桜の一言が万感の思いを伝えた時、涼やかな夜の風が炎の灼熱ときな臭さをさらって行った。
     残るものは、静かにきらめくサンストーンの輝き二つ。美しくも人を焼き焦がすことはない。
     夜の闇をものともせず、九人の灼滅者が集結する――
     その瞬間だった。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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