暗殺武闘大会暗殺予選~浪漫庭園の惨劇

    作者:立川司郎

     秋の日差しの中、秋風が庭の木々を揺らしながら窓を叩いている。
     この美しい邸宅は毎日きちんと手入れされており、訪れる人々の興味を惹いていた。
     横浜にあるこの邸宅は、元は英国総領事公邸として建てられたものであるという。
     広大な敷地を散策する人々や、この古き良き邸宅を見ようと訪れる人々が絶えない。
     だから、ほんとうにいつ『それ』が起きたのか、誰にも分からなかった。
     ただ、いつのまにか……いつのまにか起き始めていた。
    「……あれ、死体……じゃない?」
     邸宅を見て回っていた女性数人が、首をかしげながら出てきた。彼女達は、室内のサンポーチに置かれた椅子に腰掛け、うつぶせに寝ている女性を見かけたのである。
     目立ったケガも血もなく、寝ているように見えた。
    「勝手に座って寝ちゃったんじゃないの?」
    「なにそれ、自分家じゃないっての」
     笑いながら、彼女達は歩き去って行った。
     ……それが本当の死体だったとは気づかずに。
     彼らはひっそりと、そして決して目立ちすぎず……なおかつ自分達を誇示しながら、足跡を残す。
     それは、闇の中だけの、暗殺武闘大会の幕開けであった。
     
     大きな戦いが続く中、相良・隼人は再び教室でダークネス達についての動きを、灼滅者たちに話はじめた。
     シャドウ大戦で揺れる中のこの一報は、灼滅者達にとっても頭の痛い問題であった。
    「六六六とアンブレイカブルが手を組んだ事が分かった。こいつは、ミスター宍戸のプロデュースらしい……余計な事をしてくれるもんだ」
     隼人は軽く頭を振って言った。
     ミスター宍戸は全国のダークネスに対して、この暗殺武闘大会の予選へ参加を呼びかけているようで、学園でもその情報を掴んでいた。
     横浜市から出る事なく、1日1人以上の一般人を殺す事。その上で、一週間生き延びる事が出来れば、予選突破となる。
     ここを見るかぎり、大会は灼滅者が介入する事も含めてルール化していると思われる。
     宍戸の思惑通りにするのは気に入らないが、殺される一般人を放置するわけにはいかない。
    「すぐに横浜に向かって、一体でも多く奴らを倒してきてくれ」
     六六六人衆のやる事は、いつも後味の悪い事件ばかりだぜ……と隼人は小さく呟いた。


    参加者
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    不動峰・明(大一大万大吉・d11607)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

     街中に残された緑の邸宅は、鳥の遮りや風に応える葉音で溢れていた。
     邸宅を散策する風でゆっくりと歩いて行き、彼らは英国館に入っていく。時間はまだ早朝、犠牲者が出る前に阻止できればいいが。
     そう、事件を懸念しつつ平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が足を速める。
     六六六人衆の思惑に乗せられる形になったのは気にくわない、と後ろで零したエリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)を和守は振り返ったが、彼女は『分かっている』というように肩をすくめた。
    「……あそこっすね」
     黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が、館内図を見ながら指さした。
     グランドピアノの向こうに、サンポーチがある。しかし窓は開いておらず、攻撃するとすれば背後からしかあるまい。
    「まだ犠牲者が出ていないようだな」
     ほっとしたように和守が言う。
     エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)は周囲を警戒しつつ、サンポーチの反対側にある小部屋の壁の後ろに回った。ここからなら、敵が来ても見られる事なく待ち伏せ出来る。
    「入って来るとすれば、この入り口側からだね。相手が窓を貫通して攻撃するような目立つ方法をとらなければ、館内での戦いになりそうだ。ただ……」
     エアンが口ごもると、不動峰・明(大一大万大吉・d11607)が入り口を振り返った。
    「ああ、入り口のすぐ横での戦闘は避けたい」
     サンポーチが入り口から遠くない為、職員達に気づかれる可能性がある。明は仲間に手を上げて制止すると、入り口の方へと引き返していった。
     ここは館内無料で受付もないが、横に職員の部屋はあった。
    「館内を拝観させて頂きたいのですが」
     明が声を掛けると、中にいた年配の女性が顔をあげた。机から立ち上がり、明の方にやってくる。
     彼女に不審なところはなく、ダークネスらしき様子もなかった。
    「どうぞ、館内はご自由に見て回ってください」
     笑顔でそう言った職員に、明は思い立って聞いてみた。
    「今日は静かですね。……もしかして、一番乗りでしたか?」
    「どうかしら、ちょっと早めに開けたから……誰か入った気がするわ。一番乗りじゃなくてごめんなさい」
     すぐに明は引き返すと、エアンがはっと表情を変えた。
     念のため、エアンはここで待機するという。その間に、二階を仲間が見て回るといいだろうとエアンは言った。
     ゆるりと二階を見上げる、蓮司。
    「二階からなら、人が来ても分かるっすね」
    「もしそうなら、俺達が来た事も気づいているだろう」
     和守が蓮司に言った。
     刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)は側に霊犬のサフィアを呼び出し、蓮司を呼び止める。
    「安全のために、全員一緒に行った方が良い。仮にその間に犯人が来たとしても、二階からならオレ達も確認出来る」
     渡里はそう言うと、明に視線を送った。
     先頭を明が、刀に手を掛けた状況で静かに歩き出す。鋼糸を握りしめ、渡里がその背後に続く。
     エリザベスは仲間が進むのを見送ったあと、入り口から誰も来ないのを確認して背後を守った。
     しんと静まった階段はぐるりと曲がって上に続いている。そっと足を踏み込んで顔を上げると、ずしりと重い痛みが明の肩を貫いた。
     庇うように白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が飛び込んだのは、とっさの判断であった。
    「やっぱり見つかってるか!」
    「探す手間が省けましたね」
     のんびりとした口調に反して、リーファ・エア(夢追い人・d07755)はライドキャリバーを呼ぶと、素早い動きで明日香のあとに続いて飛び込んだ。
     決して広いとはいえない二階で、壁に隠れるようにして何者かがこちらに銃撃を続けている。
     後ろからエリザベスは銃で明日香をカバーしつつ、目を細めた。
    「どうやら見た顔が居るな」
     小さく言うと、エリザベスはその一撃をダークネスの手元に放った。きぃんと甲高い音が響いて、弾丸がダークネスの手元の銃に弾かれる。
     半身表したダークネスは、トレンチコートを身につけていた。
     異質な事に、その体は全身鈍色。
    「また逢ったな、鈍色の男」
     と、言ってもいいのだろうか。
     エリザベスは、笑い混じりに声を掛けた。

