暗殺武闘大会暗殺予選~忍ぶどころかパーリィナイッ!

    作者:相原あきと

     横浜にある繁華街、いくつも並ぶビルの屋上の角にその男は立っていた。腕を組んだまま微動だにしない。
     背は高く、筋肉質でガタイの良い男だった。その身は農紫色のニンジャ装束に包まれ、見える肌はタイツでも下に着ているかのように黒い。
     ビルの上を風が吹き抜け、ばたばたと首に巻かれたボロくて赤いスカーフがたなびく。
     なぜだろう、その背はどこか哀愁が漂う。
     そう、男は悲しんでいた。どれぐらい悲しんでいるかと言えば、サァッド! と叫ぶぐらい悲しんでいた。
    『ガッテム! ガイオウガのパワーを横ゲットするつもりガッ!』
     ガッテムと叫んだ。
     だが、すぐに『HAHAHA』と笑い出す。
    『捨てるゴットあれば拾う栗あり! このアサシネーションファイタートーナメントで勝ち残れば、結果オーライデース!』
     もっとも、問題が無いわけではない。
     この暗殺武闘大会の予選を突破する為には、1日1殺しつつ1週間灼滅されずに生き延びる事が条件だった。もちろん灼滅しにくるのは灼滅者達だ。なるべく目立たず1日1殺し続けた方が予選突破はしやすい。
     そして男は予選突破を狙うための今度の行動をシミュレーションする。まずはいなくなっても騒がれないだろう路地裏等にいる浮浪者を襲い殺す、次に死体から足が付かないよう人が来ない屋上にその死体を遺棄する……イエス、パーフェクト!
     だが、ゆえに、But!
    『……地味デース』
     ぼそりとつぶやく。
     男は顔を――巨大なイガ栗の顔を空に向け、力の限り叫ぶ。
    『忍びなれども忍ばない! 忍ぶどころかパーリィナイッ!!!』
     ………………。
     空は青く、鳩が声に驚いたのか飛んでいく。
     繁華街の雑音、何かの宣伝音、車のクラクション。
     ブンブンと首を横に振り、自らのスタンドアウトなインパルスを男は押さえる。
     全てはグローバルジャスティス様のために!
     すべては――。
     あー、でも……、少しぐらいなら……。
    『……ァ、リトォル』

    「みんな聞いて、暗殺武闘大会が開催されてるみたいなの!」
     教室に集まったみんなに鈴懸・珠希(高校生エクスブレイン・dn0064)が話しだす。
     暗殺武闘大会、それは同盟を組んだ六六六人衆とアンブレイカブルがミスター宍戸のプロデュースで始めた大会であり、日本全国のダークネスに対し大会の予選へ参加するよう呼びかけられ、その情報は学園でも確認する事ができたと言う。
    「学園の耳にも入ったと言うより、灼滅者の妨害まで含めてルール化しているみたいなの。これはミスター宍戸が加わっているからだと思うわ」
     大会予選の概要は、横浜市から出る事無く1日1人以上の一般人を殺した上で1週間生き延びる事。もし参加ダークネスの80%が灼滅された場合は、その時点で生き残っていれば予選通過だ(予選を通過したダークネスがその時点で戦闘中の場合は運営側から救助が来る)。ちなみに灼滅者によって灼滅された人数が規定に達しなかった場合は1週間生き残れば予選通過。
    「ミスター宍戸の手のひらの上なのは腹立たしいけど、それでもダークネスに殺される一般市民を見捨てるわけにはいかないわ。連戦が可能そうなら1体でなく複数体のダークネスを灼滅――」
     そこで言葉を切り、フゥと息を吐き続きを話す珠希。
    「――って言いたい所だけど、ここに集まってもらったみんなは、連戦は考えないで」
     どう言うことだ? と教室に集まった灼滅者達が首を傾げ。
     珠希は本命の話を切り出す。
    「実は、この予選にご当地怪人イガヘッドが参加しているみたいなの」
     それは先日闇堕ちしたハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)の事だ。
    「だから、ここに集まってもらったみんなには、彼を救出したらすぐに横浜から撤退して欲しいの」
     下手に連戦したらせっかくの救出が台無しになってしまう可能性もある。今回のメンバーの目的はあくまで救出を完遂する事だと、珠希は念を押す。
    「予選のルール的に、イガヘッドは目立たないよう活動すると思うわ。戦闘や説得だけでなく、どうやって見つけるか、またはおびき出すか、も考えてから横浜に向かって」
     もっとも元の性格がアレだからそこを付けば……と言い、珠希は慌てて「元って言っても灼滅者人格の事じゃなくイガヘッド自身の性格の事よ」と訂正する。
     イガヘッドは今までに武神大戦天覧儀で少しだけ、オルフェウスの事件では1度闇堕ちし灼滅者達と戦っている。イガヘッドがどんな性格か把握してから事件に向かった方が良いだろう。
    「もちろん、救出は最大の目的だけど……どうしてもそれが無理なら灼滅して貰うしか無いわ。放置すれば予選突破の為に1日1人の一般人がイガヘッドの犠牲になる事になるわけだし、それに……今回助けられなければ彼は完全に堕ちてしまう、から」
     助けるチャンスは今回限り、だから「絶対に助けて皆で帰ってきて!」そう、珠希は言うのだった。


