暗殺武闘大会暗殺予選~命の狩り場と成り果てて

    作者:波多野志郎

    「ふう……」
     その男は、軽いため息と共に背伸びをした。長距離トラックの配達員である男は、裏から入荷先へと荷物を運び終えた直後であった。
     表では、まだ営業が続いている。昨今、どんな業種でも夜遅くまで行なっているものだ。だからこそ、客に見つからないよう裏口から搬入するというのは長距離トラック業界ではよくある仕事のひとつだった。
     ただ、客に見つからないという事は一度通りが少ないという事。人通が少ないという事は人と接触しない事を意味する。
    「ふあ……次の配達先は――」
     配達員がそう言った瞬間だ、不意に物陰から伸びた腕が配達員を暗闇へと飲み込んだ。音は鈍い破砕音がひとつ、一人の人間が五秒にも満たない時間で掻き消えた瞬間であった……。

    「同盟を組んだ六六六人衆とアンブレイカブルが、ミスター宍戸のプロデュースで派手な事を始めたようっすね」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、そう苦虫を噛み殺したような顔で語り始めた。
    「何でも、日本全国のダークネスに対して、暗殺武闘大会暗殺予選への参加を呼びかけているらしいんす」
     暗殺武闘大会暗殺予選――奇怪な言霊だが、馬鹿にならないのがこの情報が武蔵坂学園でも確認出来た事だ。
    「ようするに、こっちに情報を掴まれても構わない――というか、灼滅者の邪魔まで含めてルール化されてるんすよ」
     横浜市で行われる暗殺予選は、横浜市から出る事無く1日1人以上の一般人を殺した上で1週間生き延びれば予選突破――というルールだ。逆を言えば、生き延びる事を阻止してくる障害があるという事……それを灼滅者にやらせよう、というのがミスター宍戸の魂胆なのだ。
    「だからといって、ダークネスに殺される一般市民を見捨てるわけにはいかないっす」
     ようするに、相手に乗った上で1体でも多くのダークネス達を排除しなくてはいかないという話だ。
    「この予選ではダークネスは灼滅者と戦う必要は無いっすけど、武闘大会に参加するようなダークネスっすからね。少し煽ってやれば、逃げずに戦闘するものも多いはずっす。横浜にいるダークネスを全滅させるつもりで頑張ってくださいっす」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    花檻・伊織(蒼瞑・d01455)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    村井・昌利(孤拳は砕けず・d11397)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)

    ■リプレイ


     神奈川県横浜市――総人口で300万人を超える神奈川の県庁所在地、中心でもある地だ。
     一言で言えば広く、人が多い。
    「さーて、何人の血を吸えるかしら。弱いのはお断りですけど、それなりのもいるのよね? ここ」
    「そうだな」
     フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)のその呟きに、片倉・純也(ソウク・d16862)は短く答える。純也のESPDSKノーズに反応はない――範囲内にただいないのか、あるいは慎重にダークネスが身を潜めているのか。
     今の状況は、ただの一般人が徒手空拳で猛獣が闊歩するジャングルを歩くようなものなのだ。
    「……ったく、武闘大会するんなら普通にやれっての。一々一般人巻き込んでんじゃねえよ」
    「たちの悪いゲームの様ですねぇ……」
     吐き捨てるダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)に、地図を手に紅羽・流希(挑戦者・d10975)がこぼす。確かに、参加者以外には益どころか害しかないゲームだ。
    「暗殺2回はどうかと思うが、武闘大会には心惹かれる」
    「ああ、暗黒舞踏大会なあ、ずいぶん楽しそうなことしてるよな、俺もちゃんと参加してえぐらいだな」
     村井・昌利(孤拳は砕けず・d11397)の言葉に、鏡・剣(喧嘩上等・d00006)がニヤリと笑う。喧嘩好きの剣らしい言葉だが、それを不謹慎だとたしなめる者はいなかった。
    「何にせよ、探索だね」
    「うふふ、すぐに見つかるといいわね」
     花檻・伊織(蒼瞑・d01455)の言葉に、リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)は微笑む。
     しかし、リサの疑問はそのまま表面化する事となった。