     傷の痛みを押さえる明はリーファと互いに動きを合わせ、鈍色の男を逃がさないように階下への道を背にして立ちふさがる。
     窓から逃げられないよう鈍色の男から視線を外さないようにして、明は刀を一閃した。
     剣圧で放たれたオーラが、鈍色の男に迫る。
    「逃がさん」
     躱そうと回避行動を取った鈍色の男を、明のオーラキャノンが追尾する。攻撃を食らいながら、鈍色の男は明に攻撃を返した。
     微かに笑っているように見える。
    「追い詰められてるのはお前だぜ?」
     ダイダロスベルトを抜きながら、詰め寄る明日香。鈍色の男からの攻撃はリーファが受けているものの、明日香は傷を厭わずベルトを放った。
     鞭のように撓ったベルトが、堅く鋭い刃と化す。鈍色の男はベルトから紙一重で致命傷を避け、明日香に銃口を突きつけた。
    『一日目から出くわすとはツイてない』
     鈍色の男が言った。
     火を噴いた銃口が、明日香の腹部から血を噴き出させた。一歩、後ろに下がりつつ明日香が刀の柄に手をやる。
     和守が彼女の肩を掴むが、明日香の目は鈍色の男を睨んでいた。
    「無理はするな、急ぐ相手じゃない」
    「こいつは動きも攻撃も重い。気をつけろ」
     エリザベスは明日香に言うと、モノリスを構えた。前衛の明日香やエアンが積極的に前に出ている間、エリザベスは窓辺に移動する。
    「生き延びる為なら、何でもする奴だ。気をつけろ」
     エリザベスの声を背に聞き、リーファはこくりと頷いた。キャリバーに機銃掃射を撃たせながら、リーファはエリザベスとともに窓辺に回り込む。
     とん、と足で床を叩いて、リーファは準備万端。
    「それじゃあ行きましょうか」
     リーファが言うと、エリザベスは無言でモノリスを構える。
     風のように飛び込んだリーファの足が美しい弧を描き、鈍色の男を捕らえた。
     ステップを踏み、蹴りを食らわせるリーファの連続攻撃に続き、巨大なモノリスをぶんと振り回したエリザベスが突入する。
     エリザベスのモノリスが鈍色の音の足下に叩き込まれると、エアンがその後に続いた。
     火花を散らすローラーで蹴り上げ、鈍色の男に燃え移る。
     ここに来て、鈍色の男も自分を逃がさぬ為の包囲である事に気づいたようだった。
    『ここは仕切り直しだ』
     トレンチコートから拳銃を取り出すと、鈍色の男は包囲した明とリーファに乱発した。流れ弾は明日香やエアン達の体も血で包み込んでいく。
     両手に構えた銃の一つを、鈍色の男はぐいっと押し出す。
     その銃口が、リーファに向けられる。
    「……っ!」
     零距離の銃撃が、リーファの腕に直撃した。
     衝撃で窓辺に転がったリーファの腕に、激痛が走る。彼女を守りキャリバーが立ちふさがるが、そのキャリバーと彼女にも更に弾丸が降り注ぐ。
     和守は自身のキャリバーに援護を指示すると、風を喚び起こした。閉じられた窓から、吹くはずのない風がふわりと室内に巻き起こる。
    「突破させるな」
    「オーケー、キャプテンOD」
     エリザベスは和守に返事を返すと、ガンナイフを構えて鈍色の男の懐に飛び込んだ。するりと刃は、鈍色の男を斬り裂く。
     よろめいた鈍色の男を、明日香が蹴り飛ばした。
     自身から巻き上がる炎が、鈍色の男を明るく照らす。
    「畳みかけるぞ!」
    「これ以上好きにはさせないよ」
     明日香の声に、エアンが応えて飛びかかった。天井から打ち下ろされた、エアンの跳び蹴りが鈍色の男を吹き飛ばす。
     転がった先で待ち構えていたのは、エリザベスのモノリスだった。
    「さようなら。……また今度、は無いと願おう」
     エリザベスはそう言うと、最後の一撃を放った。