    参加者
    風真・和弥(風牙・d03497)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)
    桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)
    シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)
    流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)
    安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)

    ■リプレイ


    「ぱ、ぱーりない? だっけ、なんだか派手だけど本当に忍者なのかな」
     繁華街に面した公園に特設ステージ(土俵)の準備をしつつ流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)が呟く。
    「忍者というか……ニンジャー? まぁ……伊賀甲賀といい、やはり歴史は改竄されていたのね」
     知信の言葉に同じく設営を行うシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)が答える。
     今、灼滅者たちが皆で設営しているのは国産栗をPRする嘘のイベントだった。国産栗だけでなく、その比較に欧州産のマロンの屋台等も並び、カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)がイラスト付きで配布する資料にはアメリカやドイツの栗についても書かれている。
     やがてイベントがスタートし、公園中央に設営された土俵の上にはマイクを持った淳・周(赤き暴風・d05550)。
    「今から行われるは栗相撲! アメリカと日本の国際対決制するは、さぁ! どっちだ――!」
     土俵脇には『栗相撲大会』との看板が置かれ、集まってくる観客をメガホン片手に桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)が誘導する。
     土俵上には栗の仮装にスパッツ、ダイダロスベルトをマワシのように巻きそのままチューブトップのように胸の上まで締め上げたシャルロッテと、栗の着ぐるみ姿の知信があがる。

     屋台の方で料理を仕切るは冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)、料理好きであり弁当屋兼喫茶店の店主兼厨房担当を常日頃からしているだけあり、和栗を使用した焼き栗や渋皮煮のタルト、栗ご飯は絶品で盛況だ。
     と、土俵の方からワアッと観客の声があがる。
    「あっちも盛り上がって来たか。そろそろかもしれないな……観客を避難させる準備を始めるか」
     勇騎の言葉に手伝いをしていた琢磨が頷き、カーリーや他のメンバーと共に避難誘導の準備を始めるのだった。