    「……見つからないわね」
     フローレンツィアの呟きが、すべてであった。暗殺武闘大会暗殺予選は、ただの殺しの場ではない――灼滅者という自身達へ向けられた障害もまた感知しなくてはならないのだ。
    「道場、ジムなどは他のみんなもチェックしているからね……」
    「なるほど。逆に向こうの警戒が強い場所になってしまいましたか」
     地図上にチェックを刻む伊織に、流希も得心が言ったとこぼす。こうなってしまうと、捜し方以前に運の要素が大きく絡んでしまう――もっと、小さな手掛かりから敵を捜してみるべきかもしれない。
    「あ、どうだった?」
     路地の片隅。そこで戻ってきた仲間に、フローレンツィアは問いかけた。それにダグラスが、言い捨てる。
    「どうも何も、不良の小競り合いだったぜ」
    「DSKノーズに反応もない。ただの一般人だったが……」
     純也は、言葉の途中で一度切る。それに、ダグラスも視線でうなずいた。
    「ああ、妙な事を言ってやがったな」
    「妙な事?」
     オウム返しに問う剣に、純也が答えた。
    「『チームのボスが行方不明になったので次のボスを巡って喧嘩になった』――そう言っていた」
    「ふうん――臭うわね」
     リサの言葉の意味は、全員が理解出来た。何の根拠もない勘でしかない――だが、昌利が呟く。
    「その勘が戦いでは重要だ」
    「賭けてみるか?」
     既に横浜で探索して、数日が過ぎている。堅実に行くか、賭けに出るか、その判断の境界が今だ。
    「なら、賭けようぜ。そっちの方が小気味がいい」
     その選択に、剣は迷わない。それにダグラスも獰猛な笑みで、同意した。
    「おお、狩りってのはそういうもんだ」
    「――――」
     流希の視線は、伊織へと向かう。今、ここにいるメンバーでもっとも理性的に判断を下せる――そう思いあっているからこその視線の交差だ。
     流希と伊織が、同時にうなずきあう。それを見て、リサが微笑する。
    「ふふ、なら決まりね」
     現場で掴んだ情報と、自身達の勘を信じる――その判断を下して、灼滅者達は動き出した。


     消えたボスの情報を追っていて、昌利は確信を抱く。
    (「黒だな、これは――」)
     ボスは格闘技を身につけ、ジム通いで体を鍛えていた生粋の格闘家だった。ただ、中身は荒くれ者でその格闘技も暴力に使うしか使い道を知らないクズだったようだが、だからこそ狙われたのかもしれない。
    「……彼は、このジムに通っていたようだね」
     伊織が、チェックしていたジムのひとつに丸をつける。ここまでの探索で、それなりに情報を得ていたからこそボスの足取りを追う事が出来た。
    「そうなると、この範囲内ですかね」
     流希が、更に地図に大きく丸を描く。不良集団の行動範囲、ジムの場所、ボスがよく見かけられた場所――それを、半径1キロメートル内にまで収めることができた。
    「後はこの範囲内を――」
    「――ここだ」
     捜しましょう、と言い掛けた流希を遮り、ダクラスが地図の一点を指差した。
    「理由はなぁに?」
     リサの問いかけに、ダグラスは当然のごとく答えた。
    「俺が狩る側なら、ここで網を張る」
    「なら、そこをまずは捜すでいいんじゃない?」
     フローレンツィアの言葉には、今にも戦いたくて仕方がないという響きがある。
    「なら、まずはそうしてみよう」
     流希の言葉に仲間達は同意し、移動を開始した。