     静寂を取り戻した英国館の二階で、ふっとエリザベスは息をついた。
     ともかく、相手に狙撃させる隙を与えずに室内で戦えたのは好都合だったと言えよう。
    「終わったな」
     エリザベスはそう一言漏らすと、窓辺に立った。ちょうど女性が二人、話しながら入ってくるのが見える。
     とすると、犠牲になるはずだった女性は階下に居るという事だ。
    「さて、荒らした室内は片付けて行くべきだと思うが」
     明の指示でさっと椅子と机を端に片付けると、階下の客が来る前に全員英国館を後にした。
     二階で起きていた事に館内の人も気づく様子はなく、出る間際に明が挨拶をしても笑顔を返していた。
     秋風の吹く庭園のベンチに腰掛け、改めて渡里が地図を取り出す。
    「ひとまず巣作りで休んだ後、捜索を始めよう」
    「じゃあこの近辺で休んだ方がいい。人が少ないうちに、庭の目立たない所に巣を作っておく」
     明日香はそう言うと、庭園内部の地面に巣を作り始めた。
     先の戦いでの疲れを癒やしながら、入り口付近を明はじっと監視していた。来客や周囲を回る客の顔を覚えて、同じ人間がいないかチェックする為である。
     出入りの激しいこの公園では、なかなか客の顔を覚えるのは難しい。エアンもカメラの望遠機能を使って、明を手伝った。
    「スタッフにダークネスが混じっていないかも確認した方がいい」
    「じゃあ、観光客の振りをしてちょっと見回って来よう」
     エアンはそう言うと、蓮司の腕を引いた。
     一人で行くわけにいかないから、とエアンが言うと、のそりと蓮司も立ち上がった。二人の側では、明とリーファも観光客の振りをして見回りをする。
     付かず、離れずで8人は庭園を巡回した。
     初日の夕方、ひっそりと無くなっている遺体を発見したが、周囲に既にダークネスの気配はなかった。
     慎重に蓮司が遺体を調べたが、夜間とあって相手の姿ははっきりと見えない。少女のように見えるが……。
    「オレ達がここに来るまでに女の子なんか居なかった」
     渡里が言うと、明日香がぐるりと見回した。やはり、何度確認しても既に周囲にダークネスの姿はないようだ。
     範囲を広げて探すか?
     そう聞く明日香に、エアンは首を振る。
    「長丁場になるんだ、焦らずいこう。……それに、もうこの辺りに居る気配は無い」
    「そうだな」
     明日香は頷いた。
     だが、翌日、三日目とパタリと足取りは消えた。
    「もう少し範囲を広げてみよう。英国館周辺の裏通りとか、まだ探していない場所はある」
     そう言う渡里の提案で範囲を広げたが、それでも遺体一つ見当たらなかった。
    「遺体や殺害の痕跡すら無いのは、ダークネスが付近にいない事を示しているのではないでしょうか?」
     リーファが言うと、和守が思案するように視線を落とした。
     ともかく全員で巡回して痕跡を見つけようとしてきたが、そもそもダークネスがどこに出没しているのか、判然としない。
    「捜索の方法を変えるべきだったかもしれないな」
     和守が言うと、蓮司がぽつりと口を開いた。
    「俺達は、ダークネスが攻撃しやすそうな所を探してきたっす。たぶんそうして巡回していると、後手後手になるっすよ」
    「それと、一日目に痕跡があったのに二日目以降見つからない。……これはたぶん、逃げられたんだと思う」
    「なんでだよ?」
     渡里が言うと、明日香が聞き返した。
     渡里の言いたいことは、明やエリザベスにも伝わっていた。明が静かに、皆を見回して説明する。
    「全員で固まって巡回していて、ダークネスが気づかないはずがない。それに、灼滅者が英国館を中心に動いていれば、相手もここに近づかなくなる」
     慎重なダークネスほど、行動を起こす前に下調べをする。
     八人離れずに歩き回っていれば、彼らは寄りつかなくなるだろう。
    「俺達が来る事を予想済みで来ているなら、参加者はやはり腕に覚えがあるんだろう。もう少し、捜索方法を考えるべきだったね」
     エアンがそう言った後、でも一体倒したんだからよしとしよう。前向きに皆に言って笑ったのだった。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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