    「ハアァー!! 渋皮剥きづらい一本背負い!」
     土俵では知信達の試合は終わり、丹沢栗の着ぐるみを着た詠子とアメリカ栗の着ぐるみを着た安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)の試合が佳境を迎えていた。
    「くっ!?」
    「貧弱なアメリカ栗よ……キサマなど国産栗の私にも中国栗にすら勝てまい! 弱い品種はいずれ絶滅する運命だクリ……!」
    「く、病気に弱いアメリカ栗は、ニホンやチャイナの栗には勝てないのか…」
    「くらえ、殻の尖った先が指に刺さる合掌捻り!」
    「ぐああああっ!」
     勝負有りの一撃に観客からも歓声があがる。
    「ふっ、所詮アメリカ栗など食用ではない!」
     ビシッと決める国産栗。
    「くそ、やはりアメリカ栗じゃ……」
     倒れたまま悔しそうに言うアメリカ栗。
    『ヘイッ! タッチミー! 諦めたらそこでゲームセットデース!』
     倒れたままのアメリカ栗に誰かが手を伸ばす。思わずプロレスのようにタッチするジェフ。
    『OK!』
    「あなたは……ニンジャ! ニンジャナンデ……まさか新埼玉から来たんですか?」
     ジェフとタッチして土俵に上がった謎の男(忍び装束)は、背後にビシッとサムズアップ。
    『後ろに転がってるのはアメリカ栗の中でもトップ小物! 調子にライディングはこのミーを倒してからにしてもらうデース!』
     ざわ……ざわ……。
    「あれはまさか、生きていたのか!」
     観客に紛れるレインが呟けば横の観客が。
    「知っているのか!?」
    「聞いたことがある……かつて何度も周囲を混沌の渦に巻き込み、そのまま消え去ったというニンジャ……アメリカ栗ご当地怪人イガヘッド」
     なんだってー!? と驚く観客達だが、もちろん誰もそんな名前は知らない。
    「この勝負、もう流れが読めん……焼き栗のように爆ぜるこのニンジャ=スモウファイト……まずい、もう少し離れた方がいい!」
     土俵から離れるようレインが言い、他の灼滅者達も殺界形成などを使い観客の避難誘導を開始する。
    「おーっと、ここで乱入してきたのはイガヘッドだ! しかも相撲のルールを解ってな――って、もういいか!」
     実況をしていた周がマイクを投げ捨て。
    「ようやく来たな、怪人!」
     同時、他の灼滅者達もイガヘッドを包囲するよう土俵を囲む。その中の1人、風真・和弥(風牙・d03497)が一歩前に。
    「久しぶりだな……と言っておこうか」
    『!?』
    「俺こそが多数のダークネスを灼滅した大悪党、風真和弥だ」
    『ユーはザッツタイムの!』
     イガヘッドが見回せば観客はすでに解散させられ、周囲を灼滅者達に囲まれる事態に……。
    『シット! これはフライファイアーイン夏の栗デース! まさかトラップとは!』
    「目立ちたがり、派手好きのお前の事だ……きっと現れると思っていたぜ! さぁ、ハリーを返して貰うぞ! 起動(イグニッション)!」