     ――初めに気付いたのは、純也だった。
    「どうやら、いるようだ」
     ダグラスが指し示したのは、小さな雑居ビルが立ち並ぶ裏路地だ。その裏路地を抜けていくと、金網が道を塞いでいる。そして、横四方に広がったアスファルトの空き地があった。
    「ここはな? 元は駐車場にしようとしていたらしい」
     その声に、流希が視線を上げる。雑居ビルの非常階段、その踊り場に立つ男がそこにいた。筋骨隆々を絵に描いたような、強面の大男だ。ニヤリ、と笑みを浮かべ、男はアスファルトの上に降り立った。
    「だが、周囲の立ち退きに失敗。この空き地だけが残った、と……ここを怪しんだ理由は、何故だ? 地図には載っていないはずだが?」
    「だからだよ。詳細が載っていないからこそ、巣にうってつけだ」
     男の問いかけに、ダグラスが答える。その答えに満足したように、男は笑った。
    「なるほど。俺はヤマッチョ、とでも呼べ。そう呼ばれている」
     男、ヤマッチョの名乗りに喧嘩用の指貫グローブを嵌め、手首を軽く揉みながら昌利が名乗った。
    「村井昌利。手合わせ、願おうか」
    「まずは一人目ね。"来なさい、黒き風のクロウクルワッハ!"」
     フローレンツィアが解除コードを唱えた瞬間だ、ヤマッチョの巨体が視界から消えた。
     より正確には、消えたと錯覚しそうなレベルで死角へと跳んだのだ。
    「追いつくか、俺の速度に――!」
     だが、誰一人として自分を見失っていない事に悟ってヤマッチョは笑い、その太い足を横に薙ぎ払った。ドォ!! と薙ぎ払われる衝撃が、その戦場へと鳴り響いた。


    「あはっ、それじゃぁ……たくさん愉しみましょう?」
     ビキビキビキ、と全身を水晶でできた甲冑の騎士姿へと変えて、リサが囁いた。水晶の飲み込まれた交通標識を黄色標識にスタイルチェンジ、イエローサインを発動させる!
    「いいなァ! おい!!」
     衝撃に切れた口元を拭いもせずに、剣が踏み込んだ。その雷を宿した剣の拳が、ヤマッチョの顎を捉え――られない。
    「戦士だったら、強化なんぞ使わず体一つでかかってこい!!」
     上から振り下ろされたヤマッチョの拳が、剣を叩き潰す! だが、ヤマッチが拳を振り抜けない。
    「ふ、ははは……芯まで響くじゃねぇか」
    「その根性は認めてやるぞ、小僧」
     額で岩のような拳を受け止めて笑う剣、その頭上へ純也が跳ぶ。破邪の白光を宿した剣の横一閃、それをヤマッチョは腕でガードした。
    「……硬いな」
    「鍛えているからな!」
     純也のクルセイドスラッシュを真っ向から受け止めて、ヤマッチョは振り払う。そこへ流希が、音もなく踏み込んだ。
    「――フッ!!」
     放たれるのは、居合いの一撃。流希の居合い斬りを、ヤマッチョは肘と膝――交差法で受け止めた。
    「まだだ――!」
     だが、受け止められてなお流希の堀川国広は止まらない。横へ跳んで避けたヤマッチョへ、昌利とダグラスが同時に踏み込んだ。
    「っらああああああああ!!」
     ダグラスの気合に合わせ、昌利も拳を振り上げる。顎を強打する昌利とダグラスの抗雷撃に、ヤマッチョがたまらずのけぞった。
    「だぁから、強化なんざしてんじゃねぇ!!」
     ヤマッチョはのけぞる勢いを利用して逆立ち、横回転して昌利とダグラスを蹴り飛ばす。そして、着地した瞬間に死角へと回り込んだ伊織の花葬一文字の一閃が太い足を切り裂いた。
    「今だよ」
     伊織に応えたのは、フローレンツィアだ。杭打機のような強烈な抜き手で、真っ向から挑んだ。
    「貫くよ」
     ドン! とフローレンツィアとヤマッチョの間で、激突音が響き渡る。紙一重、挟み取る形でフローレンツィアの抜き手をヤマッチョが受け止めていた。
    「これだ、俺が求めていたのは! やはり、ただ殺すなど俺の性には合わん!!」
     だから、とヤマッチョはアスファルトを踏み砕きながら前へ出た。
    「とことん楽しませてやる、お前達も楽しませろォ!!」