    「ども……ニンジャ=サン……スレイヤー……デス。とでも?」
     機先を征しそう言うはシャルロッテ。
    『確かに礼儀作法は必須! しかしソレはもう古いデース! 今は――忍ぶどころかパーリィナイッ! 彩りの栗イガヘッド!』
     ポーズを決め、その後しっかりオジギ。
     その間に和弥がサクッと前衛達にヴァンパイアミストで強化完了。
     強化されたシャルロッテが、即座に距離を縮め龍の骨すら断ち切る勢いでAxtcaliburをイガヘッドへと振り下ろす。
    「あなたの出る幕じゃないわ」
     だが、イガヘッドもオジギから0.02秒で体勢をたて直しぎりぎり刃を回避、フードのように後頭部を覆うイガ部分がわずかに斬り飛ばされるにとどまる。
    『フッ、イクサに出られぬ未熟者と同じに思われてはハートアウト!』
    「……やっぱり、大人しく返してはくれそうにないわね」
     シャルロッテの呟きと同時、背後から飛び出すは詠子、すでに栗着ぐるみはスパッと脱ぎ捨ててあり身軽な状態でイガヘッドの懐へ。突進力を乗せた十字架がドゴリとイガヘッドの腹を打つ。吹き飛ばされるイガヘッドだが両手も使い4点で地を掴み耐え、起きあがろうと――その瞬間。
    「ニンジャとは耐え忍ぶ者、屈する者じゃねえ! 帰りを待っている人の為にもさっさと目を覚ませ!」
     周の言葉と共に激しい音波が起き上がり様のイガヘッドを襲う。
    「(人を殺めさせるわけにもいかねえし、ここできっちり救わねえとな!)」
     気合いを入れさらに激しく弾き鳴らす周、超高速の音波攻撃に身動きが取れないイガヘッド、その隙にカーリーは癒しの矢で和弥を強化。
    「ハリーさんには前にお世話になったし、絶対助けようね!」
    「その通りだ」
     そう答えスッと腕をイガヘッドへ向けるは勇騎。伸ばした腕の下、その影が鷹に姿を変えバサリと腕にとまる。
    「あの時勝てたのはあんたの覚悟と矜持のおかげだ。だからこそ、もう一息頑張ってもらわなきゃならねぇんだよ」
     影業の鷹――ルイが勇騎の言葉を乗せるようにイガヘットに飛ぶ、なんとか跳躍して音波の範囲から逃れたイガヘッドだが、獲物を逃さんとルイも急上昇。
    「あんたの矜持は、んな栗野郎に負けるようなもんじゃねぇだろうが!」
     影の鷹から逃れようと空中できりもむも、鷹はイガヘッドを直接攻撃せずその周囲を旋回、くわえた影のロープで縛り上げる。
     落下するイガヘッド。しかし筋肉をパンプアップしロープを千切って着地すると、そのままシュババっとソレっぽい印を0.01秒で幾つも組む。
    『出し惜しみは愚のボーントップ! いくデース! マスターニンポー・アートオブイガドッペルゲンガー!』
     ボボボンッ! 瞬後、百体以上のイガヘッドが公園中に現れる!
    「そんな、前の救出時にはこんな技無かったはず!」
     詠子が驚くのも無理は無い。アドリブパフォだ!
    『ジャパニーズニンジャコミックを読み独自に思いついた新技デース! アーンドゥッ、イガニンジャケンポー・乱れイガ栗手裏剣!』
     イガヘッド達が一斉に黒いイガ栗を投げてくる、その標的は……後衛全て。とても避けられる数では無い。というか乱れ手裏剣は元々遠列攻撃なので分身の意味は無い!
     即座にウィングキャットのウルスラグナやタンゴが仲間をかばう。しかしその威力は想像以上、さらに手裏剣(イガ栗)の棘が刺さった場所が紫に変色、毒だ。
     効果は一瞬なのか多重影分身がボボボンッと消滅していき、それに併せてジェフが縛霊手を燃え上がらせて駆け込む。
    「ハリー先輩が堕ちたのも、ガイオウガの化身の時でしたね……戻って来てください。先輩がいないと、ライブハウス赤羽地区予選が寂しいですよ」
     1体に戻った瞬間を狙った炎の一撃がイガヘッドを捕らえるも、イガヘッドは両手を交差し炎に耐える。
    『HAHAHA、ハリーの意識はグッドスリープ! その声は届きまセン!』
     イガヘッドが前蹴りでジェフを弾く。すると入れ替わりにイガヘッドに突貫するは知信、不可視の盾を展開したまま体当たりし吹き飛ばす。
    「それでも、僕たちは迎えが来ました! 闇堕ちした仲間を助けたい気持ちは……ハリーさん、あなたにだってわかりますよね!」
    『説得は無意味デース! ミーはこの大会で勝ち残り、ビクトリーパーリィナイッを満喫するのデス! ヒィーハー!』
     その様子は全く説得が利いているようには見えない。だが、知信は諦めず続ける。
    「パーリ―ナイトはやりますよ。ただし、あなたが帰ってきた武蔵坂で、ね!」
    『ハリーはスリーピングクーリーのまま目覚める事はありまセーン。ハリーのブロックが無ければミーのビクトリーは確実デース!』
     余裕で語るイガヘッド。事実、説得で弱体化できなかった場合、純粋な戦闘ではガチでやり合う必要がある。今回、そこまで厳しく相談で詰めている暇は無かった。もっと真面目に話し合って置けば良かったか……灼滅者達の頭に後悔の念がよぎる。


     仲間をビームから庇いブスブスと全身から煙を上げつつ倒れなかった知信が、耐える為に交差していた両手を解き周りを見る。弱体化していないイガヘッドの攻撃はどれも苛烈で、すでにタンゴとウルスラグナは消え去り、もう1人の盾役たるジェフも苦しそうだ。だが、だからこそ知信はその言葉を口に出す。
    「みんなも、みんなの帰る場所も! 僕が守って見せる!」
    『言うが易く剥くは難しデース』
     そう言って追撃しようとするイガヘッドだったが、その後頭部にコツンと何かをぶつけられる。
    「Kastanie Kies(苦栗礫)……なんてね」
     シャルロッテが投げつけたのはドイツの苦い栗っぽい実だ。サイキックも乗らない挑発に無視するイガヘッドだったが。
    「ま、アメリカ栗なんてこれと同程度、かしら」
    『世界四大栗の1つたるアメリカ栗を……それを……どこのホースボーンとも知れぬ栗と同等にするとは!』
     叫び声とともに向きを変えシャルロッテへつっこむイガヘッド。その手には長い栗の棘。
    『ジャスティス!』
     シャルロッテは暴風を纏う足で棘を蹴り上げ軌道をズラし回避、さらに纏った暴風がイガヘッドの勢いを殺す。そこに勇騎の影鷹ルイが突っ込みその爪で忍び装束の背を切り裂いた。
     イガヘッドはゆっくり大地へ倒れ――瞬間、ボウンッ! 煙が起こりそこに残るは1つのイガ皮。
    『イガニンポー皮り身の術!』
     声は屋台の屋根の上、その角に腕を組んで立つイガヘッドの背はざっくり斬り裂かれている。身代われていない!
    『イガニンジャケンポー・爆裂イガ手裏剣!』
     あくまで身代われたていで燃えるイガ栗を大量に投射してくる。爆裂イガ栗達は隕石のように灼滅者達に降り注ぐ、そして――。
    「くっ」
     バタリと倒れるはカーリーだ。
    『キルする場合はまずメディックから……ベース・オブ・タクティクス』
     やはり説得できていないのが厳しい。
     いったい、いったいどんな説得をすれば効果があるのか!?
    「先輩、正気に戻って下さい。学園には先輩を待ってる人が沢山いるじゃないですか」
     ジェフがシールドを広げ付近の仲間ごと回復しつつ叫ぶ。
    『そんなものはナッシングデース!』
    「そんな事は無いです。そう、例えば、例えばそう……オッパイとかオッパイとか……あとオッパイとか」
     唐突に人名ですら無い単語を連呼するジェフ。
     ピタリ。
     イガヘッドの動きが止まる。
     効果はバツグンだ!
    「目を覚ましてくださいハリーさん! あっちに胸の大きい美女が居ましたよ!」
    『ホェアー!?』
     詠子の言葉にあらぬ方へ首を回すイガヘッド、その隙をついて延髄に跳び蹴りを叩き込む詠子。吹っ飛ぶイガヘッド。
    「ハリーさん、早く起きないと大きな胸の人が行ってしまいますよ!」
     詠子の追加の一言のせいか再びピクリと硬直し、受け身も取れずに地面に激突しズザザーと滑って土煙が舞う。さらに「今だ」と知信がイガヘッドのいる辺りに裁きの光条を幾つも突き刺す。
    『ま、まさか……同じ手で! ガッデム!』
     立ち上がるイガヘッドだがその動きはどこかぎこちない。
    「思い出せハリー・クリントン! お前はサイレーン灼滅戦で命懸けの戦いをしている最中でもルサルカのおっぱいを思う存分揉みしだくような漢だった筈だ!」
     ここぞと説得しようと叫ぶ和弥。というかそれが事実ならもっと真面目に戦えよハリー。
    『おのれ……その程度で、ミーのジャスティスが揺らぐ事は……!』
    「違う! お前は正義なんかじゃない!」
    『な、ならば、ハリーこそ正義だとでも!?』
    「いいや違う! 本当の正義とはおっぱいにこそあるんだ!」
     ドバーンッと岩に波が激しく打ち付ける背景でも背負ったように和弥が言い放ち。
    『オ、OPPA――』
     苦しげなうめき声を漏らすイガヘッド。よろよろと自身の頭を押さえる。
     皆がチャンスだとサイキックを次々に解き放ち。
     和弥自身も跳躍、自身を手裏剣に見立て人間手裏剣となり――。
    「尖芯角を取り付け2倍、高い跳躍で2倍、そしてなんとなく3倍の回転で……イガヘッド、お前を上回る12倍の全力サイキックだ!」
    『オオッ!?』
    「これぞ忍者倶楽部流ニンポー説得物理のジツ!」
     戦う男理論でイガヘッドを吹っ飛ばす和弥。
     しかし、イガヘッドはそれでも立ち上がる。
    『まずいデス、このままデハ……ハリーが――というかハリー! 2度目デース! 同じ説得でホワイッ!?』
     ハリーの意識が覚醒しつつある。だが、目の前の奴らを全滅させれば……と、シュババと印を組み。
    『アートオブイガドッペルゲンガー!』
     ボボボンッと大量に現れるイガヘッド達、その数、百体以上。
     その多数の中、周は1人こちらに背を向けるイガヘッドを見つけ叫ぶ。
    「胸のでかい女ならここにもいるぞ!」
     ピタリ。背を向けていたイガヘッドがストップする。他の百体もピタリ。
    「いいのかなー逃げたらもう触るどころか見る事すら怪しいぞー」
     プルプル震え出す背を向けたイガヘッド。
     他の百体もそこら中で苦悶の声を上げ、周はそれらを無視して背を向けたイガヘッドへ走り出す。
    「イガヘッドなんぞに負けてんじゃねえぞハリー!」
     ボッ、周の拳が炎に包まれる。そして――。
    「……頑張って帰ってきたら、ぎゅっとしてやるぞ?」
    『マジでござるか!?』
     背を向けていたイガヘッドが条件反射的にくるりと振り返り――。