     肉と肉のぶつかり合う音と、笑い声がそこには響いていた。
    『あーははははははははははははははは!!』
     剣とヤマッチョだ。ただ、何も考えずに殴り合う。技さえ、そこにはない。硬く握った拳で、相手を殴りつける――それは剣の流儀であるし、ヤマッチョもそれに真っ向から応えた形だ。
    「あー、これだぁ、これだとも!!」
     楽しげに笑うヤマッチョに、リサがガチャリと小首を傾げた。
    「大分、ストレスが溜まっていたみたいねぇ」
    「こっそりコツコツって性質じゃないでしょうにね」
     フローレンツィアの目から見て、いや誰の目から見てもこの暗殺武闘大会暗殺予選に合っていないのは明らかだ。ヤマッチョにとって、戦う事と殺す事はイコールではなく、手段はもちろん結果でさえなくオマケに過ぎないのだ。
     戦った、その結果に殺した――命の有無など、本当に小さな事に過ぎない。満足する戦いができることこそ、ヤマッチョの――アンブレイカブルの本懐なのだから。
    「とはいえ、終わりも近い」
    「そうだな」
     流希の判断を、ダグラスは肯定する。ヤマッチョの実力は高い。だが、真っ向勝負のこだわりが、灼滅者達には有利に働いていた。
     だからこそ、細い勝ち筋が彼らには見えている――!
    「おおおおおおおおおおおおおお……お?」
     雄叫びを上げていたヤマッチョが、不意に怪訝な表情を浮かべた。それは純也の動きに、気付いたからだ。
    「足を止める」
     零距離、突き出した前蹴りから腰の回転で叩き込む衝撃――純也のスターゲイザーが炸裂した。ドォ! とゴムタイヤでも蹴ったような鈍い衝撃音が鳴り響き、ヤマッチョの動きが止まった。
    「見せたな? 隙を」
     一秒にも満たない間隙、それを見切ったダグラスが獰猛な笑みを浮かべる。獣が獲物の喉笛へと狙いをすましたような、鋭い回し蹴りが炎をまとってヤマッチョの側頭部を蹴り抜いた。
    「ぐ、おおおおおおおおおおお!?」
     空中に、ヤマッチョの巨体が浮いた。そこへ水晶の全身甲冑、リサが迫る。
    「その分厚い肉の下には、急所があるんでしょう?」
     舌なめずりするような艶かしさと共に、リサが水晶のナイフを振るった。急所を切り刻まれるヤマッチョに、流希が一気に駆け込む!
    「切り伏せる!」
     大上段からの堀川国広による高速の斬撃、流希の雲耀剣がヤマッチョを捉えた。吹き上がる鮮血、それでもなおヤマッチョは倒れない。
    「潰してあげる」
     ヒュオン! と手甲によって操るフローレンツィアの黒き風のクロウクルワッハによってヤマッチョを縛り上げていく。肉に食い込み、たやすく切り裂かれていく――そこへ、剣の鍛え上げられた拳が放たれた。
    「はーははははははははははははははははははは!」
     笑い声と共に放たれた渾身の拳を、ヤマッチョは額で受け止める。奇しくも最初と立場を入れ替えた体勢となり、均衡した。
    「――そこまでだよ」
     その涼やかな声と共に、伊織は非実体化した花葬一文字を振り抜いた。肉体ではなく魂を断つ伊織の斬撃に、踏ん張りを失ったヤマッチョが宙を舞う。
    「――ォッ!!」
     そこへ裂帛の気合と共に、昌利のオーラをまとった両の拳による連打が放たれた。ガガガガガガガガガガガガガガガガン! と正確に急所を捉えた拳の雨に、ヤマッチョは耐え切れずにアスファルトの上へ転がった。
    「く、はは……ああ、暴れたなァ、いい気分、だ……」
     笑い、崩れていくヤマッチョに、フローレンツィアは囁く。
    「……ちょっと物足りないけれど。力不足は感じたことですし選り好みはダメね」
     消えうせる直前、フローレンツィアの牙がヤマッチョへと突き刺さった……。

     暗殺武闘大会暗殺予選が、終わりを告げる。戦果はヤマッチョのみであったが、戦果は戦果だ。
     この流れが今後どのようになっていくのか……それはまだ、定かではない。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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