     ボゴゥグァッ!

     周の全力炎拳が振り返り様の顔面に炸裂、キリモミをうち地面を3回ほどバウントしてぶっ倒れるイガヘッド。
     そして……ボボボンッと分身達が消滅し、次に視線を向ければ倒れたイガヘッドは元のハリーの姿へと戻っていたのだった。


    「炎獄の楔での勝利がどれだけ大きかったか……だからこそ、お前には舞台から降りてもらうわけにはいかねぇんだ」
     意識を取り戻したハリーに炎の獅子との結末を語り、そう結ぶは勇騎だ。ハリーは黙ってその話を聞き。
    「拙者の力は最後の一押し程度でござるよ。皆が居たから勝てた……そして、戻ってこれたのでござる」
     そう少しだけ笑みを浮かべ、その微笑みに勇騎が、他の皆が『おかえり』と言葉をかける。
    「ただい――って、その前に! なんか戻る直前に大事な約束をしたような記憶があるのでござるが!」
     キョロキョロするハリーの視線が周に止まる。
    「ん? 覚えてねーのか?」
     素で見つめ返す周。
    「ぉおぉぉお、なぜでござる! 最後にぶっ飛ばされたことは明確に覚えているのに!?」
     無駄に苦悶するハリー。
    「そんな事より……今は重要な時期だ……」
     シャルロッテの呟きにハリーが首を傾げ。
    「重要な時期、でござるか?」
     そこでハッとしたジェフが口を挟み回答する。
    「そろそろクリスマスです、カップルの跳梁跋扈を見過ごす気ですか?」
     ジェフの言葉。
    「その通りだ!」
    「で、ござるな!」
     ハモるように同意する和弥とハリー。
    「………………」
     おでこに指を付けため息のシャルロッテ。
    「いや誰かツッコめよ! 博多と香川のうどんぐらい違うだろうが!」
     慌てて琢磨が訂正しギャーギャーと言い合うハリー達。そんな騒がしい様子を見て安心するレイン。
    「ねぇ、とりあえず早く学園に帰ってさ、パーティしようよ」
     肩を貸してもらいつつ辛そうだが、それでも笑顔で言うカーリーに皆が頷く。
    「これでまた一人、取り戻せたよね。でも今後も激戦が続くし、また……」
     知信がボソリと呟く。
    「それでも、その度に助けますよ。二度でも三度でも絶対引っ張り上げてみせます。必ず!」
     詠子の強い言葉。
     行きより1人増えた灼滅者達の誰もが異論を挟まない。
     覚悟はできている。だから、後は前だけを向いて駆けて行くのだ。

    作者:相原あきと 重傷:カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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